第十二話 期待
□【司祭】レイ・スターリング
ダンジョンに入って六時間ほど経って、俺達は二四層の狩場に辿り着いた。
一時間ごとに四層を突破してきた形だ。
シルバーや【セカンドモデル】、あるいは本人の超音速機動でパーティの移動速度が速く、<編纂部>から受け取った情報でショートカットも駆使し、さらにヴォイニッチ氏によってボス以外のモンスターのほとんどを回避できたことが大きい。
ヴォイニッチ氏の<エンブリオ>は、以前も見たが小さな天使のようなものだ。
レギオンらしく、先行させてモンスターの位置を把握、あるいは囮にして進路を開けていたらしい。マリーのアルカンシェルほど攻撃型ではないようだが、その分だけ細かい作業が可能なのかもしれない。
道中の【スカルレス・セブンハンド・カットラス】をはじめとしたボスモンスターも、今の俺達にヴォイニッチ氏とパトリオット氏を含んだパーティの敵ではなかった。
そんな訳で、今俺達は特に問題なく隠しゾーンに辿り着いていたのだが……。
『……のぅ。さっきから金属質なモンスターが凄い勢いで逃げておらぬか?』
「だなぁ……」
レベルアップツアーのターゲットである経験値を大量に含んだメタル系のモンスター。
しかし、ポップするゾーンに入ってきた俺達を見た瞬間、それらは一目散に逃げだした。
ルークのリズほどではないが、どれもこれも俺より速い。
「メタル系のモンスターって、他のモンスターからも美味しいモノですからねー。自然と生き延びるための習性が染みついてるんですよ。耐性とか逃げ足とか」
「無理もない」
肉食動物がいる環境の草食動物みたいなもんか。
戦闘よりも生存優先……カウンター戦法できないんじゃないかこれ?
「海底や地底深くには逃げる習性のないメタル系がいて、経験値稼ぎ放題なんて噂もありますけどねー。目指します?」
「どうやって!?」
辿り着く手段がないだろう。……噂の出所は誰なんだ?
ともあれ、逃げられはするがメタル系がいる狩場には到着したのだ。
パトリオット氏に経験値ブーストのスキルを使ってもらい、狩りの開始だ。
ふじのんの魔法で壁を作って逃げ場を封じつつ、他の面子で攻撃に入る。
イオが物理攻撃で固体金属型を狙い、俺は煉獄火炎で液体金属型を炙る。
マリーもアルカンシェルで銃撃しているし、ヴォイニッチ氏は<エンブリオ>で次に狩るメタル系を探して俺達に教えてくれている。
そんな流れで、一〇分ほどかけて【英気】状態で液体金属のスライムを一体倒したのだが。
「……レベルが一気に二桁も上がったぞ」
『凄まじい効率だのぅ』
下級職の【司祭】とはいえ驚きだ。
耐性や速度もあるので多少倒しづらいが、経験値は本当に多いらしい。<UBM>を倒したときよりもレベルが上がる。ネタロウの【英気】との合わせ技がやばい。メタル系一〇〇体分の経験値凄い。
元々レベル上げしていた【司祭】はもう一、二体倒したら五〇になりそうだ。
そうしたら手持ちのジョブクリスタルでジョブを切り替える必要があるだろう。
こんなこともあろうかと、既にジョブに就いてここに来ている。
「これならすぐに次のジョブもカンストできそうだな」
これまでの俺のジョブは【聖騎士】、【煌騎兵】、【死兵】、【斥候】、【呪術師】、【司祭】。
そして今回新たに加えたジョブは二つ。
一つは、【暗黒騎士】。
上級職は【煌玉騎】が候補だったが、現時点では『世界全体での《煌玉権限》のスキルレベル合計が五〇〇〇以上』の条件が達成されておらず、ジョブそのものが解禁されていない。
加えて、自身の合計レベルも四〇〇必要なので、解禁されていたとしても就けない。
ひとまず今回のレベル上げでは、斧が言っていた複合系統超級職の条件かもしれない【暗黒騎士】に就く。前衛の上級職なのでステータスの上昇も悪くないようだ。
なお、超級職の条件が空振りに終わり、今後【煌玉騎】が解禁されたら切り替えることも考えている。
……戦争前に解禁されたらどうしようかとも思うが、そのときはそのときだ。
で、二つ目のジョブ。最後の下級職は……。
『……むぅ』
「どうしたネメシス?」
『やはりそのジョブは問題ではないか?』
「けど、一番いざというときに使えそうだったからな」
『いざというときしか使えぬ、の間違いだ……』
俺が取得した最後の下級職は、【決死隊】。
【死兵】、それに【呪術師】を含む怨念利用ジョブの取得を前提としたレア下級職。
【死兵】と同様に、ステータスの上昇はほぼない。
スキルも【死兵】と同じく一つ……《ラスト・アタック》という汎用スキルのみ。
効果は、『HPがゼロになった際に対象を指定。自身が対象に与えるダメージが倍化する』というもの。
まぁ、普通なら「何を言っているんだ」というスキルである。
HPがゼロというのは、つまり死んでいる。
死んだ後にダメージ量が増えてどうするという話だが……【決死隊】の前提ジョブである【死兵】があれば話は違う。
【死兵】にはHPがゼロになった後も行動可能な《ラスト・コマンド》がある。
二つを組み合わせれば、《ラスト・コマンド》中は特定対象へのダメージが倍ということだ。
恐らくは、《復讐》などのダメージも倍化する。
「上手く機能すれば、講和会議のときに足りなかったあと一歩を埋める力になる」
【決死隊】は、要するに『死なば諸共』という差し違え特化ジョブだ。
用途があまりにも限られているし、俺以外に知り合いで就いた者もいない。
下級職とはいえ二枠も『致命傷を受けた後』のために使うのは余程の変わり者か、俺のように『高確率の死亡が想定される格上との戦いばかり繰り返す者』に限られるのだろう。
だが、たとえば【獣王】との戦いでこのスキルがあれば、トドメまでいけたはずだ。
そういう意味では、俺に必要な力とも言える。
【決死隊】の条件に呪術師系統など怨念を扱うジョブを含むのは、自分の死をトリガーにスキルを発動するためかもしれない。
以前に【死兵】は天地の南朱門家のティアンが好んで使うと聞いたことはあるが、彼らは逆に呪術師系統のような怨念利用のジョブを毛嫌いしている。
そのため、この【決死隊】に就いた者はおらず、マリー達も存在自体知らなかった。
しかし俺が就く時点でロストジョブではなかったようなので、俺以外にも誰かが【決死隊】のジョブに就いているのだろう。
ともあれ、【死兵】に輪をかけて際物なジョブであることは間違いない。
マリー達に話したときも「レイさん……クランのオーナーなのに何で鉄砲玉みたいな構成なんですか?」と素で引かれた。イオですら笑顔が引きつっていた。
『はぁ……。近頃は比較的まともなジョブに就いておったから余計にひどく思える』
「でも、例の条件に当てはまるのはこのジョブかもしれないしな」
このジョブを選んだもう一つの理由だが、こちらも【暗黒騎士】同様に斧から聞いた複合系統超級職の条件に当てはまっている。
斧は【呪術師】の先にあるジョブが関わっていると言った。
【聖騎士】と対になる【暗黒騎士】の可能性も高いが、【死兵】も絡めたこちらも有力だ。
それに、格段に癖が強いものの【決死隊】は下級職。間違っていたときに他のジョブを取り直すのも容易だろう。
『一つだけ言っておくぞ! スキルを発動するために死ぬ、などという本末転倒は許さぬからな!』
「ああ。使わなくて済むならそれに越したことはない」
ただ、今回は皇国との総力戦になる。
間違いなく、講和会議での【獣王】戦よりも過酷な戦いになるはずだ。
そのための準備をしておくことは無駄にならないだろう。……複雑な気持ちだが。
◇
その後、【司祭】がレベル五〇に達し、下級職でレベルが上げやすい【決死隊】に切り替えてレベル上げを行った。
カンストまでは持っていけなかったが、それでも三〇レベルは越すことができた。
マリー達もかなりサブのレベルが上がったらしい。
「それでは本日のツアーはここまでとなります。次の開催は六五時間後。リアルでは今日と同じ集合時間にここにログインしてください」
【英気】の効果が切れたタイミングで、ヴォイニッチ氏がそう言った。
リアルでは今日と明日、明後日の三日間。同じようにここでメタル狩りをする。
ログアウト時間が少し短くなるので【英気】の効率は多少落ちるらしいが、それでもカンストか近いところまでは持っていけるだろう。
《鳴かず飛ばず》のログアウト時間を設定したふじのんとイオがログアウト。
「外で用事があるので」と言ってマリーとヴォイニッチ氏が【テレポートジェム】でダンジョンを出た。(あの二人はソロでもすぐにここまで戻って来られるだろう)
そうして、俺達とパトリオット氏だけ残った。
「パトリオットさん。今日はありがとうございました」
この人のお陰で、戦争までに準備を整えることができそうだ。
『構わない。これは取引であり、あの御方のサインや関心をクランが得るためでもある』
パトリオット氏は、自然な口調で俺の言葉に応えた。
代弁者のヴォイニッチ氏がいないためか、それとも他に理由があるのか。
『それに……私自身の希望でもある』
けれど、その言葉は気になるものだった。
「希望?」
鸚鵡返しに言葉の意味を問うと、彼は暫し沈黙してから言葉を発した。
『きっと、私自身は今回の戦争でも貢献できない』
それは、心情を吐露する言葉だった。
『私はヴォイニッチのように超級職ではない。君や君のクランメンバーほどビルドが個性的でもない。ネタロウのスキルは経験値ブーストだけでなくある程度のステータスバフを施すものもあるが、準<超級>に届くとは言えない』
それは、かつては王国でも第二位のクランを率いていた人の……俺の先達とも言える人の本音だった。
周囲との力の差の実感。
……俺もこれまでに感じたことはある。
『まして、今回の戦争ルールで私のネタロウは力を落とす』
彼の言葉に、俺は今回の戦争の仕様を思い出す。
『<戦争結界>。時間加速により三日間の戦争であってもリアルでは二時間程度。ログアウトでの【英気】補充は難しく、ブーストも予め用意した一回が限度だろう。<エンブリオ>が使えなければ、私はいよいよ雑兵に過ぎない』
「そんなことは……」
『私自身が分かっていることだ。……だからこそ、事前にやるべきことをやりたかった』
そして彼は骸骨ヘルム越しでも分かるほど、俺を真っすぐに見ていた。
そこには、一つの思いが込められているように感じる。
『私自身の力及ばずとも、皇国の猛者に一矢報いることができるかもしれない者を……いや、実際に一矢報いてきた君を手助けしたいと考えた』
俺の思い違いでなければ、彼の眼差しに込められている感情は……期待だった。
『フランクリンに、ローガンに、そしてベヘモットに対抗してきた君ならば……きっと次の戦いでもこの国とあの御方を守る力になってくれる。そう思ったからこそ、今回の件を打診したのだ……。役立たずの私と違って、君達ならばと……』
「パトリオットさん……」
彼の……パトリオットさんの言葉で思い出す。
パトリオットさん達<AETL連合>は、王国の<マスター>の中でも前回の戦争に参加した人達だ。
前回の敗戦を経験し、悔しく思った当事者……それが彼だ。
『ギデオンでの中継。私も、王都で見ていた。君は……あのフランクリンの企てに勝った。……胸を打った。だからこそ……もう一度と願ってしまう』
だから、パトリオットさんは皇国に抗う力を育てるために俺達を見込み、クランの秘中の秘だったレベルアップ方法を提供してくれたのだろう。
今度こそ皇国に勝ち、自身の敬愛する人を守るために。
彼が俺に期待しているのは、あの日の勝利を……今度の戦争でもう一度起こすことなのだろう。
『身勝手な期待かもしれないが、それでも……』
「勝ちますよ」
彼の言葉を引き取るように、俺は宣言する。
「俺達は、王国は勝ちます」
『……ああ』
俺の言葉に、ヘルムの奥でパトリオットさんが微かに笑った。
「何より、パトリオットさん。自分を役立たずなんて言わないでください。あなたが期待してくれた働きを俺達が出来たなら……それはきっとここで俺達を助けてくれたあなたのお陰なんですから」
『うむ! 胸を張るがよい!』
『…………』
俺達の言葉に、パトリオットさんは再び沈黙する。
『……そう、か』
応える声は、少しだけ震えていた。
◇
パトリオットさんの助力を無駄にはしない。
彼は、俺が王国を訪れるよりも、アズライトに出会うよりもずっと前から……この国と彼女を護ろうと戦っていた人だ。
そんな彼の期待にも応えられるように……力を尽くす。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回から多分、帰省編




