第三話 ステータス
□王都アルテア中央通り レイ・スターリング
『ところで、初期ステータスはもう見たか?』
<旧レーヴ果樹園>に向かいながら、兄が俺の能力について聞いてきた。
そういえばまだ確認していなかった。
「詳細ステータスは、っと」
新たなウィンドウが出現し、現在の俺のステータスを表示している。
レイ・スターリング
レベル:0(合計レベル:0)
職業:なし
HP(体力):98
MP(魔力):16
SP(技力):23
STR(筋力):10
END(耐久力):12
DEX(器用):15
AGI(速度):14
LUC(幸運):16
基準は分からないがこれはきっと弱い。
レベル0の初心者が強いはずもないか。
ちなみにこのゲームでは複数のジョブにつけるらしい。そのためジョブごとのレベルと、各ジョブのレベルを統合した合計レベルがある。
が……俺はどちらも0だ。
「ていうか『初心者殺し』なんてダンジョンにレベル0で行くんだよな、俺」
『何らかのジョブに就くまではずっと0クマ。就職してから行くクマ?』
「……いや、時間もなさそうだしこのままで」
そうしている間にあの写真の子が死にでもしたら目も当てられない。
今は何よりもスピード優先。兄との会話も駆け足しながらだ。
「いくつか質問してもいいか?」
『どうぞクマ』
「ステータスにINT(賢さ)とかないけど魔法の威力判定ってどれでやっているんだ? 魔法、あるよな?」
リリアーナが回復魔法使っていたし。
『MPの最大値と使用する魔法のスキルレベル、それに魔法スキルに注ぐMPの合算。ちなみにこのゲームにINTのステータスはない。自分自身だしな』
なるほど。たしかに賢さが増えると言われてもピンと来ないな。
「SPはどんな行動で消費を?」
『剣技や格闘技、肉体面の技で消費する。ちなみに技はSPを消費して撃つが、威力判定にはSTRやDEXといった他のステータスを使っている。ステータスの伸び方もプレイスタイル、使う武器、職業、個人資質なんかで変わってくるぞ』
「難しい」
『ま、結局はなるようになるさ。最後に行き着くのが自分らしさクマー』
……クマ語尾気に入っているんだろうか?
『そうそう、俺が持ってるアクセサリーいくつか渡しておくクマー』
クマ兄はそう言ってカバンからアイテムをいくつか手渡してくる。
アイテムは今の俺なら容易く全快するだけの回復量があるらしい回復アイテム【ヒールポーションLv2】が十本と、アクセサリーの【救命のブローチ】一つ、【身代わり竜鱗】が四枚。
【救命のブローチ】
装備中にスキル《九死に一生》を発動させる。
効果発動時に10%の確率で壊れる。
※HPを超過したダメージを受けた時点で破損判定を行う。この処理をHPに対する被ダメージの超過が終わるまで繰り返す。
※装備していた【救命のブローチ】が破損した場合、24時間は【救命のブローチ】を装備できない。
《九死に一生》:致命ダメージを受けた際に一度だけ無効化する。
【身代わり竜鱗】
被ダメージ時にダメージを10%に軽減する。
効果発動後、100%の確率で壊れる。
『このゲームは装備にレベル制限やステータス制限があるクマー。だからレベル制限ないこれらのアクセサリーで補強しておくクマ』
アクセサリーの装備欄は全部で五つなので、ちょうど全てを装備できる。
「サンキュー兄貴。……そういえばこのゲームのデスペナルティって何さ?」
デスペナルティ。
多くのオンラインゲームに搭載されている機能だ。
簡単に言えば、死亡したキャラクターには何かしらのデメリットがあるということ。
例えばレベルが下がったり、しばらくの間ステータスが低下したり、だ。
こんな風に死亡を避けようとしてくれているのだから、このゲームにも何らかのデスペナルティがあるのだろう。
だからどんなペナルティかを兄から聞いておきたかったが、
『二十四時間のログイン制限』
返ってきた答えは俺の想定外だった。
「……何だって?」
『このゲームで死亡すると、現実時間で二十四時間、こっち時間で七十二時間は<Infinite Dendrogram>に入れなくなる』
正気か。
ゲームでありながら、ゲームをさせないデスペナルティが存在するなんて。
『このデスペナルティの恐ろしい点は、ゲームが出来ないことではなく、何もしない内に<Infinite Dendrogram>では三日間進んでいることだ。例えば現在のようにクエスト進行中なら、三日間クエストを放置することになる。リアルなこの世界では、それが怖い』
もしも今、このクエストを請け負っている俺やクマ兄が三日間いなくなったら……結末は言うまでもない。
「死なないようについていくよ。レベル0の俺がどれだけ役に立つかわからないけど」
と言うか、まず役には立たないだろうけど。
『ちなみに、<旧レーヴ果樹園>はさっきも言ったように『初心者殺し』と呼ばれているトラップダンジョンクマ。何も知らないままデンドロ始めたいたいけな初心者が「わーい、近場で冒険するぞー」と入ったが最後、速攻でぶっ殺されて丸一日ログインできなくなるクマ』
トラウマ製造機じゃないか。
『でも妙だな。何で難易度:五なんだ? あのダンジョンのモンスターはレベル25前後のはずだが……高過ぎる』
兄のそんな呟きを聞きながら俺達は王都アルテアの南門を抜けた。
◇
南門から走って一○分ほどの距離に、その施設はあった。
施設は金属製の柵で囲まれ、入り口に立てられたボロボロの看板には『<レーヴ果樹園>へようこそ』と書かれている。
しかし施設は既に放棄され、植物は野放図に伸び、看板も色褪せている。
『さて、いよいよ突入な訳だが……』
今は昆虫モンスターの魔窟と化した<旧レーヴ果樹園>の入り口手前で兄貴は立ち止まり、直後俺の視界に新しいウィンドウが出現した。
【シュウ・スターリングからパーティ加入申請が届きました】
【パーティに加入しますか? YES/NO】
『レイのステータスを常時確認できた方がカバーしやすいクマ。でもレベル差があるから経験値の均等分配はできなくて貢献度比例型の分配になるクマ』
「まぁ、今回はどっちにしても俺の経験値に意味はないけどな」
MMORPGではよくあることだが、一人でモンスターと戦い倒した場合はモンスターの経験値は倒したものの総取りでもパーティ戦闘では趣が異なる。
このゲームのパーティ戦闘での経験値分配方法は二種類。
一つは均等分配。同程度のレベル帯でパーティを組んだ時に可能な、取得経験値を頭数で割って分配する方法。
もう一つは貢献度比例分配。戦闘中での活躍度合いによってパーティ内でも経験値の取得量が変わる方法だ。このゲームで言う活躍度合いにはダメージ量以外に回復などのサポートも含まれるらしい。
現在はレベル0で無職の俺には関係ない話だ。
今重要なのはクエストを成功させてあの姉妹を助けること。俺がジョブについてレベルアップするのはそれからゆっくりやればいい。
「YES、っと」
俺はウィンドウのYESを押下する。
直後にパーティ用の簡易ステータス画面が開き、兄の名が加わった。簡易ステータス画面にはあと四人分のスペースがあるので、このゲームは最大で六人パーティであるらしい。
さて、現在簡易ステータスには兄貴の名前と共にステータスも表示されている。
表示されているのだが……。
「何だ、これ?」
シュウ・スターリング
職業:■
レベル:■(合計レベル■)
HP:■
MP:■
SP:■
簡易ステータスだけれど、表示されている項目が全て黒色で塗り潰されている。
『あ、それはこの着ぐるみの効果の一つクマー。レベル差があると敵も味方も俺のステータスが見えなくなるクマー』
何その効果。
サポート系の魔法で支援するときやりづらいだろ……俺は出来ないけど。
そういえば……。
「兄貴……クエストの件で聞きそびれていたけどなぜクマの着ぐるみを着ているんだ?」
俺が疑問をぶつけると、兄は小器用にぬいぐるみの頬を爪でポリポリと掻いた。
『語るも涙、聞くも涙の話クマ』
「立て込んでるんでさっさと疑問に答えてくれ」
兄は『弟の視線が冷たい……』とぼやいてから、ポツポツ話し始めた。
『あのさ、キャラクタークリエイトあるだろ?』
「ああ」
『あれを一から作るのも面倒だから、自分ベースにやろうとしたのな』
「俺もそうだよ」
『そのときちょっと間違ってな……』
「間違って……どうしたのさ」
『うっかり何もカスタムしないまま決定した』
「……あちゃー」
『クマー』
要するに、この着ぐるみの中は素の兄なのである。
オンラインゲームで完全素顔プレイとか危険牌にも程がある。
この兄の場合は特にだ。
それは着ぐるみでも着るしかない。
『ちなみにこの国選んだのは首都映像で着ぐるみ売ってる店が見えたからなんだ……』
「ああ、道理で兄貴の好みだろうドライフやグランバロアに行かなかったわけだ」
『背に腹は変えられなかったのさ……ちなみに着ぐるみ一号は4980リルだったクマ』
「ほぼ初期費用全額じゃん」
開始当初どうやって生活してたんだこの兄。
『しかも防御効果皆無のネタ装備でやんの。第一陣だから何の情報もないし。いやー、あの絶望的なスタートからこの着ぐるみまで辿り着くのは苦難の道だったクマー』
「ちなみにその着ぐるみの効果は?」
『こんなん』
【Q極着ぐるみシリーズ はいんどべあ】
古代伝説級武具
防御力補正 +903(くまさん)
装備スキル
《化けの皮》:ステータス隠蔽効果。合計レベルが100以上低い相手からステータスを完全に隠す。
《エアコン内臓》:全環境対応型エアコン内蔵。いつでもどこでも適温
《パワーアシスト》:マッスルモーターで動きをサポート。STR+903
《防弾仕様》:十字砲火もOKな防弾仕様。遠距離物理攻撃のダメージを903軽減。
《防刃仕様》:刺客が多い日も安心。近距離物理攻撃のダメージを903軽減。
《万能熊手》:不思議と物を掴めるし器用に使える。追加効果で魚型・昆虫型モンスターへのダメージアップ
《????》:■
……何だ、この異常に高性能なネタ装備。
「+903って何だよ。このゲームのステータス上限知らないけどこれかなり高いんじゃないのか? つーかレベルいくつさ、クマ兄貴」
今のオレにはまったく兄のステータスが見えないので少なくとも合計で100以上はあるらしいが……。
『ヒ・ミ・ツ、クマ』
うわ、鬱陶しい。
『さー、コントはこのくらいにして女の子を救いに行くクマー』
「……コント要素は九割クマ兄貴のせいだけど賛成。行こう」
俺達は<旧レーヴ果樹園>の内部へと突入した。
内部では今は雑草が繁茂しているかつて道だったと思われる地面と、壊れかけの案内看板が順路を指し示していた。
案内看板の一つには『レムの実畑 → 五○○メテル』と書かれている。
「あれは五○○メートルってことでいいのか?」
『分かりやすいだろ。それと、気づいてるか?』
「……さっきから聞こえてる音のことだろ」
案内看板の示した方角から、人ならざる声や激突音が聞こえてくる。
ここからでは植物が邪魔して視認できないが、まず間違いなく先にこのダンジョンに入ったリリアーナが戦闘しているのだろう。
そこでふと気づいた。
戦闘音はレムの実畑の方からしか聞こえない。それ以外の方向では大分静かだ。
「他のプレイヤーはいないのか?」
『あー、このダンジョンにはトラウマ持ってる人多いからなぁ。おまけにこのレベル帯だとそこまでドロップや収穫物がうまいわけじゃないし、昆虫が群れなして襲ってくるし、【毒】や【麻痺】持ってるのが多いから状態異常対策必須だし』
いわゆる不人気狩場らしい。
『ま、お陰で俺は戦り易いけど――バルドル、第二形態で起動』
『Ready』
兄が何事かを呟くと、聞き覚えのない機械音声がそれに応えた。
そうして兄の左手の甲が着ぐるみごしに輝き、何かが飛び出す。
直後、クマのシルエットに異様なものが追加される。
円形に連なった多銃身。
モーターによる高速装弾機構。
ベルト状の装弾チューブ。
そしてドラム缶に酷似した巨大な弾倉。
“ガトリング砲”と呼ばれる航空機用重火器がそこにあった。
「……このゲームって基本はファンタジーじゃなかったっけ?」
To be continued
4/9です。