死出の箱舟・■■の■ その十八
(=ↀωↀ=)<体調不良でちょっとチェックと修正が万全じゃないかもしれませんが……
(=ↀωↀ=)<ごようしゃください……
□■『才能』について
<Infinite Dendrogram>において、『才能』とは二つの意味を持つ。
一つはジョブに対する適正。
ティアンは個々人によって適性のあるジョブが異なり、さらには取得可能な最大レベル数までも異なっている。
あらゆるジョブに適性を持ち、カウンターストップの合計五〇〇レベルまで上げられる<マスター>は、この時点でティアンとは比較にならぬ才能を持っていると言える。
だが、そんな<マスター>でも優越できると限らないのが、もう一つの『才能』だ。
それは、如何に自らの力を使いこなせるかということ。
センススキルと呼ばれるスキル群がある。
《料理》や《絵画》など、スキルを取得せずとも才能があれば使えるとされるスキル群。
だが、その言い方はある意味で正しくない。
より正確に言えば――『才能がなければスキルがあっても使えない』、だ。
《料理》スキルは『自身の思った通りの味の料理を作る手順が分かり、包丁捌きや火加減の技術も追従する』というもの。
一見すると《料理》スキルがあれば、誰でも上手に料理が作れるように思える。
しかし、前提が破綻していれば話は別だ。
<超級殺し>のマリー・アドラーは《料理》スキルを保有していたが、彼女は根本的に味覚オンチであったために『他者が美味いと思う料理』が作れなかった。
《絵画》も同様だ。『思った通りの線引きや色使いができる』という仕様だが、脳内に描いた絵が凡庸であればどこまでも凡庸な物にしかならない。
センススキルは『才能の発露を手助けする』ものの、『存在しない才能』まではカバーしてくれない。
そして、<マジンギア>や船舶、車両の操作に用いられる《操縦》スキルもまたセンススキルである。
副次効果として機体性能の向上も有しているが、本質は『機体を思った通りに操縦できるように体が動く』というものだ。
スキルレベルやDEXを上げるほどに、《操縦》する機体の追従性は増していく。
カーティス・エルドーナの【超操縦士】が有する《操縦》のスキルレベルはEXであり、機体性能を極限まで引き出し、思うがまま動かせる。
やろうと思えば、曲芸じみた事も可能だろう。
しかしそれは、戦闘での勝利を保証するものではない。
《操縦》スキルが保証するのは、追従性のみ。
回避、防御、何より攻撃の仕方までは……カバーしない。
思うがまま動くのだから、パイロットの思考が伴わなければ意味はない。
そして、カーティス・エルドーナの『才能』は破格だった。
0.2ミリの装甲の隙間を狙う神業の刺突。
タイミングも、狙う位置も、そして操縦において必然的に生じる自身と機体のタイムラグさえも彼は瞬時に……直感的に把握し、【ホワイト・ローズ】の装甲を貫いたのである。
それこそ彼の『才能』であり、甲冑型や戦車型の時代から重ねてきた経験の差。
《操縦》というセンススキルは彼の『才能』の発露を極限まで助け、彼もまた《操縦》を使いこなしていた。
その点において……彼と相対するユーゴーは決して優越できないのである。
◇◇◇
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
相対した相手は、私の想定を遥かに上回って厄介な相手だった。
装甲の隙間を縫い止められた【ローズ】。その右腕を操作してランスを引き抜こうとしても、ランスは微動だにしない。
それはランスを手にする【インペリアル・グローリー】との出力差によるもの。
こちらの【ローズ】は純竜クラスの出力を発揮できるけれど、あちらは明らかにそれを凌駕している。
言うなれば<上位純竜級マジンギア>……いや、<竜王級マジンギア>とでも言うべき存在。
「カタログスペックよりも、さらに上、か……」
それは恐らく、操縦者の違い。
彼が口にした【ドラグスティンガー】という特典武具の名で思い出した。
その特典武具の持ち主は私が<Infinite Dendrogram>を始めるよりも前、ドライフで最も名を馳せたパイロット……【超操縦士】のカーティス・エルドーナ。
「姉さんは『内戦で誰が持ち去ったのかも分からない』なんて言っていたけれど……」
何ということはない。
預けられていた持ち主がそのまま持ち去っただけだ。
そしてあの機体は、彼が有する【超操縦士】としてのスキルでカタログスペックよりも数段強化されている。
「…………」
状況はかなりまずい。
パイロットの腕前と、機体性能。
比較すれば、ほとんどの点で向こうが勝る。
中でも最悪なのは……稼働時間。
こちらはどれだけ持たせても十分程度が限界、《ブークリエ・プラネッター》を用いる第二戦闘モードならその半分だ。
対してあちらは、先々期文明の動力を使っているから半永久的に動ける。
こうして縫い止められているだけでも、遠からず私達の負けだ。
「……けれど」
けれど、こちらが有利な点も三つだけある。
神話級金属合金と防御スキルの重ね合わせによる機体強度。
次いで、キューコの《地獄門》。これがあるお陰で、『相手のコクピットの気密性を崩せば勝利』という一方的に有利な条件を獲得できている。
そして……ニアーラさんの存在。
二対一。この数の優位と……突入前に打ち合わせたあの戦術さえ活かせれば、まだ勝機はある。
『そのためには、このやりをぬかないとね』
「ああ」
身動きできなければ、勝機はない。
最悪、右手を肘からパージすれば解放されるだろうけれど、それをすると後の展開で『手』が足りなくなる恐れもある。
どうすべきか……。
『話の前に、まずは分断するとしようか』
私が考える間に、カーティスは言葉と共に左手を私達が入ってきた入口へと向ける。
『――《ミサイル・ダーツ》』
言葉の直後、【インペリアル・グローリー】の左前腕部装甲がせり上がり、幾つもの穴――小型ミサイル発射口からミサイルが射出された。
ミサイルは扉の手前の天井を爆砕し、扉を埋めるガレキへと変えた。
それによってニアーラさんの射線は塞がれ、私と敵機は完全に一対一の状況に陥る。
「ッ……!」
三つの利点の一つが潰されて、私は焦りと共に舌打ちする。
「……?」
けれど、すぐに気づく。
『話の前に』、とはどういうことだ?
そもそも、どうしてカーティスは最初に【ローズ】の肘関節を貫いた?
関節の隙間を狙えるなら、コクピットの開閉部の隙間を狙って私を殺すこともできたんじゃ……?
『さて、準備が整ったところで一つ……いや二つ尋ねようか』
私が疑問を抱くと同時に、カーティスがそう言った。
「……何を?」
『簡単な話で、君ならば知っているだろうことだ』
私なら、知っている?
この【エルトラーム号】を占拠したテロの首魁が、求めるような情報を?
『第一の質問だ。……どうすれば解除できる?』
「……《地獄門》のこと?」
たしかに、彼の部下だろう軍人達を【凍結】させた《地獄門》に関しては、私しか知らないだろう。
だが、カーティスは器用に機体の首を振って否定した。
『今はそちらじゃない。この【グローリー】についてだ』
私の言葉を遮るように、カーティスはそう言って……。
『<叡智の三角>の一員である君ならば知っているのではないかな? この【インペリアル・グローリー】の機能制限の解除方法を』
「……!?」
機能制限……?
今も【ローズ】を圧倒するパワーを発揮しているのに、それでもなお機体に制限が掛かっている?
<叡智の三角>のみんな、一体……どんなバケモノを作って……。
『知っているならば教えてもらおうか』
黄金の機体は竜頭をこちらに近づけて、問う。
『――内蔵兵器使用時の音声照合をオフにする方法を』
「…………え?」
音声、照合?
『武装名を発声しなければ使用できないふざけた制限のことだ。そのくせ、音声の主が誰かは問わないから奪われたときのセーフティにもなっていない。何のためにあるんだ、この機能は?』
……そういえば、先ほども『《ミサイル・ダーツ》』と発声していた。
私がかつて乗っていた【マーシャルⅡ】のように、<マジンギア>の兵装はよほど特殊でなければ普通は発声しなくても使えるものだけれど……。
ただ、音声照合になっている理由は分かる。
【インペリアル・グローリー】は先々期文明の動力炉をベースに、<叡智の三角>の総力を結集して作ったオンリーワンのスーパーロボット。
だからきっと、メンバーの誰かが言い出したのだろう。
――スーパーロボットなら、武装を叫ぶのは外せないよな!
というようなことを……。
『何故わざわざ武装名を宣言して使用する。実践において無意味どころかマイナスだ。明らかにデメリットしかない。照合に直結していてブラフにも使えん。君達は何を考えてこんな機能制限を積んだ? 何の意趣返しだ? 【グローリー】の制作時、我々の関係は良好だと思っていたが、まさか当時からラインハルトの手が回っていたのか?』
「…………」
捲くし立てるような言葉に、よほどこれまでその機能制限に苦しんだのだろうことが窺えた。
だが、きっとそのデメリットに理由はない。
<叡智の三角>は趣味人の集まり。
不要な様式美を追求する者もまた多いというだけの話だろうから。
「……その機体の制作は私がクランに入る前だから、オフにする方法は分からない」
駆け引きをしようにも、本当に何も知らないのでそうとしか答えようがない。
うちのメンバーのことだから……そもそもオフにする方法などないのかもしれない。
『……そうか』
明らかに落胆しながら、カーティスはそう言った。
もしやこれを聞くためだけに、私を初撃で殺さなかったのだろうか?
だとすれば、危うい状況になっているけれど……。
『では、本命の質問に移ろう』
あれは前置きの質問で本題は他にあったらしい。
お陰で、まだ首は繋がっている。
『私の部下達の【凍結】は解除できるか? 生命反応は確認しているが、通常の【凍結】状態ともエネルギー波形が違う。君の任意で解除できるのか、殺害で解除できるのか、あるいは殺害で永続的に解除されなくなるのか。それが分からないから生かしている』
「…………」
先ほど、『今はそちらじゃない』と言っていたように、やはり本題は《地獄門》についてだった。
たしかに、キューコの【凍結】は普通の【凍結】とは違う。条件を満たしている相手ならば耐性アイテムも無効化するし、回復アイテムも効果がない。
そして、私が《地獄門》を解いた場合やデスペナルティになった場合も、一時間は解除されない。
即座に解除できるのは、私が【凍結】を解いた時だけ。
『嘘を交えずに、答えるべきだ』
そう言うのならば、きっと《真偽判定》を持っているのだろう。
「……私が死んだ場合、最短で一時間後に解ける」
『…………それでは遅いな』
それは、そうだろうね。
だって、【凍結】した軍人達の数人は動力炉の取り外し作業中。
十中八九、このために連れてきた技術者なんだろう。
正統政府の目当てが動力炉ならば、彼らが動けなければ目的は達成できない。
そしてきっと……タイムリミットは一時間もない。
『その言い方。他にも解除手段がある、と見ても?』
「私が任意で解除した時のみ、即座に解除される」
嘘はつかない。
つく必要すらない。
『なるほど。そういうことか。彼らを解放するには、君を殺して一時間待つか、君との取り引きに応じるしかない訳だ』
「……そのとおり」
相手にとって、【凍結】した軍人達が重要だというならば……私は既に人質を取っているようなもの。
一時間待つという選択肢は、相手にはない。
なぜなら、船内各所で起きたトラブルはあちらも既に知っている。
どの程度把握しているかは不明だけど、自分達が急ぐ立場だということは重々承知の筈。
『一応聞こうか。交換条件は?』
「この【エルトラーム号】からの即時撤退。何も奪わず、誰も殺さず、すぐに立ち去ってほしい」
……相手からしてみれば、獲物を得られないけれど人員は失わなくて済む選択肢。
今ここで諦めて逃げ出せば、それ以上の事態の悪化はないという逃げ道。
ただ、相手が船外に出れば……恐らくはマニゴルドさんが砲撃で対応できる。撤退する背を、あの砲撃で殲滅できる。
そう考えると罠に嵌めるも同然で、まるで姉さんみたいなやり口だけれど……、ここで彼らに情けをかければそれだけ無辜の人々が犠牲になる。
それは、寝覚めが悪い。
だから私は撤退という名の罠を条件に、嘘をつかず【凍結】の解除を提示して、……?
「……一応?」
一応聞く、とはどういうこと?
『ああ。やはりそういう要求になるか。ならば仕方がないな』
私の問いに少しだけ面倒そうな声でカーティスは答え――機体の左手を動力炉前の軍人達に向けた。
『《ミサイル・ダーツ》』
小型ミサイルは炎の尾を引きながら亜音速で【凍結】した軍人達に直撃し、先刻の天井同様に彼らの体を木っ端微塵に粉砕して焼き尽くした。
「な、にを……!?」
『ああ。こちらもだな。《ペイント・ナパーム》』
言葉と共に、機体背面から伸びる竜の尾――を模したテールバランサーが振るわれる。
尾の先には繊維が束ねられ、それは何かの液体で湿っている。
尾の動きに沿って液体は二機の<マジンギア>……パイロットが【凍結】した【マーシャルⅡ】に降りかかる。
二秒後、液体は発火して激しく燃え上がり、装甲を熔解させ、パイロットの氷像を焼き尽くした。
「何を、している!?」
理解できなかった。
理解したくなかった。
だけど、分かってしまう。
――人質にしかならないから、先に始末したのだ、と。
『仕方がない。本当に、仕方がない。動力炉は力ずくで外していこう。多少は破損するかもしれないが、噂通りの腕前ならば直せるだろう』
部下を手にかけたことを何とも思っていないかのように、カーティスはそう言った。
気にかけていたのは動力炉を手に入れる手間だけ。私の交換条件を呑んで部下を解放すれば手に入れられなくなるから、邪魔でしかなくなった人質を排除したのだ、と。
「仲間じゃないの……!?」
『率いる者だからこそ、天秤を見る。人員と機材の損失よりも、あの動力炉とそこから作られる兵器の価値が高い。それだけだ』
「…………!」
『ラインハルト打倒という目的を果たすためならば犠牲は厭わない。彼らもそう考えていたからこそ【エルトラーム号】を襲撃した。それが彼らの身に変わったとしても仕方がないことだ』
仲間だった者達の屍を背に立つ姿に、思い出す。
かつて、私が相対した相手……<ゴゥズメイズ山賊団>の二大頭目、ゴゥズ。
部下の死を何とも思っていない。それどころか食事が増えたと喜んだ外道。
姿は似ていないけれど、在り方が類似している。
彼にとって部下とは仲間ではなく、目的のための駒でしかないのだろう。
「貴様は……!」
『質問は終わった。――もう生かしておく必要もないな』
言葉と共に、テールバランサーが揺らめく。
ランスで縫い止めたまま、ナパームで焼却する心算なのは明らかだった。
ミサイルでは砕けないと踏んだ、冷静な判断の結果だろう。
『ッ! 《ブークリエ・プラネッター》‼』
咄嗟に、両肩の盾型装甲を切り離し、浮遊盾として【インペリアル・グローリー】に叩きつける。
だけど、
『そのようなギミックだろうな。見れば分かる』
二枚の浮遊盾は黄金の機体の両肩から伸びたサブアームに掴まれ、止められていた。
「これも……!」
不意を突いたはずが、完全に御されている……!
浮遊盾をコントロールしようとしても、向こうの保持力が勝るためか動かない。
『さらばだ、<叡智の三角>の【操縦士】。質問の答えは期待外れだったが、第一の質問についてはいずれ皇国に凱旋したときにお仲間に聞くとしよう。《ペイント・ナパーム》』
そして黄金の機体は液体燃料で湿る尾を振るい、
『――――!』
――直後に、後方へと飛び退いた。
【ホワイト・ローズ】を縫い止めていたランスさえも引き抜き、全力での後退。
その動きの理由を私が察するよりも早く……。
【ホワイト・ローズ】に――数多のミサイルが着弾した。
『ッ……!?』
爆炎が装甲を叩き、機体をシェイクし、内部モニターにノイズが走り続ける。
『う、く……』
キューコの短い悲鳴と共に表面の氷結装甲が砕け、【ホワイト・ローズ】は地に伏す。
「キューコ……!?」
『……だいじょうぶ。まだ、うごく……』
キューコの言葉通り氷結装甲はかなりの割合を砕かれたけれど、モニターを見る限り内側の【ホワイト・ローズ】のダメージはあまり多くはない。
神話級金属装甲によって大部分が防がれたからか、機体もまだ動きそうだ。
ただ、爆圧で内部にもダメージが通っているから、完全復旧まで少し時間が要る。その間は動けない。
……よし。
「……《地獄門》を解除。砕けた破片はそのままで維持」
『うぃ、まむ』
私の指示に従って、キューコが《地獄門》を解除する。
現在の【ホワイト・ローズ】は、氷結装甲が派手に砕け散ったお陰で外観的には恐らく擱座したようにしか見えない。
だから《地獄門》を解除すれば、デスペナルティになっていないとしてもこちらが【気絶】したとは思わせられるはずだ。
東方のイディオムで言う、『狸寝入り』だ。
……ニアーラさんの口癖移っちゃったな。
「でも今のミサイルは、一体……?」
明らかに、【インペリアル・グローリー】のミサイルとは違う。
それどころか、ミサイルの大半はあちらを狙っていた。
だけど……【ローズ】にもお構いなしに攻撃してきた時点で味方じゃない。
一体、誰が……。
『いい反応ですね! 中身は超級職なパイロットと見た!』
私の疑問に答えるように、上……【インペリアル・グローリー】が天井に空けた穴からそんな声が届いた。
ミサイルも飛び込んできただろうその穴から……今度は巨大な物体が飛び込んでくる。
声は陽気そうな女性のものだったが、現れたモノの姿は声と乖離している。
――それは、紅白の色をした機械の竜だった。
「あれは……」
その姿には、見覚えがある。
ニアーラさんの梟の映像越しに見たモノ。
船外の砂漠で、マニゴルドさんと交戦していた機械竜。
船への接近をマニゴルドさんが押し留めていたはずの相手が……この動力ブロックに現れたのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回
(=ↀωↀ=)<<マジンギア>VS<マジンギア>VS<マジンギア>
( ̄(エ) ̄)<スーパー□ボット大戦クマ