拾話 願望と本質
(=ↀωↀ=)<作者の近況
(=ↀωↀ=)<イヌ飼いはじめた模様
(=ↀωↀ=)<ネコじゃないんですかー!
( ̄(エ) ̄)<クマじゃないのかクマー!
( ꒪|勅|꒪)(……クマは無理だろ)
■???
人生を振り返れば、俺の挑戦には二つの結果しか存在しない。
人と肩を並べて失敗するか、一人で済ませて成功するか。
他の誰かと協力し、熱意をもって挑戦して……達成されたことはない。
スクールのクラブでも、好きなミリタリージャンルのオンラインゲームでも関係ない。
逆に、自分一人だけの力で挑んだことはいつだって達成できた。
FPSのソロ大会でも、ラジコンのグランプリでも、優勝した。
他者が足を引っ張った訳じゃないし、俺が手を抜いたわけでもない。
ただ、どうしてもそういう巡り合わせになるというだけの話だ。
巡り合わせをどうにかしようと足掻いたこともあって、それで何も為せなかったからこそ……俺はここにいる。
この今までにないゲームなら、俺の願望も叶うかもしれないと。
◆
<Infinite Dendrogram>をプレイし始めた最初の日。俺は自分の<エンブリオ>が孵化したとき、思わず吹き出してしまった。
俺の<エンブリオ>は、戦車だった。TYPE:チャリオッツに分類されるらしい。
ミリタリーゲームは好きだったので、それ自体は嬉しい。
しかし、その戦車はとても小さかった。
WWⅡでイタリアが使用したカルロ・ヴェローチェのような豆戦車だ。
変わった点としては電力で駆動する仕組みで、武装もコイルガンだったこと。
そして、それらの電力を<エンブリオ>の一パーツ……リング状の物体が自家発電していたことだろう。
発電装置も車体も小さすぎて、自分でも笑ってしまったこの戦車。
街中で乗ったら指をさされて笑われないだろうかと少し心配になったが、ゲームのネタ装備のようなものと思えばアリだった。
「……しかしこれ、二人乗りか」
小さな戦車に、それでも二つある座席を見て俺は呟いた。
今後はこれに同乗する仲間もできるのだろうか、と。
「まぁ、こんな笑える豆戦車に乗ってくれる奴は、まだいないだろうな」
<エンブリオ>は進化するらしいから、同乗者を募るのはそれからがいいだろうと俺は前向きに考えた。
◆
<Infinite Dendrogram>を始めて一ヶ月、俺はクエストに何度も失敗していた。
パーティを組んで挑んでは、失敗する。
それは運が悪かったり、純粋に実力が足りなかったりと原因は様々だ。
ただ、原因とされるのは概ね俺だった。
東方ではあまりない戦車に乗っているため、『連携が取れない』とよく言われた。
皇国にあるという【ガイスト】ほどの火力も持ち合わせていなかった。
そのため、パーティからよく外された。
仕方のないことだ。 彼らの指摘は正しい面もある。
逆の立場ならそうは思わないが、彼らと俺は違うのだからそう考えるのも仕方ない。
そんなことを繰り返すうちに、どうやらソロで力をつけることから始めなければならないと悟った。
レベルを上げ、<エンブリオ>を進化させ、兵科の違いもクリアできるだけの実力を身につけることができれば、話も変わる。
また、チャリオッツ系統の<エンブリオ>の運用法の一つに、内部に相性が良い複数人の<マスター>を乗せて一つの強力なユニットとして運用するというものがある。
内心、俺はそのやり方にも憧れた。
それならば俺も仲間を作り、協力し、困難な目的を達成できる。
第二、第三と進化を重ねる度に大きくなり、座席が増える<エンブリオ>。
いずれここに誰かを乗せる日を楽しみに、俺は一人で<Infinite Dendrogram>を続けた。
不思議と、ソロになってからはクエストの成功率は格段に上がった。
◆
<Infinite Dendrogram>を始めて、内部時間で四ヶ月。
発電という特性を利用できる装備を用意して戦力も増強した頃、俺の<エンブリオ>は上級へと進化した。
TYPE:アドバンスへと進化し――戦車が消えた。
残ったのは……手のひらに乗るリング状の発電装置だけだった。
前の形態にも戻らない。
俺のチャリオッツは、アドバンスへと不可逆の進化を遂げて、……誰かを乗せるはずだった座席ごと戦車が消えた。
リソースの無駄と、削除でもされたように。
望んでいた運用法は実現不可能になった。
――お前にそんな可能性は要らない。
俺の<エンブリオ>は話さない。
しかし、俺自身のパーソナルを読み、進化した<エンブリオ>だ。
俺は、限りなく俺の本質を示す存在に……願望を否定された気がした。
「…………進化はまだ何回も残っているし、やり方もひとつじゃないさ」
それでも俺は前向きに、自分の願望を成就することを諦めなかった。
……流石にショックを受けたので、その日はログアウトしたが。
◆
復帰した俺は、それでもできることを探して足掻いた。
いつか望んだやり方を取り戻せると考えていたので、戦車の運用に関わるジョブは意地でも消さなかった。
代わりに、他の工夫を重ねた。
望んでいた運用法も、俺が乗せるのではなく誰かのチャリオッツに乗る形ならば活かせるかもしれないと考えた。
だが、それは上手くいかなかった。
電気はリアルでは万能のエネルギーだが、<Infinite Dendrogram>では違う。
機械の多くは魔力というより万能なエネルギーに適応し、電気に適応した機械などほとんどない。
<エンブリオ>にしても同様で、俺の<エンブリオ>に送電されて損傷するモノが殆どだった。防御のための電磁バリアも、俺や俺の所有物以外には有害だった。
加えて攻撃面でも、電気を用いて戦う俺は周囲の味方にまで被害を出した。
魔法の制御された電撃よりも出力で勝るが、細かな制御は利かなかった。
だから、今度もパーティメンバーとしては望まれない存在だった。
それでも挫折はしなかった。
俺の<エンブリオ>が電気を作り続けるように、俺も動きは止めなかった。
……やるせない思いも、蓄電するように積もり続けた。
◆
一人で各地を彷徨っていたとき、とある<遺跡>で先々期文明の戦車を見つけた。
電磁力による浮遊機能や、《電磁跳躍》といったスキルを持つ特殊戦車。
どうやら別の兵器に積む機構を試作し、テストするための機体だったらしい。
俺は銘もなかったそれを【トールハンマー】と名付け、レストアして自分の乗騎にした。
動力は外されていたが、幸い扱うエネルギーは俺の<エンブリオ>で流用できた。
珍しく、俺の電気に適合した兵器だった。
同時に機械人形を何体か見つけたが、そちらは頭脳部分が壊れているのか電気を流してもまともに起動しない。
回収だけして、アイテムボックスの肥やしにした。
◆
【トールハンマー】を手に入れてから俺の戦力は格段に増し、難しいクエストもソロで次々とクリアしていった。
評判を聞いて、パーティを組んでくれる者達も現れた。
だが、俺の戦闘速度が上昇しすぎたことで知り合う他者と連携が取れない。
同時に、やっていて実感できてしまう。
『仲間がいてもいなくても同じだ』、と。
俺一人でも問題なくクリアできてしまうし、仲間に歩調を合わせることは手を抜くことに繋がってしまう。
自分の全力を尽くした上で仲間と連携し、目標に向けて熱く挑み、達成する。
俺がやりたいことに、やはり噛み合わない。
そんな思いが増していって、俺はまたソロに戻った。
ソロで戦ううちに、超級職の条件も満たしていた。
【車騎王】……戦車を運用するのに最適に近いジョブを手に入れることができた。
……強くなっても、強くなるほどに、当初の目的は達成できていない。
だからと言って、得られる強さを得ない選択もできなかった。
◆
さらに月日を重ねたある日、俺の<エンブリオ>が<超級エンブリオ>に進化した。
極一部の<マスター>しか辿り着けない領域。
だが、俺はどうして自分がそうなったのか分からなかった。
特別なイベントもなく、レベルアップに伴ってそうなった。
強いて言えば、とある<UBM>の討伐に挑戦しようとしていたが……まだ会敵もしていない。
「……謎のタイミングだけど、戦闘前の大幅戦力アップはありがたいか」
しかも、これまで会得していなかった必殺スキルまでも手に入れた。
俺は久しぶりに逸る気持ちで、そのスキルを確かめた。
必殺スキル、《雷神の残照》。
その効果は一言で言えば、プログラムだった。
人間の脳内も、コンピュータの演算も、結局は電気信号。
このスキルは俺の<エンブリオ>であるトールのリソースの一部をプログラムに変換。対象に憑依させることで、ある程度のオートマチック化を可能とするもの。
発電、蓄電、送電、帯電。進化の過程で獲得した四つの特性。
発した電気のプログラムを対象に送り、帯させ、留めて思考させる。四つの能力特性を使ったスキルとも言えるが……。
俺は、一つの答えに怯えた。
「……《雷神の残照》」
俺は自分の声が震えるのを感じながら、アイテムボックスに収めていた機械人形を取り出した。
そうして、トールの一部が変じたプログラムを人形に流す。
『……アイアイ、キャプテン』
すると人形の一体が俺のプログラム通りに……言葉と共に敬礼を行った。
壊れていた頭脳の代わりに、《雷神の残照》のプログラムに沿って動いている。
これは利用範囲の広いスキルだ。
このスキルをロボット兵器にでも憑ければ、それこそ北欧神話の雷神にして戦神の如く、砕け散るまで獅子奮迅の戦いを見せるだろう。
使い方次第でとても強力なスキルだ。
有用性も良く分かる。
理解した俺は――膝をついて落胆した。
「必殺スキルは……<エンブリオ>の本質」
かつて聞いた言葉を口から漏らしながら、俺は眼前の光景に……両手で自分の顔を覆う。
見たくないものから目を逸らすように。
理解してしまった己の本質を、見なかったことにしたいから。
「<エンブリオ>は、<マスター>の願望やパーソナルに由来する」
上級になった時点で、薄々分かっていた。
トールが示すものは、俺の願望ではない。パーソナルの方だ。
『アイアイ、キャプテン』
『アイア、イ、キャ、テン』
『ァイアィキャ、プ、プ、プ……』
手で顔を覆う俺の前で、他の人形も譫言のように……壊れた玩具のようにノイズ交じりの言葉を繰り返す。
俺の理解を、肯定するように。
――人形遊びのガラクタのように。
つまりはこれが<エンブリオ>の……俺の本質。
「一人遊びが、俺の本質……か」
俺以外の誰とも組めず。
俺だけでも良いように、人形遊びの部下を作る能力まで追加された。
【トールハンマー】だって今後はラジコンのように動かせるだろう。
だがそれは、子供の戦争ごっこだ。
共に遊ぶ者すらいない、ごっこ遊び。
それが、辿り着いた俺の本質。
<Infinite Dendrogram>なら、できるかもしれないと考えて。
<Infinite Dendrogram>だからこそ、本質を突きつけられた。
「…………」
なぜこうなったのかは理解できた。
有益であることを肯定もできる。
嬉しくはない。
「……どうするかな……」
流石に、これは堪えた。
今後、今まで以上にパーティは組めるだろう。
<超級>ともなれば、引く手数多かもしれない。
どこかのクランに入ってくれとも言われるだろう。
だが、俺はもう自分の本質を信用できない。
これまでの日々が、<エンブリオ>の本質が、願望の成就を『諦めるべき絵空事』と確定していく。
『引退』の二文字さえも、脳裏に浮かぶ。
『VOLAAAAAAAAA!!』
ちょうど、そのときだった。
けたたましい蹄の音と、爆発音のような鳴き声と共に巨大な猪の怪物が俺に向けて暴走してきていた。
討伐対象の<UBM>、【弔突盲神 シーグースー】。
神話級とも噂され、黄河の辺境で祟り神の類として怖れられている怪物。
「……今来なけりゃ、お前に何も起きなかったよ」
俺は【トールハンマー】の車中に乗り込みながら、そう呟く。
そして一つ賭けることにした。
この怪物に負けたら、引退。
この怪物に勝てたら、まだもう少しだけ足掻く。
そう決めて、神話級の怪物と相対した。
◆
結論から言えばいつも通りだった。
俺は、ソロならしくじらない。
◆
相打ち……二十四時間で再ログインできる<マスター>からすれば実質的に勝利した俺は、討伐の報酬と特典武具を手に入れてから今後について考えた。
まだ足掻くと決めて、これまでやってこなかったアプローチをとることにする。
まずは自分のキャラを作ることにした。
ベテランでいかにも仲間との連携を取り慣れていそうな、それでいて気さくに話せるような人物像。
<超級>としての自信に溢れた在り方を、自分に課す。
信じて行動を共にしてくれる者が、少しでも増えるように
今でも実年齢より上だが、髭でも生やせばそれらしくなるだろうか。
口調も変える必要があるかもしれない。
また、<超級>として各国でクエストをこなし、周囲に実力を喧伝する。
そうすればどこかの国から声が掛かり、同じ<超級>の仲間ができるかもしれない。
そう考えて、そう決めて、俺は<Infinite Dendrogram>を続けた。
いつか、どこかの誰かと仲間になるために。
◆
フリーの<超級>として日々を送っていると、大陸西方の皇国からスカウトされた。
戦争という一大イベントならば、目的を同じくする仲間が大勢できる。
条件そのものも良いスカウトだったが、俺はそこに一つの条件を付けくわえた。
『大佐』という階級をくれ、と。
それはキャラ作りの一環であり、純粋にそうした肩書を面白いと思う趣味であり、部下という仲間が得られるかもしれないという期待もあっての要望。
結局部下はつかなかったが、国家所属になったことで他の<マスター>の集団との伝手は作れた。皇国最大のクラン、<叡智の三角>だ。
そこで、俺は一つ考えた。
ソロ活動で稼いだ財貨で、戦争のための準備を行う。
<叡智の三角>にトールの力を活かす戦車の制作を依頼し、共同で作戦に当たる。
俺の考えた戦術……集団戦闘用に編み出した全力の戦い方で、仲間とともに勝利する。
今ならばそれもできるかもしれないと考えた。
パーティではなく、何百人何千人というプレイヤーが入り乱れる戦争ならば。
この大舞台で、共に戦争という死なない死線を潜って、全力を尽くして、自分の望みを達成できるかもしれない。
仲間と協力し合い、困難な目標を達成するという浪漫を。
みんなで遊んで、楽しんで、挑戦して……。
今度こそ、このゲームでこそ……満足のいく結果を得られるかもしれないと。
◆
だが、ジンクスは崩れない。
結局、俺の必死に考えた戦術はザルだった。
仲間達と勝つために編み出した俺の新たな全力は、どうしようもなく無力化された。
俺は大して役にも立たず、味方が崩れてからようやく動けて、しかしそれで持ち直せたわけでもなく。
今は、誰も残っていない。
――俺以外は。
To be continued
(=ↀωↀ=)<14巻の特典SSなどの締め切りが近づいてきたので
(=ↀωↀ=)<次回はお休みする可能性もあります
〇<エンブリオ>の進化について
(=ↀωↀ=)<レイ君とかクマニーサンは可逆進化で前の形態使ってるけど
(=ↀωↀ=)<中には大きな変更伴なうのに不可逆の場合もある
(=ↀωↀ=)<そうなった方が残った部分の出力は増します
(=ↀωↀ=)<ちなみに<エンブリオ>に納得しない<マスター>はほぼいないけど
(=ↀωↀ=)<今回の場合、『能力は良いけど、それが示唆する俺の本質は大嫌いだよ』ってパターン
(=ↀωↀ=)<なお、かつてトイレの人が聞いた『<エンブリオ>からのパーソナル読みはマナー違反云々』は
(=ↀωↀ=)<マードック自身という実例からの発言です