Frag.7-8 “トーナメント”・最終日 g
(=ↀωↀ=)<本日漫画版30話更新
(=ↀωↀ=)<ニコニコ静画の方ではクロレコの四話後半が更新です
□■Past
母から<Infinite Dendrogram>というゲームの情報を聞いた一週間後。
アルベルトの姿は件のゲームの中にあった。
本来想定されている使用者とはいささか形状が異なる彼に適応させるため、少々ハードの加工を要したが……それでも彼はこうしてここにいる。
彼の姿は、どこか研究室のような場所にあった。
彼の視線の先では、奇妙なシルエットの男が何事かの作業を行っている。
人ならざるパーツを幾つも組み合わせて人型にまとめたような異形。
顔にかけた眼鏡が知性ある者であると示している。
「ん?」
メガネをかけた男は、来訪した彼に気づいてそちらを見て……何事かを考え込むように口元に手を当てながら天井を見上げた。
「…………驚いた。本当に、驚いた」
その呟きは、心からの感想が漏れたようだった。
「0号が基幹技術を提供してから、あちらの時間で何年経った? まさかログイン可能な……<エンブリオ>が適合する情報体を生み出したのか? 技術の提供があったとはいえ、これは部分的にはかつての我々の技術を……。いや、一〇号によれば現在普及されている技術は遠く及ばないはずだ。ならば、製作者が規格外だったのか?」
アルベルトの姿を見たその男は、自らの驚愕を口にすることで思考を整理しているようだった。
「三号が応対した異邦人といい、あちらは随分と環境の差異が……む」
しかしようやく落ち着いたのか、男は視線を再びアルベルトに合わせる。
「すまない。想定外の事象に、いささか動揺した」
『…………』
想定外という言葉に、アルベルトは自身がログインできるのだろうかと不安視した。
彼自身にゲームプレイへの欲求はないが、母からレポートは頼まれている。
「ああ。心配は無用だ。ログインできた時点で、君には人……他の人々同様に資格がある。アバターのメイキングを始めよう」
そうしてアルベルトの前にいくつものウィンドウが開かれ、彼は自らの姿を設定することになる。
アバターとして動く自分を想像するのは難しかったため、母のよく観ていた古い映画をベースにしたカタチを設定していた。
そうして彼は筋肉質な巨漢のアバターとなり、必要なアイテムを受け取った後、その左手には<エンブリオ>が移植された。
「…………ッ?」
しかしアバターを得た時点で、アルベルトの体は不調を訴えていた。
恐ろしい違和感が、彼を苛んでいる。
「最初は苦労するだろう。だが、稀有な存在であるため、個人的には継続を期待する。もっとも続けるも去るも、何をするかも<マスター>の自由だが」
眼鏡の男……管理AI四号ジャバウォックは、アルベルトの不調の原因が分かっているかのようにそう言った。
「ともあれ、<Infinite Dendrogram>へようこそ。“我々”は君の来訪を歓迎する」
そんな彼の言葉と共に、アルベルトの身は空中に放り出され……スタート地点に選んだカルディナへと落下していった。
◇◆
そうして多くのプレイヤーがそうであるように、カルディナの大都市コルタナに立った彼だったが……。
「…………っ!?」
カルディナの大地に足を踏み入れた彼を苛む違和感は消えず、むしろカルディナに着いたことでより顕著に悪化した。
空気を捉える嗅覚、口中の味覚、肌を撫でる風の触覚。
ありえない情報に、世界が歪む。
運営が謳う五感のリアリティ……以前の問題。
それこそ、かつての<NEXT WORLD>で多くのユーザーが味わった五感の違和感どころではない。
五感そのもの……生身の体というエラーに、彼は動くこともできなかった。
彼――突然変異の電脳生命体であるアルベルト・シュバルツカイザーにとっては、生身のアバターこそが五感を苛むエラーの元凶なのだから。
リアルの彼は、彼という情報を納めた機械仕掛けのコンピュータ。
アバターから本来存在しない感覚を強制的に与えられ、その違和感に彼は立ち上がることもできず、砂埃の地面へと蹲った。
未知の感覚に苦しみ、ログアウトの操作処理すらできぬまま、彼は数時間もそうして蹲っていた。
しかし、やがてその苦しみも消え失せる。
彼の左手のエンブリオが孵化し、ボディ……機械の体に全身を置換されたからだ。
その途端に、彼のエラーは収まった。
視覚と聴覚、あとは感圧程度の……彼がよく知る感覚が戻ってきたからだ。
自らの体となった<エンブリオ>によって彼はこの世界に適応し、克服したと言える。
そうして動けるようになった彼は、動作訓練で今の体に適応していった。
一週間ほど繰り返した後、人間と同程度に動けるようになった彼は一人の<マスター>としての活動を開始する。
そうして害獣に分類されるモンスターの討伐や、テストも兼ねた決闘への参加など、傍から見れば一般的な<マスター>に近い活動を繰り返した。
その行動の末、彼の体であるセプテントリオンは<超級エンブリオ>に進化。
カルディナの議長の目に留まって召集され、<セフィロト>の一員として活動することになる。
その後は彼女の指揮下での<UBM>討伐や、指名手配の<マスター>との戦闘に投入された。
その活動における最大の例外とも言えるのが……今回の“トーナメント”への参加だった。
◇◆◇
□【呪術師】レイ・スターリング
フィガロさんと【殲滅王】の決勝戦の後は閉会宣言が行われて“トーナメント”は無事終了。
満員の観客は帰路に就いたし、フィガロさんの珠への挑戦もまた後日だ。
けれど、幾人かの関係者は中央大闘技場の一室に集められている。
その顔触れは、俺、兄、フィガロさん、ハンニャさん、マリー、アズライト、アズライトの護衛の騎士の人達。
そして、【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザーである。
これから何が行われるのかと言えば、取り調べである。
なぜなら、【殲滅王】の意図が完全に不明だったからだ。
カルディナの<超級>の一人として名を馳せた人物の、突然の王国移籍。
飛び入りでの“トーナメント”参加など、あまりにも不可解な点が多い。
“トーナメント”中は公平性の維持のために取り調べられなかったが、終了後にこうして集められるだけのメンバーを集めて行っている。
相手の狙いが不明なのにアズライトがいて大丈夫なのかとは思うけど、事が重大だから本人が直接聞くと譲らなかった。
そういう性格だからカルチェラタンで俺と出会いもしたんだろうが、もしも暗殺が狙いだったら相手の目の前に獲物をぶら下げるようなものだ。
……だからこそ、打っている手も一応ある。
念のため、この部屋の影の中には扶桑先輩と月影先輩も潜んでいる。
何かあれば《薄明》でAGIを落とし、割って入ることになるだろう。
そのように場を整えてアズライトによる取り調べが始まった。
「さて、順を追って尋ねるわ」
「…………」
「アナタが“トーナメント”に参加した目的は……王国に移籍した目的は何?」
最初から核心を突く質問だ。
《真偽判定》がある以上、虚偽の申告は出来ない。
だが……。
「…………」
「……返答は?」
「…………」
だが、何も喋らない相手には意味がない。
【殲滅王】は鉄のような無表情で沈黙したまま何も語らない。
そういえば“トーナメント”でもスキル宣言と、試合終了時に相手に呼び掛けるときしか喋っていなかったような気がする。
「……もしかして、契約で喋る内容を縛られているのかしら?」
アズライトの言葉に『なるほど』と気づく。
そうだ、【契約書】がある。予め『秘密を喋ったら死ぬ』などの契約を課されていれば、沈黙以外に選択肢はない。
……だけど契約を破ったとき、はたして【殲滅王】は死ぬのだろうか?
契約耐性とか発生しないか?
「…………」
しかしそんなことを考えていると、【殲滅王】はゆっくりと首を振った。
明確な『否定』の意思表示である。
「…………」
「…………」
沈黙したまま、アズライトと【殲滅王】が真正面から視線を交わす。
「王国に来たのは議長の指示?」
「…………」
頷いた。恐らくは『肯定』のジェスチャー。
「議長は何を狙ってアナタを送り込んだの?」
「…………」
首を傾げた。恐らくは『不明』のジェスチャー。
「……あー」
何となく分かってきた。
【殲滅王】は喋らない。肯定と否定と不明を身振りで答えている。
だから最初の「【殲滅王】自身の目的は?」という、肯定・否定・不明で回答できない質問には無反応だったのだろう。
しかし何でこんな回答方式に……?
「その回答、何かのスキルや契約の制限かしら?」
「…………」
首を振る。
「言葉を喋れないの?」
「…………」
首を振る。
「……もしかして、好きでやってるのかしら?」
「…………」
頷いた、……頷くの!?
「……そう」
アズライトは疲れたようにコメカミに手を当てて……ゆっくりと腰の【アルター】に手を伸ばし始めた。
「待て待て!? 先手を取って無礼討ちにしようとするな! 落ち着け!」
「……ああ、つい。何だか、【殲滅王】越しにカルディナの議長にコケにされているような気がしたのよ……」
送り込んできたのがカルディナの議長だからそうなるかもしれないけどさぁ!?
……しっかし、これじゃ取り調べも何もあったもんじゃないな。
イエスノーだけで聞いていたらいつまで掛かるかも分からない。
『お。そろそろ呼んでた助っ人が来たみたいクマ』
「助っ人?」
兄の言葉に反応するのと、部屋が外からノックされるのは同時だった。
部屋の外から、騎士の人の声である報告がなされる。
「<デス・ピリオド>のメンバー、ルーク氏が到着いたしました」
「ルーク?」
アズライトが許可を出すと、ルークが入室する。
少し顔や装備に汚れが見られるのは、“トーナメント”中も自分の挑戦に備えて独自に特訓をしていたからだろう。
「お待たせしました」
『おう、ちょっと通訳お願いするクマ』
兄はそう言って自分の立ち位置……【殲滅王】の隣の位置をルークと代わった。
しかし……通訳?
何も喋らない相手に?
『じゃあ、しばらくそのまま取り調べを続けて欲しいクマ』
「……ええ」
促されて、アズライトは先ほどと同じように質問を繰り返した。
三通りの回答と沈黙の混ざった、要領を得るのか得ないのかも分からない取り調べ。
それを十分近く続けると……。
「……大体は分かりました。何かイエスとノーで答えられない質問をお願いします」
ルークがそう切り出した。
アズライトは訝しげな様子だが頷き、最初の質問を繰り返す。
「アナタが王国に移籍した目的は何?」
「『情報収集と環境テストのため、一つ所に留まるのは最良ではないと判断した。カルディナでは四年以上を過ごしたので十分と考え、今度は王国に同程度の滞在を考えている。議長から王国の“トーナメント”に参加するようにという指示もあったため、渡りに舟と考えて王国に移籍した。以降はカルディナでの仕事と同様、王国内での危険なモンスターの討伐や、指名手配の<マスター>の追跡に尽力するつもりだ。今後ともよろしくお願いしたい』とのことです」
突如として長台詞を述べたルークに、室内の多くの者――兄を除く――が驚いた顔をした。
ルークの発言は、内容からしてどうやら【殲滅王】の代弁らしい。
ルークの読心術。度々身内の思考を読むけれど……さっきまでの十分間の質疑応答で【殲滅王】にも対応したらしい。
……いや、普段から話してる人ならともかく、無口な相手にどうやって対応したんだよ。
しかも滅茶苦茶長いし。
「……今の発言、間違いはないかしら?」
「…………」
【殲滅王】は、頷いた。
流石に無表情ではなく、驚いたのか眉が少し上がっている。
「『概ね合っている』だそうです」
「……なぜ、自分で喋らないのかしら?」
「『一身上の都合により、発声による情報出力に少しばかり難儀している。不可能ではないが、慣れていない。数年を経ても短い文章が限界だ。また、私の言語が与えるニュアンスによってコミュニケーションの齟齬が生じる恐れもある。筆記においても、私本来の言語がティアンの方々には理解不能だろう。一般的な言語では、名前と僅かな単語が限界だ。それらの事情を鑑みて、基本的にはジェスチャーによる回答を実施している』、と」
無口なのに中身饒舌!?
「議長から王国行き以外の指示を受けているかしら?」
「『何も受けていない。“トーナメント”への参加のみであり、その目的も聞かされてはいない。参加後は自由だと言われている。また、本日の指定時刻に受付をすれば、“トーナメント”抽選に通るとも言われていた』」
「…………」
その回答に、アズライトが考え込む。
ほぼ白紙の状態で送り込む指示。
そして、当選する参加タイミングが分かっているかのような指示。
どちらも不可解だった。
「何か、王国でのカルディナの動きについて知っていることはあるかしら?」
「『カルディナでの道中は<セフィロト>のメンバー……カルルと夢路が同行していたが、カルディナ西部においてレジェンダリアの【呪術王】と【召喚姫】に遭遇。トラブルの末にはぐれてしまい、以降は別行動だ。彼らが議長から受けた指示について私は関知していない』」
「……そう」
さらに二人、<超級>が王国付近に来ているかもしれない。
それは重大な情報であり、カルディナの布石に思える。
……しかし、それが虚偽なく報告されていることも謎が多い。
【殲滅王】は裏表なく答えてくれているが、逆に議長の意図が全くの不明。
……あと、何で固有名詞込みの情報までルークが読み取れているのかも不明だった。
その仕組みを聞いてみると、元々リアルから訓練して身につけた読心術があったのだが、それにデンドロのスキル等を混合したら大幅にレベルアップしたらしい。
目を離すとレベルアップするのがルークの常だが、それはステータスに限らなかったようだ。
ていうかほぼ超能力だ。
「皇国との<戦争>が発生した場合、アナタの参戦は期待できるのかしら?」
「『王国に所属した以上、助力することはやぶさかではない。しかし、<戦争>とはいえティアン相手に被害を出す行為は拒否したい』」
「<マスター>のみが参加する<戦争>ならば?」
「『問題ない。王国の一員として尽力しよう』」
そう言って――言ってはいないが――彼は頷いた。
……うん、まぁこれは喜ばしい。
ルークの代弁を聞く限り、強面ながらも善良で真面目な人のようだ。
……ていうか喋らないことを除けば王国の<超級>でもかなりまともな人では?
「『ついては、参加するためにクランに所属する必要があると考える。どこかに良いクランはないだろうか?』。ああ、それならランキング二位の<デス・ピリオド>にどうぞ。『助かる。ぜひ入れさせてもらおう』」
「っておい!?」
まるでルークの一人芝居のような会話だったが、スムーズに重大事が決定されていた。
またうちに<超級>増えるの!?
「あ、駄目だったでしょうか? レイさんならOKを出すだろうなと思ったんですけど」
「出すけどな!?」
ルークがこっちの心と性格読みまくってる!
やっぱり完全に超能力じゃないか、それ!?
「超能力じゃありませんよ。訓練すればできることです。レイさんだってジュリエットさんの言葉を理解できるじゃないですか」
「ジュリエットは普通に喋ってるじゃん!?」
「…………え?」
閑話休題。
ともあれ、彼のクランへの加入自体は問題ない。
元々この“トーナメント”の目的は、参加者の王国内で行う犯罪の芽を潰すことと、<戦争>に備えて王国外の<マスター>を引き込むことだった。
なぜか他国やフリーの<マスター>の数が想定よりも少なかったらしいが、それでも歴戦の<超級>であり、フィガロさんと互角に近い戦いをした彼の王国加入と<戦争>への参加は大きな助力になる。
それにカルディナ議長の思惑はともかく、【殲滅王】……アルベルトさん自身は信用してもよさそうだ。何か裏があるならルークや兄が気づくだろう。
……ただ、またクランが誤解されないかだけ心配だ。
悪名高い八番街の闘技場をアジトにした、PKクランより恐ろしい極悪クランとかたまに言われてんだけど……。
アルベルトさんの加入でより一層恐れられてしまうだろう。
「…………」
さて、アズライトはさっきから何事かを思案している様子だ。
具体的にはアルベルトさんが王国に来た経緯のあたりから考え込んでいて、「一体いつから……」という呟きが漏れている。
「けど、カルディナから王国までの強行軍は大変だったんじゃないですかー? AGI型じゃなさそうですし」
弛緩し始めた空気の中で、マリーがそう問いかけた。
たしかに砂漠を渡って王国に来るのは大変だ。AGI型なら超音速で走ることもできるが、決闘を見る限りアルベルトさんはかなりの低速型だ。
何か乗り物でも使ってきたのだろうか。
「『時間はあったからな』、……え?」
最後の疑問を含んだ呟きは、ルーク自身のものだったようだ。
ルークは疑問の表情を浮かべたまま、アルベルトさんの代弁を続けた。
「……、『私が議長から王国行きの指示を受けたのは――こちらの時間で一ヶ月前だ』」
「――――」
その言葉で、ようやくアズライトの思案の理由が分かった。
こちらの時間で一ヶ月前……それは、講和会議よりも前だ。
“トーナメント”の構想が形になっていなかった頃だ。
そんな時期に、既に“トーナメント”最終日に参加させるためにアルベルトさんを送り込み、抽選に通る時間帯まで読んでいた。
超能力のように未来が視えているとしか思えない議長の差配に、俺達は戦慄するしかなかった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<作者がこの土日はTGS行くのと
(=ↀωↀ=)<特典SS等の書籍版作業あるので
(=ↀωↀ=)<執筆時間の都合で次回の更新はお休みです
(=ↀωↀ=)<ご了承ください




