第四話 ポイント・オブ・ノーリターン
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□王都アルテア・王城・執務室
その日、アルティミアは王都を騒がせた水の味事件の報告を受け取っていた。
インテグラが継続調査しているが、現時点で王都住民への健康被害は確認されていない。
それ自体は喜ばしいが、この悪戯のようで致命的な懸念を孕んだ一件が何者の手によるものかを……アルティミアは察していた。
皇国からホットラインの打診があったのは、そのときだ。
『講和会議以来になりますね』
「そうね、アナタも今まで掛けてはこなかったから」
先の戦争の引き鉄となってから今まで断たれていたホットラインを通じ、両国のトップが言葉を交わしていた。
王国は国王代行である第一王女、アルティミア・A・アルター。
皇国は皇王、クラウディア・L・ドライフ。
正確には……彼女の政治用人格ラインハルトが話している。
「まず、単刀直入に聞きたいのだけれど」
『はい。王都の水が甘くなったのは私の指示によるものです』
「…………」
誤魔化すことなく、ラインハルトは王都を騒がせた事件について即答した。
それは、アルティミアの予想した通りだった。
通商とは違い、ホットラインにおける虚偽の禁止はまだ有効であるためブラフでもないだろう。
『その現象の原因は飢餓に苦しむ地域用に開発した嗜好品製造装置です』
「嗜好品?」
『皇国の中でも特に劣悪な地域では、甘いと言えるほど栄養のある作物自体が存在しません。ですから栄養価は与えられずとも、せめて味だけでも変える装置を作りました』
「…………」
味を変える仕組み自体は大きな問題ではない。
問題は、そんなものでどうやって王都中の水道に影響を及ぼしているか。
そしてより大きな問題は……。
『皇国は飢餓状態に苦しんでいる』
アズライトが懸念した事柄について尋ねるよりも早く、ラインハルトが言葉を続けた。
『それ自体は、既にご存知でしょう?』
「……ええ」
皇国の飢餓。アルティミアの方でも調査し、把握している。
前回の戦争時の王国には、なぜか伝わっていなかった情報。
今の王国はそれを知り、その上で手を打ってもいた。
『だからこっそりと、皇国の農地を改善するための人員を送り込んだ』
「……気づいていたのね」
アルティミアはインテグラ達と共に、“トーナメント”の裏でその策を動かしていた。
インテグラによる土壌改善の研究。
また、かつてルニングス領を拠点としていた農業用の<エンブリオ>を持つ<マスター>や、同様の手段を持つ<月世の会>の信者を秘密裏に動かしている。
皇国の片隅……枯渇した大地で王国の土壌改善が有効であれば、大々的に公表して広めるつもりだった。
敵国であるはずの王国からの、人道支援として。
それこそが戦争に至る前に争いを終結させる、唯一の手段であるからだ。
それは何も……人道のみが根拠ではない。
『今の皇国の<マスター>の大多数は一枚岩です。それは世界派と遊戯派の目的が一致しているから。世界派は己と友誼を結んだ皇国の民を護るため。遊戯派は戦争によって得られる褒賞のため。皇国のために揃って戦ってくれる』
ラインハルトは、アルティミアの行おうとした策の先にあるものを把握している。
この人道支援の先にある、王国の最も効果的な反撃を。
『けれど、飢餓という前提条件が無くなれば……世界派の多くが戦う理由を失くす。むしろ、余計な戦争をするべきではないと訴える者達も出るでしょう。褒賞のための戦争を求める遊戯派との間で、潰し合いに発展する恐れもある。下手に<超級>を送り込まれるよりも厳しい手と言えます』
「……王国も、皇国の謀略にかき回されるだけではいられないもの」
皇国を攻撃するのではなく、救うからこそ皇国の戦力は剥げ落ちる。
改善して食料を得られるまでに発生する餓死者の数を考えれば、それでもなお戦争を選ぶ世界派も多いかもしれないが全員ではないだろうし、確実に意見が割れる。
そうなれば王国との彼我戦力差も覆りかねず……戦争になっても勝ち目が薄くなる。
プレイヤーならば、『北風と太陽』の童話を思い出すだろう。
だが、この話そのものは……皇国の民にとっては決して悪い話ではない。
「知られているのなら、話が早いわ。国の飢餓の原因を両国で力を合わせて解決する。……この案に乗る気はある?」
<戦争>に至る前の、至らぬための、最後の選択肢。
それをアルティミアは……流されるままだった王国は作りだした。
ラインハルトが……クラウディアがそれを選べば、両国の争いは終わるだろう。
だからこそ、アルティミアは願いを込めて、救いの手を差し伸べながら問いかけた。
だが……。
『私が国を救いたいだけならば、貴女を護りたいだけならば、それに乗る以外の道はなかった。何となれば、これまでの所業を詫びて自裁することも厭わなかったでしょう』
それは紛れもなく、彼女の本心だ。
皇族として国を救う。
友として彼女を護る。
それだけならば、アルティミアのしようとしていることは彼女への救いに他ならない。
『けれど、私に必要なのはその二事だけではない。だから、選ばない』
だが、彼女が背負う第三の使命が……【邪神】討伐がそれを許さない。
「クラウディア……!」
『それでは私の望みを叶えられないから。今回もそれが答えです』
彼女の望みは三つあるからこそ、三つ目の失敗が決定的になる救いの手は握れない。
「その望みに、私も協力することはできないの!?」
『無理です』
ラインハルトは、即答する。
アルティミアには、なぜそこまで頑なに平和的な解決を拒むのか分からない。
だが、クラウディアはアルティミアの提案に乗る訳にはいかないのだ。
なぜなら、クラウディア・L・ドライフの推測が正しければ……打ち倒すべき【邪神】はアルティミアに近しいものだからだ。
王都襲撃の際、ゼタが目撃した【邪神】と思しき存在。
その容姿からの推測……ではない。
容姿の情報はほぼ確実に欺瞞情報であると察していたため、最初から考慮の外。【邪神】の力、あるいは管理者の保護。どちらであっても容姿を誤魔化す術はある。
だからクラウディアが重視したのは、時刻と場所。
ゼタが【邪神】と交戦した時間は、地下で【炎王】と【龍帝】がぶつかっていたのと同時刻。
場所は地下とは真逆の王城上層階。
第二王女や腹心の侯爵は地下シェルターにあり、多くの騎士が【炎王】と【猛毒王】の迎撃に出撃し、王女の侍女をはじめとする勤め人達も避難または第二王女と行動を共にしていた。
そのタイミングで、上層階にいた者。
他の者と、行動を共にしていなかった者。
あるいはそこまでならば、場内で捜索に当たっていたリリアーナなどの一部の騎士も当てはまる。
だが、そこに『これまで【邪神】の覚醒に繋がる危機に直面した回数が少ない者』という条件を加えれば……該当者は一人しかいない。
クラウディアは――第三王女テレジアこそが【邪神】であると読んでいる。
そうと考えれば、筋が通ることも幾つかある。
かの【犯罪王】による誘拐事件の後に、第三王女の周囲に変化も生じている。奇妙な生き物に乗って城内を動き回るようになったことが顕著な例だ。
それが危機に際しての第一覚醒に関連するのであれば、不思議はない。
また、王都襲撃に際してゼタの手勢が【邪神】に“眷属”として取り込まれた恐れもある。【奇襲王】のジョブに空きができたというのに、【奇襲王】であった男に襲われたというゼタの証言。
情報を整理すれば、最有力の候補が第三王女テレジアであることに違いはない。
【邪神】がいくらか完成に近づくことも織り込んだ上での王都襲撃だが、その成果はあったと言える。
『話を、王都の水に戻しましょう』
「…………!」
ラインハルトの人格を表層に出しているクラウディアは、努めて表情を変えずに話を最初の話題に戻した。
『貴女も既に懸念しているでしょうが、王都の水に対する仕掛けは一つではありません』
アルティミアの懸念。
それは王都の水を甘くするなどという仕掛けが施せるなら同様に、あるいはより簡単に……。
『そして、二つ目は――毒性のあるものです』
――毒を仕込むことができる。
スイッチ一つで王都の水をジュースに変えたのと同様に、毒薬に変えて死の都と化すこともできるだろう。
まず水の味を変えた理由は、【邪神】のセーフティに触れないささやかな変化であるため。
そうでありながら、明らかな異常であり、それ以上の被害を及ぼすことも可能であるとも明示できるからだ。
次いで、ラインハルトは遠隔操作のスイッチを取り出して見せた。
かつての講和会議での一場面のように。
スイッチが何であるかを、アルティミアもすぐに察した。
それが……毒の仕組みのスイッチだと。
「クラウディア!」
『押しませんし、これで王国を支配しようとも考えていません。これは、タイムリミットを貴女に明示するためのものです。私がスイッチを押しさえしなければ、一定時間経過で無毒化されます』
「タイムリミット……?」
ラインハルトはそう言ってスイッチを置き、代わりに一枚の紙を取り出す。
それはかつて講和会議の闘いの最後に、アルティミアに預けたものと同じ。
『――そろそろ、<戦争>の刻限です』
――彼女の提案した『<マスター>だけの<戦争>』の【誓約書】だ。
水の味事件は脅しであり……発破。
アルティミアの策が効果を発揮して皇国が割れる前に、<戦争>へと至るための。
アルティミアに、決断させるための。
『私達も、貴女達も、準備は重ねてきたでしょう。そして貴女の最後の恩情も私は受け入れず、あまつさえ王都を秤に載せた。もはや躊躇うべくもなく、私を敵として、<戦争>で潰すと決断してください』
<戦争>を避ける全ての道を遠ざけて、クラウディアは<戦争>へと進む。
クラウディアは、アルティミアの妹が世界を滅ぼす可能性について彼女にだけは決して話さない。
テレジアが【邪神】であれば、アルティミアに【邪神】討伐は無理だ。
事実を知って傷つくのはアルティミアであるし、彼女に妹は斬れない。
いや、斬れないならば……心に重荷を背負うだけならば、まだいい。
最悪の場合、命を擲って自ら決着を付けようとするかもしれない。
かつての【聖剣王】と【邪神】のように奥義の代償で命を落とす。
【邪神】の正体がほぼ確定したからこそ、クラウディアは絶対にアルティミアの提案には乗らない。
自らの考えた【邪神】殺しで決着をつけるしかないと、既に決断している。
その後……妹を殺されたアルティミアに憎まれて殺されることも覚悟の上。
だからクラウディアはアルティミアと手を取り合わず、【邪神】殺しの最終準備である<戦争>を行い、勝利しなければならない。
それが望む全てを得た上で最も犠牲の少ない道でもあると……彼女の頭脳は算出しているから。
「…………」
クラウディアの頑なさの理由も、彼女が何を求めているのかも、アルティミアには分からない。
あるいは講和会議の後に話した管理者や<終焉>という存在が関わっているのかとも思った。
しかし、彼女にそれらについての知識はなく、先代までの【大賢者】の暗躍によって王国には【邪神】や<終焉>に関係する情報が残されていない。
だから、アルティミアには分からない。
それでもクラウディアが自分を曲げないことは……友として理解できた。
『ホットラインにおける虚偽の禁止という誓約は、まだ有効ですね?』
「ええ」
アルティミアがこの通話の前に確認したことをラインハルトも述べて……言葉を続ける。
『その上で、断言しましょう。この<戦争>に関して、罠は何もありません。講和会議のように、<戦争>に合わせて奇襲作戦を行うこともない。皇国の命運全てを、次の<戦争>の勝敗に賭けます』
数多の謀略を重ねてきた皇国の王が、虚偽の存在しない会話の中で……そう宣言した。
『ルールは公平。違いはお互いに与する<マスター>の顔触れのみ。ルールの範囲内で双方の<マスター>を頼み、勝利を目指す。それだけです』
「なぜ、その手段に両国の未来を委ねようと?」
ティアンの介在しない、<マスター>のみの、何も失われない<戦争>。
まるでゲームのようなそれに、なぜ全てを託すのか。
その意図が、アルティミアにはまだ分からない。
だが、クラウディア・L・ドライフには確信があった。
『かつて、ギデオンでMr.フランクリンが行ったテロ。あれは正鵠を射たものです』
王国にとっては忌々しくも、反旗を翻す切っ掛けとなった事件。
一人の<マスター>の存在を、アルティミアが知った事件でもある。
『あれは、王国に残った希望を折るための計画でした』
「…………」
『王国の人々は、希望を捨てていない。王国の人々が最後の拠り所にするのは、継承を秘されてきた【聖剣姫】ではない。黄金竜を打ち破った<三巨頭>や数多の悲劇を覆してきた“不屈”……。多くの<マスター>達にほかなりません。彼らこそが民の心を支えるものであり、希望になっている』
それは事実だろうとアルティミアも考える。
アルティミアが【聖剣姫】であることを知る民はなく、ティアンの力については先代の【大賢者】と【天騎士】、騎士団の大多数、そして王の死のみが知られている。
民が信じているのは、存亡の危機から彼らを救ってきた<マスター>達なのだ。
【グローリア】やギデオン、トルネ村、カルチェラタンの事件だけではない。
何千何万もの<マスター>が、王国各地で起きる様々な事件を解決し、人々を護ってきた。
その積み重ねが、今の王国にはある。
『希望である彼らが敗れない形での敗北は、国民が納得しない。それは、<マスター>の力によって一度勝利した皇国も同じ』
ラインハルトはそこで言葉を切って、
『――だからこその真っ向勝負ですわ』
――人格を主人格であるクラウディアに切り替えて、そう言った。
『テロでもなく、奇襲でもなく、罠でもなく、不参加でもない。王国と皇国の拠り所、それぞれの信じる者達の純然たるぶつかり合い。それこそが……最後の決着方法ですわ』
もはやそうでなくては王国の心が、希望が折れることはないのだと……確信と共にクラウディアは告げた。
「クラウディア」
戦いを望む友の言葉。
その言葉……覚悟していた言葉を、想定していたよりも静かな心でアルティミアは受け止めた。
戦いに至らない解決方法を模索していた。
けれど、そうはならないだろうという予感はあった。
だからこそ……戦う備えもしていた。
先の<戦争>とは違い、<マスター>達と心を重ねて……戦いの時を迎える準備を重ねてきたのだ。
それは、ギデオンの“トーナメント”だけではない。
王国もまた、準備は……整っている。
「最後にもう一度だけ聞かせて。……これ以外にないのね?」
『ありませんわ。この<戦争>を承諾しないならば、私はスイッチを押しますし……ベヘモット達と共に王国に攻め込みますわ』
虚偽がないゆえの、背水。
ここでこうまで宣言したのであれば……彼女は本当にそうするだろう。
「……そう」
ならばもう、選ぶ余地もない。
あるいは、こうなると最初から分かっていたのか。
「――受けて立つわ。二つの国の禍根の全て……終わらせましょう」
――第一王女アルティミアは、<戦争>の開始を承諾した。
◇◆◇
そして停滞していた歴史の針が進む。
王国と皇国の最後の<戦争>。
互いが折るべきものは三つ。
<砦>、<宝>、そして<命>。
三種のフラッグの破壊を競うウォーゲーム。
歴史に刻まれる戦いの名は――<トライ・フラッグス>。
To be continued




