工房と遊戯 その一
(=ↀωↀ=)<こちらは久しぶりの更新
(=ↀωↀ=)<最近はAEの方を更新していました
(=ↀωↀ=)<まだお読みでない方は下記のリンクか目次上部のシリーズ一覧からー
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□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
カルディナの首都<ドラグノマド>は、多種多様な文化と街並みを擁する<Infinite Dendrogram>の中でも、特に一風変わった都市だと言われている。
なぜなら、ドラグノマドは【漂竜王 ドラグノマド】……頭部先端から尾部末端までの全長が数キロメートルにも達する超巨大竜の背中に造られた都市だからだ。
ありえないほど巨大だと思っていた姉さんのパンデモニウムが一キロ四方であったことを考えると、本当に破格のサイズと言える。
「……これは、すごいな」
「すごく。しずか」
首都に到着した船から降りて港に立った私とキューコ。
待ち合わせのために【ドラグノマド】の背にある展望台を訪れ、そこから風景を見下ろしていたけれど……実際に見るまではちょっと想像できなかった景色だ。
あのキューコさえも、少し感動している。
全く揺れないものの、【ドラグノマド】は今も移動中だ。大陸最大の面積を誇る砂漠の国土を渡り歩いているのである。
砂漠の只中を、高層ビルよりも遥かに高い位置から見下ろしてゆっくりと進み続ける。
ファンタジーにしても、ファンタジーが過ぎる。
見下ろせば、首都に入港する船舶の姿が見える。常に移動しているため、砂上船はドラグノマドの背から緩い傾斜で垂れ下がったスロープを上って背中の港に入る仕組みになっている。
港湾設備まで当たり前のように備わっていることが、【ドラグノマド】の巨大さを物語る。
ただ、『【ドラグノマド】でもモンスターとして最大級ではない』らしい。
地竜に限っても【地竜王 マザードラグランド】は比肩するサイズであるらしく、同様に都市として機能しているレジェンダリアの巨大樹【アムニール】もある。
そして、比類なく最大の存在として【海竜王 ドラグストリーム】がいるという。
基本的に海中の方がモンスターは大型化するらしいけれど、【海竜王】はそんな話ではないくらいのサイズらしい。
興味は惹かれるものの、姉から話を聞いた時点で『絶対に遭いたくないモンスター』リストの頂点に記録された。
とは言っても、目的地だった天地との<境海>には来ないらしいし、グランバロアにも行くことはないだろうから心配も要らないだろうけど。
私が今いるカルディナとグランバロアの関係が悪化しているらしいので、尚更だ。
「無事に到着したな」
「あ。もとデブ」
「キューコ、失礼!」
展望台から景色を眺めていると、待ち合わせていたマニゴルドさんから声を掛けられた。
マニゴルドさんは所用で私達に先んじて首都に戻っていたが、無事に合流できた。
なお、キューコが『元デブ』と言っているのは、今のマニゴルドさんが最初に会ったときとはまるで違う体型だからだ。今はスラリとした体形の美形になっている。
【エルトラーム号】事件の後にデスペナルティとなり、その結果体型が初期状態に戻ってしまったらしい。
「早速だが、約束通り【ホワイト・ローズ】を修理する工房に案内する」
「はい」
そう、この首都に訪れた目的はそれだ。
先日の【エルトラーム号】の事件で、私の【ホワイト・ローズ】は重大な損傷を負った。それこそ、自動修復機能ではまるで治りようがないほどに。
そこで、首都にいる<セフィロト>お抱えのエンジニア……師匠の【ブルー・オペラ】も担当している人に見せることになった。
コンセプトも素材も違うけれど、二機はどちらも姉さんの作品。
普段から【ブルー・オペラ】を扱っているその人ならば、【ホワイト・ローズ】も修復できるかもしれないという話だった。
【ホワイト・ローズ】が復活するかもしれない。
そんな希望を持って、私達はマニゴルドさんと共に工房へと向かった。
◇◇◇
「修復は無理だ」
「…………」
港の近くにあるカルディナの首都工房にて、ガレージから取り出した【ホワイト・ローズ】を見た技術者は開口一番そう断言した。
……希望はどこ。
「どうしても? おかねは、もとデブがいくらでもはらうよ」
「無理だ」
技術者――カリュートさんという【高位技師】の男性は、キューコの言葉にも重ねて「無理」と断言する。
「はっきり言うが、これはもうスクラップだぞ」
「……熟知しています」
私の愛機、姉さんからの贈り物、【ホワイト・ローズ】。
けれど、その姿は無惨に変わり果てている。
四肢は全て失われ、装甲は全て脱落するか砕けており、内部フレームも歪んで破断し、操縦者の魔力を変換する機関も死に、施されたスキルも機能しない。
メンテナンス機能もあったはずだが、もはや治ろうともしていなかった。
【ホワイト・ローズ】は……完全に機能を停止していた。
「どんな戦いをすればここまで壊れる?」
「<マジンギア>同士の戦闘で破損しました」
竜頭と紅白竜の<マジンギア>相手に三つ巴の戦闘。
爆炎の中での奇襲と、<UBM>に変貌した相手との戦い。
全機能を使い切っての綱渡りの撃破、その代償が今の【ホワイト・ローズ】だ。
「相手の機体名は分かるか?」
「……【インペリアル・グローリー】。勝利はしましたが、機体はこうなりました」
二機との戦いだったけれど、傷はほぼ全て竜頭……【インペリアル・グローリー】から負わされたものだ。
乗り手の技量と機体性能。どちらも遥かに格上……<超級>に迫る実力の難敵だった。
「……ほぅ?」
私の回答に、カリュートさんはどこか楽しげに眉を動かした。
「なるほど。これであいつに勝ったか。ほぅ、……ほぅ!」
カリュートさんはスクラップになった【ホワイト・ローズ】の部品を持ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「相手がティアンとはいえ、先々期文明の動力炉持ちに操縦者依存の通常動力炉で勝つか。フランクリンも腕を上げたな。あるいは、パイロットの腕か」
「え?」
まるで姉さんを知っているかのような言葉だ。
そもそも、私はまだこの人に【ホワイト・ローズ】が誰の手で作られたかも話していない。
師匠の【ブルー・オペラ】の整備もしているらしいから、作り手の癖を読み取った……?
「ん? 何だ。AR・I・CAやマニゴルドから聞いてなかったのか?」
私が彼の発言について考えていると、彼は【ホワイト・ローズ】から私に視線を移して、疑問の答えを口にする。
「私も元<叡智の三角>だ。創設メンバーの一人で、【インペリアル・グローリー】も私のチームの作品だよ」
「な!?」
<叡智の三角>の創設メンバー!?
しかも、あの【インペリアル・グローリー】を作った人……!
「私は武装面の担当だ。ドラゴニック・バーンや、ペイントナパームだな」
「…………」
そうか、この人が……。
この人が……『武装使用時に音声入力が必要』なんて仕様にした張本人かー。
「……おい。言っておくが音声照合は私のせいじゃないぞ」
私の心の声を察したのか、カリュートさんは嫌そうな顔で訂正した。
「制御担当が勝手に組み込みやがったんだ。で、それを発端とした大喧嘩が私のクラン脱退理由になる。傑作に余計な制限つけやがって……」
「あ、はい……」
どうやら、制作チームは一枚岩じゃなかったらしい。
……私がいた頃も、個性と趣味のぶつかり合いは日常茶飯事だったっけ。
「ちなみにフランクリンでもないぞ。あの時期はAR・I・CAが抜けたときの大喧嘩が後引いてフランクリンも荒れてたからな。国からの発注でも私達に丸投げしてた」
「え?」
師匠が抜けたときに……大喧嘩?
師匠は姉さんから【ブルー・オペラ】を貰ったそうだし、てっきり円満に別れたと思っていたけれど……。
「そんな事情でクランを抜けたんだが、早々にカルディナのスパイから打診があってな。渡りに舟で受諾した。で、前の戦争への介入でカルディナが皇国に攻め入ったとき、ついでに拾ってもらってこっちに来たって流れだな」
「なるほど……」
疑問はあるけれど、納得したこともある。
<叡智の三角>の脱退者は結構多いとは聞いていたけれど、それは【マーシャルⅡ】の完成前の話。成功しないプロジェクトに嫌気が差して抜ける人が殆どだった。
だから【マーシャルⅡ】が完成して国に認められた後は、好待遇と優れた開発環境のために脱退者はほとんどいなかった。
でも、カリュートさんは数少ない例外だった。
ちゃんと完成した【マーシャルⅡ】の仕組みが頭の中にあって、【インペリアル・グローリー】といった特別機の開発も任されていた一人。
そんな人物だからこそ、カルディナもヘッドハンティングしたのだろう。
そして創設時から<叡智の三角>にいた人ならば、【ホワイト・ローズ】を姉さんの作品と看破しても不思議はない。
「カルディナで私以上に人型の<マジンギア>に詳しい奴はいない。……で、その見地から重ねて言うが私でもこいつの修復は無理だ。死んでる。……コンセプトだけ継承して新造した方が早いな」
「…………」
カリュートさんが先ほどの発言を繰り返し、修復不可能という事実が再び圧し掛かる。
あるいは……姉さんでもこの状態から蘇らせることはできないかもしれない。
「そもそも、Mr.フランクリンはどうやってこの機体を作ったんだ? 純粋な機械技師としてはカリュートの方が上じゃないのか?」
それまで黙って話を聞いていたマニゴルドさんが問いかけた。
「フランクリンの奴は特殊な加工ができる器具……専用のモンスターを用意できるんだよ。だから俺達よりも高度な加工や錬金、付与ができる」
姉さんの<超級エンブリオ>であるパンデモニウムは、モンスター作成においてかなりの自由度がある。
それを開発にも応用したということなのだろう。
「しかも【オペラ】の制作時は第六形態だったが、この【ホワイト・ローズ】は<超級>になってからの作。より特殊な加工と付与が施されてんだよ。偶発的にできた歌う動力炉を除けば、こいつは【オペラ】よりも上の性能をしてやがる」
だからこそ、自分では修理できないとカリュートさんは言っているのだろう。
「レプラコーンでも無理か?」
そんなカリュートさんに、マニゴルドさんが重ねて問う。
「レプラコーン?」
「私の<エンブリオ>だ。TYPE:レギオン、【模倣職人 レプラコーン】」
カリュートさんがそう言うと、左手の紋章から沢山の小人が現れた。
それらは歯車が付いた、一見して機械仕掛けと分かる小人達だった。
「能力特性は銘と同じく模倣職人。機械製品を分解させると、使われてる技術を少しだけ習得できる。分解する数を増やすほど技術の習得率も上がる」
「それは……」
「カルディナから提供された先々期文明の機械を解体して、部分的には先々期文明の技術を獲得できるってことだ。重宝されてもいる」
先々期文明の技術を持つ<エンブリオ>!
それならもしかしたら……。
「ただし、制限も多い。まず、複雑かつ高度な機械製品ほど、技術習得率が低い。そもそも分解できないケースもある。それに作れるものは私自身のDEXやスキルレベルに依存するし、オリジナルと比べた完成度はどう足掻いても一〇〇%には達しない。だから先々期文明動力炉の分解もやらなかった。数が少ない上に超高度。分解しても意味がある技術を得られる可能性が低すぎたからな」
「…………」
「それに、こいつの修復に関してはそもそもの話が別だ。まず人型ロボット兵器自体が、機械式ゴーレムくらいしか先々期文明にはなかった。残存するそれらはほぼモンスター化している。おまけに人が搭乗するタイプでもない。模倣する技術そのものがないんじゃ、うちのレプラコーンも手が出せん。私の加工を補助するのが精々だ」
「…………そうですか」
カリュートさんの説明で、抱きかけた希望が消えていった。
……たしかに、あるなら姉さん達も自分達で作ろうとはしなかったかもしれない。
「先々期文明の人型ロボットか。最近、存在すると分かったぞ。王国の<遺跡>から自律型の人型ロボット兵器が大挙して出現したらしい」
「マジか。サンプルは?」
「ない」
「意味ねえ!」
さっきの説明からすると、やはり元の機械製品がないとダメなのだろう。
「はぁ……。そういう訳で諦めてくれ。先々期文明のお手本がなけりゃ、私はかなり腕のいい技師に過ぎないんでな」
発言には自分の技術力に関する自負が感じられたが、それでも【ホワイト・ローズ】の修復はできないと三度断言された。
「――オーナーからの貸与許可がある、と言ったら?」
――けれど、マニゴルドさんのこの言葉でカリュートさんの目の色が変わった。
「……本気か?」
「【ブルー・オペラ】の整備や先々期文明技術の取得、レインボゥの改修でこの工房の重要性を上も認めた。だから、一体貸し出すそうだ。それで、これならばやれるか?」
「……可能性は出てきたな」
その回答を聞くと、マニゴルドさんは満足そうに頷いた。
「よし。ユーゴー、これから修復に必要なものを受け取りに行く。ついてきてくれ」
「分かりました。それで……どこに行くのですか?」
修復に必要なものとは何だろうかという疑問も抱えながら、私はそれとは違う質問をした。
「――我々の本拠地だ」
その回答に驚きながら、私はマニゴルドさんについて行った。
To be continued
(=ↀωↀ=)<蒼白詩編エピソードⅣ
(=ↀωↀ=)<本来予定してた蒼白Ⅳからのエピソード抽出版
(=ↀωↀ=)<年内に完了予定




