第三十七話 虎穴に入らずんば虎子を得ず
(=ↀωↀ=)<漫画版が更新されましたー
(=ↀωↀ=)<超級激突、決着!
□国教教会
<墓標迷宮>での戦いから数時間後。
初戦の夜は明け、朝日の光が国教の教会を照らしていた。
アルター王国の国教の総本山は、王都アルテアの市街地にある。
宗教団体の総本山というと厳かで入り辛い雰囲気がありそうなものだが、国教の施設は多少大きな教会に過ぎなかった。
街並みに馴染んでおり、王都の中央で天を衝く王城と比べれば目立たない。
これは宗教自体の在り方の問題だ。
国教は名前さえもない宗教(ジョブ教、クリスタル教などの俗称はある)。
彼等の理念は一言で言えば『縁の下の力持ち』だ。
人々に与えられるジョブやジョブスキルを信仰し、自分達もそうして得た力で人々を助けることを旨とする。
穏やかな教義であるために、広く信仰されている。
歴史は古く、先々期文明以前から生き残っている宗教とも言われている(厳密には、他の特定の神を信仰する類の宗教の大半が先々期文明崩壊時に消滅した)。
そうした教義もあって人々を助けてきた国教だが、穏やか過ぎるための災難もあった。
具体的には、代々継いできた司祭系統超級職を<月世の会>に奪われている。
そうなった経緯は『軒を貸して母屋を取られる』に近いものだが、それでも国教は<月世の会>や<マスター>に悪感情を持たなかった。『誰が超級職に就こうと人々のために使われるならば良い』と許している。
そのあまりの毒気のなさに、<月世の会>……というかその教主である扶桑月夜も国教には強く出られないでいる(王家には色々と吹っ掛けるが)。
国教は今回の戦争においても、王国と協力体制にある。
人間同士の戦争であるため、かつての【グローリア】戦のように組織として戦闘に出るわけではないものの、重傷者の収容や治療を各都市で担っている。
そして王都の総本山の施設内には、回復魔法の効果を高める部屋や器具も多数用意されており……。
「…………」
<墓標迷宮>で重傷を負ったレイの姿もその部屋にあった。
今のレイは魔法陣のような文様が刻まれた寝台の上で、点滴を入れられながらティアンの【司教】から回復魔法を受けている。
喪失した腕も含めて傷は塞がっているが、意識はまだ戻らない。
九死に一生を得たものの、戦闘時の出血と極大召喚の反動であまりにも体液を失いすぎたからだ。
魔法で命を繋ぎ留め、傷は治せても、健常な生命活動に必要な要素の欠損を即座に補うことは難しい。それらが体内で補充されるまでは目覚めないだろう。
レイが眠る隣の部屋では、<デス・ピリオド>のメンバーが集まっていた。
<墓標迷宮>にいたルークとバルバロイだけではなく、ルークからの連絡で王都に近い地域にいた他のメンバーも集まっている。
それでも全員ではない。
レイは当然おらず、西方三国で最多を誇る<超級>も一人しかここにはいない。
理由あって別行動中の者や情報が集まるまでログアウト中の者、元々戦争に参加できない者がいるためだ。
それでも、サブオーナーのルークは集まったメンバーを前に説明を行い、<墓標迷宮>での戦闘の経緯と、“不退転”のイゴーロナクの確認した限りの特徴・戦法は伝えたところだ。
「以上が<墓標迷宮>での事件のあらましです。ネメシスさんによれば、<墓標迷宮>を襲撃したイゴーロナクは現在王都から北西方面に移動しています。今も方角は変わっていませんか?」
彼らが囲む丸テーブルの上には王国周辺の地図が置かれているが、ネメシスは地図を指し示しながら答える。
「うむ。北西のまま、徐々に遠ざかっておる。もう感覚もかなり曖昧になっておるが……それでも消えてはおらぬ」
「それは、一度も消えていませんか?」
「うむ」
ネメシスの回答に、ルークだけでなくビースリーやマリーも怪訝な顔をする。
「ログアウトもしていない、ですかー……。彼女の探知能力に気づいていないのでしょうかねー?」
「いえ、気づいていてもログアウトできないのかもしれません。移動式セーブポイントでもなければ仲間に置いていかれます。パーティごとログアウトするならば逃げられません」
「あ、それもそうですねー」
マリーの疑問にビースリーが答え、周囲の者も理解し、納得した。
「だから相手は一時的なログアウトもせず、パーティで一路北西へと向かっているということです。我々は……これを追撃します」
ルークの口にした追撃という言葉に驚く者はいない。<エンブリオ>を探知できる霞が呼ばれた時点で、そういう話になるとは皆が予想していた。
「北西に進み、霞さんのタイキョクズで詳細な位置を掴み、撃破します」
相手が如何なる移動手段をとっていようと、タイキョクズならば<エンブリオ>の反応を見つけて位置を掴める。
例外はガーベラのアルハザード級の隠蔽能力を持っている手合いだが、イゴーロナクがそんな能力を持っているならば<墓標迷宮>襲撃で使わないはずがない。
「少しいいでしょうか」
「何でしょう、ふじのんさん」
「相手は<超級>で、しかも退却中ですよね? 退いた先に他の皇国戦力が待ち受けているかもしれませんし、追撃の危険を冒す必要はあるのでしょうか?」
自分を批判するふじのんの言葉を聞いても、ルークの顏は穏やかだ。
けれど、彼女達もそれなりに付き合いが長いので知っている。『これは何か聞く側の心臓に悪いことを言い始める顔だぞ』、と。
特に、マリーは「あ、これボクが正体掴まれたときの顏ー」と懐かしんだ。
「戦力が待ち受けているか、は後で述べます。先に、必要性の話をしましょう」
「必要性?」
「ええ。実を言えばイゴーロナクを運用する<超級>を倒す必要はありません」
「え?」
前言を翻すようなルークの言葉に、ふじのんだけでなくイオや霞……それに壁際にいる一人の<超級>も驚く。
「倒さねばならない相手はイゴーロナクを運用しているメンバーの一人……転移ゲート使いです」
「転移……?」
「先の報告で述べたように、彼らは小型のリングのようなものを媒介し、遠隔操作のパワードスーツを送り込んできます。運用する場所にいる人員は、五名」
メロを倒す直前、ルークの眼前で子機のゲートが開き、そこから【壱型】が出現した。
だが、そのときにはモクモクレンの効果が解除されていたため、ルークは自身の目でリングの先にある五人の姿を目撃している。
特に、リングに対し何らかのスキルを行使しているらしい……<マスター>らしい少女の姿も覚えている。
「狙いは彼女一人です」
ルークが卓上に置いた紙には少女――スモールの容姿が特徴を捉えて描かれていた。
彼が父から教わった探偵の心得として、人相書きはお手の物だ。
「なぜ、この子を?」
「この戦争において、彼女が<超級>よりも厄介な存在だからです」
ルークの言葉は、驚くに足るものだった。
しかし、<超級>よりも厄介と評した根拠はある。
聞けば、誰もが納得するような根拠が。
「彼女の<エンブリオ>は、転移ゲートを開く指輪でしょう。人間の移動はできません。それができるならば、僕が倒した彼らの仲間も逃がせていたはずです。ですが、モノやモンスターは確実に移動できる」
パワードスーツや【ブロードキャスト・アイ】。あのリングを通して送られてきた実例から、ルークはそう判断した。
「つまり転移ゲート使いがいる限り、――皇国は<宝>を逃がし放題です」
「!」
ルークの結論。そこまで聞いて、理解していなかった者も状況の深刻さを把握した。
「あれは恐らく子機と本体の間に転移ゲートを作るタイプです。なおかつ、子機が複数……<墓標迷宮>で見ただけでも二つ存在した」
指輪だから、本体と合わせて十は存在してもおかしくないとルークは考えている。
最低でも片手分……五つはあるだろう。
「それが意味することはノータイムの長距離輸送。本体をターミナルとして経由すれば王国の端から端まで移動させることも可能かもしれません。……それが<宝>のフラッグであろうとも」
<命>は人であるため移動不可能。
<砦>は設置した後に動かせない。
だが、<宝>は移動可能アイテム。転移ゲートを通して運ぶことができてしまう。
スモールが生きている限り、絶対に破壊できないフラッグが一つ発生する。
<命>が不死身の<マスター>と呼ばれるスプレンディダだと噂され、<砦>も発見できていない現状……<宝>が対処不能になる事態は避けなければならない。
「だからこそ、位置が掴めている今の内に仕留める必要があります。必要性の説明は以上です」
「納得しました……」
ルークの説明を聞き、ふじのんも事の重大性を理解する。
「さて、退いた先に他の皇国戦力が待ち受けているか、という話に戻りますが……」
ルークは言葉を切り、卓上の地図の一点を指し示す。
それは王国北西部の更に先、かつて<ルニングス領>と呼ばれた地域だ。
「北西はかつての<ルニングス領>もある方角です。皇国勢力圏に近く、まず間違いなく他の皇国戦力が待ち受けているでしょう。最悪の場合……あの【獣王】がいます」
「!」
ルークの言葉に、ふじのん達が身じろぐ。
彼女達は講和会議での戦闘には参加していないが、どれほど過酷な戦いだったかは当事者の話と動画で知っている。
「それでも、追わねばなりません。ネメシスさんのダメージカウンターが消えるまでに……あと二〇時間以内に皇国戦力を突破し、彼女を倒してゲートを潰す。そうしなければ勝利は難しくなります」
「そ、それって大丈夫なのかな……?」
「もちろん僕達だけでは戦力不足です。彼がいても、相手の陣容次第で厳しい。だから、他の遊撃戦力にも声をかけています」
ルークはそう言って、ビースリーとマリーを見た。
「<K&R>には私から伝えました。他のPK寄りのクランにも声はかけています」
「ボクの方でも<DIN>経由で伝手があるいくつかのクランに」
古参である二人はそれぞれの連絡網で、現状と今後の作戦を伝えていた。
そうすることでかなりの戦力が王国北西部に集まることになる。
事前戦闘も含めて単騎での殴り込みや少数での小競り合いが多かったこの<戦争>では、最初の大規模戦になるだろう。
「……あちらにバレませんか?」
話を聞き、そんなに大規模に動いては相手に悟られると考えてふじのんはそう言った。
「バレるバレないで言えば、最初から読まれていますよ。だからあちらも一直線に逃げているんです。ネメシスさんのカウンターを別にしても、王都に多数の<マスター>がいることはあちらも分かっていたはず。その中に探知系が一人もいないと考えるほど、甘くもないでしょう。それこそ、霞さんのタイキョクズも有名です」
「え!?」
唐突に話の矛先を向けられて霞は驚くが、有名になっていて当然だ。
<デス・ピリオド>は王国第二位の少数精鋭クランゆえに、メンバーとして属するだけで手の内を調査される。
それこそ、国内外で警戒対象になっているだろう。
あるいは、先の<墓標迷宮>での戦い自体がこの次なる戦いの布石だったのかもしれない。
スモールのチェンジリングの脅威度を知らせ、無視できなくする。
その上で探知系の<エンブリオ>で後を追わせ、控えていた戦力をぶつける。
そこまで踏まえての初戦だったのではないかと……ルーク達は読んでいる。
連鎖する策略の悪辣さ。
間違いなく、講和会議同様に皇王の策である。
だが、虎穴に入らずに虎子を得ることはできない。
「繰り返しますが、相手の戦力……相手の罠を食い破って倒す。それ以外にありません。ネメシスさんのカウンターが消えた時点で、僕達は転移のターミナルにして最悪の奇襲者を見失います」
「…………!」
ルークが案じているリスクは、<宝>の移動だけではない。
チェンジリングは指輪一つあれば襲撃できる恐るべき能力。
レイに限らず、フラッグを狙われれば次は守り切れないかもしれない。
その意味でも、ルーク達はチェンジリングを……スモールを倒さなければならない。
「だから、やりましょう」
ルークの言葉に他のメンバーも納得し、頷く。
そうしてルークは最後に、壁際に立つ一人の男を見る。
「…………」
ずっと無言の彼は、自身の長身が他の者の邪魔にならないよう壁際に避けていた。
「イゴーロナク以外の<超級>戦力は、きっと貴方に任せることになります」
「…………」
「相手に誰がいるか分かりません。もしかしたら、複数人が投入されるかもしれない。それでも……貴方ならば誰が相手でも勝てる見込みはあると思っています」
「…………」
ルークに話しかけられている男は、ずっと無言だった。
「お任せしても、大丈夫ですか?」
しかし無言のまま――親指を立てた。
それが彼の肯定のサイン。
『任せろ』という言葉よりも、雄弁な仕草。
――【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザーの宣言だった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<漫画版の超級激突は決着しましたが、WEB版の次の戦いも超級激突です




