工房と遊戯 その五
(=ↀωↀ=)<クリスマスの不意打ち連続更新
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
「……はぁ」
変態との交渉に同行する私の足取りは重かった。
私の役目は交渉決裂時の戦闘に備えた護衛、それと【アムニール】の取引。
なお、もしものときのため、カリュートさんから代替機として【マーシャルⅡ】を借りている。『壊しても気にするな。代金はマニゴルドから貰う』だそうだ。
流石にそこまではと思ったけれど、マニゴルドさんからもOKされていた。
……ここカルディナでの【マーシャルⅡ】の値段は八〇〇〇万前後。最低でもそのレベルの投資が必要な厄介事だと言われているようなもの。
「【アムニール】だが、金で手に入るなら俺が出す。それも含めて、前回の報酬だ」
「……どんな値段になるか、分かりませんよ?」
「構わない。金は俺の拠り所だが、産出して溜め込むだけならば意味はないからな」
誰よりも金銭を手に入れて、誰よりも金銭を擲つ<超級>は達観した目でそう言った。
「だが、十中八九……金銭での交渉にはならない」
「どうして?」
「あちらもあちらで、金銭に価値を見出していないからだ。俺とは違う意味でな。……そうだ。これを渡しておく」
マニゴルドさんは一つのアクセサリー……【カメオ】を私に手渡した。
「これは……【健常のカメオ】?」
Wikiで見かけた覚えが……。
「たしか……」
「ああ。『うっかり買わないように注意するアクセサリー』の筆頭だ」
そう。初心者用のFAQに書かれていた。
『【ブローチ】は最終的に必須品だが、類似品の【カメオ】は買うな』、と。
「【救命のブローチ】と同系だが、こいつは『状態異常の判定』を無効にできる」
「それはとても有用なのでは?」
「……判定の基準が【ブローチ】より遥かに緩いと言ってもか?」
判定の基準が緩い?
「毒ガスの中にいれば一呼吸ごとに判定。毒液が皮膚に付着すれば秒で判定。装備状態で転んだだけでも壊れる恐れがある」
「…………それは、また」
「ああ、乾燥で指を切るなよ。【出血】への判定で【カメオ】が壊れる」
「本当に繊細な……」
Wikiで要注意されるはずだ。
買ってすぐに壊れる被害者が後を絶たなかったのだろう。
「しかも【カメオ】の必要素材は【ブローチ】とほぼ同じで……かなり高価な原材料を使う。市場価格も大差ない。こんなものを購入するくらいなら、対象状態異常を絞ってももっと長持ちするアクセサリーを選ぶ。【ストームフェイス】……所謂ガスマスクなどだな。俺だって【カメオ】を有効利用してる<マスター>は一人しか知らない」
「一人いるんですね……」
「しかし、単発の呪い相手なら使えなくもない。だから今回は装備しておけ」
なるほど。相手は【呪術王】。
その状態異常魔法を一度回避できるならば、意味はある。
それも、戦闘になれば……という話だけど。
「はっきり言って……戦闘になれば俺は確実に負けるぞ」
「……え?」
「俺とLS・エルゴ・スムの相性は最悪だ。戦えば勝てん」
マニゴルドさんのジパングはあらゆるダメージを金銭に変換して、超級職【放蕩王】はその金銭で強力無比の砲撃を連打する。
攻防一体のバトルスタイルのマニゴルドさんが、勝てないと断言する相手……?
「……何でよりにもよって俺だけで、他の連中が全員いないのか」
「あの、他の人達って……」
「ファトゥム、イヴ、そしてユーゴーの師匠の色情狂はグランバロアとの交渉……あるいは戦闘のために外している。アルベルトと夢路とカルルも、西方に向かったとは聞いている。爺様と婆様はいるかと思ったが、爺様はリアルのタイトル戦。婆様もリアルで息子夫婦が孫連れて遊びに来てるから不在だ」
「……それはまた」
結局、マニゴルドさんしかいない。
「九人も<超級>が揃っているのに、肝心なところでは俺が貧乏くじを引く。先日もデスペナになったばかりだというのに」
溜息を吐くマニゴルドさんと共に、私達はドラグノマドの市庁舎へと歩いて行った。
◇
市庁舎についた私達が通されたのは、天井が高く、広々とした会議室だ。
私が【マーシャルⅡ】を出せる部屋、ということだろう。
『ふふふ。随分と待たされましたぞ?』
そして会議室には先客がいた。
会議室に待っていたのはマニゴルドさんの護衛であるイサラさんと、もう一人。
一目でそれが変態……【呪術王】LS・エルゴ・スムだと分かる。
なぜなら、緑色の衣服に全身を包み、頭部の半分を仮面で隠し、下半分に赤い酸素マスクを着けた怪人だったからだ。
……想像以上に異様な風体だった。
『ほほぅ。俺のファッションが気になっているようですな。クリスマスなので、普段の緑の装いに赤を足したクリスマスカラーですぞ』
「……今日四月じゃない?」
断じてクリスマスではない。
一体どこの次元の話をしているんだろうか。
「……その酸素マスクは?」
酸素マスクからはチューブが伸びて、腰につけた小型のボンベに繋がっている。
アバターなのだしそこまで大きな病気もないと思うけど、酸素吸入が必要な事情があるのだろうか?
『このボンベには我が魂の故郷の空気を詰めているのですぞ』
「?」
『平均年齢が13歳以上の空気は俺にとっては瘴気と同じですな。耐えられないのですぞ』
「…………?」
え、っと……?
『だからロリとショタの空気を酸素ボンベに詰めてレジェンダリアから持ってきたのですぞ。ボンベもボックスに五〇ダースは入れてありますな!』
少年少女の周囲で採取した酸素ボンベを五〇ダース……六〇〇個も持ち歩く男。
……こわいこわいこわいこわいっ!? 一個でも怖すぎるよ!?
「マニゴルドさん。わたし、かえってもいいですか?」
「声の震え方から本気で嫌なのは分かるが耐えてくれ……」
これが……レジェンダリアのHENTAI……!
それは下半身に正直な師匠達も『一緒にするな』って言うよ……!
『おっと、そろそろ交換ですぞ。んー、次のボトルはクルムン幼学校の空気にしよう。おお、庭園で栽培していた花の匂いと、少年少女のスメルが混ざって香しいですぞぉ!』
「かえるー! わたしかえるー!?」
「落ち着け! リアルを漏らすな! 狙われるぞ!」
「ひぃ……!?」
ゾッとしながら飛び退くが、HENTAIは特に気にした様子もない。
『え? そちらのお兄さん、リアルだと15歳の女子中学生とかでは? 守備範囲外なので別に気にしなくていいですぞ?』
守備範囲外って言われても正確にリアルの年齢と性別当てられた時点で怖すぎる!?
『それよりもそちらのメイデンのお嬢さんとか見た目もギリギリ守備範囲内で実年齢一年以内だからとても良いのですぞ』
「キューコ! 戻って!」
「うぃ」
キューコの貞操を守るため、わたしは即座に彼女を紋章へと戻した。
『ふぅむ。そう怯えられても困るのですぞ。私はただの子供好きですが?』
「どういう意味合いで好きなのかが問題だ!」
『それこそ心外。我々は<YLNT>……<イエスロリショタノータッチ倶楽部>! 直接触ったりしません。基本は嗅ぐだけですぞ』
嗅ぐ時点でアウトだ……!
『このボンベの空気にしても、クランが出資している幼学校や孤児院の空気ですし? そういえば、そちらの【鋼姫】殿も孤児院経営をしているそうで。いや、話が合いそうですな!』
「…………」
イサラさんは無言で微笑を浮かべているけれど、コメカミに浮いた血管が「一緒にするなHENTAI殺すぞ」と口よりも雄弁に語っていた。
それを抑えているあたり、この人はプロの秘書だと思った。
『ウィットに富んだ会話で場も温まったところで交渉に入りたいですぞ!』
「…………」
《地獄門》もビックリなくらい空気凍ってない?
ともあれ、マニゴルドさんは自ら矢面に立つようにHENTAIの対面に座り、私も(イヤだけど)席についた。
交渉の始まりである。
『俺の要求は既に伝えているとおり、<セフィロト>の保有する人化の珠ですぞ』
人化の珠は、【エルトラーム号】での交渉でマニゴルドさんが手に入れたものだ。
一体どこから聞きつけたのか、HENTAIはそれを目的にドラグノマドまでやって来たらしい。
「……何のために?」
『んんん、愚問ですぞ! その珠があればこの世にロリショタが増えるのですぞ! 求めない者などいないのですぞ! ドラゴン○ールよりも優れた珠なんですぞおおおお!!』
「いるよ!? 求めない人きっといるよ!?」
私も欲しくないよ!?
あ、でも人間を多数殺害したモンスターに《地獄門》でカウンター決められるかも……いやいやいやいや!
『うーむ。理解されないというのは悲しいことですぞ……』
HENTAIは露骨に気落ちした様子で肩を落とした。
『さて、そちらも何かこちらに求めることがあるのでは?』
「ああ。【アムニール】を持っているか?」
『ありますぞ』
マニゴルドさんの質問に、HENTAIはあっさりと頷いた。
『枝を一本、ロリに偽装したババアからパスされておりますな。ここで出すと……部屋が壊れるかもしれませんぞ?』
……今、国の代表への酷い暴言が副音声で入ってた気がする。
けど、この会議室に収まりきらないサイズなら、【ホワイト・ローズ】の改修には十分な量だろう。
「それを譲る気はあるか?」
『俺は生産職ではありませんからな。交換の天秤に載せる用意はありますぞ。珠となら引き替えてもいいのですぞ』
HENTAIにしてみれば、手放しても惜しくはないらしい。
それは良かった、けれど……。
「生憎と、珠は渡せん。何を引き換えにしてもな」
『――フゥム? どういうことですかな?』
HENTAI――【呪術王】LS・エルゴ・スムの空気が僅かに変わる。
私にとっては幾度もの覚えがある、<超級>特有の威圧感。
ああ、分かっていた。
これがHENTAIだとしても……トップクランのオーナーにして<超級>の一角。
いわば、姉さんに匹敵する存在なのだと。
…………比べちゃってごめんね、姉さん。
「あの珠を今持っているのは俺だ。しかし、所有権はまだ確定していない。カルディナと黄河での交渉中。それが定まらないうちに、他国に流すことはない」
『ほう。では交渉が完了すればいいのですかな?』
「それも難しいな。少年少女を増やすというお前の目的以外に、使い道もある。どう判断を下すかもやはり、俺に決定権はない」
『……ではこの交渉は何のためにやっているのですかな』
酸素マスク越しにも、露骨に不機嫌さが伝わってくる声音だ。
「【アムニール】を求めている。そして、他国の<超級>にこれ以上問題を起こされても困る」
『……砂漠の西での小競り合いは事故でお互い様なのですがな。お陰で、こちらも同行者とはぐれているのですぞ』
小競り合い?
『ふーむ。しかし、話は分かったのですぞ。つまり件の珠は渡せない。それはそれとして俺の拝領した【アムニール】を譲れということですな?』
【呪術王】はうんうんと頷いて……。
『――虫が良すぎる話ですな』
――足元に魔法陣……テリトリー系列と思われる<エンブリオ>を展開した。
私もマニゴルドさんも咄嗟に席を立ち、イサラさんは既に金属を両手に纏わせて臨戦態勢だった。
マニゴルドさんにしても、既にジパングを展開しているだろう。
私達が《地獄門》を使うには、【マーシャルⅡ】を取り出す手間がいる。
『んんんん、剣呑ですな。喧嘩を売っているのはそちらだというのに』
<エンブリオ>を展開しても、スキルはまだ発動させていない【呪術王】は、椅子に座ったまま席を立った私達を下からねめつけている。
『しかぁし、俺は紳士ですぞ。紳士だから、平和的かつ公平な解決法を提案するのですぞ』
【呪術王】は両手をパンと打ち鳴らし、そう言った。
「……公平な解決法、って?」
『しかぁり。そちらは珠を渡したくないし、【アムニール】が欲しい。俺は珠が欲しい。だけど素直に交換もできない。ならば、遊戯ですぞ』
「ゲーム?」
交渉の席での唐突な発言に、虚を突かれる。
『俺とそちらの三人……先ほどのロリ込みの四人で良いですぞ。プレイヤーは四人でも、外野の助っ人を許可しますぞ。一対四の遊戯で俺が勝ったら珠を貰う。負けたら【アムニール】を渡して珠も諦めるのですぞ』
「…………」
マニゴルドさんが、思案するように口元を手で押さえる。
『これなら俺が勝利して珠を獲得しても、そちらは「奪われた」と黄河に言い訳出来ますからな。しかし、一対四のハンデを負っているのでそちらには罰ゲームもつけますぞ』
「罰ゲームって、何を?」
『俺の<エンブリオ>のスキルを受けてもらう、ですぞ』
<エンブリオ>の、スキル。
この【呪術王】の<超級エンブリオ>、……恐らくはマニゴルドさんが勝てないといった理由そのもの。
それを受けることはリスクかもしれない。
だけど……。
「……互いの獲得物の前に、ゲームのルールを述べるべきだな。受けてから、理不尽なゲームであれば目も当てられない。人数差が逆に不利になるゲームもありえる」
その通りだ。
そもそも、外野が助っ人できる一対四のゲーム、というのが分からない。
いったい、この<超級>はどんなゲームを仕掛けてくるのか。
『なに、誰でも知っている簡単な遊戯ですぞ。遊戯内容は……』
【呪術王】は間を一つ置いて……宣言する。
『――――Hide&Seek』
本当に、世界中の誰でも知っているゲームの名前を。
To be continued
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<登場前から上がっていたHENTAIハードルを越えられただろうか




