第三十四話 Result Ⅰ
□■<墓標迷宮>・地下二階
焔の輝きの中で【導禍戦】が消え去った直後、それを為した鬼神もまた消えた。
召喚の、タイムリミット。
「か、はっ……」
訪れるのは……術者への反動。
鬼神が消えた直後、王国の<マスター>達の只中で……レイは血を吐いて倒れた。
皮膚はどす黒く変色し、目や口、消し飛んだ左腕の断面からは止めどなく黒い血が流れていく。
《瘴焔姫》の三種反動の一つ、状態異常。
かつてもカルチェラタンでの戦いの後に同様の反動は発生している。
しかし、今回は《極大》を用いたことでその症状がより致命的なものに変質していた。
レイは強制的に意識を失い、その体は強すぎる毒に破壊され続けている。
「な、なにこれ!?」
「あいつは倒したんじゃ……?」
突然の惨状に王国の<マスター>達は驚愕し、新たな敵の襲撃かと身構えるが……。
「レイ!」
即座に武器の姿から少女の姿に変じたネメシスが、予め購入していたポーションや回復魔法の【ジェム】をアイテムボックスから取り出し、手当たり次第に使用していく。
『スキルの反動だ! 回復スキル持ちはレイに掛け続けろ! 継続ダメージを回復量で抑え込むぞ!』
バルバロイもまたそう指示を出しながら回復アイテムをレイに使う。
「…………」
ルークは周囲を警戒しながら《ユニオン・ジャック》を解除し、回復スキルもラーニングしていたバビを治療に当たらせる。
そうしながら、何事かを考えている様子だった。
そんな折、通路の中央で更なる光と音が発され、またも<マスター>達の驚きの声が漏れる。
『VAMOO……』
そこには眷属化が解けて元の地竜に戻ったマリリンの姿があった。
「おつかれさま、マリリン。初めてなのによく頑張ったね」
『VAMOO♪』
疲労困憊という様子のマリリンだったが、ルークの労いを聞いて嬉しそうに鳴き、【ジュエル】に収容された。
なお、《ユニオン・ジャック》で合体していたオードリーは既に【ジュエル】の中だ。
元々皇国から高々度飛行で王都まで移動し続け、それから間もなくの《ユニオン・ジャック》。疲労度合いで言えばマリリン以上であったため、解除の直後に気を失うように戻されたのである。
そうして三分間が経った。
ルーク達が警戒を続け、多くの<マスター>がレイの回復に尽力した後……レイの皮膚の色が元に戻った。
召喚に三倍する時間のペナルティ。その刻限が過ぎたのである。
意識はまだ戻らないが峠は越した。
回復スキルを持つ者が総出で回復しても、最終的には一〇%を切っていたHP。
しかし今は徐々に回復していく。
もっとも、斧を振るった反動で消し飛んだ左腕だけは治らなかったが……。
「収まったようだのぅ……」
ネメシスがそう述べると、周囲もほっと息を吐く。
「皇国側の追撃もないようです。ひとまずは凌ぎきったかと」
『被害は多かったが、撃退できただけマシか』
その言葉に、王国の<マスター>……<AETL連合>の者達も複雑な顔をする。
彼らのオーナーであるパトリオットをはじめ、デスペナルティに追い込まれた者は多い。
それでも、ひとまずの勝利に安堵する。
「それで、これからどうするのだ?」
「まずはレイさんを地上……王城か国教の施設に運びましょう。そのどちらかならば重傷者用の治療設備があります。それにティアンも大勢詰めていますから、皇国側もそうそう襲ってはこれないでしょう」
それはティアンを盾にすると言っているようなものだが、否定意見はない。
今回の襲撃の手管の数々は、<マスター>のみの環境だったことも大きい。
それらを回避する上では、ティアンの施設に身を移すのも間違いではない。
『<墓標迷宮>にまだ罠がないとも限らねえからな。外の戦力と合流するためにも、今は地上に出た方が良いだろうぜ』
イゴーロナクは撃退したが、他の罠が仕掛けられていないとも限らない。
これで安心とおもったところを奇襲されては、今度こそ耐えられないだろう。
その意見に<デス・ピリオド>以外の<マスター>達も同意した。
『よし、俺を含めて一パーティで先行する。ルーク達はレイを守りながら少し距離を取ってついて来てくれ。出口に皇国の連中が潜んでるかもしれないからな』
「分かりました」
そうして生存者達は連携して地上への脱出を開始した。
レイはルーク……というよりルークの装備していたリズが運んでいる。
その体を覆い、攻撃に対する守りとして搬送していた。
……傍目にはスライムに捕食されている重傷者だったが。
実際、搬送中にその様子を見てしまったルーキーの生存者が怯えていた。
「…………」
「ルークよ、先ほどから何を考え込んでおる?」
レイを運ぶリズと並走していたネメシスが、無言で思案していたルークに問いかける。
「……今回の攻防の結果についてです」
「結果?」
「僕達はあのパワードスーツを破壊し、撃退しました。ですが……あれを動かしていた者達を倒すには至っていません」
メロと相対したときに開いたチェンジリングの子機。
そこから垣間見えた、五人の<マスター>。
既にデスペナルティとなったメロを含めて六人一パーティ。
それが“不退転”のイゴーロナクの正体だとルークは既に悟っている。
「複数人の<エンブリオ>を重ねて運用する特殊戦力。一人は地下一階で……倒しました。しかし、それでも五人が残り、あの最後のパワードスーツを出してきました。つまり、また同じことができるということです」
実際にはメロがいなくなったために新たな刻印は打てず、【導禍戦】も再構成までに時を要する。
しかし、戦力としては【導禍戦】以外にほぼ減じていないのも事実。
それにルークは【導禍戦】が発揮した出力から、彼らの一人がエネルギーを供給するタイプの<超級>であることも読んでいた。
依然として、脅威度は高い。
「相手の本体がどこにいるのか。それが掴めなければいつ奇襲されるかも分かりません」
姿を隠して長期戦を挑まれれば、極めて恐ろしい手合いである。
「それに、こちらの被害も大きいです。<AETL連合>は半壊、レイさんも……」
「……うむ。私以外はほぼ使い切ったと言っていい」
レイ自身は左腕を失い、それ以外も満身創痍。
【瘴焔手甲】は《極大》を用いた《瘴焔姫》の反動で使用不可。
【紫怨走甲】の怨念残量はゼロで、【黒纏套】のチャージもない。
加えて、シルバーも脚部を破損している。
ネメシス以外、レイは初戦で全ての手札を使い切っている。
そうしなければ、生き残ることはできなかっただろうが……。
「腕に関しては、月夜のところに出向けば治せるかもしれぬ。だが……」
月夜ならば完全欠損したレイの左腕も治療できる。
しかし、<月世の会>が<砦>の防衛に当たっているならば、出向くのは危険だ。
<命>と<砦>が揃ったとなれば、皇国側も戦力を結集して全力で潰しに来るだろう。
現状、レイの戦力回復は難しい。
「……すみません。僕が遅参していなければ」
「気にするでない」
謝ろうとしたルークを、ネメシスが制す。
「それにルーク達のお陰で我らは窮地を救われたのだ。責めることなど何もないわ。きっとレイもそう言うであろう」
「……はい」
そうして再び進み、無事に迷宮を出たとき……。
「む?」
ネメシスが、自身の内から生じた感覚に怪訝そうな顔をした。
「どうかしましたか?」
「……カウンターが動いておる」
敵対者の攻撃によってダメージが生じた際に蓄積されるカウンター。
ネメシスは、ダメージを与えた対象の大まかな位置も感覚として把握することができるが……今はそれが動いていた。
迷宮を出ると同時にその感覚が生じ、今は王都から北西の方角に向けて動いている。
しかし、<墓標迷宮>での戦闘でレイにダメージを与えたモノ……イゴーロナクは【壱型】と【導禍戦】、どちらのパワードスーツも既に破壊されている。
「一体誰の、……!」
そのとき、ネメシスは気づいた。
もう一人、レイにダメージを与えた者がいる、と。
「【ジェム】!」
ガルドランダを召喚する直前に、子機から放出された攻撃魔法の【ジェム】。
あれを用いた者のカウンターが、一種の別空間である<墓標迷宮>を出たタイミングで有効化されたのだ。
それはつまり……。
「ルーク! 分かるぞ! イゴーロナクを動かしていた者達のいる方角が!」
「!」
“不退転”のイゴーロナク達への最大の手がかり。
そして……次の戦いの引鉄だった。
◆◆◆
■【紅水晶之破砕者】コクピット
時は“不屈”と“不退転”の決着にまで遡る。
その時のモクモクレンのモニターには、眩い輝きを放つ炎の中で蒸発する【導禍戦】が映し出されていた。
操作するヴィトーは、完全に手応えがなくなったことを感じている。
スモールも、チェンジリングの子機が【導禍戦】と共に焼失したことを知った。
【導禍戦】は完全破壊され、《ダイ・オール・トゥギャザー》も効果を発動することはなかった。
切り札の喪失、レイ・スターリングの撃破失敗、そしてメロのデスペナルティ。
この<墓標迷宮>での戦闘、結果は“不退転”のイゴーロナクの敗北である。
そのことを、五人共が理解していた。
誰もが、ヴィトーでさえも言葉がない。
「王都地下を離れる。北西、予定位置に移動。……彼と交代する」
「了解っと」
ヒカルの指示に従ってラージが【紅水晶】の舵をとり、長大な機械蜈蚣が体の向きを変えて地中を進行する。
「皇王のプランに乗り続けるの?」
「……<墓標迷宮>で【導禍戦】を用いても詰め切れなかった。それに、優先すべき相手もいる」
みっちーの疑問にヒカルはそう答えた。
優先すべき相手が誰かは、言うまでもない。
「まぁそうだね。それとモクモクレン越しの《看破》の結果だけど……あいつ、【魔王】だってさ。【色欲魔王】」
「そうか……」
ヒカルはその情報で、ルークと相対した際の異常さの理由の一端を理解した。
「次に戦うときは、こちらも残る全てを使う。【紅水晶】、借り物、それに私も」
言葉と共に、ヒカルは自身の懐から一丁の銃を取り出した。
それは火薬式の銃器ではなく魔力式であり、かなり古い年代のものと分かる。
銃身には先々期文明の文言で銘が刻まれているが、風化しかけていて読み取ることはできそうにない。
「ああ。俺もやるぜ。必殺スキルも明日になれば使えるしよ」
「大丈夫か?」
先刻、必殺スキルの代償で指を一本失ったラージに対し、ヒカルが心配そうに尋ねる。
「問題ねーって。痛くもねーし。それにコツは分かった。次はデカい攻めに使える」
「……そうか」
ラージは指のなくなった手を振り、笑いながら答えた。
仲間を心配させまいとしている様子だった。
全員の意思は変わらない。
すべきことは決まっている。
この戦争のどこかでルーク・ホームズと再戦し、今度こそ撃破して仇を討つ。
それを目的に、一先ずは皇王の敷いたレールに戻ることにした。
もしかすると皇王は、単独行動のメロが被害を受けて王国側と因縁が出来ればヒカル達がそうするだろうとまで読み、差配したのかもしれないが……。
そうだとしても、変わらない。
皇王との話は、後だ。
「俺は少し……後ろに篭る」
方針が定まった後、ヴィトーはそう言って後部スペース……【紅水晶】内部の汎用空間に移動しようとする。
その顔は、ヒカル以上に思い詰めている様子でもあった。
「どうする気だ?」
「……トレーニングだ。今度はきっと、有視界戦闘になるだろうからな。モニター越しの癖がついた勘を、戻す。次は……仕損じねえ」
ヴィトーは決意の篭もった目で、後部スペースに消えていった。
そんな彼を、メンバー達は見送った。
メロの死やラージの欠損、ヴィトーはそのどちらもそうなる前に勝負を決められなかった自分のせいだと思っているのかもしれない。
それらの犠牲があってもなお、仇敵を倒せなかった自身の不甲斐なさも同様に。
彼は敵対者を悪として憎み、仲間が悪いとは思わない……ある意味では盲目的な人間だ。
しかし……自分の失敗から目を逸らし続けられる人間でもない。
だからこそ、次は彼自身の全身全霊でルークを仕留めんとするだろう。
「私も少し、他の作業に集中する。ラージ、みっちー。【紅水晶】の操縦は頼む」
「オッケー」
「で、ヒカルはどうするの?」
「私も自分にできる準備をする」
ヒカルはそう言って、手のひらに収まる程度の機械部品を取り出す。
そこに少しずつ、魔力を込めていく。
ケリドウェンによる魔力譲渡でなく、その機械部品の正式な手順による魔力供与だ。
「それって、借り物の?」
「ああ」
ヒカルが手にしているものは【導禍戦】を失った彼らにとって最大の切り札、その中核パーツ。
それは皇王から貸与されたモノ。
かつて、皇国の地下遺跡から出土したデータを基に、皇王自身が再設計した人型の機械兵器。
「名前、何だったっけ?」
その銘は……。
「――【ベルドリオンF】」
――遥か昔に対“化身”用決戦兵器五号と呼ばれたモノに、似通っていた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<初戦が終わったところで一時休載期間に入ります
(=ↀωↀ=)<14巻修正作業等、商業の方が一段落したら帰ってきます
(=ↀωↀ=)<その間はとりあえず7月1日に電子オンリーで出る童話分隊をよろしくね!
〇反動
(=ↀωↀ=)<周りに他の人達いなかったらレイ君死んでた
(=ↀωↀ=)<あと燃える方を引いても死んでた
 




