第七話 脱獄への挑戦
(=ↀωↀ=)<初稿からの追加修正とかアニメのチェック作業とか入ったけど何とか更新
(=ↀωↀ=)<でもまだまだ忙しいので今後もお休みすることはあるかもしれません
■“監獄”
「何を考えているのですか、ゼクス」
ゼクスの選んだ脱獄方法は、軽々に支払えない五〇〇レベルというコストで放たれた必殺スキルを用いるもの。
だが、その選択は……変形対象にサンダルフォンを選んだことは悪手だ。
「サンダルフォンでは突破できない。それは自身の目で幾度も見ているでしょう」
サンダルフォン。
逆さまの鉄塔の如き巨大な双脚型のギアであり、空間の移動法則を改変し、シャッフルする力を持つ<超級エンブリオ>。
レドキング同様に空間配置に干渉する能力。
そして、<超級エンブリオ>への進化時に獲得した《フォール・ダウン・スクリーマー》はレドキングの壁を破るために手に入れた力。
本来は無差別にシャッフルする空間配置を、双脚の先端部というピンポイントに限って制御し、空間を穿孔する。
しかも、その進化時にはメイデンとアポストルにのみ残る緊急機構……■■■での進化が用いられている。
それゆえに“監獄”の檻を、レドキングが固定した空間の壁を破る力は確かに持っている。
だが、それは脱出する力とイコールではない。
他ならぬサンダルフォンの在り方が、それを阻んでいる。
そう、サンダルフォンの最大の欠点は能力ではなく在り方そのもの。
サンダルフォンは――余りにも巨大すぎた。
双脚の先端にのみ生ずる空間穿孔の効果半径に対して、逆円錐型のサンダルフォンの上部はそれよりはるかに大きく、何より長大だ。
空間の壁を貫通しても、一キロメテルに近いサンダルフォンとそれを装着した<マスター>は空間の穴を通れない。
サンダルフォンのカテゴリーはギアであり、それも搭乗した状態でなければスキル使用ができない類だ。
ゆえに、空間を穿孔することができても、そのまま通り抜けることはできない。
足を引き抜き、サンダルフォンを離れて空けた空間の壁を通り抜けなければならない。
あるいはそれでも、相手がレドキングでなければそれで脱獄できたかもしれない。
だが、レドキングは空間の穴など一秒足らずで修復してみせる。
穿孔を止めればレドキングが即座に修復してしまうのである。
どうしようもなく発生する穿孔と通過のタイムラグゆえに、ハンニャは脱獄できなかった。
一部の<エンブリオ>が使用可能な機能、■■■。
直面した緊急事態にのみ対応したこの機能は、その緊急事態を打破できる進化の可能性を選択する。
だが、無差別に進化できるわけではないし、<エンブリオ>の特性からも外れない。
かつてネメシスが第二形態に進化したときは《逆転は翻る旗の如く》を獲得した。
だが、あれはネメシスの持つ因果応報の特性から外れたものではなく、それを獲得するに至る経験もあった。
レイが【大瘴鬼 ガルドランダ】で受けた三重状態異常だけでなく、事前にレイレイの状態異常薬物を飲まされていたことで、状態異常……デバフに対する経験値がネメシスの中に存在したからだ。
■■■が進化時に選択可能なパターンは、特性とそれまでの経験によって限られる。
そして、サンダルフォンは誕生の動機からして、巨大な双脚で敵を踏み潰す<エンブリオ>だ。
その特性は削れるものではなく、進化の際に巨大化しないという選択肢もなかった。
さらに言えば、レドキングが空間の壁を即座に修復可能であるというデータも進化時点では持っていなかった。
それゆえに、双脚と空間干渉能力を以て空間の壁を蹴破る力は獲得できても、脱出できる力までは獲得できなかったのである。
「ゼクスが使えばヌンの特性も加わりますが、それでも意味はないでしょう」
ヌンが持つスライムとしての機能、各種耐性は関係がない。
では、分裂はどうか?
ヌンは分裂が可能であるし、分体を操作することも可能だ。
だが、分体という言葉のままに、本体はある。
その都度、体積の最も大きいパーツが本体となる。
本体が消滅すれば、二番目に大きい分体が次の本体となる。
しかし、本体と分体の連携できる距離は、無制限ではない。
その限界距離をレドキングは把握していないが、相互に空間を介した何らかの意思疎通を行うことで分体を動かしていることは間違いがない。
だからこそ、意味はない。
たとえば空間の壁を超えたサンダルフォンの先端を自切し、分体だけでも“監獄”の外に脱出させることは、可能だ。
ただし、レドキングが空間の穴を修復した時点で、“監獄”にいる本体と外にいる分体の連携が途切れる。
そして、かつてのシュウとの戦いをはじめとした幾度かの激戦の中で、一定距離以上に飛び散ってしまった分体は、その時点で光の塵になっていた。
塵になる距離は分体のサイズにもよるし、キロメテル単位で離れても問題ないものもあるが、いずれにしても空間を遮断された時点で外部の分体は塵になるだろう。
ゆえに、先端部だけが“監獄”の外に出ても意味がない。
本体と分体の区別が体積である以上、サンダルフォンを使っている時点で本体が外に出ることは叶わない。
“監獄”の外が本体になるほど外に体積を移そうとすれば、そもそもサンダルフォンへの変形やスキルの発動が維持できないのだから。
「それに、脱出しなければならないのはゼクスだけではありません」
ゼクスだけでなく、キャンディとガーベラも脱獄させる必要がある。
ガーベラはともかく、キャンディとは脱獄を条件として“監獄”内への疫病蔓延という協力と、一時的なクラン加入を契約している。
それも【契約書】を用いている以上、契約を破ってゼクスだけで脱獄すれば……そのペナルティでまた“監獄”に逆戻りだ。
ある意味ではゼクス以上に、キャンディを脱獄させねばならない。
それを踏まえて、ゼクスの選択は悪手である。
「可能性があるとすれば、一時的に破った段階で外部の協力者が協力すること? ……いえ、ありえませんね」
外にいる<IF>のメンバーは、いずれも“監獄”の外界での所在地から遠く離れている。
指名手配犯、あるいは<超級>という条件に絞っても……“監獄”所在地の南に縄張りを持つ者はいるが、それは現時点で<IF>と無関係だと把握している。
そうではない一般の<マスター>ならば一人、“監獄”付近に近づいてくる反応はあるが……こちらも無関係であるのは間違いない。
「では、ここからどうするつもりで……?」
レドキングがそう呟いたとき、“監獄”内を映した映像の中でサンダルフォンに変形したゼクスに動きがあった。
――三体に分裂したのである。
それを為したのは、《スプリット・スピリット》。
使用後に分裂した分だけ最大HPが除算されるという危険なデメリットを背負う代わりに、必殺スキル使用状態でも最大六体に分裂できるスキル。
今、“監獄”には六体ではないが、三体もの黒いサンダルフォンが屹立している。
それぞれが一キロメテル近い全長を有するため、気が弱い人間が見上げればそれだけで気絶しかねないほどの圧迫感があった。
傍では、自らの<エンブリオ>であるレシェフを手にしたキャンディがそれを楽しげに見上げていたが。
『『『――《フォール・ダウン・スクリーマー》』』』
三体のサンダルフォンは《フォール・ダウン・スクリーマー》を発動させる。
そして、それぞれが回転する脚部の先端を、地面スレスレの空間に突き立てた。
何も見えないように見える空間で、微かな激突音と何かを抉るような音が響いた。
そうして、三体のサンダルフォンの脚部の周囲に――空間の隙間が生じた。
隙間からは、どこかの山と森の景色が……“監獄”の隠された地域の風景が見えている。
だが……その隙間はないも同然のサイズだった。
少なくとも、人間一人が通り抜けられる大きさではない。
隙間の大きさは安定せず、よくて頭部が潜れる程度しかないのだ。
何より、僅かに見える隙間のすぐ横には超高速で回転するサンダルフォンの脚がある。
脚は固定されておらず、巨体にとって少しずつ……しかし人間サイズでは致命的なほど揺らいでいる。
一歩間違えれば……間違えなくてもミキサーに飛び込むようなもの。
このままではサンダルフォンに変じたゼクスの本体は当然として、人間としては小柄なキャンディも脱出は不可能だ。
『…………』
すると、黒いサンダルフォン達が位置を変えるように動き出した。
三体は一組となり、同時に空間の壁と《フォール・ダウン・スクリーマー》の接触点を動かしていく。
あたかも、三体で三角形の点を穿つように。
「……ふむ」
それぞれの点にあった僅かな隙間が重なり、三点の中心点に人がギリギリ潜れる……かもしれない程度の隙間になっていた。
無論、今も少しずつ脚は揺らいでいるし、隙間の大きさも安定しない。
それでも、一本分の隙間よりはよほど通れそうだ。火の輪くぐりをするライオンほどの苦労だろう。
「三体分の重ね合わせということですか。六体では……まぁ無理だったのでしょうね」
サンダルフォンはそれぞれが全長一キロメテル近い巨体である。
六体で一ヶ所に集中することはサイズ的に不可能だったのだろう。
今も二つの隙間を作るため、三体がそれの正面と左右に配置されているが……酷く窮屈そうだ。
この《フォール・ダウン・スクリーマー》の合わせを抜きにしても、六体では手狭に過ぎただろうが。
「……それでこうする、と」
見れば、出来上がった大きな隙間に向かってキャンディが駆けている。
三体分の隙間に契約相手のキャンディを脱出させて、その後に自身やガーベラも脱出する算段なのだろうとレドキングは考えた。
隙間が大きければ閉じるまでの時間も長く、スライムの姿に戻ったゼクスなら潜り抜けることも叶うかもしれない。
「まさか……ですね」
サンダルフォン一体では届かなかった脱獄方法。
それに対してレドキングは頭を抱え、
「まさか――その程度の手段で破れると思われていたとは」
呆れると共に――その姿を変じさせた。
人型なれど、その体は純白のワイヤーフレームのように変わり、内部に広がる暗黒空間にはまるで宇宙を表すように無数の球体が浮かんでいる。
それこそが<無限エンブリオ>――TYPE:インフィニット・アポストルとしての姿。
銘を――【無限空間 マクロコスモス】。
そして彼の見る“監獄”の光景の中、キャンディが隙間に飛び込もうとして、
「!」
……あっさりと弾かれた。
見れば大きな隙間は向こう側こそ見えているが、物理的には徹れない状態になっている。
空間に、蓋がされていた。
『穿孔中は塞げないとでも?』
レドキングは、三体のサンダルフォンが隙間を重ね合わせた時点で既に通れないように空間を塞いでいた。
姿が見えないガーベラとて、潜り抜ける時間などなかっただろう。
『サンダルフォンの空間穿孔と私の空間固定。真逆のこと、矛と盾の争いで私が彼に敗れる道理がありません』
ハンニャのときは、単に穿孔中は塞ぐ必要がなかっただけだ。
穿孔中でも通れない程度に塞ぎ直すことなど、少しばかり力を集中すれば造作もない。
キャンディはその後も何度か飛び込もうとしたが失敗し……諦めたようにログアウトした。
◆
ゼクスが変じた三体のサンダルフォンは、合わせによる脱獄が失敗した後はがむしゃらに空間の壁に《フォール・ダウン・スクリーマー》を撃ち続けた。
しかしそんなもので破れるわけがない。
人が通れないサイズの穴しか作れず、契約相手のキャンディが既に諦めていなくなった。
既に無為な挑戦でしかなく、レドキングが力を込めて塞ぐ意味すらない。
やがて、《我は万姿に値する》と《スプリット・スピリット》の効果時間が終了した。
……元の姿に戻ったゼクスは表面上では普段の微笑のまま、しかしやはりショックを受けているのかすぐにログアウトしていった。
彼の脱獄への挑戦は、あっさりと失敗したのである。
その様子を、元の青年男性の姿に戻ったレドキングは見届けた。
「ゼクスがレベルを上げ直すまでに、また数ヵ月は必要でしょう」
ゼクスの挑戦失敗にレドキングは落胆している。
無論、“監獄”を管理している彼からすれば、ゼクスの脱獄にメリットなどない。
ハンニャとサンダルフォンのように、上級の<マスター>が脱獄のために奮起して進化するならともかく、既に<超級>に至った者に脱獄される意味はない。
それでも、自身の予想を超えたものが見られるかもしれないという期待はあった。
「ん? 連絡……アリスから?」
自身の同僚であり、アバターを管理する管理AI一号からの連絡。
役割の性質上、普段から連絡を取り合うことが多い両者だが、このタイミングでの連絡をレドキングは奇妙に思った。
「私です。どうしましたか、アリス」
『レドキングって、結構うっかりさんよねー』
通信の第一声でそう言われたレドキングは首を傾げた。
「何を言っているのです?」
『自分自身が万能。独りで何でもできちゃうから、色んなものを組み合わせる発想に欠けるのよねー』
「だから、何を言って……」
要領を得ないアリスの言葉にレドキングが僅かに苛立った直後……。
『あの子達の脱獄、成功してるわよー』
「……………………は?」
告げられた言葉に、レドキングは<Infinite Dendrogram>の管理を始めてから五指に入るほどの驚愕を覚えた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<脱獄完了
(=ↀωↀ=)<その手口は……次回に続く
 




