Frag.2 “トーナメント”・六日目 & 蒼■■返 弐
(=ↀωↀ=)<明日投稿予定だったけど
(=ↀωↀ=)<七月七日はレイ君の誕生日なので一日前倒しで投稿
(=ↀωↀ=)<まあ、レイ君出ないんだけどね!
□■決闘都市ギデオン・中央大闘技場
“トーナメント”:六日目。
賞品対象:名称不明(推定:ドラゴン(龍))
能力特性:竜巻・雷光・爆炎の発生(珠の段階では制御不可)
◇◆
全十日間、十回実施される“トーナメント”も昨日の時点で半分が終了した。
三日目までの“トーナメント”を<デス・ピリオド>が制するという珍事はあったが、四日目に参加したメンバー……イオは予選で敗れ、五日目はそもそも参加していない。
そして本日行われる六日目においても、彼らは参加していなかった。
それもあって六日目の試合は一言で言えば『順当』だった。
その理由は決闘二位、【抜刀神】カシミヤの参戦。
有用な五日目ではなく、なぜか炎や雷を発生させる……特異性の薄い天属性魔法効果の珠が賞品の六日目に、王国屈指の実力者が参戦していたのである。
ここならば猛者も狙わないと考えていた者達は、完全に読みを外した。
結果、対戦者を悉く一刀の下に切り捨てたカシミヤが『順当』に決勝戦へと進出した。
(<マスター>はティアンよりも技術面で劣るものが多いと思っていましたが、例外もあるんですねー)
彼の優勝の様子を多くの観客が観戦していたが、その中に紛れて人間ではない者がいた。
それはカルディナでクリス・フラグメントを名乗って活動していた技術者であり、その正体は量産型煌玉人【水晶之調律者】とも呼ばれる存在である。
先の豪華客船エルトラーム号での事件の後、王国にいるインテグラの補佐をするために姉妹と別れて王国に来ていた。
今は、王都を離れられないインテグラの代わりに情報収集をしている。
三日目の“トーナメント”で自身が始末した【氷王】の後釜を見つけるなどはあったが、今のところはこれと言って特筆すべき情報はない。
(王国側についた<マスター>の戦力評価。今後の状況をコントロールするためにも不可欠ですからねー。皇国側は招聘されて潜り込んだスプレンディダがやっているでしょうし)
自身の取引相手であり、様々な情報を売ってくる<超級>を思い出す。
あの事件の後に徒歩で皇国に向かったそうだが、そろそろ着いている頃だろう。
準決勝第二試合を観戦しつつ、クリスは濃縮したMP回復ポーションを服用する。
煌玉人の量産に成功した【水晶之調律者】であるが、先に作られた五体と比較して明確に劣る点がある。
それは、コアの品質による魔力不足だ。
彼女達以前の量産型である煌玉兵のように、機体の大型化や生物の生態パーツ化などの不格好な仕様ではないが、それでも問題は抱えている。
彼女達のコアは魔力の自給率がオリジナルより低く、生体部品が定期的にポーションを摂取しなければ兵装を十全に使えないのである。
こればかりは素材自体の入手が難しく、フラグマンもクリアできなかった。
だが、それ以外は劣る点はないと彼女達は考えている。
(さて、いよいよ決勝ですか)
カシミヤの対戦相手も決まり、観戦していたその日のトーナメントもじきに終わる。
明らかに格が違う実力のカシミヤが速攻で勝ち、優勝を決めるだろう。
実際、その後すぐに始まった決勝戦では、秒殺とすら言えない短時間でカシミヤの優勝が決まった。
表彰の後は、安全のために観客を除いた上で珠への挑戦が始まる。
(まぁ、今日はある意味では<マスター>の戦力評価よりも、こっちの確認が本命ですしね)
自身の予想通りか否か。
予想通りであれば、計画に大幅な練り直しが必要になる。
(戦力的な問題だけでなく、国自体が隠蔽したい歴史の証人。まさか他国に提供するとは思えませんが、左半分の扱いを見ていると本当に失伝している恐れもありますしね)
クリスが考え事をしている間に、表彰式が終わった。
観客が会場を後にするのに合わせて、彼女も席を立つ。
(鬼が出るか蛇が出るか。……まぁ、予想通りなら龍ですけれど)
自身の代わりに豆粒ほどのサイズの小型ドローンを残す。
この“トーナメント”より前には、同種のドローンを王国各地に配置して回ってもいた。
(さて、欲しい情報が手に入るといいのですけれど)
◇◆
観客が去った後の中央大闘技場の舞台に、カシミヤが立っていた。
自身の扱う幾本もの刀剣の確認を行いながら、挑戦の時を待っている。
彼の周りには<K&R>のメンバーが五人いる。
希望者を募ってパーティを組んだ形だ。
なお、六日目の“トーナメント”の裏では、五枠しかないパーティメンバーの座を賭けて激しい争いがあったことをカシミヤは知る由もない。
言うまでもないが狙いは特典ではなく、カシミヤとパーティを組むことである。
「ダーリン。何でこいつを選んだんだい?」
当然のようにパーティメンバーの一人に入っている狼桜が、カシミヤに尋ねる。
彼女自身は二日目に参戦したが、決勝においてビースリーとの再戦の末に敗れ、そのまま<UBM>の特典もビースリーに持っていかれた。
なので、鬱憤晴らし、カシミヤが戦う手伝い、やり損ねた<UBM>との戦闘など、彼女が参加する理由は幾つもあった。
だが、カシミヤがこの珠を求める理由だけはさっぱり分からない。
それに対するカシミヤの答えは……。
「勘です」
非常にシンプルで、あってないような理由だった。
「勘?」
「はい。何となくですが今日の<UBM>が一番強い気がしました」
「…………」
ランクが明らかな珠の中では、神話級が最終日に控えている。
だが、カシミヤの勘は今日を選んだのだ。
「それに、この子も今回は場合によっては抜けてくれるらしいですし」
そう言って、カシミヤは腰に差した赤鞘の大太刀を撫でる。
その大太刀が如何なるものであるのかは、狼桜でさえ知らない。
天地にいた頃には持っていなかったものであり、カシミヤが出奔し、王国で再会するまでの間に手に入れていたものだ。
特典武具だろうとは思うのだが、《鑑定眼》の類は弾かれる。
だが、これがカシミヤの切り札の一つであることは間違いない。
『結界の準備、整いました』
闘技場の結界を扱う職員が、調整を終えて報告する。
闘技場の舞台を覆う結界から、決闘終了時に状態を戻す設定をカット。
内部から外部への脱出時のみを封じる設定にし、強度に特化した調整をしている。
さらに、結界の外ではもしものためにシュウとハンニャ……<超級>の姿も見える。
もしも結界を破って街で暴れようとする<UBM>が出た場合は、彼らも討伐に尽力することになる。また、今は姿が見えないが控室では二番手以降の挑戦者も控えている。
何かあった場合は形式を崩してでも、街に被害が出る前に潰す算段だ。
もっとも、結界のお陰でこれまでの五日間は一度も<UBM>が逃げることはなかったが。
次いで、舞台の中央に台座に乗った珠が運ばれてくる。
六日目の賞品であった、名称不明の<UBM>の珠だ。
『カウントダウンの後、遠隔起爆装置で珠を破壊します。十、九……』
その言葉に、カシミヤ達が構えをとる。
既に支援職によるバフはかけられており、カシミヤも抜刀態勢に入っている。
狼桜もSTRとAGIに特化した髑髏で必殺スキルを使い、姿を隠して【伏姫】の奥義である《天下一殺》の使用体勢に入っている。
速攻型の準<超級>が二人。ともすれば解放の瞬間に決着がつくだろう。
『三、二、一、……点火!』
珠を乗せていた台座が吹き飛び、珠が砕け散る。
その瞬間には、カシミヤと狼桜は動き出していた。
「……!」
抜刀モーションに入り、《神域抜刀》によって数値にして五〇万にまで増大したカシミヤのAGI。
だからこそ、珠が砕けた瞬間の一瞬で……現れたモノを視認する時間があった。
現れた<UBM>は……ドラゴンではなかった
体は漆黒の龍鱗で覆われているが、形は人のものだ。
それも……右半身だけの人体である。
それの頭上には――【蒼■■返 ヘイロン・■■■■■】という銘が浮かんでいた。
<UBM>として見るとしても、あまりにも不可解な銘を背負っていた。
体も名も、どこかに半分を置いてきてしまったかのような……。
だが、曲がりなりにも人型であれば、龍よりもよほどカシミヤにとって斬りやすい。
このまま接近して首を斬るのが、カシミヤの常道である。
「――――」
だが、カシミヤは抜刀を止めた。
<UBM>の異常な容姿ではなく自身の直感によって抜刀を中断し、接近を止めた。
だが、狼桜は止まれない。
「――《天下一殺》!!」
既に奇襲状態から奥義を発動していた彼女は、背後から<UBM>へと飛び込んでいる。
必殺スキルと奥義の重ね合わせ。
与えられるダメージ量は膨大であり、並大抵の<UBM>ならばその一撃で勝負がつきかねない。
そして、珠から現れた<UBM>は出現したばかりで状況がつかめていないのか、狼桜に気づく様子も振り返る様子もない。そのまま一撃で勝負が決まるだろう。
そして、実際に……勝負は一撃だった。
――背後から迫っていた狼桜が蒼い雷光によって塵になった。
◇◆
『……マジかよ』
結界の外から攻防を目撃していたシュウは、驚愕から声を漏らした。
雷光は、<UBM>によるカウンターだ。
無反応かと思われたまま、振り返りもせずに狼桜を迎撃した。
だが、シュウの驚きはそこではなく、迎撃された後だ。
狼桜が……二重の致命回避手段を持つ彼女が本当に塵になっているという一点。
つまりは、迎撃が一度ではなかったことだ。
この一瞬に起きたことを順追って説明すれば次の通りだ。
狼桜が雷光に打たれるも、【ブローチ】を破損させながらも生き延びて奥義を止めずに攻撃を仕掛ける。
対して、<UBM>は即座に二度目の雷光を放つ。
それでも狼桜は有していた身代わりの特典武具で生き延び、さらに自身を瞬間移動させた。
だが、その移動先すらも一瞬で捉え、三度目の雷光で狼桜を塵に変えたのである。
二重の致命回避手段を持つ狼桜を、一撃で殺す威力と殺し尽くす連撃性能を持つ蒼い雷光。
回避不能の雷速で放たれ、近づいた瞬間に死亡が確定する能力。
(【蒼】と【返】。名前で見えている部分は……そういうことか)
シュウは、今の攻防で相手の能力について察した。
<UBM>……【ヘイロン】は間違いなく、狼桜に気づいていなかった。状況が分からず混乱していたと言ってもいい。
そんな状態でも、近づいた狼桜に対してスキルを発動していた。
(全自動カウンター)
蒼い雷光は【ヘイロン】自身の任意で放たれたものではなくオートで放たれ、狼桜を打ち据えたのだ。
一撃ではなく死ぬまで繰り返したということは、自身から一定の距離に敵性対象が入っている限りは発動し続けるのだろう。
(回避が難しい雷撃。少なくとも近接攻撃オンリーの前衛じゃ難しい……条件特化型か? だがあの威力からすると……)
シュウは結界の外で構えながら、<UBM>の戦力を分析する。
人型ではあるが、カシミヤではあまりに相性が悪い手合い。
最悪、自分達の出番もあると考えて。
◇◆
狼桜を瞬殺した【ヘイロン】に対し、<K&R>のメンバーは警戒を強める。あるいは、怯えていると言い換えてしまってもいい。
「…………」
その中でカシミヤだけは冷静で、動じる様子がない。
手にしていた大太刀を、赤鞘に持ち替えている。
シュウと同程度に相手の戦力を把握したがゆえに、他の大太刀では……神話級金属の逸品ですら及ばないと察したからだ。
指に少しだけ力を入れて、鯉口が切れるかを試す。
すると、然程の抵抗もなく赤鞘の大太刀は刀身を覗かせた。
つまりは、この刃もまた相手を斬るに足ると認めていた。
然らば、相手の首を落とすことはできる。
カシミヤは抜刀態勢を維持したまま、【ヘイロン】を斬る瞬間を見定めんとしていた。
しかし、視線の先にいる【ヘイロン】の方に、僅かな異常が見られた。
『…………ぁ』
右半身だけの<UBM>は……己の左半身に右手を伸ばした。
しかし見て分かる通り、そこに何もないがゆえに右手は空を切る。
『あ、る、めー……ら……』
周囲を見回し、名前を呼んで半身を捜すが……無論ここにその半身がある訳はなかった。
ここには、【ヘイロン】しかいない。
その事実を、実感と共に【ヘイロン】は確認する。
『……ここは、何処だ……』
事実を確認すると共に、徐々に【ヘイロン】の意識の焦点が合っていく。
その変化に気づいて、カシミヤが表情を僅かに歪める。
「……しくじりました」
カシミヤは理解する。
斬れなくなった、と。
相手がヒトの言葉を発したからではない。
意識が朦朧としていた先ほどまでと、意識の焦点が合った今では、感じる気配の質がまるで異なる。
全自動カウンターなどよりも、余程に恐るべき力があるのだとすぐに察した。
脳裏に描いたのは、敵手の攻撃が自身を射貫く光景。
実際にはアクションを仕掛けていない。
相手の能力は、カウンター以外に見えていない。
だが、一瞬の後にはその光景が現実のモノとなると、確信した。
対して、【ヘイロン】もまた理解する。
これは自分を斬れる、と。
カシミヤの手にした赤鞘の大太刀は、尋常な刃であればどうにもならない己の首を落とせるのだと察していた。
それが実現できるだけの力が大太刀にあり、実現できるだけの技がカシミヤにある。
実際に刀は抜かれていない。
だが、一瞬の後にはその光景が現実のモノとなると、確信した。
互いの手の内は、ほとんど明かされていない。
だというのに、既に互いが相手の必殺を読んでいる。
それこそ神域の技巧の持ち主同士のように、それを理解した。
だからこそ、【ヘイロン】はカシミヤと戦う道を選ばなかった。
『お前達に……用は……ない……』
言葉と共に、【ヘイロン】の体が光に包まれる。
そのまま掌を広げ……右腕を頭上に掲げる。
瞬間、――純白の熱線が【ヘイロン】の右手から放たれた。
かつて迅羽が放った《真火真灯爆龍覇》を思わせると同時に、遥かに凌駕した熱量の輝きだった。
カシミヤにとっても、シュウにとっても未知の輝き。
しかしあるいは、この場に他の決闘ランカー……フィガロやライザーがいれば一つの名を連想しただろう。
――――【三極竜 グローリア】。
フィガロの持つ【グローリアα】から放たれるものではなく、オリジナルの《終極》に匹敵する熱線。
そう評するに足る威力を有していた光を相手に、強度特化に設定された闘技場の結界は一秒にも満たない時間を持ち堪えて……すぐに破れた。
真上ではなく横薙ぎに放たれていれば、それだけでギデオンは壊滅していただろう熱線は、空に光の柱を立てていた。
結界の崩壊という異常事態に、各人が動く。
シュウは神衣に切り替え、ハンニャはサンダルフォンを呼んだ。
この後に、あるいはギデオンが崩壊するほどの戦いが始まるかもしれないと、見ていた者達は恐怖した。
だが、そうはならなかった。
数秒を経て光の柱が消えた後、……【ヘイロン】の姿もそこには残っていなかったからだ。
頭上の結界を破り、一瞬で風のように飛び去ったであろうことは明白だった。
六日目の賞品であった珠の<UBM>――【蒼■■返 ヘイロン・■■■■■】は、ギデオンから逃げ去ったのである。
◇◆
その後、闘技場は騒然となった。
これまで一体の<UBM>も逃がさなかった結界が意味をなさず、逃げられたのだから当然だった。
逃げ去った【ヘイロン】の捜索や明日以降の“トーナメント”における対策の必要など、多くの問題・課題が発生したと言える。
しかし、これが読み合いの果ての最善の選択、そして最良の結果であると理解できたのは当人達と……警備に参加していたシュウだけだろう。
光を逃走に使って逃げおおせるか。
光を攻撃に使ってギデオンを滅し、――代わりにカシミヤに首を落とされるか。
あの光の柱はそうした選択の結果だったのだ。
カシミヤでなくとも、ギデオンにいる戦力であれば【ヘイロン】を殺しきることは可能だった。
その中で、【ヘイロン】は逃走を選択した。
結果として逃げられはしたものの、【グローリア】級の攻撃力を持つ<UBM>に対してギデオンが無事。これは幸いだったと言える。
残る問題は飛び去った【ヘイロン】がどこへ消えたかだが……それは誰にも分からなかった。
なぜなら、逃げた【ヘイロン】自身にも……どこへ行くべきかなど分からないのだから。
――飛翔の先に何が待つのかも知らないのだから。
◇◆◇
□■<ノヴェスト峡谷>跡地
そこは、かつて<ノヴェスト渓谷>と呼ばれていた地だった。
かつての【グローリア】と三巨頭の戦闘で生態系が完全に破壊され、シュウとゼクスの死闘で地形さえも消え去った。
もはや何もなく……莫大なエネルギーが吹き荒れた跡地でしかない場所だ。
そんな場所に一体の<UBM>が……【ヘイロン】が飛来した。
【ヘイロン】はギデオンから去ることのみを優先し、方向も定めずに飛び去っていた。
ゆえに、ここに来たのは偶然と言える。
……あるいは大きなエネルギーが氾濫した形跡のあるこの地ならば、無尽蔵にエネルギーを喰らう自らの半身の手がかりもあるかもしれないと無意識にでも考えたのか。
しかし、【ヘイロン】の半身はこの地を訪れてはいない。
完全な空振りであり、ここにはもはや何もない。
――否。
『…………?』
風景の中、紛れ込むように何者かがいた。
襤褸布同然の装備を纏い、砂埃に身を浸し、あるいは古びた案山子にも見える。
だが、それは人間の男だった。
男は独り立ったまま微動だにせず、なぜか斜め上を見上げている。
空を見ているのではない。
まるでかつてそこにあったものを……かつてここで討ち果たされた巨大な竜の幻を見上げているかのようだった。
『…………』
【ヘイロン】は、その男に奇妙な威圧感は覚えなかった。
身に伝わったのは、不安感だ。
まるで、底の見えない陥穽が口を開けているかのようだった。
「…………誰だ?」
言葉と共に、男が【ヘイロン】を振り向いた。
男の顔が露わになり、――【ヘイロン】はその両目に真の陥穽を見た。
視線は【ヘイロン】を捉えているが、見てはいない。
映像を脳に送り込んでも、それに対して何も思考していない。
【ヘイロン】の異形も、身に蓄えた膨大な力も、まるで気にもしない。
何も感じていない、心の虚無が見えていた。
「……<UBM>か、ティアンにも見える。……どうでもいいが」
本当に、心からどうでもいいと見做されていた。
『……っ』
かつて【龍帝】によって封印される以前、あるいは<UBM>になる前から……人間だった頃からそんな視線を向けられたことはない。
【ヘイロン】に対して正負どちらの価値も認めてはいない。
恐れて逃げることはせず、特典を求めて攻撃してくることもない。
目覚めてすぐに相対した者達のように、警戒を向けてくることさえない。
ただの風景の一部のように、【ヘイロン】を見ていた。
「……なぜ俺を見ている? 俺は、お前ほど特徴のある姿をしてはいないぞ。ハハ」
何がおかしいのか、男は少しだけ笑った。
自身を前にした男の僅かな反応の変化が、なぜか【ヘイロン】には恐ろしかった。
『――ッ!』
だからだろうか。
気づけば、【ヘイロン】は――右手から白い熱線を撃ち放っていた。
ギデオンの結界を容易く破ってみせた熱線。
かつてこの地を灼き、消滅させた《終極》にも匹敵する威力だ。
一人の人間に耐えられるものではなく、彼もまた影だけ残して消え去る定め。
「――ああ。嫌なものを思い出した」
ただしそれは、彼が無手であればの話。
何時の間にか、彼の手には一本の剣が握られている。
それこそは彼の半身――<エンブリオ>。
「――ネイリング」
その銘の<エンブリオ>に刻まれた特性は――『凌駕』。
自身を上回るモノこそを上回る……超越の権化。
『――《エンド・ブレイカー》』
剣が少女の声で呟くと共に男は剣を振り――莫大な熱量を持つ光線を両断した。
そう、《終極》に匹敵する威力の熱線を、両断したのだ。
あまつさえ、熱線の先にあった【ヘイロン】の肉体にまでも深い傷を刻む。
『が、あぁ……!?』
数百年ぶりの痛みを、【ヘイロン】は感じた。
人間となり、半身と共に<UBM>となって、痛みを感じたのは【龍帝】との戦いだけだ。
今は防御の要たる半身……【アルメーラ】がいない。
それでも、己の攻撃を切り破って刃を浴びせる者など……これまで一人としていなかった
自らの抱いた恐怖が正しかったことを、傷の痛みと共に【ヘイロン】は知る。
この男に関わってはいけなかった。
これは自分の命を脅かす陥穽だった。
「…………」
男はジッと自身の剣を見ている。
次いで、【ヘイロン】の熱線の痕跡を……両断された後、射線上の全てを融解させた痕跡を見ている。
【ヘイロン】の攻撃と自身の反撃、その両方に何か思うことがあるかのように。
「……まぁ、いい」
『……っ』
男は剣を片手に近づき始め、【ヘイロン】は後退る。
かつて<イレギュラー>と呼ばれたモノの半身を、男はただの一撃で殺しかけている。
半身がなく、長き封印で弱っていたとしても、恐るべきことだった。
現在放ちうる最大攻撃である熱線を容易く防がれた。
この上で、全自動カウンターの雷光もどの程度通じるものか。
半身を残し、息絶える自身の姿を想像する。
それは、長きにわたる封印や殺される以上の恐怖だった。
『あるめーら……アルメーラアアアアア!!』
いつしか、【ヘイロン】は半身の名を叫んでいた。
どこかにいる半身に、届くはずもない呼びかけをしていた。
「…………」
しかし、その呼びかけは男の足を止めた。
片手に剣を持ったまま、男は立ち止まって……問いかける。
「それは、女の名前か?」
その問いに、【ヘイロン】は困惑しながらも頷いた。
「お前の、愛する者か?」
次の問いには、すぐに頷いた。
悩むまでもなく、体が答えていた。
「…………そうか」
【ヘイロン】の反応を見た男は、暫し考えて……。
「――行け」
剣により、彼方の地平線を指した。
見逃してやると告げていた。
『…………』
【ヘイロン】は困惑したままだった。
だが、生きて半身に……【アルメーラ】に出会う望みを繋ぐため、男の指示に従った。
闘技場から逃げ去ったように、空へと飛翔する。
そうして、どこかへと飛び去って行く。
半身を捜すために。
あの恐ろしい虚無の目をした男と、二度と遭わないために。
◇◆
【ヘイロン】が飛び去って行く様を、男は見送っていた。
そうしていると剣が彼の手から離れた。
剣は光の粒子に変わった後、赤いポニーテールをした十代後半ほどの少女の姿になった。
「団長……」
「もう団長じゃない」
自身の<エンブリオ>である少女……ネイリングの言葉を、男は否定する。
「あいつ、<UBM>だけど……放っておいていいの?」
かつての彼なら、討伐していただろう。
特典武具を得るためだけではない。言葉よりも先に熱線を放つような危険な……ティアンの人々に被害を及ぼすかもしれない<UBM>を排するために戦っただろう。
だが、彼はあえて見逃した。
かつての彼ならば、そうはしなかっただろう。
「特典武具も、悲劇も、今の俺にはもうどうでもいいことだ」
だが、かつての自分ではないと……彼自身が告げた。
ネイリングも、それは理解できる。
今の<マスター>は、かつての<マスター>とは心の形が違うのだ、と。
そして、それゆえに今の自分も……かつてとは違う。
今のネイリングは――<超級エンブリオ>なのだから。
◇◆
<超級エンブリオ>への進化に関しては不明な点が多く、進化条件は分からないとされている。
それこそ、管理AI……<無限エンブリオ>さえも把握していない。
共通項があるようで、ないからだ。
しかしそれに対して共通項が分からないのではなく、<エンブリオ>によってトリガーが違うのではないかという仮説がある。
戦闘活動を始めとするリソースの吸収を除けば、<マスター>自身の何らかの精神活動をトリガーとして進化する、ということだ。
その精神活動が何であるかは、個々の<エンブリオ>で異なる。
死闘の果てに至るものもいれば、怠けていたいから至るものもいる。
虚栄心が満たされて至るものもいれば、自己否定によって至るものもいる。
確定ではないが、そうだとすれば進化の差異にも納得がいく、という話だ。
だからこそ、その仮説が正しいと考える管理AIは、<SUBM>をはじめとする災厄を巻き起こす。
災厄の中では、正負様々な感情の動きがあると知っているからだ。
守るために、あるいは……失ったがために。
◇◆
ネイリングの『トリガー』は、絶望だった。
何もかもを失くした<マスター>の絶望ゆえに、最後の壁を超えた。
今日、久方ぶりにログインしたとき……すぐに<超級エンブリオ>への進化が始まったのだ。
その力の一端は……既に示されたとおりだ。
この力があれば、【グローリア】の《終極》さえも切り裂いてみせただろう。
かつてクレーミルを襲った災厄を、今の彼が振るう刃ならば撥ね退けられる。
守りたかったものを守れる力を、彼は手に入れたのだ。
――もはや守るものがなくなった後で。
だからもう、意味はない。
価値を見出すことも、進化を喜ぶこともない。
「団……マスター、これからどうするの?」
クレーミルのセーブポイントがなくなっていたために、彼は王都にログインしていた。
それから、かつて友と競い合ったギデオンではなく、自身から全てを奪ったものが死んだ地へと足を運んだ。
「……クレーミルの跡地に行く。あいつに花を供えて……それで終わりだ」
もはや何も無くなった街で、亡き妻に花を手向ける。
ようやくそれができる程度に気力が戻った彼が、ログインしたのは……そのためだけだ。
これが最後のログインだと考えている。
「…………」
ネイリングは、それを否定しない。
久方ぶりに会えた<マスター>を、引き留めることはできない。
彼がこうなった原因は力が足りなかった……力が間に合わなかった自分だと思っているから。
そうしてネイリングと彼女の<マスター>……【剣王】フォルテスラは<峡谷>の跡地を立ち去った。
◆
『――見つけた。“化身”の敵対者たりえる<超級>』
――その後ろ姿を、豆粒ほどに小さなドローンが視ているとは知らずに。
Episode End




