エピローグA 水晶
(=ↀωↀ=)<年末連日更新
(=ↀωↀ=)<一日一話ペースで書いていきます
(=ↀωↀ=)<でも並行して書籍作業もある
(=ↀωↀ=)<……年末年始の方が忙しいとは
■カルディナ某所
正統政府と<IF>の襲撃、<UBM>解放という大事件の舞台となった【エルトラーム号】。
動力を失って停止したその船から遠く離れた地点に、一隻の船があった。
その船は備わったスキルによって、砂漠を行き交うモンスターや人の目からも隠されている。
だが、仮に人がそれを見ても、船とは思わないかもしれない。
なぜならそれが……まるで兜蟹のような形をしていたからだ。
『【エルトラーム号】内に設置したセンサーユニットからの情報を受信開始』
兜蟹の中には、二人の人物の姿があった。
その内の一人、機械仕掛けの仮面を着けた人物……水晶の煌玉人であるクリス・フラグメントは、コンソールを操作しながらそう呟いた。
彼女の手元のコンソールには、彼女が設計した【エルトラーム号】の壁内などに設置された各種センサーが獲得した情報が流れ込んでいる。
<IF>同様に戦力分析を目的の一つとしていた彼女が、【エルトラーム号】を舞台に選んだのはこのためだ。
あの船は最初から、データを取得するための実験場。
船のどこで誰がどう戦おうと、情報の詳細はクリスの手の内に入る仕掛けだ。
また、情報送信が完了したものから自壊するようになっているため、後からユニットを発見しても得られるものはない。
『戦闘は……どういうことだ?』
そうして得られたデータを精査し始める。
彼女は仕込みが完了した時点……舞踏会が始まる前には船を降りていた。
ゆえに、データを通してはじめて船内での戦闘の顛末を確認している。
「どしましたー?」
機械仕掛けの仮面越しでも、訝しんでいるのが伝わるクリス。
そんな彼女に対し、船の同乗者が彼女と対照的な声音で問いかける。
同乗者もまた女性であったが、クリスのように機械仕掛けの仮面はつけていない。
代わりに、一九世紀中央アジアの民族衣装のような額当てと、両手に嵌めた手袋が特徴的だった。
同乗者は、ユーゴーにスター・チューンと名乗ったフリージャーナリストだった。
クリス・フラグメントとスター・チューンは共犯者である。
クリスが正統政府の手引きや船の準備を整え、スターが貨物ブロックへの珠の設置や情報面での各種工作を行っていた。
【エルトラーム号】における事件は、この二人が裏で糸を引いていたと言っていい。
『相談すべき事項が複数ある。まずはこれを見てほしい』
クリスは機械音声だが、しかしその雰囲気には【エルトラーム号】でとある<マスター>と会話したときにはなかった信頼のようなものが見て取れた。
水晶の煌玉人であり先々期文明の遺志を継ぐ彼女が、スターには全幅の信頼を寄せている。
「なになにー?」
スターもまた、ユーゴーと話していた時よりもくだけた口調で応じる。
そうしてクリスは、スターにとある映像記録を見せた。
それは【エルトラーム号】でマニゴルド達が確認していた貨物ブロックでの<UBM>の映像を、別視点で捉えたもの。
だが、映像の横には計測されたデータのグラフも羅列されている。
映像とデータの両方に目を通しながら、スターが疑問を口にする。
「んー? これもしかして半分になってません?」
『然り。物理的に、そして機能的にも半減している』
クリスもスターも、貨物ブロック内に設置していた<UBM>の珠を遠隔装置で破壊した直後に船を脱出していたため、直接は<UBM>を見ていない。
何より、あの<UBM>を解放する現場に居合わせるなど絶対に御免だと考えていた。
「遠隔装置で壊したアイテムボックスの【ジェム】は吸収してるし、正統政府の軍人も食べている。けれど、吸うだけでそれを活かす機構が失われてるみたいですね?」
『直後に最短距離で船内から脱出しているようだ。船内の戦闘にもほとんど参加していない。……目論見から逸れたな』
「檻も餌も用意したのに出て行くのは、想定にない異常事態ですね。何があっても動力炉には向かうと思ってましたから。船の動力炉か、【超操縦士】の機体か、そのどちらかにはね」
二人は当てが外れたと言い合った。
「本来なら、封印の間に失われたリソースを確保するため、襲撃を優先するはず。だけどエネルギー源に目もくれない。なくなった半分を探しているってことですね」
『半身がない理由は、やはり……』
「……やってくれますね、黄龍人外。まさか、二つに割って封印してたなんて」
スターは先々代【龍帝】の名を挙げ、かの<UBM>の本来の姿を知っているかのようにそう言った。
「あるいは、どうにかして二つに割らなきゃ封印できなかったでしょうか? でもこっちは困っちゃいますね。黄龍人外が封印した<UBM>。その中でも熱エネルギー吸収に類する能力を持つのはあれだけだったから、確実だと思ってたのに」
『これは問題だ。多量のエネルギーさえあれば誘導できると思っていたアレだが、もはや動きが読めない。半身のある場所さえ不明だ。黄河の宝物庫に眠っているのか、あるいは王国に流れた十個の中にあるのか』
「もう半分は多機能すぎて、どの側面が出てくるか分かりませんからね。……そう考えると、熱エネルギー吸収が発露していたのは分かりやすくて助かりましたけど」
スターは自分が所有者を襲撃して奪ってきた珠の状態について思い返し、何かに納得するように独りで頷いた。
「でも氷、凍結の珠か。そうとしか思えなかったのなら、本当に分かっていませんね」
『アレをその程度と見積もっていたのだからな。珠越しだから能力が制限されていただけだろうに』
クリスは、機械仕掛けの仮面越しに俯く。人間であれば溜息を吐いていただろう。
『そもそも、黄河が他の珠と同列に扱っていた時点で異常だ。黄河が先々代【龍帝】没後の内戦で荒れたとはいえ、よもやアレの情報が失われているとはな。あるいは、当機や歴代フラグマン以外の何者かが関与したのか』
「王国から<終焉>や【邪神】の詳細を消した私達が言うことじゃないですけど、忘れちゃいけないことってありますよね」
かつて【邪神】を討伐した【聖剣王】によって築かれたアルター王国。
その国から【邪神】や<終焉>の真実を消したのは自分達だと、スターは言った。
『封印は解けたばかり。未だアレの状態は全盛期には程遠いだろう。それに回復よりも半身の捜索を優先している状況か……。一先ず、アレの捜索も今後の課題としよう。人の肉眼やセンサーの類では感知不可能だろうが……』
「まぁ、放っといても被害者が出れば大まかな居場所は掴めそうですけど」
自分達が封印を解き、結果として野放しにした災厄に対し、これから生じるだろう被害のことは何も気にしていないかのように二人はそう言葉を交わした。
「アレのことはさておき、データの方はどうでした?」
『正統政府は目論見通り壊滅した。最終的に【超操縦士】を討ったのは、貴機が接触したユーゴー・レセップスだ』
「わっ、ちょっとイガーイ。レベルは低かったはずなんですけどねー。ついでに技量も」
意外という言葉に嘘はない。
地竜型動力炉搭載兵器と、歴代の中でも上位に位置する【超操縦士】。
先々期文明であれば強力極まりない組み合わせでも、超級職ですらない者に後れを取る。
『他の要因もありはしたが、やはり要は劣化“化身”……<エンブリオ>。<エンブリオ>という存在は、乗算。あるだけで戦力を何倍にも引き上げる』
まして、ユーゴーは<超級エンブリオ>ですらない。上級に属する程度。
現代はそんな存在が何十万と犇めいている。
あるいは先々期文明の末期よりも状況は悪いのではないかとクリスは考えた。
『一枚岩でないとしても、総戦力では敵うまい。やはり創造主様の計画なされたとおり、【アルガス・マグナ】の機能を使う以外にない』
「そですねー。でも、計画に必要な【煌帝】の誕生はまだ遠そうですよ? アーキタイプはまだ【煌玉騎】さえ解禁していません。ジョブの普及を待たなければ。インテグラからの連絡だと、王国で【セカンドモデル】は増産されてるらしいから、前進はしてますけどね」
『然り』
彼女達にしか分からない単語を口にし、確認し合った。
『追加情報。やはり【超操縦士】の《マシン・ソウル》と地竜型動力炉の噛み合わせは悪いようだ。暴走した挙句に、連中の影響下に落ちた』
「あー。まぁ、無理もないですね。あれは<終焉>の上前を撥ねる仕組みだから。死にゆく者の思念とか、相性悪いに決まってます」
二人はまるで歴代フラグマンやマキナ……【瑪瑙之設計者】さえ知らなかった原理を知っているかのように、そう言った
「浮いた【超操縦士】はどうします?」
『手元に取得可能なティアンがいない。遠からず、いずこかの<マスター>に奪われる』
「……仕方がありませんね。出力向上以外は私達の操縦技術が上だから良いけど。どうせ最終奥義は使えないみたいですしー」
『そのことで、第二の相談事項だ』
「何ー?」
『一号機――【瑪瑙之設計者】が再起動している』
クリスがそう言った直後、
「――へぇ?」
スターの表情が、変わる。
笑ってはいるが……どこか冷たい笑みに。
「確実?」
『新造された地竜型動力炉の反応を検知している。あれを作れるのは我々か、そうでなければ創造主様の助手を務めた一号機のみ。そして【超操縦士】と交戦した機体の戦闘機動のパターンが、かつて記録された一号機のものと一致する』
「そっかー。あのジャンク、まだ動けたんですねー」
獰猛な笑みを消したスターが、にこやかな顔と声音でそう口にして……両手に嵌めていた手袋を外した。
「――だらしなく壊れていたから、左腕もらってきたのに」
スターの両手は、色と形が違った。
人に似通った右手と違い、左手は機械的で……まるで精緻な作業アームのようだった。
それこそが【瑪瑙之設計者】が本来保有していた改変兵装、《アストラル・マニピュレーター》である。
「だけど、地竜型の動力炉を新造して、劣化“化身”に提供ですかー。もう完全に、敵みたいですね。だったら、これは返す必要がなさそう」
怒りを滲ませながら、スターは言葉を続ける。
「仲間でも、返しませんけど。だって、これは二つと作れない。ジャンクにはもったいない。最高傑作にこそ、相応しい」
左手を握りしめながらスターは呟く。
「そう、最高傑作は最初に作られた一号機じゃない。……最後に作られた私達」
暗い感情を漂わせながら、スターは額の布当てを外す。
露わになった彼女の額には――水晶色の動力コアがあった。
スターもまたクリス同様に……水晶の煌玉人だった。
しかし二人は姉妹機……などではない。
完全な――同型機である。
「私達は【水晶之調律者】。完成型の量産型。前身の試作五機を上回る、創造主様が手掛けた最後の正式採用機」
かつてカルチェラタンのプラントで量産されていた煌玉兵とは違う。
真の意味で、量産化に成功した煌玉人。
「だから、私達こそが真の煌玉人です」
先々期文明の崩壊後……そして銀色の煌玉馬の作成後に初代フラグマンが辿り着いた最後の作品。
その自負が、彼女にはあった。
「もしもあのジャンクが私達の前に立つなら、今度こそ二度と動かないようにしますから」
『対処法については決定したな。だが、決戦兵器四号のプラントに眠っていたはずの一号機が再起動したことは僥倖でもある。本当に行方知れずとなった決戦兵器四号の行方、掴めるかもしれん』
「私達が創造主様から託されたもう一つのタスク。そのために必要な機体ですからね」
今代のインテグラをはじめ、フラグマンの名を継いで幾人もの優秀な【大賢者】が生まれた。
だが、そんな彼らでも知らないこと……知らされていないことがある。
天竜型・地竜型動力炉の原理。
【水晶之調律者】の詳細。
そして、『喪失した』と語られた決戦兵器二号と四号について。
遥かな昔に『喪失した』と歴代フラグマンに告げられた決戦兵器四号だが、実際に喪失したのはごく最近のこと。
理由あって歴代フラグマンの計画戦力から外すために偽証していたことが、真実になってしまった形だ。
「この左腕以上に、ジャンクには任せておけない」
『今後、カルディナでの捜索は<IF>の追跡に主眼を置くべきか。だが、半身を捜すアレの存在もある。二手に分かれて行うか』
「……いや、カルディナは私だけでいいですよ。今回の件で、あなたはカルディナで動きづらくなったでしょ? だから、インテグラのサポートに向かってください。あの子が今後表舞台に出ると、王国での裏工作がし辛くなるでしょうから」
『一理ある』
「ただ、人格は私に寄せていってくださいね。あの子は私達が量産型だって知らないから」
『ふむ』
スターの言葉にクリスは頷き、機械仕掛けの仮面を外す。
そして、にこやかな笑みを浮かべながら言葉を返した。
「オッケー♪ これでいいですかね?」
先ほどまでの機械的な雰囲気が嘘のような、人間味のある言葉と表情だった。
「バッチリ。じゃあ、王国の方はお願いね」
「まっかせてください!」
同じ顔で、同じ人格で、しかし左腕は違う二人はハイタッチして笑い合った。
「あ。この【ジェミル・アクラ】は引き続き私がカルディナで使いますね」
「そうですね。捜索ならば足があった方が便利ですし」
そんなやり取りを経てから、クリスの方が兜蟹型の船……かつてカルチェラタンを震撼させた決戦兵器の片割れに酷似した機体の出口へと歩いていく。
「願わくは、また顔を合わせられるように」
「ええ、貴機の健闘を祈ってますよ」
そうして誰にも見られぬまま、二機の煌玉人は分かれた。
一人はこのカルディナに種を蒔いた騒乱の続きを見届けるために。
一人は王国で進行する目論見を補佐するために。
全ては、彼らの創造主の願いのために……水晶の煌玉人は動き出す。
To be continued
○【水晶之調律者】
(=ↀωↀ=)<分かる人にだけ分かるたとえ
(=ↀωↀ=)<ドラグーンとかビルゴⅡ(Gジェネ仕様)とか
(=ↀωↀ=)<量産型と言われるとおりこの二人以外にも作られたのだけど
(=ↀωↀ=)<二千年の間(特に三強時代)に結構減った
 




