第二十二話 装いへの反応
(=ↀωↀ=)<色々締め切り迫っているので次回は恐らく休みますが
(=ↀωↀ=)<この話は前話と一緒にやっておきたかった
□【聖騎士】レイ・スターリング
【只今より、アルター王国とドライフ皇国での戦争を開始いたします】
【<Infinite Dendrogram>全域において、三〇倍の時間加速を実行】
【戦争結界の該当エリアは、都市部を除く王国全土。ランカー外の<マスター>は、直前の都市内セーブポイントに強制移動されます】
時計が午前三時を示したころ、そんなアナウンスが聞こえた。
「始まりましたね」
『そうみてえだな』
俺は先輩……鎧を装着してバルバロイモードの先輩と共に<墓標迷宮>にいた。
地下二階にある大広間のような一室。周囲にはパトリオットさんをはじめとする<AETL連合>の<マスター>や、直接話したことはないがランキングクランの<マスター>もたむろしている。
今回の戦争において、各ランカーには個別に指示が出ている。
基本的にはクラン単位で指示が行われ、ランカークランに入っていないランカーは個人に対してのものだ。
大別すれば、侵攻と防衛、探索と遊撃だ。
侵攻は位置の判明した敵軍フラッグへの攻撃、及びそれまでの戦力温存。
防衛は<砦>をはじめとする自軍フラッグの防衛。
探索は文字通りフラッグ探索。
遊撃は戦闘フィールドでの敵軍の発見と排除。
無論、終盤になれば総力でフラッグを落とすなり守るなりする流れになるだろうが、概ねこのような役割分担になっている。
全ての役割分担を把握しているのはアズライトだけだ。
さて、役割分担はクラン単位、ランカー単位での分担となるが……<デス・ピリオド>は事情が異なる。
なぜかと言えばうちのクランは<超級>を五人も抱えているからだ。
全員を一ヶ所で戦わせることは、あまりにも無駄が多い。
というか、パーティ戦闘が難しいフィガロさんを抜きにしても彼らの戦闘は噛み合わず、協力が難しい。
全員が攻性能力に偏っており、味方がいる環境ではセーブするか巻き込むかの二択になる。兄でさえ、そうだろう。
<超級>でないマリーにしても、その隠密能力を活かして単独で探査に当たらせた方が情報戦で優位に立てる。
うちの戦力はクラン内でもなお別々に動かした方が、それぞれの全力を発揮しやすいということだ。
そんな訳で、開戦までに帰って来れなかったルークを除いたメンバーの役割分担はこうなっている。
侵攻:兄、アルベルトさん。
防衛:俺、先輩。
探索:マリー、霞、イオ、ふじのん。
遊撃:フィガロさん、ハンニャさん。
特に残弾や耐性ストックに限りがある兄とアルベルトさんは、フラッグ確認まで力を温存する必要があり、連絡があるまで一時的にログアウト中だ。
ルークも帰還次第、防衛に加わる。
そしてここにいる防衛の役割は、<命>の防衛だ。
――<命>のフラッグはこの<墓標迷宮>の内部にある。
都市内ダンジョンであり、戦域外であり、皇国は侵入できない<墓標迷宮>。
理由は、フラッグ撃破のリスクを避けるため。
戦域外のフラッグは有効化されず、戦域内のフラッグが消失した時点で敗北になる。
しかし逆を言えば、他に有効なフラッグがあるならば……戦域外にあっても問題ない。
もしもタイムリミットギリギリまで<砦>が健在であれば、終了直前に出てフラッグを有効化する。
別の場所にある<宝>や<砦>が襲撃されて残数がなくなりかけたときは、フィールドに出てフラッグを維持する。
……もっとも有効化が緊急を要する可能性も考え、兄達のようにログアウトしているわけにもいかない。
また、ログイン時は周辺状況が不明になるため、奇襲には最適のタイミングだ。
俺達は誰も奇襲など受けていないが、ログイン時の即PKはメジャーな手法らしいので警戒は必要だ。
「何事もなければ、三日間ここに篭ることになりますね」
『何も起きない……なんてことはないだろうぜ』
先輩の言葉に頷く。
<砦>と<宝>の所在は俺達も知らないが、どちらかが破壊された時点で<命>を護る者達もここを出る必要がある。
「…………」
今この<墓標迷宮>には<命>の防衛を引き受けたランカーが集まっている。
けれど、<命>が誰であるかはほとんどの者が知らない。
知れば重点的に狙われるし、情報の漏洩もある。
そのため、誰を護るべきかを知らないまま、モンスターを排除しながらここに篭り、状況の変化を待っている状態だ。
しかしながら、皇国の襲撃がありえない場所であるためか、集まった<マスター>の雰囲気もどこか緩んでいる。
時折、広間にアンデッドモンスターがポップしたが、これだけの数の猛者が集まっているので一瞬で排除されていた。
その内、『そういえば聖属性魔法に低レベルアンデッドを退ける魔法ありました』と申告した【司教】がおり、それが使われてからはポップさえなくなった。
『それにしても、ルーキーが多いのぅ』
アンデッド警戒で大剣状態で俺の手の中に収まり、その後も戻らないネメシスが大広間から見える通路を進む<マスター>の姿を見ながらそう言った。
彼らはかつて俺やルークが装備していたような初期装備であり、大広間に集まったランカー達を興味深そうに覗いたりしていた。
「……まぁ、今の王国で使えるレベル上げ場所ってここだけだからな。人も多いだろ」
都市外は戦場になり、ランカー以外は退去させられてしまう。
だから今はレジェンダリアやカルディナに足を延ばす者や、都市内ダンジョンである<墓標迷宮>を探索する者が増えている。
王国側も<マスター>を国に留めるため、【許可証】購入の補助金を出しているらしい。
それもあって、今の<墓標迷宮>はとても賑わっていた。
ここは浅い階層なのでルーキーが多いが、もっと深い階層を潜っている<マスター>は多い。この三〇倍加速を利用して一気に進めようとするパーティも多いらしい。
「でもあんな風に<墓標迷宮>を探索してるルーキーを見ると懐かしくなるな」
『うむ。王都封鎖のときの我らを思い出すのぅ』
『けふんっ』
あ、ネメシスの発言で先輩がむせた。
まぁ、王都封鎖のテロで周辺マップが使えなくなったから、【許可証】を購入してここに潜ったので無関係ではない。
……思えばあの【許可証】との因縁もそこから始まった。
あれ、今でもガチャから時々出てくるんだよな……。
『レイ君。少しいいか?』
そんなことを考えていると、パトリオットさんが話しかけてきた。
「はい」
『<デス・ピリオド>からは、君達二人だけか?』
「ええ。後でもう一人来ますけど。……何分、攻撃に向いているメンバーが多いので」
『たしかに』
俺の言葉にパトリオットさんも納得した様子だ。
そういえば……。
「<AETL連合>の方も、ヴォイニッチさんは?」
レベルアップツアーでも同行した<AETL連合>のサブオーナー、【鎌王】ヴォイニッチさんの姿はこの大広間には見えなかった。
髑髏鎧のパトリオットさんの次に目立つ容姿なので、いたらすぐに分かるだろう。
『彼の<エンブリオ>は探索や遊撃に偏っている。私の判断で、彼にはそちらをお願いした』
たしかに同行したときも次々にモンスターを見つけていた。
あの能力を活かすならば、<墓標迷宮>に篭るのではなく外に出るのが最適だろう。
『……しかし、この三人で集まると見た目の威圧感がすごいのぅ。注目も集まっておる』
言われてみれば、視線を感じる。
大広間の内と外で、何人かが『あのヤバそうな見た目が噂の……』とか呟いている。
はたして先輩のことか、髑髏鎧のパトリオットさんのことか。
『…………レイ』
……分かってるよ。俺も込みだよ。
いい加減慣れたとも……。
『まぁ、性能考えたら今の装備から変えられぬからのぅ』
ああ。見た目よりも、性能が大事だ。
『どこかに見た目がまともで性能が良い装備はないものかのぅ……』
『まぁ、うちも生産職の一人でも入れたいところだな。高級な武具も多いから、信頼できる整備担当も欲しい』
かつてクランを率いていた先輩はネメシスの言葉に続いてそう述べた。
「信頼?」
『億単位の装備品だと、整備を任された生産職がパクって逃げることもある。<マスター>同士なら、罪にもならないしな』
…………うわぁ。
『だからクラン内に生産職がいた方が、やりやすいことも多い。まぁ、この戦争が終わってからの課題だ』
「分かりました」
オーナーとして、その辺も差配しないといけないってことか。
でも武具の整備ができる生産職か……伝手はないな。
顔の広い兄やマリーなら誰か知ってるだろうか。
「すげー!」
「何だあの装備!」
「でっけー!」
ふと、大広間と繋がる通路からそんな声が聞こえてきた。
ルーキーのものらしい、何かに感嘆するような声だ。
通路から見えるL字通路を曲がった先から聞こえてくるらしく、その対象はこちらからは見えない。
『また追加でランカーがやって来たかの?』
「多分な」
その人物もこの大広間を目指しているらしく、足音は通路の奥から聞こえてくる。
その足音は硬く、重かった。
まるでバルバロイモードの先輩のようで、聞こえてきたルーキーの歓声からも対象の人物がかなりの巨体であることがうかがえる。
『……? 重装備の鎧のランカー? 決闘の中位ランカーにいたと思うが……』
先輩がそんな疑問を呟くうちに、足音は近づく。
やがて足音の主が、曲がり角の向こうから姿を現した。
「――――え?」
――――その姿を見たとき、広間にいた全員の思考が一瞬空白化する。
それはまるで海の底を歩く猫でも見たかのような、ありえない光景への疑問。
「なぜ」、という一語で思考が埋まる。
その姿を、俺は知っていたから。
その姿は、事前の情報リストにあったから。
けれどその空白に、相手は動く。
巨大で頭部のないパワードスーツはその巨体をこちらに傾け、
『――目標発見』
――両脇に抱えた重火器を広間のランカーに向けた。
『敵襲ッ‼』
パトリオットさんの叫びと共に敵手――“不退転”のイゴーロナクが引鉄を引いた。
◇
戦争一日目。
皇国の<超級>が、ありえないはずの<墓標迷宮>への侵入を果たし……開戦後最初の戦闘が始まった
To be continued
(=ↀωↀ=)<第二次騎鋼戦争、初戦
(=ↀωↀ=)<“不屈”のレイ・スターリング VS “不退転”イゴーロナク




