第五話 <トライ・フラッグス>
(=ↀωↀ=)<明日はいよいよ12巻の発売日
(=ↀωↀ=)<追加エピソードもあるのでWEB版読者の方もお楽しみいただけると思います
(=ↀωↀ=)<買ってくれる人やツイッターキャンペーンの応募してくれる人が多いととても嬉しくなり
(=ↀωↀ=)<作者のモチベーションが上がります
(=ↀωↀ=)<あ。それと今回のツイッターキャンペーンのSSは絶対に12巻読了後にお読みください
(=ↀωↀ=)<ページの都合で入らなかったとあるキャラのエピローグ代わりなので
(=ↀωↀ=)<それと現在開催中の大阪梅田のメロンブックス様オンリーショップは
(=ↀωↀ=)<明日がサイン本の発売会となります
(=ↀωↀ=)<お近くにお住まいの方はよろしければお立ち寄りください
■皇都ヴァンデルヘイム・<バー・クランツァイト>
ドライフ皇国の中心である皇都の一角には、敷地面積の広い酒場がある。
ここは皇国でも珍しい店だ。
何が珍しいかと言えば……まだ営業していることだ。
国単位の飢餓の進行によって食料の多くが配給制になり、市販食料の値段は高騰の一途を辿っている。
ゆえに、客が減って飲食店も経営を維持できず……そもそも食材を仕入れることもできずに潰れることは今の皇国では珍しくない。
それでも<マスター>をはじめとしたリピーターの協力で、この店はまだ続いている。
そのためか、時折<マスター>の会合にも使われていた。
「みんな、今日はよく集まってくれた」
皇国クランランキング二位、<フルメタルウルヴス>のオーナーである【魔砲王】ヘルダイン・ロックザッパーは集まった面々にそう声を掛けた。
彼は手に透明な飲み物……皇国で普及している空腹を紛らわす味付き水のコップを持ちながら、テーブルについた者達を見回す。
店内には十人以上の人間が集まっており、装いは統一性の欠片もないものだったが……彼らには一つの共通点があった。
全員が<マスター>であり……皇国の中ではそれなりに知られた者達である。
「今日は先だってメールでも伝えたように、クラウディア皇女殿下からお教えいただいた次の戦争のルール説明を行う。正式な布告は先だが、私の知己であり、主戦力の一角である君達には話してもよいというお達しだ」
「主戦力ー……それってわたし達じゃなくて<超級>のほうではー……?」
「<超級>は<超級>同士の潰し合いになる公算が高い。であれば、勝負を決めるのは我々、準<超級>クラスの戦力だ」
今この店に集まっている<マスター>は、全員が皇国の超級職。
<Infinite Dendrogram>において、<超級>に次ぐ実力を持つ準<超級>の猛者達だ。
付け加えれば、いわゆる世界派やそれに近い思考の者達が集まっている。
「皇国と王国で最も戦力差が大きいのは我々、超級職だ。王国の超級職は減り、皇国は増えた。そして、先の“トーナメント”でも<超級>である【殲滅王】以外は補充できなかったも同然と聞いている」
王国は戦争に発展する事態を想定し、戦力差を埋めるべく“トーナメント”を開催した。
だが、カルディナの介入によって有力な<マスター>の多くは横から掠め取られ、代わりに置かれたアルベルトもフィガロとの決闘でその弱点が周知されている。
ゆえに、王国の戦力は未だ厳しい段階であった。
「……そうだな。ルールよりも先にそのことについて話そう」
ヘルダインはアイテムボックスからまとめた紙の束を人数分取り出し、集まった面子に渡し始める。
マメな男だった。
なお、彼のメイデンであるフェンリルは特に手伝わず、離れたテーブルで薄く切ったサラミを食べている。他の者の<エンブリオ>も生物型は似たようなものだ。
「これがランキング内の準<超級>のリストだ。<DIN>から情報を買い取って作成した。更新があるかもしれないが、ここに載っている者は全員が次の戦争に参加していると考えてくれ。ジョブと判明している限りのビルド、戦闘スタイルも書いてある。顔も覚えて欲しい」
「ヘルさんよ、これ高かったんじゃないの?」
「必要な出資だ。国の存亡よりは安いだろう」
この情報の購入は国から経費を出してもらった訳ではなく、ヘルダインが自主的に購入していたものである。
しかし、彼はそれを惜しみはしなかった。
「戦闘系で目立つ者は、決闘ランカーの【抜刀神】、【猫神】、【堕天騎士】、【伏姫】、【闇姫】。討伐ランカーの【傾国】、【嵐王】、【暗殺王】、【飛将軍】。ランカークラン<Wiki編纂部・アルター王国支部>の【氷王】、<AETL連合>の【鎌王】。そして情報が買えなかったが、かの<超級殺し>も今は王国所属という噂もある。合わせて十二人だ」
「減った割には結構いますね」
「いずれも脅威となる猛者ばかりだが、皇国には倍以上の戦闘系超級職がいる。ゆえに勝敗を傾ける要因となりうるのも、ここだ」
皇国の準<超級>は今日ここに集まった者達でも約半数であり、ほぼ同数が別にいる。
世界派や世界派寄りの遊戯派が多いヘルダインのグループとは反りが合わない遊戯派のグループだが、実力は確かな者達だ。
そちらもそちらで、取りまとめている者……第三位クランのオーナーが説明を行っているはずだ。
「また、人数以上の優位として、こちらは決闘ランカーが少なく、情報露出が抑えられている。念のために<DIN>にも確認したが、王国ほどこちらの情報は入っていなかった」
この場に集まった超級職にはランカーもいるが、世間への露出が多い決闘ランカーはほとんどいない。
なぜかといえば、皇国の決闘は少し前まで【魔将軍】の神話級召喚ショーであり、戦う者は敗れるだけだった。楽しくもなければ観客からの人気もなく、勝ち目を抜きにしても出るメリットが少なかったのである。
それがここにきて、メリットに変わっていた。
「なるほど……」
皇国の超級職達は、各々が資料に目を通していた。
同時に、自分と相性の良さそうな相手も見繕っていく。
しかし不意に、一人が眉をひそめた。
「おい。一人忘れてっぞ、ヘルダイン」
「【強奪王】か? だが、奴は指名手配されて王国を離れたと聞いている。<バビロニア戦闘団>の【剣王】も引退して長く、今は代行が……」
「ちげえよ。ノゾキ野郎だ」
そのジョブ名を聞き、集まったうちの数人が苦い顔をした。
【光王】。皇国まで足を伸ばして、あれこれとやらかした人物だ。
誰も名前を知らず、直接本人の顔を見た者もこの中にはいなかったが、代名詞でもある光属性魔法とその<エンブリオ>を相手にした者達はいる。
「……奴も王国の各地で事件を起こしているらしい。戦争には参加しないのでは?」
「逆だ。あのクソが討伐ランクの端っこに引っかかってるのは観戦のためだろうが。絶対にどっかから覗き見すっぞ。しかも、長続きさせるために数が多いこっちを間引くだろうよ」
間引く。
その言葉は、【光王】が同格の超級職であるはずの自分達を簡単に倒せると言っているようでもあった。
彼を含めた数人は、【光王】を恐れていた。
【光王】のランキングは、討伐ランキング三〇位。
だが、それはあえてそこに居座っているだけであり……相対した者だけは王国最大のランキング詐欺師だと知っている。
それこそ全ランキング一三位というロールプレイの極みよりもなお、差異が大きい。
「あの、私、【抜刀神】があのクロノを倒したって噂聞いたんですけど……」
その言葉に、より多くの面々の顔が曇る。
ただしそれは【抜刀神】ではなく、【兎神】クロノの名だ。
第六形態の<マスター>を狙って狩るPK、クロノ。その餌食となった者はここにいる準<超級>にも多い。
「アレに勝ったの? マジで?」
「クロノの超加速を破った【抜刀神】に、光速クソゲーシューティング【光王】か。AGI型はぶつかっても負けるだけだな」
「……最悪、そいつらに複数人落とされるぞ」
彼らは言うまでもなく熟練者であるがゆえに、<エンブリオ>の特殊性を除けば、勝敗を左右するのがAGIとENDだと熟知していた。
【抜刀神】は皇国最速を破った王国最速の断頭台。
【光王】はAGIを無為とするレーザーの申し子であり、光属性への耐性装備がなければ瞬殺不可避。
どちらも余程に相性が良くなければ同格以下のAGI型に勝ち目はない。
その二人が敵に回ったときの分の悪さを、皇国の準<超級>達も実感していた。
「……大丈夫だ。こちら側に数の優位は存在するが、今度の戦争は両軍の総当たり戦ではない。相性の良い相手と、戦場を選ぶ余地はある」
「それがさっき言ってたルールか」
「ああ」
ヘルダインがサッと右腕を挙げると、それまで食事中だったフェンリルが途端にキビキビと動き始め、店のカーテンを引き、照明を落として室内を暗くしていく。
同時に、ヘルダインはアイテムボックスから映写機のようなマジックアイテムを取り出し、店の白い壁に投影し始めた。
「これは?」
「ルール説明のために映像VTRをクランで作ってきた」
「…………お前、本当にマメだな」
あの<叡智の三角>に次いでクラン二位をやっているだけのことはあった。
やがて映像が流れ始めると、それに合わせてヘルダインが説明を始める。
まるで……いや確実にリハーサルをしていたのだろう。タイミングはばっちりだ。
「<トライ・フラッグス>。それが今度の戦争のフォーマットだ」
「フラッグ?」
漏れ出た疑問の声に答えるように、映像が三つの旗を映し出す。
だが、それはいずれも形状の違うものだ。
「このルールはその名の通り、相手側のフラッグ三種を破壊することが勝利条件だ」
第一の旗は比較対象である人間よりも遥かに大きく、二階建ての建造物よりも高い。
「<砦>は設置型の大型フラッグ。一定回数の攻撃に耐えるように頑丈に設計されるが、設置すればその座標から動かせなくなる。両軍とも、設定された戦争エリア内のどこかを選んで設置する」
第二の旗は、成人男性ほどのサイズだった。
「<宝>は持ち運び可能な小型フラッグ。人間よりも小さいが、アイテムボックスに仕舞うことはできない。こちらは攻撃力があれば一撃で破壊可能」
そして最後の旗は……そのまま人間のシルエットだった。
「そして<命>。これは特定の<マスター>を選択する。その<マスター>がデスペナルティになれば、フラッグ破壊と見做される」
ヘルダインの説明に、超級職達が「ふむ」や「ほう」と言葉を漏らす。
「<命>だが、ログアウトの場合は?」
「破壊扱いにはならない。ただし、他の二つのフラッグが破壊された時点でログアウト状態ならば、全フラッグの消失と見做されて敗北になる。エリアから出てしまった場合も同様だ。まぁ、そちらの条件は<宝>も同じだが」
「なるほど。<命>だけ残ってもリスクがあるな」
「戦争の制限時間はどのくらいですー……? それとタイムアップ時の勝敗はー……?」
「制限時間と開始時刻、加えて戦争エリアは現時点で未定。両国の協議で決まる。だが、タイムアップの際は残っていたフラッグの多い側が勝利だ」
まだ決定してはいないが、エリアについてヘルダインは予測を立てている。
恐らくは、旧ルニングス領になるだろう。
【グローリア】の襲来によって無人の荒野と化しており、戦争をするにもティアンを巻き込む心配がない。
「同数の場合はどうなるのでありますか?」
「最も遅く破壊されたフラッグ側の勝利となる」
「それが完全同時刻の場合はー……?」
「……ないとは思うが、<命>が残っている方が優先だ。どちらも<命>が破壊、もしくは残っている場合は……代表者一名ずつの決闘になる。以上が基本ルールだ」
「基本ですかー……?」
「ここに、王国側がルールを追加する。まぁ、当然と言えば当然だ。基本骨子を皇国側が設え、公平……参加面子はともかくルール自体は公平にした。しかし王国側がルール作成に関与できなければ不公平でもある。だから、一方が有利にならない範囲で王国もルールを足す」
「ほー……」
「道理だ。一から十までこちらの段取りでは、な」
そこまで話を聞いて、質問した者以外も各々で意見を交わし始める。
「性質の違う三つのフラッグ……ふむ」
「守る観点で言うなら、<砦>は防衛戦。<宝>と<命>は逃走戦か?」
「なるほど。少なくとも<砦>に関しては、皇国の数の優位を活かせるか。……広域殲滅型の【破壊王】に襲われなければだが」
「……それは【獣王】さんかマードックさんに期待するしかないな。または、ヘルさんがブリッジぶち抜くかだ」
「防衛というか、<宝>と<命>も護衛はいるだろう。急所だぞ」
「だが、護衛が多ければそれで位置がバレるリスクもある」
「あるいは、それも踏まえてブラフを掴ませる手もな。例えば装甲車両をこれ見よがしに護衛してみせれば、向こうは中に護衛対象がいるかと疑う。裏か、裏の裏か、とな」
「カウンター型の<エンブリオ>持ちを装甲車両内部に潜ませ、奇襲攻撃に対応させるってのはどうだ?」
「うちのクランにも一人いたな。少し練らせてくれ」
「……いっそのこと護衛抜きで土の中にでも埋めて隠しとくか、<宝>」
「いや、流石にそれは……アリか?」
「単純なぶつかり合いではなく、読み合いの情報戦でもある。……不謹慎かもしれんが、面白い。国の存亡がかかってないときにもやりたいもんだ」
「わかるー……」
ベテランの超級職の集まり。
そして世界派や世界派寄りであっても、元はゲームとしてこの<Infinite Dendrogram>に足を踏み入れた者が殆どだ。
だからこそ、すぐにルール上の取りうる戦術についての議論を重ね、来たる<トライ・フラッグス>のシミュレートを始めていた。
その段階になった時点で、ヘルダインの目論見は成功したと言えよう。
「<砦>と<宝>はともかく、<命>は誰になるんだ?」
「十中八九、皇国の<命>はスプレンディダが選ばれるだろう」
議論の中で出てきた当然の疑問に、ヘルダインは自身の予想を述べた。
「スプレンディダとイゴーロナク。個人生存型の<超級>を招聘したのはこのためだと考えられる」
「……そういうことか」
デスペナによって破壊と見做される<命>のフラッグ。
であるならば、個人生存型を<命>に据えるのは必須条件だ。
このルールを考案する段階で、かつて自分を苦しめた<超級>であるスプレンディダの存在がクラウディアの中にあったのかもしれない。
不死身の<命>たりえる彼の存在こそが、この公平なウォーゲームで唯一公平でない点かもしれない。
「二人のどちらか迷ったが、恐らくスプレンディダだろう」
「でも、弱点があるとか言ってなかったか?」
「ああ。彼に限らず、個人生存型はその不死身のギミックに何かしらの秘密を抱えている。スプレンディダについても、凡その予想はできている」
ヘルダインは指摘に頷きながら……隣に座っていた女性の肩を叩いた。
「しかし、彼女と組めば弱点も消える」
「わたしですかー……?」
肩を叩かれた女性。ヘルダインに最も多く質問していた……どこか間延びした喋り方の女性が自分を指差した。
「その通りだ、ジュバ。私の推測通りなら、君と彼の<エンブリオ>で一種のコンボが成立する。加えて、警戒すべき<超級>……【女教皇】扶桑月夜のカウンターにもなりうる」
「そうなんですかー……。じゃあー……がんばりますねー……」
のほほんとした空気を纏ったままだったが、ジュバはヘルダインの言葉に頷いた。
そうして情報の周知や議論が一段落したころ、ヘルダインが手を打ち鳴らして注目を集める。
「今度の戦いは敵の強大さも、掛かっているものも、桁違いだ」
全員が無言のまま、ヘルダインへと視線を向けている。
「王国は以前とは違う。あの【グローリア】……【四禁砲弾】に耐え、第二機動大隊をも消滅させた最強の魔竜さえも打倒した<三巨頭>。それに【狂王】や【殲滅王】といった<超級>も加わった」
一人の<超級>さえもいなかった前回とは大きく異なる。
ティアンの戦力は減じていても、<マスター>戦力では間違いなく過去最強の王国だ。
「そして、これまでの前哨戦でこちらの<超級>も彼らには大きく苦戦している。【獣王】は講和会議において実質引き分け。フランクリンとモンスター軍団は【破壊王】に、ローガンは【女教皇】や“不屈”のレイ・スターリング……【破壊王】の弟に敗北している」
隔意こそあれ、彼らが明確に格上と認識している者達。
それら全てが最良でも痛み分け、多くは敗北しているという事実に……緊張が走る。
「ハッキリ言って全力を出した【獣王】でさえも敗れる恐れのある相手だ」
それですら、相手の戦力の一部でしかなかったのだ。
前回の戦争ではいなかったからこそ、皇国から見た王国は総戦力もまるで分からぬ伏魔殿である。
「だからこそ<超級>ではなく、私達が仕事を果たさねばならない」
ヘルダインの言葉に、一同が頷く。
相手が何であれ、彼らの果たすべきクエストは変わらない。
戦争と勝利、それこそが彼らの……皇国の前に残された唯一の道である。
「護るべき者のために……皇国に勝利を!」
「「「皇国に勝利を!」」」
戦争に掛ける意気込みと共に、彼らは杯を掲げる。
彼らの持っている杯の中身は、全て水。
皇国の民が飲んでいるものと同じ……味が付いただけの水だった。
皇国の民と共にあるという、彼らの意思を示すように。
To be continued
(=ↀωↀ=)<皇国第二位クラン<フルメタルウルヴス>は
(=ↀωↀ=)<王国で言うと<バビロニア戦闘団>の全盛期に近い立ち位置のクランです
(=ↀωↀ=)<思想と戦力両面の話です
(=ↀωↀ=)<皇国にもそういう人達は当然いるということです




