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第四話 安全圏と危険地帯

□<旧レーヴ果樹園> レイ・スターリング


 兄貴の<エンブリオ>――多分TYPEアームズとかいう種類――を見て、俺は疑問を口にせずにはいられなかった。

 TYPE:アームズはもっとこう、魔剣とか魔槍とかを想像していたけれど、ガトリング砲かー……。


「ガトリング砲ってファンタジーの世界観的にありなのか?」

『機械皇国ドライフもある世界だし俺の<エンブリオ>もアリだクマ』


 ドラム缶型の弾倉を背負い、右脇にガトリング砲の銃身を抱えながらクマ兄は笑った。

 若干呆れ気味にそのシュールな姿を見ていると、


『KIKIKI……』

『CHIKI……CHIKI……』


 俺達の存在に気づいたらしい蜂型や蟻型の昆虫モンスターが集まってきた。


『よし、それじゃあレムの実畑まで突っ切るクマー』


 クマ兄はそう言ってガトリング砲を構え……ぶっ放した。


『YEAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHH!!!』


 瞬間、爆音が轟き、昆虫モンスターは木っ端微塵に砕け散って体液を撒き散らす。

 銃身が回り、弾が吐き出されるごとに死骸は増産され、地に落ちる端からゲームらしく光となって消えていく。

 その光景は完全なワンサイドキル。

 モンスターが湧く速度よりもクマ兄の掃射速度が速い。

 開始からわずか一分足らずで数百数千という空薬莢がガトリング砲から排出されている。

 普通なら、あんなもの抱えて撃てる訳がないが……先ほど見せてもらった表記通りならクマ兄のあの着ぐるみはほとんどパワードスーツのようなもの。補正でSTRが最低でも九百以上、レベル0の俺の九十倍はあるのだから可能かもしれない。それでも撃ちながら歩いているのはおかしいが。

 あんなペースで連射しても弾切れしないのは、あのガトリング砲が<エンブリオ>だから何かしらの不思議な力が働いているのだろう。

 しかしこんな風に手持ちでガトリング砲を連射していると、まるで昔の名作映画のワンシーンのようだ。アンドロイド主題の映画の二作目で後に州知事となる俳優の代表作だったはず。

 まぁ、やっているのが筋肉モリモリマッチョマンな俳優ではなくクマの着ぐるみな時点でC級映画になってしまいそうだが。


「しかし、本当に役に立てそうにないな……」


 攻撃するタイミングも何もあったものじゃない。迂闊に前に出ると俺も一瞬で蜂の巣になりそうだ。

 当たり前だがさっきから凄い勢いでモンスターが討伐されていても俺に経験値は入ってこない。


『あ、ドロップ品は放置でいいんで、後ろからぴったりついてきて欲しいクマー』


 死骸は消えているけど倒したときに出てきたアイテムは残っている。

 ちなみにスキル《解体》があると、消えるまでの時間が延びて死骸の解体が出来るようになるらしい。そのときはもっと沢山アイテムが取得できるそうだ。


「わかった。……ん、そういえばこのシチュエーションって」


 ゲームにはよくあるシチュエーションだ。

 ゲームスタート時、レベルの低いプレイヤーキャラが高レベルの味方キャラに助けてもらいながら進行する。味方キャラは強くてとても役に立つのだが、大体は序盤の最後で死んだりして、第一部の締めになったりする。


「「ぬわーーっ!!」か、なつかしい」

『……いや、それだと俺が死んじゃうじゃん』


 兄は微妙そうな声音だった。

 そんな風に戦闘をしているのか作業をしているのか、あるいはまたコントでもしているのか判別できない状況で俺と兄は五○○メテルの距離を踏破し、レムの実畑に到達した。


 ◇


「誰ですかッ!? あ、貴方は……!」


 レムの実畑では案の定リリアーナが昆虫モンスターの群れと交戦中だった。

 彼女は背中に妹を庇いながら、無数の昆虫モンスターを相手取っている。


「よし、間に合った!」

『騎兵隊(馬なし)参上クマー!』


 俺が手遅れにならなかったのを喜ぶ脇で、兄がまたガトリング砲を盛大にぶちかました。昆虫の包囲網が凄まじい勢いで減じていく。

 ……それはいいけど間違えてリリアーナとその妹に当てないでくれよ?

 俺が二人を心配しているうちに、包囲網はあっさり消滅していた。

 兄が強いのもあるんだろうけど、ガトリング砲という武器種自体が対多数戦闘で非常に有用だった印象だ。日本の歴史上でも戊辰戦争の長岡藩で当時のガトリング砲が活躍したらしいし。

 さておき、俺達は無事に二人の元まで辿り着いた。


「大丈夫ですか?」


 俺はあのとき彼女に掛けられた言葉を、今度は俺から口にした。


「貴方はあのときの……どうしてここに?」


 彼女は驚いたように俺を見る。

 ん? 今はじめて俺に気づいたみたいな反応だな。

 じゃあさっきの「あ、貴方は」って言葉が向けられたのは……兄か?


「それに、貴方まで……本当に、どうして」

『助けに来たクマー。うちの弟が「放ってなんておけない! 何があろうと俺は彼女を救いに行く!」って言うから俺も手助けしに来たクマー』


 言ってねえ!?

 そんな顔から火が出そうな台詞まで言った覚えはないぞ!!


「弟……それで」


 リリアーナは何か納得したように呟いている。

 この空気、ひょっとして兄とリリアーナは知り合いなのだろうか。

 俺が疑問に思っていると、リリアーナは俺に向き直り、深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます。貴方達が来てくれなければ、妹を……ミリアを守れないところでした」

「い、いえ。俺なんて後ろから見ていただけですから……」

「それでも、御礼を言わせてください。貴方にご迷惑をかけた私を、援軍と共に救いにきてくれた……この御恩は忘れません」


 リリアーナの言葉に照れるのを通り越して罪悪感すらある。

 だって俺はクエスト受けただけで本当に何もせず、兄の後ろの安全圏に寄生していただけだし。

 そんな訳で彼女を直視できず視線を逸らすと、そこには彼女の妹のミリアーヌがいた。

 写真どおり、いや写真よりも可愛いくらいの美少女だった。


『ロリ? ロリコンクマ?』


 違うわ。


「ひっく、ひっく……」


 ミリアーヌは泣いていた。

 それはそうだろう。あれだけ多くの昆虫モンスターに囲まれ、命すら危うかったのだから。

 ただ、その手に持った籠の中にはしっかりと五つほどの果物――恐らくは噂のレムの実――が入っている辺りしっかりしている。


「と、兎に角、ここを出ましょう。またモンスターが集まってくると危ないですし」

「わかりました」


 そのとき、メニュー画面に変化が起きた。


【NPCがパーティに参加します】

【リリアーナ・グランドリアが加入しました】

【ミリアーヌ・グランドリアが加入しました】


 ああ、NPCもパーティに入れるのか。

 二人のステータスは……ミリアーヌは俺よりも低かった。

 しかしリリアーナのステータスは驚くべきものだった。


 リリアーナ・グランドリア

 職業:【聖騎士】

 レベル:60 (合計レベル210)

 HP:5450

 MP:1684

 SP:1430


 合計レベル210って……高すぎるだろう。

 そりゃあ親衛騎士団副団長、つまり国の騎士の中でナンバー2ってことだからそのくらいあってもおかしくはないけれど。


『…………』


 っと、そのときクマ兄がなにやら難しい顔(直接は見えないけど長年の付き合いなので空気で分かる)をしているのに気づいた。


『レイ、クエストはまだ達成されてないな?』

「あ、うん。特に何も変化ないけど」

『そうか』


 クマ兄はガトリング砲を構えたまま周囲を警戒する。

 その様子はさっきまで昆虫相手に無双していたときよりも遥かに真剣だ。


「兄貴……?」

『レイ、この世界のクエストの難易度ってな、クエスト担当の管理AIが周辺の環境情報や人物背景を計算して一件ごとに算出してるんだよ』

「え?」


 環境情報や人物背景を計算? そんなことを一つ一つこなしているのは流石管理AIだと思うけど、それが今何の関係が……。


『で、俺は今回のクエストの難易度が高いのはタイムリミットの短い時間制クエストだからだと思っていた』


 兄はポツポツと考えを口にする。


『ここまで簡単に辿り着けたのも、俺がいて、なおかつ俺が対多数戦闘に特化しているからだと思った。だが……』


 兄の視線が、地面の一点に向かう。


『クエストの途中でリリアーナが加入した。つまり、このクエストは合流してからが本番。“合計レベル210のリリアーナと合流した上で難易度:五”のクエストって訳だ』


 その言葉の直後、兄の視線の先にあった地面が爆裂し、地中から巨大で長大な何かが飛び出す。


『GYULUUUUUUUUAAAAAAA!!!』


 其れは全長30メートルに達しようかという巨大なムカデだった。


『ちぃ!』


 しかしムカデと違い、その表皮は爬虫類のような鱗に覆われており、出現と同時に兄が放ったガトリング砲の弾をその表皮で易々と弾いている。

 加えて、顔面にはクワガタのような大顎が上下左右から生えていた。

 初心者でもすぐに分かる。

 これは、強い。


「【亜竜甲蟲デミドラグワーム】……!」


 リリアーナの驚愕の声が聞こえた。


『GIIIEEEEAAAAAAAA!!』


 続いて地面は再び爆裂し、【デミドラグワーム】と呼ばれたモンスターが更にもう一体出現する。


『亜竜クラスのモンスターか……。なるほど、そいつらを複数体相手にこの子を護るなら助っ人付でこの難易度も納得だ。だがなぁ!』


 二体のモンスターからの威圧感で言葉を失う俺とは対極に、兄はむしろ心配がなくなったとばかりに晴れ晴れとした声音だった。


『俺相手にその程度じゃまるで足りねえ!』


 そして両腕を掲げ、


『叩いて潰してやってもいいが折角だ! バルドル! 第四形態起ど――』


『GIIIEEEAAALEAAAAAA!!!』

『GYULUUUUUUUUAAAAAAA!!!』

『GYUIIILUUUUAAAAAAAAAA!!!』

『GYULUUUUUUUULOOAAAAAAA!!!』


 直後、兄を囲むように四方の地中から出現した“三体目から六体目の”【デミドラグワーム】がその大顎で兄を捕らえ、地中へと消えていった。


「……………………え?」

「ッ!」


 一瞬で起きた出来事を、視覚情報では整理できてもまだ理解できていない俺と、想定外の事態に唇をかみ締めるリリアーナ。

 俺はパーティの簡易ステータスを確認するが……兄の表示は相も変わらず黒塗りで生きているか死んでいるかもわからない。


「いや、兄貴、フラグ立てたのは悪かったけど……回収が早すぎるだろう」


 兄を欠いた俺達に、この場に残っている二体の【デミドラグワーム】が迫る。

 俺は兄の後ろという安全圏から一瞬で危険地帯に放り出されてしまっていた。


「うあ……」


 今まで地球で間近に見た動物で最大のものはゾウだ。

 けれど今、そのゾウよりも遥かに巨大な怪物が、こちらへ無機質な敵意を向けたまま迫ってくる。

 正直、ゲームと分かっていても足が震える。


「……お願いしたいことがあります」


 怯える俺にリリアーナが話しかける。


「な、何でしょう?」

「私が一体、可能ならば二体抑えます。その間に、どうか妹を安全なところへ連れて行ってはもらえないでしょうか?」

「け、けど」


 相手は二体。いくらリリアーナでも一人じゃ……。

 ……いや、違う。レベル0の俺じゃ加勢にもならない。

 むしろ、この場に留まっては足手まといだ。


「……わかった」


 俺はミリアーヌの手を引いて、駆け出した。

 そして俺達の背後ではリリアーナと【デミドラグワーム】の戦闘が始まった。


 To be continued


5/9です。


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― 新着の感想 ―
危機的状況…死んで終わりでしょうねぇ…普通なら。
この時点でリリアーナは聖騎士以外何についてたんだろう…… このステータス多分戦闘でHPとMPとか減った後のステータスだよな。 より強い。かわいい。
[一言] 護衛系クエストはハゲる要素クッソ多いから1番嫌いまである 進行速度がNPCの移動速度に引っ張られるし、事故るし愉快犯の妨害受けやすいし…
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