第四十一話 彼らの歩んだ道
(=ↀωↀ=)<休む気でした
(=ↀωↀ=)<休む気だったんです
(=ↀωↀ=)<でも書けちゃったんです
(=ↀωↀ=)<そして今回もボリューム増しなのです
(=ↀωↀ=)<多分クロレコ16話が平和な回なのでバトル書きたかったんです……
(=ↀωↀ=)<あ、本日発売のアライブでクロレコ14話掲載
(=ↀωↀ=)<ニコニコ静画などでも前半公開中です
□■王国北西部・【ハレー】内部
<バビロニア戦闘団>と【喰王】カタ。
彼らの彼我戦力差は明確に数字で表れている。
<バビロニア戦闘団>の三人はいずれも五〇〇レベルカンストの<マスター>。
だが……カタは超級職のジョブレベルだけで一〇〇〇オーバー。サブジョブと合わせ、合計一五〇〇レベルに達する。
三人のレベルを足し合わせてもなお上回る強豪中の強豪。
レベル差はステータス差となり、身体能力において三人はカタに及ばない。
【喰王】は耐久寄りの前衛型だが、全ステータスが三人を超えている。
しかし――<バビロニア戦闘団>はカタを翻弄していた。
「……速い」
カタの目に映るものは、球体の檻の内壁で加速する二台のバイク。
ヘルモーズとハレー、ゴールのない空間を二台のバイク型<エンブリオ>が疾走する。
カタにとってこの全周を駆け回るグローブ・オブ・デスは経験薄き戦場だったが、ライザー達にとっては幾度も重ねた模擬戦で慣れ親しんだもの。
このように敵手を捕え、連携攻撃で仕留めることも前提に訓練を重ねている。
「あの尖ったバイクが噴出しているのは毒ガスだっけ? 味方も巻き込んで……違うな?」
ハレーのアクティブスキル、《テール・オブ・ハリー》は対象の赤血球を破壊し、【窒息】状態に陥れる毒ガスを放つ。
だが、バイクで疾走するライザーとラングは共にフルフェイス装備であり、その内に呼吸装置の類を装着している。
そして残る一人であるビシュマルは……。
「――《爆・炎・昂ォッ‼》」
――自らを炎の化身に変えている。
三者三様の動きに、カタは<バビロニア戦闘団>の思惑を読む。
「炎の燃焼と呼吸困難に陥れる毒ガスのコンボ。俺を状態異常で殺す気?」
その判断は間違っていない。
ステータスで勝りHPも容易に回復するカタ。
それをまともに攻撃して削るのは不合理。
ましてや接触攻撃は、捕食の危険性が増す。
「けど、それじゃ俺は倒せないよ」
そんな消極的なやり方では、絶対に自分を倒すことはできない。
既に口の一つで【快癒万能霊薬】を嚥下し、毒は無力化した。
そして長期戦になれば必ず自分が勝つ。
カタがそう考えたとき、
「――うぉおおおおおおお!!」
――炎と化したビシュマルがカタへと突撃した。
非実体にして超高熱。
決闘ランカーとて、まともにぶつかれば蒸発不可避。
生きる太陽と化したビシュマルの突撃を、カタは受けて立つ。
「何でも喰えると言ったはずだけど?」
その言葉に二言はない。
炎だろうが、非実体だろうが、口に収めて噛み砕いてしまえば捕食対象。
突撃してくるならば、飛んで火に入る夏の虫。
いや、飛んで口に入る火と言うべきか。
真正面から向かってくるビシュマルに、カウンターで大顎を形成した右手を振り抜き、
――空を切る。
「?」
速度で勝り、正確にビシュマルを捉えたはずだった。
しかし手応えはなく、一瞬生じた隙の中で炎熱のレバーブローがカタの脇腹に叩きこまれる。
強烈な一撃に肉が焼失し、骨が砕け、口中の神話級金属が大きく目減りする。
「う、ん?」
「お前が食えるのは、口の中に入ったものだけだろう!」
ビシュマル達は、しっかりと見ていた。
先刻、【ファイアリックス】の炎に燃やされたときも……体の表面を燃やす炎を喰っていなかった、と。
カタは何でも喰える――口に入れば。
そして、もう一つ彼らは理解している。
先刻までの攻防において、『できるならばしていたであろうこと』をしていなかったから。
それは……。
『お前は全身どこにでもに口を作れるが、全身を口にできるわけじゃない』
「数か面積か知らねえが、発生点を読んで避ければちゃんと当たるだろうがぁ!」
咆哮と共にビシュマルの前蹴りが再び口のない箇所にヒットする。
迎撃せんとしたカタのカウンターはまたも外れ、さらに背後から加速したヘルモーズの突撃がカタの右肘を折る。
二人は冷静に、ヒット・アンド・アウェイでカタを削っていく。
二つ目の神話級金属が、口の中で溶けて消える。
「……道理だなぁ」
カタは彼らの攻撃が自分に効いている理屈に納得し、感心する。
「でも、どうして俺が口を作る位置とタイミングが読めるんだ?」
カタが自然と口にした、抱いて当然の疑問。
その答えは……。
『こっちは口どころか分身を増やす男を倒すために何百と特訓を重ねている』
「発生タイミングの読み方はお手の物なんだよぉ!」
ライザーとビシュマルが重ねた、トム・キャットへの敗北の歴史。
闘技場の壁を乗り越えるために彼らが重ねた特訓は、ついぞトムとの戦いに勝利を齎すことはなかった。
しかし今、その特訓はこの戦いで花開く。
「……二人はそれができる。あっちのグルグル回ってる方はできないから、檻と毒に集中してオレから距離を取っているのかな」
相性としては、天敵ではない。カタが有利だろう。
だが、彼等はカタに勝利しうる算段と共に挑んできてたのだ。
「さっきから随分と独り言が多いじゃねえか!」
「俺は思ったことがすぐ口に出るんだ。口が多いからね」
「『…………』」
「……<LotJ>では鉄板のジョークなんだけどなぁ」
どうやら滑ったらしいと判断して、カタは溜息を吐く。
『こっちを舐めて相手をするのなら、それに乗じるぞ』
「舐めてはいなかったけれどね」
カタは相手を舐めてかかるということはない。
舐めるよりも先に、喰らう男だからだ。
「それにしても……変だなぁ」
彼らが『カタに攻撃を当てている道理』は理解できた。
だが、『カタの攻撃が当たらない道理』が理解できない。
確実に捉えたはずが外れている。
「手品のタネは不明だけど、俺もこのままじゃ喰えないか」
『……!』
そう判断すると同時に、
「――《威喰同源》」
――一つのスキルを宣言する。
「!」
直後、それまでに倍する速さでカタが動き、左手の大口が避け損なったビシュマルの左肩を抉って喰らう。
口内を焼け爛れさせながら、しかし炎を食らって自らのリソースに変え、回復する。
今しがたの捕食による熱傷とライザーに折られた右肘の損傷が消える。
「ライザー! 今のスキルは……!」
『ああ、自己強化スキルだ』
それこそは、【喰王】の奥義。
獣戦士系統と似て非なるスキルであり、狼桜の《兵どもが夢の跡》と同質のスキル。
即ち、生物の体の一部を捕食することで一定時間、選んだステータスを自身に上乗せするスキル。
効果時間は摂取量に応じて変動するが、ステータスは生物のものをそのまま上乗せする。
先刻のアルベルトとの接触でも、最初はEND型モンスターの素材を食らうことで焔への耐久度を上げ、次にAGI型の素材を喰らうことで速度を上乗せしていた。
同様のスキルを持つ狼桜はその一度で気づき、ヒントを与えられたライザーも既に悟っている。
『速度が増した! 対応しろ!』
「言われんでも分かってるぜ!」
超音速機動を繰り返すカタに対し、ギリギリで被弾を回避しながら二人は攻撃を重ねる。
その慣れているような動きを、カタは疑問を抱く。
「まただ……。まるで俺より速い奴との戦いを何度も経験しているみたいな動き」
『ああ! 遥かに速い奴を知っているよ!』
それもまた、トム・キャットの時と同じ。
彼等より上位の決闘ランカー、王国最速の【抜刀神】カシミヤ。
音速の数十倍で不可避斬撃を放つ神童に勝利すべく重ねた特訓が、音速に倍する《威喰同源》状態のカタの動きに対応していた。
「俺よりスペックは低いけど対人経験値が高いのか。俺は決闘に出てないし、モンスターかクランの挑戦者くらいしか喰わないからなぁ……」
<LotJ>のルールに則り、オーナーの座を賭けた戦いは何度か行っている。
しかしそれ以外の対人戦経験はほぼない。
決闘は食った気がしないという理由で参加せず、その恐ろしさを周知されていたがゆえにPKを企む者も決して多くない。カタ自身が率先してPKに動くケースも、今回のように余程美味そうな相手でなければ発生しなかった。
何より……これまでの相手と戦い方が違う。
「俺の捕食を封じるでもなく、『顎』の届かない遠距離から戦うでもなく、至近距離で俺の『顎』を回避しながら戦う。怖くないのか?」
『それよりも怖いものを知っている』
ライザーの脳裏に浮かぶのは、かつての光景。
全身から光を放つ黄金竜と、その中で消えていく仲間達と自分。
そして、舞い戻ったときに失われていた全てだ。
それを知っているからこそ、眼前のカタがどれほどおぞましく恐ろしい相手であっても……彼は退かない。
「へっ! 喰われるなんざ、大したことねえさ! 喰われる気はねえがな!」
ビシュマルもまた、友と共にカタに立ち向かう。
カタの捕食は彼我のダメージレースを一撃で覆す。被捕食者になるという恐怖もある。
そんな相手の土俵で戦い、それを制してカタを削っているのがこの二人だ。
「ふぅん。……なんだろこれ? 少し……楽しいな?」
自分を恐怖せず、自らを過信もせず、勇気と共に真っ向から向かってくる男達。
今までにない戦いの形。
カタはこの状況に、食欲以外の本能が躍るのを感じていた。
「決闘ってこういうものなのかな? 参加しておけばよかったかもしれない」
『戦争が終わったらそうすればいいさ!』
「そうだね」
ライザーの言葉に、どこか愉快そうにカタの口の幾つかが笑みを作る。
「だけど――今だって負けられないし食べ逃さないよ」
カタの口々の笑みは深くなって、口角は上がり――そして裂ける。
「ニーズ――俺の形を崩すよ」
自らの<エンブリオ>への号令の直後――カタの牙がヘルモーズのタイヤを捉えた。
『!?』
ライザーが仮面の内で驚愕する。
超音速を加味しても、明らかに間合いの外にあった自身への攻撃。
反応が遅れ、タイヤの一部を捕食されたヘルモーズが転倒する。
『ッ!』
ライザーは咄嗟にバイクから飛び立つが、彼が寸前までいた空間を長大な何かが通り過ぎる。
長さが十メテルはあろうかというそれは……。
『これは……腕か!?』
――カタの腕。
ただし、元の形とは似ても似つかない。
腕に生じた『顎』が限界まで開き、そうして開いた『顎』と『顎』の端が重なり、腕の長さそのものを延長している。
人間の腕というより異形のクリーチャーの触手の如き有様であり、その全てが『顎』と化した。
触れれば牙に刮ぎ取られ、嚥下され、消化される。
(完全近距離型から中距離型へのシフト! そんな手札も持っていたか!)
想定外の手により、ライザーは自らの足であるヘルモーズの機動力を失った。
だが、現状が必ずしも悪化した訳ではないとも理解している。
(『顎』を両腕に集中している! 胴体部分の『顎』の割合は減り、ヒット自体は狙いやすい!)
『顎』の限界展開数、あるいは限界体積。
どちらが条件だとしても、あの両腕は大きくそれらを消費している。
射程距離は長くなったが腕以外の口は片手で数えられる程度であり、潜り込むことができればこれまでよりも格段に攻撃は当てやすい。
言うなれば、あれは攻撃に偏った形態。
ライザーはそれを既に悟り、ビシュマルも同様だった。
それでも……。
「……こいつぁ!」
それでも、間合いに踏み込めない。
カタは鞭の如く伸長した両腕を超音速で振り回し、上下左右の区別なく全周を食い荒らす。
閉じ込めるための檻すら、カタの腕が通過したときには喰われて消滅している。
今、カタの周囲は踏み込めば死が待つ空間と化した。
『…………』
ライザーは思考する。
檻を食い破ってなお、カタはここに残っている。
ルーク達の追撃はライザー達を撃破してからと決めているからだろう。
それ自体は幸いだが、ライザー達が踏み込まないまま時間が経てば、カタも飽きて気が変わるかもしれない。
ゆえに……。
『踏み込む!』
「応よ!」
ライザーは自らの足でカタへと駆け出し、反対側でビシュマルも僅かにタイミングをずらして動く。
ライザーが踏み込むは、カタの両腕が作り出す決死の捕食圏。
踏み込んで一度目の振りは身をかがめて回避するが、斜め上から振り下ろすような二度目の振りがライザーの身体を捉える。
だが、その攻撃は空を切り、ライザーはさらに一歩カタへと近づく。
「……あー」
その予想外の結果にカタの動きが鈍った間隙に、ビシュマルも捕食圏に踏み込む。
そちらにも腕を振るが、しかし直撃のはずの腕はまたも空振る。
「またか……これって何だろ……」
距離を詰められ、ボディに前後から連打を撃ち込まれてカタが仰け反る。
腕を引き戻すが、二人は入れ替わりに間合いから逃れている。
「【幻術師】の幻影? 天地の影分身? 此処にいる三人のビルドからすると違うな。四人目がいる? いや、その気配はない。味がしない」
アルベルトとの戦いでそうしたように全身の口のほとんどから舌を垂らすが……周囲にある味の気配はここにいる者達だけで、他にはいない。
「<エンブリオ>も檻と毒ガス、バイク、炎化だ。幻術の類に派生しそうな能力じゃない。じゃあこれは……あー」
自分の攻撃が回避されている不可思議な現象の正体に、カタは一つの当たりをつけた。
「……特典武具」
「!」
カタがボソリと呟いた言葉に、ライザーは仮面でポーカーフェイスを貫いたが、ビシュマルの表情は変わる。
「“トーナメント”だっけ。それで手に入れたんだろう?」
『…………』
「自分やパーティメンバーの幻を出す特典武具。幻の陰に隠れて、俺が幻に向けて攻撃を放った後に幻を消して、自分の攻撃を当てる。その繰り返しか。どっちが持ってる? それとも、グルグルと回ってる奴?」
カタの推測は正しい。
“トーナメント”においてライザーが挑戦権を獲得した<UBM>の銘は、【双生孤児 アルマ・カルマ】。
その能力は『分身を作成する』こと。
珠の状態では手にした者の分身を。
そして<UBM>は自らと同じ能力の分身を常に作り出す能力を持っていた。
どちらが本体かを隠しながら戦う強敵だったが、ビシュマルを加えた<バビロニア戦闘団>で撃破している。
そうして得られた特典武具、【双星輪 アルマ・カルマ】。
装備スキルの一つである《スクリーン》は、カタが言うようにMPを消費することで自分とパーティメンバーの立体映像を発生させる能力だ。
それ自体は【幻術師】のスキルと大差ないが、クールタイムがなく発生が速いという利点がある。
だからこそ、高速戦闘の最中でも連続してデコイとして機能させられたのだ。
「虚と実。幻を本物と思って攻撃すれば、そこに隙ができる。けれど、幻と高を括っていると今度は本物のままかもしれない。……うん、厄介だね。幻は食べられないから、回復もできないし」
カタは【双星輪】のスキルを理解し、この攻防を続ける危険も把握した。
それなりにダメージも溜まっている。
一人でも食えば全回復できるだろうが、それができないのが現状だ。
やはり先に神話級金属の摂取を優先すべきかと考える。
長期戦になれば、消耗は《爆炎昂》を使用中のビシュマルや《全天周回路》を展開しているラングなど、スキルを多用している王国勢の方が先に力尽きる。
そしてマードックへと向かっている王国勢に距離を離されたとしても、《威喰同源》で速度を獲得し続ければ追いつけるのだから。
多少時間をかけてもカタは彼等を捕食して勝利できると……冷静に判断していた。
(どこだ?)
しかし敗北が必至とされたライザーは、仮面の奥でカタの動きを注視している。
(ダメージも蓄積している。ならば、そろそろ取り出すはずだ)
彼が仮面で視線を隠しながら、探っているものは……。
(――アイテムボックスはどこにある?)
――カタの保有するアイテムボックスの在処である。
そう、回復用の神話級金属にしろ、《威喰同源》で消費する素材にしろ、それをカタはどこかに隠し持っているはずなのだ。
それを破壊……あるいはカタから遠ざければ、強化と回復の効率は著しく低下する。
(どこから取り出す?)
狼桜に攻撃された後はポケットから取り出していたが、あれはアイテムボックスではない。
カタも一度は【ファイアリックス】によって全身を焼かれている。上半身の装備は完全に焼け落ちているし、下半身のズボンにしてもほとんど炭のようなものだ。
ポケットがアイテムボックスならば、あの火炎放射の時点で既に破壊されているだろう。
だからあれは単に、衣服のポケットに飴玉のように放り込んでいただけだ。
それも、ポケットのサイズや膨らみからしてもう無い。
だからこそ……どこかに本命のアイテムボックスが隠されているはずだ。
「……んー」
そう考えるライザーの眼前で、カタは焼け焦げたポケットに手を入れて……しかし何もないことに気づいて顔を顰める。
――だが、次の瞬間にはカタの体の傷は全回復していた。
『!』
間違いなく今のカタはアイテムを取り出しておらず、口に放り込んですらいない。
(だとすれば最初から……!)
それこそが、カタのアイテムボックスの位置を指し示す。
表皮全てを焼かれても破壊されず、取り出さずにアイテムを捕食できる。
なおかつ、普段は狙われない場所。
そんな条件に当てはまる場所は……唯一つ。
『ビシュマル! ラング! あいつが一度も開いていない口はどこだ!』
「「!」」
――全身に形成した口のいずれかだ。
「……あぁ」
アイテムボックスという自身の生命線にライザーが気づいたことにカタは目を見開き、
「ライザーさん! ビシュマルさん!」
ライザーの問いかけを聞いたラングは、
「左の胸筋の下です! その口、一度も開いてません!」
離れて戦いを観察し続けたがゆえにその答えを即座に返した。
その瞬間に、ライザー達は動く。
『ビシュマル……あれをやるぞ!』
「ぶち抜くんだろう! とっくに覚悟はできてるぜ!」
そして、二人が幾度目かの疾走を敢行する。
しかし今度はダメージの蓄積ではなく、明確な狙いと共に突き進む。
その目的は左胸の口。
捕食されるがゆえに敵手を接触を避ける場所にこそ、カタの最大の弱点がある。
アイテムボックスを破壊されれば、際限ない回復と強化は封じられる。
カタに勝利する唯一の可能性がそこにあった。
「――させないけれどね」
カタは伸ばしていた両腕を縮め、胸の前で腕を組む。
そして腕の側面から、幾つもの『顎』を開く。
攻性形態から防性形態への変形、接触即捕食のカウンター特化スタイル。
直接攻撃しか持たない二人ではこの守りを突破できない。
「今度は隙間がないけれ、――ど?」
――だがその防御態勢をとった直後にカタの身体は空中に跳ね上げられていた。
それは背後からの攻撃。
背骨が砕け散り、内臓が破裂するほどの莫大なダメージ量。
それを為したのは青白い影――尖った牙の如き衝角を持つバイクだった。
「――俺もいるんだぜ?」
――それは最大加速状態のハレーによる飛翔突撃。
ビシュマルのみに呼び掛けて意識を逸らしながら、その実はラングも含めた三位一体。
ハレーのジャンピングは、音速の五倍に達した超重量物の激突。
かつてレイを窮地に追い込み、耐久型のカタでなければ全身が砕けていただろう致命の攻撃。
カタの口が一ヶ所に集中して他が無防備となり、ラングでも狙えるタイミング……この瞬間のためにラングはずっと加速を続けていたのだ。
必ずこの一撃を……必殺の好機を作る一撃を叩き込むために。
「かふっ」
全身の口から吐血し、如何なる速度があっても身動きできない空中に放り出されるカタ。
弾き飛ばされて回転しながらも、しかしその両腕のガードは健在。
左胸の口中で神話級金属を噛み砕きながら、自己再生せんとする。
「――烈火集束!」
――だが、その姿を真下から照らし出す光がある。
それはビシュマル。
全身を炎としていた必殺スキルが、徐々に消えていく。
否、消えるのではない。
少しずつ――右の拳に炎が集まっていく。
押し固められていくビシュマルの炎は、太陽の輝きを放つ。
「テリトリーの、圧縮……!」
TYPE:テリトリーに類する<エンブリオ>の<マスター>、その一部のみが使うという圧縮現象。
カタもそれが存在することは知っていたが――ビシュマルが使えるという情報はなかった。
――それは彼もまた一歩先へと歩を進めたということ。
「――《爆炎哮》!」
地上へと落下するカタに、ビシュマルが輝く拳を叩きつける。
それは《恒星》と同等の輝きと上回る熱量を以て着弾し――爆裂する。
「……!」
元より決闘ランカー屈指の火力を持つ必殺スキルを圧縮した一撃。
【ファイアリックス】を凌駕する熱量によってカタの周囲の空気が消し飛び、直撃した両腕は捕食の間もなく炭化して砕け散り、全身も炎上する。
カタの胸部を護る両腕のガードが物理的に崩れ落ち、
「ハッ……」
同時に爆心地のビシュマルも全身を消し飛ばし、また光の塵となって消滅していく。
圧縮したがゆえに炎でなくなった彼の身体は自身の最大火力に耐えられない。
北欧神話を終わらせるスルトの炎の剣が如く、自身と共に敵を焼き尽くす諸刃の剣。
それでも……ビシュマルに躊躇いはなかった。
――あとは任せたぜ。
彼の最後の言葉が爆炎の空間に消えて、
『トゥッ!』
――そしてライザーが跳ぶ。
後輩が切り拓き、友が命懸けで作った最初にして最後の好機に勝負を決さんがために。
『《悪を蹴散らす嵐の男》!』
主の呼び声に応え、地に転がっていたヘルモーズが飛翔する。
主と合体して一つとなった<エンブリオ>のパーツが風を噴き、空中のカタへと加速する。
「シィアアアアッ!」
だが、カタもまた皇国において近距離最強と謳われた準<超級>。
瀕死の体を空中で捻り、本来の口を巨大な大顎に変えてライザーを迎え撃つ。
速度を強化したカタの目には、しっかりとライザーの動きが見えている。
自らの胸部にライザーの一撃が届くよりも速く、大顎がライザーを捉える。
幻でタイミングをズラすならば、再形成した胴体の口でそちらにも対応する。
そう考えて、必殺の捕食カウンターを放たんとしたとき、
――空中でライザーが二人になった。
「幻でも――あ」
そして、カタだからこそ気づく。
それがどちらも幻ではなく――本物だと。
◇
【双星輪 アルマ・カルマ】。
その第一スキル、《スクリーン》の分身は幻。
だが第二スキル、《ダブルキャスト》は違う。
装着者と同じ能力・同じ動きをする実体の短時間顕現。
ライザー達がかつて超えられなかったトム・キャットに対抗するためにアジャストした力。
その力は今……。
◇
『『――《ダブルライザァァァァキィィック》ッ‼』』
――【喰王】カタを捉える。
幻ならざる実体の増殖。
対応するための思考で生じた、一瞬の隙。
その間隙に頭部と胸部、カタの二つの急所に――二人のライザーの蹴撃が届く。
「…………!」
カタが顎を閉じてライザーを噛み砕き、捕食するよりも一瞬早く、
『『――セイヤァァァアアッ!!』』
――ライザーがカタを蹴り砕いた。
「――――」
カタは思考中枢である脳髄を頭蓋ごと粉砕され、心臓と共に胸部アイテムボックスを砕かれた。
血肉と無数の素材もまき散らすが、それらは全身に残るスルトの炎が片端から焼き尽くしていく。
「…………」
頭部と心臓、両腕を失ったまま、それでも【喰王】の身体は着地する。
しかし、身体を動かす脳髄を完全に砕かれては、【死兵】や【殿兵】のスキルで命を繋ぎとめても意味はない。
残された体は炎上しながらも、失われた首を求めるように数歩だけフラフラと歩き……、
「……………………」
やがて、檻の底に力なく倒れ伏した。
それは明確な決着の光景。
彼ら一人では届かず、彼らの積み重ねがなければ辿りつけない。
彼らの歩んだ道の先にある光景だった。
To be continued
〇《ダブルライザーキック》
(=ↀωↀ=)<きっと多くの人が「これやるためにあの珠なんだろうな」と思ったでしょう
(=ↀωↀ=)<そのとおりです
〇《爆炎哮》
(=ↀωↀ=)<ビシュマルの隠し玉にして自爆技
(=ↀωↀ=)<スルトはTYPE:ルール・アームズでテリトリーやワールドじゃないけれど
(=ↀωↀ=)<数値に干渉するタイプではなく、『自分自身を炎に変える』って能力なので
(=ↀωↀ=)<ルールだけど圧縮の余地がありました
(=ↀωↀ=)<命名者はビシュマル
(=ↀωↀ=)<レーヴァテインが炎の剣と同一か否かは判断が分かれますが
(=ↀωↀ=)<ビシュマルはそう考えて命名した模様
〇《威喰同源》
(=ↀωↀ=)<【喰王】の奥義
(=ↀωↀ=)<獣戦士系統との違い
・モンスターをテイムする必要がなく、ドロップした素材を喰うだけでOK
・何なら戦闘中に喰ってもいい
・ただし食べた量(摂取リソース量)で効果時間が変わるので、秒で切れることもよくある
・全ステータスでなく選んだ一ステータスのみ
・ただし上乗せは一〇〇%乗る
(=ↀωↀ=)<制限緩い代わりに他の制限がついてる感じ