死出の箱舟・■■の■ その八
(=ↀωↀ=)<不意打ち連日更新
(=ↀωↀ=)<……というか
(=ↀωↀ=)<前話が想定より短めだったので連続更新しようと思ってたら
(=ↀωↀ=)<後半にあたるこっちは逆に思ったより膨らんだので
(=ↀωↀ=)<昨日のうちに書き終わらなかった模様
(=ↀωↀ=)<ていうか全体的に膨らんで「ちゃんと一冊に収まる?」になりかけてる
(=ↀωↀ=)<後の蒼白でやる予定だったエピソードもⅢにまとめたせいだけど
■カルディナ某所
ラスカルがマキナによって強制的に眠らせられてからおよそ八時間。
眠っていたラスカルだが、途中で【尿意】のアナウンスに苦しめられはじめた。
「まさかこんな理由で<自害>デスペナになるのではあるまいな……?」と焦り始めたラスカルの窮地がデウス・エクス・マキナ越しにマキナへと伝わり、渋々と【快癒万能霊薬】(大量)を投与されて彼は目覚めたのであった。
彼は無言でログアウトして用を足してきたが、戻ってきてからも無言を貫いていた。
その反応にマキナは「おぉぉ……ものすごく怒ってる……」や「もしかしてギリギリまで投与引き延ばしたのバレてる?」など内心でお仕置にビビっていたものの、ラスカルは何も言わない。
【サードニクス】で移動する間も無言のまま、寝ている間に配下から入ってきた情報に目を通している。
その無言が気にしていないということなのか、怒りを内に秘めたままこれまでになく苛烈なお仕置を考えているのか判断がつかず、マキナは本当にビビっていた。
普段は無自覚故意織り交ぜたポンコツでラスカルに迷惑をかけているマキナでも、「今回はヤバそう」だと思ったのだ。
実際は夢の中で過去を振り返って抱いたマキナへの感謝と、危うく人生屈指の屈辱を味わうところだった激怒が綯交ぜになり、どうしようか判断をつけられていないだけだったが。
「……何?」
そんな折、無言だったラスカルが低く困惑のこもった声で呟いた。
「ひゃう!? お仕置はペインですか!? エロですか!?」
その声にビビりが決壊したマキナがそう尋ねるが、しかし問いかけられたラスカルに普段の調子で構う余裕はなかった。
配下組織から伝わってきたその情報に、怪訝な顔で唸っている。
「あ、あの……ご主人様、どうかしましたか?」
やっと様子がおかしいことに気づいて、マキナが心配そうに尋ねる。
そんなマキナに、ラスカルは未だ消えぬ困惑と共に言葉を告げた。
「……珠が一つ、行方が分からなくなった」
珠、とは言うまでもなく<UBM>の珠だ。
<IF>に属する【盗賊王】ゼタが盗み、敵対勢力や在野人材の戦力把握のためにカルディナにばら撒いたもの。
その用途ゆえに、<IF>では珠の位置を全て把握している。
だが、その中に例外ができたとラスカルは言った。
「ゼタの奴がこのカルディナに撒いた珠は六つ。うち一つはコルタナで消滅。二つは……いや、船で渡っただろうものも含めて三つは<セフィロト>の手の内だ」
「あと二つですね」
「その一つが……消えた」
「消えたって、見張ってたサポートメンバーが何かヘマしたんですか?」
それぞれの珠がある地域には、傘下のサポートメンバーが張り込んで常に情報を送っていた。
ゆえに、何かあって所有権が移動してもそれを察知できるはずであった。
「……順を追って話すぞ。ゼタが預けた相手は、ティアンが弱いこのカルディナでも例外的に強いティアンだった。【氷王】サリオンと言えばお前も知ってるだろう?」
「知りません!」
「…………」
知らないと言われてしまうと、ラスカルとしても説明の段取りが崩れてしまう。
「……西方の【大賢者】や【炎王】フュエル・ラズバーンと並び称された魔法の大家だ。今は湖上都市ヴェンセール市内の庵で魔法の研究に勤しんでいた。豊富な水源が魔法研究に最適だったらしい」
「研究人生ですか。魔法特化のティアンとしては普通で面白みのない人ですね」
「…………」
『たしかに魔法系超級職のティアンはそういう奴ばっかりだな』と、ラスカル自身も少し思ってしまった。
逆に言えば、そういうものだからこそ超級職に辿り着いたのかもしれない。
「ゼタはサリオンに珠の一つを預けた。コルタナ市長の時と同じだ。サリオンに預けた理由は『珠が凍結能力に類似した機能を有していたから』だそうだ。Better leave it to a specialis(餅は餅屋)ということだな」
病の克服と長命を願っていたコルタナ市長に、(そもそもの在り方が違うが)命を長らえる【デ・ウェルミス】の珠を預けたように。
最初から交渉のきっかけにするために預けた張に関しては少し異なるが、適度に珠を使ってくれそうな相手に預けるのがゼタのやり方だった。
「氷魔法の大家にそんな珠を預けたら、研究のために色々やってくれそうですね」
「ああ、そして噂を聞きつけて<超級>や超級職ティアンが寄ってくれば御の字だ。来なければ、こっちで噂を流してもいい」
そうすれば、十中八九……<超級>や超級職ティアンを交えた戦闘が発生する。
戦うだけの価値が珠にはある。
「ところが、だ。二週間ほど前からそのサリオンの音沙汰がなくなった。張り込んでいたサポートによれば、家からも全く出てこなくなったらしい」
「引きこもったんですか? 魔法系にはよくありますよね」
生活物資は元々アイテムボックスに仕舞いこんでおけば、入手のために外出する必要もない。付け加えれば排水や廃棄にもアイテムボックスを利用できる。やろうと思えば年単位での引きこもりも余裕で可能である。
「だが、窓やカーテンを開けず、庵の煙突から煙すら上がらないのは異常だった。張り込んでいたサポートは悩んだ末、家屋に侵入した」
サポートが侵入を選択した理由には、ヴェンセールで起こる可能性が高いカルディナとグランバロアの戦争が関係している。
戦争が開始する前に<IF>のサポートは撤退し、以後のレポートは量産型の改人に一任される。
だが、量産型の改人にサポートほど能動的かつ効率的な調査は期待できない。
ゆえに、サポートは自身が撤退する前に確認すべきと決断したのである。
「そこは一回ほうれんそう(報告・連絡・相談)欲しいですね!」
「…………」
マキナの言葉に『お前は報告も連絡も相談もなく地竜型動力炉を三つ作って資財枯渇させただろうが』という言葉を苛立ちと共に飲み込んで、ラスカルは話を続ける。
「結論から言えば、侵入は正解だった。……サポートが書斎で見つけたのは」
「あ、もう読めてます。そのサリなんとかさん死んでたんですね!」
「…………」
「いたいいたい!? 無言でデコピン連打やめてくださいよー!?」
前置きが終わってようやく問題の焦点を語ろうとしていたのを潰され、ラスカルは無言でマキナに怒りをぶつけた。
「……ともかく、だ。サリオンはとっくに殺されていて、珠も持ち去られていた。マークしていると思っていた珠の所在が、実は二週間前から行方不明だったわけだ。今どこにあるかも見当がつかない」
「はぁ、それはまた裏をかかれましたね」
「それが最大の問題だ。……まるでこっちの目論見を最初から知っていたような動きだからな」
サポートメンバーか、あるいは正規メンバーに裏切者がいる可能性もある。
「だが、珠一つで<IF>を裏切るようなバカは……いや、流石にあのバカでもそこまでバカではないはずだ」
バカという言葉で連想した一人の<超級>の顔を、ラスカルは頭を振って思考から追い出した。
「裏切者じゃなければ、珠の<UBM>が解放されてサリなんとかさん殺して逃げたんじゃないですか?」
「恐らくそれはない。……これを見てみろ」
そう言って、ラスカルは何枚かの写真をマキナに渡す。
それは様々な角度で撮られた死体写真であり、写真の中では老齢の男性ティアンが書斎に無残な姿で転がっていた。
「手足を砕いて、頭部には銃痕。<UBM>ならこんな殺し方はしないだろうよ」
さらに言えば、死体の傍には壊れていない【救命のブローチ】が転がっている。
わざわざ取り外してから殺しているということだ。モンスターならば……相当な知恵のあるモンスターでなければありえない。
「…………」
マキナは無言でその写真を凝視している。
バカな発言の一つもせず表情も無表情。
けれど彼女の左目は……カチカチと機械音を鳴らしながら写真を精査していた。
「――経緯推定。
被害者、書斎の椅子より起立。
同時に両足が複雑骨折。
床に転倒。咄嗟についた両手も複雑骨折。
突然の激痛による苦悶、及び短時間行動不能状態。
侵入者、着衣から【ブローチ】を排除。
即座に頭部を銃撃。
被害者、死亡」
機械的に、マキナは言葉を述べる。
その内容は……殺害時の状況をまるで見てきたように述べるものだった。
あたかも、『写真を分析してそこまで理解した』とでも言うように。
「…………」
だが、ラスカルにそれを驚く様子はない。
マキナならばそのくらいはできると知っているし、その分析結果も信頼している。
ゆえに、彼の思考の焦点はその内容に当てられている。
「椅子から立っただけで骨折? それはまるで……」
「推定凶器――《マテリアル・スライダー》」
ラスカルの言葉を先読みしたように機械的なマキナはそう述べたが、その言葉の意味は大きい。
《マテリアル・スライダー》とは、煌玉人【金剛石之抹殺者】の改変兵装。
周囲物体の耐久力を激減、マイナスにまで至らせて自壊に追い込む兵器。ダイヤモンドすら自重で崩れると謳われるものであり、人間の両足くらい簡単に砕ける。
だが、それはありえない。
なぜならこの時点での【金剛石之抹殺者】……アプリルは【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルの所有物として“監獄”にいるのだから。
それはラスカル達も知っているし、ゼクスが脱獄したという話も聞いてはいない。
「……<遺跡>から兵装のみが出土し、それを使っている奴がいるということか?」
「当機……、っととと。私が知る限り改変兵装の量産はしてませんよ? フラグマンってああいう特殊な奴は一つだけしか作りませんもん」
普段の口調に戻して、マキナが断言するようにそう言った。
「確かか?」
「お陰で一番苦労した私が言うんだから確実ですよ!」
かつてフラグマンの助手を務めた煌玉人の長姉は、そう言って胸を張った。
「……と太鼓判を押したのを翻すようですけど、そうじゃない可能性もあることはありますね」
「それは?」
「先々期文明の末期。人類生存のための“化身”との戦争でも、あのアホはブレてません。煌玉竜のメインウェポンをはじめとして『オリジナルは一つ』という縛りはありました。私が知るのはそこまでです。だけどもしも、そのときよりもフラグマンが追い込まれていれば……かつてはやらなかった同一機能の増産に手を染める可能性はあります」
「……つまりこういうことか?」
マキナの言葉にラスカルは口元に手を当てて考え込み、そして言葉を発する。
「お前が機能停止した後に、追いつめられたフラグマンは有用と思われる既存技術を増産した、と。そして俺がお前を拾ったように、その兵装を回収した奴がいた、と」
「んー、それはそれで疑問があるんです。他ならともかく、改変兵装って煌玉人の演算能力と連結して初めて十全に機能させられますからね。《マテリアル・スライダー》を単品で人間が使うと……とりま直近の装置自体や使用者が耐久マイナスで自壊するんじゃないですか?」
兵装の増産自体は僅かにあり得ても、それを扱える人間はまずいない。
で、あるならば……。
「なら増産した装備を載せた……新規の煌玉人を作った可能性は?」
「やったー! 妹が増えましたー! あ、もしかしたら弟かもあいたぁ!?」
操縦桿から両手を離して喜んだマキナを、再びラスカルのデコピンが襲った。つられて【サードニクス】が蛇行する。
「うぐぐ……安全運転大事なんですよ?」
先に操縦桿から手を放していたマキナの恨み言は捨て置いて、ラスカルは状況の悪化に頭を悩ませる。
「喜んでいる場合か。俺の推測が正しければ、そいつがサリオンを殺して珠を持ち去ったってことだろうが。その煌玉人が単独で暴走しているのか、誰かに使われているのかは知らん。しかしこちらのサポートに気づかれないように珠を奪っている以上、俺達の狙いに気づいているかもしれん。だが、こっちは情報の少なさから相手側の意図が全く読めん」
自分達の描いた絵図面に、未知の相手が手を加え始めた。
それを実感し、ラスカルは僅かな苛立ちを覚えたのだった。
「面ど……大変ですね! じゃあ珠から手を引きます? もう放置で?」
「……目前の【エルトラーム号】の一件は継続だ。エミリーや張と合流する必要もあるし、下手をすれば戦力調査よりも重要な戦略目標だからな」
そこで手仕舞いをするのか、続けるのか。
この一件より後は状況次第だが……まずは継続を選択した。
珠以外にも、【エルトラーム号】に出向く理由があるからだ。
船に使われている天竜型の動力炉。それをカルディナが接収でもしようものなら、<セフィロト>の保有する機動要塞――【レインボゥ】に相当する厄介な兵器を新造される恐れがある。
(カルディナ史上最大の失敗作なんて言われていた代物を、バケモノに変える奴がいる。基礎からあれより格上の兵器など作られてたまるか……)
ゆえに、ここで全てを取りやめる訳にいかない。
「そういう訳だ。指示は続行。【エルトラーム号】まで、急げよ」
「アイアイサー! 超音速で行きますよー!」
「いや待てそれは過じょ……ぐぉ……」
マキナの操作によってバーニアをフル稼働した【サードニクス】は、音速の壁を突破して日の傾いた砂漠を疾走する。
なお、肋骨と肺にダメージを負ったラスカルがマキナに減速を命じたのはそれから五分後のことだった。
◇◆◇
□■【エルトラーム号】
夕刻、【エルトラーム号】は終点であるドラグノマド前の、最後の停泊地に到着した。
砂漠の船旅も明日の正午までであるが、この都市から乗る乗客も多い。
首都であるドラグノマドに向かう者は多く、それに加えて裕福な者の中には今夜の船上舞踏会のみを目当てに乗り込む酔狂な者もいる。
砂漠を旅する豪華客船。就航したばかりのその船の、最初の旅の最後の一夜。
記念パーティーも兼ねた船上の舞踏会は華々しく催される予定であり、参加すればしばらくは話題に困らないだろうと言われていた。
ゆえにチケットが付属する一等、二等客室の料金は恐ろしく高く、三等客室の乗客が後から購入可能な舞踏会のチケットも高価なものだった。
「♪~」
そんな高価なチケットを三枚も他人に渡した男……ニアーラ達と話していたヴィジュアル系の男は、陽気に鼻歌を口ずさみながら、砂漠に沈む夕日を船の上から眺めていた。
周囲には人影もない。
当然と言えば当然だ。彼がいるのはロマンティックな風景を眺める人々に溢れたデッキではなく……船の最上部の屋根の上だったのだから。
「やっぱりカルディナまで旅行に来たのだから、こういう景色こそ目に焼き付けなければね。皇国は景色を楽しむには向かない国だったしなぁ。うん、砂漠の太陽は枯れた国の洛陽よりも見応えがある」
ヴィジュアル系の男はそんな言葉を零しながら、うっとりと夕日を眺めていた。
「だからトゥも隣で一緒に眺めませんか?」
男は振り向かないまま……自分の後方に声をかける。
いつの間にか、そこには一人の人物が立っていた。
全身を長い水晶色のツイードケープで包み込み、顔には機械仕掛けの仮面を嵌めている。
『不要。当機はカルディナの黄昏を既に幾十万と見送っている』
その声は、機械仕掛けの仮面によって機械音声に変声された。
しかしどこか女性のようでもある。
「長生きだなぁ。けれど、世界には一度として同じ日はないんじゃないかな。そして、誰と一緒に見るかも重要さ!」
『やはり不要。当機と貴殿の関係は取引によるもの。親愛に非ず』
「それはちょっと手厳しいなぁ、クリス・フラグメント」
ヴィジュアル系の男は、仮面の相手を……神出鬼没にしてカルディナ最高の技術者の名で呼んだ。
『当機の名、軽率に口にするべからず。敵対存在含めて感知されぬよう夢遊の模倣は展開しているが、それでもリスクは低減させるべき』
「ハハハ、分かっているとも。だから信頼して口にしているんじゃあないか!」
『…………』
機械仕掛けの仮面の内側で、仮面――クリス・フラグメントは舌打ちした。
「まあまあ、そう怒らずにネ。これでも長い付き合いじゃあないか」
『二年足らずを長いとは言えず』
「それでもミーのプレイ期間の約半分さ。長い長い。トゥより付き合いの長い人なんて数えるほどさ。おっと、これは少し間違った言葉になってしまうね!」
何がおかしいのか、彼は軽快に笑った。
その態度に少し苛立ったのか、クリス・フラグメントが彼に尋ねる。
『進捗』
「何組かの面白そうな<マスター>に預けられたチケットを配ったかな。特に<ゴブリン・ストリート>の残党が見どころ。まぁオーナーも残っているし本体と言うべきだけどネ!」
『<超級>は?』
「マニゴルドかい? あの金達磨はほっといても参加するはずさ。豪華客船の最初の旅にして最後の夜の舞踏会、なんてプレミアイベントにあの俗物が出ない訳ないからね」
『貴殿は?』
「えぇ? ミーはもちろん不参加だよ。観光目的できたのだから参加したい気持ちはいっぱいだけれど夜の舞踏会じゃない。ミーは朝型昼型だから、夜はもう眠くってね」
『…………』
「ま、本当の理由はご存知の通り安全じゃないからだけどネ」
両手を軽く上げて首を振る……いわゆる『お手上げ』のジェスチャーで男はそう言った。
「本当に無念だとも。昼のダンスパーティーにしてくれれば良かったのに。そしたら喜んで参加してたさ!」
『当機の依頼でも不参加を決め込むか?』
「もちろんノさ。だって、ミー達はそういう浅い関係だろう? ミーは彼方此方を観光して楽しむ傍観者。トゥはそのスポンサー。ミーは見知った情報をトゥに伝え、ついでに今回みたいに簡単なお使いをする。それだけの関係だとも」
男はまたも笑い、そして付け足す。
「それに見合うくらい、ミーの情報は役に立つだろう? ミー以上に相手の力を引き出して情報を回収できる人材はいないからね。“最強”の情報なんて特に、さ?」
『……反論不能』
言葉とは裏腹に、クリスの機械音声は不服そうにそう答えた。
「それに今は次のお仕事もあるし、あんまり目立って見られる側にもなりたくないからね。よくは知らないけど、トゥの方で色々と札を伏せているよね? 船体下部の隠し開閉口から入らせた軍人くずれとか、貨物に忍び込ませた怪しいものとか、さ」
『貴殿……』
「気づくとも! 安全圏から見て楽しむのがミーのスタンスだからネ! だけど、それを共有する相手は今のところトゥだけだよ?」
『…………』
「嘘はないだろ? ミーにはトゥみたいに便利な機能付いてないから、嘘は隠せないもの。この船でも嘘を言った覚えはないかなぁ。だからまぁ……もしもどこかでナンパが成功してたら舞踏会にも参加してたんだけどね。安全じゃないから、スタンスには反するのだけど」
彼は自分で自分の言葉に苦笑した。
そうする間に、太陽は砂の地平線に沈んでいった。
「さてさて、それではそろそろログアウトかな。早寝早起きだから、夜が明けたらまた戻ってくるよ。そのときにトゥの企みがどう転んでいるかは分からないけれど、簡単なお使いならまた引き受けるからね」
『……その際は依頼する』
「ヴァ・ベーネ! それじゃあね、チャオ♪」
陽気なイタリア語と共に、男はログアウトして船の上から……この世界から消えた。
一人……自身の言葉で言えば一機残されたクリスは、仮面の内でまたも舌打つ。
無知で不遜で、得体のしれない<マスター>。
それでも利用価値があるゆえに、情報源と小間使いに利用している。
<マスター>は毛嫌いして距離を離しすぎるよりも、適度に利用するべきだと……クリスは知っている。
(布石は済んだ。この船でのこと、その先のこと。インテグラに……そして創造主様に預けられた計画。調査の過程にとり、このカルディナを取りまく環境は好都合)
仮面の内で……クリスは微かに笑う。
(<IF>、だったか。あの珠をばら撒いた愚者の群れ。戦力調査のために珠を使ったようだが、それに相乗りさせてもらおう。劣化“化身”の増加で崩れた戦力調査を、当機も再度行わねばならないのだから)
クリスは下方の船体……その奥深くにある貨物ブロックの方に視線を向ける。
(未知なる戦力、第七の劣化“化身”。それを既知の戦力と比較し、力の程を測る)
クリスは懐から……小さな装置を取り出した。
それは、スイッチと透明なカバーがついただけのシンプルなものだ。
まるで……チープなドラマや映画に出る自爆装置のようである。
今はまだ、そのカバーを開けない。
だが、この船がドラグノマドに辿り着くまでには……必ずカバーは開かれ、スイッチは押されるだろう。
(愚かなり、<IF>。真価を知らずに禁忌に手を出した。あれは数多の種を滅ぼし、【龍帝】が命を縮めて厳重に封じたもの)
クリスは機械仕掛けの仮面を外し……美しい女性の顔で何かを憐れむように【エルトラーム号】を見回した。
「既知の災厄、目覚めは間近」
そう言葉を発した彼女の額には、身に纏うケープ同様に……水晶色の宝石が嵌め込まれていた。
クリス……水晶の煌玉人は自分が設計した船を見下ろす。
そこにはデッキにいる多くの人や、今から乗船する人々の姿もある。
感情の浮かばぬ目で、彼女は人々を見る。
「災厄が齎す死者の数は、如何ほどか」
エルトラームと称された……死出の箱舟に乗る人々。
彼女が置き換えた<IF>の布石、それが齎す災厄の一端は……遠からず明らかになる。
To be continued
(=ↀωↀ=)<悲報
(=ↀωↀ=)<そろそろ事件起きる




