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死出の箱舟・■■の■ その十

 □【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス


『我々はドライフ正統政府。【エルトラーム号】の乗員に告げる』


 混乱の坩堝と化した会場の中で、スピーカーから不意にそんなアナウンスが響く。

 これが昼間にスターの言っていたインフォメーションの伝声設備だと察した。

 でも……。


「ドライフ正統政府……?」


 私の出身国の名を冠した、しかし心当たりのない集団の名に疑問を覚える。


『我らがこの船ですべきことを終えるまで、抵抗はしないでもらいたい。抵抗しないのであれば、我らも乗客に危害を加えることはしないと約束しよう。だが抵抗があった場合、我らは乗客に対して無差別に武力を行使する。非戦闘員への攻撃も辞さない』


 それは<マスター>をはじめとした『戦える乗客』に向けられた言葉だった。

 抵抗すれば、女性や子供も含めた他の乗客の命を奪うと言っている。

 外道の類の言葉だった。

 ……姉さんも近しい言葉を言っていたけれど。


『我らが目的を達成した後、諸君らは無事解放されるだろう。それまではその場で大人しくしていてもらいたい』


 その言葉の直後、乗客達が脱出しようとしていた特別ホールの扉を破って新たな【マーシャルⅡ】が現れる。

 そうして【マーシャルⅡ】が出入り口を塞ぐように配されて、特別ホールにいた乗客は室内に閉じ込められてしまった。

 恐らくはここだけでなく、船内の各所が同じ状況なのだろう。


「……チッ。遮断済みか」


 隣に立つマニゴルドさんは耳元に手をやって、舌打ちしている。

 見れば、耳にはテレパシーカフスが装着されている。恐らく通信を試みて、それが叶わなかったのだろう。

 マニゴルドさんは少し思案して、イサラさんを見た。

 そして無言のまま自身、イサラさん、そして私を順に指差す。

 すると……。


『聞こえるか?』


 唐突に、頭の内側に響くようにマニゴルドさんの声が聞こえた。


「!?」

『声は口から出すな。口を閉じたまま小さく呟けばそれで伝わる』

『は、はい……。でも、これは……?』

『俺達は今、イサラの鋼糸骨伝導……要は糸電話で会話を繋げている。コメカミに触れるなよ。そこに糸がついているから、指が切れる』


 糸が付いていると言われても、まるで目視できない……。


『イサラは【鋼姫】、地属性金属操作魔法の超級職だ。このくらいの芸当は出来る。ああ、動く分には構わない。その都度イサラが長さを調整する』


 驚きと共にイサラさんを見ると、柔らかく微笑みを返された。


『しかし案の定のトラブルだ。議長め、この分だと仕掛けてくるのが連中ということまで分かっていたんじゃないか?』

『マニゴルドさん。ドライフ正統政府とは、何ですか?』

『端的に言えば皇国の内戦の敗残兵だ。戦死も降伏も処罰も逃れた連中がこっちに流れてきた結果だな。しかも、相当数の【マーシャルⅡ】を保有しているらしい』


 ……名前と【マーシャルⅡ】からもしかしてとは思ったけれど、うちの国の由来だった。


『マニゴルドさん……この状況、どうするんですか?』

『さて、どうしたものかな』


 マニゴルドさんは弛んだ顎を撫でながら、唸る。


『イサラ。どこまでカバーできる?』

『長距離での操作は不得手なもので……会場の半分が限度かと』

『そんなところか。さて、聞いての通りイサラは個人戦闘型で、広範囲をカバーするような戦いはできない。逆に俺は……他の乗客を巻き込むような戦いしか(・・)できない』

『…………』


 姉さんも度々言っていた個人戦闘型と広域殲滅型の問題点、か。

 こういった守る者がいる状況では広域制圧型や……純粋に数の多い者が有利となる。


『ユーゴーは連中を一斉に【凍結】して制圧できないか?』

『キューコの《地獄門》は、そこまで細かな区別はできませんよ』


 ティアンのみ、<マスター>のみ、モンスターのみ、といった区別はできる。ルークと戦った時のように、<マスター>とモンスターをターゲットにしてティアンは省くといった設定もできる。

 けれど、敵対ティアンのみなどという便利な区別はできない。

 むしろ『対象外』を先に設定する形だ。

 ギデオンでの使用時は、“計画”の実行前に姉さんとベルドルベルさんを登録して対象外に設定し、他の<マスター>を凍結させる形だった。

 その設定をする余裕がなかったコルタナでは、エミリーを止める際に他の人々まで凍らせてしまっている。


『今ティアンのみを【凍結】させたら、乗客も幾らか凍ります』


 キューコが難色を示していたように、カルディナの人々の同族討伐数は比較的高い。

 体が一部でも凍れば、この状況だ。混乱の中で砕けてしまうかもしれない。

 相手からの被ダメージで効果を発揮する《第二地獄門》ならその心配はないけれど、相手の攻撃を許せばそれで乗客に被害が出てしまう。


『強力なスキルに欠点は付きものだからな。この分だと、ユーゴーとキューコもまだ自覚していない弱点があるんじゃないか?』

『…………』


 それはない、とは言えない。

 実戦での使用回数はさほど多くないから、まだ把握していない仕様がある可能性は否定できないからだ。


『しかし状況は理解した。被害を抑えて解決するには手が足りんな。増やそう(・・・・)

『え?』

『イサラ。通話先を一人追加だ。対象は……』


 そうしてマニゴルドさんは……会場にいた乗客の一人を指差した。


 ◇◆◇


 □■【エルトラーム号】・特別ホール


 襲撃によって混迷を極めた特別ホール。

 その只中でただ独り、笑みを浮かべる男がいた。


(……勝った! 賭けに勝ったぞ! ニアーラ! フェイ!)


 それは<ゴブリン・ストリート>のオーナー、【強奪王】エルドリッジである。

 彼はドライフ正統政府の襲撃を、心から喜んでいる。

 なぜなら、これこそが彼の待ち望んでいた展開だからだ。


 <ゴブリン・ストリート>が狙っていたターゲットとは、ドライフ正統政府である。


 彼らの運用する【マーシャルⅡ】のカルディナにおける市場価格は、一機八〇〇〇万リルを下らない。他の装備も機械技術がふんだんに使われた高級品だ。

 そんな極めて高価な獲物がこの【エルトラーム号】への襲撃を企てているという情報を偶然に掴み、彼らはこの船に乗り込んだのである。

 見つからないままに最終日の夜に至り、エルドリッジも空振りかと焦っていたが……天はまだ彼らを見放してはいなかった。


(あとはタイミングだ。何時、動くか。それによって強奪後の状況が変わる)


 奪うだけならば、さほど難しくはない。

 それができるだけのスキルをエルドリッジは有し、この時に備えて大量の【マーシャルⅡ】を格納できるだけのアイテムボックスも用意してある。

 また、生命の危険を含んだ襲撃者であるドライフ正統政府を返り討ちにし、所持品を奪うことも問題はない。

 だが、先にスピーカーの声が告げたように、ドライフ正統政府に対しての抵抗はそのままティアンの殺傷に繋がる。

 それ自体は特に何とも思っていない。

 問題は、それによって副次的に生じる不利益である。

 エルドリッジが軽率な行動がきっかけとなって乗客……それもカルディナの上流に位置する乗客達に多大な被害を出せば、後の展開がマズい。

 指名手配、あるいは商業関係者でブラックリストにでもなれば、手に入れた【マーシャルⅡ】をカルディナで捌くこともできなくなる。

 それどころか、恨みから<超級殺し>のような殺し屋を送られる恐れもあった。

 そうしたリスクが考えられるため、エルドリッジは慎重に行動のタイミングを計る。


(ベストのタイミングは、船全体で反攻が始まったときだ)


 きっかけが自分でなければ、どうとでもなる。

 混乱・混戦の最中に【マーシャルⅡ】を可能な限り強奪する。

 責任追及を回避しつつ、利益を得るならばそれがベスト。


(そうなれば、クランとしての本懐を遂げられる。今は待つのみだ。……しかし、フェイの姿が見えないな)


 エルドリッジは混乱する会場内でも既にニアーラの姿は確認している。

 だが、もう一人のメンバーであるフェイの姿は見えなかった。


(複数種の通信妨害で【テレパシーカフス】も使えない。どうすべきか……)


 タイミングが重要である以上、連携は必須。

 それに【強奪王】であるエルドリッジは【マーシャルⅡ】さえも奪えるが、歩兵達が持つ装備を奪うならばフェイとその<エンブリオ>の方が適している。


(ニアーラに事情を聞くか、探しに行く必要がある。だが、その場から動くなと指示が出ている以上、ここで動くのはきっかけになりかね……)


『――おい。お前、【強奪王】エルドリッジだろう?』


 思案するエルドリッジの脳内に、背筋を凍らせるような呼びかけがあった。


「ッ……!」


 咄嗟に背後を攻撃せんとした自らの体に制止を掛けながら、エルドリッジはゆっくりと周囲を探る。

 彼の周りに、怪しい人物はいなかった。むしろ、険しい表情で周囲を見る彼に怯える人物ばかり。

 だが、少し離れた場所に……彼を真っすぐに見る人物がいた。

 それは丸々とした肥満体の男……【放蕩王】マニゴルドだった。

 ユーゴーに繋げたのと同じイサラの鋼糸を、今度はエルドリッジに繋げたのだ。


『骨伝導の糸電話だ。コメカミには触れるな。言葉は口の中で呟け』


 視線と伝わってきた言葉で、エルドリッジはすぐに声の仕組みを理解する。

 だが、理解できなかったことも当然ある。


(なぜこの男が……)


 自分の名を知っているのか、と。

 まさか自分達の行動や計画までも、<セフィロト>に把握されていたのか。

 そんな疑念がエルドリッジの脳内に渦巻くが、実際には違う。

 かつてカルディナが主導した王国の封鎖テロに参加したPKの中で、<超級殺し>を除く三クランのオーナーの情報は<セフィロト>内で共有されていた。

 それゆえに見知った顔であったから、マニゴルドも気づけただけだ。


『お前が何を狙っているのか薄々察しはつくが、まだ止めておけ』

『……承知している』


 マニゴルドの言葉にエルドリッジの警戒心は引き上げられるが、しかし自身もまだ動く気はなかったのでそう返した。


『こっちは可能な限り人的被害を抑えたいんでな。やる(・・)ならせめてタイミングを合わせ、かつ俺達の対処できない位置の連中を狙え』


 要するにドライフ正統政府への反攻作戦に、エルドリッジを戦力として組み込みたいということだと理解した。

 それはエルドリッジとしても望むところだ。

 カルディナ議会直下の<セフィロト>による反攻指示。責任追及の生じないタイミングとしてこれ以上はない。

 エルドリッジを騙して責任を全て被せるのでもなければ、良い提案だった。


『……その指示に従うメリットは?』


 だが、あえて自分が既に利益を得られることを隠しながら、エルドリッジはそう尋ねた。

 得られるときに得ておく。まだ上乗せ(レイズ)できるという、経験と勘による判断だった。

 それに対するマニゴルドの答えは……。


『――俺を敵に回さなくて済む』

 非常にシンプルで、これ以上ない言葉でもあった。


『…………』


 半ば脅しであったが、たしかにそれはメリットである。

 <超級>を敵に回す。<超級>に敗れて転落し続けた彼にとっては絶対に避けるべき展開だった。

 ……もっとも、最初の躓きである王都封鎖を計画したのがカルディナである以上、転落のきっかけはマニゴルド達とも言えるのだが……エルドリッジには知る由もない。


『それもお前らが他の乗客を狙わなければという話だがな。あとは……お前らの収穫を買い叩かずに買い取る相手を紹介してやる』


 それはエルドリッジとしても願うところだ。まだカルディナのブラックマーケットにも伝手がない。それが与えられるならば、十分にメリットとなる。

 エルドリッジには提案に乗る以外の選択肢はなかった。


『……分かった。承諾する』


 そうして、一時的にではあるが……<ゴブリン・ストリート>は<セフィロト>と同盟を結んだのだった。


 ◇◆◇


 □■【エルトラーム号】・商業ブロック


 ドライフ正統政府による【エルトラーム号】の制圧。

 主たる制圧場所は人の集まった特別ホールだったが、他のブロックにも戦力は回されている。

 舞踏会の参加者でない乗客を制圧し、特別ホールでの反攻を防ぐ人質にするためだ。

 人質を一ヶ所だけで取らないことが重要だった。

 現在、特別ホール同様に格納ブロックから直通の昇降機があったモールには数機の【マーシャルⅡ】を含む戦力が現れ、さらにそこから別行動をとり始めた歩兵戦力が客室ブロックに向かっている。

 そんな様子を、モールに並んだ観葉植物の植え込みから見ている者がいた。


(……なーんかえらいことになってるっす)


 それはデオドラントのアイテムを購入するためにモールに来ていたフェイであった。

 いま彼女は、隠密系統同様に盗賊系統が持つ《気配操作》スキルを使いながら隠れている。

 完全に気配を消せるわけではないが、動かずに隠れているだけなら十分だった。


(あれってアタシらの狙ってた獲物っす。……ってことは、これで明日からもご馳走っす!)


 フェイには段々と走行する【マーシャルⅡ】がお金に見えてきたが、現状ではまだ獲らぬ狸の皮算用だ。


(それにしても、マジでこの船をシージャックしたっすね。アタシが路地裏で小耳に挟んだ情報は無駄じゃなかったっす)


 自分の仕事ぶりの結果にフェイは満足したようにうなずいた。

 だが、ハッとして……重要な事に気づいたように天を仰ぐ。


(……ここ、砂漠だからシージャックじゃないっす。デザートジャックっす)


 特に重要でもなかった。


(これからどうするっすかね。アタシ、頭良くないから一人だと何していいか分かんないっす。ホールに戻ってオーナーやニアーラに相談したいけど、植え込み出たら見つかりそうっす。……あれ?)


 フェイは隠れてモールの様子を覗いていたが、そこに異様なものが現れた。

 それは黄金の装甲と竜を模した頭を有した<マジンギア>――正統政府の首魁カーティスの駆る【インペリアル・グローリー】である。

 黄金の機体は二機の【マーシャルⅡ】と、その腕に乗った歩兵達と共にモールを出てどこかへと移動していく。


(すっごく派手でボスっぽい奴が出てきたっす……。オーナーならあれも奪えるっすかね……。でも、どっか行くみたいっす。んー……)


 見るからに最高級の獲物であろう機体。

 見失ったらまずいかもと、フェイは何となく思った。


(一匹、尾行させてみるっす)


 フェイは己の左手の甲――何かを求めるように伸びる数多の手の紋章――をつつく。

 すると、紋章から半透明の液体が染み出し、零れ落ちた。


(ゲシュペンスト壱号! あの金ぴかを追いかけるっす!)


 半透明の液体は微かに震えた後、床を滑るように動いて【インペリアル・グローリー】を追尾し始めた。


(あ。そうだ。これでオーナーと連絡とれるっすね。弐号にお手紙届けてもらうっす)


 また紋章をつつくと、先刻と同じように半透明の液体が零れ落ちた。


(『アタシ、モール。指示、求む』、と。なんだか文通みたいっすね、てへへ……)


 フェイはにまにましながらメモを書き、それを半透明の液体弐号に載せた。

 すると、弐号はメモを載せたままスーッと特別ホールに向けて移動していった。


(ふー。これであとは待つだけっす。ニアーラなら「東方のイディオムに『果報は寝て待て』というものがあるそうです」とか言うところっす)


 そうしてフェイは一仕事やり終えた達成感を覚え、


「おい、そこの植え込みからスライムみたいなものが出てきたぞ」

「そこに隠れている奴、出て来い。出て来なければ撃つ」


 幾つもの銃口が向けられる音と共に警告の声を浴びせられた。


 To be continued

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