第二十六話 継いだ男
(=ↀωↀ=)<アニメ版、ブルーレイ第二巻が発売中
(=ↀωↀ=)<おまけのサントラには40曲収録です!
( ꒪|勅|꒪)<本編内容はオレとフィガロの試合までだナ
□【聖騎士】レイ・スターリング
「何とか、大広間から離れられましたね」
『ああ』
あの煙幕の中、俺と同じ方向に逃げていたのはパトリオットさんだった。
他の人の姿は見えず、先輩とも逸れてしまったが……パーティの簡易ウィンドウで無事は確認できている。
「<AETL連合>の方は大丈夫ですか?」
『こちらもパーティメンバーは無事のようだ』
どうやら、イゴーロナクからは逃げ切れたらしい。
やはりイゴーロナク自身に視力はなく、こちらの目を間借りして周辺状況を把握し、遠隔操作していたのだろうか。
ならば、また接近されたときも同じ手法での逃走が可能になる。ティアンがいる地上では使用できない手だが、少なくとも地上に脱出するまではこれでいける。
地下二階のマップを確認して地上までのルート設定……はできない。
まだ視界を把握されているなら、現在地とマップ構造を見せることは危険だ。
記憶を頼りに動くしかないだろう。
「地上までの道順は向こうで合ってましたっけ?」
『ああ。それで、レイ君。王国の<命>は……いや、いい』
パトリオットさんは俺の問いに頷いた後で何かを言いかけて、それを止めた。
『君が<命>でも、そうでなかったとしても、私のやることは変わらない。<命>ならざる私は、君を守るために死力を尽くす』
「パトリオットさん……」
『ヴォイニッチ以外、我々は全員が自分達を盾にするつもりでこの戦争に参加している。今この迷宮で君の傍に私しかいないのならば、君を守るのは私の役目だ』
「ありがとうございま……」
心から礼を述べる俺を、パトリオットさんは手で制する。
『だからこそ、君も約束してほしい』
「……何を?」
『もしも何かあったときは、私を見捨てて独りだけでも生き延びてくれ』
「! それは……!」
『君の信条と相反するとしても……それだけは約束してくれ』
「…………」
骸骨ヘルムの奥から覗く瞳には、有無を言わせぬ強い意志と……願うような色が見て取れた。
「……はい」
だからなのだろう。
俺は、彼の言葉に頷くことを選んでいた。
『ありがとう』
パトリオットさんはそう言って、先行するように歩き始めた。
俺も彼についていくように足を踏み出す。
そうして迷宮を進み、T字路に差し掛かろうとしたとき、
――瞬きもしない内に全く違う風景に足を踏み入れていた
「『!?』」
『レイ!? これは……!』
俺とパトリオットさん、そして黒大剣状態で全周を確認していたネメシスまでも、突然の風景の変化に驚愕する。
「これは、転移!? パトリオットさ……!?」
俺は咄嗟に隣のパトリオットさんを見るが――そこに彼はいなかった。
それどころか、手に握っているはずのネメシスの姿もない。
……違う!
『レイ! どうした』
「首を動かしても、見える風景が……? これは、まさか……!?」
俺は今、首を動かし、足を動かし、周囲の状況を確認しようとしている。
だと言うのに、見える景色が連動しない。
右を向いたはずなのに、上を見ている。
左を向いたはずなのに、振り返っている。
そして目を瞑ったのに自分の身体を見下ろしいるのが見えて――そうして見えた装備は俺のものではない。
これは……。
『別人の、視界か……!』
パトリオットさんの言葉で、やはりと確信する。
今ここで俺に、俺達に起きている現象が何であるかを。
「――俺達の視界を、シャッフルしやがった……!」
――この<墓標迷宮>にいる者達の視界を入れ替えた。
『シャッフル!? <エンブリオ>である私までもか!?』
「ああ……! 恐らく、やったのはイゴーロナクの視界を確保してた奴だ!」
他人の視界を盗み見る<エンブリオ>。
恐らくはその必殺スキル……! 『複数人の視界シャッフル』!
「これじゃあ……!」
俺は動こうとするが、しかし動きと全く連動しない視界のために壁にぶつかる。
あまりにも異常な視界に、吐き気さえも催してくる。
「やり返されたってことか……!」
今度は俺達が視界を潰された。
だが、この階層にいる全員がこんな状態ではイゴーロナクも他者の視界と位置の把握なんてできる訳が、……!?
「まずい!?」
『レイ! 何があった! 私からも御主が何を見ているか見えぬ!』
俺の視界、俺の目と連動した誰かの視界に……見覚えのある姿が見えている。
それは頭部が胴体に埋まった大型のパワードスーツ……!
「イゴーロナクだ! 誰か! 正面にイゴーロナクが来てるぞ!」
誰の視界かは分からないが、俺は迷宮内部へと警告の叫びを発する。
俺の視界には、その人物目掛けて駆けてくるイゴーロナクの姿が俺にははっきり見える。
今、イゴーロナクの傍らには、一匹のモンスターがいる。
それは、羽を持つ眼球。
「フランクリンの【ブロードキャストアイ】……!」
元々、映像中継能力を持つ改造モンスター!
俺達の視界を潰している間、あれをイゴーロナクのカメラ代わりにしている……!
「クッ……!」
まだ接近を把握していないらしい視界の主の眼前で、イゴーロナクがショットガンに似た銃器を構えて発砲する。
……直後、俺の視界は一瞬だけ血に染まり、暗転する。
その後は、また別の視界が俺の目に映り込む。
今の視界の持ち主が、死んだということだろう。
『……君の言葉で状況は理解した。こちらが目を失い、あちらは逆に安定した視界を確保したということだろう』
パトリオットさんの言葉に頷くが、しかし頷いても彼には見えていないことに気づいた。
「……はい。状況はさっきよりもかなり悪いです」
視界シャッフルの必殺スキルをさっき使わなかったのは、大勢が同じ場所にいれば多少なりとも状況の把握が可能だからだろう。
だが、今はこの階層の各所に散っている。
……もしかすると、対象はこの階層だけではないのかもしれない。
俺が今見ている装備はあの場にいた誰のモノとも違い、初心者向けに見える。
もしかすると一階か三階で狩りをしていたルーキーのものかもしれない。
今俺の視界になっている彼は、突然切り替わった視界に動転して目の前のゾンビに対応できていないようだった。
『どうする? 私の視界も他の人か<エンブリオ>と入れ替えられておるぞ……』
「一つだけ、考えはある。まずは……」
俺はこの状態で移動するための方策を述べようとして、
「オーナー! レイ・スターリング! 奴だ!」
――迷宮のどこかから張り裂けんばかりの大声で叫ばれた声が、聞こえてきた。
「イゴーロナクがアンタらと同じ通路にいるぞ! 俺の目に、見えているんだ!」
それは凶報。先刻の俺がしたことと同じ、俺かパトリオットさんの視界を持った人物からの警告だった。
「なッ!?」
俺と、ネメシスと、パトリオットさん、三人共が驚愕する。
『――チッ』
――同時に通路の先から舌打つ声が聞こえてきた。
それは――俺達を確実に殺せる距離まで忍び寄ろうとしていたイゴーロナクのもの。
『ラージ、アクティブ』
『オーライ、ヒカル!』
異なる二つの声の直後、俺達の目の前の石床から何か重いものが着地したような音が聞こえて……。
『!』
咄嗟にネメシスが黒円盾に変形し、俺の身体と着地の音源の間に挟まる。
一瞬の後、まるで一斉に殴られたような勢いで、俺とネメシスは後方にフッ飛ばされた。
「ッ!」
それがイゴーロナクの攻撃であることは明らかだった。
武装が先ほど人の目で見たものと変わっていないならば、ショットガンの類。
ネメシスが防いでくれなければ、今頃は急所への銃撃で頭部か【ブローチ】が砕けていたかもしれない。
「ネメシス! 大丈夫か!」
『まだもつが……罅が入りかけておる!』
相当な威力が込められたショットガンだ。特典武具か、あるいは射程距離を犠牲に威力を増した類のオーダーメイド装備かもしれない。
そのために、忍び寄ろうとしていたのだろう。
『チッ! 見えもしないのに器用なことしやがって! もう一発……!』
『させるものか!』
苛立つようなイゴーロナクの声の直後に、パトリオットさんの声と鎧同士がぶつかるような音が聞こえた。
「パトリオットさん……!」
『レイ! 盾の陰から出るな! 視界のない状態では狙い撃たれる!』
俺の目は変わらず周囲の光景を映さない。
だが、聞こえてきた音でパトリオットさんがイゴーロナクに立ち向かっていることは理解した。
『――《グランドクロス》!』
直後、俺自身も使ったことがある聖属性の独特の熱量が、前方の空間から伝わってきた。
『ッ!』
『見えず、剣を振って当たらない状況だとしても、零距離の《グランドクロス》ならば……!』
俺の目には何も見えない。
『《グランドクロス》‼』
『ヴィトー』
『ちぃ! 操作が重い!』
だけど、パトリオットさんが我が身を削って足止めをしてくれていることは理解できた。
俺も彼を援護しようとして、
『行け!』
パトリオットさんから唯の一言の、そして明確な意思を止めた言葉が放たれる。
先刻の彼との会話の内容が思い出され……それが『自分を見捨てろ』という意味だと理解する。
イゴーロナクは、何度倒しても復活する。
石化もない俺達では、封印もできない。
だから足止めをしている間に逃げろと……パトリオットさんは告げている。
『逃がすと思って……!』
『逃がすともッ! ――《グランドクロス》!』
三度目の、《グランドクロス》。
空気越しに伝わる熱量と共に、肉の……パトリオットさん自身の灼ける臭いが届く。
『ぃ、け!』
灼けて掠れながら、再度放たれる彼の言葉に理解する。
今このとき、彼を見捨てることになったとしても、どれほどに後味が悪くとも……自分はその決断をしなければならないのだと。
彼自身の望みを、遂げるために。
「……すみません!」
俺を守ろうとしてくれる人に背を向けて、俺は腰のアイテムボックスを手にする。
手探りでアイテムボックスを操作し、内部に格納していたモノを……俺が先刻伝えようとした移動手段を出現させる。
それは――白銀の煌玉馬。
「見えるか、シルバー!」
俺が呼び出したシルバーは、肯定するように嘶いた。
やっぱりだ。あれが<マスター>や<エンブリオ>の視界までもシャッフルしているとしても、機械かつ装備品であるシルバーら煌玉馬の視界まで潰せるとは限らなかった。
そもそも、機械の視界を有効化できるなら、ランダムに動く敵の視界ではなくイゴーロナク自身に機械式のカメラでも付けておけばいいだけの話だ。
そして読み通り、機械のシルバーは相手の<エンブリオ>のスキル対象外だった。
『ちっ! 動け、イゴーロナク! こんなスキルに足止めなんぞ……』
俺を逃がすまいとイゴーロナクから焦りの声が聞こえるが、しかし《グランドクロス》の光の奔流が行動を阻害しているのだろう。
イゴーロナクからの攻撃は、ない。
「…………」
繰り返した仕草ゆえに、見えなくともシルバーの背に跨ることはできた。
そして、シルバーによってこの窮地を脱出せんとして……。
「パトリオットさん……」
『…………』
自分を犠牲にして俺を逃がそうとする彼に……。
「――勝ちます」
『……ああ』
この国と、この国に生きる人を愛した彼が何よりも望んだ唯一つを……約束した。
◆◇◆
□■<墓標迷宮>・地下二階
『……逃げられたか』
イゴーロナクの後方に配置した【ブロードキャストアイ】が伝える映像には、煌玉馬に乗って撤退するレイ・スターリングの背中が見えている。
ヴィトーはイゴーロナクを操作してその背を撃とうとするが、《グランドクロス》の光の奔流の圧力が著しく動作を制限する。
使用者ごとその身を灼く聖属性の光に対し、装備の耐久を回復させることしかできない。
『ラージ、アクティブはまだ無理だな?』
『ああ。逃げられたとき、回り込むために取っておくつもりだったがよ。あの警告のせいで先に切らされちまった。再使用できるのはまだもうちょっと先だぜ』
『分かっている』
動きを止められ、短距離転移はまだクールタイムが明けない。
現時点での追撃は不可能だ。
だが、この拘束もそう長くはないだろう。
『…………』
イゴーロナクにしがみつき、零距離で《グランドクロス》を繰り返していたパトリオット。
既に装備は灼け……内側の肉体も砕け散る寸前である。
それでも、彼は手を離してはいなかった。
『自分ごと、か。大した覚悟だ』
ヒカルはパトリオットの執念に、本心からそう述べた。
今、イゴーロナクを足止めする男は、この<Infinite Dendrogram>に本気で守りたいものがあるのだろう、と。
彼女達がついた皇国側にも、<フルメタルウルブス>のように飢餓の皇国を救わんと奔走する者達がいた。
無論、遊戯だと思っている者も多いだろうが、必死に足掻く<マスター>もまた多い。
ヒカル達……“不退転”のイゴーロナクには両国の情勢は関係ない。
ただ、皇国側にイゴーロナクの戦術の仕組みが割れていて、好条件で招聘されたから皇国についただけだ。
しかしそれでも――ヒカル達もここをただの遊戯だと思っているわけではない。
あるいは遊戯であっても……大きな意味がある。
『終わりだ』
ヒカル達はヒカル達で、負ける気も倒れる気もない。
パトリオットが力尽きて《グランドクロス》が途切れた瞬間に、イゴーロナクはショットガンでパトリオットの頭部をヘルムごと撃ち抜いた。
かつての王国二位クラン<AETL連合>、そのオーナーの早すぎる戦争脱落である。
しかし、彼の意思とランキングを継いだ男は生き延びた。
『追えるか?』
『速度じゃ無理だ。もう見えねえし、あっちの方が速ぇ』
『今後の足止めも考えると転移も使わず残しておきたいな』
既にレイを乗せたシルバーは【ブロードキャストアイ】の視野から逃れていた。
今操作している【イゴーロナク壱型】は然程足が速い機体ではないため、追いつくことは難しい。
『そうか。……メロ、私だ』
ヴィトーとラージの言葉を聞いた後、ヒカルは最後のパーティメンバーであるメロへと通信魔法装置で連絡を取った。
メロと二言三言を話した後、頷いて通話を切る。
そして、【紅水晶】のコクピットにいる仲間達に宣言する。
『メロの工作は済んだ。――詰めてレイ・スターリングの首を獲る』
To be continued




