死出の箱舟・■■の■ その九
□■【エルトラーム号】・特別ホール
砂上豪華客船【エルトラーム号】の処女航海。
その最後の一夜に船内の特別ホールでは盛大かつ華美な舞踏会が開かれている。
一等や二等客室の上流階級の乗客だけでなく、奮発してチケットを手に入れた三等客室の乗客も幾らか参加している。
ただ、ダンスでも自然と客室のランクによって異なる集団になっているのは不思議なものだった。
さて、この特別ホールはもちろんダンスが主だが、壁際には飲食自由の料理や美酒が並び、立食パーティーの体もなしている。
「おいしい……おいしいっす……。久しぶりのご馳走っす……」
「…………」
そして、壁の花になりながらモグモグと料理を胃の腑に収めている少女がいた。
誰あろう、<ゴブリン・ストリート>の【大盗賊】フェイである。今はレンタルしたドレスに身を包み、顔の傷も化粧で薄くしてパーティーに臨んでいる。
こちらもドレスを身に纏ったニアーラは、仲間の食べっぷりを呆れながら見ている。
そうしてしばらくその様子を眺めた後、
「……フェイ。貴女、『舞踏会で踊れたらロマンティック』と言っていませんでしたか? なぜ踊らずに食事に夢中になっているのです?」
呆れつつもそう窘めた。
「……だって今はオーナーいないっす。オーナー以外と踊る気もないっす」
クランオーナーであるエルドリッジは、この特別ホールを回って調べている。
彼らの目的に関わる何かがこの会場にあればと、望み薄だが探しているのだ。
「だからオーナーと踊るときのために、英気を養っておくっす。SP補充っす」
「SPの略はスタミナではありません。技力です」
「えー? それっていまいち何を使ってるか分からないっす。MPはマジックポイントっすから、対極で持久力じゃないっすか? SPは物理スキルに多く使う印象だから余計にそう思うっす」
「…………」
ニアーラは、『フェイはおバカですが、時折鋭いことを言いますね』と感心した。
言われてみれば『魔力を使う』は理解できるが、『技力を使う』というのは理解しにくい。
ヘルプには技力と書かれているが、実際にはどんな力で魔力とはどう区別されているのか。言葉以外では実感しにくい。
(まぁ、ゲームの設定上の理由でしょうけれど。何でもMPに一本化したら物理前衛職でもMPを伸ばす必要が出てしまいますし)
かつての大作RPGの多くはそうであるが、生憎とニアーラは<Infinite Dendrogram>以外のゲームへのアンテナは低かった。
「ま、SPが何かなんてどうでもいいっす。本命に備えて準備っす!」
「……そうですか。ところでフェイ」
「なにっすか。モグモグ」
「あまり食べると、体のラインが変わりますよ?」
「え?」
言われてフェイは自身の腹部を見下ろし、
「……………………Σ(゜□゜;)」
驚愕で顔文字のような表情になっていた。
「に、ニアーラ……さっきドレスレンタルするとき、このドレスが良いって見繕って……」
「ええ。女性の体のラインを魅せる、魅力的なドレスですよ。――食べ過ぎてお腹がふくれていなければ、ですが」
ニアーラは眼鏡をクイっと上げながら、少し腹黒そうな笑みを見せた。
「謀ったっすねニアーラ! ていうか、ニアーラは何も食べてないっす!?」
「淑女にとって、舞踏会での飲食はないも同じ。体のラインに限らず、ダンスで顔を寄せたときに料理の匂いがしても殿方は嬉しくないでしょう。私がかつて卒業したロレーヌ女学院では常識でしたよ?」
「ぐあー!? 道理で今日は止めるのが遅いと思ったっすー!? あとさらっとお嬢アピールっす!!」
最初に止めないまま眺めていたのは、ライバルが自分で泥沼に沈んでいくのを見送るためである。
「オーナーは身内に優しい方ですから、私達のどちらとも踊ってくれるでしょう。ですが、そのときにポッコリお腹で料理臭のする貴女と、スリム体型で微かに香水が香るだけの私。どちらが好印象でしょうね?」
「汚い! さすがメガネ汚いっす!」
鮮やかに自分を嵌めた(≒自分が勝手に嵌った)ライバルに対し、フェイは戦慄する。
フェイの頭の中では悪役令嬢の如くニアーラが「オホホ」笑いしていた。
実際にはそんな笑い方はしないが。
「で、デオドラントのアイテム買ってくるっす!」
せめて匂いだけはどうにかしようと、フェイは特別ホールを飛び出して商業ブロックへと駆け出して行った。
本人と紐づけされたチケットがあれば再入場は可能だが、エルドリッジが戻ってくるまでに準備を整えられるかは時間との勝負である。
そんなメンバーの足掻きを、ニアーラは「……ちょっといじめすぎてしまいましたか」と反省しながら見送った。
「さて、オーナーとフェイが戻ってくるまで一人ですね……おや?」
ニアーラが何となく周囲を見ると、舞踏会の参加者の一人が目に留まった。
それは<Infinite Dendrogram>には珍しくもない美形男性の<マスター>だった。
ニアーラは、自分でもなぜ彼が目に留まったのか分からなかった。
(身長が違う。髪色が違う。顔立ちも違う。そもそも性別が違う)
首を傾げながら考えて……。
(それなのになぜユーリさんを連想したのでしょうか?)
ニアーラ――ニーナはリアルで受け持っているロレーヌ女学院の生徒を思い出した。
不思議がられている男性――ユーゴーはその視線には気づかなかった。
ユーゴーもユーゴーで……悩んでいる最中だったからだ。
◇◇◇
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
スターとの情報交換の後、マニゴルドさんにその件を報告して資料も渡した。
マニゴルドさんもその情報には納得していて、通信で議長に伝えたらしい。
また、エミリーに対する懸念に関しては私同様に「現状では打つ手なし」ということになった。
しかし今回も珠を中心に騒動が起こる可能性が高い以上、マニゴルドさんの持つ珠の傍にいることが唯一の対策だと言っていた。
納得はでき、たしかにそれが最善だった。
だけど……。
「マニゴルドさん……」
「ユーゴー、どうかしたか?」
「エミリーは珠を狙ってくるかもしれない、と言ってましたよね?」
「正確には『珠を中心に騒動を起こすかもしれない』だな。議長によれば、単に珠を欲しているにしては行動に整合性が取れんらしい。それがどうかしたか?」
「……どうかしたか、じゃありません」
私はマニゴルドさんの隣で僅かに苛立つ。
……それはマニゴルドさんの言葉だけでなく、周囲の状況によるもの。
ここは、【エルトラーム号】の特別ホール。
船内で最も広いスペースであり、今夜の船上舞踏会の舞台であり、私達の周囲には……無関係の人々が思い思いに舞踏会を楽しんでいる。
――エミリーに襲撃されるかもしれない私達の傍で。
「もっと……人気のない所で過ごすべきじゃないんですか?」
「ああ。仮にこのタイミングで俺や珠を狙ってきたなら、ここは惨劇の舞台になる以外の未来がない」
私の言葉にマニゴルドさんはあっさりとそう言った。
「資産家や著名人、上流階級も多く参加しているこの舞踏会。カルディナの受ける人的被害はそれなりに大きくなるだろうな」
「だったらどうして……」
「より平均的な安全を選択した結果だ」
「……?」
平均的、安全、その言葉の意味が私にはよく分からない。
「【殺人姫】エミリーやその一派が俺や珠を狙っているならば、この会場の人間は巻き込まれる哀れな被害者だ。しかし、そうではない理由でここが襲われたら?」
「そうではない……理由?」
「例えば、コルタナでの殺戮。あれは見ようによっては珠のあることとは無関係に、カルディナの大都市で暴れただけかもしれない。それか、カルディナという国自体にダメージを与えることや、他の目的があったのか」
「…………」
「ならば仮に一派がここを襲うとしても、珠以外の理由があるかもしれない。それこそ、先に述べたようにこの舞踏会での被害はカルディナに大きな損害を与える。それを狙って、この会場を襲うかもしれない。そうなったとき、ユーゴーの言うように人から離れていた方が問題だ。現場にいないために、即座の対処ができなくなる」
マニゴルドさんの言わんとすることが、分かってきた。
「被害を極力減らす最善ではなく、最初から次善……ということですか?」
「ああ。被害を完全にゼロにするか最大にするかのオール・オア・ナッシングではなく、どう転んでも最悪よりは被害を減らせる。そういう選択だ」
「…………」
理解は、できる。
けれど……納得はできない選択だった。
それはきっと……かつて迷っていた私自身が選んだ決断に似ているからだ。
姉さんの“計画”に殉じることで、王国と皇国の最終的な被害を減らせるという……あの時の自分の決断に。
過去と今の感情が混ざり、私はいつしか拳を握りしめていた。
「レセップスさん。思いつめた顔をしないでください。きっと、悪いことにはなりません」
そんな私に、マニゴルドさんの隣のイサラさんが優しくそう言葉を掛けてくれた。
「何事も起きずに終わるかもしれま……」
「イサラ。無駄な慰めはよせ。その可能性だけはない」
イサラさんの言葉を、これまでになく厳しい口調のマニゴルドさんが遮った。
「……出過ぎたことを申しました」
イサラさんは頭を下げ、そのまま口をつぐんだ。
「マニゴルドさん。その可能性がない、とはどういうことですか?」
「……この舞踏会。実を言えば、参加理由は三つある。まず、先ほど述べた防衛上の次善。次に、個人的に記念として参加しておきたかったということ。……そして、最大の理由が三つ目だ」
「それは……何ですか?」
「――議長が『舞踏会に出ろ』と言ってきたからだ」
その言葉を口にするマニゴルドさんの顔は、僅かに畏怖を覚えているようだった。
彼の畏怖はきっと、議長……カルディナのトップに由来するのだろう。
「うちの議長について、どのくらい知っている?」
「……名前は、ラ・プラス・ファンタズマ。長命で長い期間、カルディナ議会の議長を務めている女性。それで、その……」
「“魔女”や“妖怪”と呼ばれている、だろう?」
頷いて、肯定する。世間に伝わる評判は、そのようなもの。
けれど、政治家としての有能さは疑われていないようだった。
「議長の異名は幾つもあるが、その中に決定的な奴がある」
「決定的?」
「“未来視”、だ」
「未来視って、それは師匠の<エンブリオ>……カサンドラみたいな?」
自らに迫る危険を予知し、回避することができる……恐らく唯一の未来を視る<エンブリオ>。
真っ先に連想したのはそれだったけれど、マニゴルドさんは首を振った。
「あの色ボケの近眼とは違う。老眼と言うと後が怖いが、議長はもっと長いスパンで先が見えている節がある。それも最長で年単位だ」
「そんなまさか……」
「自由に行動する<マスター>が何十万と活動する<Infinite Dendrogram>。普通に考えればありえないが、事実だ。政敵や……、政敵を先が見えているように罠に嵌める」
「…………」
マニゴルドさんが言いかけたのはきっと『政敵や他国』、だろう。
私が元々いた皇国は、カルディナの策略で更に泥沼に嵌ったようなものだと聞いているから。
マニゴルドさんは私が皇国出身であることを思い出して、気遣って言い換えたのかもしれない。
「それほどに先が見えている議長が、『舞踏会に出ろ』とだけ言った。これまでの船旅でろくに何も言ってこなかったがここに来てこれだ。何も起きない訳があるか」
その言葉は畏怖と信頼が合わさっているように感じられた。
「それにな、議長が<マスター>の取り込み準備を始めたのはデンドロのサービス開始前だぞ」
「え?」
「普通ならありえない。リアルを知らないティアンには予測不可能だ。しかし議長はそれをやる。その意味が分かるか?」
「……運営側、ということですか?」
<Infinite Dendrogram>には、王国のトム・キャットのように運営側の<マスター>ではないかと思われる存在がいる。
カルディナの議長も<マスター>ではないにしても、そうした類の立場なのだろうか?
「その線もあり得るな。俺達はもっと別口だと思っているが……知らされちゃいないし、探ってもいない。まぁ、ファトゥムだけは正体を知ってるんだろうがな」
「それはどういう……」
私はマニゴルドさんの言葉の意味を尋ねようとして……。
――唐突な爆音に声を遮られた。
それは特別ホールの外から、そして中から聞こえてきた。
特別ホールの壁が砕け、爆煙が吹き込み、煙の中から巨大な影が飛び出してくる。
それは……十機以上の【マーシャルⅡ】だった。
いずれも砂漠色に塗装されており、頭部の形状や関節部に施された砂塵防護のカバーがオリジナルと異なる。
加えて、<叡智の三角>では恐らく作られていないだろう火器を装備している。
さらに数十人の歩兵(甲冑型を装備した者もいる)が随伴している。
砕けた壁と舞い散る炎、何より彼らの放つ剣呑な雰囲気が、会場の乗客達にそれが余興ではなく本当の襲撃であると理解させる。
周囲に、乗客の悲鳴が木霊する。我先にと出口へと逃げ出そうとする乗客で会場はパニックになる。
そんな中でイサラさんはマニゴルドさんを庇うように前に出て、マニゴルドさんは私に向けて「言ったとおりトラブルになっただろう?」と言いたげな表情を浮かべていた。
◆◆◆
■十分前・【エルトラーム号】
かつて、砂上豪華客船の建造は困難を極めていた。
困難の理由は労力ではない。建造に際して魔法やスキルが使用できるために、リアルよりも早い建造すら可能である。
建造における最大のネックは動力炉だ。
海上ではなく陸上を動く超大型砂上船は動力のロスが大きく、それを動かせるようなMPを人力や貯蔵式で賄うのは不可能であったためだ。
そのままでは計画はどう足掻いても実現できない。
ゆえに、カルディナで名を知られた技師……クリス・フラグメントが天竜型動力炉を持ち込んだとき、造船会社は諸手を挙げて歓迎した。
まして、アフターケアとして動力炉に最適な船体とするための設計案まで提供されたのである。造船会社が幸運を喜ぶのは当然であった。
あるいはそれは、高スキルレベルの《真偽判定》でもクリスの言葉が嘘偽りなく、万全の信頼を寄せることができたのも理由かもしれない。
ただし、この時点で一つの問題がある。
クリス・フラグメント……水晶の煌玉人は額の水晶を除けば人間にしか見えないが、彼女は機械である。
嘘が吐けるほどに、高性能な機械だ。
そして《真偽判定》とは、偽証を生物の思念によって判定する。
生物が嘘を吐くという思念があるからこそ、検知できる。偽証の物的証拠に対しても、偽った者や手を加えた者の偽らんとする思念の残滓を検知しての判定だ。死者の遺す怨念に似てもいる。
ゆえに、真実を知らぬ第三者が嘘を嘘と思っていなければ反応せず、
機械が『誤った情報』を音声データとして出力したところで反応しない。
機械はいくらでも嘘で騙ることができる。
まして機械に『自身を人間に見せかける機能』があれば、完璧だ。
嘘吐きの機械は、嘘を吐かない真実の人となる。
嘘を吐ける機械自体が水晶の煌玉人含め極少数しか存在しないため、あまり知られていない盲点でもある。
そうして水晶の煌玉人は必要と偽った設計案の中に巧妙に余分を混ぜ込み、余分を抱えたまま船体のブロックが組み上げられた結果……船体下部に奇妙な格納ブロックが出来上がった。
内部からは知ることができず、外部からもそうと気づかなければ入り込めない。
それでいて船内の複数のポイント……特別ホールやモールの中央部に昇降するための隠しエレベーターまでも備え付けられている。
それはまるで秘密裏にテロリストを格納し、船内を襲撃させるための設備としか思えず……今実際にそのために使われている。
◆
「――諸君、時は来た」
秘匿された格納ブロックで、ドライフ正統政府の代表であるカーティスがそう言葉を述べた。
彼らは船体下部から密かにこの格納ブロックに入り込み、事を起こすために待機している。
彼らにとって幸運だったのは、この格納ブロックが貨物ブロックや動力ブロックよりも下層にあったことだ。
同族討伐数の多い者が珍しくないとはいえ、それが一〇〇人以上も一ヶ所に集まっていればユーゴーとキューコも異常だと思っただろう。
しかし、侵入可能エリアよりも下層であるがゆえにキューコも彼らのいる場所までは探索できず、事前に見つけることができなかった。
「協力者であるクリス・フラグメント氏の手引きにより、この船に我々の戦力を持ち込むことができた。フラグメント氏はこれに加えて先々期文明産火器の提供、<マジンギア>のチューンナップを行ってくれた。そして動力炉の奪取に成功した暁には、それを用いた兵器開発にも協力を約束してくれている」
カーティスの言葉に、正統政府の軍人達が目を輝かせる。
「フラグメント氏は我々と知己を結ぶ前に造船会社に動力炉を譲ってしまった。だが、先々期文明の研究者である氏が、我々を正当な文明の後継者と知って最大の賛同者となった。氏は、我々のためにこの動力炉を回収したいと考えている。フラグメント氏の言葉に偽りはない。後のラインハルト打倒の力を得るためにも、我々は動力炉をあるべき場所……我らの手に取り戻す!」
正当政府の者達は、フラグメントの言葉を疑っていない。
なぜなら、《真偽判定》が反応しなかったから。
つまりは、『《真偽判定》で嘘がなければ、相手はこちらを騙す気がない』という常識。
真偽を判断するジョブスキルの存在する環境ゆえに、それが無反応であれば無条件で信じてしまう。
造船会社も、ドライフ正当政府も同じ。ティアンの大多数がそうだろう。
例外は、『超越的な力であれば騙す手段がある』と知っている者くらいだ。
それゆえ彼らは踊らされるままに、今宵の事件の引き鉄を引く役目を担う。
機械人形に踊らされる操り人形であっても、彼らの持つ戦力は本物。
彼らには悲劇を起こす力があった。
ただし、彼らは知らない。
この船に渦巻く陰謀が数多あり、襲撃者も彼らだけではないことを。
彼らよりも強大な力を持つ者がどれほどいるのかを。
ゆえに、この事件における彼らの役は道化だったが……彼ら自身はそれをまだ知らなかった。
To be continued




