拾話 道化
■カーティス・エルドーナについて
六年前、彼は恋をした。
◆
それはまだ<マスター>が増加するよりも前のこと。
彼……カーティス・エルドーナはとある式典に参加していた。
それは皇国辺境で猛威を振るっていた<UBM>を討伐した者を表彰するためのもの。
皇王の――高齢だがまだ存命だったザナファルド皇王――の前には、二人の人間の姿がある。
二人の姿に、周囲はどよめいた。
その一人、ギフテッド・バルバロス特務大尉は問題ない。バルバロス辺境伯の養子であり、神話級特典武具の保有者。あの特務兵団に属する特務兵の一人であり、団長に次ぐと言われる実力者。
これまでにも多くの戦歴を有し、まだ若いながらも皇国の大戦力の一角と目されている。
彼が<UBM>を討伐したことに、不思議はない。
だが、表彰されているもう一人は――まだ一三かそこらの少女だった。
そして驚くべきことに……特典武具らしき赤い結晶は彼女の手の中にあった。
それが意味することは、バルバロス特務大尉以上の戦果を若年の彼女があげたということだ。
ありえない。しかし、現実である。
「――クラウディア・ラインハルト・ドライフを、ここに表彰する」
皇王の言葉が響く。
ドライフという家名。双子はお互いの名前をミドルネームにする――というドライフ特有の、男性名が混ざったフルネーム。
それが彼女の出自……皇女であることを現している。
彼女こそは今は亡き第三皇子の娘であり、彼女を表彰する皇王の孫である。
彼女は悲運の皇女として知られている。
何年も前に事故によって両親を失い、双子の兄であるラインハルト・クラウディア・ドライフは後遺症で母の実家であるバルバロス辺境伯領に引きこもっている。
だが、彼女はそんな逆境を何とも思っていないかのように、壇上に立っていた。
「箔付けですかな?」
「左様。ありえませんからな」
隣席の貴族達がヒソヒソと交わす言葉に、カーティスは苛立つ。
箔付けなどありえない。
特典武具を得る功績の評価に誤りはないとカーティスは知っていたし、そもそも立場が脆弱に過ぎるクラウディアに箔をつける意味もない。
後の皇王の座を奪い合うのは第一皇子と第二皇子の派閥。それゆえ功績合戦に近いことは起きているが、既に亡くなった第三皇子の娘である彼女に今さら箔をつける意味もない。
そもそも立ち姿を見ればわかるはずだろうとカーティスは考える。
彼女が実力であそこに立っていることに、疑いはない……と。
壇上の少女の姿。自分もまた優れた実力を持つカーティスは……彼女に見惚れていた。
彼もまた超級職を得た天才であるがゆえに、彼女という存在に強く惹かれたのだ。
◆
式典以降、彼はクラウディアのことを考えるようになった。
彼女の活躍を新聞や人伝に聞き、心を躍らせた。
夜会で彼女にどう話しかければと緊張した。
それはファンのようであったし、恋する若者のようでもあっただろう。
彼はそれなりに浮名を流した男だったが、クラウディアのことを考えるようになってからは他の女性は目に入らなくなった。
クラウディアの傍には同様の天才――王国の王女であるアルティミアもいたが、彼女に惹かれることはなかった。
彼の心は、クラウディアだけで埋まっていった。
<マスター>の増加などで世界の情勢が大きく動いた頃でも、それは変わらない。
クラウディアが嫁ぐに適した年齢になると、『どうすれば自分は彼女と結ばれることができるか』を悩むようになった。
彼女は立場が弱いとはいえ、皇国の皇女。有力貴族……第一皇子の母方の実家であるエルドーナ家とはいえ次男の彼では、まだ迎え入れるには不足かもしれない。
一瞬だけ兄を排することを考えたが、彼もそれを実行するほどに非情ではなかった。
そのため、貴族としての格ではなく、別の価値を自らに付与することを考えた。
それは皇国元帥の地位。
今は高齢の元帥はじきに代替わりを迎える。
その際の候補者は、何人かいる。
一人はカーティス自身。皇国の大貴族の出自であり、第一機甲大隊を率いる者。
他には第二機甲大隊の大隊長。カーティス同様に大貴族の出自で、彼よりも部下に慕われていた。(カーティスも慕われていない訳ではないが、彼には劣る)
また、第二皇子の派閥の軍人達も二人には劣るものの候補として名を連ねる。
同様に大貴族の養子であるギフテッド・バルバロスの名が挙がることもあったが、彼は特務兵であり、全軍を指揮する元帥の座に就くことはないとも思われていた。
皇女との婚姻のために元帥を目指すカーティスにとって、最大の壁は第二機甲大隊の大隊長だ。
同じ第一皇子派閥であるがゆえに排除することも躊躇われ、そして着実な成果もあげている。
王国との合同演習という外交的に栄えある役目も、カーティスの第一機甲大隊ではなく彼の第二機甲大隊が選ばれた。
カーティスも努力や<UBM>の討伐で成果を重ねていたが、それはあくまで個人武力。
元帥に必要な運営・指揮能力で劣っている自覚もあった。
このままではと若干の焦りを覚えていたカーティスだが……あるとき状況は急変する。
第二機甲大隊が王国で壊滅したのである。
それを行ったのは【三極竜 グローリア】。王国を襲った黄金の魔竜によって、彼のライバルは部隊ごと消滅した。
カーティスはこの展開に表立っては沈痛な表情を浮かべていたが、内心歓喜していた。
『最大のライバルが消えた! 黄金竜に感謝だ!』
心の声を言葉にすれば、そのようなものだろう。
彼がどれほど浮かれていたかは、彼の乗騎として建造される機体を黄金で竜頭の【インペリアル・グローリー】にした時点で明らかである。
対外的には『あの痛ましい事件を忘れないために……』などと言って話を通した。
彼にとっては慰霊碑ではなく記念碑だが、言った言葉は嘘ではないので許可も下りた。
◆
ともあれ、こうして彼が元帥になることを阻む壁は、彼の手を汚すことなく消えた。
あとは第二皇子派閥の軍人が幾らかいるが、それも問題はない。
じきに次代の皇王が決まる。
最有力は第一皇子グスタフかその息子ハロン。どちらかが皇王となれば第一皇子の縁戚であり、派閥内最高位の軍人であるカーティスが元帥になるだろう。
元帥の地位を得れば、クラウディアを嫁に請うこともできる。
必ず彼女を幸せにしてみせると、カーティスは薔薇色の未来を考えていた。
皇都の中枢である【エンペルスタンド】で次代の皇王を決める会議が開かれている間も、彼は夢見た未来が近づいてくるのを楽しみにしていた。
その展望が砕かれたのは――ラインハルトが皇王になったと聞いたときだった。
他の皇族は彼の妹であるクラウディアを除いて全員死亡。
第一皇子派閥も、第二皇子派閥も、皇王継承の会議に参加した者は全員殺された。
その手段もまた、外法だった。
ラインハルトは整備士系統超級職【機械王】として【エンペルスタンド】を整備する立場にあった。
その役割を悪用し、【エンペルスタンド】のセキュリティ機構を使って他の皇族を護衛ごと抹殺したのである。
最初から、他の皇族を殺して皇位を奪い取るつもりだったとしか思えない状況だった。
想定すらしていなかった最悪の事態に、カーティスは呆然となった。
従兄の死や、今後の展望の破綻など、思うことは多々あったが……それらを飲み込んで思考能力を取り戻した後、彼が真っ先に抱いたのは強い怒りだった。
『ふざけるな! ラインハルトだと!? 貴様、今まで何をしていた!』
妹であるクラウディアが公の場で貴族の務めを果たし、四方でモンスターを相手に闘っていた頃、表舞台に上がることすらなく機械弄りをしていただけではないか、と。
妹に危険な役目を任せていたくせに、こんなときにしゃしゃり出て、皇王の座を他の候補者を皆殺すなどというゲスな手段で掠め取る。
カーティスにとって、そして彼と同じだけの情報を持つ者にとって、ラインハルトとは最悪の卑劣漢であった。
カーティスは何より、卑劣漢の兄と並べて語られるクラウディアが不憫だった。
兄の手駒として使われ、非道にも手を染めざるを得ないクラウディアの心境を想い、カーティスは涙した。
仮に自分が彼女に選ばれないとしても、せめて彼女の自由は取り戻さなければならないと、カーティスは心に誓った。
それゆえ、彼はラインハルトを討つべく他の大貴族や軍人達と共に立ち上がった。
皇国内戦の勃発。彼はその中で数多の皇王側戦力を打ち倒した。
ラインハルト側に就いた軍人や、ラインハルトに雇われた超級職の<マスター>を全て打倒した。
彼が唯一恐れたのは愛するクラウディアが悪辣な兄の手駒として彼と相対することだけだったが、幸か不幸かその機会はなかった。
内戦において彼は勝ち続けたが、結果として彼の陣営は内戦で敗れた。
大貴族が幾つも倒れ、特務兵団は壊滅し、彼の実家であるエルドーナ家も継いだ兄が降伏していた。
だが、彼自身はまだ敗北を認めていない……認められなかった。
『必ず再起して、ラインハルトを殺す!』
そう誓いながら、第一機甲大隊の残存戦力で彼に付き従う者達と共にカルディナへと移った。もはやラインハルトの支配下となった皇国でなく、財と兵器の集まるカルディナで力を蓄えるために。
カーティスはいつかラインハルトを殺し、クラウディアを解放することを誓い、皇国を後にしたのだ。
ラインハルト打倒。
クラウディア解放。
彼の望みはその二つだけだった。
◆
この時点では極一部の者だけが知っていることだが、ラインハルトとクラウディアは同一人物の一人二役である。
それゆえカーティスの行動と望む未来は大きく矛盾しているのだが、彼は気づかない。
彼は一度としてラインハルトとしての彼女に会ったことはなく、知りようもない。
だからこそ、カーティス・エルドーナはこの上なく道化であった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<本日は後ほど二話目の更新ですー