■白死■ 壱
(=ↀωↀ=)<ちょっと長め
(=ↀωↀ=)<年内完結のために文字数や更新頻度の増加を予定しています
(=ↀωↀ=)<ただ、正月以降は商業側作業の締め切りラッシュのため
(=ↀωↀ=)<しばらく更新をお休みさせていただきます
(=ↀωↀ=)<ご理解ください
(=ↀωↀ=)<それはそれとして漫画版22話は本日更新です
(=ↀωↀ=)<また、前話の内容を更新日の翌日に加筆修正しておりますので
(=ↀωↀ=)<よろしければご確認ください
□【エルトラーム号】・ブリッジ
張の放った《真渦真刀旋龍覇》によって船から切り離され、砂漠へと落下した【エルトラーム号】のブリッジ。
「…………」
瓦礫の中に埋まったまま、マニゴルドは救助を待っていた。
上下の区別もつかない状態で瓦礫に挟まれ、かれこれ数分。
ダメージは自らのスキルで金銭へと変換されているが、その金銭によってさらに埋まるという悪循環の中にいた。
《金銀財砲》を撃って消費してもいいのだが、方角が一切分からないこの状態で撃つと船にも被害を及ぼしかねない。
結果として、彼にできるのは待つ事だけだった。
「乗員をブリッジから退避させていたのは正解だったな。生き埋めが俺だけで済んだ」
初弾がブリッジに飛んできた時点で、マニゴルドはブリッジの全壊も視野に入れていた。
お互い本来の土俵は広域殲滅型。ブリッジを吹き飛ばすことなど訳もないことは知っていたからだ。
「しかし、つくづく俺は生き埋めには弱いな。前にファトゥムの奴にもやられた。こういうときはあの色ボケが羨ましくもなる」
暇つぶしに己の欠点の考察と愚痴などをこぼしながら、マニゴルドは救助を待った。
そうして三十分が過ぎた。
ダメージはないものの、逆さまになったまま三十分も瓦礫と銀貨に閉じ込められたマニゴルド。
内心で『……まさか助けが来ないというケースではあるまいな?』、『そろそろスキルのタイムリミットなのだが……』と少し不安になった頃。
彼の周囲の瓦礫や銀貨が、まとめて動かされ始めた。
「……来たか」
それは瓦礫自体が動いて彼を救出するという奇妙な光景だった。
ほどなくして、彼の目は瓦礫の暗闇でなく砂漠の夜空を目にした。
加えて、イサラの姿も見えていた。
「主様、お待たせいたしました」
「ああ」
金属操作でマニゴルドを助け出したイサラは、彼に『ご無事でしたか』などとは聞かない。
マニゴルドにとって、無事であるのは前提だからだ。
だが、イサラの方は無事ではなかった。
咄嗟に金属操作で防御したものの、至近距離で発動した《旋龍覇》によって相当のダメージを負っていることは見て取れた。
命に関わるほどではないが、戦うには厳しい傷は負っている。
今までも【気絶】していたほどだ。
だが、それでもマニゴルドの護衛として、目覚めてすぐに彼の救助を最優先していた。
「お互い随分と汚れたものだ。事が済んだら、船室の風呂にでも入ろう。もっとも……」
マニゴルドはチラリと船へと視線を送って……。
「もう、やることはないかもしれんがな……」
【エルトラーム号】からの戦闘音は……随分前から聞こえなくなっていた。
◇
それから二時間ほど経って、マニゴルドとイサラの姿は彼らの客室にあった。
船内の戦闘はユーゴーが【骸竜機】を討伐した時点でほぼ終結しており、あとは事後処理のみになっていた。
問題としては、船の動力炉が使えなくなっていた。
なにせ、動力ブロックが戦闘の中心地だったのだ。一度停止し、取り外されかけた状態で爆発や高温に晒されたためか、船との接続に不具合が起きている。
動力炉の修理は可能かもしれないが、少なくとも今すぐ船に再接続して動かすことは出来そうにない。
なお、マニゴルドは船のスタッフに『テロ集団であるドライフ正統政府や<IF>に全ての責任がある』と強く主張した。
実際は《ジェノサイド・コンドル》の自爆によるダメージが大きいように見えたが、ユーゴーやニアーラ達に累が及ぶようなことは避けた形である。
その後、船が動かないのでマニゴルドはドラグノマドに連絡を取り、救助のための船を派遣するように指示していた。
救助要請をはじめ、議長直下のクランである<セフィロト>のメンバーとして、マニゴルドはあれこれと動くことになった。やることはないと言っていたが、戦う以外の仕事も背負ってしまうのは公的組織に属する義務とも言える。
そうしてようやく一段落ついて、マニゴルドはイサラと共に自身の客室に戻っていた。
しかし、ソファに腰を沈めるマニゴルドの顔は苦い。
「さて、この二時間で様々な情報を得た訳だが……」
苦い表情の理由は、脱出してからの事後処理の中で目撃したとあるものゆえだ。
「……順に確認していくぞ。俺がまだ聞いていないことも含めて、な」
マニゴルドが処理に追われる中、イサラは情報収集を中心に動いていた。
今はその情報の突合せも兼ねている。
「かしこまりました」
イサラが何十枚と写真を取り出していく。
それは船内の監視カメラに写っていたものや、事後処理の際に彼ら自身のカメラで撮影したものだ。
「まず、主様と交戦していた機械竜が船内に突入してエルドリッジ氏を殺害。その後に動力ブロックでユーゴー氏、正統政府の首魁との三つ巴に突入。敗退して撤退いたしました。また、これらの戦闘でエルドリッジ氏のクランのメンバーも死亡しています」
「後日、エルドリッジを探して報酬を渡すとしよう。停泊地のどこかにセーブポイントがあるはずだ。探しようはある」
エルドリッジはエミリーを抑えていた時点で十二分に働いていた。
その上で、機械竜に加勢されて敗れたとしても、マニゴルドは責める気にはならなかった。
「……あの機械竜は十中八九ラスカルの奴だな」
共にこのカルディナを活動の場とする<超級>であり、これまでも幾度か矛を交えていた。
「【殺人姫】は機械竜の撤退よりも前に、主様と私を襲ったワーム使いと共に撤退したようです」
「エルドリッジに<エンブリオ>を砕かれたからな。大事をとったというわけだ。……しかし、あのワーム使いも<IF>か。あちらもあちらで、人員強化に余念がない」
マニゴルドは弛んだ喉で「フゥゥ」と息苦しそうな溜息を吐いた。
このカルディナの表と裏で力を振るう二大クラン。
対抗心を抱く関係……と言うよりは対抗せざるを得ない関係である。
「まぁ、<IF>のことはもういい。問題は……正統政府の方だ」
「正統政府の軍人によって客室ブロックを中心に犠牲が出ています。その中には、今回の取引相手も含まれていました」
「……娘がいたはずだが、そちらもか?」
「現在、確認できていません」
「捜すように手配しよう。死んでいれば父と同じ墓に入れ、生きていればお前の運営する養護施設に入れる手続きが必要だ」
「はい」
イサラはカルディナの各地で孤児院を運営している。
マニゴルドの護衛兼愛人を務めているのも、その資金稼ぎのためだ。
「続きだ」
「正統政府側は首魁であるカーティス・エルドーナが戦闘により死亡。しかし、機体が<UBM>と化し、これをユーゴー氏が討伐しました」
「……それもかなり意味不明な状況だがな。それでもあの状況よりはマシか」
相手が殺人者である以上、ユーゴーが《地獄門》によって勝利する可能性は考えていた。
だが、何をどうすれば<UBM>が発生するのかはさっぱり分からなかった。
「戦闘により、ユーゴー氏の機体は大破しています」
「本人のダメージもな……」
マニゴルドと合流したユーゴーは、後を任せるようにログアウトした。
全身の大部分が【熱傷】状態だった肉体と死闘を経た精神、共にかなりの疲労状態であったためだ。マニゴルドの保有していたアイテムで傷は軽減されたが、それでも万全とは言い難かった。
後ほど、迎えの船が来る頃にまたログインすると言っていた。
「修理代は俺が持つと後で伝えよう。機体の修理がドラグノマドの工房……カリュートの奴にできるか、という問題はあるが……」
機体の破損具合はマニゴルドも確認している。
左腕を除く四肢の脱落、ほぼ全身の装甲の破損、内部の電装系のダメージも凄まじい。
パーツに備わっている生産品レベルの自己修復機能だけでは立ち行かないと予想する。
カルディナの機械工房の主であるカリュートはAR・I・CA同様に皇国から移籍してきた技術者であり、【ブルー・オペラ】の調整も任されている。
だが、そもそもAR・I・CAは機体を大きく傷つけることがまずありえない。
大破した機体の修復が可能であるかは疑問だ。
「……場合によっては、オーナーの手を借りよう」
<セフィロト>のオーナーが保有するのは、<超級>ならざる第六形態の<エンブリオ>。
しかし、運用次第では<セフィロト>で最も有用な能力であると言われている。
彼の助力が得られれば、カルディナでも機体を直せるだろうとマニゴルドは考えた。
マニゴルドが考えをまとめたのを見て取って、イサラは話を進める。
「正統政府首魁のカーティス・エルドーナが死亡した時点で、船内での戦闘は終結していました」
「…………問題はそれだ」
柔らかなソファに後頭部を預けながら、マニゴルドは客室の天井を仰ぐ。
「生存した連中から聞き込んだ内容……。再確認したい。順に述べてくれ」
正統政府にはほぼ無傷の状態で捕らえられた者達がいる。
それは、フェイが交戦した者達だ。
【強制睡眠】で眠らされただけであったため、すぐに起こされ、尋問を受けた。
既に正統政府のテロが失敗し、カーティスも死亡したことを聞かされ……観念したように彼らは今回の計画の詳細を自白した。(司法取引をチラつかせたことも大きいだろう)
「まず今回の事件で彼らを手引きしたのはあのクリス・フラグメントです」
「先々期文明関連の機械に精通し、この船の設計もした技術者……。まぁ、特別ホールを襲撃した連中が、隠しエレベーターで出てきた時点でその線も疑っていたがな。船内スタッフも知らないような仕組みだ。設計した技術者でもなければ分かるまい」
この情報を元に、マニゴルドはクリス・フラグメントの指名手配を議長へと打診した。
遠からず、カルディナ中に手配が回るだろう。
「だが、この雑さだ。自分の関与がバレることも承知の上だろう。高名な技術者としての立場を捨てて、なぜこんな計画に加担したのかという疑問はあるが……」
そこまで言いかけて、マニゴルドはまた苦い顔をした。
「それが、まだ残っている問題に関わるのかもしれん」
「…………」
「続きだ」
「はい。彼らの計画では、まず二手に分かれて戦力を船内に送り込んでいます。VIPの集まった特別ホールを抑えるための戦力が半数。そして、モールから出現して船の各所を抑える戦力が半数です。首魁も後者の中に含まれています」
「前者は私達が撃破。そして後者は船内の各所の戦闘で壊滅しました」
「…………」
「正統政府はモールに残った者を除けば、船の各所に散っていました。動力ブロック、ブリッジ、客室ブロック、貨物ブロック、そして緊急時の脱出艇を収めた避難ブロックです」
彼らの目当てであった動力炉のある動力ブロック。
操船や指揮を担うスタッフが詰めたブリッジ。
特別ホールの舞踏会に参加しなかった乗客が大勢いた客室ブロック。
大量の積み荷を満載し、彼らにとっての物資となりえるものだらけの貨物ブロック。
逃走者を出さないため、そして船から脱出する小型艇を確保するための避難ブロック。
いずれも彼らにとっては重要な攻略目標だ。
特別ホールの人質で抵抗を抑えている内に、それら全てを制圧しようとしたのだ。
「そう。そして、その全てで連中は壊滅した」
テロ組織の壊滅は喜ばしいことだが、それこそが最大の問題だと言いたげにマニゴルドは顔を手で押さえた。
「貨物ブロックと避難ブロックには――誰もいなかったというのに、だ」
動力ブロックではユーゴー達によって。
ブリッジではマニゴルドとイサラによって。
客室ブロックは死体の痕跡からエミリーによって。
それぞれ全滅したことが分かっている。
だが、貨物ブロックと避難ブロックには誰もいない。
生存していた<マスター>に聞き込みしても、そこで戦った者は誰もいないという。
それでも、その両方で正統政府の軍人達は死に絶えていた。
「まず、貨物ブロックではいくらかの物品が失われていました。また、貨物ブロックの内壁に強い圧力の痕跡がありました。内部で幾つかのアイテムボックスが破損し、中身が解放されたのだと思われます。その時点では貨物ブロックの扉は解放されていないようですが、その後に正統政府によって扉が解放。その際に内容物が外部に溢れた形跡はありません」
金属操作のスペシャリストであるイサラは、痕跡から貨物ブロックに起きたことを読み取っていた。
「つまり、貨物ブロックの中で何かが起きて、アイテムボックスが壊れた。しかし、軍人連中が扉を開けた頃には出てきたものは全て消え失せていた、ということだな」
「はい」
「消えた物品のリストは?」
「いずれも天属性攻撃魔法の【ジェム】です。貨物としてドラグノマドに運び込まれるはずでした。金銭的価値の総額は五億リル以上。また、この件に関して荷主が運行会社に保償を求めています」
「それも含め、賠償で運行会社は傾くだろうな。虎の子の巨大客船の処女航海でこれというのも外聞が悪すぎる。……資金欲しさに動力炉を手放したくなったら俺が買い取ると言っておこう」
船内の被害や護衛艦隊の壊滅も含め、この運行会社はもう終わりだろうとマニゴルドは判断した。
「次、避難ブロック」
「脱出艇の投下スロープが解放されていました。ですが、脱出艇は一隻も減っておりません」
これで脱出艇が減っていれば、『貨物ブロックを襲撃した正統政府が、そのまま【ジェム】を持って脱出した』という推論に至っただろう。
だが、そうではないと、マニゴルドは判断した。
「……貨物ブロックと避難ブロックは隣接していたな」
「はい。緊急時に貨物を持ち出すために隣り合っています」
「下手人は貨物ブロックから直接、避難ブロックに移動したと見るべきか。道標も遺っていたからな」
マニゴルドはそう言って、幾つかの写真を手に取る。
それは、床に転がった防具の写真だ。
軍服や、甲冑型の<マジンギア>が床に転がっている。
そしてそれらの中には例外なく、白い粉末が大量に詰まっていた。
――それこそ、人間一人分はあるだろう。
「この氷の粒が……人間のなれの果てか」
それが死体であると、スキルによって確認が取れていた。
そう、これらは貨物ブロックと避難ブロックで見つかった軍人達の、遺体写真である。
氷の粒……と言うようにそれらは全て凍っていた。
しかし、ユーゴーの《地獄門》とは明らかに違う。
それらの死体は、いずれも氷の粉末だった。
凍結した遺体が、例外なく粉微塵に砕けていたのだ。
それはあたかも……。
「塩の柱でもあるまいに」
旧約聖書の一節を連想し、マニゴルドはそう呟いた。
彼がずっと苦い顔をしていたのは、この得体のしれない死に方をした死体を見つけてしまったがためだ。
似たような死体が、二十近くも見つかっている。
「さて、どう見立てる?」
「海属性……氷属性の熱エネルギー吸収ですね。ですが、凍結した遺体を物理的に砕いたわけではないと思われますわ」
「というと?」
「むしろ、『粉になりながら凍りついた』と見立てます。レジェンダリアの吸血鬼氏族……【血戦騎】達が使う《バイタル・スクイーズ》の症状に近いかと」
【血戦騎】は、ティアンでは吸血鬼氏族しか就けないとされる上級職だ。
彼らが使う《バイタル・スクイーズ》というスキルは……。
「HPドレインスキル。かつ、それで倒した相手は灰になる……だったか」
「推測ですが、軍人達を殺傷したスキルもその類でしょう。生命エネルギーと熱エネルギーを同時に、かつ一瞬で奪っています」
「さて、そんなことをしでかした犯人はどこのどいつだ?」
「これを」
イサラは一つの水晶玉を取り出した。
「それは?」
「【エルトラーム号】の貨物ブロックに複数設置されていた魔法カメラの記録を収めた映像水晶です。スタッフの回収前に移しておきました」
「でかした」
イサラの実に有能な仕事ぶりに、マニゴルドは素直にそう言った。
マニゴルドが仕草で再生を促し、イサラもそれに応じる。
しばしカメラの記録の走査が行われたが、やがて……決定的瞬間と犯人を映したであろう時刻に辿り着いた。
映し出された音のない映像には、六人の軍人達が映っていた。
遺体写真になる前の、まだ生きていた頃の軍人達の姿だ。
彼らは貨物ブロックの扉を前に何か……貨物ブロックのロックを外すためのアイテムを操作している。
程なくして彼らはロックを外し、貨物ブロックの扉を開く。
直後、内部からゆっくりと……黒色にしか見えないモノが現れた。
「……見えんな」
「恐らく、光エネルギーも吸収しています。光を反射することがないために、完全な黒にしか見えないのです」
それはまるで、空間そのものに陥穽が生じているような光景だった。
だが、それの異常は漆黒の姿だけではない。
全体の造形は人型に似ていたが、あたかも正中線で真っ二つにしたように左半分しか存在していない。
「人間ではないかもしれんとは思っていたが……どういうことだ?」
異形の姿だけでなく、頭上にネームの表示があるため……それがモンスターであるのは明らかだった。
だが、モンスターの証左たる頭上の名こそが異常だった。
――【■白死■ ■■■■・アルメーラ】
<UBM>の命名規則。
しかし、姿同様に……名の半分が消えている。
半分の<UBM>は、軍人達に近づく。
だが、軍人達はそれに気づく様子がない。
カメラの映像に捉えられたその<UBM>が、彼らには見えていないかのように。
やがて、<UBM>が軍人の一人に接触する。
そして、一瞬だった。
一瞬で……人間が氷の粉末になり、果てた。
音のない映像の中で、白い粉を詰めた衣服が床に落ちる。
それに気づいて軍人達が衣服の方を見る間に、さらに二人触れて、同じく床に崩れる。
そこでようやく軍人達は異常を見た。
だが、見えていない。
<UBM>の引き起こした結果は見えているのに、<UBM>そのものは見えていない。
恐怖の表情で銃器を彼方此方に向け、見えない異常に手当たり次第に乱射する。
弾丸のいくつかは<UBM>に触れたが、しかし効いてはいない。
黒にしか見えないその体の表面に触れて、弾丸は止まっていた。
そのまま、床へと落ちていく。
弾頭は、潰れてすらいない。
「……運動エネルギーを吸った、という訳か?」
マニゴルドが推測を口にし、イサラが頷いた。
そのやりとりの間に、残りの軍人達も氷の粉末に成り果てていた。
そして黒い<UBM>はまるで子供のけんぱのように、一本足で跳ねながらどこかへと去っていった。
イサラは、そこで映像を止めた。
「…………」
二人とも、言葉はなかった。
ただ、重苦しい沈黙がそこにあった。
「俺達の戦いの裏側で、得体の知れない何かがいた……ということか?」
「…………」
まるでホラームービーだった。
この船内で、正統政府や<IF>とあれほどの戦いを繰り広げていた。
その闘争の渦中において、闘争以外の何かが起きていた。
この船に乗っていた、あるいは襲っていた数多の実力者に、その存在を気取られることすらなく。
「……それと、こちらも」
イサラは再び映像水晶を取り出す。
「それは?」
「こちらは避難ブロックのものです。投下スロープ付近の映像を収めています」
「戦闘以外でも気が利くのは知っていたが、これは給金を上げる必要があるな」
「ありがたくいただきますわ」
そんなやりとりの後、二人は再び映像水晶の記録を見る。
避難ブロックの映像では、黒い<UBM>がスロープの傍に近寄る姿が映っていた。
そして、<UBM>はスロープの操作設備に近づき、器用に機械を動かした。
やがて、スロープは解放され、黒い<UBM>は自らスロープを降りて船外へと抜け出していった。
「…………スロープの解放時刻は?」
「記録によれば、船が停止する少し前です」
ならば、スロープから船外に抜け出た黒い<UBM>は、そのまま遠退く船に置き去りにされた形になっただろう。
結果として、あれは野放しになった。
だが、ある意味……そのお陰で船は助かったとも言える。
「……かなり知恵のある<UBM>だな」
人間の機械を動かしている。
知恵と知識があるということだ。
その上で、貨物ブロックや避難ブロックでは軍人達を襲っている。
「不可解だ」
明らかに人を害する意思のある<UBM>でありながら、軍人達を襲った後はそうそうに船を脱出している。
マニゴルドはそれを疑問に思ったが、やがて船内のブロックの配置を思い出す。
「避難ブロックは貨物ブロックの隣……そうか」
恐らく、あの<UBM>は最初から外を目指していた。何らかの手段によって、最寄りの出口の位置が分かったのだろう。
その行きがけ、通りすがりのつまみ食いに……軍人達を吸い殺した。
人間の殺傷を、その程度の手間にしか思っていないのだ。
極めて、危険度が高い存在だ。
「……あの<UBM>を貨物ブロックに置いた奴は、何を考えている?」
「<UBM>を……? ……あ」
イサラが何かに気づいたように言葉を漏らすのと同時に、マニゴルドは懐から一つの珠を取り出した。
事件の前、マニゴルドが取引によって手に入れていた人化の珠である。
「<UBM>がそのまま船に乗って、貨物ブロックで大人しくしていたとは思えない。恐らくは珠の状態で積み込まれ……それが壊れて復活したと見るべきだ。あるいは、遠隔で珠を壊す装置でもセットされていたのかもな」
「…………」
「たしか、ユーゴーがジャーナリストから手に入れた情報に、『氷の珠』があったな。あれをただ『氷』と言うには随分と剣呑だが、それで間違いはないだろう。所在は既に移動していたということだ、な」
あるいは、珠に入っている状態では熱エネルギーを吸う力しか発現しなかったのか。
「ですが、なぜ貨物ブロックに?」
「……無くなった貨物は、天属性の【ジェム】だったな?」
「はい。……そういうことですか」
「天属性魔法はエネルギーの発生・増大に類する魔法だからな」
そこに思い至り、マニゴルドは考えを進めた。
あの<UBM>が多種多様なエネルギーを吸収していることは明らかだ。
そして自分自身がそうであるように、エネルギーを吸収するタイプはそれを何らかの力に変換するタイプが多い。
恐らくは何者かが貨物ブロックの中にあのエネルギーを吸収する<UBM>を解き放ち、餌として大量の【ジェム】を食わせたのだろう、と。
「ですが、珠を置いたのは誰なのでしょう? 正統政府を手引きしたというクリス・フラグメントでしょうか?」
この船の設計者であるクリス・フラグメントならば、隠し扉や通路を設けて誰にも気づかれずに貨物ブロックに珠を置くこともできるだろう。
「……その可能性は高そうだが、動機が分からない。行動が矛盾しているからな」
「正統政府に告げた『彼らを支援する』という目的が真実であれば、計画の害にしかならないだろう<UBM>を解放するはずがない。逆にあの<UBM>をこの船で解放することが目的ならば、正統政府を手引きする必要性がない。そういうことですね?」
イサラの言葉に、マニゴルドは頷く。
「どちらもクリス・フラグメントが手引きしたのならば道理が通らない。何を考えて、二つを同じ盤面で動かした? しかも、<UBM>は正統政府にだけ被害を与えてさっさと船を出て行ってしまっている。意味不明に過ぎる」
「もしかすると、望む結果ではなかったのかもしれませんね」
「何……? いや、なるほど……」
結果として、<UBM>は乱戦に加わらずに野放しになった。
だが、あれが野放しになるとは限らなかったのだ。
そのまま船内に留まり……あの乱戦に紛れ込んだ可能性もあった。
クリス・フラグメントは、そちらを望んでいたのかもしれない。
「あるいは……どちらでも良かったのか」
双六の賽を振るように、ランダムな出目のどれであっても得るものがあったのか。
いずれにしても、目的が掴めない。
マニゴルドはルールも勝利条件も分からないゲームの席に着かされたような、居心地の悪さを覚えていた。
「目的は何も分からないが、……あの<UBM>が最悪に近いのは間違いない」
尋常ならざる速度で行われるエネルギー吸収能力。
肉眼では感知できない隠蔽能力。
あるいは、他にも能力を持っているかもしれない。
あの<UBM>は、この船を襲撃したカーティス・エルドーナやラスカル・ザ・ブラックオニキス、エミリー・キリングストンよりも、恐ろしい存在である可能性がある。
「あれを放置はできないからな。すぐに議長に報告を上げる必要がある。……?」
通信機器を取り出そうとして、マニゴルドは疑問を覚えた。
(……議長は、あの<UBM>の存在を予知できなかったのか?)
“未来視”と呼ばれる魔女が、これほどに強大な相手の出現を事前に予見できなかったのかという疑問。
あるいは……。
(あえて……放置した?)
そう思えば、気づくこともある。
議長より下された『舞踏会に出ろ』という指示。
あれは特別ホールを占拠した正統政府を殲滅するためではなく……、
マニゴルドとあの<UBM>の遭遇を避けるためだったのではないか、と。
「…………」
疑念は尽きない。
理解もできない。
もしも本当に分かっていたのだとすれば、あんなものをカルディナの大地に野放しにする理由が不明に過ぎる。
国家の利益を第一に動いてきた人物が、如何なるメリットがあってそうしたのか……。
結局、マニゴルドには答えが出なかった。
だが、自分が何らかの深慮遠謀の端に立たされているような気配だけは……感じていた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<このあとエピローグラッシュですが
(=ↀωↀ=)<■白死■は以降の章でも度々サブタイトルになります




