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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第七章 女神は天に在らず

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500/716

第四十話 すべきこと

(=ↀωↀ=)<今回で500話になります


(=ↀωↀ=)<しかしレイ君いませんし、特別編挟めるタイミングでもありません


(=ↀωↀ=)<……


(=ↀωↀ=)<とりあえずボリューム倍にしておきますね

 □■王国北西部


 無人戦車部隊、【電波大隊レイディオ・バタリオン】。

 【大隊】と謳いながら一般に大隊と言われる数の倍近い戦車群。

 その只中に、一両だけ黒色の戦車が存在した。


「初撃は派手に決まったな」


 黒い戦車の車中から、ミスリル製の装甲を施された他の戦車を眺めながら、無精髭の男は満足そうに笑う。

 彼こそは、【車騎王】マードック・マルチネス大佐(・・)

 皇国の<超級>の一人にして、この戦場を指揮する者である。


「金は掛かったが作って良かった。ミスリルが出回っていたお陰で、数も揃えられたしな」


 この大隊を用意する際の懸念は素材不足だったが、なぜか錬金術師ギルドから大量のミスリルが出回ったお陰で最後まで作ることができた。

 噂では、常時発注のジョブクエストのために大量に持ち込んだ謎の超新星【錬金術師】がいたらしいが、ともあれ彼にとっては幸いである。


『でも、無人戦車って大丈夫なんですか? 基本オートなんですよね?』


 彼と通信をしていたのは黒三鬼という<叡智の三角>の<マスター>であり、今回は【操縦士】部門の者達と共に【マーシャルⅢ】でこの戦場に参戦している。

 マードックは皇国に来てから<叡智の三角>との関わりも深く、半ば客分であったために彼らと行動を共にしている。

 なお、<叡智の三角>のオーナーであるフランクリンは単独行動中であり、彼らも所在を聞かされておらず、そのような事情から彼らの指揮権も今はマードックにあった。


「心配するな。お前らは撃たねえよ。最低限の識別はしてるはずだからな。……<叡智の三角>プログラム班の皆々様がミスってなければ」

『設計ミスは怖いですね……』


 かつてテスト機に乗った結果、溺死しかけた黒三鬼はしみじみとそう呟いた。


『でも、人型じゃない<マジンギア>を作るって聞いたときは驚きましたけど、すごく使えますね【電波大隊】』

「戦争で使えなけりゃ兵器の意味がねえさ」


 マードックは黒三鬼の言葉に苦笑しながらも、説明を追加する。


「戦車型の<マジンギア>、【ガイスト】は亜竜に寄られた時点で打つ手がない。だからこそ、<叡智の三角>が作った人間の延長として動く【マーシャルⅡ】が歓迎された。それ以前のパワードスーツは結局個人の力量に依存するし、比較的操縦士系統の適性が多かったドライフ国民には辛かったらしい」

『ええ、そう聞いてます』

「だが、皇国は【ガイスト】を作っていた。【マーシャルⅡ】の開発後も。それは何故だ?」

『えーっと……』


 そういえばなぜだろうかと黒三鬼は疑問を覚えた。【マーシャルⅡ】やそのバリエーションが開発された今も、皇国の兵器生産ラインでは【ガイスト】も生産されている。


「答えは……遠距離(ロングレンジ)で撃ち合うなら人型ロボットより戦車が良いからだよ。積める砲のサイズと照準の安定度が違う」

『あー……』

「皇国はこんな風に戦車を多数並べ、モンスターが寄ってくる前に一斉砲撃で減らす戦術を使っていた。近づいた奴は前衛戦闘職に任せてな。【マーシャルⅡ】の活躍場所はそこだ」


 今も昔も、モンスターの群れや巨大モンスターとの戦いで【ガイスト】は重宝された。

 かつての【グローリア】との戦いも、相手がただの巨大生物であればある程度の戦力として機能できていたはずだ。


「俺の戦術もそれと何も変わらねぇさ。遠距離から撃ちまくり、数を減らし、突破して近づいた敵は他の<マスター>に委ねる。この戦車群も、俺のトールハンマー以外は寄られたら弱いのは変わらん。だからお前達次第だ」

『任せてください!』


 マードックの言葉に、黒三鬼は胸を叩いて応じてみせた。

 <叡智の三角>の【マーシャルⅢ】部隊だけでなく、他の戦闘クランの<マスター>も多く参戦している。

 王国が【電波大隊】の砲撃で戦力を減らすならば、かなり優位に戦えるだろう。


『それにしてもさっきはよくあんなに遠くの、それも飛んでる相手に当たりましたね』

「砲の射程内で弾速も速かったからな。FPSゲーでも戦車でヘリ落とせるだろ」

『……全然違いません? 数十キロ先の空の上ですよ?』

「照準が合って砲の性能が足りてれば何も違わない。ただし、こっちの戦車はちょいとばかり特別だがね」

『…………』


 マードックの言葉に、黒三鬼は何と言っていいものか迷った。

 特別なのは戦車ではなく、扱っている人間の方だろうと思ったからだ。

 マードックでなければ【電波大隊】は運用できない。

 否、運用どころか……起動(・・)もできないだろう。


「ま、連中も隠れる場所がない上に遠くまで見えちまう空からは降りるだろ。地上で近づいてくるだろうから準備してな」

『了解です』


 そうして黒三鬼との通信が切れて……。


「そんな訳で、だ。地上はこっちに任せな」

『――ええ、お願いします』


 続いた声は、黒三鬼の者ではない。

 通信機より聞こえたのは……“不退転”のイゴーロナクリーダー、ヒカルの声。

 事前の計画通りに動き、皇王の意図通りに王国の戦力を釣る餌となった者達である。


「あとはフラッグをパスする役くらいだろう。安全圏に抜けちまってもいいぞ」

『そうですね。……ところで、<デス・ピリオド>のルークという<マスター>は敵陣にいましたか?』

「ん?」


 ヒカルの質問にマードックは疑問を覚えるが、それはそれとして聞かれたので対応する。


「お前ら、映像出せるか?」

「アイアイキャプテン!」

キャプテン(海軍大佐)じゃない。カーネル(陸軍大佐)だ。それにアイアイは海軍の言葉だろうが」

「イエッサー! 映像、ダシマス」


 そうして戦車の乗員から回ってきた先刻の砲撃直前の映像を見て、すぐに把握する。


「ああ、目立つ銀髪美少年だろう。ばっちりいるぞ。赤い鳥に乗ってるな」

『……そうですか。情報提供感謝します』


 その通信の後、ヒカルとの通信は切れた。

 マードックは肩を竦め、二言呟く。


「ありゃ絶対何かやらかすぞ。……他の<超級(スペリオル)>はおっかねえなあ」


 自分も<超級>の一人だが、マードックは本心からそう思う。

 フランクリン、【獣王】、ヒカル、スプレンディダ。

 性根が歪であったり、この<Infinite Dendrogram>に賭けているものがでかすぎたり、得体が知れなかったりと、どうにも彼らはマードックから見ると重い(・・)

 ローガンだけはそうでもないが、そもそもの話が合わないだろうと考えた。

 <エンブリオ>を観れば、分かる。

 自分を過大評価して、すごいと思っていなければあんな<エンブリオ>にはならない。

 だからこそ自分の性根とは噛み合わないだろう、と。


「……とはいえ、おっかねえのは<超級>に限らないか」


 マードックはそう呟いて……この戦場に来ている者の中で特に恐ろしい者の顔を思い浮かべた。


「俺ならあれとは戦いたくねえ」


 そしてまたしみじみと呟いて、……少しだけ王国の<マスター>達に同情した。


 ◇◆


 【電波大隊】の初撃を受けた後、王国側は混乱しかけたがそれぞれのクランの指揮官達が指示を下し、ギリギリでまとめてみせた。

 そして砲撃の次弾が来る前に、相手の射線から外れるために空中を移動していた者達も地上に降下。周囲への警戒を強めながら、各クランの代表格が一ヶ所に集まる。


「……<デスピリ>の。アンタ、さっきの何かわかるかい? 上にいた連中が吹っ飛んじまった奴だ」


 ルークに質問したのは<K&R>の狼桜だ。彼女達は地上を移動するグループだったが、空中戦力の四割が一瞬で壊滅した光景もはっきり見えていた。


「恐らくは……電磁投射砲(レールガン)です」


 ルークは自らが視た戦車を思い出す。

 円筒ではなく、二枚の板を並べたような特徴的な砲身。

 加えて、車体と砲身から生じた紫電の放電現象は光学迷彩に関するものではなく、砲撃前後の余剰エネルギーが漏れたものだと踏んだ。


「レールガン……ってあの電磁力だかなんだかで弾を飛ばす奴かい?」

「はい」


 レールガンは火薬の爆発ではなく、電磁誘導によって砲弾を加速して撃ち出す兵器だ。

 発射に必要な莫大な電力の供給といった問題はあるが、従来の砲弾を上回る弾速が得られることから米国では二一世紀初頭から開発が進められていた。


「射程はどのくらいのもんなのさ?」

「……対地砲撃に使う場合、理論上は艦船用のもので三〇〇キロ以上だったはずです」

「さん……!? ここも狙われるじゃないか!」

「ですが、あれはそこまでではないでしょう。艦砲より小さいですし、地平線を超えて撃つには観測情報が不足しているはずです」


 偵察機や人工衛星、通信網による索敵が発達した地球と違い、こちらではスキルによる観測が精々だ。観測情報を基に遠距離を狙う技術にも限度があり、それは曲射弾の有効射程の限界にも繋がっている。


「艦船ではなく戦車の車高から計算すると、地上目標を狙えるのは地平線の内側……七キロ程度でしょう。……こちらが飛べば話は別ですが」


 先刻、空中の<マスター>達が撃たれたのは……高度ゆえにあちらから直接目視できていたからだ。

 五〇〇メテルの空から数十キロ先の地形がみられるならば、逆も然り。

 目視照準射撃の精度を高めるスキルも幾らか存在する。


『……ジュリエットならば「深淵を覗いたとき、深淵もまたお前を覗いている」とでも言いそうだ』

「いや、アイツならきっとさらにややこしい言い方するぞ」


 ライザーとビシュマルは同じ決闘ランカーの言動を想像する。

 ……なお、この場にはいない少女は王国のどこかでくしゃみをした。


「つまり、遠距離から狙い撃たれないために地上を往くしかないって訳かい」

『それでも地平線の先に見えたら撃ってくるということだ』


 狼桜やライザーは各々が情報を噛み砕き、その問題点を述べる。

 地上を進んで戦車を撃破・突破するにしても、あちらの有効射程に入った後は無事では済まないだろう。


「それについては……タイミング次第ですが打つ手があります。今は地上から相手の射程ギリギリまで近づきましょう。戦車以外の襲撃にも警戒を」


 ルークの言葉に各々が応じ、移動を再開する。

 木々の合間に作られた街道を、一塊になって移動する。

 各自が探知系のスキルを欠かさず、スキルを持たない者も周囲の索敵に気を配り、タンク役はいつでも己を盾にするべく備えている。

 行軍速度は若干落ちたが……。


「ネメシスさん、相手の気配は?」

「方向は変わらず……動いておらぬようだ」


 その言葉に、ルークは『イゴーロナクも自分達を待ち構えている』と悟る。

 つまりこの先に待つ<超級>は最低でも二人になるが、それも分かっていたことだ。

 まだ到着していない戦力との合流も、相手の射程に入る前には済むだろう。

 光学迷彩と長射程によって敵に先制攻撃を許したのは痛いが、広域制圧型と思しきマードックとアルベルトの相性は決して悪くない。まだ挽回は可能だ。

 ルークを始めとして幾人かの<マスター>がそう思いながら目的地に進む。



 ――だが、彼等の進軍を阻む者がいる。



「前方に<マスター>の反応です!」


 タイキョクズを観ていた霞が、周囲に警告を発する。


「到達形態は『Ⅵ』。数は…………一人?」


 探知範囲に真っ先に入った一人、ではない。

 王国勢が高速で進軍を続けても、その一人以外に探知される者はいない。

 そして木々の陰を抜けた先、目視でもその姿を捉えられる。


(【車騎王】以外の戦力の介入・襲撃はあって然るべきもの。確実に奇襲を仕掛けてくると考えて、備えていた。だけど、これ(・・)は果たして奇襲と言えるのだろうか)


 ルーク達の進行方向に、敵はいる。

 男が一人。頭から日除けの布を被り、彼等の進路で片膝を立てて座っている。


 飴玉でも舐めているのか……コロコロと口中で何かを転がしながら。


 これ見よがしの、待ち伏せ。

 怪しいほどの、無防備。

 咄嗟に先制攻撃をしようとした者もいたが、それがカウンター型の能力の誘いである可能性も考慮して咄嗟に自らの攻撃を止める。


「――武装展開」

 ――だが、【殲滅王(アルベルト)】は動いていた。


 相手に注意を払って全体の動きを止めるは愚行。

 王国勢が静止した瞬間に他の攻撃が来るかもしれない。

 それこそ、眼前の相手やその仲間が観測者としてマードックの戦車部隊に位置情報を送っている可能性もある。


 ゆえに立ち止まらず、自らの特典武具――【掃討蛇火 ファイアリックス】の火を放つ。


「《α星(ドゥーベ)》」


 溢れる炎熱がアルベルト自身の身体すら焼き殺し、その身体は炎熱への耐性を備えたモノに生まれ変わる。

 そして双頭の火炎放射器から放たれた業火は、座した敵手をその輝きで包み込む。

 回避もない。防御もない。

 敵手は無防備なまま炎に呑まれ、その姿を陽光から隠していた布も焼き尽くされる。


 ――それでも、男は原型を保ちながら炎の中で座り続ける。


「あ、あの炎を!?」


 驚愕の声は誰のものか。

 あるいは声に出そうと出すまいと、誰もが同じことを考えたかもしれない。

 王国勢は知っている。この特典武具は、“トーナメント”でのフィガロ戦でアルベルトが使用したものだ。

 フィガロが受けず、回避し続けたほどに危険なものだ。

 そんな超火力を受けて……男は光の塵(デスペナルティ)にもならずに生きている。


「…………」


 座っていた男が立ち上がる。

 炎に炙られていても狼狽えず、火傷の苦しみに転がりもせず、ごく自然に立ち上がる。

 効いていない訳ではない。

 男の身体は炎に包まれ続けており……その皮膚や肉は今も焼けている。

 全身の皮膚が焼失して、年恰好さえも判然としない。

 既に焼死体同然。

 それでも、男はコロコロと口中で何かを転がして、その体は動き、


「――《威喰同源(カニバリズム)》」

 ――男は一瞬でアルベルトとの距離を詰めた。


「!」


 アルベルトが対応するよりも早く、焼死体はアルベルトの頭部に自らの右手を振るう。

 直後に、アルベルトの頭部が粉砕される。

 彼の体を構成する機械部品が、周囲に飛び散る。


 打撃による殴打痕ではなく、――肉食動物に食い千切られた(・・・・・・・)かのような破壊痕。


「ッ!」


 その衝撃の光景に対し、応戦するべく動く者と戸惑い動けぬ者がいた。


 動く者の一人であるマリーは散弾特化の弾丸生物を連射し、敵の動きを静止せんとする。

 だが、無数の弾丸生物は男に触れた直後に、無惨な餌に変わる。

 男の全身に形成された『顎』が、自らに触れた弾丸生物を余さず捕食していた。


「やっぱり、<エンブリオ>はどれも変わった()だなぁ」


 それに伴い、皮膚を焼失させていた男に変化が生じる。

 捕食するほどに皮膚が再構成され、自然回復し、傷一つない状態に復元されていく。

 そうして全身を治癒させた男の顔は……この場の人間の大半が知っていた。



「……“悪食(・・)”!」

 【喰王】カタ・ルーカン・エウアンジェリオン。

 皇国最強の準<超級>――“悪食”。

 マードック同様に、皇国の特記戦力……要注意人物の一人。



 そんな男が単独で――<超級>さえも含む王国勢に――襲撃を掛けてきた。


 “不退転”のイゴーロナクの<墓標迷宮>襲撃よりも、輪をかけて異常な襲撃。

 彼我戦力差を考えれば狂っているとしか言えない。

 あるいは、彼自身は勝負が成立すると読んだのか。


「……どうしてここに? 皇国側の戦力の多くは、戦車部隊の直衛として待ち構えているのでは?」

「うん。本当は自陣で迎撃する手筈だったけれど、砲撃で数が減るらしいからその前にここに来たよ」

「……?」


 何が、『から』だと言うのか。

 敵の数が砲撃で減ってからの交戦は戦術上当然だ。

 その逆はあり得ない。


 ――戦術上は。


「機械の身体の<超級>、<超級>を殺した準<超級>、それに【魔王】」


 アルベルト、マリー、そしてルーク。三人を見ながら、


「――レア食材ばかりだから減る前に食べに来たんだ」

 さも大したことではないかのように――カタはそう宣言した。


 彼の言葉に王国勢の半数は苦笑し、半数は戦慄する。

 前者は彼の言葉を面白くもないブラックジョークだと思ったから。


 後者は――《真偽判定》や直感でそれが本音だと理解したから。

 人間を喰うため(・・・・・・・)に単身で王国勢を強襲した異常者だと理解したから。


『――《β星(メラク)》』

 ――そのタイミングで空間にアルベルトの声が流れる。


 第二の耐性……捕食耐性を獲得しながら、アルベルトが頭部を再構成する。

 同時に新たな特典武具――手甲を装備する。

 それが何かを王国勢は知っており、即座にアルベルトとカタから距離を取る。


 【来霧中独 ドラグミスト】。

 白い霧を発生させ、霧の内部に入った者の視覚・聴覚・嗅覚を完全に遮断する。

 内部に囚われたならば、身動きも満足に取れなくなる。

 例外は【殲滅王】のスキルで敵の位置を把握できるアルベルトと、地面の振動を触覚で把握して対処したフィガロのみ。


「へぇ」


 カタはその特典武具の白い霧から逃げ……ない。

 逆に、まるで吸い込むように口を開けて待ち受ける。

 無論、人間一人に吸い込めるものではなく、カタは白霧に囚われた。

 彼の三感はその瞬間に失われ、目も耳も鼻も利かなくなる。

 センサーというセンサーを潰されたカタに対し、アルベルトが更なる特典武具での追撃を放たんとする。


「――嫌だな、これ。嗅覚がなくなると味が落ちる」

 ――しかしそれよりも早く、カタが【ドラグミスト】を左手ごと食い千切った。


 三感を封じられた状態でのアルベルトの位置を把握、一瞬で接近しての捕食。

 それを為したのは、フィガロのように触覚……ではない。

 カタの全身の口からは、犬のようにダラリと舌が垂れている。


 彼がセンサーとしたものは、味覚(・・)だ。


 【ドラグミスト】から発生した霧を味わい(・・・・・)、味が濃い方向……発生源へと辿り着く。

 単なるスキルどうこうではない。

 フィガロとは異なる……常人には不可能な探知法だった。

 だが、最大の問題はそれではない。


「……あれ? さっきより硬いな、これ」


 咀嚼しながらそう呟くカタ。

 霧の中ゆえに、その声はアルベルトには届かない。


「…………!」


 だが、冷静沈着なはずのアルベルトの電子頭脳には、驚愕というノイズが走っていた。


 ――耐性を獲得した上で、その耐性を突破された(・・・・・)


 そんなことは今までなかった。

 フィガロにも……そしてファトゥムにすら同じ手口で二度破られたことはない。


 左腕ごと捕食された【ドラグミスト】が機能停止し、同時に白霧も消えていく。

 霧の中から現れた二人に、何よりもはやカタに対して無敵と化したはずのアルベルトが左腕を失った姿に、王国勢は言葉を失う。


「マジ……かよ」


 自らもアルベルトと戦ったビシュマルは、尚のことその異常性が理解できた。


「…………TYPE:メイデン」


 その間にもルークは思考を巡らせ、そして眼前の光景の答えに既に辿り着いた。

 カタは皇国特記戦力の一人ゆえに、判明している限りの情報は彼も把握している。

 メイデンの<マスター>であり、事前に判明している能力特性……メイデンのジャイアントキリング要素は『物体強度に関係なく噛み砕ける』こと。

 捕食という単一の攻撃手段しかない相手。

 本来ならば、アルベルトが一度の死と引き換えに完封できる。

 だが……。


(もしも、アルベルトさんの獲得した耐性ごと(・・・・)噛み砕いて捕食できるとすれば?)


 相反する突破型能力と耐性能力の力比べ。

 普通に考えれば<超級エンブリオ>の出力が勝るが……現状はそれを否定している。


(……思えば、レイさんも第二形態時点で《月面除算結界》を跳ね返せないまでも多少は軽減できていたという。【喰王】の<エンブリオ>は第六形態で、しかもネメシスさんのような多機能型ではなく一点特化。突破できる可能性はあった……)


 あるいは、アルベルトがさらに『捕食』への耐性を重ねられるならば、幾度か繰り返せば無敵化できるかもしれない。

 だが、マードックやイゴーロナクとの戦闘が控えているのが現状だ。

 カタを相手に一体何回のストックを切らされるかは未知数であり、その消耗次第で……追撃戦は破綻する。


(アルベルトさんのセプテントリオンとの相性は……最悪だ)


 カタが自分の意思でこちらに来たというが、そもそもこの戦場に配置した時点で皇国はこれを狙っていた節がある。


「――《天下一殺》」


 だが、ルークの思考の間にも事態は動く。

 アルベルトへの追撃をかけようとしていたカタに、狼桜……【伏姫】の奥義が炸裂する。

 カタは背後から胴を突かれ、胸部から腹部を爆散させた。


「…………ぁー」


 カタは首だけで振り返り、ジトリと狼桜を見る。

 そして人間の関節を無視した動きで、腕を――『顎』を形成した腕を背後に振るう。


「ハッ! ダーリンよかよっぽど遅いね!」


 狼桜は後方に飛び退いてそれを回避した。

 腕は届かず空を切り、カタの口中からは舌打ちの代わりに何かを噛み砕くような音が聞こえた。

 そうして、胴体に空いた大穴は少しずつ塞がっていく。


「……足りないかぁ」


 しかし傷は塞がり切らず、手の届く範囲に敵の姿もない。

 カタは仕方ないという風に、ポケットから飴玉――小さな緋色の塊を取り出す。

 それを口中に放り込むと、胸の傷はすぐに癒えていった。


(……そういうことか)

「ふぅん、そういうことかい」


 その攻防を観ていたルークと、自ら攻撃した狼桜は一つのトリックに気がついた。

 世間に知られている【喰王】の特性の一つは、リソース捕食によるHP回復。

 あの炎の中でも生命を保っていたのは、燃えている間も捕食を行い、HPを回復し続けていたためだ。今も、捕食でHPを回復した。

 問題はあんな小さな塊でそれほどの回復効果(リソース)を持つ物体の正体だが、それよりも重要なのは対処法が存在するということ。


(捕食を許さずに致命傷を与えれば、勝利できる)


 自動HP回復のスプレンディダや、本体がその場にいないイゴーロナクとは違う。

 あくまでも捕食というアクティブな動作によってHPを回復している。回復アイテムを使いながら戦うのと大差がない。

 ゆえに、まだ対処は可能だ。

 問題は……。


(それでも、数で当たるのは決して得策じゃない)


 数で押すとは、それだけカタの『顎』に捉えられる人間(回復アイテム)が増えることを意味する。

 ゆえに、相手をするならば少数精鋭で押し切らなければならない。

 この場の全員で相手をするのは論外だ。仮に倒せても、そのときにはどれだけの者がカタの胃に収まるか分かったものではない。

 だが、この場の王国勢最大戦力であるアルベルトは相性的にまずい。

 マリーの弾丸生物も回復アイテムにされ、狼桜も既に奥義を切っている。

 対処できるとすれば、ルークと眷属達……その全力戦闘しかない。


(……()つ、かな?)


 だが、眷属化に費やせるレベルは無限ではない。既にこの戦争では下級職二つ分のレベルを消費している。

 レベルが低下すればそれだけキャパシティも減少し、平時の戦闘力すら落ちるだろう。

 そして、眷属が捕食され、死亡(ロスト)するリスクもあった。


(それでも、僕がやるしか……、ッ!)


 そのとき、さらに事態が動く。

 地平線の彼方から、何発もの砲弾が降り注いだのだ。

 マードックによる超長距離対地砲撃。

 正確な砲撃ではなく、近いものでも彼等から数百メテルは離れており、多くは数キロも先に着弾している。

 だが、立ち止まっていればいずれ照準は補整され、彼らを直撃する。

 しかし移動しようと前進すれば、捕食者(カタ)が背中に食らいつく。


 前門のマードック。

 後門のカタ。

 王国の追撃戦は遠近両方の超戦力に阻まれ、もはや一刻の猶予もない。


『――ラング! 俺達ごと展開しろ!』

 ――その窮地に声を上げたのは、仮面を被った一人の男。


「俺も忘れんなよ!」

「……了解! 《全天周回路(ハレー)》、起動‼」


 ビシュマルとラングの声が続いた直後、周囲の光景が一変した。


 周囲の木々を押しのけて、巨大な檻がその場に現れている。


「……ふぅん」


 そして【喰王】カタは球体の檻……グローブ・オブ・デスの中に閉じ込められている。

 しかし、中にいるのはカタだけではない。

 ライザーとラング、ビシュマル……<バビロニア戦闘団>のメンバーがその中にいた。


「ライザーさん!? どうして!?」


 イオが悲鳴のような声を上げるが、自らそうした彼らの意図は……明らかだ。


『ここは俺達……<バビロニア戦闘団>に任せて先に行け!』


 イオの呼びかけに、ライザーは背を向けたまま答える。


『追撃は時間との戦い! それに、待ち受ける敵は<超級>! ここで割ける戦力は多くないだろう!』

「……!」


 ライザーの言葉は正しい。

 この場に留まれば砲撃が降り注ぎ、進軍においてカタの追撃は許容できない。

 だが、立ち止まってはいられない。

 ここですべきは……戦力の一部を切り離してカタを足止めすることだ。


「……行きましょう」


 それを理解していたからこそ、ルークは決心してそう指示を出した。

 あるいは『レイがいたらどうしたか』を考えて……しかし答えは出ないままに。

 他の者達も、その決定に応じる。


「……一つ教えといてやるよ」


 狼桜は去る間際に、檻の中のライザーに告げる。


「そいつ、多分アタシの必殺と同じようなスキル(・・・・・・・・)も持ってるよ」

『感謝する』


 先刻の戦闘で得た所感を伝え、彼女もまた去る。


「ライザーさん……」


 そして、最後にその場に残ったのはイオだった。

 自身の【ランドウィング】に乗らず、躊躇っている。

 あるいは自分もここに残り、戦おうかと申し出ようとして……しかし二の足を踏む。

 友と共に進むか、ここで戦うか。どちらが自分のすべきことか分からない。

 そんな彼女に対し、ライザーは……。


『イオ君。この<トライ・フラッグス>が終わったらまた会おう。フィギュアを譲る約束だ』

「……!」


 その言葉の意味が、分からないはずもない。

 彼がこの戦いでデスペナルティになる(死ぬ)気なのだと……イオにも分かったのだ。

 それでも、彼女には先に進めと告げている。


『俺はここで、俺のすべきことをする。だから、君も進んでくれ』

「……はい!」


 イオは努めて声を張り上げて、【ランドウィング】に飛び乗って仲間達の後を追った。


 そうして残ったものは巨大な檻が一つと、その中の四人の男。

 閉じ込められたカタに慌てる様子はない。

 レア食材だと言っていた三人全員がいなくなっても慌てる様子はなく、何とかして檻を出ようと藻掻くこともない。

 ただ、感情の揺らぎが見えない不自然な自然さで、<バビロニア戦闘団>と相対している。


「すべきことって、身を挺しての時間稼ぎ?」

『少し違う』


 カタの挑発にも聞こえる言葉……ただの素朴な疑問に対し、ライザーは遥かに格上の敵を真正面から見据えながら答える。


『――刺し違えてでもお前を倒すことだ』


 敵は遥か格上。皇国近距離最強の準<超級>。

 かつて完敗したクロノ・クラウンよりもなお強敵かもしれぬ怪物。

 だが、ライザー達に怯える気持ちは一片もない。

 仲間のために、王国のために、必ずこの怪物を打倒すると心に決めていた。


「オッケ。理解した」


 ライザーの答えを、カタは愚かとは言わない。

 身の程知らずとは言わない。

 彼我の実力差に由来する侮りも恐れも、カタにはない。

 彼の原理は、よりシンプルなものだからだ。


「君達、二つ名とかある?」


 名を問われ、三人は臆することなく答える。


『“仮面騎兵”マスクド・ライザー』

「“炎怒”のビシュマル」

「“彗星圏”ラング」


 決闘ランカーとして王国の民に名づけられ、親しまれた自らの二つ名を名乗った。


「王国にしては食材っぽくないね」


 カタは彼等の名乗りを聞いて、戦争前に王国の<マスター>に抱いた感想に準えてそう呟き、


「――だけど、俺は“悪食”。何でも喰える」

 ――言葉と共に両手足と胴体に大口を形成した。


『――喰らってみろよ』

 ――ライザーもヒーローの如きスーツを纏う。


 この名と自分達の背負うものを、喰らえるものなら喰らってみろと。


 元王国第二位クラン、<バビロニア戦闘団>。

 皇国第三位クラン、<ロウ・オブ・ザ・ジャングル>オーナー【喰王】カタ。


 異邦のヒーローと異形の怪物の死闘が……始まる。


 To be continued

(=〇ω〇=)←増量で燃え尽きた


(=〇ω〇=)<クロレコ脚本とクロレコ三巻と書籍十四巻の締め切り迫ってるので


(=〇ω〇=)<一回か二回ほどお休みですー……



〇カタの回復


(=ↀωↀ=)<《医食同源》というスキルがあり


(=ↀωↀ=)<簡単に言うと食べたものを全部回復アイテムとして扱うスキル(毒物の場合、毒としても扱う)


(=ↀωↀ=)<【喰王】はこれのスキルレベルがEXで、回復効率は最大化している


(=ↀωↀ=)<回復に使った小さい緋色の塊=神話級金属


(=ↀωↀ=)<飴玉じゃないので全く甘くないし普通の人が噛んだら歯が砕け散る


(=ↀωↀ=)<それと作中でスキル宣言した《威喰同源》は別物



〇砲撃

(=ↀωↀ=)<余談だけど


(=ↀωↀ=)<<Infinite Dendrogram>内で地平線超え曲射技術使いまくる兵器が二つあって


(=ↀωↀ=)<一機はラスカルとマキナの【サードニクス】


(=ↀωↀ=)<もう一機はその内に出る

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― 新着の感想 ―
[気になる点] バルドルの主砲の射程は地平線超えないって事かな?
[良い点] 500話おめでとうございます! この作品がまだ始まったばかりの時にふとこの作品だったら500話行くかもって思ってました。 まさかドライフとの戦争が始まったばかりだなんて思いもしませんでした…
[一言] ドミンゴスさんってカタさんに挑戦した事は有るのかな。有るとすれば、カタさんには病毒系状態異常は効かない可能性も有りそう。石化や凍結や魅了とかはどうなんだろう。 捕食対策としては、とりあえず身…
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