接続話 斧と剣
(=ↀωↀ=)<本日は書籍第九巻の発売日です
(=ↀωↀ=)<それに合わせて六・五章も再開いたします
(=ↀωↀ=)<作業が多々重なっているので途中で休載を挟むかもしれませんが
(=ↀωↀ=)<ご了承ください
□??? レイ・スターリング
鎚の音が響いていた。
◇
気がつくと、そこにいた。
自分自身の感覚さえもあやふやな状況。
これが夢なのだということはすぐに分かった。
伝わる感触の曖昧さが、かつてガルドランダに引き込まれたときと少し似ている。
けれど同時に……ガルドランダによるものではないことも明らかだった。
俺は見知らぬ空間にいる。
暗闇でもなく、俺の記憶の風景でもない。
本当に、未知の空間だった。
俺の周囲に広がる光景は、定かなものですらない。
どこかの鍛冶師の工房にも見えるし、あるいは宇宙空間に生身で放り出されたようにも感じられる。
空間の形は不確かで、けれど確かな存在感と用途だけは見えている。
それは……空間の中心に一つの炉が置かれていたからだ。
人間よりも少し大きい程度の炉だったが、俺にはなぜか……それが太陽よりも巨大なものに見えた。
炉の前には金床が置かれていて、そこに鎚を振り下ろし続ける誰かがいた。
鎚の音だけが、空間に木霊していく。
鎚を振るう人物の姿は見えなかった。
男かもしれないし、女かも知れない。
老人かも知れないし、少年かも知れない。
像が曖昧にぼやけてしまって、視えないのだ。
容姿は見えないまま、けれど溢れ出る存在感を伝えてくる。
何より振るう鎚に込められた力と技術だけは、素人の俺でさえも感じられる。
それこそ、この人物が世界を創っているのだと言われても信じられる。
けれど今、金床の上で打たれているのは世界ではなく……片刃の斧だった。
柄はなく、斧の刃の部分をこの人物は叩いていた。
赤熱した金属の輝きは、鉄や鋼のそれとは違う。
<Infinite Dendrogram>にあるミスリルや、神話級金属とも違うだろう。
その金属は、少しだけ透き通っている。
まるでいつか見たアズライトの蒼剣……【アルター】のように。
太陽の如き炉の熱で赤熱したソレは、本来の色はもっと違う色なのだろう。
それはきっと美しい色なのだろうと……この時点でも予感できた。
そうして作業の工程は進んでいく。
どれほどの時間が過ぎているのかは分からない。
あるいは、早回しで見ているのかもしれない。
作業が進むにつれて斧の形は明確になり、柄も取り付けられて戦斧……大型の片手斧であることが明らかにもなった。
それはとても美しく――白い斧だった。
幽かに透き通っていて……武器でありながら祭器のような斧だった。
けれど、見覚えのない色をしたその斧を……俺はどこかで見たような気がした。
『…………』
斧がある程度の形になった頃、斧を創っていた人物はその手を止めた。
完成、ではないだろう。
見た目は完璧に思えるが、しかし何かが欠けている気がしてならない。
画竜点睛を欠く、という言葉を思い出す。
『……悩む』
無言で斧を創っていた人物が、初めて言葉を発した。
言葉は伝わるけれど、その声から年齢や性別を判別できなかった。
『…………』
その人物は、斧に向けて手を翳す。
すると斧は浮かび上がり、空中に静止した。
そして斧を創っていた人物は再度手を翳すと……そこに斧以外の武器が現れた。
それは蒼い剣――俺も見知った【元始聖剣 アルター】だった。
けれど、違う。
どこが、とは言えないが……その【アルター】は俺の知る【アルター】とは違う。
何かが欠けていて、不完全。
それこそやはり、画竜点睛を欠いている。
『私は<鍛冶屋>』
その人物は、自らを<鍛冶屋>と名乗った。
それはジョブの名称のようだったけど……違う。
似てはいるが次元が違う雰囲気が、その言葉にはあった。
『私は悩んでいる。役割を負うべき武器は一つのみ。
私は悩んでいる。渾身を注ぎうる武器も一つのみ』
白い斧と蒼い剣を前に、<鍛冶屋>は独り言を続ける。
あるいはそれは、自らが作った武器に対しての言葉だったのか。
『だが、ここには二つの傑作がある』
<鍛冶屋>は斧と剣を見比べながら、自身が言ったように悩んでいる。
それこそ、顔も定かでないのにそれが分かってしまうほどだ。
『一つは最高傑作に。一つは数ある駄作になり果てる』
製作者として苦渋の決断を迫られているのだと、余人にも理解できる。
『これより我が同胞と共に創り上げる■■■の要たる武器を、どちらにすべきか……』
そうして<鍛冶屋>は悩み続けた。
どれほどの時間が経ったかは、斧を創っているときと同様にこの夢では分からない。
けれどきっと短くはないだろう思索の末に、<鍛冶屋>は……。
『――決めた』
――蒼い剣を手に取った。
夢は、そこで途切れた。
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
「……っ」
気がつけば、俺の前に広がる景色は見知ったものに変わっていた。
仰向けで見上げる景色に空を囲む観客席が見えたので、俺がいるのが第八闘技場……<デス・ピリオド>の本拠地、その舞台の上であることを理解する。
『レイ? 起きたか?』
「……ネメシス?」
紋章の中から、ネメシスに声を掛けられる。
『まったく。急に寝こけるのだから驚いたぞ。疲れがたまっていたのか?』
「……スパーリングのために早起きしたからかな」
今日は早朝からルークとスパーリングしていた。
ルークは“トーナメント”対策に多様な戦闘スタイルで俺の相手をしてくれた。
その結果、トータルでは負け越している。
スパーリングで見えた課題を整理するため、舞台上に独り残って考え事をしていたが……途中で意識が落ちていたらしい。
『まぁ、“トーナメント”までには起こすつもりであったがな。思ったよりも早く起きたの』
時間表示を見ると時間はほとんど過ぎていない。
夢の中では随分長い時間が経ったように感じたが、実際には五分と経ってはいない。
「夢……」
あの夢は何だったのだろう。
脳が見る夢は記憶の再構築だというが、身に覚えがなさすぎる。
【アルター】はともかく、他は……。
「……?」
不意に、俺の手が何かに触れた。
視線をそちらに向けると……そこには刃を黒い布に包んだ大型の片手斧があった。
「……何で出てるんだ?」
最初のスパーリングで振りかぶっただけで俺の腕を吹っ飛ばした無銘の斧。
使いようがないから、アイテムボックスに仕舞っていたはずだ。
「ネメシス。これ、お前が取り出したのか?」
『いや、知らぬ。……というか、いつから外に出ておったのだ?』
独りでにアイテムボックスから出てきたということだろうか?
……まぁ、勝手に動く装備品はガルドランダの宿った【瘴焔手甲】で既知ではある。
「…………」
ジッと、無銘の斧を見る。
剥がれない布で刃が包まれているため、形は定かじゃない部分はあるものの……夢で見た斧に似ている気がしてきた。
そうして、似たような経験を既に得ている俺は、一つの答えに辿り着く。
「ガルドランダのときみたいにお前が夢を見せたのか?」
斧に問いかけるが、返ってくる答えはない。
『どうしたのだ、レイ?』
「いや、何でもない」
ネメシスが心配そうに声をかけてくるが、それで分かることもある。
彼女と記憶が共有されていないことも含めて、ガルドランダのときと同じだ。
だとすれば、やはりこの斧はあの夢の斧で……あれはきっとこれが創られたときの出来事なのだろう。
そのことについて、少し考えこむ。
「……ネメシス。悪いけど、少し腹にモノを入れておきたい。食堂の保存用アイテムボックスから、適当につまめるものと飲み物を持ってきてくれないか? 俺はもうちょっとここで考え事がしたいから」
「仕方ないのぅ。待っているがいい」
そう言ってネメシスは紋章から出て、屋内へと駆けて行った。
俺の方は、斧へと向き直る。
「俺達だけになったけど、お前って話せる武器か?」
再度、斧に問いかけるものの……答えはない。
その様子はただの武器であるようにも見える。
そうしていると、先刻の夢とは無関係で、俺の考えすぎかとも思える。
しかしもしも……夢を見せたのがこの斧であれば、ただの武器ではありえない。
夢が正しければ、この斧は【アルター】と同じ製作者の手によるものということになる。
あらゆるものを刻む始まりの聖剣、【アルター】。
夢が正しければ、この斧はそれと並ぶ代物ということになるが……。
「……そうは、ならなかったんだろうな」
夢の中で、<鍛冶屋>と名乗った人物は言っていた。
『一つは最高傑作に。一つは数ある駄作になり果てる』
そして、夢の中で<鍛冶屋>は……【アルター】を手に取っていた。
きっと、それが答えなのだろう。
製作者が選んだのは【アルター】で、最高傑作となったのも【アルター】だった。
選ばれなかったこの斧は、<鍛冶屋>にとって駄作になってしまったのだろう。
だからこそ、銘もつけられずに放置された。
「…………」
それは、少し無責任な気もした。
傑作にできないのだとしても、せめて銘はつけるべきだったのではないかと思う。
先ほどの夢が俺の空想・妄想でないのならば、この斧には自身の過去を見せる程度の意思があることになる。
であれば、生みの親に名前さえ付けられなかったことに、憤りもあるのかもしれない。
それにこの斧は……夢と色が違う。
夢で見た斧は刃も柄も真っ白で、透き通っていた。
けれど、今の斧の柄は……血の色に染まっている。
きっと、黒布に隠された刃も同じ色なのだろう。
一体何があってここまで変じてしまったのか。
それも銘をつけられなかったが故なのか。
今も【紫怨走甲】は斧が溜め込んだ怨念を吸収しているが、それが終わればこれは白に戻るのだろうか?
……それは分からない。
これまで吸い続けていて色が変わる気配は微塵もない。
「ふぅ……」
この斧に……呪いの武器に同情することが良いのかは分からない。
けれどあの夢を見て、今の斧を見て、……どうしても少しの後味の悪さも覚えている。
「……まぁ、これも一種のクエストみたいなものか」
俺は無銘の斧の柄を、指でコツンと叩いた。
「追々、お前の色の戻し方についても調べといてやるよ。それと、製作者本人じゃなくて悪いが仮の銘だけでも考えとこう」
クエスト、スタート。
自主的なものだけど、な。
『…………』
俺の言葉の後も、斧は喋ることはおろか反応することもなかった。
そういう武器なのか、あるいは夢自体が俺の脳が産みだした空想・妄想だったのか。
まぁ、どちらでもいいさ。
色を戻すのも、銘をつけるのも、俺がそうしたいからするだけなのだし。
銘については、折角だから何日か考えてつけたいところだ。
「レイ。サンドウィッチと紅茶を持ってきたぞ。モグモグ……」
と、丁度そのタイミングでネメシスが朝食を持ってきてくれた。
「ありがと。でも食べ歩きはやめとけ。あとで掃除しなきゃだし」
「むぅ。闘技場だとどうしてもイベント観戦食べ歩き気分に……モグモグ」
花より団子みたいなこと言ってるな。
まぁ、それもネメシスらしいところだけど。
「さて、朝食を済ませたら中央大闘技場まで移動だな。一回戦から四回戦は午前中だし」
「うむ。ふふふ、腕が鳴る。今宵の私は血に飢えているからな!」
「まだ朝だっての」
どこか既視感のあるやり取りの後、俺達は二人(と召喚したチビガル)で朝食を摂った。
◇◇◇
そうして、“トーナメント”の初日が始まる。
こちらの時間で十日間開かされる“トーナメント”の、最初の一日。
数多の出会いとドラマを生むと予想される王国の一大イベント。
けれど、この時点の俺は知らなかった。
俺にとって最大の戦いが、予想の外に待っていることを。
To be continued
(=ↀωↀ=)<六・五章後半戦開始
(=ↀωↀ=)<それと新ヒロイン
(=ↀωↀ=)<斧
( ꒪|勅|꒪)<ねーヨ
(σロ-ロ)(……無機物みたらし)




