死出の箱舟・■■の■ その五
(=ↀωↀ=)<作者は本日誕生日だそうです
(=ↀωↀ=)<三十代に突入してからの一年間は
(=ↀωↀ=)<これまでの人生でも特に色々あった一年だった気がします
(=ↀωↀ=)<でもこれからの一年もより密度の濃い一年になるよう
(=ↀωↀ=)<頑張っていきたいと思います
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
珠がマニゴルドさんの手に渡ったことで、本格的に護衛がスタートした。
これからは明日の正午……ドラグノマドへの到着まで気を張っていかないと。
「ユーゴー。君とキューコには船内のパトロールを頼む。たしか、キューコは【殺人姫】を感知できるんだったな」
「うん。あのクレイジーしたたらずのけはい、すぐわかる」
マニゴルドさんの言葉に、キューコが頷く。
キューコの《地獄門》は対象の同族討伐数を参照し、【凍結】という結果を齎すスキル。
その関係で、キューコは効果範囲内の他者の同族討伐数の多寡を感覚的に知ることができる。
そしてエミリーは桁違いに桁違いを重ねたような同族討伐数を記録している。範囲内に入れば、キューコにはすぐそれと分かる。
以前はもっとぼんやりとした感覚だったらしいけど、コルタナでエミリーに……これまでで最多の同族討伐者に出会ってから前より鋭敏になったらしい。
「ならば各客室ブロックやデッキ、店内施設を見回れば引っ掛かる可能性は高い。昨日も見回ってもらったが、先ほど停泊した都市で乗り込んだ可能性もある。今後は停泊ごとに見回りを頼む」
「分かりました。マニゴルドさんは大丈夫ですか?」
「主様は……いえ、主様の身辺には私が詰めておりますので、ご安心を」
イサラさんが何かを言いかけ、言い直してそう微笑んだ。
「ああ。俺がログアウトする間はイサラに珠と通信機を預ける。もしもタイミング悪く俺がいなければ、イサラに指示を仰いでくれ」
「はい。それでは見回りに行ってきます」
「じゃあね。クレイジーデブ」
「……キューコってば」
またキューコが毒舌を吐いたけれどマニゴルドさんは特に気にした風もなく、私達は退室してパトロールに出た。
人気のない通路……人通りが少なくて人目を避ける通路を、キューコと二人で見回りながら歩いていく。
すれ違う人もいない二人きりの状態で、私は昨日から気になっていたことを切り出した。
「キューコ。昨日からずっとだけど、いくらなんでもマニゴルドさんに辛辣すぎるよ……。言動は直截的すぎるけど、悪い人じゃないんだからもうちょっと丁寧に……ね?」
「…………」
私が窘めると、キューコは少しムスッとした顔で黙り込んだ。
「……だって、あのデブはにばんめだから」
ポツリとキューコが口にしたその言葉に、私は首を傾げた。
「二番目?」
「あのデブが、にばんめ」
オウム返しに尋ねた私に、キューコはそう言った。
そしてどこか苛立った顔で、言葉を続ける。
「――わたしのカウント、エミリーのつぎに、あいつがおおい」
キューコのカウント。それは言うまでもなく同族討伐数のことだ。
エミリーが歴代の最大値であることに、疑いようはない。
だけど、次点が……あのマニゴルドさん?
「……それは師匠やギデオンの決闘ランカー……あの【破壊王】と比べても?」
「デブが、うえ」
その言葉の意味を考えて、『<マスター>だけ、あるいは決闘だけで殺傷してもそんな数にはならないだろう』と察した。
キューコの辛辣さの何割かは、それが理由だとも。
「たぶん、あのデブはこういきせんめつがた。にんげんあいてに、なんどもつかってる」
「でも、マニゴルドさんはそんな簡単に人命を損なう人には見えない、けれど……」
「わるいやつと、たくさんころすやつは、べつのはなし。あのムカつくいんまをつれたやつも、にたようなこといってた」
「ルークの……」
――理解していたら、それをしないとでも?
思い出すのは、かつてのギデオンで聞いたルークの言葉。
あのとき、『姉さんはティアンが命だと理解している』と言った私に、彼は『理解していても虐殺はする』と言い切った。
そして、実際に姉さんは私にも秘匿していたプランCを動かし、五万体以上のモンスターでギデオンの人々を虐殺しようとしていた。
私が悪人だなんて思っていない人でも、ティアンの虐殺に踏み切るという証左。
……そういえば、キューコは姉さんにも辛辣だった。
キューコが嫌う人間とは、とどのつまりそういうものだ。
「たぶん、あのデブもおなじ。もくてきのためには、ひきがねをひくタイプ」
『力で奪うなど論外だ』と言ったマニゴルドさん。
それは本心なのだろう。
だけどそれは、戦わないことや殺さないこと……力を使わないこととイコールではない。
「それにきっと……」
キューコが珍しく、言いよどむ。
その反応で、誰について述べようとしているのかすぐ気づいた。
「……師匠も同じ、って?」
「うん。きっと、<セフィロト>ってそういうひとの、あつまり。……ううん、ちがう。このくにそのものが、そういうくに」
目的のために排すべき者を排する。
考えてみれば珠の回収は最初のヘルマイネも、次のコルタナでも荒事は起きていた。
交渉という前置きはあっても、それは半ば破綻することが前提だったように思う。
「このくに、わたしはあんまりすきじゃない」
砂漠の風景を眺めながらキューコはそう言った。
以前から気候に対しての文句は言っていたけれど、今回はそうじゃない。
「このくには、ともぐいのくに。モンスターよりも、ヒトがヒトのテキになる。きっと、それがふつうのくに。ほしいものが、おおすぎるくに」
カルディナは大陸の中央にあり、最も富や物品が集まる国。
求めるモノのために、この国に移籍する者は多い。
――幸せという奴は、豪勢に味わうほどにハードルが上がる。
――もっと美味く、もっと楽しく、もっと気持ちよく、もっと素晴らしく……。
――人の欲望に限りはない。
――その分だけコストはかかる。
マニゴルドさんの言葉はきっと……金銭に限ったものではない。
「わたしには、いきぐるしい」
「…………」
『息苦しい』という言葉で……理解した。
キューコは同族討伐数を察することができる。
それは私達には分からない感覚で、キューコだけのもの。
キューコからしてみれば、カルディナの人間は彼女にとって受け入れがたい者が多いのかもしれない。
マニゴルドさんや師匠も、その中に含まれるのだろう。
キューコはカルディナに来てからずっと……そんな思いを抱えていたのかもしれない。
少しの毒舌だけで、私にも覆い隠して。
それを今、彼女は吐露している。
「キューコ……」
「でも、それはしかたのないこと。このかんかく、このスキルは……わたしがわたしとしてうまれたりゆうだから」
「キューコ……」
キューコがキューコとして生まれた理由。
それは、きっと……。
「ユーゴー」
「……何かな」
キューコは立ち止まり、私の顔を見上げて……私の両目を真っすぐに見る。
そして……。
「わたしがこのちからをもってうまれたのは、きっと――ユーゴーのおとうさんがころされたから」
人気のない通路で、キューコの言葉は私にだけ聞こえた。
◇
わたし……ユーリの父が亡くなったのは、去年の暮れだった。
クリスマスと新年の帰省を目前にした時期のロレーヌ女学院で、わたしは父の訃報を知った。
父母が離婚してからも、わたしと父の関係は良好だったと思う。
「クリスマスには一緒に夕食をしよう」と、毎年のように電話で言っていた父。
「私の母親……ユーリの御祖母さんの夢だったんだ」と、学費を全て受け持ってわたしをロレーヌ女学院に入学させてくれた父。
「今年のプレゼントは、これでよかったか?」と、毎年の誕生日の度にどこか不安そうにプレゼントを贈っていた父。
わたしに対してだけは、最初から最後まで……優しかった父。
その父の訃報を聞いて……ショックで倒れたことを覚えている。
でも、真にショックだったのは、死んだことそのものではなく……その理由。
父の死因は、他殺だった。
自宅……今は父だけが住んでいたわたしの生家で、何者かに銃殺された。
犯人は強盗かもしれない。怨恨かもしれない。
商売の過程で多くの恨みを買っていた人だから、後者でも不思議はないという話だった。
事件は今も解決していなくて、警察の人達は犯人を捜している。
ただ、わたしには信じられなかった。
優しかった父が、誰かに殺されたことが、信じられなかった。
葬儀を終えて、父を埋葬するとき、参加者は少なかった。
訪れたのは父の顧問弁護士の人や、会社の人が数人。
家族は……わたしだけだった。
父方の祖父母は既に亡くなっていたし、父には兄弟もいない。
母は『行く気になれない』と言って参列しなかったし、姉さんは行方不明だった。
降りしきる雨の中で、わたしは土に埋まる父の棺を見送った。
それから、父の顧問弁護士の人から遺産相続の話があった。
父の会社は他の人が買いとるそうだけれど、それも含めて遺産はわたしと姉さんが分割して相続することになった。
フランスでは遺言状がない限り、遺産は全て子供に与えられる。
そして父は自分がすぐに死ぬとは思っていなかったのか、「もしものため」の遺言状を用意はしていなかったから、父の莫大な遺産は法に則ってわたし達に分与された。
このとき、父は最後のプレゼントをくれた。
それは、遺産じゃない。
姉さんとの再会だった。
財産分与のために顧問弁護士の人が各国の探偵や調査機関にあたり、姉さんを見つけてくれた。
そうしてわたしと姉さんは数年ぶりに再会した。
連絡を取り合えるようになった姉さんに<Infinite Dendrogram>へと誘われて、私は今ここにいる。
最期まで……最期まで父はわたしの人生を助けてくれたのだと思う。
だからこそ、父を殺されたことが納得できなかった。
母は納得していたし、姉さんは「そう……」と少しだけ悲しそうだったけど、大きくショックを受けている様子はなかった。
でも、わたしだけは納得できていなかった……できるはずもなかったのだと思う。
母や姉さんは父に別の……負の感情を強く持っていたかもしれない。
けれど父は……わたしに対しては最後まで優しい父親だったから。
わたしは父が誰かに殺されてしまったことが納得できず、許せなくて……。
その気持ちを、いつも心のどこかで燻らせて。
心の一部を、冷え切らせて。
だからこそわたしからキューコが――コキュートスが生まれたのだろう。
◇
「わたしは、ユーゴーのいきどおりからうまれた。どうぞくごろしを、じごくにおとす<エンブリオ>」
「…………」
キューコの口から生まれた理由を聞いたのは、初めてだった。
けれど、キューコが生まれたときから……そんな気はしていた。
いつだったか、姉さんが言っていたこと。
カテゴリー別性格診断の話に付け加えるように、
――そもそも、<エンブリオ>は本人に由来したものしか生まれないけどね。
そう言っていた。
本人の性格、技能、願望、人生、本質。
あるいは、トラウマやコンプレックス。
パーソナルを読み取るからこそ、その姿と力は<マスター>を写す鏡になる。
だからこそ、レイのネメシスは眼前の悲劇を覆すための力だった。
だからこそ、姉さんのパンデモニウムは数限りなく自由に創造する力だった。
だからこそ、キューコは殺人者を裁く<エンブリオ>として生まれた。
「……今のキューコの息苦しさも、そんな風にキューコを生み出したわたしに原因がある……ということだね」
「うん」
私の言葉に、キューコは頷いた。
慰めもなく、誤魔化しもなく、自らの性質の理由をわたしだと断言した。
父が殺されたことを許容できなかったわたしの心が、彼女を断罪者として生み出した、と。
彼女が初めて吐露した不快感は、私に由来している。
そのことに、気持ちが重くなって……。
「だけど、そんなことはどうでもいい。きにするひつようもない」
「え?」
「だいじなのは、べつのことだから」
私が抱き始めた懊悩を蹴っ飛ばすようにそう言って、キューコはフンスと胸を張った。
「別のことって……なに?」
「…………」
ただ、私が問い返すと腕を組み、悩み始めた。
その様子は、「別のことが何か分からない」という風ではない。
「今そのことを口にすべきか」という様子だ。
「いまは、いわない」
そして案の定、キューコはそう言った。
「キューコ……」
「いつかかならずはなすし、ユーゴーにもきくことがある。だけど、それはいまじゃない。だから、それまでまって。いまは、きもちをきりかえて」
言葉と共に、キューコは真っすぐに私を見つめる。
表情はいつも通りの無表情だけれど、その目には彼女自身の強い意志が宿っている。
今ここで私の質問に答えないことに、彼女として譲れない一線があるのだと……そう思わされた。
「……分かった」
だから、今は私もそれ以上に聞くことはできなかった。
「だけど、キューコが今抱えているだろう不快感は無視できない。我慢できないくらい気分が悪くなったら、紋章に入って休んでほしい」
「ん」
キューコは小さく頷いて、私の胸をトンと小突いた。
それは「だいじょうぶ」という意味か、「そのときはまかせる」という意味か、定かではなかった。あるいは両方の意味を含んでいたのか。
いずれにしても、キューコの言うように私も気持ちを切り替えよう。
私達が今なすべきことは、珠を目当てに襲ってくるかもしれないエミリーによる被害を抑えることだから。
コルタナの二の舞に、ならないように。
「……行こう」
「うん」
そうして私達は、一般船室のあるブロックへ再び歩き始めた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<事件としての進捗は進んでいませんが、ストーリーとしては重要な話
(=ↀωↀ=)<あと、父のユーリと母姉への態度の違いは
(=ↀωↀ=)<お察しの方もおられるかと思いますが追々