第二話 四体目
(=ↀωↀ=)<とりあえず五日ペースの様子見更新
□■数日前・ギデオン中央大闘技場
珠への挑戦が行われるその日、中央大闘技場は二重の結界に覆われていた。
闘技場を覆う入出不可の結界と、舞台上を覆う不透過の結界だ。
前者は<UBM>を逃がさないためのもの。後者は戦う者の手の内を順番待ちする<マスター>に見せないためのもの。
それは最初の挑戦者……ルークの希望でもある。
舞台上には、<UBM>を封じ込めた珠。
挑むのはルークと彼の<エンブリオ>であるバビロンと三体の従魔……のみ。
この戦いにルークはクランで挑まず、自分一人の戦力で挑んでいた。
彼としては珍しい我儘であるが、他のクランメンバーも承知していた。
レイは何となく、師匠に等しいシュウとマリーははっきりと察していた。
ルークは自分を試したいのだ、と。
彼は特典武具を保有してはいるが、実力で獲得したものではなく運で手に入れた産物。
彼の慕うレイが、三体の<UBM>との死闘の末に手に入れたものとは違う。
だからこそ、自分の力だけで……<UBM>に勝利できるかを試したいのだ。
そのために入念な準備を重ねた。
彼の従魔である三体は純竜クラス以上に進化している。
バビも、第五形態に進化している。
同日に始めたレイはそのことで、「また離されたか」などと言って凹んでいた。
だが、ルークからすれば逆だ。
ルーク自身は、レイに追いつけていないと感じている。
彼が今まで為してきたこと。その足元にも追いつけていないのだ、と。
彼を慕い、彼の隣で戦いたいと願うルーク。
だからこそ、自分もまた彼が為したことに等しいだけの成果を得なければ……自分が納得できない。
その第一歩が……<UBM>の単独討伐である。
あるいはアンデッドの珠を景品とする三日目の“トーナメント”を選んだのも、レイが単独討伐した相手がアンデッドである【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】だったからかもしれない。
これはルークが気持ちの上でレイに追いつくために、越えねばならない試練の一つだ。
「…………」
加えて、レイが羨んだバビの進化についても一つの不安もあった。
バビは進化したが……ほとんど成長していない。
多少のステータスアップはあったが、その程度に留まっている。
この現象についてルーク自身も調べて、一つの答えを得た。
それは学習型。バビも含む、他者の力を数多く習得できる<エンブリオ>の欠点のようなもの。
スキルを持てば持つほどそれらの保持にリソースを割くことになって出力が落ち、進化の際に上昇するステータスも低下するというものだ。
それには<マスター>へのステータス補正も含まれる。
さらにバビの場合、スキルの数を増やすほどに個々のスキルレベルの成長速度も遅くなることを確認している。
万能になるほど、<エンブリオ>の出力は落ちる。それがはっきりと出た形だ。
だが、ルーク自身はバビのラーニングによる手札と戦術の多さこそが自分にとっての最適だとも理解していた。
その上で、欠点によって生じる数値上の不利を埋めるために、従魔の強化や特典武具の獲得が必要なのである。
「ル~ク~。大丈夫~?」
「……うん。準備はできた」
気遣うバビに応え、ルークが舞台中央に置かれた珠を見据える。
《ユニオン・ジャック》の準備も既に完了している。
現れた相手の戦闘スタイルによって、竜魔人、炎魔人、鋼魔人のいずれにも合体する準備はできていた。
『三、二、一、……点火!』
これまでの挑戦同様、カウントダウンの後に珠を載せた台が爆破される。
珠も砕け散り……内部からモンスターが出現する。
ルークは何が起きても対処できるように集中し、
「…………え?」
モンスターの頭上に表示された名称を見て、目を見開いた。
それは、彼に取っては珍しい顔だったが……そうなっても無理はない。
なぜなら、出てきたモンスターは……それほどに想定と違うものだった。
『ふむ。これはまた、随分と遠き異国で目覚めたようだな』
現れたモンスターは、人語を介していた。
ルークを攻撃するでもなく、落ち着いている。
『従魔師か、丁度よいな。そこの御主。取引があるのだが……』
そしてルークに対し、そう話を切り出したのだった。
◇
程なくして、不透過の結界が解除された。
それは珠より現れたモンスターが消えたか、ルークが敗れたかのどちらかということ。
そして、不透過の結界が剥がれた舞台上には、ルークとバビが立っている。
つまりは、ルークが勝利したということだ。
「本当に単独で討伐を成し遂げたのか。大したものだ」
不透過の結界の外で順番を待っていた【氷王】アット・ウィキは、本心から感心してルークに声をかけた。
彼はさしものルークでも単独では難しいと考え、二番目に挑戦するために<編纂部>のメンバーと共に待っていたが……彼の予想は覆されたという訳だ。
「……ええ。そう、ですね」
しかし、当のルークはなぜか煮え切らない顔をしていた。
「……? ところで、どんな<UBM>だったんだ? やはり推定通りにアンデッドの?」
「……秘密です。情報も武器ですから」
「ふふ、たしかにそうだな」
生前の<UBM>の情報から、特典武具のスキルも予想できる。
切り札として情報を秘匿するならば生前の情報から隠すのが正しい。
実際、アットが敗れたのもルークの持つ特典武具の情報を知らなかったことが大きい。
ゆえにアットは情報を隠されたことにも納得し、むしろその強かな返答に感心した。
そして、なぜか速足で闘技場から去っていくルークの背を見送り、アットは呟く。
「強敵だな。しかし今後を考えれば頼もしくもある」
今は静かだが、今後また皇国との戦争になったとき、彼には上位のランカーと同程度の活躍を期待できるだろうと、アットは確信した。
ただ、彼に誤算があるとすれば、ルークが情報を秘匿したのは彼が想定する理由ではなかった、ということだ。
◇◇◇
□【呪術師】レイ・スターリング
ルークの珠への挑戦日、俺は本拠地の自室で次のジョブについて考えていた。
今の俺は【聖騎士】、【煌騎兵】、【死兵】、【斥候】、【呪術師】と、上級職一つ下級職四つが埋まっている。
残っている枠は上級職一つと下級職二つな訳だが……我ながらここまでかなりバラバラのビルドだ。むしろ場当たり的でビルドとも言えないかもしれない。
「次はどうするかなー。……煌騎兵系統の上級職はまだ解禁されてないし」
『キシャー』
俺はネメシスと【カタログ】を眺めながら、頭を悩ませる。
なお、その頭の上ではチビガルがもしゃもしゃと俺の髪を食っていた。
「此処は素直に【司祭】と【騎士】を選べばいいのではないか? 戦闘時のメインは【聖騎士】になるであろうし。その二つならば【聖騎士】の底上げもできよう」
「たしかにな」
【司祭】をとれば《フォースヒール》を使えるようになって、生存力が大幅に上昇する。
【騎士】にしても、アンロックされるアクティブスキルが幾つかあったはずだ。
ただ、今回のジョブ選びに関しては少し考えていることがある。
それは先の【怠惰魔王】との戦いの最後に、斧から聞かされた話だ。
【聖騎士】と【死兵】、そして呪術師系統の先にあるという複合系統超級職。
あれから調べてもさっぱり予想がつかなかったが、空位の超級職で俺に最も近いのはそれなのだろう。
レベル上限がない超級職は、他のジョブとは地力から大きな差が生じる。地力の不足を感じ、さらに強者との戦いに発展することが多い俺にとって、超級職は欲してやまない力だ。
自然、次のジョブの選択もそれに沿ったものにする必要がある……。
「あるいは、いっそ上級職で【暗黒騎士】を選んでみるか?」
「あー、二つの騎士の複合超級職って線か。ありそうな組み合わせだけど……」
【暗黒騎士】は前衛呪術師と言われるように転職条件に【呪術師】が関連しているため、【呪術師】を消すべきではないという斧の言葉とも合致する。
しかし、【聖騎士】と【暗黒騎士】なんてベタな組み合わせはみんなが考えるだろうし、とっくの昔に誰かがとっていても不思議じゃない。
いや、斧の発言によれば【死兵】と炎も必要なのか。
……本当にどんな超級職だよ。
「……とりあえず今回は【司祭】にしておこう。一番腐らないからな」
「そうだの」
先日の夢の中のように、アイテムの多くが使えない環境だと回復魔法は重要だ。
【司祭】にジョブを変更するとスキルが幾つか使えなくなるが、シルバーへの騎乗は【紫怨走甲】があるし問題ない。狩場に行って狩りをするのにも支障はないだろう。
「でも転職前に【暗黒騎士】の転職条件は満たしとくか。呪術スキルの成功回数二〇〇回……まぁ、貯蔵のMP使えばすぐか」
ちなみに他二つの条件は【聖騎士】と同じ亜竜クラス討伐。それと呪われた武具の一定回数装備となっている。既に達成済みだ。
『キシャー』
「ん?」
チビガルが何か言いたげに頭を叩いてくる。
頭から机の上に降ろすと、卓上のペンを持って何事か書き始めた。
「マキシマイズ、ためせ……。あー」
言われてみれば、まだ【大小喚の輪】の出力上昇版を試していなかった。
そうだな。【紫怨走甲】の残量にも余裕があるし、ここらで一度試してみるか。
◇
なお、この後のテストで残量に余裕がなくなるくらい一気に持っていかれることになる。
お陰で【バルーベリー】への挑戦時に《瘴焔姫》が使用不可能となるのだった。
◇
「さて、そうと決まれば……」
『レイさん、少しよろしいですか?』
「ん?」
出かけようとすると、部屋の外からノックと共にルークの声がした。
「ああ、大丈夫だ」
「失礼します」
そう言ってルークとバビが俺の部屋に入るが……様子がおかしい。
ルークは今まで見たことがない複雑な表情だった。
「ルーク、<UBM>への挑戦で何かあったのか?」
「…………」
もしかして負けてしまったのだろうかと思うが、それだけならこうはならないと思う。
まさか従魔の誰かが死んでしまったのだろうか……。
「その、挑戦のことで、報告しなければいけないことがあります」
ルークは覚悟を決めたようにそう言って、続く言葉を口にする。
「《喚起》」
それは、【ジュエル】に格納したテイムモンスターを呼び出す文言。
間もなく、ルークのジュエルから彼のモンスターが現れる。
しかし、それは俺が知る三体のいずれでもなかった。
半透明で血の気のない肌をしているが……それ以外は人間の少女にしか見えない相手だった。
『御主がるぅくの徒党の長か。ほほ、中々に逸脱した装いであるな』
半透明の少女が、俺に話しかける。
『余は龍媛。黄河帝国において、今の世から七〇〇年あまり前に生じた死霊。種族名は【ハイエンド・ドラゴニックレイス】であるが、まぁよろしく頼む』
「……え?」
はたして、その言葉のどちらに驚けばよかったのか。
人の名前を名乗ったことか。
だが、アンデッドは自然発生のもの以外に死者が変質する者もある。生前の記憶を保持しているならば人としての名前を名乗っても不思議はない。
ならば驚くべきはやはり……種族名だろう。
七〇〇年前の黄河で発生というならば、珠の中身は彼女で間違いない。
それはつまり……。
「……珠の中身が<UBM>じゃなかったんです」
「…………なんとまぁ」
<UBM>の名称が分からない珠だったが、まさか<UBM>ではないモンスターだったとは。
これ、黄河は把握していたのだろうか……いや、してなかっただろう。
恐らく、情報自体が失伝していたのだ。
『確かに余は<ゆーびーえむ>、宝物獣ではないな。だが、余の力はあれらに劣らぬ。神話級……とまでは言わぬが古代伝説級か伝説級上位の力はあると見てもらってもよいぞ?』
……となると、召喚したガルドランダと同じくらいか?
『きしゃー』
あ、頭上のチビガルが不満そうに頭噛んできた。
しかし、<UBM>への挑戦を謳った大会の景品が<UBM>ではなかった訳で。
王国に景品表示法があるかは知らないが、詐欺と言われても仕方ない。
「挑戦時は不透過の結界を展開していましたから、誰にも気づかれてはいません」
「……それは本当に良かった」
最初に挑戦したのがルークでなければ騒ぎになり、ギデオン伯爵の胃に穴が空いていたかもしれない。
それに、モノは考えようだ。
本人の弁が確かならば龍媛は<UBM>に匹敵する力があり、特典武具ではなくテイム状態ならばその力を余すことなく使ってもらうことができる。
ルークの戦力アップを考えれば<UBM>が出てくるよりも余程良いかもしれない。
「…………」
問題はルーク本人がすごく複雑な表情してることだろう。
「それで、戦ってテイムしたってことか?」
「…………」
ルークは答え辛そうに沈黙したため、ルークに代わってバビが答えた。
「あのねー。この子、すぐに降参したの~」
「降参?」
『るぅくと取引してな。ささと従属されてやったのだ』
なるほど。戦う前にあちらからテイムされたのか。
……ルークが挑戦までに準備を重ねてきたのは知っている。
それが肩透かしの結果になったことに、複雑な思いもあるのだろう。
「でも、何で自分からテイムされたんだ?」
『闘技場の結界があったのでな。これは余が死ぬまで終わらぬと悟り、早々に従魔師であるるぅくに降ったのだ。余はもう死んでおるがな』
なるほど……。龍媛自身の判断で、早々に最も安全確実な選択をしたんだな。
『連れている従魔を視れば、るぅくの実力も分かる。才覚も感じた。寿命尽きるまで従うのは悪い取引ではないと思うての』
「なるほど……」
今の平均寿命を考えるとリアルでのルークの寿命はあと一〇〇年くらいはあり、こっち時間だと三〇〇年先だ。非ログイン時にこちら時間で半年たつと【ジュエル】が解放される仕様なので、そうなれば彼女が言うように自由にもなる。
七〇〇年も封印されていた身からすれば大したことではないのか。
……まぁ、その頃までにデンドロ周りの状況がどうなっているかも不明だけど。
「……というか、ルークが<マスター>というのは分かっておるのか?」
ネメシスの言葉を聞き、「たしかに」と気づく。
七〇〇年前だと噂のシュレディンガー・キャットがいた三強時代よりも前だから、<マスター>の存在もそこまで広まっていないかもしれない。
『よくは分かっておらぬよ? だが、るぅくのテイムモンスターとして付き合えば分かってこよう。余にも現世を知る時間が必要であるゆえ』
中々に鷹揚で気の長い性格らしい。
「今までのテイムモンスターとは雰囲気違うな」
「みんなはルークが大好きだからね~」
三体はいずれもルークの周りで少し浮ついていて、それこそスライムのリズでさえそうだったが……龍媛にはその様子が見られない。
「ルークはカッコいいもんね~」
『るぅくの顏か? 異国の顔立ちゆえ余には基準が分からぬ。顔が悪かったとしても余は気にせぬがな』
「顔がわる……」
ルークが珍しいショックの受け方をしている。
七〇〇年前な上に文化圏が違えば美醜の感覚も違うか。
ん……、文化圏と言えば……。
「そういえば、『龍』って黄河皇族の直系男子しか名乗れない名前じゃなかったか?」
『余は元々黄河の皇族よ。……ああ、血族ではあるが継承権はないゆえ語弊もあるか。それと直系男子限定という規則は知らぬな? 余が封印された後の時代に定められたものでは?』
「なるほど……」
七〇〇年前なら今と違っても不思議はない。
「それで、何で<UBM>じゃないのに珠の中に?」
『聞かぬ方がよい。発生の素性ゆえに文献も遺しておらぬのだろう』
「素性?」
『今の時代でも知る者がいれば、黄河暗部が殺しに来る類の話だろうからな』
なにそれこわい。
『しかし、そうなると龍媛という名はまずいな。過去を知る者に悟られ、そうでなくとも龍の一字で黄河から睨まれかねん』
龍媛は思案するように体を後ろに傾ける。
ふわふわと浮いているので空中で視えないクッションに寄り掛かるような体勢だ。
『ではるぅくよ。汝の従魔となった余に名をつけるがいい』
「タルラー」
名づけを頼まれたルークは即答した。
今も斧の名前で悩んでいる俺からすると、驚くほどの速さだ。
でもその名前って……。
「……タルラー・バンクヘッドか」
「ええ。今回も女優さんの名前をお借りしました」
ルークはにこやかな笑顔でそう言うが、俺は知っている。
タルラー・バンクヘッド。悪女のみを好んで演じた名女優であり、同時に私生活のスキャンダルを自ら暴露し続けた役者界の問題児。
そして、最も破天荒で型破りな女優として知られる人物である。
……何を思って彼女の名前をつけたのか。
『たるら、か。悪くない響きだの。なぜか共感を覚えもする』
「ええ、そう思って名付けました」
『よいよい。さて、話し疲れたな。喉も乾いた気がする』
龍媛……タルラーが手招くと、テーブル上に籠に入れておいてあったレムの実(ネメシス用)が一つ、浮かび上がって彼女の手元に収まった。
そしてそのまま口元に運び、食べ始める。
食べた果実は透き通った体をおちることもなく、虚空に消えていた。
『西方の果実も美味よな。今後、余の食事は全て果実で良い』
「……身体壊すぞ」
『壊す身体がないわ』
ケラケラと笑いながら、龍媛は楽しそうに果実を咀嚼したのだった。
……うん。何となくわかったけど自虐ジョーク好きなんだな、タルラー。
ともあれ、このような顛末で三日目の珠への挑戦は終わり、ルークに第四の従魔……【ハイエンド・ドラゴニックレイス】のタルラーが加わったのだった。
To be continued




