死出の箱舟・■■の■ その一八・五
(=ↀωↀ=)<…………ごめんなさい
(=ↀωↀ=)<前回ラストに至るシーン書いてたら
(=ↀωↀ=)<三つ巴の<マジンギア>戦まで行けませんでした
(=ↀωↀ=)<三つ巴は次回となります……
(=ↀωↀ=)(そしてどっかでボリューム増やさないと今年中に終わらぬ)
■三分前
時は、エルドリッジによってヨナルデパズトリの一つが砕かれた時点に遡る。
「…………」
自身の<超級エンブリオ>の喪失。
今はまだ左手のヨナルデパズトリが残ってはいるが、そちらも砕かれれば蘇生できずに死ぬ瀬戸際。
まして敵手であるエルドリッジは【強奪王】の奥義によってエミリーとのステータス差をほぼ詰めている。
それは自動殺戮モードのエミリーにとっても、未知にして最大の危険域。
エルドリッジは既に敵性対象認定を超えた絶対排除対象認定であり、必殺スキルを用いてでも抹殺しなければならない相手だ。
幸いにして、今は真夜中。
必殺スキルを用いる条件は整っているし、手斧が一本になろうと行使に支障はないと実感できる。
だが、使えない。
使ったが最後、この船全体を広域殲滅スキルが蹂躙する。
しかし船内には味方である張がおり、暫定的に保護対象認定したドリスがいる。
敵味方を識別し、敵を抹殺するエミリーだからこそ味方に対しての攻撃行動はとれない……とらない。
だが、使わなければ眼前の天敵に対しての対処法がない。
手をこまねいていれば、クールタイムが空けた後の必殺スキルでもう一本のヨナルデパズトリも破壊されるだろう。
未だかつてない窮地に、エミリーが置かれていた時……。
「――起!」
――そんな声と共に巨大な何かが這いずるような音がモールに響いた。
自然、音の方へエルドリッジとエミリーの意識が向けられる。
そこに在ったのは、巨大なミミズの如き怪異。
額に符を貼りつけられた、純竜級ワームのキョンシーであった。
【ドラグワーム・キョンシー】の姿に、二人ともが各々察する。
エルドリッジは、敵方にとって想定外だろうエミリーの窮地に控えていた戦力が出てきたのだろう、と。
エミリーは、張が自分を助けるために動き出したのだろう、と。
それは正しく、この【ドラグワーム・キョンシー】は張が呼び出したもの。<蜃気楼>の壊滅後に設えた彼にとって数少ない戦力を、ここで切ったのだ。
エルドリッジを敵と見定め、符の指令のままに襲い掛かる【ドラグワーム・キョンシー】。
だが、エルドリッジにとって純竜級のキョンシーは敵ではない。
今はエミリーから奪ったステータスで大幅に強化されている上に、そもそも……。
「そこか」
エルドリッジは右手を――《テイクオーバー》ではなく、《ビッグポケット》をセットした右手を【ドラグワーム・キョンシー】に振るった。
直後、【ドラグワーム・キョンシー】は額の符を奪われ、地響きと共にモールの床へと倒れ込んだ。
キョンシーは自律型のアンデッドではなく、符によってコントロールされるアンデッド。
ゆえに、符を奪ってしまえば無力化できることをエルドリッジは知っていた。
結局、この【ドラグワーム・キョンシー】は多少の時間稼ぎにしかならず、それもクールタイムの観点から見れば稼ぐことに然程の意味はない。
しかしそれは、【ドラグワーム・キョンシー】がこの場の一体だけであればの話だ。
◆
キョンシーはエルドリッジを襲った一体ではなかった。
あれは脅威と認めたエルドリッジの注意を一時的にでも引きつける囮。
「……キョンシー、だと?」
さらに一体、別の【ドラグワーム・キョンシー】が船のデッキを這いずりながら、ブリッジへと突き進んでいる。
ブリッジには、今もマニゴルドが【サードニクス】の接近を妨げる弾幕を展開している。
まるでそれを阻もうとでも言うかのように、二体目の【ドラグワーム・キョンシー】はブリッジを目指していた。
「…………」
マニゴルドの砲撃であれば一瞬で破壊できる相手だが、それはできない。
射角が悪い。マニゴルドが下方のデッキにいるキョンシーを撃てば、そのまま船体をも破壊してしまうだろう。
「イサラ」
「はい」
ゆえに、こうしたときのための護衛役……【鋼姫】イサラにマニゴルドは命じた。
イサラはすぐにブリッジの壊れた窓から飛び降りて、キョンシーを迎え撃つ。
キョンシーは<マジンギア>と異なり金属素材を持たない相手だったが、それでも【鋼姫】であるイサラの金属操作魔法によって瞬く間に全身を損壊させていく。
純竜級のアンデッド。通常であれば脅威の範疇だが、モールでもこちらでも超級職を相手取るには力不足だった。
どちらでも多少の時間稼ぎにしかならない――、
「――《真渦真刀旋龍覇》」
――はずだった。
直後、モールとデッキにいた二体のキョンシーが、内側から膨れ上がった。
破裂した二体から舞い散ったのは無数の符。
奥義発動のために予め作成される、道士の符である。
キョンシーの内部に奥義の符を仕込むは、【大霊道士】張葬奇の十八番。
発動した奥義は万物を切り刻む風の大魔法、《真渦真刀旋龍覇》。
その規模はかつてAR・I・CAに用いたものよりも小さかったが、しかし二ヶ所で同時に巻き起こった。
それは一時的にでもエルドリッジを押し留め、
金属操作で防御態勢を取ったイサラを吹き飛ばし、
――マニゴルドのいたブリッジを船体から斜めに切り落とした。
轟音と共にブリッジが崩れ、デッキに、そして砂漠に落ちていく。
その事態においても己の<超級エンブリオ>の力でマニゴルドは無傷。
「……ああ、これはまずいな」
焦っていないような声音だが……その実は本当にまずい状態に陥ったと思っていた。
マニゴルドはブリッジの残骸と共に砂漠へと墜落し、ダメージは受けないものの数多の巨大な残骸の中に閉じ込められていく。
その崩落は彼のAGIで的確に対処するにはあまりに速く、迂闊に砲撃すれば船体を撃ち抜きかねないためにそれもできない。
そうして身動きの取れないまま、彼は砂と残骸の檻に閉じ込められて戦線から離脱した。
自然、弾幕は途切れる。
「――今」
行く手を阻む幕が失われた隙を見逃すマキナではない。
方向転換もままならないほどにバーニアを全開。
超音速機動によって一瞬で船体との距離を詰め、その速度のままに壁を突き破って内部へと侵入する。
壁を破って侵入した先は、エルドリッジとエミリーが交戦中のモールだった。
「――――」
突然の闖入者に意識が空白化したのは、二人のどちらであったか。
いずれにしても、張の奥義によってエルドリッジは身動きが取れず。
その硬直に――【サードニクス】の焼夷徹甲弾が叩き込まれた。
エルドリッジの神話級に匹敵する防御力と、エミリーから奪ったステータス。
だが、焼夷徹甲弾は正確に腹部の肉を抉り、内臓を焼き尽くした。
それを一文で述べれば……上半身と下半身が背骨でのみ繋がっている状態だった。
「ご、ふ……」
致命傷を受けたエルドリッジが血を吐きながら仰向けに倒れ込む。
しかし倒れながら……《ビッグポケット》を闖入者である機体へと行使する。
だが、それは弾かれた。
(対策済み……か。かなり、強固だな……)
致命傷だが、まだ命はある。
しかし、それが逆にまずかった。
この一撃が致死であれば、【ブローチ】で無効化できていただろう。
死なない程度に重傷であり、傷痍系状態異常の継続ダメージで死が免れない。【ブローチ】にとって最悪な状態。
だが、これは偶然ではなく……マキナは狙ってやっていた。
「……ここまで、か」
この上でHPが全損するまでにできうることをエルドリッジは考えたが、何もなかった。
未だクールタイムは明けず、自身とエミリーの間に立つように紅白の機械竜が陣取っているために、エミリーを《テイクオーバー》で狙うこともできない。
己にできることが全て終わっていると……エルドリッジは察した。
(…………結局、<超級>に負けたか)
結果を言えば敗北以外に言いようがない。
だが、これまでの敗北とは違う。
この形に持ち込むまでに、<IF>が要した戦力は<超級>二人とティアン超級職一人。
どれか一手が欠けていれば、エルドリッジはクールタイム解除まで持ちこたえ、エミリーにトドメを刺していたかもしれない。
不死身にして最強のPKの撃破に、彼は限りなく近づいていたのだ。
あるいはそれは……ただ<超級>を殺す以上の結果であるかもしれない。
『……【強奪王】エルドリッジか』
そしてその結果を評する者は、この場にいた。
ラスカルは【サードニクス】の戦闘機動で身体に相当のダメージを負っていたが、それでも外部モニターから得られた情報で全てを察した。
エミリーのヨナルデパズトリの片方が破損している。
あのエミリーを、ここまで追い詰めたのが眼前に倒れるこの男だと、ラスカルには分かっていた。
エルドリッジの名はリストに載っていたし、これまでの経緯も知っている。
それなりのPKクランを率い、実績を重ねられるだけの頭脳と統率力を持ち合わせていたが、先の王国での事件以降はメンバーにも見放されて身を持ち崩した過去の男、という評価だった。
だが、その評価は修正しなければならない。
『エルドリッジ。俺はラスカル。<IF>のラスカル・ザ・ブラックオニキスだ』
「…………」
その名に、エルドリッジは聞き覚えがあった。
指名手配された<超級>の一人であり、最強の犯罪クランを実質的には運営している男である、と。
『アンタに、一つ提案がある』
「……何だ?」
そんな相手が、自分に何を言うのかとエルドリッジは考えたが……。
『デスペナルティが明けてから――<IF>に入れ』
それは、勧誘の言葉だった。
<IF>が一連の事件を起こしているのは、在野の戦力を把握するため。
相性があるにせよ、戦力的には圧倒的に格上のエミリーを相手に有利に戦いを進めていたこと。
余人では事件が起きることさえ予見できなかっただろうこの船に居合わせている嗅覚。
過去の実績と、今でもそれをなした彼の実力が決して朽ちているわけではないという証左。
ラスカルは、エルドリッジこそが一連の戦力調査を経て仲間に加えるべき戦力であると見定めていた。
「……お前達のクランに?」
『サポートメンバーからだが、アンタが<超級>になれば正式メンバーに格上げする。しばらくはエミリーに敵と認識されるだろうから、カルディナ以外に行ってもらうことになる。だが、資金やアイテムに関しては十二分に支給する』
「…………」
そうしてラスカルは手付金の金額も提示した。
それは、<ゴブリン・ストリート>が最盛期であった頃にも得たことがない莫大な金額だった。
決して、悪い条件ではない。
むしろ負け通しの男には破格の好待遇。
ここに来て、ようやく運が向いてきたと言える。
「――――断る」
だが、彼はそれを受け入れなかった。
迷うことさえなく、彼は首を振った。
エルドリッジの脳裏をよぎったのは、二人の女性の顔。
「俺のクランは……一つだけだ」
ラスカルの申し出よりも、これまで自分についてきてくれたフェイとニアーラに……エルドリッジの天秤は揺れることもなく傾いていた。
『…………』
断られることを、予想していなかった訳ではない。
しかしラスカルが考えていたよりも、エルドリッジの言葉に迷いはなかったのだ。
「……負けても、それだけは譲れない」
そしてエルドリッジは敗北を口にしながら……光の塵になった。
そうして、後には廃墟に近い有様になったモールとラスカル達だけが残っていた。
『…………惜しいな』
消えゆくエルドリッジの姿を、ラスカルはその気骨も含めて本心から残念に思い……同時に微かな敗北感を覚えた。
だが、すぐに気を取り直す。
今はそれに思いを巡らせるよりもすべきことがあるからだ。
「…………」
エルドリッジが消えた後、エミリーは虚ろな表情でそこに立ち続けていた。
自動殺戮モードではなく、平時の状態でもない。
ラスカルも今までに見たことがない状態だった。
(……あるいは、精神的に疲労したとでも言うのか?)
この客船において、エミリーはこれまでにない行動をとりすぎた。
それがエミリーにとって好転であるのか、暗転であるのか。それはまだラスカルにも分からなかった。
ともあれ、エミリーにこれ以上の戦闘行動はとれないだろうと判断した。
限りなく可能性は低いが、もう一人武器破壊スキルの使い手がいた場合は詰む。
少なくともエミリーはここで退去させるべきだと判断した。
ラスカルは張に通信で呼びかけ、エミリーを連れての撤退を指示した。
今ならば外部の護衛艦は沈黙している。
落下したブリッジから【エルトラーム号】の船体を挟んだ方向に離脱すれば、マニゴルドも追撃できない。加えて、キョンシーを撒いておけば重ねて安全に逃げられる。
『ラスカルさんは……』
『俺は動力ブロックに向かう。想定外の厄介事が重なった事案だが、それだけはしなければならない……』
このような事件が起きた以上、【エルトラーム号】はこの航海で終わりだ。
そうなれば、動力炉をカルディナ議会が接収……あるいは合法的に買い取る可能性すらある。
後々を思えば絶対に避けなければならない事態だった。
『急げよ、マキナ』
『アイアイサー!』
そうして【サードニクス】は動力ブロックへと向かい……そこで二体の<マジンギア>と相対することになる。
◆
このようにして、動力ブロックを除く戦いは終わった。
エルドリッジは死亡。
エミリーはエルドリッジに<エンブリオ>を破壊されたことで撤退。
マニゴルドはブリッジの瓦礫の中で行動不能状態。
ラスカルはこれと見込んだ人材の勧誘に失敗。
誰も彼もが負けたような有り様だったが、それでも勝利者を選ぶとすれば誰になるか。
それはきっと……個々人の判断に委ねられる。
To be continued