第二十話 彼の影響
(=ↀωↀ=)<漫画版26話がコミックファイアとニコニコ静画で公開中ですー
(=ↀωↀ=)<5月27日からコミックアライブで連載開始のスピンオフもよろしくねー
□■レジェンダリア北端・<スロウス・ヴィレッジ>
『…………』
自室のベッドの上で、ZZZはむくりと起き上がった。
室内に控えていた羊毛種族の侍女達は『まだ夕飯のお時間ではないのに珍しい』と疑問に思う。
けれど、すぐに気づく。
ZZZのバクの着ぐるみの右腕から染み出し、床に血だまりを作るほどの出血に。
「Z様!?」
侍女達は慌てふためきながら、治療のためのアイテムを取り出して彼の治療に当たる。
「傷口を診ます! 御衣服を……」
『……うん』
ZZZは侍女に促されて、バクの着ぐるみを脱いだ。
「……ふぅ」
端正な美少年だが目に隈のあるアバター……本来の姿のZZZは、物憂げに溜息を吐いた。
憂いは着替えや治療に対してではなく、夢の中で相対した者達を思ってのこと。
急所に当たっていれば、あの一手で殺されるところだった。
夢の中に【ブローチ】を持ち込めないのはZZZも同じであり、致命の一撃を防ぐ手段はない。
そして……ドリームランド最後のスキルが発動したのは、《応報は星の彼方へ》の三倍ダメージカウンターが送り込まれた後だった。
ZZZが生きているのは急所を腕で庇ったため。
そして、何よりZZZ自身のHPが膨大であったためだ。
アプリルが説明したように、【魔王】でありながら【怠惰魔王】のステータスは低い。
超級職として一〇〇〇近いレベルを持っていても、STRやAGIなどはカンストの上級職と大差ない程度だ。
ただし、HPとSPに関してのみ……超級職の中でも特筆して高いものになっている。
HPは六〇〇万を優に超えており、ネメシスが送り込んだ十五万ものダメージを受けてもなお、右腕は原型を留めている。HPとダメージの割合で言えば、【獣王】との一戦よりも少ないからだ。
ただし、これが頭部や胸部であれば致死の傷痍系状態異常で死んでいただろう。
ZZZとしても、危うい一戦だった。
夢の中で殺されかけたのは、久方ぶりである。
(あるいは……)
あるいは、飛来した流星風車以外にも自分を狙った攻撃があったかもしれないとZZZは考える。
実際に、ゼクスによる暗殺が実行される寸前ではあった。
であれば、最後に自壊スキルである《夢の終わり》を使用したことも誤りではない。
《夢の終わり》はドリームランドの自壊と引き換えに使用可能な、ドリームランドの最終スキル。
効果は二つ。
ドリームランド内に囚われた者、及び現実のZZZの周囲にいる者を対象に【睡眠】と【強制睡眠】を解除する第一効果。
そして、対象となった生物のMPとSPを『ZZZのSPの数値分』だけ減少させる第二効果である。
【怠惰魔王】であるZZZのSPはHPと同程度には膨大である。
そして、スキルが基本的にはMPとSPの消費を前提としている以上、ほとんどのスキルは使用不可能になるだろう。
回復アイテムにしても、MPやSPの時間当たりの回復量には品質によるが限度はある。
一定の時間の戦力低下は確定する。
夢から覚めるように、夢想の源を消し去るスキル。
あるいは眠りこそを望み、眠りの他に多くを求めなかった当時のZZZの心象を反映したスキルでもあるのかもしれない。
「……ひさしぶりに使った」
《夢の終わり》はZZZの切り札の一つであるが、ZZZが指名手配された原因でもある。
かつてスキルを試用した際、都市内でこのスキルを使ってしまった。
その際に、誤算があった。
ドリームランドの一時破壊を伴う自壊スキルであったこと。
そして、効果範囲がZZZの予想したものよりも遥かに広く、当時滞在していた都市の半分を飲み込んでしまったことである。
魔力によってインフラが成り立っているレジェンダリアの都市において、MPの消失は大都市の停電……あるいはそれ以上の災害にも等しい。
故意でなくとも実行した時点でテロであり、人死には出なかったもののZZZは指名手配されることになった。
以来、自戒と必要のなさから使ってこなかったスキルだ。
それに、使ってしまえばドリームランドの再生まで数日はかかる。
当時は【怠惰魔王】でもなかったZZZは、本人にとって極めて遺憾なことに再生までの時間を、眠れない現実へとログアウトしたままやりすごしたほどである。
一時的にでもドリームランドが欠けるということは、ZZZにとっては大きな損失である。
(今なら……戦力もまだあるけれど……)
この集落を守るために、送り込んだ数の数倍量を配備しているミスリルの【スラル】。
【スラル】以前に使っていたカスタムゴーレムが一パーティ分。
そしてカーディナルA以外の特化型【スラル】、<UBM>の特典素材を基に生み出した【スラル】が三体存在する。
防衛戦力であるために動かせないが、迎撃役として本来ならば十分。
しかしもしも、それらをも超えてこの集落を攻めてくるならば……問題だ。
そして、それができるだけの戦力を持った相手であると既に理解している。
ドリームランドが使えなければ、昔のZZZならば逃げの一手だっただろう。
だが、今はそうする訳にはいかない理由がある。
「…………」
ZZZは懸命に自分の治療をする羊毛種族の女性達を見る。
ZZZがいるからこそ、この地で生きていける者達を見る。
もしも、敵手によって彼女達に危害が加えられるとするならば……。
「あの、どうかなさいましたか?」
侍女の一人が心配そうにZZZを見上げる。
ZZZは、努めていつもと同じ表情と緩やかな口調でそれに応える。
「大丈夫大丈夫ー。問題ないないノープロブレムー」
ZZZは、この集落で長く暮らしてきた。
【怠惰魔王】になってすぐに居ついて、内部の時間で二年以上は過ごしただろうか。
リアルで眠りを失ったZZZは眠ることだけを考えて、眠りと共に生きることを望んで<Infinite Dendrogram>に足を踏み入れた。
そんな彼が眠り以外に心を傾けるものは、二つしかない。
<Infinite Dendrogram>で得た僅かな友人達と、この集落に住まう彼女達である。
ZZZは……羊毛種族を大切に思っている【魔王】は既に決めていた。
もしものときは――【魔王】としての最後の力を使おう、と。
◇◆◇
□■アルター王国南端・国境山林
ドリームランドが崩壊した直後、ゼクス達三人は目を覚ました。
起き上がり、即座に自分達の状態を確認すると、MPとSPがゼロになっていることに気づいた。
恐らく、ドリームランドが解ける際にZZZが何かをしたのだろうとは全員がすぐに察した。
手持ちのアイテムを使って回復を行うが、万全には程遠い。
「……はぁ、散々な目に遭ったわ」
苦みのあるポーションに辟易しながら、ガーベラはそう呟く。
それはポーションの苦みだけでなく、アルハザードの消滅を現実でも確認したためだ。
不意に、彼女の視線が下に向いた。
「……何でこいつ起きないの?」
ガーベラは血塗れで倒れ伏して……未だに意識が戻らないレイへの疑問を口にする。
「これは夢とか関係なく【気絶】してるのネ。ダメージ食らいすぎてるのネ」
「……ああ、そういうこと」
キャンディの言葉に、ガーベラも納得する。
夢の中でのカーディナルAとの戦いで、レイが負ったダメージは膨大だ。
既に夢の世界であったドリームランドの中だからこそ【気絶】することもなかったが、ドリームランドの【強制睡眠】が解けた後はシームレスに【気絶】に移行したらしい。
ネメシスも人間体はおろか、武器の状態ですら出ていない。
恐らくは消耗が激しく、紋章の中で休眠状態なのだろう。
「でも好都合なのネ。まだバレてなさそうなのネ」
レイがガーベラ達について知っていることは、ガーベラの名前と【聖女】に変身していたゼクスがガーベラのクランのオーナーであることくらいだ。
ゼクスとキャンディの名前も、ジョブも、クラン名も知らない。
それだけで<IF>の脱獄に繋げることはできないため、脱獄の一件がまだ発覚して欲しくない<IF>としては上々の結果と言える。
「…………」
血を流し、今も少しずつHPを減らしていくレイを、ガーベラは見下ろす。
このまま放置すれば死ぬだろう。
レイは【怠惰魔王】と相打ち、自分達には気づかない。
その方が、都合は良い。
けれど……。
「……はぁ」
また溜め息を吐きながら、ガーベラは所持していたHP回復のポーションをレイに振りかけた。
低品質のポーションであり、骨折などが治ることはなかったが……血は止まっていた。
それを見届けて、空き瓶を放り捨てる。
「ガッちゃん?」
「ここから離れた方が良さそうねー……。……行きましょ」
キャンディに『似合わないことをしているな』と思われ、自分でもそう思いつつ、ガーベラはスタスタと森の中を進んでいった。
「え? もしかして惚れたのネ?」
「……阿呆なこと言ってると寝首掻くわよ?」
追いついてきたキャンディの言葉に、心底イヤそうな顔でガーベラは答える。
実際、色恋の類ではない。断じて違う。
強いて言えば……『眩しかった』のである。
圧倒的に強い相手を前にしても決して折れず、負けることを選ばなかった姿に。
妥協している今の自分と比較するとレイは眩しくて、……少しだけ憧れたのだ。
「…………」
そんなガーベラの内面の変化を察しながら、ゼクスもまた二人について森の奥に進む。
後ろでは、アプリルがシルバーと何事かを話しているようだった。
煌玉人と煌玉馬で話すこともあるのだろうと、放置した。
ゼクスにとって不都合な情報を煌玉人のアプリルが話すはずもない、という確信もあった。
……もしもここにいたのが同じく<IF>のラスカルとマキナであれば、ラスカルは安心できなかっただろうが。
◇◆
「さて、予定を変更しなければいけませんね」
倒れたレイとシルバーからある程度距離を取ったところで、ゼクスがそう切り出した。
「【怠惰魔王】の夢から脱出できたし、予定通りのレジェンダリア・カルディナルートで行くんじゃないのネ?」
「【怠惰魔王】が生きているせいで、予定のルートは通れなくなりました。元から縄張りの情報がなかったためでもありますが……隠れ里にでも住んでいたのでしょうか?」
予定ではこのまま南進し、情報を把握している<デザイア>の縄張りや人の目が多い地域を避けながら向かうはずだった。
それらの情報は、<IF>のメンバーであるラ・クリマが勧誘を行った際に調べている。
だが、予定外の位置に羊毛種族の隠れ里……【怠惰魔王】の縄張りがあった。隠れ里から動かないZZZにはラ・クリマも出会えず、当然里の位置も把握していなかった。
誤算であり、何よりも……夢の中で殺せなかったことはさらに大きな誤算だった。
「勝ったのに?」
「殺せていませんから」
勝利はした。
だが、【怠惰魔王】ZZZが死んだわけではない。
それが、ゼクス達にとって最大の問題だ。
「あの<エンブリオ>の能力があれで全てかも分かりません。それに……アプリル」
ゼクスに促されて、アプリルが自身の所有する情報を再び開示する。
先々期文明時点で判明していた……先々期文明に至るまでの歴史に記されていた、【魔王】のデータを。
「【魔王】シリーズは例外なく最終奥義を持ちます」
「最終、奥義?」
「【怠惰魔王】の最終奥義は《怠惰の終焉》。【怠惰魔王】の制限である戦闘禁止が解除され、自身を『これまでに自らが作成した【スラル】の合計ステータスを持つ怪物』に変貌させます」
即ち、カーディナルAを含めた数多の【スラル】を、足して合わせた尋常ならざる生物の誕生である。
神話級どころか、純粋なステータスでは“物理最強”の最大戦闘形態にも届きかねない。
「どこの【魔王】第二形態よ。……【魔王】第二形態だったわ」
ガーベラが嫌そうに呟いて、自分が言った言葉がそのまま正しいことに気づいてさらに表情を苦くした。
「追い詰められれば使うでしょう。そして、先の一戦で警戒状態にもなっているはずです」
必勝戦術を破られ、手傷を負い、実質的に敗走にまで追い込まれた。
再戦するとなれば、今回とは比較にならない力を投入してくるだろう。
「キャンディさんが疫病で遠距離から殺そうにも、怪物化されてしまえば人間対象のウィルスは効かなくなるでしょう?」
「困った話なのネ」
キャンディの疫病は最悪の広域殲滅・制圧能力だが……データのない相手には影響を及ぼせないという欠点がある。
人間のままならばともかく、【怠惰魔王】が最終奥義で変身した怪物などデータがある訳がない。
まして、ドリームランドのオーラを纏っていればそもそも通じるかも怪しい。
今は使用できないが、それを彼らが知る術はない。
「ですから、【怠惰魔王】の縄張り……レジェンダリア北部を避けるように移動しましょう。予定よりもかなりの遠回りになりますし、合流や目的地への到着も月単位で遅れることになるでしょう。ですが、背に腹は代えられません」
この三人の誰かがデスペナルティになれば大損害だ。
そして最も相性が悪いキャンディが死んだ時点で、ゼクスも一蓮托生になる。
ガーベラとて、今はアルハザードがいない。
戦力は不足し、リスクばかり。
であれば、日数を余計にかけることになったとしても最初から近づくべきではない。
「それにしても、いきなり計画を挫かれてしまいましたね。……彼も狙った訳ではないのでしょうが」
今回、巻き込まれたレイの存在によってゼクス達はほとんど労することなくZZZに勝利できた。
しかし、恐らくはレイがいなくとも勝利は出来た。
現実にはアプリルがいたために無防備な肉体を守ることができ、夢の中には弱体化されていないゼクスがいたのだから。
ゼクスならば肉体が殺される前にカーディナルAを撃破することは可能であり、さらにはZZZが切り札を切る前に暗殺できる可能性も決して低くなかった。
だが、レイが奮闘したために、ZZZが生きたまま戦闘は終了した。
結果としてレイが居合わせたがためにゼクス達の……<IF>の計画に大きな遅延が発生したとも言える。
(傍観せずに【怠惰魔王】を殺していれば……いえ、見ていたくなったのだから仕方ありませんね)
己の欲求に従った結果であれば、仕方がないとゼクスは納得する。
(しかし、こういった巡り合わせを呼び込む運はやはり兄弟ということなのでしょうか。……シュウ)
友人にして最大の好敵手の顔を思い出して苦笑しながら、ゼクスはルート変更について二人と相談し始めた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<例えばの話だけど
・レイがそもそもここにいなかった場合
1:ゼクスVSZZZ
2:恐らくゼクスが勝利し、ZZZが不意を突かれてデスペナの可能性大。
3:隠れ里通過。最短距離で計画通りの移動ルート
・レイが負けていた場合、あるいはゼクスの興味を引けなかった場合
1:レイの戦いに気を取られている隙に、ゼクスがZZZ暗殺
2:いなかった場合と同じように最短ルート
(=ↀωↀ=)<そんな訳で結果的に<IF>の計画が大幅に遅れました
(=ↀωↀ=)<ちなみに彼ら
(=ↀωↀ=)<このあとは遠回りルートでレジェンダリア珍道中します
○お知らせ
(=ↀωↀ=)<あとはレイ君視点のエピローグのみですが
(=ↀωↀ=)<ツイッターキャンペーンSSと作者の東京行きがあるため
(=ↀωↀ=)<一回お休みいたします
(=ↀωↀ=)<もうちょっとお待ちください
余談
○【怠惰魔王】ZZZ
常套戦術は作中でも述べた通り、【スラル】+ドリームランドによる夢と現実の二重攻撃。
しかしそれが通じない場合は、最終手段に出ることになる。
即ち、《夢の終わり》によって相手のMPとSPを全損させ、ほぼスキル使用不能状態に陥らせたところで、自分が《怠惰の終焉》で超パワーアップして物理で殴る。
実行したことは一度もないものの、発動すると高確率でワンサイドゲームになる作中屈指の極悪コンボ。
ちなみに通常のドリームランドと《怠惰の終焉》の組み合わせももちろん可能。
なお、《怠惰の終焉》も最終奥義なので当然デメリットを有する。
第一に、人間を止めること。一度発動すれば死ぬまで元に戻れない。
第二に、寿命を大きく損なうこと。
歴代の【怠惰魔王】はこのスキルを使用した後、長くても一週間しか生きられなかった。
なお、【スラル】のステータス合計が大きいほどに寿命は縮まる。
( ꒪|勅|꒪)<……セミかナ?
(=ↀωↀ=)<<マスター>基準だと「長くない?」ってなるけど
(=ↀωↀ=)<ティアン基準だと本当に最後の手段
(=ↀωↀ=)<残された一週間で世界滅ぼそうとした【魔王】もいるらしいです
(=ↀωↀ=)<僕らが来る前だけど
なぜ寿命が縮まるのか。
人外の超生物を長期間放置したくなかった先代管理者の安全装置である可能性が高い。
そもそもそんな最終奥義を仕込むなという話ではあるが、他の【魔王】シリーズも似通った仕組みが組み込まれているので確信犯。
《怠惰の終焉》というスキル名からして最終奥義も含めてのプロトタイプである。
追記:
(=ↀωↀ=)<「最終奥義強くね?」となっていますが
(=ↀωↀ=)<ここでまだZZZは一回も使ったことないから知らない情報であり
(=ↀωↀ=)<ティアンには意味がない追加情報
(=ↀωↀ=)<一回使うと『これまで作った【スラル】』のカウンターがリセットされます
(=ↀωↀ=)<なので、<マスター>が復活後に使う場合はまた【スラル】作るところからです
(=ↀωↀ=)<ネメシスのスキルと同じで一種の蓄積型スキルだからね
○ZZZのアバター
(=ↀωↀ=)<アバターの容姿はリアルの本人準拠
(=ↀωↀ=)<本来はルークに次ぐレベルの美少年
(=ↀωↀ=)<だけど睡眠障害があるリアルだと目は深刻に充血し、大きな隈があり、頬も痩せこけている
(=ↀωↀ=)<なので、フィガロと同じく『健康な自分』のアバターを作成した形です
(=ↀωↀ=)<でも隈はそのままにしたらしい
(=ↀωↀ=)<『あまり変えすぎると自分だという気がしない』という理由
(=ↀωↀ=)<深刻な理由で始める人には割と多い




