エピローグB <IF>
(=ↀωↀ=)<連日更新
(=ↀωↀ=)<まだほとんど白紙の次話執筆が作者を襲う……!
■【テトラ・グラマトン】
<IF>の本拠地である巨大戦艦、【テトラ・グラマトン】が砂漠を進んでいる。
動力ブロックでの戦いで【凍結】し、命からがら脱出したラスカルの姿は、船内の自室にあった。
全身の【凍結】は脱出から一時間ほどで解けている。
「…………まったく、今回は本当に踏んだり蹴ったりだった」
自室の椅子に腰かけながら、ラスカルは大きく溜息を吐く。
「溜息を吐くと幸せが一つ逃げますよ?」
「幸せに逃げられたから吐きたくなるんだ」
マキナは室内に設えた作業台で何かを作りながらそんなことを言い、それに対してラスカルは疲れた顔で答えた。
「動力炉の破壊も確保も失敗。戦力調査は出来たものの、肝心のスカウトは失敗。エミリーは【ヨナルデパズトリ】の片割れが復活するまで行動不可。【サードニクス】は装甲の総取り換え。おまけに、俺はこれだ」
椅子に腰かけるラスカルは、左手で頬杖を突く。
だが、替えのスーツの右袖は所在なさげに反対側のひじ掛けに垂れ下がっていた。
【凍結】は解けたものの、《煉獄閃》によって失った右腕は治っていない。
薬品で傷は塞がって既に皮膚に覆われていても、上腕から先が欠落している。
「……右腕の治療は、ゼクスの脱獄まで待つ必要があるな」
肉体の一部の完全焼失。
完治には超級職の回復魔法か、デスペナルティを必要とするだろう。
だが、指名手配の身の上であるラスカルにデスペナルティは選択できず、治療を頼める超級職も“監獄”にいるゼクスだけだ。
「あ、そういえば【聖女】持ちなんでしたっけ。私ってそのトランス・セクシャル・スライムさんに会ったことないんですよねー」
「うちのオーナーを新種のモンスターみたいに言うな」
【トランス・セクシャル・スライム】。デンドロなら本当にいるかもしれない名称なのがちょっと嫌だった。
「ラ・クリマの報告では、天地の方での段取りも進んでいる。ゼクスも季節が変わる前には出てくるだろう。少しばかり不便だがそれまでの辛抱だ」
「そのオーナーさんのところにうちの妹もいるらしいですからねー。オーナーさんやガーベラさんの脱獄が楽しみですよ」
煌玉人の二号機、【金剛之抹殺者】はゼクスの所有物であり、今は共に“監獄”の中だ。
一号機の彼女としては、二〇〇〇年ぶりの姉妹との再会を楽しみに思う気持ちもある。
「でも、治療って言うならラ・クリマさんでもいいんじゃないですか? 人間の手とか増やせますよね、あの人」
「……俺も見た目を気にしない訳ではないぞ?」
ラスカルはラ・クリマの手掛けた【イグニス・イデア】……四本腕になった【炎王】や、【ウェスペルティリオー・イデア】……皮膜付きの蝙蝠人間になった【奇襲王】を思い出す。
ラ・クリマに任せた場合、よくて人間以外の腕になり、悪ければ三本腕にでもなってしまうだろう。
「ㇵッ! 肉体改造……ムキムキマッスル……私の操縦でも安心……タフなボディで夜もハッスル……!」
だが、マキナは心底イヤそうな顔をしているラスカルに構わず、妄想を続ける。
「そうか。そこまで阿呆なことを考える余裕があるなら、【テトラ・グラマトン】の表面装甲を手作業で磨いてきてもらおうか」
「ヌェ!? い、いやだなぁ、じょ、ジョーダンですよ? だから三〇〇メテル級戦艦のお掃除はご勘弁をぉ……」
マキナは「砂漠の砂ぼこりとのエターナルイタチごっこは嫌ですよぅ……」と半泣きで訴えかけた。
「……まぁいい。それで、阿呆なことを言っている間に頼んだものはできあがったのか?」
「あ、はい。あとはここをちょこちょこっと……できました!」
マキナは作業台に向き直り、台の上に乗っていたモノに最後の仕上げを施してラスカルに見せる。
「という訳で、義手です!」
それは機械式の義手だった。
腕の切断面に装着するタイプで、長さはラスカルの失った右腕に合わせてある。
「神経繋がなくても指が動く大変扱いやすい代物ですよ! 着けてみてください!」
「そうか。傷口を開かなくていいのは助かるな」
マキナに促され、スーツを脱いで右腕の断面に装着する。
すると、生身の右腕を動かすのと同じ感覚でラスカルは義手を操作できた。
「……相変わらず、物作りの技術とスピードは素直にすごいな」
マキナに制作を命じてから一時間ほどしか経っていない。
驚異的な速さと完成度だった。
「もっと褒めちぎってくれてもいいんですよ!」
「すごいすごい」
「やったぁああああ! べた褒めだぁああ!」
「これでいいのか……」
おざなりな誉め言葉に大はしゃぎしたマキナに、ラスカルは逆に罪悪感を覚えた。
「あ! 良いこと思いつきました! 全身義体にすればどんな無茶な操縦でも……」
「それはやめろ」
はしゃぎすぎて危険なことを考え始めるマキナに、ラスカルは真剣な表情でストップをかけた。
「まぁ、いい。……ところで、何か欲しいものはあるか?」
「え?」
「この義手の礼だ。……それと今回は俺が行動不能になってからの脱出でも手間をかけさせた。俺とお前は所有者と所有物の関係だが、労うことがあってもいいだろう」
「デレましたね! やっとデレたんですね!? ひゃっほーい!」
「……要らんのならやめるが?」
「やめないで! 考えますから!」
マキナは両手の人差し指をコメカミに当てながら、ああでもないこうでもないと考え始める。
「セッ……じゃなくて、エッ……じゃなくて、夜ば……じゃなくて……」
「お前の思考回路はどうなってるんだ?」
色惚けワードしか出てこないマキナを、ラスカルは素で心配した。
それでもマキナは考え続けて……。
「決めました!」
「そうか。何が欲しい?」
「デートしてください!」
マキナは胸の前で両手を握りしめる、いわゆる『女の子が勇気を振り絞るポーズ』をしながらそう言った。
「……夜のデートか?」
「ご主人様のえっち! もう! いやらしいことばっかり言っちゃだめですよ!」
「…………」
ラスカルは『張っ倒すぞこのポンコツ』という内心の言葉と、実行に移そうとする自らの腕を懸命に止めていた。
「普通のデートですよ! おしゃれして、二人で美味しいもの食べて、綺麗な景色を見るんです!」
「……それでいいのか?」
「はい! やったことないですし!」
「……そうか」
「…………二〇〇〇年もデートしたことない喪女とか思ってません?」
「思っていない。分かった。了承しよう。今回の件の褒美はそれだ」
内心、『お前、喪女って柄じゃないだろ』とは思ったものの、ラスカルはマキナの要求を承諾した。
「え? マジで? ダメもとだったのに……いよっしゃぁあ! やりましたー!」
マキナは両手を万歳しながら跳ね回り、全身で喜びを表現した。
「しかし、デートか。指名手配の身の上だが……まぁ、また偽装用のアクセサリーを用意すれば何とかなるか」
マキナのアイテム作成能力なら、そうそう見つからない代物を作れるだろう。
前に作ったものの効果は実証済みでもある。
「あ、忘れてました」
跳ね回っていたマキナが動きを止めて、くるりとラスカルに向き直る。
「その義手、ちょっと仕組みがあるんですよ」
そう言いながら、ラスカルが右腕に装着した義手を指差す。
「仕組み?」
「人差し指を二回曲げてから小指を三回曲げてみてください」
「ふん?」
ラスカルは言われるがまま、指を曲げてみせる。
――直後、右手首から先がロケット噴射で飛んで行った。
右拳は廊下に面した壁に大きな凹みを作って埋まっている。
「…………」
ラスカルは手首から先がなくなった義手と、壁の破壊痕を見ながら、『なんだこれ?』という顔をした。
「手首から先が飛びます。名づけてロケット手首です!」
「……これの意味は?」
「隠し武器です!」
「……壁に凹みを作る程度の隠し武器が通じる相手も、こっちじゃそう多くはないと思うが? 猫だまし程度にしかならないぞ」
内心ではかなり驚いていたものの、それをおくびにも出さず、ラスカルは努めて冷静にそう言った。
「あ。違います違います。その状態で腕を右に二回捻ってから左に四回捻ってください」
「…………」
『やりたくねえ……』と思いながらも、ラスカルは腕を捻る。
――直後、細長い光の束が壁をぶち抜いた。
「手首からビームが出ます!」
「…………そうか。それでお前は俺を何にしたいんだ? 今日日、子供向けアメリカンコミックでもここまで珍妙な義手はつけないが?」
残った左手でマキナの頬をゆっくりとつねりつつ、ラスカルは据わった目で問いかけた。
「わ、私とお揃いなのに……」
「……お前の義手、こんなもの仕込んでたのか」
機能停止している間に失くしたという左腕の代わりに自作したことは知っていたが、まさかロケットパンチとビームが付いているとはラスカルも知らなかった。
「…………」
「あ、あのお仕置で……?」
マキナは『デートなしにされるかも……』とビクビクしながら、上目遣いで尋ねた。
「……それはいい。ただし、この義手は改修しろ。隠し武器を使う動作が単純すぎる。これではいつ誤作動が起きるか分からない」
「あ、はい」
「それと、壁はお前が直せ。掃除もな」
「わ、わっかりました!」
ビシッと敬礼を決めて、マキナはすぐに掃除と修理に取り掛かった。
『今日は優しい? やっぱりデレたんですかね? デート約束してくれたし』と内心で思いながら。
◇
マキナが掃除を始めて少ししてから、ラスカルの部屋のドアの呼び鈴が鳴った。
ラスカルが許可を出すと、張が入室した。
彼が来たのは、【エルトラーム号】で保護したドリスという少女について報告するためだ。
エミリーを連れて撤退する際、張はドリスも共に連れて撤退した。
理由としては彼女を守るためだ。
張はエミリーからドリスの保護を任されていた。
そして、あの時点の状態では『船に置いたままでは危うい』と考えていた。
実際、この判断は間違いではない。
広域殲滅型の<超級>がいる戦場、未だ残存していた正統政府の戦力、大きく破損した船内など、少女の命を奪いかねない要因が複数あった。
ゆえに、安全を確保するために気絶していたドリスを共に連れ出したのである。
後からどこかの街の役所や施設に送り届ければいいと考えて。
「それで、そのドリスという子はどうしてる?」
「先ほど目を覚ましました。起きた当初は酷く混乱しておりましたが、今は鎮静の香で落ち着いています。また、エミリーが傍で話しかけていることも大きいかと」
「エミリーが、か……」
「……ドリスはあの事件で父親を軍人達によって殺されたそうです。<DIN>からの情報でもその確認は取れました」
「そうか……」
「…………」
二人は共に沈黙する。
はっきり言えば、<IF>はドリスの父の死に関与している。
<IF>が珠をばら撒いたことが第一の元凶。
そして、元々の珠の所有者である彼の上司が死亡した後、珠を偶然手に入れた彼を死地となった船まで導いたのはラスカルであり、護衛していたのは張だ。
彼らがいなければ、船内で死ぬことはなかっただろう。
……逆に彼らがいなければ、珠を手に入れてすぐ娘も共に死んでいた公算が高いが。
「気に病むなよ。父親の護衛は船に着いた時点で終了していた。アンタに落ち度はない」
「……ですが、責任は感じています。あの年の子を、親無し子にしてしまったのですから……。俺や、俺がかつて仕えていた御方もそうでした」
張がかつて所属していた組織<蜃気楼>の長。
今は黄河の獄に繋がれているか既に命絶たれているだろう年若い香主のことを思い、張は己の感情を込めながら言葉を放った。
「……アンタは……裏社会にいたにしては善人すぎるな」
「お言葉ですが、それはラスカルさんもでは?」
張には、ラスカルが自身同様に、ドリスという少女の身に起きた不幸を悼んでいるように見えた。
「そうでもないさ。……俺は目的のためならば、顔も名も知らないティアンが何万人死んでも構わないと思っている人でなしだからな」
ラスカルは、窓の外に視線を向ける。
そこに広がるのは砂漠であり、このカルディナの大地だ。
<IF>がばら撒いた騒動の種……珠によって数多の被害が生まれているだろう国の姿だ。
「……顔も名前も知らない他人の命より、大切な者の願いが勝るとも」
「ラスカルさん……」
彼の言葉は冷たいようだったが、そうではない。
つまり、『顔と名前を知る者』に対しては責任を感じている。
それでもやらねばならぬことがあると、彼の表情が告げている。
「それであの子……ドリスは今後どうすべきでしょうか? どこかの街の役所か養護施設に送り届けた方が……」
「……やめておこう。色々と、見られている。それに『ティアンの記憶を探る』、なんて<エンブリオ>をカルディナ側が確保している恐れもある。熟練した<マスター>の多い国だからな」
「たしかに……」
では、どうすべきなのか。
裏社会に長く身を置いていた張は、少女の口封じを命じられる可能性も考え、緊張した。
「エミリーは、その子とどう接している?」
「……端的に申し上げれば、懐いています。ドリスの方はまだ混乱していますが、エミリーの方はまるで仲の良い友人のように接しています」
「そうか……」
それを聞いて、ラスカルは暫し考え込み……。
「……しばらく面倒を見てやってくれ。エミリーの情操教育には、あのくらいの年代の友人も必要かもしれん」
「はい。…………」
情操教育という言葉と、殺人を伴う荒事の現場に連れ出す行為。
それは大きな矛盾を孕んでいるように張には感じられた。
しかし、それがただの矛盾ではなく、何らかの繋がりがあるものではないかとも……張は感じ取ったのだった。
「いずれ、俺達がこのカルディナを離れる頃には……どこか信頼のおける施設に預けよう」
「分かりました」
そうして一人の少女の処遇が決まり、張はラスカルの部屋を退室した。
(そういえば……)
退室するときに、張は一つの疑問を覚える。
(ラスカルさんとエミリーは、如何なる関係なのだろうか?)
クランの仲間、というだけではない。
明らかに、ラスカルはエミリーを特別視している。
危険物を扱うような説明も受けたし、鉄火場にも送り込んでいる。
しかし二人との付き合いが長くなると……ラスカルがエミリーを気にかけていることがよく分かる。
(もしかすると……)
ラスカルが言っていた『願い』とは、エミリーに関するものなのではないかと……張は思うのだった。
◆
「そういえば、前から聞きたかったんですけど」
「何だ?」
張が退室した後、ずっと掃除をしていたマキナがラスカルに問いかける。
「ご主人様とエミリーちゃんの向こうでの関係って何なんですか?」
「…………」
それは張の抱いた疑問と同じようなものだったが、それはこちらでの関係ではなく……<マスター>にとってのリアルでの関係を尋ねるものだ。
「妹さん?」
「俺に兄弟姉妹はいない」
「娘さん?」
「俺がそんな年に見えるのか?」
「<マスター>ってこっちと向こうで容姿違うらしいですし……」
「そうだな。だが、大差はない」
「……ハッ! まさか……奥さん!?」
「お前は俺を性犯罪者にでもしたいのか……」
心底辟易した顔で、ラスカルは答える。
「じゃあ何なんですか! 私、気になります!」
「…………」
マキナの質問に、ラスカルは少し考え込む。
言うべきか、言わざるべきか。
悩んで……少しだけ話すことにした。
「妹だな。俺の……ではないが」
「?」
不明な言葉の意味をマキナの演算回路がはじき出そうとするが、その前にラスカルは答えを口にする。
「俺の……親友の妹だ」
「友達、向こうにもいたんですね」
ラスカルの言葉に対して、マキナは怒られても仕方のない反応をしでかした。
「怒るぞ?」
だが、ラスカルはその言葉と裏腹に……怒りの様子は見えない。
少しだけ苦笑して、けれど何かを懐かしんでいるようだった。
『友達』、という言葉に……思うところがあるのか。
「……学生時代の俺は人づきあいが良い方だった。友人知人には困らん」
「まぁ、そうですよね」
ラスカルは決してコミュニケーションが下手ではない。
そうでなければこの犯罪クランの実質的な運営者たりえず、様々な組織との交渉事もできるわけがない。
「それでも……親友と呼べる相手は一人しかいなかったがな」
「…………」
その唯一の親友こそが、エミリーの兄であることは明らかだった。
「その親友さんは?」
「もう死んだ」
問われることが分かっていたのだろう。
答えは間髪を容れないものだった。
あるいは、すぐに答えなければ……言葉が出なくなる類の思い出だったのか。
「何年も前に……殺されたよ」
「それって……」
「…………」
ラスカルは、それ以上は何も言わなかった。
二人が沈黙した部屋の外からは、壁に空いた穴越しに……エミリーとドリスの話し声が幽かに聞こえていた。
To be continued




