第十五話 天の星、海の澱 前編
(=ↀωↀ=)<明日はいよいよブルーレイ一巻の発売日です
(=ↀωↀ=)<小説の書き下ろし頑張りました……
(=ↀωↀ=)<アニメ公式ツイッターで試し読みもされていますので
(=ↀωↀ=)<とりあえずそちらからどうぞー
( ꒪|勅|꒪)<特典にはなぜなに特別編と今井神先生、La-na先生の1P漫画もあるゾ
(=ↀωↀ=)<あとブルーレイ発売記念で今日は前編後編の二話更新です
■ドライフ皇国実効支配地域・ルニングス領――物資集積地
二〇四五年五月六日、グリニッジ標準時午前八時。
王国と皇国の運命を決する戦争まで、<Infinite Dendrogram>内部時間で四八時間を切った。
二日後の同じ時間には戦争が始まるというこの時期、皇国第二位クラン<フルメタルウルヴス>は開戦に備えてルニングス領内の物資集積地を警備していた。
ここでは戦争時の補給のため、皇国から運んできた回復アイテムや食料を大量に備蓄している。
王国全土を舞台とする<トライ・フラッグス>。各都市がバックアップ体制を固めている王国と違い、皇国側は物資を持ち込まなければならない。
それゆえ、この物資集積地の重要性は高い。王国の外にあるため現時点で戦闘は発生していないが、<フルメタルウルヴス>が警戒に当たるのも当然だった。
「うーん……」
そんな中、警備のためにログインしてきたメンバーの一人がとある疑問を抱き、首を傾げていた。
「気を引き締めろ。既にデスペナルティが戦争の支障になる期間だ」
「は、はい!」
悩む彼に対し、オーナーであるヘルダインが声を掛けた。
デスペナルティの復帰にはリアルで丸一日かかる。
つまり、戦争自体は開戦の三日前には既に始まっていると言えるかもしれない。
「その、オーナー。一つ疑問があります」
「何だ?」
「なぜ、開始時刻が真夜中なんでしょう?」
開戦時刻はグリニッジ標準時午前零時と言えばキリは良いが、内部での時刻は今と同じ午前三時。
深夜にも程があり、キリも良くない。
こちらでの戦争だというのに、リアルの時間に合わせる必要があるのか、ともそのメンバーは疑問に感じていたのだ。
だが、ヘルダインはその疑問への答えを持っていた。
「推測になるが、理由は二つある。一つは、これが<マスター>主体の戦争だということ。それゆえに、<マスター>にとってキリの良い時間に合わせた、言わば形式だ」
「もう一つは?」
「深夜に戦闘開始した場合の相手の動きから、察せられるものもある」
ヘルダインはそう言って、夜空を見上げた。
そこには地球同様に月が浮かんでいる。
「王国には、夜に力を発揮する<マスター>……<月世の会>の【暗殺王】月影永仕郎がいる。影を操り、影を武器とし、影に隠れる。夜は奴の戦場だ。影から忍び寄られ、自身の死と引き換えに確実に相手を殺傷する最終奥義を使われれば……<超級>でも危うい」
「それなら、なおさら夜は避けるべきなんじゃ……」
「だが、奴の動きで<月世の会>そのものの動きが分かる。これまでの傾向から、奴の単独行動はほぼない。奴の動きは扶桑月夜……<月世の会>の動きだ。開戦と同時に奴が攻め手に回れば、<月世の会>もまたアタッカー。逆にそれがなければ、連中はディフェンダーに回るだろう」
「ディフェンダー……、あっ、<砦>ですか!」
「そうだ。<砦>の防衛には、大人数が必要だ。防衛戦である以上、連携も取れた方が良い。であれば、大人数クランに防衛を任せるのが最適だ。王国で最も確率が高いのは、一位にして最大人数の<月世の会>だと私達は考えている」
月夜の広域デバフも、相手側が攻め込まなければならない防衛戦では極めて強力に効果を発揮する。
逆に、二位であっても少人数の<デス・ピリオド>は防衛に向かない。
個人戦闘型と広域殲滅型の少数精鋭。確実にアタッカーに回ると考えられている。
三位の<K&R>もPK集団という性質を考えればアタッカーだろう。
「だが、先に述べたように月影の力はアタッカーとしても有用だ。<月世の会>の人数もな。だから、開戦当初の動きでそれを察する。連中の主戦場である夜に出て来なければ……<月世の会>が<砦>を守っている前提で戦術を動かす必要がある」
「分かりました! 疑問に答えていただき、ありがとうございます」
「ああ。では、引き続き警備を頼む」
「はい!」
ヘルダインの回答にメンバーは納得し、自らの持ち場へと移動した。
その場には、ヘルダインのみが残される。
「…………」
アタッカーとディフェンダー。
この戦争のルールが周知された段階で<マスター>界隈に広がった言葉だ。
いかにもゲーム的な役割分担だが、分かりやすくはある。
ディフェンダーが護るものは<砦>以外に<命>と<宝>もあるが、そちらは逆に大人数では守れない。<砦>よりも小さいため、護るよりも見つからないことがベストだからだ。
そしてどちらの国も、<命>と<宝>を誰に託したかは秘密にしている。
当事者以外、知る者はいない。バレなければ、危険もないからだ。
ヘルダインも、その二つのフラッグの情報は知らない。
<砦>のみ知っているが……その警備に関わってはいない。
(……影に潜る月影ならば、<命>や<宝>でも十分に力を発揮できるだろう)
もしかすると、これまでの例にない単独行動もあり得る。
(だが……それは恐らくない)
ヘルダインは皇王から『月影はアタッカーか砦の二択』と聞いている。
『彼女の心境からすれば大人数での防衛が有効な<砦>は仕方ないとしても、獅子身中の虫だった<月世の会>にフラッグを二つも預けない』という推測だ。
万が一にでも皇国側に寝返れば、その時点で王国のフラッグは残り一つになる。
もしも二つも預けられているならば皇国も全力で寝返り工作を打つであろうし、それを考えれば逆に一つだけ護らせるかアタッカーに回す方が安心できるという訳だ。
(単純にアタッカーとディフェンダーでやりあうだけでもない。……厄介な)
前回とは動く戦力も、飛び交う権謀術数も比較にならない。
ゲーム的であるはずの<トライ・フラッグス>が、逆にリアルの戦争に似始めている。
(だからこそ、ここも厳重に警戒する必要がある)
補給線を潰すのは戦争の常道であるからだ。
(各人がアイテムボックスを常備していても、三日間の長期戦。激しく戦うほどに枯渇は免れないだろう。特に、MPやSPの消耗が問題となる。そうした問題を解決できるのはジュバだが、彼女は今回スプレンディダと組んでいる)
一人の<超級>の弱点を潰し、フルに活動させるためには仕方のない配置でもある。
彼女達以外にも、戦争では数多のパーティが自分達の全力で戦いに臨む。
それは皇国だけでなく、王国も然り。前回の一方的な戦いとは違う。
(こちらが動くように、王国側も動いている。<編纂部>の王国支部や<アライアンス>の奇妙な行動。王国内探索を担う<マスター>への<K&R>による襲撃。上位クランは既に動いている)
また、先に述べた<月世の会>や二位の<デス・ピリオド>の動きが不気味なほどに見えない。
何か大きな計画を立てているかもしれないと、ヘルダインは訝しむ。
(ティアンの動きでは……明日、第二王女が黄河の皇子の帰還にあわせて輿入れするのだったか)
王国第二王女エリザベートと黄河第三皇子ツァンロンの黄河行きは、開戦前日に行われる。
既に王都には黄河の<超級>であるグレイ・α・ケンタウリが到着し、王女や随伴する侍女、護衛を乗せる準備を整えているとのこと。
ギリギリのタイミングだが、どうやらグレイがカルディナでトラブルに巻き込まれ、予定より到着が遅れた結果らしい。
これについて、ヘルダインの知る限り皇国側のアプローチはない。
グレイと迅羽、黄河の<超級>二人。ランカーであるゆえに戦争にも介入可能な戦力は、さっさと王国から立ち去ってほしいというのが本音だ。
追加で護衛の<マスター>……ランカーではないとはいえ王国側の戦力も連れて行ってくれるなら猶更である。
ランカー以外は戦場に踏み込めば退去させられるが、今回のルールで都市の内部は対象外。非ランカーでも都市内での回復や武具の修理、防諜などの支援は行えるということだ。
あるいは、<エンブリオ>次第でより特殊な支援も可能かもしれない。
「……やはり、一筋縄ではいかないだろうな」
独り呟いて、ヘルダインは自身の<エンブリオ>が眠る紋章を見る。
彼とフェンリルも、力を尽くす。
世界派である彼には戦争の勝敗への恐れと、戦いへの僅かな高揚がある。
皇国の興廃とは別に、自分達の力がどこまで届くかを一人のプレイヤーとして知りたくもあった。
彼に限らず、ランカーとはそのようなものだ。
「あと二日、か」
少しだけ心拍を早めながら、彼は独り呟いた。
そうして彼は二日後の戦争を待ちながら役目を果たさんと再度意識する。
――ヘルダインの《危険察知》スキルが反応したのはそのときだった。
「ッ!」
彼は咄嗟の判断で、左腕を自分の顔の前に掲げる。
直後、魔法耐性を付与された軍用コートの袖が――光を浴びて灼ける。
(これは……!)
彼は即座に魔力式銃器を《瞬間装備》し、光の発射点に向けて最速で撃ち返す。
何も無いように思われた空中に、魔法の弾丸が当たる。
するとそこにあった何か……球状のドローンのようなものが壊れて消えていった。
『襲撃ッ!』
ヘルダインは、装備していた《拡声の指輪》でメンバーに警戒を呼び掛ける。
しかしその数秒後――自らの後方から爆発音を聞いた。
「何!?」
それは回復アイテムやアクセサリーを収納した倉庫の方角だった。
「フェル!」
ヘルダインは即座にフェンリルを呼び、携帯式大砲の形態で装備しながら駆け出す。
彼の進路上には、倉庫の屋根を破る火柱が見える。
「何があった!」
「オーナー!? と、突然倉庫の中から爆発が……!」
先刻まで話していたメンバーが、狼狽えた様子でヘルダインに報告する。
「即座に消火だ! 消火剤のアイテムボックス確認! 水属性魔法職と連携して消火に当たれ!」
「りょ、了解!」
メンバーは事前に聞いていた消火剤の保管先へと駆け出していく。
有事に備え、予め準備されていた場所へと一直線に走り……。
――ヘルダインは彼の周囲に奇妙な光を見た。
「避けろッ!?」
「え?」
――彼の頭部に一条の光線が突き刺さる。
しかしそれは彼が装備していた【ブローチ】によって致命傷とはならなかったが……、直後に全方位から同じ光線が降り注いで彼を焼き尽くした。
彼が目指していた消火剤のアイテムボックスも光線に撃ち抜かれ、周囲に彼だった光の塵と消火剤の白煙が立ち込める。
「やはり、この攻撃は……!」
ヘルダインは、その光を知っていた。
かつて、彼自身も撃ち抜かれた光だ。
眼前の光景に、数日前の仲間との会話が思い出される。
――おい。一人忘れてっぞ、ヘルダイン。
その言葉と共に忠告された王国の準<超級>の存在を、思い出す。
「来ているか……!」
ソレが干渉してくるのは、どちらかに形勢が傾いたときだと考えていた。
王国と皇国のどちらかが優位となったとき、より長く観るため……勝っている方を削りに来るのだと。
だが、ヘルダインの目算は大きく外れていたらしい。
戦争が本格的に始まる前に、ソレは干渉を始めたのだ。
「――【光王】!」
――その叫びに反応するかの如く、<フルメタルウルヴス>に光の雨が降り注いだ。
To be Continued
(=ↀωↀ=)<戦争編前哨戦、物資集積所防衛戦
(=ↀωↀ=)<皇国サイド戦力:<フルメタルウルヴス>
(=ↀωↀ=)<王国サイド戦力:【光王】 +