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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩編 三ページ目

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死出の箱舟・■■の■ その七

 □【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス


 あれから客室ブロックを歩き回ったけれど、キューコがエミリーを見つけることはできなかった。

 杞憂だったのか、まだ乗船していないのか、あるいは……。


「ログアウト中か……」


 ログアウトされてしまえば、見つけることは不可能だ。

 何か事を起こす直前までログアウトされていたのでは、手の打ちようがない。

 あるいは同行している仲間がいるならそれを見つければいいのかもしれないが……それも難しい。

 キューコに言わせれば、エミリーほど突き抜けているならばともかく、一般に大量殺人と言われるだけの人数をカウントする者が珍しくないからだそうだ。

 そして、キューコは内訳(・・)までは分からない。

 ティアン殺しか、PKか、PKKか、あるいは決闘の常連か。そこまでは区別できない。

 できないからこそ、姉さんの“計画”でギデオンの<マスター>を相手に使用していたのだから。


「だけど判別できないのは問題だ……」


 先ほどもライオンのような赤いジャケットの<マスター>に反応していた。

 彼がどういう素性でそれだけのカウントを築いたのか、判断する材料がこちらにはない。

 カウントの突き抜けたエミリーだけが、キューコが捜索する際の最大の目印になる。

 そうでなければ……地道に怪しい相手を捜査するしかない。


「……そういうのは私の領分じゃない気がするよ」


 どちらかと言えば探偵がやるようなことだ。

 ……どうしてだろう。人の心理にズケズケと踏み込んで暴きたてたルークの顔が浮かび、腹が立った。

 そうして歩いている間に、気づけばデッキの方へと出てきてしまっていた。

 今の時間は砂漠の日差しが強く、日光を照り返すデッキに人の姿はあまり見られない。

 それでも周囲を探るが……特に変わった様子もない。


「どうする、ユーゴー?」

「……一先ず、ここで切ろう。次の街に停泊したら再捜索だ」


 たしか、ドラグノマドまでの航路では次に停泊する都市が最後の中継地点。

 エミリー達が新たに乗り込んでくるならば、それが最後のタイミング。

 そうでなければ……ログアウトの可能性が高いと見るべきだ。

 仮に、コルタナの事件でのような殺戮状態の彼女が突如としてこの船に現れれば、大惨事は避けられない。

 ……マニゴルドさんにも相談すべきか。


「あの、少しよろしいですか?」


 考え事をしていると、横合いから声を掛けられた。

 意識を引き戻されると同時に、驚きのため咄嗟に飛び退いてしまう。


「ああっ、そんなに怖がらないでください!」


 声の主は、小柄な女性だった。日差しを避けるためなのか、フードを被っている。

 加えてフードの内側でも、複雑な模様が描かれた布を瞼から上に巻いている。ニーナ先生の授業で見たことのある一九世紀中央アジアの民族衣装に少し似ていた。

 ただ、両手共に手袋に覆われているから、ティアンと<マスター>のどちらであるかは分からない。


「先ほどからキョロキョロと周りを見ながら歩いていましたから、何かお探しかなって声を掛けただけで……あの、怪しくないです! 敵じゃないです!」


 どうやら人の少ない場所で周囲に視線を送っていたため、不審がられてしまったようだ。

 ……?

 さっき見回したとき、この女性もいたっけ?

 それなりに注意深く見たと思っていたけれど、……念のためキューコに確認を取る。


「…………」


 キューコは無言のまま、小さく首を振った。

 違う、という意思表示だ。彼女はエミリーの変装ではないし、殺人者でもない。

 指で丸を作っているから、同族討伐数はゼロだ。

 ……なるほど。それじゃキューコには察知できないし、私の捜し方じゃ見落としもある。

 

「ええと?」

「ああ、いえ。お気遣いには及びません。少し人捜しをしていただけですので」

「あ、それでしたらモールにインフォメーションがありますよ。依頼すれば船内の伝声設備から捜し人に捜している旨と集合場所をお伝えできます」


 まるで迷子のアナウンスだけど……そんなサービスまであったんだ、この船。

 でも、使わないかな。それでエミリーが本当にやって来たら驚きだけど、……藪蛇になる恐れも強い。


「ご親切にありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」


 女性はにこやかにそう返してくれた。

 けれど、私の前から立ち去る気配はない。

 微笑みながら、私を見ている。


「あの、他にも何か?」

「人違いだったらすみません。あなたはもしかして、コルタナの事件で活躍した<マスター>のユーゴー・レセップス氏ですか?」


 一瞬、ドキリとした。

 けれど、先の事件で少しだけ私の名が広まってしまったらしいとは知っている。


「……はい。ですが、活躍なんてしていませんよ。私は被害の拡大を、少しだけ押し留めただけですから……。それにコルタナでの事件を終結に導いたのは、きっと【冥王】ベネトナシュです」

「ご謙遜を! ベネトナシュが止めたのは珠の災害であって、【殺人姫】の人災を止めたのはあなたでしょう?」

「…………」


 随分と、事情に詳しい。

 事件の概要は新聞などでも広まっているけれど、詳細は<DIN>などで情報を買う必要があるだろうに。


「実は私、こういうものです!」


 彼女は名刺を私とキューコに一枚ずつ差し出してきた。

 受け取った名刺には、『スター・チューン。フリージャーナリスト(【記者】)』と書かれている。


「最近はこのカルディナで勃発している様々な騒動を追って記事にしているんです。それで、コルタナでの大事件の当事者だったあなたに取材できればと思ったんです。謝礼も用意いたしますのでインタビューを……」

「……申し訳ないけれど、今は仕事中なんだ。受けられない」

「ガーン!」


 彼女が事情に精通している理由は分かったけれど、護衛の仕事の最中にインタビューを受ける訳にもいかない。


「ええと、あの、本当に、駄目、ですか……?」


 スターは上目遣いかつ涙目でこちらを見上げてくる。

 ……なぜか罪悪感が湧いてくる。

 

『レディ。貴女の涙は私達が拭う。貴女が明日の朝を笑顔で迎えることを、私は貴女に約束しよう』


 キューコ……。度々、私の昔の発言を掘り起こすのやめてくれないかな?

 たしかに女性の困りごとや懇願を捨て置くのは私の主義に反するし寝覚めも悪いけど、見回りの仕事があるんだから……。


「あの、じゃあその、インタビューじゃなくて情報交換、とか……」

「情報交換?」

「はい。私が手に入れた一連の珠事件の最新情報をインタビューの対価にします! まだ記事にもしてないとっておきですよ!」


 ……それは少し興味がある。

 その情報は今回の護衛や、師匠と行っている珠探しそのものにも役立つかもしれないけど……。


「どうすればいいと思う?」

「ユーゴーのじゆう」


 キューコに相談したが、あっさりとそう返されてしまった。

 ……少しだけ悩むけれども。


「分かりました。インタビュー、お受けします」

「ありがとうございます! それじゃモールにある個室のカフェでインタビューをば! あ! もちろんお代は私が持ちますので! ささささっ!」

「あ、ちょっ……!?」


 満面の笑みになった彼女に右手を引かれ、私はそのままモールの方向まで連行される。

 なお、なぜかキューコは空いていた私の左手と手を繋いでいる。


 途中、すれ違った男性に「両手に花かよ! ケッ!」みたいなことを言われたが、私も中身は女なので両手に花とは言えないと思う。


 ◇


「インタビューありがとうございました!」

「……どういたしまして」


 ……疲れた。

 スターにカフェの個室に連れ込まれてからかれこれ二〇分。

 コルタナの事件についてあれこれと聞かれたが、それもようやく終了した。

 なお、私がインタビューに受け答えして喉を嗄らしている間に、キューコはラッシーのような飲料をちびちびと飲んでいた。


「それじゃお世話になりま……」

「待った。そっちの情報貰ってない」


 立ち去ろうとする彼女の手を掴んだ。

 危うく、インタビューだけ持ち逃げされるところだった。

 インタビューで喉まで嗄らしたのだから逃がさない。


「うぅ、ノリでいけるかと思ったけど、やっぱり流されてくれません……」

「それで、君の情報ってどんなもの?」

「……うぅ、分かりました。話します……」


 スターは観念して椅子に座り直した。


「ええと、インタビューでも確認させていただきましたけど、ユーゴー氏は珠を集めてらっしゃるんですよね?」

「私個人で集めているわけではないし、手伝いだけどね」


 彼女は私と師匠が珠を回収して回っていることを知っていた。

 ゆえに、インタビューでそれを確認されたときは頷くしかなかった。十中八九、《真偽判定》の類は持っていただろうから。


「じゃあやっぱり……この情報かなぁ……」


 すると彼女は、アイテムボックスから一束の資料を取り出した。


「どうぞ。コピーなのでお譲りします」


 受け取ったものに目を通す。

 それはカルディナの地図で、六ヶ所に印が付いている。

 その内の二つは、ヘルマイネとコルタナ。

 それとマニゴルドさんの商談相手だったという男性のいた都市だ。


「これは……珠の所在地?」


 盗まれた珠は七つと聞いているけれど、その内の六つもの所在地がこの資料には書かれていた。

 それは師匠……<セフィロト>が把握していないだろうモノまであるということだ。


「はい。これは不思議な現象を起こす珠の目撃情報です。ただ、今現在の情報、という訳ではないので今はもう別の場所にあるかもしれませんけど」


 それはそうだろう。

 ヘルマイネとコルタナの珠はもう回収したし、三つ目の都市の珠もこの船にある。

 だけど、それを除いてもあと三つ。


「……水を土に変える珠はこの内のどれ?」

「それはたしかここですね」


 スターが印の一つを指差す。

 コルタナで師匠が【冥王】ベネトナシュと取引して手に入れた珠。その元々の所在もこれで分かった。

 残りは二つ。


「……北端都市ウィンターオーブと湖上都市ヴェンセール、か」


 見事に北と南に分かれている。

 だけど、この情報は大きい。

 彼女が言うように、もう移動している可能性はある。

 だけど、少なくとも六つの内の三つの所在地は正しかった。彼女の情報どおりにまだそこにある可能性も高い。


「だけど、珠の所在地なんて本当に重要情報だね……。これを誰かに売るだけでも一財産だったのでは?」


 少なくとも、さっきのインタビューの対価としては大きすぎるようにも思う。


「いやですよ、そんな危ない橋」

「危ない橋?」

「珠の力を求めている人達に情報売って、教えた都市になかったらどうなると思います? 報復で身ぐるみと皮と内臓盗られて殺されますよ……?」

「…………」


 なるほど。それは確かに危うい。

 六ヶ所中四ヶ所にはもうないのだから、売らなくて正解だ。


「実はこの一連の情報、同じ事件を調べているフリー同士の情報交換で集めたんですけど……。その内の一人が最近死体で見つかりました……」

「……それは怖い」


 けれど、少し納得した。

 <セフィロト>も持っていない情報も含め、『六つ分も珠の所在地が分かっているのはおかしいのでは?』と思っていたけど、複数人が手に入れた情報の集合なら分からなくもない。


「だから情報交換に使うくらいがちょうどいいんです。それにほら、この情報を必要な人に渡せば、事件に進展があってそれも記事にできるじゃないですか」

「…………」


 なるほどと納得すると共に、『<DIN>に限らず情報を持つ【記者】ってそういうところあるのかな?』と思わなくもない。


「ええと、対価の情報は……これでいいです?」

「ああ、十分に。……一つだけ聞いても?」

「何でしょう?」

「この二つの珠の能力に関しての情報はあるかな? この資料にはそこまで書いていないようだから」


 けれど、さっきは能力を聞かれてすぐに珠の所在を答えていた。

 要するに書いていないだけで知ってはいるのだろう。


「……分かりました。おまけします。北の方は回復の珠らしいです。南は……たしか氷の珠だったかと」

「なるほど……ありがとう」


 回復の珠と氷の珠。

 蛆の珠や人化の珠と比べれば、幾分ストレートな代物に思える。

 まぁ、最初の雷の珠と似たようなものかな。


「それでは情報交換はこれまでということで……」

「ああ。ありがとう、スター」

「いえいえ。……でも今回サービスしたので、今後もどこかであったらまたお話聞かせてくださいね!」


 スターはそう言って席を立ち、今度こそ出ていった。

 ちなみに伝票も一緒に持って行ってくれた。最初に情報渡さずに逃走しようとしていたわりには律儀だ。


「さて、マニゴルドさんのところに戻って、この件も含めて相談しないとね」


 エミリーが事を起こすまでログアウトしている可能性についても話さなければならない。


「それにしても、こんかいはラッキーだった」

「そうだね。スターと出会えたのは幸運だったよ。お陰で重要な情報を手に入れることができた。……?」


 ……けれど、なぜだろう。

 今、とある出来事を思い出した。


 それは……姉さんがレイに【ケモミミ薬】と【PSS[ピーピング・スパイ・スライム]】を盛ったときのことだ。


「まさか、ね」


 スターが偶然を装って私に接触し、渡す情報に何かを仕込んだという疑念を……頭を振って追い出した。


 To be continued

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