第二十三話 イゴーロナク
(=〇ω○=)<GWですが、GW明け締め切りの仕事が累積しています
(=〇ω〇=)<店舗特典SSやクロレコ関係等々お仕事たっぷり
(=〇ω〇=)<その合間に書けたので更新
(=〇ω〇=)<お仕事まだまだあるので
(=〇ω〇=)<次の更新は五日後じゃなくて一週間後かもしれません……
□■<墓標迷宮>・地下二階
<墓標迷宮>への、ありえざる奇襲。
王国の<マスター>達がそれに反応できたのは、襲撃者の奇異な姿ゆえだ。
頭部のない……頭部が胴体に埋まったような大型パワードスーツ、イゴーロナク。
それがイゴーロナクと知らぬ者でも、一目見れば異常な存在であると気づく。
イゴーロナクと知る者は、即座に迎撃の態勢をとる。
パトリオットの声と同時に、彼らは即座に敵対者に反応せんとし、
――それよりも早く敵の先制攻撃が実行される。
イゴーロナクが両脇に抱えた重火器……ガトリング砲の掃射。
火薬式とは思えぬ威力で王国勢の【ブローチ】を砕き、肉体を引き裂いていく。
狙いが定まっていないかのように射線はブレるが、威力がそれで変わる訳ではない。
『《アストロガードォ》!!』
バルバロイはその背にレイを隠しながら、大盾を掲げてスキルを発動する。
強力な掃射も、王国屈指の防御力を誇る彼女の防御を破ることはできない。ギリギリだがダメージ減算スキルによって無力化されていた。
このまま連射が途切れるまで耐えることもできるだろう。
だが……。
『ッ! いつまで……!』
途切れない。
イゴーロナクの火力が途切れない。
王国の<マスター>を蹂躙する火力は秒間一〇〇発を超えるだろう。
だが、一分を超える連射……六〇〇〇発を経てもその弾丸が途切れない。
二門のガトリング砲は残弾数どころか砲身寿命さえも無関係と言わんばかりに、掃射を続けている。
この場の命を狩り尽くすまで止める気がないかのように。
『ちぃ……!』
バルバロイは大盾と【マグナムコロッサス】で銃撃への壁になりながら、イゴーロナクの武装を観察する。
両脇に抱えたガトリング砲は赤熱すらしていない。
いや、正確には赤熱しかけては戻っている。
加えて、ガトリング砲の給弾チューブはどちらも背中に回されているが、そこにシュウのバルドル第二形態のような大型弾倉は見えない。
ただ、マントらしきもので覆われたイゴーロナクの背中があるだけだ。
「先輩!」
バルバロイの背後で、レイが自らの武装を準備している。
それは左手に巻き付いた【黒纏套】――レイの使用可能な最大火力である《シャイニング・ディスペアー》の発射体勢だ。
その一撃ならば、バルバロイの防御の陰からイゴーロナクを撃ち抜けるだろう。
レイもこのままではまずいと考える。
バルバロイが壁役を務める彼以外に、初撃を生き残った<マスター>はいる。
彼らは地属性魔法の壁や<エンブリオ>らしきバリアで仲間への攻撃を防いでいるが、しかしそれはバルバロイほど長くはもたないだろう。
早く止めなければ、犠牲は増えるばかりだ。
『それはとっておきな! 初日の初戦で使うようなもんじゃねえ!』
だが、バルバロイは切り札の使用を止める。
『ここは……任せろ! 《キネティック・レジスト》!』
そしてバルバロイは自身に対物理の防御スキルを使用し、一歩を踏み込む。
前進が意味するものは、《アストロガード》の解除。
対物理スキルを加味しても防御力は減少し、群れ為す銃弾によって盾と鎧が少しずつ削れていく。
『舐めるんじゃねえ!!』
だが、それでもバルバロイは歩を止めず、イゴーロナクとの距離を詰める。
数秒の前進と被弾。
その最中に、バルバロイは自らの盾を《瞬間装備》で切り替える。
『御披露目だ、【ノーマーシー】!!』
バルバロイの右手に握られた盾には、鰐の如き怪物の顏が彫り込まれていた。
それこそはバルバロイ第二の伝説級武具、【防壁相砕 ノーマーシー】。
バルバロイが“トーナメント”で勝ち取った【破砦顎竜 ノーマーシー】の特典武具である。
『《ストロングホールドプレッシャァァァ》ッ!!』
バルバロイは【ノーマーシー】を構えた状態で、イゴーロナクに突撃する。
それこそは防御力を攻撃力とする【盾巨人】の攻撃スキル。
だが、イゴーロナクは恐れない。
自身の堅固さは伝説級の大鎧に劣るものではないと自認している。
同等の防御力で殴られたところで、大したダメージにはならない。
むしろ、突撃で体勢を崩したタイミングで、後方の者を狙えばいい。
そう考えていたイゴーロナクは、
――接触の一撃で粉砕された。
イゴーロナクが疑問に思う間もなく、イゴーロナクだった残骸と破壊されたガトリング砲が迷宮の床に散らばった。
『……まずは、上出来』
自身の攻撃の成果をバルバロイはそう評する。
彼女の持つ【ノーマーシー】は、攻撃用の大盾である。
砦の如き堅固さと強大な牙を持っていた生前。
その頃から有するスキルの名は《脆きもの、滅ぶべし》。
【ノーマーシー】と接触した対象の防御力を、六〇秒間『所有者の防御力』で減算するスキルである。
バルバロイ以下の防御力の持ち主は、【ノーマーシー】が触れた時点で防御力がマイナス……布切れ以下になる。
カシミヤなども用いる《剣速徹し》と似るが、あちらと違って装備品の防御力さえも削る。
そうして、無慈悲の一撃で装備諸共に粉砕せしめるのである。
今、<超級>の一人が粉砕されたように。
『…………』
砕かれたイゴーロナクを見下ろしながら、バルバロイは思案する。
必殺スキル以外にも攻撃能力を持とうとして挑んだ“トーナメント”と<UBM>戦。
その結果は、この<超級>を相手に功を奏したと言えるだろう。
だが……。
『《天よ重石となれ》』
バルバロイは、イゴーロナクの破片に自らの重力スキルを行使した。
死体蹴り……などではない。
そもそも死体であれば……ここまで砕かれた時点で消えているはずだ。
『今の内に立て直せ! まだ終わってねえ!』
バルバロイの呼びかけに、疑問を訴える<マスター>は一人もいない。
なぜなら生き残った彼ら……咄嗟の反応が早かった者達は知っているからだ。
イゴーロナクが――個人生存型の<超級>である、と。
あの【獣王】を相手に生き延びた“常緑樹”の同類である、と。
その証左のように――バルバロイの重力圏から破片が消えた。
『!?』
破片は破片のまま、後方……土壁やバリアで守られていた者達の付近に出現。
一瞬の後に――現れた時と全く同じ姿のイゴーロナクに復元された。
「なっ!?」
再生する瞬間などない。破片がくっつくことも、あるいは細胞分裂のように膨らむこともなく、破片だったものが一瞬で元通り。
まるで、ゲームの再出現。
『――戦闘再開』
復活したイゴーロナクの両手に装着された武器は、ガトリング砲ではない。
それは――唸りを上げて回転するチェンソーだった。
「この……!」
先刻の銃撃同様、仲間の壁になろうとしたバリア使いの壁役。
だが、彼の防御は――チェンソーによって障子紙のように引き裂かれた。
「げ、ぁ……!?」
防御力、あるいは防御スキルの無視。
そうした効果の付与された品であると、彼は切り裂かれながら気づく。
銃弾を防いだ壁役を、あるいは自身を砕いたバルバロイを破るための武装であるのは明確だった。
「ぢぃいい!」
チェンソーに引き裂かれ、言葉を発することもままならない。
それでも、彼はまだ自らの壁役としての務めを果たさんとする。
自らの胴を裂くチェンソー、それを振るうイゴーロナクの腕にしがみつき、バリアで自分ごとロックする。
「オォオナアア! みんな゛っ、や、れ゛っ!」
その声に応じたのは彼の仲間……パトリオットをはじめとする<AETL連合>。
『――《才気煥発》』
パトリオットは自らの<エンブリオ>であるネタロウの必殺スキルを発動。
予め【英気】の待機状態であった彼とパーティメンバー全員に、経験値ブーストではなくステータスブーストを付与する。
その効果、全ステータス倍化。
力を最大限に発揮したパーティが、自らの最大火力を仲間のタンクごとイゴーロナクに叩き込む。
パーティ外のメンバーも、その動きに応じる。
それこそが、現状の最適解であると理解して。
『…………』
<AETL連合>の総攻撃によって、イゴーロナクはなす術もなくその体を砕かれ……二度目の完全破壊を被る。
砕けたチェンソーと共に、イゴーロナクが再び床に散らばった。
『【石化】! 【凍結】! 何でもいい! 今の内に奴の破片を完全に行動不能にするんだ!』
パトリオットの呼びかけに一人の<マスター>が応じ、<エンブリオ>の必殺スキルでイゴーロナクの破片を【石化】させていく。
復活する個人生存型への対処法は、封印一択と言われている。
かの【殺人姫】エミリーも、一人の<マスター>の凍結能力によって一時的にでも封印されたということを、パトリオットは<DIN>を通して知っていた。
そして、イゴーロナクの破片は完全に石になり……今度は消えることもなかった。
◇
王国は、犠牲を出しながらもイゴーロナクの封印に成功した。
生き残った数は半数以下……合わせて一三名にまで減っていたが、それでも<超級>の襲撃を凌いだのである。
「壁役の回復急げ! MPポーションの服用もな!」
「第二陣が来るかもしれない。より深い階層への避難も考えるべきか」
口々に意見を述べながら、体勢を立て直していく。
その間も、必ず一人は【石化】したイゴーロナクを見張っていた。
目を離した瞬間に復活する可能性もありうるからだ。
「しかし、あいつはどうやってこの<墓標迷宮>に入って来たんだ?」
「……まさか王国所属として入ってきたとか?」
「だとしても、入り口付近に配置したメンバーから連絡があるはずだ」
体勢を立て直すにつれ、話題は『なぜ奇襲をされたか』にシフトしていく。
『……こいつも最初からこんな姿で入った訳じゃないんだろうよ』
「バルバロイ、そりゃどういう意味だ?」
<AETL連合>の<マスター>の問いに、砕けて【石化】したイゴーロナクの残骸を指差しながら答える。
『見りゃ分かるだろ。中身がない。こいつ、中に誰も入ってないんだよ』
「!」
バルバロイが言うように、イゴーロナクはパワードスーツでありながら装着者がいない。
彼女は砕いた時点でそれに気づいていた。
『リビングアーマーのガーディアンか、遠隔操作可能なアームズか。どっちにしろ中身だけで入ってから、こいつを取り出して暴れさせたと考えるべきだ』
「ってことは……!」
『入り口から地下二階までのどこかに、王国所属として潜り込んだ<マスター>がいるんだろうよ。……ここは都市内で、戦場の外。王国所属でも、ランカーじゃないなら同士討ちや騙し討ちを避けるための【契約書】は書かなくていい』
イゴーロナクの<マスター>を、あえて王国の一般<マスター>として配置。
この<墓標迷宮>に防衛対象が引き篭もると読んで、そのためだけに<超級>を一人割いた。
相当な奇策で、奇襲の成功率は高い。
だが……。
(本当に、そのためだけに<超級>の一人を王都に縛りつけるのか?)
話を聞いていたレイは、バルバロイの推測に少しの疑問を覚えた。
ランカーではない王国の一般<マスター>。
それでは、イゴーロナクの<マスター>はこの王都の外に出られないことになる。
個人生存型の<超級>の使い道として、そうするだけの価値があるのか。
無論、『命』を潰せていれば価値はあるだろう。
しかし、事前情報ではイゴーロナク自身も『命』の候補だった。
これで『命』はもう一人の個人生存型、“常緑樹”のスプレンディダに絞られてしまう。
『この王都に逃げ込んだ<マスター>を狩る掃除屋としての運用もあるのかもな』
「……たしかに」
安全圏だったはずの<墓標迷宮>の他に、回復施設や武具の修復設備も多い。
そうした拠点を機能不全にするならば、<超級>を割くこともありえなくはない。
だが、やはりどこか腑に落ちなかった。
他にも何か、裏を掻く手段があるように思えた。
「……それに」
レイはイゴーロナクについて、奇襲の手段や不死性以外にも疑問点があった。
『どうしたのだ、レイ?』
「俺、イゴーロナクに見覚えがある気がするんだ」
ネメシスの問いかけに対し、レイは自らの内に生じた既視感を答える。
戦闘中は気づかなかったが、終わってみると……記憶の隅に引っかかるものがある。
『皇国側の<超級>の資料ではないか? それで皆が気づいたのだろう?』
「ああ。でも、もっと前にどこかで、……?」
ふと、レイは足元に落ちていたものに気づいた。
それは金属の破片……遠くに散らばったために、【石化】されていなかったイゴーロナクの破片だった。
これも【石化】してもらわないと、そう思って持ってみる。
「…………」
だが、少しばかり気にかかり、所有している《鑑定眼》付きのルーペで破片を見る。
ギデオンのアルバイトで貸与された後、伯爵から記念にとそのまま譲られたものだ。
『<エンブリオ>に《鑑定眼》は無意味であろう』
「分かってる。……うん、やっぱり何も見えないな」
アイテムではなく<エンブリオ>。
当然、効果を発揮せず、何も見えなかった。
そうして、破片を石化の<マスター>に預けようとしたとき。
「ん?」
見えなかったものが……見えるようになった。
《鑑定眼》で見える名称には――【煌玉兵レプリカ・イゴーロナク壱型】と記されていた。
「なっ!?」
突然の表示の変化。
見えた名称の意味。
どちらも驚愕するしかない事柄だが、今何よりも重要であるのは……。
「先輩! まだ何か来る!」
その変化が報せる、異常の気配。
それを証明するように、
『――戦闘再開』
――最初に現れた通路の向こうからイゴーロナクが現れた。
【石化】した破片も、レイの手の中の破片も……そのまま残っていたのに。
それまでの戦闘も対策も無にするかのように、イゴーロナクが三度目の攻撃を開始する。
今度は巨大な大砲一門を脇に抱え、まるで【魔砲王】のように王国勢へと撃ち放つ。
対応できたのは、真っ先にそれに気づいたレイ・スターリング。
『《カウンター・アブソープション》‼』
ネメシスの言葉と共に光の壁が現れ、悲惨な損害を与えるはずだった大火力砲撃の威力を吸収する。
同時に、ネメシスの<マスター>であるレイは、
『《復讐するは――』
砲撃を無力化しながら再発射までの間隙にイゴーロナクとの距離を詰め、
『――我にあり》ッ!』
その砲撃を倍加させた一撃で、イゴーロナクに三度目の破壊を齎した。
だが、それで気を抜くことはない。
既に三度重ねた光景。
その後に何が起きるかなど、とうに理解している。
『レイ! 下がれッ!』
バルバロイの叫びと共にレイが地を蹴り、迷宮の床に降り注ぐイゴーロナクの残骸から距離をとる。
その直後に破片は消えて、五体満足のイゴーロナクが出現する。
『此奴っ、何度蘇る気だ!?』
アンデッド以上に不死身。
“不退転”の名の如く、砕かれようが封印されようが戦闘を続ける怪物。
その有り様に、ネメシスは脅威と僅かな恐怖を感じた。
それは王国の<マスター>の多くも同様だ。こんなものをどうすれば倒せるのかと、恐怖と焦燥に苛まれる。
バルバロイやパトリオットは、封印が通じない時点でこの場からの撤退を前提に物事を考え始めた。
あるいは、この<墓標迷宮>のどこかにいると思われる本体を捜すか。
『…………』
三度目の復活を遂げたイゴーロナクは、武器は大砲の代わりにサブマシンガンと長槍を持っていた。
続く連撃に備えて、生き残った<マスター>達は防御態勢を固める。
レイも再びバルバロイの背後に隠されながら、《鑑定眼》付きのルーペでイゴーロナクを見た。
やはり先刻同様、<エンブリオ>であるがゆえに情報の表示はされなかった。
ならば……あの情報の切り替わりは何だったのか?
『…………』
イゴーロナクは動かない。
頭部のない躰で、しかし周囲の様子を窺うように停止していた。
『理解した』
「……?」
そうして……今までとは異なる言葉を吐いた。
言葉と共に、動作にも変化が生じる。頭部のないはずのイゴーロナクでありながら、それは周囲の者に一人の人物を見ていると感じさせる動き。
注目の対象となった人物は……イゴーロナクに三度目の破壊を齎した者。
『レイ・スターリング』
イゴーロナクは彼を名指しして、
『――お前が王国の『命』だな?』
――自らの答えを突きつけた。
To be continued




