エピローグ 闇の中の独り
(=ↀωↀ=)<スピンオフ、クロウ・レコードが昨日開始
(=ↀωↀ=)<そして書籍最新第十巻も今週六月一日発売です!
(=ↀωↀ=)<書き下ろしも多いし挿絵も素敵なので
(=ↀωↀ=)<是非お手に取ってお確かめください!
□【呪術師】レイ・スターリング
「ここは……」
気がつけば、俺は雲上の道……ドリームランドとは違う場所に立っていた。
真っ黒な空間だが足元はしっかりしていて、自分の体もはっきりと見える。
度々、【気絶】や【睡眠】の際に訪れた場所だ。
少なくとも、ドリームランドではない。
決着は……どうなったんだろうか。
『勝った……みたい?』
『先ほどまでの空間の崩壊を確認した。ここは汝の内であり、我ら以外とは繋がっていない』
声に振り向けば、チビガルではないガルドランダが後ろに立っていた。
少し離れて、白い斧が浮かんでいる。
……俺の夢に介入しまくったコンビが言うならそうなのだろう。
「……のぅ、ここはどこだ?」
ただし、今回はネメシスもいた。
珍しい。今まで夢の中に入って来たことはなかったのに。
ドリームランドの影響か、それとも他に理由があるのか。
『今までは……閉めだしてたから……』
『我も同じく』
……あ、普段はネメシスを省いていたらしい。
というか、かなり俺の夢を好き勝手できていたようだ……。
『じー……』
「……?」
気づけば、ガルドランダが少し恨みがましそうな目で俺を見上げていた。
「どうした?」
『今回は出番がなかった……よ?』
言われてみれば、今回は【瘴焔手甲】の出番はほとんどなかった。
まぁ、神話級金属の【スラル】に《煉獄火炎》では火力が足りなかったし。
切り札の《瘴焔姫》にしても……。
「……お前を呼び出すMPは俺自身にはないからな」
【紫怨走甲】がなければ、とてもではないが《瘴焔姫》のコストを払えない。
つまり、今回の戦いではどうしようもなく使いようがなかったという訳だ。
というか、これは俺が格上とばかり戦いすぎた影響という気がしてきた。
【瘴焔手甲】と【黒纏套】はどちらも格上に対処できるようなピーキーなアジャストになった結果、まともには使えない形になっている。
……斧と【黒纏套】の組み合わせといい、俺の切り札は装備間のシナジーで何とか使えるというものがほとんどだな。
『折角の【大小喚の輪】も、使えなかったし……。次に、期待?』
「……ところで、《極大》……性能強化で呼び出す場合ってコストだけでなくデメリットもでかくなるのか?」
『…………ぷい。知んない』
「おい!?」
俺の目を見ながら答えろよ!?
凄まじく不安になるだろうが!
「……のぅ、レイ。コントをする余裕があるのか? 傷は、大丈夫なのか?」
ネメシスが心配そうにそう言ってくる。
そういえば、【スラル】との戦いではかなり傷を負った。今はデスペナルティになっていないが、【出血】によって【気絶】したまま死にかねない。
そんな心配を抱いていると、
『傷は深いが、死には至らぬ。血も止まっている。このまま幾らか時が過ぎれば目覚めるだろう』
「そうなのか?」
『確かだ』
斧が俺の心配を払拭するようにそう言った。
俺やネメシスは現実の俺の状態を把握できていないが、斧は別ということだろうか。
出自は分かったけれどやっぱりまだ謎が多いな、こいつ。
『謎と言うほど、重大な情報ではない。単に、使用者の生体情報を把握する機能もあるだけだ。残存した生命力を参照し、死の寸前かつ死に至らない出力を発揮する……といった使用法のためにな』
なるほど。反動の仕様からすれば、むしろないと困る類の機能か。
『なお、【アルター】にこの機能はない。あれは人体程度ならば必ず切断する。我のような出力調整とは無縁だ』
……なるほど。アズライトにも取り扱いには気を付けたほうがいいと伝えておこう。
『夢から覚める前に、汝へ伝えておくべきことがある』
「何だ?」
『此度は夢ゆえに力を振るえたが、現実において我は暫く使えぬ』
「まぁ、そうだろうな……」
今回はドリームランドの中……意思なきモノが入れない空間だからこそ、斧を呪縛する怨念の類がなかった。
だが、現実には依然として残っている。それこそ、【紫怨走甲】でもまだ解呪しきれないようなものが。
『怨念と呪布が在る限り、我は力を選べず、出力の制御も不能。汝の身はかつての【覇王】や眷属と違い、未だ我が反動に耐える域にない。我を振るえば、自滅あるのみ』
今回の戦いで俺が斧を振るうことができたのは、斧自身が力を制御し、なおかつ【黒纏套】で極限まで反動を抑えたからできたことだ。
現実で使えば、朝の二の舞になるだろう。
「分かった。じゃあ、お前の力を借りるのはまたいつか……ってことだな」
『然り』
「そのときまでに、怨念の吸収を進めて、呪布?の解除方法も探しておくよ。もちろん、名前もな」
『期待する』
斧を手にして【スラル】との戦いに臨む前と同じ言葉を、斧は繰り返した。
「それにしても、結局【呪術師】になったのは無駄だったのぅ」
「……あー」
斧が使えるようにと考えて取得したジョブだったけれど、実際には斧の反動を軽減する役には立ちそうにない。
斧から伝わったイメージからすると【堕天騎士】でもお手上げらしいので、下級職が埋まったときは真っ先にリセットする候補になるだろう。
『然り。呪術師系統は我が力の扱いには寄与せず。だが、【呪術師】を消すべきではない。否、正確には……先への可能性を閉じるべきではない』
「え?」
他ならぬ斧自身が、そんなことを言い始めた。
でも、斧自体の扱いには関係がないと言っているのにどうして?
『【聖騎士】と【死兵】を選び、炎を用い、臨死の経験もある。汝の記憶にはなかったが、偶然にしては一致しすぎているとも考えたが……』
「待て、何の話だ?」
『…………』
俺の問いに、斧は少し間をおいて回答する。
『――複合系統超級職』
「……!」
複合超級職。
それは【破壊王】や【超闘士】のように一系統を突き詰めた先にあるものや、【抜刀神】のような卓越した技術の先にあるものでもない。
複数の、全く別系統のジョブを取得した先に現れる超級職。
それは、あるいは迅羽の【尸解仙】のような……。
「ある、のか……? そんな超級職が?」
『然り。汝の記憶を探る限りでは、現時点で在位する者はなく、条件も失伝しているようだ。複合系統超級職の中でも特異な条件であるため、理解できる』
「お前は知っているのか?」
『知っている。だが、明確に伝えることはできない。制限が掛かっている』
制限……?
『我らを生み出した<鍛冶屋>同様に、ジョブは<斡旋者>が設えたもの。条件を達成した者に更なる力を与える大原則。条件が困難であるほどに、特異であるほどに、それは顕著となる』
「…………」
『ゆえに、条件の開示は出来ない。より正確には、『空位の超級職』の条件を明かすことを我らは許可されていない』
ジョブを用意した人物の立場になって考えてみれば、答えを教えることができないというのも道理ではある。
『ゆえに、汝の道の先にありうる超級職の名も条件も我は伝えることができない。伝えることができるのは、汝が既に達成したことだけ。助言は先刻のもので限界だ』
さっきの【聖騎士】や【死兵】、そして【呪術師】の話か……。
「のぅ。一つ尋ねるが、『空位でない超級職』の条件は聞けるのか?」
『然り。『在位中の超級職』は制限されていない』
……されてないのか。
「というか、空位とか在位とか、判断できるのか?」
『然り。我の機能の一つだ』
……こいつ機能多いな。
『端的に言えば、【アルター】と【聖剣王】のようにジョブと紐つける機能の派生だ。簡潔に言えば、同時代に【聖剣王】を二人作る訳にもいかぬため、超級職の空位を確認する機能がある。しかし我は未完成であり、紐つけるジョブも設えられることがなかったため、正規の使用法は不可能となっている』
そういう理由か。
「では、在位中の超級職で最も条件が困難なものは何かのぅ」
『…………』
興味本位であろうネメシスの問いに、斧は暫し考えているようだった。
それは在位を調べているためか、あるいは条件を比較しているためか。
しかしやがて、一つの答えを回答する。
『最たるものは『上級職・超級職に就かぬまま、合計レベルと『STR・AGI・END』の合計ステータスが自身の一〇倍以上の超級職を単独で一〇人殺害する』という条件の超級職だ』
「…………どういう条件だよ、それ」
下級職のまま、超級職を一〇人。
合計ステータスの括りが物理ステータスの『STR・AGI・END』であるため、生産職や魔法職を不意打ちで殺すという手口も不可能だ。
それに一〇倍以上と言うが、超級職に至るほどの者と下級職のみの者を比べれば、一〇倍などという生易しい数値差である可能性は低い。
そもそも、合計レベルも一〇倍以上なのだから就ける下級職も一つか二つが限度だろう。
しかもティアンのみの時代であれば文字通り命懸けであり、黙って殺される超級職はまずいない。
どう考えても、達成困難だ。
『殺害の判定は、超級職の空位化によって判定される。ゆえに、汝に類する者達のように死しても蘇り、超級職を保持し続ける性質の持ち主は計測の対象外だろう』
……もはや不可能と言っていい。
その<斡旋者>とやらは、絶対に達成できない前提でこの条件を設えたとしか思えない。
「…………?」
いや、待った。
たしか、斧が条件を話せるのは……『在位の超級職』だけじゃなかったか?
こんな異常な条件を達成した奴が……いるのか?
「……それで、一体どんな超級職がそんな頭のおかしい条件なのだ?」
ネメシスの問いに、斧は……。
『――かつての我が所有者、【覇王】の条件である』
――六〇〇年前の伝説の名を挙げた。
「【覇王】……」
それは、斧の記憶でも視た人物だ。
斧を使いこなした最初の所有者。
それに記憶を視る前からも、三強時代と呼ばれた六〇〇年前に覇を唱え、世界を二分した恐るべき力の持ち主だったとは聞いている。
そして、相争っていた当時の【龍帝】の死と同時期に失踪しているとも……。
『推測だが、当時の【覇王】が未だ存命なのだろう。所有者なき間も度々確認していたが、【覇王】が空位となったことは一度もない』
「…………」
長命な種族もいるとは聞いている。
だが、六〇〇年前に失踪したまま、何処で生きているのだろうか……。
「……これ、また何か恐ろしいトラブルの予兆ではないかのぅ」
「縁起でもないことを言うな」
世界を二分した危険人物絡みのトラブルなんて、ただでさえ問題だらけの今は絶対に起きて欲しくないぞ……。
◇
「…………ん?」
三人と話している内に、気づけば俺は仰向けで空を見上げていた。
どうやら、目が覚めたらしい。
見上げた空は、夕暮れよりも夜の割合が多くなっていた。
『…………』
横を見れば、寝そべったシルバーが俺をジッと見つめていた。
四本あった脚は、左側の二本が切断されている。
「お前も……大変だったな」
『…………』
シルバーは無言のまま俺の顔に鼻を寄せて、それからアイテムボックスに自ら戻っていった。
「……おつかれ」
シルバーの脚が自己修復で治る範囲なのかも不明だ。
もしものときは先々期文明に詳しいインテグラや、【セカンドモデル】の工場にいるブルースクリーン氏に相談するしかないだろう。
より深刻な破壊を受けていた【黄金之雷霆】が修復されているので、大丈夫だと思いたいが……。
「ん……?」
指先に、硬い何かが触れた感触があった。
それは地べたの上に転がっていたポーションの空き瓶。
加えて、俺の体も少し濡れていた。
「……応急処置はしてくれたってことかな」
ガーベラ達の姿は見えないが、俺にひとまずの処置を施してくれてから立ち去ったのだろう。
結局、彼女達がどこの誰かは分からないままだった。
「…………」
けれど、いつかどこかで再会するような……予感があった。
「……さて、この時間だと“トーナメント”が終わる頃かな」
シルバーが動けないし、俺もまだ満身創痍だ。
レイレイさんが“トーナメント”に優勝し、<UBM>と戦う段になってもギデオンに帰還できているかは怪しい。レイレイさんは忙しいから、<UBM>への挑戦も含めて手早く済ませなければいけないだろうし。
兄に欠席を伝えておかないといけない。
あと、できれば手の空いた誰かに迎えに来てもらえれば助かる、かな。
「………ふぅ」
リアルで連絡を取らなければいけないが、その前に一息吐いて空を見上げる。
空は完全に夜になって、周囲はひどく静かだった。
夜の森は鳥の羽ばたきもなく、虫の声さえも聞こえない。
ネメシスは眠ったままで、斧も現実では語りかけてこず、シルバーは格納され、ガルドランダは呼んでいない。
ただ独りで、静かな夜の森に腰を下ろしている。
そうしていると、自然と先ほどの戦いについて考えている。
先刻の戦いを通して自分達の成長を感じることはできた。
レベルや数値ではなく、もっと形のない成長だったように思う。
その成長が……今の俺には必要だったのかもしれない。
「…………」
北の方角を見る。
ギデオンを、その先の王都を……そして未だ見ぬ皇国を幻視した。
夢の中で自分が口にした、一つの言葉を思い出す。
「……絶対に勝たなければならない戦い、か」
それはきっと……遠くない。
◆◆◆
■“監獄”
“監獄”は、ひどく静かだった。
“監獄”に収監されていた三人の<超級>が脱獄し、他の<マスター>がキャンディのウィルスで全滅した。
ティアンもいない“監獄”は、死の充満した無人都市と化した。
けれど、街の中から少しだけ場所を変えれば……ただ独り、生きている者がいる。
「…………」
それは、地べたに座り込んだ一人の少年だった。
彼の傍らには体格も顔も隠した人型の<エンブリオ>が立っている。
座っているだけ、立っているだけの動かない二人。
だが、見る者によっては……彼らが何もしていない訳ではないと気づくだろう。
少しずつ、少しずつ……彼らは、少年の<エンブリオ>は……“監獄”を喰っていた。
“監獄”を構築するリソースを削り、自らに蓄え、少しずつ崩している。
それはスプーンで床下を掘るような……古典的で遅々とした“脱獄”だ。
けれど、彼らはそれをずっと続けている。
<エンブリオ>が生まれぬ内に収監され、<エンブリオ>が孵化し、進化し、<超級>に至るまで……彼らはずっとそれを繰り返す。
時折、迷い込む他の<マスター>も餌食としても、続けてきた。
そうして今は……終わりも見えている。
あと一年、掛かるか掛からないかといったところだ。
三人の<超級>が力を重ねて実現したことを、彼は単独で実行しようとしている。
彼の名は、フウタ。
“監獄”最初の収監者にして――<超級>に至った最初の<マスター>。
揺らがず、惑わず、ただ一つの使命のために在り続けるモノ。
この<Infinite Dendrogram>において……最も楽しまない<マスター>。
「……今日は、ひどく静かだ」
フウタは、ダンジョンの外から何の音も伝わってこないことに気づいて、そう呟いた。
今は、彼しか生きている人間はいない。
レドキングが内部のウィルスの除去作業を行っているが、それが済むまでは囚人達もログインできないだろう。
「…………」
静まり返った“監獄”に対し、フウタは少しだけある希望を抱く。
もしかしたら、誰も彼もこの<Infinite Dendrogram>に飽き飽きして、辞めてしまったのではないか、と。
辞めてくれたのではないか、と。
けれど、そうはならないことを……彼の知る現実が伝えてくる。
このリアリティを謳う……リアリティを騙る<Infinite Dendrogram>という存在は、そう簡単には潰えてくれないのだと。
それに“監獄”にいなくとも、外にはまだ大勢いるのだろうから。
だからこそ、フウタはまだ止まらない。
『規定時間経過』
不意に、フウタの<エンブリオ>……アポカリプスが言葉を発する。
『前回の指示より三〇日が経過。継続の場合は命令の再提示を求める』
無地の仮面に完全に隠れた口から、己の主に問いかける。
アポストルの<エンブリオ>であり、人型であるはずだが……その言葉はあまりにも機械的だった。
「…………削って、壊して、作りかえて」
煩わしそうに、フウタはアポカリプスの問いに答える。
『吸収・破壊対象の提示を求める』
「こんな世界なんて、要らない」
即答だった。
“監獄”でただ独りの<マスター>となっても、フウタは変わらない。
変わらずダンジョンの中でダンジョンを削り、リソースを蓄え、その日を待つ。
いつかこの“監獄”を出て……<Infinite Dendrogram>そのものを破壊する日を想像する。
彼は否定したいのだ。
この<Infinite Dendrogram>そのものを、否定して消し去りたい。
純粋にそれだけを考えて、矛盾を抱えて、この<Infinite Dendrogram>に入り続けている。
『再構成目標の提示を求める』
そんなフウタが、目指すものは……。
「――次の世界が、あればいい」
――かつて失くした次の世界。
『了解』
アポカリプスはそれだけ告げると、再び無言になって立ち続けた。
傍らの案山子のようなアポカリプスの傍で、フウタは膝を抱えたまま……拳を握りしめる。
膝を抱えて座したまま、次の世界を望む少年は待ち続けた。
『今を望む全てに勝たなければならない戦い』が、いつか訪れるのを確信しながら。
To be Next Episode
(=ↀωↀ=)<六・五章終了
(=ↀωↀ=)<章終わりには爆弾を投げていくスタイル
(=ↀωↀ=)<お知らせしたとおり、しばらく休載期間となります
(=ↀωↀ=)<お仕事完了して休載期間空けましたら
(=ↀωↀ=)<いくつかの“トーナメント”のエピソードや皇国側の話を
(=ↀωↀ=)<一話完結式でやっていきたいと思っています
(=ↀωↀ=)<それでは次回更新までしばしお待ちください
(=ↀωↀ=)<……休載期間は書き下ろし付きの十巻をお読みいただけると色々嬉しいです




