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第十三話 帰省

(=ↀωↀ=)<帰省編(たぶん二話か三話)開始

 □椋鳥玲二


 五月三日、水曜日。

 カレンダー通りに休む人にとっての連休開始日であり、俺も今日からの五日間が休日になる。

 大学生活が始まって初の大型連休。実家に帰省するため、早朝出発の高速バスに乗って実家のあるN県N市に向かっている。

 今日から六日の午前中までを実家で過ごし、夕方に帰宅する予定だ。

 そして帰宅の翌日、日本時間の七日朝から<トライ・フラッグス>が開始される。

 昨日までのレベルアップツアーでなんとかレベルは五〇〇に到達することができた。

 これで最低限の準備は整えた形だ。

 それもあって、今回の帰省にハードは持ってきていない。基本的に実家にいる間はログインしない予定で、ログアウト中のことはルークに頼んでいる。

 ただ、緊急時にログインすることは可能だ。

 調べてみると、最近はネカフェにデンドロのハードを置いてある店も多いらしかった。

 実家からバイクで一〇分ほどの場所にあるネカフェも、ホームページにハードが置いてある旨を確認した。何かあればそこからログインすればいいだろう。


 そのような段取りを済ませて、今はバスの車内で大学の課題を片付けている。

 端末片手に連休明け締め切りのレポート執筆。幸いにして紙に手書きではなく、文書ファイルでいいそうなのでバスの車内でも執筆可能だ。

 歴史の課題は、『今世紀に地球外(・・・)で起きた出来事から一つを選び、世界への影響等を自分の所見を交えてA4レポート二枚以内にまとめよ』というもの。

 わざわざ今世紀かつ地球外に絞っているのは担当する准教授の趣味だろうか。

 まぁ、人類は前世紀の一九六九年には月に到達して、それから七〇年以上も経てばそれなりに色々とあっただろうけれど。

 最近月面で始まった長期居住テストとか有名。

 でもこれは夏目と冬樹が書くって言ってたから、俺は他の出来事にしておこう。

 たとえば……二〇三〇年に某国が国際協定無視して、片道切符で火星に人員を送り込んだ事件。

 しかしながら、あの事件は色々なことが重なりすぎてレポート二枚にまとまらない。

 技術発展による宇宙での航行速度の向上と、火星までの移動時間の短縮。

 火星に人や物資を降ろすことはできても、脱出は技術的に未だ不可能という問題点。

 女性クルーの妊娠が火星への移動中に発覚。記録される限り、人類初の地球外出産になったこと。

 奇跡的に火星表面でのプラントの構築に成功し、人類の橋頭保を築いたこと。

 しかし、数年前に機材トラブルでほとんどの人が死んで、今は先の出来事で生まれた少女が一人だけプラント内で生きている、という後味の悪い話。

 今はプラントでの自給自足と外部からの物資降下で命を繋いでいるらしい。

 時折、彼女の救出プランの進展などがニュースで報じられることもある。

 今なお継続している地球外事件と言えた。

 ……課題はこの内の一事を抜粋してまとめることにしよう。


 関連資料を検索して読んでいるだけでも結構な時間を割かれ、気づけば俺を乗せたバスは地元の駅に到着していた。


 ◇


 東京と比べるとまだ肌寒い。

 駅前で高速バスから降りて、最初に思ったことがそれだった。

 もう五月だが、雪国の地元は東京よりも5℃以上低いらしい。

 ともあれ、上着を着ていれば問題ない。

 さて、駅から家までは歩いても二〇分とかからない。このまま歩いていこう。


「……しかし、落ちつくな」


 東京に出る前に見慣れていた風景の中、そんな言葉が漏れた。

 あー、うん。東京に慣れたと思ったけど、やっぱり地元の方が落ちつく。

 周囲三六〇度見回したときは、どこかにビルや海ではなく山があって欲しい感じだ。

 通りの桜はもうすっかり葉桜だけれど、家までの道を歩いていると気分は安らぐ。

 道行く人の数も東京ほど多くない。


 ゆっくりと歩いていても、さほど距離があった訳ではないのですぐに家についた。

 生まれてから十八年近く過ごした家は、特に変わりなく記憶のままだった。


「ただいまー」


 鍵も掛かっていない引き戸を開けて家に入ると、聞きなれた『ぐーぐー』という音が聞こえた。

 パル二世……我が家の愛犬がいびきをかきながら玄関で寝ていたのである。

 ちなみに犬種はパグ。以前飼っていたハスキーは外に小屋があったけど、こいつは犬種の都合で室内飼いである。


「……」


 飼い犬であるが、目の前で戸が開いても寝続けているので番犬ではない。

 しかし俺が壁際に吊るしてあるリードに触れると、


『!』


 途端にバッと跳ね起きて俺に駆け寄ってくる。

 後ろ足で立ち、前足を俺の足にパシパシぶつけ、『早く早く散歩散歩連れてけ連れてけ』という意思を鳴き声と挙動で示している。

 顏は忘れられていないようだが、『おかえり』という雰囲気でもない。


「荷物置いてからな」


 狸寝入りなのか恐ろしく寝起きが良いのか分からないパル二世の、『おう早く戻ってこいよ』みたいな視線に見送られながら靴を脱ぐ。


「あら。玲二、歩いて帰ってきたの?」


 そうしていると、母さんが出迎えてくれた。


「ただいま、母さん」

「おかえり。電話をくれれば迎えに行ったのに」

「久しぶりにちょっと歩きたかったから」

「そう。ああ、お部屋は掃除しておいたからすぐ使えるわよ」

「ありがと。あ、これお土産」

「あら? ありがとう。へぇ、お茶っ葉?」

「外国の茶葉みたい。マンションのお隣さんのおすすめ」

「そう。ご近所付き合いできてるみたいで良かったわ」


 そんな風に言葉を交わしながら、久しぶりの自室に向かう。


「お父さんは今日も仕事があるのよね」

「そうなんだ」


 父さんはカレンダー通りに休めない側に入ってしまったか。

 仕方がないことだ。休日も働く人がいるから世間は回る。


「……ところで姉さんは?」

「お姉ちゃんも仕事が忙しいみたいで、明後日のお誕生日に帰ってくるみたい」

「そっか」


 とりあえず、今日と明日は心配なく休めそうだ。


「お兄ちゃんもまだ帰ってこないのよね。あの子は仕事も学校もないはずなのにちっとも帰ってこなくて……」

「あはは……」


 ……食事と睡眠と筋トレ以外ずっとデンドロやってるからな、兄。

 今頃は戦争用に弾薬の素材集めに奔走していることだろう。


「あ。お夕飯は何にする? ピカタとミネストローネの予定だけど、他にも何か作る?」

「んー、任せる」


 俺の好物を準備してくれてる気遣いがありがたい。


 ◇


 部屋に荷物を置いた後、パル二世のリクエストに応じて散歩に出る。

 ものすごく急いで歩きたそうだけれど、母が躾けてあるので俺より前は歩かない。

 ただ、『もっともっと早く歩け』という意思はビシビシ感じる。

 散歩コースは折角だし久しぶりに母校の方まで足を延ばすことにした。

 リアルでは二ヶ月前に卒業した高校だが、途中にデンドロ時間が挟まるのでもっと前に思える。


「あ。部活やってる」


 グラウンドでは野球部が部活をしていた。

 ゴールデンウィークなのに練習熱心な彼らを見て、高校一年の同じ時期の自分を思い出す。

 たしか、星空部長の別荘に招待されて都合のつく電遊研部員一同で遊びに行ったはずだ。

 あれって部の活動内容的に、一応は合宿になるのか?

 しかしゲームをしていたことよりも……別荘で起きた心霊現象の方が記憶に残っている。

 壁をすり抜ける幽霊なんて代物を、俺を含めた部員数人が見ている。部長が「ああ。うちの別荘に今来てるのよ、幽霊」と軽い口調で言ったので、冗談なのかも分からなかった。

 そもそも幽霊が来てるってなんだよ。呪いの物品でも持ち込まれたのか。ギデオンじゃあるまいし。

 もしかすると、部員へのドッキリにマジシャンでも雇っていたのかもしれない。

 あの人はそれをやるくらいのお金と遊び心と悪戯心は持っていたように思う。


「あれ!? みた……椋鳥先輩じゃないですか!?」


 グラウンドを眺めながら、昔の思い出を振り返っているとそんな声を掛けられた。

 声の方を向くと、半袖短パン姿の陸上部員……一学年下で顔見知りの後輩がそこにいた。どうやら学校の周囲をランニングしていたらしい。


「浅田、久しぶり。ゴールデンウィークでも走ってるんだな」

「はい! 先輩こそ東京の大学に行ったんじゃないんですか!?」

「ああ、今は帰省中」

「T大ってどうなんですか! やっぱり難しくて真面目な人ばっかりなんですか!」

「授業はともかく……色んな人がいるよ。講義初日からすっぽかした奴や、フェイスペイントにモヒカンサングラス、四六時中メイド服着てるのもいる」

「なんですかそれ!?」


 ……まぁ、極めつけは宗教の教主だけど。

 話題に出しただけで場の空気が変になりそうだから、女化生会長の話題は封印。


 そうして後輩と世間話をしてから、パル二世と一緒に家に帰った。

 パル二世は俺が後輩と話している間も、『早く歩け早く歩け』と言いたげだったが。

 帰った後は部屋で大学の課題を進めた後、両親と一緒に夕食を食べた。

 それからは風呂に入って就寝するのみ。

 早朝出発だったので早い時間に眠気が来ていた。

 久しぶりの実家のベッドはとてもすんなりと俺を眠りに(いざな)っていた。


 ◇


 翌日。実家の車庫に置きっぱなしだった愛車(バイク)を確認した。

 確かめてみるとバッテリーも上がっておらず、エンジンを掛ければ普通に動く。

 母さんに聞いてみると、「お父さんが時々動かしてたわよ」とのこと。

 バイクは放置すると傷むらしいので、正直助かる。


「んー。だけど東京に持っていった方が良いかな?」


 兄から借りているマンションは各部屋用の駐輪・駐車スペースもあるので、バイクを置いても問題ない。東京の道にも多少慣れたし……業者に運搬お願いするのも手か。

 あと、女化生会長が星空部長のように「合宿やー」などと言い出したときにも使え……いや、その場合は欠席しよう。

 ていうか、<CID>の合宿なんだからデンドロの外でどこか行く必要ないよな? 最悪、合宿という名目で<月世の会>関連のイベントに引きずり込まれそうだ。

 しかしそれはそれとして、同期の友人達と遊びに行くことはあるかもしれない。

 春日井が車を持っているとは聞いたが四人乗りらしいし、俺だけバイクで参加というのもアリだろう。


 ともあれ、久しぶりに愛車を運転することにした。

 うん。前にシルバーに乗ったときに愛車を思い出したが、やっぱり二輪と四脚の走行感覚は違う。

 ただ、シルバーの乗馬に慣れ過ぎて、本来一般的なはずの二輪の運転にちょっと違和感があるのは困りもの。速度抑えつつ、慣らしながら走ろう。

 目的地もないドライブだったが、橋向こうのゲームセンターを見に行くことにした。

 以前はよく行っていたのに、受験勉強で娯楽を封印してからは全く行っていなかったことを思い出したためだ。

 昔を懐かしむというなら、母校よりも期間が空いている。

 ……潰れてたらどうしよう。


 ◇


 閉店を危惧していたものの、行ってみたらまだ普通に開いていた。

 大型連休の最中、それなりに大型の店舗なので子供連れや学生で賑わっている。

 ダイブ型VRゲームはデンドロがシェアのほとんどを占めている現状だが、アーケードには特に影響もなく客は多かった。

 この店には俺が好んだ対戦格闘ゲームだけでなく、大型筐体なども複数の機種が置いてある。

 そして今日はデジタルカードゲームであるバースエイルのショップ大会をやっているらしく、何十人も筐体の周囲に集まっていた。


 そして、バースエイルの店舗用大型筐体の映し出すのは巨大な白いドラゴンのホロ映像。

 白竜の口から放たれたブレスが、相手プレイヤーのアバターを消し飛ばしていた。


「…………」


 今しがた決着がついた試合が最後の一戦であったらしく、勝者がショップ大会の優勝賞品を受け取っていた。

 観客が優勝者に拍手を送り、俺もまた拍手する。

 そうしていると、優勝者が俺の方へと近づいてきた。

 正直に言えば……店の入り口で大会の張り紙を見た時点で……予感していたことはある。


「……相変わらずカード強いですね、星空部長」

「玲二君。お久しぶりね」


 予感していたのは、再会。

 ショップ大会で優勝していたのは俺の高校時代の先輩……星空暦部長だった。


 To be continued

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― 新着の感想 ―
火星の人は誰かと考えてたけど、成程 コメント見ないと分からなかったな
[一言] あー火星に気を取られてたけどここの月面居住テストがイヴか
[一言] みたらし先輩。 コメ欄の皆様が頭良すぎて。火星の子ゼタさんかもしれないという発想はなかったなぁ
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