プロローグB
(=ↀωↀ=)<ひさしぶりの不意打ち連続投稿だよ
(=ↀωↀ=)<本日二話目なのでまだの人は前の話からー
□■カルディナ某所
カルディナと王国の国境、<クルエラ山岳地帯>は『強盗の名所』という不本意な名前で呼ばれることもある。
交易路が通っており、高額な品を満載した獲物が頻繁に通るからだ。
これは<クルエラ山岳地帯>に限らず、黄河やレジェンダリアと接した国境地帯でも同様だ。(国交断絶中のドライフは例外)
半面、カルディナという国そのものは待ち伏せ強盗には向かないと言われている。
待ち伏せるには過酷な砂漠環境。
広大な土地を点のように移動する獲物。
発達した嗅覚や振動で人間を襲うワーム系モンスター。
獲物を待つも、見つけるも、生き残るのも難しい。
ゆえに、多少頭の回るものならばカルディナの砂漠で待ち伏せ強盗などやらない。
他国との国境地帯まで移動して待ち伏せる。
そうでなければ獲物……砂漠を行くキャラバンや砂上船の行き来に関する情報を掴み、狙いを定めて襲撃する。
今日も、そうした生業がカルディナの一角で行われていた。
見渡す限り広がる砂漠の真ん中で、小型の砂上船が煙を噴き上げながら停止し、乗員であったらしい商人と船員達が手を後ろに組んだまま座らされていた。手足は組んだままで縛られている。
その周りを多くの……大小分かれた人型が取り囲んでいる。
小の人型は、装備を身につけた人間だ。いずれも銃器や機械槍で武装しており、中にはパワードスーツを装着している者もいる。
大の人型は、人ではない。
人型ではあるが重厚な装甲に包まれた戦闘機械……<マジンギア>、【マーシャルⅡ】である。
砂上船を襲った一団は、いずれもドライフの装備を使用していた。
「中佐。資財の接収、完了いたしました」
『ご苦労』
黒く塗られた重装カスタムの【マーシャルⅡ】に乗っていた指揮官……コーツ・ベルリン中佐は部下からの報告にそう答えた。
そして、炎上しかけている砂上船に向き直り、スピーカーのスイッチを入れて……被害者に向けて言葉を発する。
『この度は、我々ドライフ正統政府への協力感謝する。我々は君達から提供を受けた資財を元に、いつの日かあの暴虐の皇王を打倒するであろう』
「提供だって……! お前らはただの強盗じゃないかげべ……!?」
非難の声を上げた商人は、黒い【マーシャルⅡ】の砲弾を受けて跡形もなく消え去った。
その周囲にいた他の被害者達も、大きな怪我を負う。
『強盗ではない。我らこそが真のドライフ、そしてドライフ軍人である。我らに協力できる栄誉を理解してくれたまえ』
どう言い繕おうと強盗なのは変わらないし、そもそもドライフの軍隊などカルディナの商人には関係ない。
だが、それを言おうものならまた砲弾が放たれるだろう。
彼ら……ドライフ正統政府を自称する賊が、被害者達の命を何とも思っていないのは実証済みだ。
◆
自称、ドライフ正統政府。
彼らを端的に言うならば……敗軍である。
かつて、ドライフの皇位継承に端を発した内戦。
しかしその内戦において、正当な皇族は現皇王ラインハルトとその妹(実際には合わせて一人の人物だが)以外は開始時点で死亡していた。
だが、ラインハルトは皇王候補としては弱小の部類であった。
バックについた大貴族は母方の実家であるバルバロス辺境伯家のみであり、他の大貴族は全て敵となった。
そして敵対大貴族達は、ラインハルトの皇王継承に反対。一族の中から『多少は資格がある』程度にドライフ皇王家の血が入った人間を旗頭にして、内戦を始めた。
それぞれの子飼いの軍閥、一騎当千の特務兵、金で雇った<マスター>。
そして、一人だけ雇うことに成功したフリーの<超級>――“常緑樹”のスプレンディダ。
その大戦力を以て、ラインハルトとバルバロス辺境伯家を潰しにかかったのである。
結果は、ラインハルト陣営の勝利で終わった。
皇王という、ハイエンドの超天才。
比較なき大戦力、“物理最強”の【獣王】。
特務兵の力と特性を知り尽くしていた特務兵、ギフテッド・バルバロス。
背後で大貴族たちの内部分裂を画策した政治家、ノブローム・ヴィゴマ。
加えて、飢餓状態に進む国内でなおも重税を課していた大貴族達に不満を持っていた市井の者も動いていた。
なるべくして、大貴族は敗れたのである。
ただし敗れた者が全て死ぬわけではない。
恭順を示し【契約書】に記名して部下となった者、他国に亡命する者……あるいは野に下って賊となる者もいた。
このドライフ正統政府は、三番目である。
彼らは元は大貴族エルドーナ侯爵家に従っていた軍閥。エルドーナ侯爵家の次男であるエルドーナ少将をはじめ、エルドーナ侯爵家に連なる貴族、及びその従属家で構成された一団である。
それが装備を抱えたままカルディナに出奔して賊と化したのだ。
出奔の際に、軍部に納入されていた【マーシャルⅡ】を二十機以上も持ち逃げしている。
そうして彼らはカルディナで、『いずれ暴虐の皇王を倒す』と言いながら強盗を働いているのである。
余談だが、飢餓対策を講じ、王国侵攻によってある程度の改善を齎したラインハルト皇王の皇国内での支持率は高く、彼らが国に戻っても決して歓迎はされないだろう。
◆
(情報通り、相当量の資財だ。エルドーナ少将にもご満足いただけるだろう)
部下から渡された接収物資のリストを流し見して、ベルリン中佐はほくそ笑む。
輸送にアイテムボックスが使われる<Infinite Dendrogram>では、小型の船であってもリアルの大型船以上に物資を積んでいることは多い。彼らの被害に遭った船もそうした種類だった。
(予算の使い道も具申せねばな。当面のメンテナンス、それと皇国から横流しされた【マーシャルⅡ】の追加購入といったところか。……いや、この資金で暗殺者を雇い、かつてのようにあの皇王を襲撃するという手もある。今度は<超級>などという名前倒れの奴らを使う気はないがな)
かつて自陣営が雇っていた“常緑樹”のスプレンディダを思い出し、ベルリン中佐は歯ぎしりする。
(あやつめ、エルドーナ侯爵から前金をせしめておきながら、結局【獣王】に手傷すら負わせられなかったではないか……)
内戦において、スプレンディダは【獣王】を相手取って戦ったが……倒すことはおろか重傷の一つも与えられていない。
特務兵が皇王を襲撃する間、【獣王】を足止めしていただけだ。
逆を言えば――友人の危機に本気となった【獣王】を相手にして、殺されもせずに時間稼ぎをしたということだ。
しかし、襲撃作戦自体が失敗したためにベルリン中佐をはじめとしたドライフ正統政府内での評価は低い。
(皇王への刺客。……かの【死神】にコンタクトを取れないものか。伝説の通りならば、あの【皇王】といえど……)
「中佐」
『…………どうした?』
ベルリン中佐はいささか思索……あるいは夢想に没頭しすぎていたが、部下からの声に現実へと帰還した。
「この者達の処遇は如何いたしましょうか?」
この者達、とは砂上船に乗っていた被害者達のことだ。
ベルリン中佐は聞くまでもないだろう、と言うように鼻を鳴らした。
『我らの活動はまだ日向になってはならない。彼らの貢献は我々の胸にだけ収めておこう』
言い換えれば、『目撃者は皆殺し』ということだ。
『殺せばレベルも上がるかもしれん。彼らの最後の献身だ』
「了解いたしました」
ベルリン中佐の指示を即座に理解し、被害者を取り囲む軍人達が彼らに銃口を向ける。
その中には、笑みさえ浮かべている者もいる。
『弾を無駄にするなよ。外した者は食料の配給量を三日減らす』
その言葉に笑みを浮かべていた者も集中し、それぞれに被害者達に狙いを定める。
ベルリン中佐の黒い【マーシャルⅡ】が右手を上げる。
それを振り下ろした時、一斉に銃弾が放たれるのだ。
被害者達は悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、手足が縛られているためにそれもままならない。
そして、無慈悲にも右手は振り下ろされようとして――。
『――索敵範囲に敵影確認!』
周囲の警戒に当たっていた【斥候】から、そんな通信が入った。
『敵影だと? どこからだ?』
『北方の地平線に……速い! こいつ、秒速一三〇メテルは出ている! あと三五秒でこちらに到達します!』
『総員迎撃用意!』
ベルリン中佐の指示に応じ、軍人達は被害者から銃口を外し、北方に向けた警戒態勢を取る。
特に九機の【マーシャルⅡ】が防衛線を即座に構築する。
そうする間に、彼らの目にも接近する敵影が見えた。
だが――理解はできなかった。
『なんだ……あれは?』
ベルリン中佐は最初、それを高速型の砂上船だと思っていた。
カルディナの警備隊か、あるいは異常を察知した<マスター>の一団が迫っているのだと。
だが、それは決して船ではなかった。
それは――紅白のドラゴン。
紅白の二色に色分けられたドラゴンが、地上スレスレを亜音速で滑っていた。
シルエットは長い首と尾を持っていたが、天竜の翼はない。
ならば地竜であるのかと言えば、そうでもない。
そもそもそれは……。
(ドラゴンでは……ない!)
それはドラゴンではなく――ドラゴンを模した機械だった。
金属で形成された体を持ち、センサーを内蔵した単眼を頭部に備えていた。
太陽の下をホバー走行で滑りぬけ、紅白の装甲は光の当たり方で縞の模様を描いている。
先々期文明の技術と歴史に詳しいものならば、煌玉竜の名を思い浮かべたかもしれない。
ベルリン中佐も、その一人だ。
しかしそれは、煌玉竜ですらなかった。
文献に伝わる煌玉竜より遥かに小型。彼らの駆る人型マジンギアよりも、一回り大きい程度だ。
『中佐、あれは……!?』
『見てくれに騙されるな! 《鑑定眼》が効く! 煌玉竜ではない! エンブリオやモンスターでもない! アレもマジンギアの一種に過ぎない!』
人型ですらない<マジンギア>。
恐らくは戦車型の外装をドラゴンに似せて、高速移動用にカスタムしたものであろうとベルリン中佐は推測した。
『ならば、最新型のカスタムを揃えた我々の方が有利だ! 数の有利もある! 迎撃せよ!』
『了解!』
そうして、彼らは迫りくる推定『見てくれだけの戦車型』を迎え撃たんとする。
接触まで、あと十秒。
だが、それよりも早く九機の【マーシャルⅡ】と、ベルリン中佐の重装カスタムから砲火が放たれる。
いずれも火薬式の銃器。
誰が使おうと威力が変わらないが、逆を言えばいつだろうと万全の火力を発揮する。
そしてこの火力の集中砲火は、船舶の一つ二つは粉砕して余りある。
それだけの砲火に対して、『見てくれだけの戦車型』は……。
『――全弾回避。しくじれば後でペナルティだ』
『――きゃー!? ご主人様のドエスー!』
そんな声がスピーカーから聞こえて――同時に彼らの砲火の全てを回避した。
『なッ!?』
驚愕する間にも、彼らは攻撃を続けている。
それでも当たらない。
弾道が見えているかのように、紙一重で回避し続ける。
それはまるでこのカルディナの<超級>の如き芸当だった。
『よっしゃー! 案外いけますよご主人様! やっぱり魔力式みたいに曲がらない火薬式は避けやすいですね!』
『そうか。だが、今通り過ぎた奴は近接信管の炸裂弾だぞ』
『へ?』
そんな言葉の直後、後方で重装カスタムの放った砲弾が爆裂し、幾つもの破片が紅白の装甲を掠っていった。
『ペナルティだな』
『ぎゃー!? ど、どうせ積層式古代伝説級金属装甲ならダメージないじゃないですかー! 大目に見てくださいよー! それかエッチなペナルティで許してください!』
『……お前、それペナルティにする気ないだろ』
聞く側を脱力させるようなやり取りだが、しかし相対する軍人達に脱力する余裕などない。
数多の砲火を回避し、至近距離での爆裂ですら損傷が見られない。
間違いなく、『見てくれだけ』などではありえない。
『このぉ!!』
接近した紅白のドラゴンの前に一機の【マーシャルⅡ】が立ちはだかり、装甲破砕用近接武器の【SRW04バトルハンマー】を叩きつけに掛かる。
その迎撃に対して紅白のドラゴンは、
『対処しろ』
『アイアイサー! 《シェル・チャージ》いきまーす!』
進路を変えぬまま――背面のバーニアを一段強く噴射する。
瞬間、紅白のドラゴンは――巨大な砲弾と化した。
強引なバーニア噴射で瞬時に音速を突破して、古代伝説級金属を重ねて作られた装甲を眼前の【マーシャルⅡ】に叩きつける。
装甲破砕用の武器は逆に砕かれ、【マーシャルⅡ】は中身ごと千切れて吹き飛んだ。
『よっしゃー! まずは一機ですよご主人様! ……ご主人様?』
『…………急加速で、……肺が……潰れた。息が…………あと被弾したからペナルティ……』
『息も絶え絶えなのにそれはしっかり言うんですね!?』
言葉を交わす間に、紅白のドラゴンは超高速ホバー走行を維持したまま急速ターン。
残る【マーシャルⅡ】へと向き直り、
『えーい! 汚名挽回のためにぶちかまします! 《ラッシュ・ミサイル》!』
『……言葉が間違って……なさそうだな、お前の場合。ああ、一番上等な指揮官機は外せ』
紅白のドラゴンの背面から現れたのは、一六を数えるミサイルサイロ。
そこから一発ずつ、ミサイルが発射される。
打ち上げられた一六発のミサイルは一定高度まで上昇した後に、矛先を地上へと変え――超音速で急降下する。
そしてミサイルは八機の【マーシャルⅡ】に二発ずつ突き刺さり、装甲を貫いて内部へと爆炎を吹き込んだ。
パイロットと内部機構を焼き尽くされて、八機の【マーシャルⅡ】は崩れ落ちた。
『今度は花丸ですよご主人様!』
『……俺が整備したときは徹甲弾頭だったはずだが、何で徹甲焼夷弾頭になっている?』
『え? 殺傷力上げたかったから私の方で交換しましたよ?』
『……戦利品が修理不可能のガラクタと化したぞ』
『あ』
『ペナルティ』
『泥沼だー!?』
そんな喜劇じみたやりとりがスピーカーから流れるが、それを聞くベルリン中佐の心境は喜劇とは程遠い。
自分の配下が、蓄えていた戦力が、一瞬にして灰燼に帰したのである。
相手の正体も、動機も、一切が不明。
不明なまま、全てを失いかけている。
ゆえに、彼が放つ言葉は一種しかない。
『貴様、貴様は……何者だ! 何の目的で我らを……!』
誰何。相手が誰で、何のために、それを聞く以外の心理は消え失せていた。
それに対して、紅白のドラゴンは……。
『この【サードニクス】のテストが目的だ』
あっさりと、そう言った。
『テスト……?』
『対人戦・対モンスター戦なら不自由しないが、対<マジンギア>戦ができる環境はこのカルディナにはあまりない。だから、このカルディナで珍しく<マジンギア>を運用しているドライフ正統政府とやらを練習相手に選んだだけだ』
たしかに<マジンギア>を集団運用している賊など、カルディナ広しといえどドライフ正統政府以外にあり得ない。
だが、それではまるで……。
『その口ぶり、我らがこの商船を襲うと分かっていたようではないか……!』
『分かっていたさ。――お前らの網にかかるように情報を流したのは俺だからな』
彼らが手に入れた砂上船の航路。それも自分の差し金だと紅白のドラゴン――【サードニクス】のパイロットは言った。
『なっ……!? ば、馬鹿な……!』
『俺は嘘をつかない。だが、付け加えるなら無関係な商船の情報をリークして巻き込んだわけじゃない。あの商船は俺の所有だし――乗員もうちの戦力だ』
『なに……?』
ベルリン中佐が疑問を呈した瞬間、歩兵の間から悲鳴が上がった。
見れば、歩兵達が被害者達に次々と反撃されている。
だが、それは本当に先ほどまでの被害者だろうか?
顔に浮かべていた怯えは嘘のように消え、彼らを拘束していたはずの手足の縄は千切れ、そして彼らの姿も別物に変わっている。
先ほど砲撃に巻き込まれて手足が千切れていた者の手足が生えている。
しかし、そもそも彼らの手足はもう人のそれではない。
剣の如く長く伸びた爪で、歩兵達を次々に刺し殺している。
その全身も人型ではあったが、鱗を全身に生やしたリザードマンのような姿になり果てていた。
『な、何だ……も、モンスターか……!?』
『【ラケルタ・イデア】。うちの兵隊だ。こいつのテストは極秘なんでな、口の堅い改人しか使えなかった』
そんな回答をされる間にも、歩兵達は次々に犠牲になっていく。
彼らの使う火薬式銃器――固定威力兵装では【ラケルタ・イデア】の表皮を貫通できず、一方的に狩られている。
『あっちは片付く。あとはアンタだけだ、指揮官』
『ぐ、ぬ、グッ!!』
その言葉に、この状況に、ベルリン中佐は怒りで言葉を失う。
あの機体のテストのために、最初から仕組まれていたのだ。
そして、まんまと引っ掛かった。
結果、全てを失う羽目になった。
『き、貴様、貴様なんぞに……我らの崇高なる目的をぉぉぉぉ!!』
ベルリン中佐の重装カスタムは、背部にマウントしていた特殊兵装――逸話級特典武具【溶断斧 メルトダウン】を両手に掴む。
その装備スキル――《物理防御無効》と《炎熱付与》を発動。
同時に、背部及び脚部のバーニアを全開で吹かし、重装カスタムの全重量と共に突撃を敢行する。
【溶断斧】での一撃、命中すれば積層式古代伝説級金属装甲でも溶断され、致命打となるだろう。
『…………』
だが、【サードニクス】のコクピットに座る男に慌てる様子はない。
ただ静かに迫ってくる重装カスタムの姿をモニター越しに眺め、
『マキナ。最終テスト』
『アイサー!』
複座式コクピットの後部座席に座ったパイロットーー己の<エンブリオ>に、指示を出しただけだ。
『近接白兵戦モードのテストはっじめまーす!』
そんな言葉の直後に、決着はついた。
砂漠に金属同士の激突音が二、三度響き、
――黒い機体が砂の上に倒れ伏して決着した。
その両手からは、手にしていた【溶断斧】が管理AIに回収され、失われる。
搭乗者の死を示す、これ以上ない証拠のように。
◆
自称ドライフ正統政府の軍人達を殲滅した後、【ラケルタ・イデア】は撤収準備を行っていた。
その横では【サードニクス】が降着姿勢を取り、二人の乗員がその傍で話し合っていた。
「ご主人様! 対<マジンギア>戦の所感お願いします!」
むき出しになった機械の左腕をブンブンと振りながら、眼帯とメイド服を着た女性――マキナが同乗者だった男にそう尋ねる。
灰色のファッションスーツとギャングスタ―ハットの男――【器神】ラスカル・ザ・ブラックオニキスは、溜息を吐きながらその問いに答える。
「バーニアを噴かすのは良いが、乗員への負荷がきついぞ。俺はエミリーやゼクスのように頑丈なアバターじゃない。加減しろ」
「これでも気を遣った衝撃吸収シートなんですけどねー。やっぱりこの子の総重量が重めだからですかね! それとも私の愛の重さとか!」
「そうか。愛の方は九割落とせ」
「ひどっ!? ……あ、でも一割はオーケーなんですね」
「こちらからも聞くが、操縦への追従性は?」
「バッチグーですよー。なにせ、私の操縦でも音を上げませんからね!」
この<Infinite Dendrogram>における機械操作の技術は、半センススキルである《操縦》によって賄われることがほとんどだ。
《操縦》はマシンの性能を数値的に発揮すると共に、『マシンをどう動かせばよいか』といった操作法すらも頭と手足に染み込ませる。
ゆえに、リアルでは一般人の<マスター>でも、戦闘兵器を己の思うがままに操作できる。
だが、《操縦》のスキルレベル一〇の領域を超えた超人的な操縦を行う者も存在し、このマキナはその一人である。
「それにしても、出力はかなりのものだな。お前が持ってきたあの動力炉、『まだ内緒ですよ?』とか抜かしたせいでそのまま組み込んだ形だが……結局何だったんだ?」
「フッフッフ、やはり気になって仕方ないようですね! この動力炉こそ、私が設計図を持っていた超スペシャルな動力炉! 超々極秘で超々素晴らしい動力炉の正体は……どうしようかなー。まだ秘密にしようかなー? でもご主人様がどうしてもって言うならー」
「ここに来る途中で砂漠イソギンチャクの巣を見つけたんだが、ポンコツを廃棄するにはちょうどいいと……」
「はい! 【紅縞瑪瑙】の動力炉は煌玉竜の動力炉です!」
『さっさと話さないと触手の海に捨てるぞこのポンコツ』という脅迫に、マキナは即座に答えを明かした。
「煌玉竜?」
「はい。元々は煌玉竜用のものです。と言っても、量産のためにダウンサイジングとコストカットされてますけどねー」
「劣化品か?」
「いえー。安定性は格段に上がってますよー。そもそも煌玉竜って馬鹿みたいに巨大な機体を超音速飛行させたり、破壊力過多の主兵装積んだりで必要なエネルギーが異常だったんですよねー。それがなければ動力炉一基で三機動かせるくらいです。しかも開発された五機種とも主兵装の種類が違うんだからもうコストがひどくて。フラグマンあほですよね」
マキナはかつての先々期文明の超兵器について、製作者諸共に苦言を叩きつける。
「だからこの量産型の動力炉は超音速飛行や主兵装を使わない前提のエネルギー要求量で設計されてます。研究過程では地竜型動力炉とか言われてましたね、元のは天竜型で」
「なるほど。巡航砲撃形態のデザインが翼のないドラゴンだったのはその都合か」
「いえ、設計した私の趣味です」
「…………で、動力炉としての性能はオリジナルとどう違う?」
ラスカルは『まさかこの視認性抜群でクソ目立つ紅白の装甲もお前の趣味だけが理由じゃないだろうな』と内心思いつつ、スペックを尋ねた。
「サイズは元の十分の一ですが、コストも十分の一。それなのに出力は五分の一まで発揮します。パーツとしては格上と言ってもいいと思いますよ?」
「そうか」
「<マジンギア>サイズの機体が、戦術級未満の兵器を使う分にはこれで十分です。しかも腹部にある本体動力用と背部にある兵装用で二基積んでますからね! ダブルですよ! ダブル!」
「……それで、俺とお前が搭乗したコイツの戦闘力は、どの程度と見積もった?」
「個人戦闘型の<超級>くらいじゃないですかねー。もちろん、“最強”は抜きで」
「なるほど。加減の利く戦力としては十分だな」
「はい!」
ラスカルの所有兵器はテトラ・グラマトンをはじめ、あまりにも規模の大きく小回りの利かないものが多い。
であるならば、総火力で劣るとしても、だからこそこの機体には使い道があった。
「分かった。次の仕事にもコイツを持っていく。例の客船で、エミリーと張も動くはずだ」
「アイアイサー。……あ、すみません。客船の名前なんでしたっけ?」
「…………」
自身の相棒のポンコツ具合に溜息を吐きつつ、ラスカルは答える。
「――【エルトラーム号】だ。今度はそこに、珠も<超級>も揃う」
Open Episode 【The Ark of Death】
(=ↀωↀ=)<今回の話について作者曰く
(=ↀωↀ=)<「書いてて超楽しかった」
(=ↀωↀ=)<だそうです
(=ↀωↀ=)<定期的にロボット書きたい病になる作者である
( ꒪|勅|꒪)<……ちょっと前まで巨大ロボの殴り合い書いてただろうニ




