ID ∩ XX
(=〇ω〇=)<休載のつもりでした
(=〇ω〇=)<だけどサイン本120冊書いた後に眠気が発生せず
(=〇ω〇=)<その勢いのままに執筆しました
(=〇ω〇=)<勢いのままに連日の投稿です
(=〇ω〇=)<偶にはこんな日があってもいい(話自体も特殊だし)
□椋鳥玲二
五月六日。東京に帰る日になった。
今はテレビのニュースを見ながら母さんの朝食を食べている。父さんは土曜日の今日も朝から仕事に出たようだ。
姉と兄も昨日の誕生会の後、夜のうちに帰ってしまったらしい。
今朝、母さんが残念がっていた。たまに家に帰ったときくらいゆっくりしていけばいいのに。
「…………」
「どうしたの玲二。お味噌汁の味、変だった?」
「あ、大丈夫。美味しい」
母に答えながら、朝起きたときから自分の中に生じている疑問に思考を巡らせる。
昨日の誕生会、……その記憶がかなりおぼろげだ。
先に兄が実家に戻り、次いで姉が戻ってきたことは覚えている。
姉にプレゼントで香水を贈って喜ばれたことも、覚えている。
家族揃って夕食とケーキを食べたことも、記憶にある。
その後から記憶が抜けている。
姉に、「久しぶりに姉弟三人で遊ぼうかー」と誘われ、レトロゲームをやるために兄の部屋へ移動した。そこでにこやかに笑う姉に肩を組まれ……気づけば五月六日の朝だった。
母さんに尋ねると、『眠ったのをお兄ちゃんがベッドまで運んだ』とのこと。
記憶はない。まさか笑う姉へのトラウマと恐怖で失神したという話でもないだろうが……もしもそうだったら折角の誕生日だったのに申し訳ない。
後で電話して確認し、そうであれば謝っておこう。
「帰りの新幹線は十一時だったかしら」
「うん。まぁ、父さんが用意してくれたのは自由席のチケットだから、後ろにズレても大丈夫だけど」
「次に帰ってくるのは夏休みかしらね」
「そのくらいになると思う」
「次はお友達か、彼女さんでも連れてきたら?」
「……友達はともかくそっちはいないって」
母さんと話し、久しぶりの実家での最後の一時を過ごす。
この帰省では家族や知人との懐かしい時間を過ごせた。
そのお陰か、今は心身ともに疲労はない。
俺自身の準備は整った。……気分を切り替えよう。
これから東京に戻って<Infinite Dendrogram>にログインし、最後の支度を整える。
そして明日は、<トライ・フラッグス>。
そこで、望む可能性を掴めるか否か。
あとは……全身全霊を尽くすのみ。
きっと、先に帰った兄も俺と同じ気持ちだろう。
◇◇◇◆◆◆
□五月五日夜 椋鳥修一
昔から、度々言われる言葉がある。
『君は何でもできるね』、と。
そこに『美術以外は』の文言が付くこともあるが、身内以外、そしてデンドロの中以外では大抵そのように評されてきた。
否定はしない。
人にできる大抵のことを、俺はそれ以上にできる。
向こうで会ったハンプティの奴はハイエンドがどうこうと言っていたが、自分がそういうものなんだろうとは人生の早い段階で理解していた。
いわゆる、天才の類であろうとは自覚していた。
だが、そこに増長はない。
自分の能力を知るより先に、知ったことがあるから。
人間の限界、あるいは人間の想定する人間以上の才能が自分にあったとしても。
――そもそも人間と比較できない生物がいるのだと、人生の最初期から知っていた。
「シュ~イチ~?」
俺の部屋の中で、今まさに弟の首を一瞬で締め落とした生物が俺に声をかける。
それは家族としての親しみと、これから放つ問いへの威圧を重ねたもの。
……姉と直接会うのは二年ぶりだが、今会えばこの展開になることはどこかで想像できていた。
「何だ、姉貴」
「アンタさぁ、知ってた?」
「…………」
姉の問いは、想定したものだった。
ただし、問いに込められた圧は想定を超えている。
「玲二をデンドロに誘いまくってたのアンタだよね? アンタ、知ってて引きずり込んだの? あれが真っ当な技術の産物じゃないって知っててさ」
「……<Infinite Dendrogram>がオーバーテクノロジーだなんて、俺に限らず玲二も世間も知ってるはずだぞ」
「アタシにその誤魔化しが意味あると思う?」
「…………知っていた」
答えた瞬間に俺の身体が後方に吹っ飛んでいた。
そして首を掴まれ、受け止められた。
姉が俺を先読み不可能な速度で蹴り飛ばし……壁にぶつかる前にキャッチした。
話にすればそれだけだ。
デンドロでは珍しくもない動きだろう。
……人間がリアルで実行可能なものではないが。
「こふっ……」
受け止めた理由は俺のためではなく……家の壁と両親のためだろう。
……しかし体が破裂するどころか骨も折れていないところを見ると、随分と加減はしてくれたらしい。
だが、足はつかない。床から浮いているのはほんの数センチだが、身じろぎしても姉の腕は僅かも下がることがない。
「修一。アンタ、十年前よりパフォーマンス落ちてない?」
「……二十代後半にもなればな」
「うん? つまりアタシもアラサーって言いたい?」
「…………」
失言だったか。
背中側から首を持ち上げられているので分からないが……姉の声に不機嫌さが混ざる。
しかし、姉の方はこの年齢になってもなお確実に余禄の身体能力が上がっているようだ。
見た目にしても、確実に俺より年下に見られるだろう。
……下手すると玲二よりも外見年齢は下かもしれない。
こういうところも比較できない……ジャンルが違う。
姉弟だというのに、立脚している世界観が違うようにすら感じる。
「それより、姉貴」
「強引に話を切り替えようとしてどうした弟」
「姉貴は……<Infinite Dendrogram>の正体を知ってるのか? ログインもしてないんだろう?」
「そうだね。アタシは弾かれたから」
その答えは、俺の想像から外れていた。
「……弾かれた?」
「ちょっとした機会にハード借りて、ログインは試みたのよ。そしたら、クソデカい……何だろう? 横倒しのドラム缶? みたいな奴に『接続は許可できない』ってさ」
ドラム缶……ハンプティやドーの話にあったバンダースナッチとかいう管理AIか?
「それだけならクレーム炎上モノだけど、そいつ『理由は自ら把握しているはずだ。人間やそれに近しいモノならばともかく、汝では基準を満たさない』とか抜かしたの。アタシが何か分かって言ってるなら、その時点でただのゲームじゃありえない」
「…………」
「アタシにハード貸した星空家の子も、『そうなるんじゃないかと思ったわ』なんて言うしね」
星空家。姉に『子』なんて言われる年齢の相手は娘二人のどちらかだろう。
……一人はたしか玲二の高校の先輩だったか?
「腹は立ったけど、アタシがデンドロに入れないのは覆らない」
姉はそこで言葉を切り、しかし少しの愉快さを混ぜて続く言葉を述べる。
「そこで引き下がると悔しいから――ルイス・キャロルに会いに行った」
「!?」
その発言には、驚かされた。
姉のやることなすことに驚く必要はないと、随分前に悟っていたはずなのに。
「ルイス・キャロル……<Infinite Dendrogram>の開発者」
「そういうことになってる奴ね。まぁ、実際にゲームを開発したのは管理AIで、あいつは全体の管理やこっちでの交渉がメインらしいけど」
「……こっちに実在したのか」
かなりの確率で、向こうにしかいない存在だと思っていた。
<Infinite Dendrogram>にしかおらず、世に出回っている映像も全てあちらからのアウトプットではないか、と。
今、世間で流れている最新版のCMのように。
「いたよ。会って話した。色々とネタバラシもされたし、交渉もされた。『触れてくれるな』ってね。話を聞いて、納得もした。まだ隠し事はありそうだけど、それ以上ツッコむとこっちまで愉快じゃないことになりそうだったから」
「…………」
「だからアタシは関わらない。アタシの知り合いも関わらない。<交易商>は何か知ってそうだけど、ノータッチで通すらしいから」
姉の人脈……姉の同類。
そんなものがいるこちら側も大概だ。
<Infinite Dendrogram>を運営するルイス・キャロル達も、関わって欲しくはないだろう。
ジャンル違い。
そう表現するのが正しいか分からないが、姉と<Infinite Dendrogram>の関係はそのようなものだと感じられる。
もしもこの世界が創作物ならば、同じ作者の別作品のような存在。
それが危うくぶつかりかけていたタイミングが、いつかのどこかにあったということだ。
「この話もアンタにはしていいと思ってる。アンタはアタシほどじゃないけどこっち側で、それに自分でもう知ってそうだからね」
そこまで言って――姉は俺の首を掴む手に込める力を強めた。
「ただ、玲二は違う」
その声には、愉快さなどというものは欠片も残っていない。
「人助けに首を突っ込みたがる臆病さはあるけど、それだけ。普通の、優しい子だよ。まぁ、アタシがいたせいで勘の類は研がれちゃったみたいだけど」
「…………」
無理もない。
肉食獣を恐れる草食獣が、その牙から逃れるために進化するようなものだ。
特にこの姉という生物の危険度の変化……心情の変化を感じ取るためにそうなったのか、人の心の動きに敏感なところがある。
玲二のパーソナルやスタンスへの影響は大きい。
可能性を諦めないことが俺からの影響なら、周囲の悲劇を見過ごすことに言いようのない後味の悪さを感じるのは姉の影響だろう。
……いや、そちらは最初からか?
「で。アンタはそんな玲二をどうしてデンドロに引きずり込もうとしてたの? あの子にとっては毒にもなりうるの分かるでしょ?」
「……そこまで事情を知ってる姉貴なら、危険性がないことも分かるはずだ」
「そりゃもちろん」
姉は少しだけ力を緩めた。
「もしもデスゲームかそれに準ずる類ならもっと食い下がっただろうけど、それはなかった。あれは肉体的、生命的には一切こっち側に干渉しない。まぁ、ビックリしすぎて心臓にショックを受けるくらいはありそうだけど。そんなのおばけ屋敷やジェットコースターでも偶にあるからね」
そして今現在、<Infinite Dendrogram>が原因で死んだ者はいない。
……フィガ公が危なかったかもしれないが。
「ただ、玲二の心は傷つくかもしれない。この子、優しいから」
自分で締め落とした弟に向けて姉は気遣うようにそう言ったが……同感だ。
玲二のネメシスはメイデンだった。であればやはり、<Infinite Dendrogram>内での悲劇も玲二にとってはこちら側と変わらない。
実際、玲二から聞いたあのゴゥズメイズ山賊団の一件は危うかっただろう。
……そうだとしても。
「重ねて聞くわ。どうして?」
姉の審問に対し、
「俺にも、果たしたい願いの一つや二つはある」
俺は偽らずに言葉を述べる。
「その内の一つを叶える手段が、玲二と<Infinite Dendrogram>に入ることだった。それだけだ」
「…………」
姉は俺の言葉を咀嚼して……手を離した。
「そういうこと。なら、今は見逃してあげる」
痛む首を手で押さえる俺に対し、姉は少し呆れたような表情で言葉を続ける。
「まぁ、色々心配はしたけど玲二ならたぶん大丈夫だろうしね」
「…………」
「あの子は優しすぎるところはあるけれど……アンタより芯が強い。だからアンタも玲二を誘ったってことでしょ?」
「…………」
答える言葉を探し、しかし何も出てこなかった。
返す言葉が何もなかった。
「アンタ達って兄弟喧嘩もろくにしてこなかったしね。そういうことがあってもいいかも」
「……兄弟喧嘩、か」
なるほど、言いえて妙かもしれない。
確かにある意味では、そのためとも言える。
「ん? そういえばアタシともしてなくない?」
「……こっちじゃ御免被るクマ」
「クマ?」
姉に勝つ可能性も小数点の彼方にはあるだろうが、いつかのような右足粉砕骨折程度で掴めるものじゃないだろう。
◇
その後、姉は仕事があると言って早々と家を出た。
俺もまた、姉が気絶させた玲二をベッドに運んだ後、<トライ・フラッグス>での最後の仕込みのために東京の自宅に帰ることにした。
両親からは(姉と違って俺は働いていないので)引き留められたが、また近いうちに家に戻ることを約束してこの日は帰った。
俺の予想通りなら、戦争後の十日間はデンドロに戻れないだろうからな。
To be continued
(=〇ω〇=)<次の執筆は……今度こそ他の仕事が一段落してからです……
〇帰省編
(=ↀωↀ=)<この帰省編では
(=ↀωↀ=)<大きな話が動いていたのですが
(=ↀωↀ=)<レイ君自身はその中心点にはいません
(=ↀωↀ=)<というか外されましたし、気づかされませんでした
(=ↀωↀ=)<ちなみにお姉さんは下の弟(ついでに上の弟)を心配しただけです
〇椋鳥姉・星空家・<交易商>
(=ↀωↀ=)<接点。ベン図の『どちらもみたす』
(=ↀωↀ=)<なお、お姉さんは僕達基準で『人間じゃない』扱いされました
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<まぁ、似た理由でティアンも『人間じゃない』扱いなんだけど
( ꒪|勅|꒪)<アルベルトがセーフなのにナ
(=ↀωↀ=)<真面目な話、僕達の基準だとアルベルトより『人間』から遠い