第二十九話 表情
(=ↀωↀ=)<前話の《存在昇華》ですが
(=ↀωↀ=)<うっかり管理AIの<エンブリオ>名と読みが被ってたので
(=ↀωↀ=)<《存在昇華》に変更します
〇告知色々
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(=ↀωↀ=)<早いところではもう並んでいるかもしれません
(=ↀωↀ=)<色々よろしくお願いします!
■<墓標迷宮>・地下二階
ヒカルは、悩んでいた。
モクモクレンによる視界シャッフルと復活を続けるイゴーロナクの合わせ技は、彼女達の常套戦術。
しかしそれでもレイ・スターリングは倒せず、想定外の強敵によって追撃もできない。
既にかなりの時間……三分は稼がれてしまった。
このままではレイ・スターリングは地上へと逃げ果せるだろう。
それどころか、イゴーロナクは接近する幾つもの足音を捉えている。
イゴーロナクとマリリンの戦闘音に気づき、周囲の<マスター>が寄ってきているのだろう。
《うしろのしょうめんだあれ?》の対象となる<マスター>のうち、ルーキーがアンデッドにやられてデスペナルティになり、既に対象の数がかなり減ってしまっている。
複数人が集まれば、ある程度の視界を確保されてしまう恐れもある。
「ヒカル、どうする?」
モクモクレンのみっちーが、後部座席のヒカルに振り向きながら問いかける。
「虎の子か、借り物。どっちか使う?」
「…………」
その提言は、ヒカルも考えたことだ。
使用を躊躇う切り札と、皇国から貸与されている切り札。
どちらかを使えばこの状況も打破できるかもしれない。
しかし相手が『命』とはいえ、今はまだ戦争開始から一時間と経ってはいない。
今後、<超級>との戦いも控えている。ここで切り札を切るべきではない。
そもそも……自前の切り札は使える状況にない。
「……【導禍戦】は使えない。まだメロが脱出していない」
「そうだね」
「ま、しゃーないな。メロの命にゃ代えられねえよ」
ヒカルの言葉に、みっちーとラージは納得したように頷く。
バリケードを作ったメロも、今は自分の足で脱出している最中だ。
彼女もまた、【テレポートジェム】での脱出はできない。メロは王国所属であるし、使えば脱出ポイントに潜んでいるだろう皇国の刺客に消されかねない。
「……残念だが、ここは退こう。『命』の候補者発見と、王国の<墓標迷宮>使用に制限をつけられただけでも仕事は果たしている」
「そうだね」
「チッ……!」
ヴィトーは不満そうだが、仕方がない。
ここは退き時だった。
「みっちー。皇国の通信網にはレイ・スターリングが『命』の可能性が高いと通達。我々が手を下さずとも、他の<マスター>が仕留めてくれるかもしれない」
「了解」
「スモール。メロにも連絡を取ってくれ。所定の位置で回収する」
「わ、分かった」
そうしてスモールが親機と接続する子機の対象を、メロの持つものに切り替えた時。
『――聞こえていますか?』
――聞き覚えのない声が聞こえた。
◆◆◆
■<墓標迷宮>・地下一階
【高位整備士】メロは王国に所属する<マスター>である。
天地でスタートした後は色々な国を転々としていたが、少し前にとある事情で王国に移籍していた。
その理由は、カルチェラタンの<遺跡>である。
未知の機動兵器が多数発見された<遺跡>は解析のために機械系の生産職を募集していたため、彼女は移籍して調査に参加した。
それが自分達のパーティに……“不退転”のイゴーロナクの運用に必要であると思ったからだ。
彼女のパーティは、国家に所属せず様々な国でクエストをこなしていた。
ヒカルのケリドウェンをはじめとして、全員の<エンブリオ>で遠隔操作兵器であるイゴーロナクをバックアップする特殊な運用のパーティ。
各々が自分達の力を活かし、それなりに名前は知られるようになったパーティだ。
メロもまた、パーティでの役割を担っている。
装備品を魔力で復元可能にするパラノイアの刻印だけでなく、パーティで運用する兵器……武装やリビングアーマーの素体は彼女が整備していた。
しかし一時期、彼女は新たな素体に悩んだ。
従来のパワードスーツ型の【マーシャル】では基礎性能が低い。
【マーシャルⅡ】は値段が高く、下手なコピー品でも作ると目を付けられるかもしれない。
パーティが持つ切り札はおいそれと使えない。
丁度いい素体がないものかと武装担当の彼女は悩み……やがてカルチェラタンで良いものを見つけた。
王国の<遺跡>の中で、残骸が山のように転がっていた煌玉兵である。
稼働にMPを要求されるが、その仕様はヒカルのケリドウェンならば問題なく解決できる。
イゴーロナクで遠隔操作するならば煌玉兵の自律思考も必要ないので外せる。
単に手足の稼働や武装の取り扱い、運動能力が発揮できればよかった。
そのため、基本構造だけ理解すればアレンジと生産は【マーシャルⅡ】より遥かに容易だった。
メロはカルチェラタンで真面目に調査を続ける一方で、煌玉兵の構造を写し取っていたのである。
彼女の手で出来上がった【イゴーロナク壱型】は、幾つもの機能を撤廃した代わりに元々の煌玉兵よりも装甲や運動能力は高かった
この時点では、メロも王国に害をなすつもりは一切なかった。
そうでなければどこかで警戒網に引っ掛かっていただろう。
単に『渡りに舟』とクエストをこなしながらパーティの戦力を拡充していた彼女は、よくいる<マスター>の一人に過ぎなかった。
さらに、このときの彼女は生産のための準備期間であったので他のメンバーは同行せず、王国に籍を移してもいなかった。
その後、皇王から正体を暴かれた“不退転”のイゴーロナクが皇国に招聘されたときも、彼女だけは王国に残って作業を続行していたほどだ。
他のメンバーが皇国所属になり、彼女自身も煌玉兵技術で得られるものは全て獲得して皇国に移動。
<叡智の三角>の設備を間借りして、相当量の【イゴーロナク壱型】を生産した。
しかしこのときもまだ、彼女の籍は王国にあった。
それを利用して、一つの策を実行してほしいと命じられていたからだ。
――<墓標迷宮>への奇襲という策を。
メロは王国所属の<マスター>として、<墓標迷宮>に入場。
他にもランキング外の<マスター>が数多く入場していたので、怪しまれることはない。
そして人気のない一角でスモールから預かっていたチェンジリングの子機を起動。
輪を通してイゴーロナクを手引きした。
あとは遠隔操作とパーティの仲間達の補助によって、王国への奇襲は成功した。
この奇襲を行った後も、【石化】で行動不能になった機体の代わりを子機から出撃させ、一階と二階の階段を資材で塞ぐなどの工作を行った。
しかしそこまでだ。もう彼女がこの<墓標迷宮>でする仕事はない。
流石に二度目の再出撃は王国側にも察知されるかもしれない。今は<マスター>全員がモクモクレンで視界を潰されているが、それでも危険は冒せない。
だから、メロはもう<墓標迷宮>を出て地上に戻り、街の外で【紅水晶】に拾ってもらうだけでいい。
ヒカルからもそう指示を受けて、彼女は出口へと向かっていた。
◆
(……うぅ)
メロは言葉に出さないが、顔を引きつらせて<墓標迷宮>の一階を歩いていた。
周囲の様子を一言で述べれば、混迷。視界を差し替えられてパニックに陥ったルーキー達と、そんなルーキーに群がる【ウーンド・ゾンビ】。
ゾンビ映画にしても気色の悪い有り様に、メロは内心吐きそうだった。
(臭いあるのきついよー……。視界もスプラッタでこわいよー……。わたし、普段はバトルフィールドになんて入らないのに……。なんか、ドンドン死んでるけど……これ、塵になる人だから大丈夫だよね? ヒカルちゃんが言うには、ゲームのプレイヤーらしいし……)
メロはアンデッド除けのアイテムを使いながら、うっかり触らないように気をつけて歩いていた。
(……やっぱりすごくリアルだし……未来。技術の進歩凄いなー……)
周囲の景色に感心と怯えの感情を抱きながら、メロは進む。
(でもなー……。わたし、みんなを手伝いたかっただけなのに何でここにいるんだろ……。皇国の王様に頼まれちゃったから仕方ないけど……)
メロは自分の現状を思い、溜息を吐いた。
皇王には、イゴーロナクのトリックもバレていたらしい。
それだけでなくパーティメンバーの顔と名前まで把握されていた。
皇王の申し出を断ったせいで情報の拡散でもされれば、今後街で狙われることも増えるかもしれない。それはメロ達にとっては避けるべき結果だった。
(大丈夫って言われてても、怖いし……)
逆に皇王の依頼を受ければ、バックアップや報酬を約束されている。
実際、拾ったときから少し不調だった【紅水晶】も完全な状態にレストアできている。
(みんなのところに帰ろう。こんな怖いところはもうこりごりだよ……)
ウィンドウからマップを見て、あと幾つか角を曲がれば出口であることを確認する。
(早くこの戦い終わらないかな……。長くても三日間だけらしいけど。終わったら、みんなともっと綺麗な景色を見に行きたいなー……)
出口までの通路には、多くの<マスター>が倒れている。
初期装備のルーキーだけでなく、装備を整えた<マスター>もいる。
もっと深い層に潜ることを目的に入った者が、折悪しくモクモクレンの必殺に巻き込まれたのだろう。
『…………』
メロが隣を通り過ぎたのは、フルプレートの騎士だった。
頭も顔まで覆うフルフェイスのヘルムであり、騎士の多い王国らしい装いだった。
ただ、彼も視界不良によってか身動き取れないようだった。
メロは道の真ん中に蹲る彼に触れないように気を付けながら、出口に向かって歩いて……。
――唐突に両足首を切断された。
「…………え?」
メロは、両足の断面と噴き出す血を、信じられないモノを見るように見ていた。
(え? え? え?)
彼女の心を困惑が埋め尽くし、やがて恐怖に塗り替わる。
どうして自分がこうなっているのか。
痛みはないが、痛みがないことさえも恐ろしく……恐怖ゆえに叫ぶ。
「わたしの足……切れて……嘘……!?」
『――ああ。やっぱり見えてますね、貴女』
彼女の恐怖を、ソレは聞き逃さなかった。
ソレ……跪いていたフルプレートの騎士が立ちあがる。
だが、鎧の一部が刃のように飛び出ていて、……その刃にはメロの血が付着していた。
「……え? ……ぁ?」
『誰も彼もが視界を失い、パニックに陥っている。なのに、貴女の足音は乱れがなさすぎるんですよ。見えなければ、もっと恐る恐る歩くものです。僕のことも避けていましたしね』
フルプレートの騎士を装ったモノは、見えていないはずの目を彼女に向けている。
『相手の<マスター>もティアンには害を及ぼせない。それに現状でもモンスターの視界は妨げられない。だから視える貴女の正体は三択』
指を三本立てて、メロに告げる。
『ティアンか、人化したモンスターか、――敵の仲間です』
メロの背筋が、震える。
それは血を大量に失ったため、だけではない。
浴びせられた声がとても冷たかったからだ。
『リズに聞きました。貴女の左手には紋章がある。これで三択は一択です。斬られた足も、見えているようですしね?』
そういう間に、フルプレートが解けていく。
液体のように金属がとろけて別の形に編まれていき……金属糸のコートに変わる。
フルフェイスのヘルムに隠されていた顔も、露わになる。
それは雪の精霊のような、絶世の美少年だった。
――要注意人物のリストに載っていた顔だった。
「ルーク……ホームズ?」
「おや、僕のことも御存知なんですね」
王国第二位クランのサブオーナーであり、“トーナメント”の優勝者の一人。
当然のように、皇国でも周知された脅威の一人である。
だからこそ、最初から顔を晒していれば……メロも不用意に隣を通り過ぎようとなどしなかっただろう。
「さて、貴女がここで何らかの工作を行っていたことは読めています。そして、この現象を引き起こしている仲間との連絡手段も持っているのでしょう?」
「ッ!?」
メロは反射的に、持っていたチェンジリングの子機を手の中に握りしめた。
「もしかして今も――聞こえていますか?」
見えていないはずなのに、ルークは彼女の何かを庇うような動きを察知した。
あるいは周囲を知覚できるリズが彼に伝えたのかもしれないが、同じこと。
「仲間の人。聞こえていたら、この視界を攪乱するスキルを止めてもらえませんか?」
止めなかったらどうするつもり、とは言わない。
というよりも、問いかけるルーク自体も止めるなどとは微塵も思っていない。
これはただの駆け引きであり、情報を引き出す手段。
下級職二つ分……一〇〇レベルを捧げて《制限昇華》で一〇分間だけの眷属となっているマリリンは、<エンブリオ>と同じように念話でルークと意思疎通できる。
そこで相手の情報……『中身のない復活する鎧』という特徴を聞き、この視界シャッフルと合わせ、『複数人掛かり』で『現在はこちらが知覚できない安全圏から攻めてきている』と察した。
本体の所在や他の能力、弱点のヒントを少しでも得ようと考えての問いかけだった。
だが、ルークの言葉の直後…………視界シャッフルは即座に解除された。
「……おや?」
「っ!」
ルークが唐突に戻った自分の視界に驚き、メロも周囲の様子からみっちーがスキルを解除したことを悟った。
(それほどまでにこの<マスター>のデスペナルティを避けたいと考えている? 何か、彼女が戦術の重要なキーパーツであると、…………?)
相手がスキルを解除した理由について思考を巡らせたルークだったが、そこで気づく。
復活した視界の中の……メロの表情。
そこにあったのは、本物の怯えだ。
デスペナルティの忌避でも、意味不明な状況変化への困惑でもない。
まるで、そう、まるで……。
――死んだら本当に死ぬ、という程に怯えていた。
To be continued
 




