第三十五話 ジョーカー
(=ↀωↀ=)<連載再開
(=ↀωↀ=)<二日後のレイ君の誕生日とどっちで始めるか迷ってたけど
(=ↀωↀ=)<迷ってるうちに書けちゃったので投稿
(=ↀωↀ=)<なおストックはない
□国教教会
『……<墓標迷宮>が襲われた?』
「はい……。オーナーもそのときの戦闘でデスペナルティに……俺達も今は教会にいます」
<墓標迷宮>での戦闘の後、生存した<AETL連合>のメンバーは<デス・ピリオド>と共に国教の教会へと身を移した。
治療を行いつつ、『命』と目されるレイ・スターリングを警護するためである。
ただ、警護をしつつも外部で単独活動している者……サブオーナーである【鎌王】ヴォイニッチへの連絡は行っていた。
『そうですか……。報告ありがとう』
「あの、俺達はどうすれば……」
『オーナーがいなくとも、すべきことは変わりません。予定通り私は遊撃を受け持ちます。君達はレイ・スターリング君の護衛を』
既に退場したパトリオット同様、真実は問わない。
その誰何で皇国にどのような情報が伝わるかも不明な現状、『命』ならざる自分達は『命』の可能性がある者を守るために全力を尽くす。<AETL連合>が事前に定めていた予定通りである。
「了解!」
『ところで、<デス・ピリオド>ですが……霞君はそこにいますか?』
「……え? いえ、今はいません。でも<墓標迷宮>を襲った<超級>を追撃するために<デスピリ>のサブオーナーが他戦力と併せて呼んでるみたいです。合流してから北西方面に追撃するみたいで」
ヴォイニッチの質問に答えながら、彼は疑問に思った。
<デス・ピリオド>に多く所属する<超級>勢ならばともかく、なぜ一般メンバー……それも戦闘力では最下位と目される人物の所在を訪ねるのか、と。
そもそも、あの三人組でもイオやふじのんとはレベルアップツアーで同行したらしいが、霞とは面識もないはずでないか、と。
『分かりました。あちらも大変そうですが、私も自分の仕事をします。今後は通信に出ることも難しいかもしれません』
「あ、はい」
『それでは頑張ってください……。♪~』
「?」
そうしてヴォイニッチとの通信魔法が切れる前に、通信を行ったメンバーは幽かなメロディを聞いた。
それは、鼻歌。
通信が切れる直前、ヴォイニッチは鼻歌を歌っていた。
「通信はどうだった?」
「サブオーナーはすごく落ち着いてました。鼻歌まで聞こえてきましたもん」
通信を終えて他のメンバーのところに戻ったとき、彼は通信の様子を述べた。
それを聞いた古株のメンバーの表情は……複雑なものだった。
「…………そうか」
「オーナーや仲間達がデスペナになったのに鼻歌って……」
「お前ら、一つ教えておいてやる」
他のメンバーが不満の声を上げようとしたとき、それを制するように古株のメンバーが口を挟む。
「あの人がそれをするのはな」
古株のメンバーは少しだけ、恐れるような表情で……。
「――最悪に機嫌が悪いときだ」
――経験則に基づく意見を述べた。
それを聞いて、他のメンバーは『やっぱりサブオーナーも思うところがあったのか……』と納得する。
実際、ヴォイニッチの鼻歌は不機嫌ゆえのものだ。古株の意見は何も間違っていない。
――ただし、理由は彼等の思い描くものとは違うが。
◇◆◇
□■王国北部・某所
王国の北部……<境界山脈>にも程近い山林。
そこには、皇国側の簡易拠点があった。
<境界山脈>の天竜を刺激することを恐れて王国側が大々的に動きづらい位置である。
皇国側にとって有力な<砦>候補地に、皇国側は拠点を設けていた。
戦争前から場所の判明していた拠点を攻撃するべく、王国側の戦力も動かしていた。
しかし、その戦力とはたった一人の……トランプのジョーカーの如き装いの男。
――【鎌王】ヴォイニッチ。
「♪~♪~~」
耳に装着している通信機を切ったときのままに、その喉からは鼻歌が漏れている。
そのメロディは『オールド・ラング・サイン』。
日本では『蛍の光』として広く知られる曲である。
鼻歌を歌いながら、彼は手にした大鎌を振るっている。
振るう度に――人の首や胴が分かたれて消えていく。
【鎌王】は鎌の扱いに精通した鎌士系統の中でも大鎌に特化した大鎌士派生の超級職である。
剣士系統の【剣王】と同様に前衛の超級職だが、そうしたものよりも癖が強い。
そもそも鎌とは武器の形状ではない。
本来は農具であり、戦闘用の武器ではないのだ。
鎖鎌や鎌槍は別だろうが、センススキルの補助があったとしても剣や槍ほど戦闘に適していない。
だが、ジョブには欠点だけでなく、利点もある。
鎌士系統のジョブ特性は――急所必殺。
首を刈り取るような『急所への攻撃』を発生させた場合……その威力を増大させる。
【鎌王】ともなればダメージ量に優れるだけでなく、【ブローチ】をはじめとする防御効果さえも無効化する。
クリティカルヒットさえ決まれば、強力。
しかし同等以上のステータスと相対すれば、クリティカルヒットを狙うこと自体が至難の業。
それこそ草花のような動かないものでなければ、そうは決まらない。
「♪~~」
だが、ヴォイニッチならば鼻歌交じりにそれと近いことができる。
四方から時間差で飛び掛かったAGI型前衛の首を、順に撫でるように大鎌で刈り取る。
彼らの速度を、ヴォイニッチは意に介さない。
なぜならヴォイニッチには――それを可能とするレベルとステータスがある。
<AETL連合>秘伝のレベルアップツアー。
ヴォイニッチは索敵に特化した<エンブリオ>の持ち主として常に参加し、超級職ゆえに経験値を積み重ねてきた。
【鎌王】のレベルは一〇〇〇を超え、前衛超級職としての単純なAGIのゴリ押しで首を狙える。発揮されるSTRによって威力も絶大。
万能寄りのステータス配分だが、それでもSTR・AGIはどちらも三万を超えている
はっきり言って、クリティカルヒットを狙わずともレベル五〇〇の<マスター>を容易く殺傷できる。
人が鎌で草花を刈るように、ヴォイニッチは人を刈る。
「クッ……!」
相対する者達は彼のレベルアップ手段は知らずとも、ステータスは《看破》できる。
ステータスの暴力で瞬く間に接近され、首を刈られて、死ぬ。
一挙手一投足が、敵手の死に繋がっている。
だから彼には“突然死”という二つ名がついているのだと、皇国勢は理解した。
「守りも堅い……!」
<エンブリオ>の特殊性でヴォイニッチを破らんとした者もいたが……それが叶わない。
ヴォイニッチの周囲には、彼の<エンブリオ>である一つ目の小天使が何体も配されている。
それが彼の周囲の視界を確保し、異常を察知した瞬間に逃れ、あるいは先手を打って敵手を仕留めるのだ。
彼のスタイルは奇しくも、王国最強の準<超級>と呼ばれる二人に近い。
近距離最強のカシミヤの如く高速で首を刈り、遠距離最強のエフの如く全周を把握する。
それぞれで二人に及ばず、しかし二人の性質を持つ男。
それが【鎌王】ヴォイニッチである。
「鼻歌とはな……余裕のなせるものか?」
新たに彼の前に立った一人の<マスター>……ステータス補正特化の<エンブリオ>を持ち、上級職でありながら戦闘系超級職とも渡り合えるステータスだと皇国内で称された男が問う。
「たしかに、貴様は強い。レベルも圧倒的だ。あるいは、【光王】や噂の【抜刀神】ではなくお前こそが王国最強の準<超級>なのではと思うほどにな」
皇国の決闘ランキングでも上位に位置する猛者はヴォイニッチの強さを実感し、かつて自らも敗れた【光王】を含めてそう評した。
対して、ヴォイニッチも鼻歌を止めて答える。
「私が王国最強の準<超級>だなんてありえませんよ」
その発言にも嘘はない。《真偽判定》も反応しない。
謙遜ではなく、本心からそう言っているのだろう。
実際、【抜刀神】と【光王】の厄介さがヴォイニッチを凌ぐだろうことは、皇国側も理解している。
【光王】によって<フルメタルウルヴス>が壊滅状態に追い込まれ、ここ数日の事前戦闘でもカシミヤによって幾人かの準<超級>が落とされているのだから。
「そうか……。それは、残念だ!」
言葉と共に、男は渾身の踏み込みでヴォイニッチに切り掛かる。
(残念?)
だが、それでも男の刃はヴォイニッチに届かない。
ステータス補正に秀でた上級職でも、超級職とレベルの暴力がそれを押し切り……男を斬り殺す。
多少の手強さゆえ、クリティカルヒットの一撃ではなく幾度かの斬撃を必要としたが……それでも結果は同じ。
決闘ランカーの男は光の塵になって消える。
「前衛は<マジンギア>に! 物理的に囲って遠間から<エンブリオ>で仕留める!」
自分達の中でも猛者に類する人物が落ちても皇国勢は退かず、急所へのクリティカルヒットを狙いにくい<マジンギア>を前面に出し、<エンブリオ>への攻撃を狙うように呼び掛ける。
(……そのあたりが仕込みか)
だが、ヴォイニッチは彼等の呼びかけに嘘を感じる。
《真偽判定》による嘘の判別ではない。《真偽判定》に引っかからない範囲で、ヴォイニッチを嵌めようという意図を彼らの指示に感じていた。
皇国勢は見る限り、呼び掛ける言葉のままに動いている。
彼を囲うように、<マジンギア>が迫って来てもいる。
だが……。
(中身がいない)
ヴォイニッチは迫る機体全てが、無人機であると察知した。
皇国の新技術か、あるいは誰かの<エンブリオ>か。彼を囲う十数機の<マジンギア>は機体内に生命体が入っていないと、如何なる手段によってかヴォイニッチは知った。
(人員は退避)
皇国の<マスター>達は、呼び掛けながらヴォイニッチから距離を取っていく。彼を<マジンギア>の囲いから出さないように魔法や銃器による攻撃は続けているが、距離は離れていく。
(これは無人機を巻き込む大規模攻撃の前兆。いや、それにしては妙だ。拠点からも離脱を始めている)
ヴォイニッチが天使の目を通して確認する限り、皇国の生き残りは自分達の築いた拠点からも離脱している。
遠距離から一撃型の必殺スキルを浴びせかけるにしても、違和感がある。
(まだ夜は明けていない。照らされた拠点ならともかく、夜間の森ならば索敵と奇襲に秀でるこちらが優位になるが……ああ、そういうことか。この拠点自体が……)
ヴォイニッチがそこまで考えたとき、
――皇国の拠点の真下から連鎖的な大爆発が起きた。
◇◆
「……爆発確認。爆煙内部を透過サーチしていますが、【鎌王】の姿は確認できません」
双眼鏡――型の<エンブリオ>を覗き込みながら、一人の<マスター>が傍らの人物にそう報告する。
『時間差爆破だ。【ブローチ】を砕いた上で排除できただろう』
報告を受けた<マスター>はパワードスーツ型の<マジンギア>を装着し、スーツと接続されたフルフェイスのヘルメットを被っていた。
彼こそがこの拠点の管理を……否、この拠点の作成を含んで戦術を立案した<マスター>、【発破王】アンダースタンドである。
「やりましたね。大成功です!」
『戦果は一人だけだが、助っ人達を無駄な犠牲にせずに済んだ。メンバーと助っ人に通達。今の内に回復や補充が必要な場合は済ませるように、五分後には次の拠点に移動するぞ』
「了解です」
彼が率いる皇国第五位クラン、<地雷クラフト>は拠点建造に特化した建築クラン。
彼らの戦術は、『偽の拠点に王国戦力を誘き寄せ、拠点爆破によって全滅させる』というものだ。
建築系のジョブや<エンブリオ>が多い彼等ならば、(物資を別とすれば)半日もあればそれなりの拠点を建造できる。
そして、アンダースタンドはその罠を最大限に機能させる術がある。
アンダースタンドの<エンブリオ>は、【等火交換 ペレ】。
能力特性は『大地を爆弾に変換する』<エンブリオ>である。
グランバロアの醤油抗菌が用いる<超級エンブリオ>、アブラスマシに近い性質だが対象物以外にも幾つかの違いがある。
まず着火による爆破ではなく、アンダースタンドの任意爆破である点。
アブラスマシが液体爆薬だとすれば、ペレはプラスチック爆弾のようなもの。安定性が段違いになる。
そして、アブラスマシが<エンブリオ>の接触による爆薬化であるのに対し、ペレはアンダースタンドの目視による範囲指定によって爆薬化する。
制御能力と爆弾化の容易さにリソースが振られたために、ペレの爆薬化の進行速度と威力はアブラスマシに大きく劣る。
しかしそれも、威力に関しては発破工系統超級職である【発破王】のパッシブであるスキルレベルEXの《設置爆弾強化》によりカバーしていた。
結果として彼らの拠点爆弾は、戦闘系超級職であっても個人生存型や【獣王】のような規格外でなければ殺傷可能な罠として機能した。
「他所からの助っ人は大分やられちゃいましたけど、王国の準<超級>を一人落とせましたね」
『彼らも納得してのことだ』
襲撃してきた敵戦力と交戦し、中央付近に誘い込み、脱出不可能のタイミングで爆破して殲滅する。
ヴォイニッチと交戦した決闘ランカーをはじめとする<マスター>達も、侵入者を倒せればよし、倒せなければ『自分達を囮にして確実に撃破を』と彼らに伝えていた。
最優先すべきは皇国の勝利と考えて<地雷クラフト>の策に乗り、助力していた者達だったのだ。
『……可能なら<超級>やクラン単位で罠にかけたいところだった』
この罠ならばより大きく敵戦力を落とせたかもしれない。
そう思うからこそアンダースタンドは愚痴をこぼし、ヴォイニッチと相対した決闘ランカーも「残念だ」と口にしたのだ。
「仕方ないですよ。誰がここを攻めるかは運でしたから」
『【鎌王】は単独行動だったが、奴のクランは?』
「<墓標迷宮>に詰めていたらしいですけど、“不退転”のイゴーロナクが奇襲をかけて壊滅に追い込んだらしいです」
それを聞いて、アンダースタンドが首を傾げる。
『……奇襲? どうやって?』
「空間転移系の<エンブリオ>で直接移動したとか何とか」
『そんな手が……』
「このやり方が使えるなら皇国所属でも<墓標迷宮>の探索出来そうですね。良い素材手に入るかもしれません」
『しかし空間転移系は希少で、制限も多い。私が知ってる中で同じことができるのは<編纂部>のオーナーくらいだが……奴も行った場所にしか行けず、定点ゲートを作る必要がある』
自分達の一つ上の第四位クランである<編纂部>――<Wiki編纂部・ドライフ皇国支部>のオーナーを思い出しながら、アンダースタンドはそう述べた。
「……ああ、じゃあやっぱり無理なんですかね」
『皇国がこの<トライ・フラッグス>に勝てば普通に潜れるようになるだろう』
「あ! そうですね!」
『よし、雑談もここまでだ。二つ目の罠拠点に移動しよう』
「了解です!」
そうして彼らは話を切り上げて動き出し、
――――二人揃って首を落とした。
「『?』」
メンバーの首はそのまま地面に落ち、アンダースタンドの首はスーツ接続のヘルメットによって落ちることがなかった。
だからこそ、アンダースタンドにははっきりと見えていた。
見える範囲、全ての皇国の<マスター>の首が同時に落ちたこと。
見えない範囲、パーティウィンドウの簡易ステータスで見える仲間も同様であること。
全員同時に――首を刈られた。
(【鎌王】が生きていた!? いや、だとしても、同時!? 超スピード? いや、同時すぎる! 異常だ! クロノよりも速い!? そもそも、私のスーツには傷の一つも……!)
アンダースタンドは必死に思考を巡らせたが、そうする間に彼の蘇生可能時間は過ぎ去って……光の塵に変わる。
<地雷クラフト>と助力していた<マスター>達は……全員が“突然死”した。
◇◆
「…………」
ただ一人を除いて全ての人間が死亡した森の中に……悪夢のようにジョーカーが立つ。
【鎌王】ヴォイニッチ。拠点爆弾の火中に消えたと思われた男は、傷はおろか大した汚れもないままに生存していた。
皇国勢の壊滅は、彼の手によるもの。
罠に嵌められたはずが、逆に全滅させる大勝利。
しかし、その顔はどこか不機嫌そうだ。
「<墓標迷宮>は安全でなくなり、これで避難場所としては使えない」
表情の理由は、戦闘の最中にメンバーから届いた連絡によるもの。
想定外の奇襲で窮地に陥った仲間の心配や王都を不安視した言葉と表情、
「王都にクレーターが生じるような事態になっても、彼女を逃がす場所がない。単に被害が拡大するだけならば、問題はなかったが……」
――ではない。
「余計なことを……彼女が死んだら終わりだ。我々のビジネスもご破算だぞ」
王都そのものではなく、特定の人物……その先にあるものを考えての言葉と苛立ち。
「この展開もお前のビジネスパートナーには視えているのか? ――アトゥーム」
彼は砂漠の国に属するとある人物の名を――リアルの名を述べながら、夜の森の中に消えていった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<トランプのジョーカーみたいな服装で大鎌使う人が
(=ↀωↀ=)<怪しくない訳ないじゃないですか
〇アンダースタンド
戦術を立てる頭の良さそうなキャラとして振る舞っているが、彼の戦術は十割『爆破』。着ている装備は当然のように対爆装備。
彼の<エンブリオ>は範囲指定して任意爆破できるので、凸凹だったり岩盤が硬すぎたりする地形だろうとある程度は任意の形に発破できる。また、火力の調整も可能。
創造の前の破壊、建築の基礎の便利屋として他のメンバーに重宝されており、超級職にもなったのでオーナーに抜擢された。
なお、<地雷クラフト>は最初別の名前だったが、『(著作権的に)マズくない?』と話し合われた結果、名称の前半が別の言語に変換された。
ちなみにアバター名のアンダースタンドを『理解』ではなく、『下に立つ』≒『縁の下の力持ち』的な意味で命名した。
命名理由に反し、彼がやってるのは足元からフッ飛ばす行為である。
(=ↀωↀ=)<ちなみに【発破王】は生産系?に類する発破工系統だけど
(=ↀωↀ=)<他に爆発魔法と手投げ爆弾使いの超級職もそれぞれある




