Frag.4 不死者の招聘
追記(2019/07/21/22:00)
(=ↀωↀ=)<一部名称を修正
【神威砲壊】→【神姫砲壊】
■ドライフ皇国・<ミカロス荒野>
皇都ヴァンデルヘイムと皇国南東のバルバロス辺境伯領の間には、広大な荒野が広がっている。
かつては穀倉地帯だったが、皇国全土が枯渇した現状においては草木の生えない土地となっている。
不毛な土地に、今は雨が降っていた。
日中の光さえ幽かになるほどの分厚い雲と雨の幕。
人々の道行きを阻むような雨の中を、十台の竜車が進んでいる。
それはいずれも皇都に向かう人々を乗せた竜車である。
今の皇都は他国との戦争に備えて様々な人材を募集中。食うに困って仕事を探して皇都に向かう地方村落の出身者もいれば、志を持って向かう者もいた。
自分達の窮状を打破するため、自分達を見捨てた王国討つべしと鼻息荒く話す若者。
どうにかして昔のように友好関係に戻れないかと思い悩む年配の女性。
あるいは老若男女を逆にしながら、並び進む竜車のそこかしこで話されている。
何が正しいのか分からない、道標のない混沌が滲んだ空気がそれぞれの竜車の中にあった。
『♪~』
その只中に、明らかに不審な人物がいた。
顔には樹木の枝をより合わせたような木製の仮面を着け、安い衣服に身を包んでいる。
明らかに不審者だが、左手の甲に見える紋章で「<マスター>なら仕方ない」とスルーされているような状態だ。
男自身は、仮面の内側で無言のまま笑みを浮かべている。
男――“常緑樹”のスプレンディダはこの空気を楽しんでいた。
エルトラーム号の事件から日中の砂漠を歩き通した彼はバルバロス辺境伯領に到達し、今はこの竜車に乗っている。
来たる<戦争>のために、皇王に招聘されたためだ。
(相変わらず、風景には見るべきものがない国だけれど人の表情は様々だね)
混沌とした空気を、戦争前の空気を、スプレンディダは愉快気に味わう。
リアルであれば、戦争になる国に出向くなど御免だ。死んでしまう。
だが、『スプレンディダ』の身体はアバターだ。死んでも死なない。
何より、彼であればアバターさえも死なない。
だからこそ楽しめる。
どこまでも、いつまでも、何があろうと。
彼は<Infinite Dendrogram>で起きる全ての悲喜劇を、イベントとして楽しめる。
(何事も、気楽にやるのが一番だよね)
かつて自分の暗殺計画の片棒を担いだ彼を招聘した皇王も、<マスター>である彼を取引相手としたクリスも、国や世界のために何よりも優先する使命感を持って動いている。
だが、彼にそれはない。
面白そうなイベントを最前列で見たいから、招聘に応じ、取引もする。
皇王の下で動く【獣王】――友のために力を尽くす者とは違う。
今、王国でクリスが取り込もうとしている【剣王】――こちらに心を置きすぎて折れた者とも違う。
彼は、<Infinite Dendrogram>のことを徹頭徹尾、面白いゲームだと考えている。
現実と同じリアリティで、現実の命を賭けずに遊べるゲームだと。
この竜車の混沌も彼に取っては見世物であり、安全圏から眺める観光資源に過ぎない。
今後参加するだろう<戦争>も同様に。
ある意味では、健全な遊戯派だった。
(そういえば王国では今頃噂の“トーナメント”かぁ。ミーも興味はあったけれどね)
確実に<UBM>とやりあえる王国の“トーナメント”は魅力的だったが、彼は結局皇国の招聘にそのまま応じた。
そもそもの話として、“トーナメント”が決闘である以上……彼は勝てない。
<超級エンブリオ>ティル・ナ・ノーグと《ラスト・コマンド》のコンボによる際限ない蘇生こそが彼の唯一にして最大の武器。
HPが0になった時点で敗北する決闘ルールでは、強みをまるで活かせない。蘇らずに死ぬだけである。
彼が自身の力を活かせるのは……実戦だけである。
(さて、過去の遺恨を水に流してミーを呼ぶ。講和会議に間に合わなくとも招聘自体は継続中。引き続き、<DIN>を通してお誘いは来ている。フリーの<超級>の中で、あえてミーを呼ばなければならない理由が皇王にはあるのかな?)
皇王にとって実力を把握している<超級>の一人ということもあるだろうが、それ以外にも何か理由があるような気がした。
(まぁ、何にしてもようやく皇国にも着いたから。あとは皇都で皇王に会い、依頼を受諾すればいい。それで指名手配も解けるしね)
仮面を着けているのは、まだ指名手配中だからだ。
ティアンは<マスター>のファッションにそこまでツッコミを入れないが、指名手配となればまた話が違う。
(それにしても、この竜車は随分と手狭だね)
不審な格好のスプレンディダであるが、他の乗客が彼の周囲を避けることはなかった。
なぜなら、そんなスペースがないからだ。
竜車の左右の座席には彼の隣席を含めて隙間なく人が座り、真ん中の床にまでも人が座り込んでいる。
十台もの竜車があるというのに、乗客が超過気味だ。
『…………』
「ヒッ……」
スプレンディダの隣の女性ティアンは不安そうに座っており、仮面の彼が視線を向けると怯えたように身を竦めた。無理もない。
(惜しいね! 可愛いから、普段なら口説くところだけれど流石に仮面は外せないや!)
事件をイベントとして楽しむように、女性へのナンパもリアルより遥かに気軽に行うのがスプレンディダという<マスター>だ。
リアルと違い、軟派な行動で社会的なダメージを負うこともない。
「あ、あの……何でしょう?」
自分の方を無言で向いたままの仮面の男に、女性は怯えながら問いかけた。
『ああ、ごめんごめん! 今日の竜車はなぜこんなに混んでいるのかと思っただけなんだよ! バンビーナがお美しくてそちらを見てしまったのもあるけど、ね!』
「は、はあ……」
仮面のまま陽気な声音で捲くし立てるスプレンディダに、女性は気圧されながらも少し安堵した様子だった。見た目よりも気さくだと思ったのかもしれない。
「えっと、乗る前に聞いた噂ですけど……」
女性によると、この竜車の列は交易商人による運搬も兼ねており、人だけでなく荷も乗っている。
特に今日はその荷の割合が多く、アイテムボックスに入れても嵩張っているので、その分だけ人を詰めているのだという。
『ふむふむ』
聞きながら、スプレンディダは考える。
バルバロス辺境伯領からの輸送であることを考えると鉱山の物資か……あるいは辺境伯領に隣接する王国やカルディナから裏ルートで密かに持ち込まれた物である可能性もある。
食料にしろ、植物原料のポーションにしろ、今の皇国では貴重なものだ。
(ああ、それでかな?)
スプレンディダがそんな感想を抱いた直後――爆音が彼らの竜車を揺らした。
竜車を引く亜竜の鳴き声と、乗客の悲鳴。
それに紛れるように、彼方から聞こえてくるエンジン音。
「こっ……や、野盗の襲撃だ!」
「積んである物資を狙っているぞ……!」
襲撃を告げる御者の声に、スプレンディダが首を傾げながらも反応する。
『……皇国にもいるだろうけど』
こんな国は願い下げ、資産を奪って他国に高跳び。そのように考える者が王国にいたという噂は聞いている。その同類が皇国にいても不思議ではないとスプレンディダは考えた。
<戦争>を控えていること以前に、皇国は国自体が枯渇寸前なのだから。
『でも今の言葉……』
しかし御者の発した言葉に、少しの疑問も覚える。
だが、状況は彼に疑問について考える時間を与えない。
「し、進行方向の地面が吹っ飛んだぞ! 網も張られて……待ち伏せだ!」
「しゅ、襲撃だ! 護衛は……! 後ろの竜車に<マスター>の一団を乗せてたんじゃないのか!?」
「いつの間にか消えちまったよ!」
突然の襲撃に、竜車の中は先ほどまでと種別の違う混乱に満たされる。
止まってしまった竜車から逃げようと飛び出し、ぬかるんだ荒野の泥で足を滑らせる者。
野盗を避けて無理やりに走り続けようとして、地面に敷かれた網を巻き込んで横転する竜車。
竜車の列はまともに動けなくなり、襲われる側の悲鳴が木霊する。
「あ……ぁ……」
スプレンディダの隣の女性も、この状況に震えて動けなくなっている。
『…………』
スプレンディダは女性を安心させるようにその肩に右手を置く。
しかしその直後、スプレンディダの乗る竜車も横転していた。
天地がひっくり返り、竜車の中で人々がかき混ぜられる。
「きゃああああああ!?」
スプレンディダは咄嗟に悲鳴を上げる女性を抱きかかえ、そのまま横転する竜車の幌越しに地面へと打ちつけられる。
ひっくり返った竜車の中で、大勢の人々の痛苦の声が響く。
『大丈夫かい? バンビーナ』
その中で、スプレンディダは身を挺して守った女性に少しだけ濁った声で問いかける。
「は、はい。ありがとうございます……!」
女性は自分を助けてくれた者の顔を見上げ、
『ああ。それは良かった』
――打ち所が悪く、首が直角に圧し折れたスプレンディダを見た。
「はぅ……」
低予算ホラーコメディのような有り様のスプレンディダを見て、女性はそのまま気を失った。
『はてさて』
スプレンディダは自分の頭を両手で挟み、強引に元の角度に戻した。
頸骨は骨折し、筋組織も千切れていたが、すぐに再構成される。
ほどなくして完治するのと同時に、スプレンディダは車外へと出た。
雨の幕の先へ目を凝らして見れば、遠くからは銃器をメインに武装した一団の姿が見える。
この大雨に乗じて襲ってきたのだろう。
バギーやレプリカの煌玉馬に乗った一〇〇人近くの大規模集団が、鶴翼の陣形で迫ってきているのが確認できた。
『うーん。皇国に雇われる身としては何とかしたいけれど、ちょっと厳しいかな?』
大別するならば、スプレンディダは個人戦闘型である。
より正確に言えば、そこから派生した個人生存型とも言うべきビルドだ。
『自分一人だけ生き残る』ことに特化しており、通常の個人戦闘型よりもさらに数に対処する力は低い。
毒を撒こうにも、こうも広がられた上に乗客のティアンが大勢いてはリスクとリターンが見合わない。
一人一人相手取るにしても、スプレンディダのAGIは高くない。
時間が掛かり、獲物を奪うだけ奪って逃げられる。【獣王】との戦いで使った離脱阻止の特典武具も対象人数は限られているため使いづらい。
(うん。我ながらこうして考えると一対一の時間稼ぎくらいしかできないのだけど……皇王はどうしてミーを呼ぶのだろう?)
<超級>の中でも間違いなく戦闘力は低い方に分類される自分を、指名手配を解いてまで招聘する理由は何なのだろうかと……より疑問を深くした。
しかし状況は彼の疑問に考える時間を与えない。
野盗と思われる武装集団は次第に距離も詰めてきている。
手が足りない状況でどう対応したものかと思案していると……。
『――野盗でなければ伏せるがいい』
――そんな声がどこかから聞こえた気がした。
乗客が怯えて伏せ、スプレンディダは『ふむ』と立ち尽くし、迫る武装集団は声に気づかずに勢いのままに襲い掛かろうとする混沌とした状況。
その混沌を、轟音が切り裂いた。
まるで電動鋸を回したかのような連なる轟音は――ガトリング砲の発砲音。
最後尾の竜車の幌を弾幕が切り裂き、その先にあった武装集団……とスプレンディダをミンチに変える。
『おやまぁ』
光の塵になる野盗の一角と、上下に両断されながら再生するスプレンディダ。
不幸なことに、上の方から再生が始まったのでスプレンディダは下半身露出することになった。
格好がつかないので、体から樹木を生やして覆うことにする。
『塵になったということは野盗も<マスター>かな? それはそれとして、また服が駄目になったよ!』
スプレンディダは慣れているのか、真っ二つになったこと自体は何でもないかのように笑った。
『……野盗でなければ伏せろと言った』
『いやぁ、ミーの判断が遅かったからね! それで、トゥはどちら様?』
スプレンディダの問いに応えたわけではないだろうが、声の主はすぐに破れた幌の中から現れた。
それは――砂漠色のマントを纏った機械仕掛けの大鎧だった。
胸部に発光体が埋め込まれ、煙の中で光るそれは巨大な単眼のようにも見える。
『……<マジンギア>? いや、違うか……』
一見すると、皇国の<マジンギア>のようだったが、違う。
人型の機械は【マーシャル】よりも巨大で、【マーシャルⅡ】より幾らか小さい。
ちょうど中間のサイズであり、皇国の兵器の規格ではない。
何より、首がない。
頭部が胴体に埋まったような造形であり、スプレンディダはそんな機体をカスタムでも見た覚えがない。
『お名前は? ああ、ミーはスプレンディダというけどね』
問われ、機械仕掛けはノイズ交じりの声で答える。
『――イゴーロナク』
それはクトゥルフ神話に登場する頭部を持たない神の名だ。
だが、<Infinite Dendrogram>においてはもう一つ、意味がある。
『……トゥが“不退転”かぁ』
“不退転”のイゴーロナク。
スプレンディダ同様、国家に所属しない<超級>の名である。
『もしかして、トゥも皇王に呼ばれているのかな?』
機械仕掛けの大鎧は《看破》も《鑑定眼》も受け付けないため、イゴーロナクがアバターネームなのか<エンブリオ>の銘なのかも不明だ。
だがフリーの<超級>として各地でモンスターの討伐や護衛を行い、完遂してきた実績は有名だった。
それほどの実力者が今の皇国にいる理由は、スプレンディダは自分と同じなのではないかと推測した。
『そちらも同じようだな、“常緑樹”』
イゴーロナクもまた、スプレンディダのことを知っていたらしい。
奇しくも皇王に招聘された<超級>が二人、この竜車の列に居合わせた。
『こうなると不幸なのはむしろ彼らの側だなぁ』
<超級>二人を相手に、一〇〇人で勝てるかどうか。
先ほどのガトリング砲の掃射を見る限り、自分が持っていない対多数戦闘能力もそれなりに持ち合わせているだろうと考えた。
『じゃあミーは竜車の警護をやるから、掃討をお願いするよ』
『……了解。心得た』
スプレンディダの役割分担にも異を唱えず、イゴーロナクは動き出す。
手にしていたガトリング砲を捨て、代わりにどこかからミサイルランチャーを二丁取り出し、両肩に担いで武装集団に向けて撃ち放つ。
追尾式のミサイルに狙われ、武装集団が次々に光の塵となった。
中には浮遊盾の<エンブリオ>をつかって防ぐ者もいたが、対応したイゴーロナクが持ち替えた対戦車ライフルによって撃ち抜かれる。
その隙にAGI型の<マスター>が接近し、薙刀の<エンブリオ>で切り掛かってくるが、イゴーロナクはそれよりも射程の長い長槍を装備し、カウンターで突き殺した。
敵方もそれなりにレベルの高い<マスター>であるはずだが、一方的な展開と言えた。
(武装切り替えを能力特性としたパワードスーツの<エンブリオ>かな? <超級>にしては少しばかり地味だけど、使い勝手は良さそうだね。まるでFPSのキャラクターみたいだ)
ステータスもSTR・END・AGIがバランスよく高いようで、現時点でこれといった欠点も見当たらない。
一芸特化のスプレンディダとは対照的だ。
(このまま彼に任せれば綺麗に片付きそうだね。……おやぁ?)
視界の先に、今までのバギーやレプリカとは違うシルエットが見えた。
それは竜車のようだったが、違う。
地竜種の上位純竜と思われる個体が牽くのは、客車ではなく台車。
台車の上に大砲を乗せた……まるで列車砲のような代物だった。
『……ただの野盗にしては戦力が大きいと思ったけれど』
そんなスプレンディダの呟きを、彼方からの轟音がかき消す。
列車砲モドキがイゴーロナクへと砲撃を行ったのだ。
『…………』
だが、イゴーロナクはその着弾点を読み、高速で移動することでそこから回避する。
読み通り、イゴーロナクから十メテル以上も離れたところに砲弾は着弾――
――する寸前、水平方向に曲がった。
ありえない軌道をとった砲弾が、イゴーロナクに命中し――そのまま貫通する。
<超級エンブリオ>であろうパワードスーツの装甲を紙のように破り、胴体の上半分を消し飛ばした。
胴体を失くしたイゴーロナクが、前後に揺れてから俯せに倒れ込む。
ロボットであれば中枢回路を破壊され、パワードスーツであれば中の人間も即死であるのは間違いなかった。
『……えぇ?』
そのまま倒れて動かなくなったイゴーロナクを見下ろすスプレンディダ。
仮面の内側の表情は『そこで死ぬの?』という微妙な表情だった。
◆
地に倒れ伏すイゴーロナクの姿を、巨砲の下で一人の男が見届けていた。
分厚い軍用コートを着込み、サングラスに似た多機能バイザーを掛けた男が息を吐く。
「フゥ……着弾確認」
そうして男……【魔砲王】ヘルダイン・ロックザッパーは自らの攻撃の結果を呟いた。
命中することは分かっていた。
魔力式大砲運用特化型超級職【魔砲王】の奥義、《魔弾の射手》の砲弾は絶対に外れない。
目視して設定したターゲットに命中するまで、撃ち放った砲弾は自動追尾を続行する。
加えて、ヘルダインの砲撃に限っては防ぐこともできない。
彼の<上級エンブリオ>にして砲である【神姫砲壊 フェンリル】は、一切の防御を無力化する。
防御スキルも物理的防御も意味をなさない。
神をも喰らう逸話の如く、何者であろうと当たれば屠る。
絶対命中と防御無効。攻撃に特化したこのビルドこそが、皇国の討伐とクランランキングの上位に名を載せる彼の力だった。
「損失は?」
「あのパワードスーツに二割は狩られました」
「想定より多いな。やはり、準<超級>以上の実力者だったか」
クランのサブオーナーから返ってきた被害報告を聞き、そのような戦力分析を行う。
イゴーロナクを<超級>と判断しなかったのは、スプレンディダが考えたように『<超級>にしては地味だ』という印象があるためだ。
それでも無視できぬ戦力であり、メンバーでは荷が勝ちすぎると考えたため、後方に待機していた彼が砲撃を行ったのだ。
「しかし、連中が新規にあんな戦力を雇っていたとはな」
「やはり、皇都にアレを持ち込むためでしょうか……」
「私達が出張って正解だった。王国との戦争前に、禍根を残すわけにはいかない」
竜車の列を襲った野盗であるはずの彼らは、しかしそうとは思えぬことを話す。
「あとは……あの仮面の男か」
「恐ろしい再生能力を持っています。耐久型の準<超級>かもしれません」
言葉を交わしながら、ヘルダインはフェンリルの照準をスプレンディダに合わせる。
「何度蘇るか、何時まで蘇るかは知らん」
ヘルダインは多機能バイザーの望遠機能でスプレンディダの仮面を凝視し、
「――私の部下達が目的を果たすまで止まっていてもらおう」
――神殺しの名を冠した砲を撃ち放つ。
◆
豪雨降りしきる泥濘の荒野に、機械の残骸が散らばっている。
『これは、どうしようかな?』
敵の砲撃によって、イゴーロナクは完全に破壊されている。砲撃の軌道と破壊力から何らかのスキル同士のコンボであろうとスプレンディダは推測した。
個人生存型の<超級>であり、数多の攻撃を生き抜いたスプレンディダゆえに攻撃の分析は得手とするところだ。
<超級>と言えど、スプレンディダやエミリーでもなければ死ぬことはある。
格下からでもクリティカルヒットを受ければこうもなるだろう。
『おっと』
イゴーロナクの惨状を見ている間に、ヘルダインの放った砲弾がスプレンディダを粉砕した。
バラバラになってすぐに頭部から再生が始まるが、それを潰すように再度の砲撃が飛来する。
(困ったなぁ。これじゃあ動けない)
ティル・ナ・ノーグと【死兵】のコンボで今のスプレンディダが死ぬことはないが、それでも体を砕かれ続ければ身動きは取れなくなる。
毒物をはじめとする彼の攻撃手段は、二キロ以上先から攻撃しているヘルダインには届かない。
その間にスプレンディダを……彼を攻撃する砲撃から距離をとりながら、ヘルダインの部下達が竜車へと迫っていく。
容赦がなく、それでいて洗練されている。
(うーん。彼ら、どうにも野盗とは違う気がする。それに、御者達のさっきの言葉も……)
できることがないため、砲撃で体をバラバラにされながらスプレンディダは考え事をしていた。
そうして何度目かの炸裂の拍子に、吹き飛んだスプレンディダの頭部はイゴーロナクの残骸の傍に落ちた。
<超級>二人が仲良く砕けて地面に転がっている状況だ。
(……おや? そういえば、彼が消えないね?)
不死身のコンボを持つスプレンディダが消えないのは当然だ。
だが、なぜイゴーロナクは消えていないのか。
『?』
頭部だけで転がるスプレンディダは、雨音に紛れて何か小さな音が聞こえることに気がついた。
壊れたイゴーロナクの残骸から、ノイズ交じりの音がする。
『おいおいおい! イゴっちぶっ壊れてるじゃん! 何やってんだよヴィトー!』
『知るかぁ! あんなん初見殺しだっつの!』
『砲撃してきた敵との距離はおよそ二キロメテル。アウトレンジ』
『言ってる場合かよ、みっちー! クッソ、超長距離砲撃装備は……』
『いや、相手は恐らく遠距離戦特化の準<超級>。復帰次第距離を詰めるぞ。スモール、近距離兵装の転送。ラージ、アクティブスキル用意』
『う、うん!』
『オーライ、ヒカル! 今度はヘマすんなよヴィトー!』
『うっせえ!』
――それは話し声だった。
(これって…………)
スプレンディダが何事かに思い至ろうとしたとき、スプレンディダの頭部目掛けて飛来したフェンリルの砲弾が炸裂した。
どうやら弾種を変更したらしく、今度は大規模な爆発が周囲を包みこんだ。
激しく立ち上った爆煙と土煙が、スプレンディダとイゴーロナクの残骸を覆い隠した。
◆
「やったか……」
防御無視の砲弾ではなく、威力と効果範囲に特化した爆裂砲弾。
その爆心地であったために、スプレンディダは木っ端微塵になっている。
肉体の損壊がどの程度再生に影響しているかもヘルダインには定かでないが、それでもこれでいくらか時間を稼げればと考えた。
「……?」
だが、豪雨によって爆煙が消え失せたとき、そこには二つの異常があった。
その異常とは、大爆発を経ても頭部から順に再生しはじめているスプレンディダ……ではない。
一つは、地面から消え失せているイゴーロナクの残骸。
もう一つは、――五体満足で直立するイゴーロナクの姿だった。
『――戦闘再開』
イゴーロナクは壊れる前と同じ、しかし先ほどの話し声のいずれとも違う声を発して動き出す。
直後、その姿はかき消え――砲撃するヘルダインの目の前に現れていた。
「ッ……!?」
遥か彼方にいたはずの敵手が自身の眼前に現れたことに、ヘルダインが驚愕する。
その間隙にイゴーロナクは両腕にサブマシンガンに似た武装を装着し、ヘルダインへと撃ち放つ。
「ッ……!」
対し、一手後れを取ったヘルダインも咄嗟に口笛を吹いて指示を出し、台車を引いていた上位純竜を前面に出す。
盾となった上位純竜は、サブマシンガンの掃射を生来の防御力とダメージ減算スキルで受け切った。
直後に、上位純竜の姿が消える。
上位純竜は《送還》によってヘルダインの【ジュエル】に戻ったのだ。
消えた肉壁の先に見えたのは、形態変化で小型化したフェンリルを馬上槍のように構えたヘルダイン。
「――シュゥ‼」
即座に反撃態勢を整えたヘルダインは、至近距離からイゴーロナクを砲撃した。
小型化して射程距離が落ちたとしても、防御無視の特性は健在。
イゴーロナクへの二撃目もまた、その胴体に風穴を空けた。
人であれば即死、機体であれば大破。
それほどのダメージを受けたイゴーロナクは砕け散り、
『――再起動』
――五体満足のイゴーロナクが現れて攻撃を再開する。
「チィ……! こいつもか!」
ヘルダインが舌を打つ。
パワードスーツかロボットかも不明だが、眼前の手合いが仮面の男の同類だと察したためだ。
そう、超再生――個人生存型のビルドだと。
イゴーロナクはスプレンディダよりも遥かに攻撃手段、機動力に富んでいる。
個人戦闘型として足りた多彩な戦闘力に、回数不明の戦闘復帰能力が付随しているのだ。
それこそ、<超級エンブリオ>であっても可能なのかと言うほどに力が足り過ぎている。
「フェル! 散弾式だ!」
ヘルダインの言葉に応じ、砲身の形状が変化して至近距離用の散弾をばら撒きはじめる。
対応してイゴーロナクは武装をサブマシンガンから大型のシールドへと切り替え、ヘルダインへと放り投げる。
「ッ!」
イゴーロナクから射線を切らせる目隠しにして、自身の圧殺さえも容易なサイズのシールドを、ヘルダインは連射によって粉砕する。
その隙に、再びイゴーロナクの姿はかき消え、死角から長槍を突き出す。
ヘルダインは身を翻し、辛うじてそれを回避する。
空中で体勢を変えて防御無視砲弾を撃ち放つが、奥義の乗っていない砲撃を今度はイゴーロナクも回避する。
一進一退。戦闘において、クロスレンジの両者はほぼ互角と言える。
だが、ヘルダインは【ブローチ】と自身のHPしか拠り所がないのに対し、イゴーロナクはあと何度立ち上がるかも分からない。
このままではジリ貧だと、ヘルダインは察した。
それでも、彼はここで引くわけにはいかない。
「オーナー!」
「俺が抑える! 残る全メンバーで竜車の積み荷と御者を確保しろ!」
フェンリルを構え、イゴーロナクとの戦闘を継続しながらヘルダインが吼える。
そして……。
「皇都にドラッグを流そうとするギャング共を逃がすなよ!」
『――――』
ヘルダインの言葉の直後に――――イゴーロナクの動きが止まった。
まるでコントローラーの操作がなくなったゲームキャラクターのように、イゴーロナクは直立姿勢で停止している。
「……?」
ヘルダインが不審に思い、警戒していると……。
『『『『『今なんて言った?』』』』』
イゴーロナクのものではない複数人の声が、イゴーロナクから聞こえた。
そんなヘルダインとイゴーロナクの様子を遠目に見ながら、……スプレンディダは『やっぱりそういうことかぁ』と納得していた。
◆
数分の後、スプレンディダとイゴーロナクはヘルダインの前で土の上に正座していた。
ひどく分かりやすい謝罪姿勢である。(なお、イゴーロナクが早々に正座し、スプレンディダはそれを見て『ジャッポーネのセイザ?』と真似した。)
「いやー、危うく悪事の片棒を担ぐところだったねぇ」
『…………』
悪いと思ってなさそうな声音で言うスプレンディダに対し、イゴーロナクは押し黙っている。
今回の一件の経緯を順追って言えば、次のようなことだ。
皇国の反社会勢力がカルディナ経由で違法な薬品……所謂ドラッグを入手した。
今の鬱屈した皇国であれば捌きようはあり、末端価格も跳ね上がる。
そのまま運んだのではすぐに足が着いてしまうため、皇都へ人を運ぶ竜車に偽装して麻薬を輸送することにしたのだ。
しかし、その情報を皇国側も掴んでおり、ヘルダイン率いる第二位のランカークラン<フルメタルウルヴス>に麻薬の取り締まりと反社会勢力の拿捕を依頼した。
話が面倒になったのは、たまたまその竜車に皇王から招聘を受けたフリーの<超級>が二人乗っていたことだろう。
そうした説明をヘルダインから受けて、スプレンディダは得心した。
スプレンディダは最初に御者が発した「野盗の襲撃」という言葉が嘘であることを、《真偽判定》で察していたからだ。
恐らくは「皇国の臨検」とでも言おうとして、言い換えたのだろう。
スプレンディダも引っかかってはいたのだが、一先ず状況を抑えようとしたのである。
まぁ、結局彼は『弾避け』くらいにしかなっていなかったが。
『……公務の執行妨害を謝罪する』
イゴーロナクはその巨体でお辞儀しながら、ヘルダインに謝っていた。
イゴーロナクは御者達に雇われた護衛の<マスター>だった。
招聘されて皇都に向かう道中であったため、ちょうどいいと依頼を受けたのである。
彼らが反社会勢力であることを知らぬまま、<フルメタルウルヴス>と交戦したのである。
『人と荷を運ぶ竜車の護衛をお願いしたい』だとか、『荷は皇都で使う薬品です』と言われても嘘ではないため、《真偽判定》が反応しなかったらしい。
御者の発言に関しては、なぜか聞こえていなかったようだ。
「幸いにして、人的被害は<マスター>だけだ。問題はない。……まぁ、この分の貸しは王国との戦争で返してもらおう」
スプレンディダとイゴーロナクはそれぞれ皇王からの招聘の手紙を見せつつ、証言で身の潔白……ではないが故意の妨害ではないことは証明したため、ヘルダインもこのことの責任を問うつもりはなかった。
今回の拿捕では<フルメタルウルヴス>の<マスター>がデスペナルティになった以外、死人は出ていない。
反社会勢力は全員拿捕されている。無理に逃走しようとした御者のために横転した竜車もあったが、乗客に怪我人はいても死人はいない。治療も済んでいる。
なお、竜車の横転で一番の重傷者は首が折れたスプレンディダである。
スプレンディダが庇った女性は目覚めた際に「首が、首が……」と混乱しており、五体満足全裸のスプレンディダが姿を見せたときに再度気絶したのは……まぁ些細な話だった。
◆
トラブルはあったものの<フルメタルウルヴス>は無事に目的を達成し、竜車の乗客も彼らに護衛されて皇都に向かえることになった。
ヘルダインも巻き込まれただけの無辜の乗客を荒野に放置する気はなかったらしい。
スプレンディダとイゴーロナクも、<フルメタルウルヴス>と共に皇都に向かうことになった。
招聘されたVIPの護送と見るか、事件の参考人の連行と見るかは判断が分かれるだろう。
「紆余曲折あっても無事に道行きは再開されたねぇ」
『…………』
フェンリルが載っていた台車に今は幌が掛けられており、そこがイゴーロナクを運ぶための竜車となっていた。
今は何故かスプレンディダもその隣に座っている。
「ところで、それはどこから、何人で運用してるんだい? 中身空っぽだよね?」
『……何のことかな』
戦闘を見物していてイゴーロナクの仕組みに当たりをつけたスプレンディダの質問に対し、イゴーロナクは白を切った。
スプレンディダはその反応に大袈裟な残念のジェスチャーをとりながら、『まぁ、ここで馬鹿正直に話されても、逆に心配だけどね。<戦争>とか』と思考する。
(ミーとイゴーロナク。あえて生存特化の<超級>を招聘。こうなると、今度の<戦争>は何かえげつない仕組みでも考えているのかな?)
自分達の招聘も含め、皇王が<戦争>においては何らかの勝ち筋を用意しているとスプレンディダは察した。
(何でもいいけどね。それならば、見どころを最前列で見物できるだろうし)
そう考えて、観光目的の<超級>……不死身の観覧者はこれからのイベントに思いを馳せる。
「ふふふ……」
『…………』
なお、楽しげに含み笑いする彼を、隣のイゴーロナクが気味悪そうに見ているのは気づかなかった。
To be Continued
(=ↀωↀ=)<11巻の原稿締め切りが迫っているので
(=ↀωↀ=)<次週はお休みになるかもしれません
(=ↀωↀ=)<お休みだったらお察しください
余談
○スプレンディダ
(=ↀωↀ=)<再登場した個人生存型
(=ↀωↀ=)<本来の戦闘スタイルは特典武具で逃げられなくしてから毒ガスで持久戦
(=ↀωↀ=)<今回はただの弾避け
○イゴーロナク
(=ↀωↀ=)<皇国に増える<超級>の二人目……二人目?
(=ↀωↀ=)<超再生と様々な戦闘能力を持ち合わせた強力なユニット
(=ↀωↀ=)<そのカラクリは……おおよそご想像の通りです
(=ↀωↀ=)<ヒントどころでなく情報出し過ぎたけど詳しい種明かしは七章でね!
○【魔砲王】ヘルダイン・ロックザッパー
(=ↀωↀ=)<討伐三位、クラン二位
(=ↀωↀ=)<皇国の準<超級>ではクロノを除けばトップクラスの人
(=ↀωↀ=)<今回は彼含めて戦争での皇国主戦力顔見せ回でもある
(=ↀωↀ=)<ジョブ+名前がとても長い
(=ↀωↀ=)<ちなみに今回武器形態オンリーで喋ってもいないけど
(=ↀωↀ=)<フェンリルはメイデン(メイデンwithウェポン)
(=ↀωↀ=)<ジャイアントキリング要素は防御無視砲撃




