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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩編 四ページ目

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448/716

工房と遊戯 その二(加筆修正版)

(=ↀωↀ=)<情報修正&加筆

 □【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス


 <セフィロト>。

 言うまでもなく、<Infinite Dendrogram>で最も有名なクランの名だ。

 十人の構成メンバーのうち、九人が<超級>という破格のクラン。

 【地神】ファトゥム。

 【砲神】イヴ・セレーネ。

 【闘神】RAN。

 【神獣狩】カルル・ルールルー。

 【神刀医】イリョウ夢路。

 【戯王】グランドマスター。

 【放蕩王】マニゴルド。

 【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザー。

 【撃墜王】AR・I・CA。

 異なるスタイルの<超級>が九人。総戦力と対応力は他のクランと一線を画し、結成されてからの数ヶ月で解決した事件の数は数え切れない。

 師匠に引きずり込まれて私が直面している珠の事件も、その一つになるのだろう。

 しかし、逸話に事欠かない<セフィロト>だが……肝心のクランオーナーの詳細は謎に包まれている。

 『<超級>ではない』、『それは欺瞞情報で本当は切り札の<超級>なんだ』、『実はティアン』、『適当な<マスター>をオーナーということにして、実際は【地神】がオーナー』、『なんとカルディナの議長その人がオーナー』、など情報が錯綜している。

 最も有名なクランで最も無名な人物。それが<セフィロト>のオーナーだ。

 そんな謎に包まれたオーナーにこれから会うのだと、マニゴルドさんは言った。

 ……私は師匠の弟子(にされた身)で、マニゴルドさんの依頼を受けもしたけれど、カルディナ所属ですらない。言ってしまえば部外者だ。

 私が会ってもいいのだろうか?


「何か考えている様子だが、気にするな。別にオーナーのことは極秘事項でも何でもない。俺達の都合で口外しないだけだ」

「都合?」

「じきに分かる」


 そう言って、マニゴルドさんは先に進む。


「……?」


 ふと、以前にも誰かと<セフィロト>のオーナーについて、何事か話したような気がした。

 しかし、それは記憶の棚から出てこない。


「着いたな」


 そうこうしているうちに、私達は大きな建物の前に到着していた。

 建物の門には『ドラグノマド市庁舎』と書かれている。


「なるほど」


 以前、<セフィロト>はカルディナ議会の働きかけでできたクランだと聞いた。

 だからその本拠地も公的な建造物の中にあるのかと納得した。


「……何だと?」


 ただ、辿り着いた市庁舎の前で、マニゴルドさんは不意に何事かを呟いた。

 耳を見れば、【テレパシーカフス】があったので、誰かから連絡が入ったのだろう。


「分かった。すぐに行く。……すまない、急用が入った」


 マニゴルドさんは私に向き直り、そう言って謝った。


「一時間ほどで戻るので、先にそこの店に入って何か食べていてくれ」


 急いでいる様子のマニゴルドさんは、私に金貨の入った袋と『紹介状』と書かれた紙を手渡した。……紹介状?


「あの、これは……」


 質問しようかとしたものの、マニゴルドさんは既にどこかへと駆け出していた。

 余程の急用なのだろう。


「……やせたからフォームがあんまりみぐるしくない。ざんねん」

「だから発言が失礼だよ、キューコ」


 やはりマニゴルドさんへの当たりがきついキューコに一言注意して、渡された紹介状に視線を落とす。

 そこにはマニゴルドさんの名前と、市庁舎から道一つ挟んで向かい側にあるレストランの店名が書かれている。

 店先には、『本日は紹介状をお持ちのお客様のみのご案内になります』と書かれていた。

 どうやらかなり敷居の高いお店らしい。

 ともあれ、マニゴルドさんが来るまで市庁舎には入れないだろうし、あのお店で時間を潰そう。


『いらっしゃいませ』


 入店すると、微笑を浮かべた女性の店員さんが迎えてくれた。

 ただ、服装は白いシルクのドレスを着ていて、飲食店の店員らしくはない。

 それに私達を迎えるときの『いらっしゃいませ』も言葉で発せられたわけではない。

 スケッチブックを持っており、そこから『いらっしゃいませ』と書かれたページを開いている。

 少し……いやかなり変わったお店だ。


「…………」

「……キューコ?」


 店内に入ると、隣のキューコが私の袖を引いていた。


「どうぞく」

「!」


 キューコの言葉で、私達を出迎えた白いドレスの女性がキューコの同族……メイデンの<エンブリオ>であることに気づいた。

 《紋章偽装》はされておらず、左手の甲には何もない。


『紹介状はお持ちですか?』


 メイデンの女性はスケッチブックを捲り、私にそう尋ねた。


「ええ、あります」


 私がマニゴルドさんから預かった紹介状を見せると、女性は何事かを確認した後、私達を店内へと案内した。

 店内は狭すぎず広すぎないもので、丸テーブルが五つとカウンター席がある。

 私達以外の客は、カウンター席にいる顔をヴェールのようなもので隠した女性と、丸テーブルについた夫婦らしい中年の男女だけだった。


『こちらの席へどうぞ』


 促されて私とキューコも丸テーブルの一つにつく。


『当店の料理は、リクエストに沿ったシェフのお任せコースとなっております。ご希望の食材や味付けなどはございますか?』

「あ、では私は肉と魚介類の入っていないメニューで。卵や乳製品は大丈夫です」

「しろいもの」

『かしこまりました』


 オボ・ラクト・ベジタリアン向けのメニューを求めた私と、色指定という奇妙なリクエストのキューコに動じることもなく、女性はスケッチブックにリクエストを書きつけて下がっていった。

 すると、別の店員女性が私達のコップに水を注ぎに来る。


「……?」


 ただ、それは少しだけ奇妙な光景だった。

 私達を案内して注文を聞いた女性と、水を注ぐ女性は別人である。


 しかし、――同じ顔(・・・)をしている。


 髪と瞳の色が違い、着ているものが白ではなく灰色のドレスではあるものの、顔の造形は全く一致していた。

 キューコは、店員の女性をメイデンだと言っていた。

 であればこの女性もメイデンであり、それが意味することは……。


「……レギオンとのハイブリッド?」

『ごゆるりとお過ごしください』


 私の呟きにも特に反応することなく、水を注いだ女性もスケッチブックの文言を提示して去っていった。


「…………」


 このお店の店主が<マスター>で、メイデンwithレギオンの<エンブリオ>を店員として使っている、ということかな?

 もしかすると調理補助もしているのかもしれない。

 料理特化の<エンブリオ>、それもメイデンか。

 もしかすると、物凄い料理が食べられるかもしれない。


 十五分ほど待つと、最初に私達を案内した女性が料理の載ったワゴンを押してきた。

 そうして私とキューコの前に配膳されたそれは……一見すると普通の料理だった。

 私のものは野菜がふんだんに入った肉抜きのスパニッシュオムレツ。

 キューコのものは白いカルボナーラだった。

 ……綺麗に盛りつけられているけれど、とても普通の料理に見える。


「「…………」」


 私とキューコは顔を見合わせるけれど……とりあえず食べてみよう。

 軽いお祈りの後、ナイフで切ったオムレツの一かけらを口に運ぶ。



 ――天・地・創・造。



 野菜と卵。地の恵みと生命の恵み。混然一体。

 遍く自然と私が口内で生まれて弾けて融合して宇宙の一部に……。


「……ハッ!?」


 一瞬、見えてはいけないものが見えた!?

 ナニコレ!? アブナイクスリでも入ってるの!?


「きゅ、キューコ、大丈夫……!?」


 同じように料理を食べたキューコに視線をやると、そこにはいつも通り平然とした表情の彼女がいた。

 どうやら彼女は何も……違う。

 彼女の皿のカルボナーラは既になくなっていた。

 まるでネメシスのように、今の僅かな時間で食べ切ってしまっている。

 そして彼女は手にしたフォークを、素知らぬ顔で私のスパニッシュオムレツへと伸ばし始めていた。


「待ってキューコ! アイデンティティ! 食癖のアイデンティティどうしたの!? これ黄色いし緑だし赤いよ!?」

「この美味の前に全ては忘却の彼方へー」

「そんな!? 棒読みまでなくして!?」


 店内で行儀悪くも慌ててしまっているけれど、周囲を見ると他テーブルの夫婦は何か微笑ましそうに私達を見ている。

 その生暖かい視線は、まるで「初めて食べたらそうなるよね」と言わんばかり。


 ◇


 その後、なんとかしてキューコを正気に戻し、私も自分のオムレツを平らげた。

 覚悟していたからか一口目のように幻覚を見ることはなかったけれど、あまりの美味しさに跳ね回ってしまいそうだった。


「この料理、一体どうやって作ったんだろう……」


 料理人系統の超級職とか?


「いや、調理工程や材料は普通だな」


 すると、私の疑問の呟きに応えるように聞き覚えのある声がした。

 それは、来店したマニゴルドさんのものだった。


「マニゴルドさん」

「すまないな。少し面倒なトラブルが発生しかけていたんでな。対処できる<超級>が今は俺しかいなかった」


 そう言ってマニゴルドさんは椅子に座り、店員の女性から差し出された水を一気に飲み干した。


「シェフを」

『かしこまりました』


 マニゴルドさんの言葉に女性は頷き、店の奥に向かう。


「もとデブ。ふつうってどういうこと?」


 そんなマニゴルドさんに、キューコが先ほどの料理に関する発言について尋ねた。


「言葉のままだ。調理も、食材も、何も特別なことはない。ジョブだって上級職だ」


 <エンブリオ>の力で特殊な調理をしている訳じゃない?


「でも、あんなにおいしいのに……」

「味の理由は今から説明する。【ホワイト・ローズ】の修復にも関わることだからな」

「え?」


 料理と【ローズ】の修復に何の関係が……?


「重要なのは、普通の料理が異常に美味いトリックについてで……」

「……マニゴルドさん。人が丹精込めて作っている料理に普通だのトリックだの言われても……困ります」


 そのとき、先ほど店の奥に向かった女性がコックスーツを着た男性の手を引いて戻って来た。

 男性の左手には『家屋の前に立つ女性』の紋章がある。

 彼が料理人であり、このメイデン達の<マスター>なのだろう。


「……それに、まだ営業中なんですが」

「構わないだろう。今ここにいるのは身内と、身内の身内だけだ」


 男性は嫌そうな顔だったが、マニゴルドさんは気にした様子もない。

 中年の夫婦は既に食事を終えて退店しており、私達以外で店内にいる人はカウンター席に座るヴェールの女性だけだ。

 あの人も身内なのだろうか?


「シェフ、紹介する。こっちがAR・I・CAの弟子をやってる奇特な<マスター>ユーゴーと、そのメイデンのキューコだ」

「ユーゴー・レセップスです。ジョブは【装甲操縦士】」

「キューコ。TYPE:メイデンwithアドバンス」

「ああ。これは……どうも」


 私達が挨拶すると、コックの男性はぺこりと頭を下げた。


「そしてこっちが……うちのオーナー(・・・・・・・)だ」


 順番と言うように、マニゴルドさんはコックの男性を指してそう言った。

 その言葉に驚く私に対し、コックの男性……<セフィロト>のオーナーは、マニゴルドさんの紹介に嫌そうな顔をしながらも挨拶してくる。


「……ええ。僕が心底嫌だったのに<セフィロト>のオーナーにさせられた(・・・・・)シェフ・プラクティスです。よろしく、ユーゴー君」

「え、あ、はい」


 最強クランのオーナーであることが本気で嫌だと分かる声音に加え、練習中の料理人(シェフ・プラクティス)と名乗った彼にどう返すべきかも分からない。

 けれど、思い出した(・・・・・)

 以前、師匠と<セフィロト>のオーナーについて話したことを。


 ――ま、うちのオーナーはレストランやってるからそれでも問題ないんだけどね!

 ――しかもオーナーのお店は首都ドラグノマドでも屈指の人気店なのさ!


 たしかに、そう言っていた。

 <セフィロト>のオーナーとレストランという文言が乖離しすぎて、記憶の棚の奥にしまい込まれて中々出てこなかった……。


「それと、彼女達が僕の<エンブリオ>でこの店の店員。TYPE:メイデンwithキャッスル・レギオンのシルキー。この髪も白い彼女がオリジナル。他の五人はレッド・オレンジ・イエロー・グリーン・ブルーです」


 彼が<エンブリオ>……シルキーを紹介すると、彼女達は一斉に会釈した。

 髪や瞳の色と対応した、シンプルな名前だ。

 そしてオリジナルと紹介された白いシルキーを除き、灰色のドレスを着ている。


「ああ。それとまだ言っていなかったな」


 シェフさんの自己紹介の後、マニゴルドさんは両手を大きく広げて店内を示す。

 そして……。


「ようこそ。我らが本拠地(・・・・・・)、レストラント・マルクトへ」


 この飲食店こそが<セフィロト>の本拠地(ホーム)だと告げたのだった。

 ……レストランを経営しているとは師匠から聞いていたけど、本拠地にもしていたのか。


「……元々、そんな名前じゃなかったですけどね。前の店を壊されて、直したら<セフィロト>由来の名前にされてましたし……」

「……壊された?」


 物騒な言葉が出てきた。


「ああ。俺達が集まった初回の打ち合わせでシェフの前の店を使ってな。色々あって殺し合った末に崩壊した」


 色々あって殺し合った末に崩壊。

 あまりにも物騒すぎる。

 ……まぁ戦闘系<超級>が集まった状況での揉め事なんて、物騒なことしかないだろうけれど。


「安心しろ。再建費用は俺とカルディナ議会が出した」

「……再建の関連書類に、『クランのオーナーになる』って【契約書】が混ざってましたけどね。とてつもなく分かりづらく書かれて」

「シェフがオーナーになるのが一番丸いと判断されたから仕方ない。他は誰がなっても殺し合いの再発だった」

「……『他国に移籍したら“監獄”行き』とも書かれてましたよ? それに、僕でなくとも他にもいたでしょう?」

「……性格で言えばアルベルトでも良かっただろうが、あいつは喋らないからな。そもそも、あいつや爺様婆様は立候補もしなかった」

「……僕も立候補なんて全くしてませんけど? 巻き込まれただけだったのに……」

「適材適所だ」

「……事務と調理がクランオーナーの仕事ならそうでしょうけどね」


 何やら、シェフさんがクランオーナーになった経緯は複雑そうだ。


「……あとは貧乏くじを引くことですかね」

「そう言うな。良いこともあるだろう」

「……オーナーになって良かったことなんて、議長の手配で多くの講師に料理を習えること。……あとは前よりも店の基本性能(・・・・・・)が上がったことくらいですよ」

「ああ。今のこの店はこの世で最も堅牢な店だからな」


 この飲食店が堅牢?


「……堅牢にしたくてしている訳じゃないです。おまけですよ。求めてる効果はそっちじゃない」

「本来なら、要塞でも築いてそこに住んでもらいたいがな」

「……そんな場所に住みたくないですし、そんな場所じゃ店も開けない」

「まぁ、そもそもこの【ドラグノマド】の背の上には要塞を作るのも難しいがな」

「……背の上には、ね」


 傍から見ても二人は何らかの事情を踏まえて話しているのは分かったが、それは余人である私には分からない。


「マニゴルドさん。結局、料理の秘密は? それに、このお店は一体……」

「まぁ、この店の秘密は一言で言えばシルキーだ」


 それは分かる。

 埒外の現象を引き起こすのは、ジョブやアイテムよりもむしろ<エンブリオ>に多い。

 メイデンともなればなおさらだ。

 けど、料理そのものは工程も含めて普通だと言っていた。

 ならばその能力は……。


「先に答えから言うが、シルキーは自身が働いている建造物の性能を二倍にできる」


 私の推測を遮るように、答えはあっさりと述べられた。


「――そして働くシルキーの数を増やすと強化も倍々になる(・・・・・)

 ――とんでもない付加情報と共に。


To be continued


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― 新着の感想 ―
オーナーはデンドロで何を思ってこんな能力のメイデンになったんだろうか 気になる
[一言] やべぇ勘違いしてたwグランドマスターさんがオーナーやと思ってたwww シルキーの数を増やすと性能が倍って何十人にも増やしたら最強の硬度になるってことですか!? まぁ増やすのになんか条件やら…
[気になる点] あー工房で働かせたらホワイトローズも直せるってことかな
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