第十一話 ペア
■【怠惰魔王】ZZZ
とてもゆううつ。メランコリック。
今日は適度に天気がいいから、ポカポカ陽気で途切れず眠れていたのに。
地平線の先からディスの奴が空ごと食べたときみたいな音がした。
静かに眠れるお気に入りの安眠着ぐるみだけど、安全に関わりがある音は素通ししちゃうのが難点。
つまりこれって危険ってことだから、それもまたゆううつ。
『……迷惑だなぁ、もう……』
起きてしまったから、仕方なく偵察用の【スラル】を飛ばした。
そしたら、前科があるディスじゃなくて別口だった。
四人組で、見覚えがあるようなないようなって感じ。
で、そこから<超級>っぽい気配が二人以上。
でもきっと三人。ボロボロのもたぶん<超級>。給仕服は人間以外。
ディスやベネトナシュ、それと迷惑な連中のせいでそういうの雰囲気で分かるようになっちゃったよ。
『めんどーいー……』
対処考えるのもめんどくさいよバカー。
しかも呆れていたらまた増えたし。
何か飛んでるけど、格好が露骨に悪者。
一番魔王っぽい“ボトムレス”だってあんな格好しないよ……。
で、この四人と一人だけど……まぁ、うん、敵。
全部敵だね。エネミー。
もう面倒だし、安眠妨害で迷惑だし、こっち来たら危ないから先手取って倒そう。ノックダウン。
『……あー……そうだ……起きちゃったし……』
メイドさんにお夕飯頼んどこ。
ベッド横の呼び鈴を鳴らして、羊毛種族のメイドさんに来てもらう。
ちょっと……いやかなり悩んで夕飯にはオムライスをリクエスト。
ついでに派遣戦力も適当に指示。
レプラコーンBがいつの間にか増やしてたミスリル【スラル】と、番人用にカーディナルAを派遣。ゴーゴー。
ベネトナシュのアラゴルンモチーフで作ってみた奴だけど、実戦で使うの初めてだなー。テストー。
まぁ、新顔はいてもいつもどおり。ドリームランドに放り込んで肉体をタコ殴りでころそ。キルキル。
よーし、夕飯のリクエストで頭使ったし、良い感じに眠くなってきたぞー……。スヤァ。
ぼくもあっち行こー。ドリーミング。
そして安眠妨害は……死刑。デスペナァッ。
『それではおやすみ……Zzz』
◇◇◇
■【夜行狩人】ガーベラ
「……どこ、ここ?」
ミスリル製のモンスターの爆発の余波を浴びた途端に視界が暗転して、気がつくと意味不明な空間に立っていた。
私がいるのは細長くて薄っぺらい道の上。
何でそれが分かるのかというと、見回すとそこかしこに薄っぺらい道が縦横無尽に伸びているから。
どこにも土台や柱がなくて薄っぺらで曲がりくねった道だけがある。
色もアスファルトの黒や石畳の白じゃなくて、カラフルで現実感がない。
何て言うか、日本製老舗レースゲームの虹の道路みたい。
パパと遊んだことあるけど、あのステージ嫌いなのよねー……。
「下は……見えないわね」
道の端から下の方を覗き込むと……分厚い雲で何も見えなかった。
……これ、落ちたらどうなるのかしら?
「“監獄”……じゃないわよね?」
ついさっきまで収監されていたあそこも、ここまで荒唐無稽な光景じゃなかった。
あの爆発でどこかに飛ばされたのかしら?
現在地を知るためにマップウィンドウを……あら?
「…………出ないんだけど?」
マップウィンドウが開けない。
ていうか、メニューウィンドウも見えない。
簡易ステータスだって確認できない。
…………ナニコレ?
「いや、これ……ログアウトとかどうすればいいの?」
ま、まさか何十年も前のアニメみたいに、ゲームに閉じ込められたとか……?
ないわよね……ないって言って……!
「何よこれぇ……。オーナーも、アプリルも、……キャンディさえいないじゃないの……」
ていうか、うちの子も見当たらないんだけど。
デンドロやってきた中で一番意味分かんない状況ね……。
オーナー超えたわ……。
「誰かー……いないのー?」
声を上げても、何処まで広いか分からない空間に木霊するだけだった。
……仕方ない。とりあえずこの虹の道もどきを歩いていくしかないわ……。
歩きながら、状況について考える。
暗転する前に見た限り、オーナーとキャンディも私と同じように爆発を受けていた。
今ここにいる原因があれなら、二人もここに来ているはず。
……キャンディはともかく、オーナーは万能だからこの状況でも何とかしてくれるはず。
そのためには二人と合流しないとなんだけど……見当たらないわー……。
「一人でどうしろって言うのよー……」
なぜかアルハザードもいないし、今の私ってただのカンスト未満よ?
さっきの【スラル】とかいうモンスターが出てきたら殺されるわー……。
「誰でもいいから、私以外の人も出てきなさいよー……」
壁役、壁役カモン……!
そんな風に考えていると、
「?」
急に、景色のカラフル度合いが増した。
形容しがたい色の霧が立ち込め始めて……私の視界を覆い隠した。
何も、見えない。
「なにこれ……怖いんだけど……!」
パパのやってたホラーゲームみたいよ!?
これ大丈夫!? 霧の向こうからヤバいバケモノ出てきたりしない!?
うねってたりグロってたりしない!?
「――なあ」
「きゃああああああ!?」
後ろから何かに肩を掴まれたぁぁああああ……!
「落ち着いてくれ!」
「我らは敵ではない」
「……そ、そう?」
その声に、振り返る。
何が出てくるか分からない変な場所だし、敵でなければ何でもいいわ。
「ああ。俺もここに引きずり込まれた口だからな。俺はレイ・スターリング。こっちは俺の<エンブリオ>のネメシスだ。まぁ、あんたのところのオーナーは知ってたみたいだけどな」
…………敵だったわー。
◇◇◇
□【呪術師】レイ・スターリング
あの玉虫色のオーラで【強制睡眠】に陥った後、気づけばこの空間に送り込まれていた。
騎乗していたはずのシルバーの姿もなく、心なしか体も軽くて落ち着かなかった。
だが、ネメシスは傍にいたし、武器化も問題なくできるようなのでひとまずは安心できた。
その後すぐに不自然な奇妙な霧に包まれ、気づけば先ほど一緒に眠らされたパーティの一人と遭遇した。
重傷を負って治療を受けていた女性だ。
「誰でもいいとは言ったけどぉ……何でぇ……」
ただ、彼女はなぜか俺の方を見て狼狽え、頭を抱えている。
……何か問題があるのだろうか?
『……御主の格好のせいでは?』
ネメシス、最近何でもかんでも俺の服装のせいにし過ぎじゃないか?
服装一つで見知らぬ女性が頭抱えるとかないだろ?
『先日、見知らぬ山賊が頭抱えて降伏していたではないか』
……アレは俺だけじゃなくて他の三人も強すぎたんだよ、きっと。
「うぅ……こんなときにアルハザードがいないし……」
「大丈夫か……?」
「……ええ、大丈夫。少し、気持ちを落ち着かせるわー……」
「ああ……」
俺のせいか、この空間のせいか、大分追い詰められているようだ。
「それで、御主の名前は何なのだ?」
「……私の名前? ガーベラよ……………………あ」
ネメシスの問いに自分の名前を答えて……彼女は再び頭を抱えた。
「忙しない娘だのぅ……」
「……まぁ、こんな状況だし仕方ないさ」
しかしガーベラか。
名前には聞き覚えがある。
たしか、兄とルークが戦った<超級>が同じ名前だった。
そのガーベラは完全に察知されない恐ろしいガーディアンの使い手であったが、自信過剰かつ自己主張の激しい女性だったらしい。
「……うぅぅ……私のバカ……。もう、ズタボロじゃない……。やっぱり私が一番ダメだわー……」
……ここでなぜか狼狽えて自分自身を卑下しまくってる彼女とは正反対である。
そもそも兄達が戦ったガーベラは“監獄”にいるはずなので、当然別人なのだろう。
蹲った彼女に何と声をかけるか悩んでいると、彼女の方が涙目でジロリとこちらを睨んだ。
「……何でそっちはそんなに落ち着いてるのよ……? 急に眠らされて、訳わかんない場所に連れてこられたのに……」
何で落ち着いてる……か。
まぁ、何でかと言えば……きっと経験済みだからだな。
「……寝てる間に宗教団体のアジトに拉致されてたこともあるからな」
「えぇ……なにそれ怖い……」
うん。改めて考えると滅茶苦茶怖いよな、それ。
「理不尽なトラブルには慣れっこだから落ち着いてるってこと?」
「そうなる」
「それ、慣れていいものなの……?」
「…………」
慣れない方がいいのだろうが、慣れてしまったのだから仕方ない。
それにトラブルだけでなく、もう一つ経験済みのこともある。
「ついでに、こういう空間も初めてじゃない」
「え……? この不思議空間を知ってるの?」
ガーベラの問いに頷き、応える。
「ここは――夢の中だ」
俺の答えに、ガーベラは目を瞬かせる。
「……ゲームの中じゃなくて? ていうか、ダイブ型のVRMMOって既に夢の中のようなものじゃない?」
「デンドロの中だよ。けど、その中での夢……アバターが【強制睡眠】や【気絶】になったときに送られる空間だ」
過去に数回経験している。
両手の【瘴焔手甲】……ガルドランダと、最近ではあの斧によって夢の空間でアバターを動かしたことがある。
「ああ。そういうこと……」
「けど、普通は何もない空間に送られるし、自分以外の人間はいない。<エンブリオ>さえいないこともある。けど、今は俺だけじゃなく、ネメシス……俺の<エンブリオ>やあんたもいる。だからここは、夢だけれどただの夢じゃない」
「つまり?」
「誰かが……恐らくは【怠惰魔王】が俺達の夢を繋げているんだ」
「……それ、繋げる意味ある?」
彼女の言いたいことは分かる。
眠らせて、それから攻撃すればいいだけじゃないかってことだ。
まだ沢山の【スラル】が残っていた。殺すだけなら眠らせるだけでいい。
「ああ。俺達を始末するだけなら、夢を繋げる必要はない。だから、これはきっと何か別の目的があるはずだ……」
あるいは、この空間そのものが俺達を眠らせることにも関わっているかもしれない。
「はぁ……わかんないことが多すぎるわー……。オーナーなら何か知ってるかもしれないのに……」
「そういえば、一人だけなのか? 他にも仲間がいたはずだけど」
「……それ、私が知りたいわよ……」
ともあれ、今は俺達だけで進むしかない。
夢の中の道がどこに通じているかは分からないが、ここはひとまず進んでいくしかないだろう。
俺とネメシス以外に、ガーベラという同じ境遇の同行者も見つかったのは不幸中の幸いか。
「……変なことになったわ」
しかし、彼女はなぜか複雑な表情で俺についてくるのだった。
◆◆◆
■夢の中
「で、ゼッちゃんはこの<エンブリオ>の情報は知らないのネ?」
「ええ。この私が戦ったことのある【魔王】は、【暴食魔王】ディス・サティスファクタリィだけですから」
【怠惰魔王】によって繋げられた夢の中で、ゼクスとキャンディは合流していた。
二人がいるのも、レイとガーベラが合流した場所と同じような道の上だ。
「ジョブスキルも、<エンブリオ>のTYPEも、【暴食魔王】とはまるで違うことしか分かりません」
「同じ【魔王】でそんなに違うモノなのネ?」
「ええ。【暴食魔王】はこうした搦め手ではなく真っ向から戦うタイプです。個人戦闘型、あるいは広域殲滅型でしたね」
キャンディは「勝った?」と聞こうとして、止めた。
その時点ではゼクスが収監されておらず、【暴食魔王】が今もまだこちらにいる。という状況が一つの答えだったからだ。
(引き分けかな?)
どの時点のゼクスと戦ったのかは分からないが、少なくとも【暴食魔王】はゼクスと互角以上の戦闘能力を持っていたらしい。
であれば、同盟者にして同格と目される【怠惰魔王】も相応の力を持つということだ。
「で、この夢っぽい空間の検証についてだけども」
「私達の推測通りなら、この空間ではかなりの不利を強いられることになりますね」
「特に、GODは今回役立たずになりそうなのネ」
キャンディは自身の<エンブリオ>であるレシェフをクルクルと回しながら、溜息を吐く。
レシェフの放出口から風が吹き出すような音は聞こえるが、細菌が吐き出されている様子はない。
「空っぽになってるのネ……。作ろうとしても、作った端から消えていくのネ」
「思考力を持たない細菌は、この空間に存在できないということですね」
ここは夢の中。
夢を見るモノだけが存在できる空間であるがゆえに、レシェフの細菌はここに入っていないし、作ろうとしても存在できない。
そして夢の中で作ったものが現実に現れるわけでもない。
引きずり込んだ【怠惰魔王】もこの相性を想定したわけではないだろうが、ドリームランドはレシェフを完全に無効化していた。
あるいは、ミスリルを分解する細菌が効果を発揮しなかったのもこれが理由かもしれなかった。
「細菌も第一世代はレシェフのうちなのに……。スライムのゼッちゃんはいるのに不公平なのネ。細菌差別なのネ」
「差別と言うよりは区別かもしれません。その区別の意味は【怠惰魔王】自身に聞くしかないでしょうね。区別と言えば、アプリルもこちらにはいないかもしれません」
アプリルに思考力はあるが、彼女は人ならざる煌玉人である。
ここで『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』などと古典SFのタイトルを持ち出すまでもなく、恐らくはアプリルはここにいないだろうと考える。
そもそも、この夢の入り口である【強制睡眠】の状態異常が彼女には無縁だからだ。
スリープ状態になることはあっても、それとこれは全く異なると言える。
「ですが、きっとその方がいいでしょう」
「……だよねー」
ゼクスの言葉に、キャンディが強く頷く。
「アプリルが外にいないと、眠ったまま“監獄”に逆戻りなのネ」
◇◆◇
□■アルター王国南端・国境山林
『…………』
アプリルは両腕のワイヤーを振るい、迫るミスリルの【スラル】を迎撃していた。
彼女は独り、数多の【スラル】を相手に立ち回っている。
彼女の所有者であるゼクスも、仲間であるガーベラやキャンディも、突如として意識を失ってしまったからだ。
ゆえに、戦闘用煌玉人である自らの役目として、彼らを守るために奮闘している。
この場を離れるという選択肢はなかった。
アプリルは姉妹機であった【黒玉之追跡者】と違い、高速戦闘があまり得意ではない。
三人を抱えたまま逃げ切れるとは考えていなかった。
『……!』
《マテリアル・スライダー》によってミスリルの防御力を極限まで落とし、ワイヤーで引き裂いていく。
だが、バラバラにしてもなお砕けたまま【スラル】は近づいてこようとする。
それを蹴り飛ばし、眠っているゼクス達から引き離す。
アプリルの前に素材となった金属の防御力は意味をなさないが、しかしこの尋常ならざる生命力には手古摺っている。
『…………』
そして彼女とは別に、空中では一騎の煌玉馬がその背に主を乗せたまま、翼を持つ【スラル】の攻撃を回避し続けていた。
見知らぬ騎体。だが、その作りから自らの創造主であるフラグマンが手ずから作成したモノであるのは明白だった。
シリーズが違うために姉妹機という実感は薄いが、二〇〇〇年を経てここで遭遇したことに、アプリルの演算回路は奇妙な感覚を覚える。
『援護』
それゆえか、アプリルは《マテリアル・スライダー》の対象を空中の【スラル】にも広げ、投石によってシルバーを襲う【スラル】を迎撃した。
『…………』
シルバーからの返答はないが、物陰からガーベラに迫っていた【スラル】の破片に対し、空気の壁を作ることでそれを阻む。
今の両者の立ち位置は異なるものの、その指示を下す所有者達は夢の中。
ゆえに、アプリルとシルバーは互いが守ろうとしている者を、協力して守り合うことに決めたのだった。
『……Gi』
その様子を、【スラル】の指揮官であるカーディナルAは後方でただ眺めていた。
まるで、何かを待つように……。
To be continued
(=ↀωↀ=)<はーい。ペアを組んでー




