第十八話 思惑とその結果
(=ↀωↀ=)<オンラインオンリーショップで16日にサイン本再販ですー
(=ↀωↀ=)<すぐに売り切れてしまったので「もう一回書きましょうか?」と打診したら通りました
(=ↀωↀ=)<よろしければどうぞー
(=ↀωↀ=)<それとノベプラでデンドロコンの結果発表中ですー
(=ↀωↀ=)<作者は趣味に合うものと想定していなかったものを選出
(=ↀωↀ=)<まさかRTAとTRPGが来るとは思わなかった……
(=ↀωↀ=)<そういえばあつもり始めたら
(=ↀωↀ=)<デンドロの衣装とか作ってくれてる人がいて驚きました
□椋鳥玲二
五月六日、午後六時。
実家からマンションに帰宅した俺は、<Infinite Dendrogram>にログイン……しなかった。
デスクのPCで情報を調べながら……時が過ぎるのを待っている。
本来なら一刻も早くログインし、内部時間で二日後の戦争についてもっと準備しておきたかったが、兄や先輩からストップがかかった。
何でも内部時間で三日前になった頃から、双方の潰し合いが過熱し始めているらしい。
そのため、せめて王都内の安全が確保できるまではログインを待てと言われている。
理由は幾つかある。
まず、俺がどうやらターゲットにされているらしいということ。皇国とは色々あったし、<超級>でもないので目の仇にされているらしい。
次に、俺に継戦能力がないこと。俺の切り札は多くが回数式。《瘴焔姫》も《シャイニング・ディスペアー》もまともに使えるのはそれぞれ一度ずつで、戦争中の回復も難しい。
ネメシスのスキルにしても《カウンター・アブソープション》のストックはもちろん、強敵を相手にすれば俺自身のダメージも深刻化する。俺が全力を出し、同格以上の相手と戦える回数は一回……無理をして二回が限度であり、戦争前の戦闘が想定される今はログインを控えるように言われている。
そして三つ目の理由は……俺がこの戦争で死んではならないということだ。
「……あっちは朝になった頃か」
まだ兄達からの連絡はないので、ネットでの情報収集を続ける。
デンドロ関連の掲示板を見ていると、皇国側の物資集積地が【光王】と【嫉妬魔王】によって壊滅させられたという話題もある。……何やってんだあの取材犯。
王国のためではなく、今回も自分の取材のためなのだろうが……【光王】が干渉してくるなら背中を撃たれないように注意しないといけない。
「ログインできるのは、夕飯を食べた後かな。……もっとかかるか?」
内部時間で明日には迅羽達が黄河に出立するので、それまでにはログインしたいんだが……。
そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。
「……? はーい」
防音なのに癖でそう言ってしまいつつ、ドアホンに向かう。
「どなたですか……って」
『お久しぶり、です。ムクドリ・サン』
ドアの前に立っていたのは……お隣のフランチェスカさんだった。
顔を合わせるのはデパートからの帰り道以来だが、どうかしたのだろうか?
『お夕飯、作り過ぎました。よかったら、食べてくれませんか?』
彼女はそう言って、両手に持っていた鍋を持ち上げてみせた。
耐熱ガラスの蓋から見える中身は、クリームシチューのようだ。
「え? いいんですか?」
『はい。むしろ、食べてもらわないと、余って、困ります』
穏やかな笑顔でフランチェスカさんはそう言った。
『それに、ほら。お夕飯作るって言って、いましたし。お試し、味見、です』
先日の帰り道で、確かにそんな話もしていた。
あの日はお茶をしている途中で、不機嫌にさせてしまった気がしたけど……あれは気のせいだったのかな?
「分かりました。ありがとうございます。今、ドアを開けますね」
俺はドアホンから離れて玄関に向かい、扉を開く。
そこにはフランチェスカさんが立っていた。
「こんばんは」
「はい。こんばんは。これ、です」
フランチェスカさんからシチューの入った鍋を手渡されたので、注意しながら両側の取っ手を掴む。
お裾分けにしては量が多く、三人前はありそうだった。
「おぉ……」
「久しぶり、シチュー作ったら、作りすぎました」
分けてなおこの量とは……どれだけ作りすぎたのだろう。
「でも、助かりました。夕飯どうしようかとも思ってましたから……」
「栄養も、ちゃんと考えてあり、ます。だけど、一度に食べ過ぎないで、ください、ね」
「いやいや。流石に一回でこの量は食べられませんって。ネメシスじゃあるまいし……っと」
「……うふふ。明日の朝と、分けて食べてください」
うっかりネメシスのことを口にしてしまった。
フランチェスカさんに変に思われたかと思ったが……特に気にした様子もない。
知らない日本語とでも思われたのだろうか?
「それじゃあ食べ終わったら、お鍋は返してくださいね」
「はい。ありがとうございます」
そうしてフランチェスカさんは隣室に帰っていった。
デパートの件といい、世話焼きな人なのだろう。
何はともあれ、ありがたくシチューをいただくとしよう。
火にかけて鍋を暖めながらオーブンでトーストを焼く。
ついでに野菜ジュースをコップに注いで並べれば、中々見栄えの良い夕食になった。特にシチューの存在感がある。
「いただきます」
そうして早速シチューを戴く。
見たことのないキノコや香りづけのハーブ、野菜などがたくさん入っており、中々複雑な味付けだが美味しい。
「あ。これお肉じゃなくて豆バーグか」
牛乳は使われてるけど、肉類はない。
栄養バランスについて重ねて言われたけれど、このシチューは健康的で美味しい。
……もしかして、お裾分けじゃなくて俺に食べさせるために作ってくれたのだろうか。
本当にありがたい。今度改めてお礼を言わないと。
そうして美味しい夕食を済ませて食器を洗う。
ただ、そうしていると……とても眠くなってきた。
「疲れが出たかな……」
実家からこっちへの移動とか、連絡を待つ間の情報収集で少し疲れたのかもしれない。
兄からの連絡は……まだない。
「……一旦、仮眠を取るか」
着信音を最大にして、連絡が来たら起きられるようにしよう。
間違っても寝過ごさないようにしない……と……。
◆◆◆
■フランチェスカ・ゴーティエ
無事に眠り薬入りのシチューを手渡せた。
今日まで戻ってこなかったから、そのまま実家からログインしてくるかと危ぶんだけれど……杞憂だったわね。
シチューに仕込んだものはそこまで効き目の強いものじゃない。
というか、実際には薬ではなくキノコやハーブの一種。輸入雑貨店で仕入れた違法ではないそれらを、食材としてシチューに混ぜただけ。
睡眠導入剤としてはそれなりだけど、長期間眠らせるような効力はない。
夕食に食べて眠っても、朝までにはまず目覚めるはず。
けれど、渡したシチューの量からすれば朝もシチューを食べるだろう。そうなるように誘導もした。
それで朝食後に二度寝して、戦争を寝過ごしてくれれば一番楽。
駄目だとしても、夕食後には眠るはずだから……準備時間を削れる。
どう足掻いても、食べた時点で戦争時に発揮できるパフォーマンスは低下するはず。
……【MGD】のことを考えると、そちら止まりの方が良いか。
「…………」
本音を言えば、もう少し踏み込んだ妨害工作をしたかった。
けれど、先日の言及のこともあるし……あまりリスクは冒せない。
これで問題ない。確実ではないけどリスクも低い、未必の故意を狙う。
食べさえすれば、最低限の妨害にはなるのだから。
「……まさか、食べないなんてケースはないと思うけれど」
あのシチュー、キノコとハーブ以外は菜食主義者のユーに作ってあげるために勉強したものがベースだけれど……日本の男子大学生の口にも合うかしら?
やっぱり豆バーグじゃなくてお肉にした方が?
でもキノコやハーブを誤魔化すには、料理自体を一風変わったものにしないといけなかった。
……ちゃんと食べてくれるかしら?
他人の作った食べ物が気持ち悪いって食べずに捨てられたら流石に悲し……。
「…………いやいやいやいや! 私はどういう心配しているのかねぇ! これ、受け取り方によってはものすごーく気持ち悪ぅい展開だよねぇ!?」
無理やりロールの方を持ってきて、正気に戻る。
危なかった。手間暇かけて作ったから、料理に熱が入りすぎていたわ。
……頭を冷やしましょう。
シャワーを浴びて、一度仮眠を取るわ。
私の準備は完了している。【MGD】は完成。付随するモンスター軍団も数は揃えた。
あとは戦争で力を振るって……レイ・スターリングに勝つだけ。
「……彼以外にも、負けるつもりはないけど」
私を幾度も負かして、私の生きる道を曲げさせた彼が最弱にして最悪の敵。
けれど、それ以外の<マスター>……<超級>の誰を相手にしても負ける気はない。
最高傑作の【MGD】で全てを薙ぎ倒して……私は進む。
自分の生き方を、曲げられることなく。
◆◆◆
□■王都アルテア
その日、<LotJ>に属するパーティの一つ、隠密行動に秀でた三人組が王都に潜入していた。
目的はレイ・スターリングの襲撃。可能ならばデスペナルティだ。
依頼主は、皇妹クラウディア。
レイ・スターリングはあの講和会議で皇国側の企みを看破し、それ以前にも幾度となく障害となった男。
フランクリンと同じく、クラウディアも彼の存在を極めて重要視していた。
それこそ、<超級>よりも比重を置いているほどに。
むしろ『<超級>であれば倒せる』と踏んでいるが、想定しえない結果を掴み続けたレイを非常に警戒している。
だからこそ、レイ・スターリングは一等高い撃破報酬のターゲットに認定され、戦争直前にランカーや準<超級>を削る任を任された皇国の<マスター>達にとっても最大の獲物であった。
「首尾の確認だ」
三人の内の二人が、隠れた場所で顔を突き合わせて話す。
「ランキング外の連中を王都やギデオンでの陽動に動かした。レイ・スターリングを探るようにと、上手く言いくるめてな」
「フフッ。そして連中が全滅した時点で、王国側は刺客が一旦打ち止めだと誤認するという訳だな?」
「ああ。そうなれば、ログアウトで避難しているらしいレイ・スターリングも安堵して入ってくるだろう。その間隙に、俺達が奴を殺す。大金星だぜ」
二人が話していると、通信機を持っていた三人目が彼らに報告する。
「<DIN>からの情報だ。シュウ・スターリングが二分前にログアウトしたらしい」
彼は<DIN>の上客であり、直通の通信機を持っている。今回は事前に本日のシュウのログアウト情報を伝えてくれるように依頼していた。
<DIN>は基本的に中立であり、ブロックされた情報以外は金銭次第で得ることができる。
同じく<DIN>の上客であるシュウは金銭を支払って自身のデータの多くをブロックしているが、それでもログアウトの目撃情報まではブロックされていなかった。
「レイ・スターリングに『襲撃が収まった』と連絡を取るためだろうな。兄弟って話だし」
「今の奴のセーブポイントは王都の噴水だったはずだ。ログインしてきた瞬間に仕留めよう」
その言葉に、二人とも頷く。
「不意打ちならば、我らに分がある」
「ククク、俺の<エンブリオ>であるハナコサンは、中に入っている限りは外部から認知不可能! こうして噴水広場の傍に設置して探っていても<超級>ですら見つけられない!」
「ああ。凄まじい<エンブリオ>だぜ……。トイレ型のキャッスルって点を除けばな」
そう、彼らが隠れ潜んでいるのは……トイレだった。
噴水広場の中に建っているのに、誰にも気づかれないトイレである。
「……なぁ、前から思ってたんだけど、お前って何かトイレにトラウマあんの?」
「ああ、我も思っていた。誰にも見つからずに用を済ませたいのか?」
「<エンブリオ>からパーソナル読むな! マードックさんも『マナー違反だからやめとけ』って言ってただろうが!」
「「す、すまん……」」
彼らが篭もっているトイレ……もといハナコサンの<マスター>が、憤慨しながらそう言った。
ちなみにハナコサンは、広めの多目的トイレくらいの面積はある。
……それでも男三人で入り続けるのは忍耐が必要だった。
彼らはトイレをトイレと思わないようにして、此処に張り込んでいる。
それこそ、洋式便器は箱を被せられて見えなくなっていた。
なお、人気のない夜中に張り込みをスタートしてから既に六時間は経っている。
忍耐力のあるパーティだった。
「まあいいさ。じきにレイ・スターリングがやってくる。それをお前らの必殺スキル連打で仕留めれば、俺達がデスペナになっても褒賞はいただきだ」
「そうだな」
「フッ、任せてもらおう」
そうして三人は噴水広場を見張り、レイのログインをいまかいまかと待ち続けた。
三時間後。
「……おい、何でレイ・スターリングは入ってこない? 連絡受けたんじゃねえのか?」
「シュウ・スターリングは戻ってきているらしいが……」
「慌てるな……リアルではたったの一時間。何かあってログインが遅れているだけだろう」
六時間後。
「……ねぇ、マジで来ないんだけど? もしかしてセーブポイント違うんじゃ?」
「そんなはずは……」
「…………」
九時間後。
「おかしいって! 絶対おかしいってこれ! レイスタ寝てんじゃねえの!?」
「馬鹿な! 事前に聞いていた性格を鑑みて、この非常時に寝過ごすとも思えんぞ!?」
「……………………」
「おい、どうした。脂汗すごいぞ」
「状態異常か?」
「……トイレ行きたい、リアルで。三時間前からずっとアナウンスきてる……」
「「!?」」
苦悶の表情で告げる一人の言葉に、残る二人が驚愕で応える。
なお、この場に張り込んだのは十五時間前……リアルでも五時間前である。
忍耐力はあってもリアルの生理現象が限界だった。
「待って!? お前がいなくなったらハナコサン解除されるんだけど!?」
「我々以外の潜入組は全滅だ! 王国勢に見つかったら袋叩きにしかならん!」
「す、すまん……限界だ……ログアウトを……」
「「逃がさん! お前だけは!」」
ログアウト処理しようとする彼を、二人がしがみついて抑えた。
「や、やめろっ!? 他者接触状態だとログアウトできないだろうが!?」
「諦めようぜ……羞恥心」
「ああ。お前が御家族に恥を晒すことになったとしても、今が重要なのだ」
「フッザケんなよお前ら!?」
トイレの中でドタバタと争うが、<エンブリオ>の特性ゆえにその騒動が外部に漏れることはない。
しかしそれも……<エンブリオ>のスキルが有効であればこそである。
「こうなったら仕方ない……!」
「何を……!?」
トイレの<マスター>はギブアップのように壁を叩き、宣言する。
「スキル解除! 収納ッ!」
その瞬間、トイレの知覚迷彩が解除され、トイレ自体も消え去った。
認知できないトイレがあった場所には、揉み合う三人の男性だけが残された。
「「「…………」」」
そんな三人に対し、噴水の周囲にいた王国の<マスター>の視線が集まり……必殺スキルの一斉射によってろくに抵抗できないままデスペナルティになった。
なお、ログアウトできた彼の尊厳はギリギリで守られたようだった。
◇◆
それから五分後。仮眠から覚めてログインしてきたレイは、必殺スキルの使われた噴水広場の惨状に「……何があったんだ?」と首を傾げたのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<シリアスなサスペンスかと思った?
(=ↀωↀ=)<戦争前最後のギャグ回です
(=ↀωↀ=)<で、二日前終了
(=ↀωↀ=)<たぶんあと一、二話で戦争入る
〇フランチェスカ
(=ↀωↀ=)<やったことは手の込んだシチュー食わせただけですよ
( ꒪|勅|꒪)<傍から見るとただの女子力アピールだナ
〇ハナコサン
(=ↀωↀ=)<内部にいる限り、本当に外部から見えないし触れても気づかない
(=ↀωↀ=)<内部から外を窺うことは可能
(=ↀωↀ=)<キャッスル版のアルハザードみたいなもので意外と有用
(=ↀωↀ=)<とは言っても、あっちと違って無差別で認識できない訳ではなく
(=ↀωↀ=)<パーティメンバーは知覚できるし
(=ↀωↀ=)<ハナコサン付近で設定したパスワードを述べた人も見えるようになる
(=`ω´=)<「はーなこさん。あーそびましょー」みたいなん?
(=ↀωↀ=)<そういうの




