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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩編 三ページ目

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378/716

プロローグA

(=ↀωↀ=)<蒼白Ⅲはじまるよー


(=ↀωↀ=)<時系列は六章前半あたりだよー

 □ユーリ・ゴーティエ


「……お金ってどうしてなくなっちゃうんだろうね、ユーリ」

「急にどうしたの?」


 四月も中旬に差し掛かろうかという頃、級友でデンドロ仲間のソーニャが唐突にそんなことを言い出した。

 場所は由緒あるお嬢様学校として有名なロレーヌ女学院の食堂で、今は朝食の最中。

 けれど、テーブルに突っ伏して「お金……お金がないの……」というソーニャは令嬢らしからぬ状態だ。礼儀作法担当のミセスアルメニアがいたらきっと怒られる。

 さて、わたしはともかくソーニャは資産家のご令嬢。普通ならば「お金がない」ということはまずないだろう。

 そんな彼女が金欠な理由は……。


「また無駄遣いしたんだね……デンドロで」

「違うんだよー……。無駄遣いじゃないんだよー。……ギデオンに行ったらお店にガチャが置いてあって……。見物してたら素敵なインテリア出してる人がいたから私もー……って挑戦したらお財布の中身なくなってたの……」

「…………」


 それを無駄遣いと言わずに何と言うのだろう?


「ギデオンのガチャって、あの入れた金額に応じて振れ幅の大きいものだよね? あれって実質中身が無限だから、インテリアに絞って当てるのは難しいと思うよ?」

「そうなんだけどー……。あれ? ユーリってギデオン来たことあるの?」

「……き、聞いた話。聞いた話だから」


 ……危ない。わたしが姉さんの“計画”(フランクリンのゲーム)の当事者だったことは、ソーニャには秘密だった。


「はぁ、こんなときにリアルのお金がデンドロのお金に替えられたらなー……」

「RMTは国際法で禁止されてるから無理だよ」

「うがー! 何で禁止なのー! リアルマネーなら沢山持ってるのにー!」


 RMT禁止法。正式名称は確かもうちょっと長かったはずだけど、そう呼ばれている法律は二〇三〇年代から世界的に施行されている。

 ゲーム内の仮想通貨・資産と現実の通貨・資産の交換を一切禁止。法律の施行が最初のダイブ型VRMMO<NEXT WORLD>の開発発表がされた後なので、一説には『第二の居住空間であるダイブ型VRMMO内での財産が、現実の経済にまで大きな影響を及ぼさないようにするため』だとも言われている。

 結果として<NEXT WORLD>は第二の居住空間たりえなかったけど、<Infinite Dendrogram>は十二分にその領域だったから、RMT禁止法の施行は正しかったという意見も多い。

 リアルでどれだけのお金持ちだろうと<Infinite Dendrogram>の中では自分でお金を稼ぐしかないし、<Infinite Dendrogram>で莫大な資産を持っていてもそれをリアルの資産には変えられない。

 そうして健全な経済は保たれている……と、ここまで全て姉さんが言っていたことだけど。


「……ソーニャを見てると、禁止法あって良かったって思うよ」

「うわーん! だってさだってさ! 寮の中じゃショッピングできないもん! 私物あんまり増やせないし! 音楽ダウンロードにも限度があるし! 思いっきりお金使えるデンドロにはリアルのお金持ち込めないし!」

「どうどう」


 買い物できないフラストレーションと金欠のフラストレーションが二重に降りかかっているらしい友人を、わたしは何とかなだめる。


「あんまり騒ぐと怒られるよ? この食堂は先生方も使うんだから。ニーナ先生に見つかったら大目玉だよ?」


 社会担当のニーナ先生はすごく真面目で、いかにもクールな女教師という人だ。

 礼儀作法にも厳しく、今のソーニャを見られたら間違いなくお説教が飛んでくる。


「くっそー……。それにしても、どうしてうちの寮はあんなに外出規則厳しいのかなー……。抜け出したい……」

「駄目だよ。……先週、下級生の子が抜け出して他校の男子学生と逢引きしたって話あったよね?」

「そういえばそんな噂あったね」

「その子、一ヶ月の停学処分になっちゃったみたい」

「……怖っ!」


 防音の自室で趣味の音楽を演奏したり、模型を作ったり、それこそ<Infinite Dendrogram>にログインするのも自由だけど、その分だけ外部への外出規則は厳しい。

 ご令嬢に悪い虫がつかないための学校でもあるからね、ここ。


「ぐぬぬ……、やっぱり私の自由はデンドロだけかー……。……はぁ、でも本当にお金がなくて困っちゃう。もうじき愛闘祭なのに、お金がなくて何もできないよ……」

「愛闘祭?」


 なんだろう、そのくっつかなそうな単語がくっついたお祭り。


「ギデオンのお祭りだよー。昔のラブロマンスに準えたお祭りで、私のパーティもそれ関係のクエストでギデオンに来たんだけど……このままじゃなー……」

「ラブロマンス……」

「うん。好きな人をデートに誘って、告白するのが定番っていう恋のお祭り」


 恋のお祭りかぁ……。

 …………待った、何で今、レイと……わたしを物凄く罵倒してきたルークという子の顔が浮かんだ?

 あれはない。あれはないから。


「ユーリ?」

「う、ううん。何でもない。それで、ソーニャは誰と回るの?」

「……? お祭り楽しんだりクエストしたりって予定はあるけど、デートする予定なんていないよ?」

「パーティの人達は?」


 ソーニャが<Infinite Dendrogram>では二人の男性とパーティを組んでいるという話は聞いている。

 苦労話も多いけれど、総じて楽しそうだったのでそういうこともあるかな、っと思ったのだけど……。


「…………うぅん」


 当のソーニャは困り顔だった。


「アスマは紳士的だし真面目だし優しいし頼りになるし良い人だけど無口で乳母車だからどうデートしたらいいか分からないし、グリムズはクズだし」

「…………」


 二人の評価すっごく分かれてるなぁ……。


「あ、聞いてよ! グリムズがこないだ『実は俺って某国の第二王子なんだよ。国が共和制になって今ニートだけどな』とか言い出してさ。いくら法螺吹くにしても王子はないと思わない?」

「あー、それはそうだね」


 急に自分は王子って言われても引いちゃうよね。


「《真偽判定》とっておけばよかったよ。絶対ブーブー鳴ったはずなのに」

「……《真偽判定》の反応ってブーブーだったっけ?」


 ともあれ、クズだ何だと言いながらもそんな冗談を言い合うくらいにはパーティとの関係は良好らしかった。


「そういえば私がガチャで財産失くしたとき、グリムズは闘技場でスッてたっけ……。二人してアスマに怒られたなぁ……。食費と宿代はアスマが立て替えてくれて助かったけど」

「…………」


 だけど二人とももう少しアスマさんの胃に優しい生き方してもいいと思う。


「はぁ、お金がないよー……。もっとデンドロ内マネー欲しいよー……」


 そしてソーニャがまたテーブルに突っ伏して泣きごとを言い始めた。


「もうソーニャったら…………あ」


 だが、突っ伏したソーニャの頭越しに……ある人物が見えた。

 それは厳格で有名なニーナ先生。

 ニーナ先生は、ジッとソーニャの方を見ている。

 礼儀作法に厳しい先生の前で、「お金がない」と嘆いているソーニャ。

 ……どう考えてもお説教だ。

 あるいは、『お金がないとはどういうことです? まさか規則を破って外出しているのでは?』と詰問されかねない。


「…………」


 しかしわたしの予想に反して……ニーナ先生は特に言及することもなく視線を外して立ち去って行った。


「はぁ……あれ? どしたのユーリ?」


 自分が見逃されたらしいことにも気づかずそう尋ねてきたソーニャに、「なんでもないよ」と答えて、その日の朝食は終わった。


 ◇


 そんな朝食風景から始まった一日も瞬く間に過ぎて、本日最後の授業も終わろうとしていた。


「さて、これで本日の授業は終了。ですが、授業時間が五分ほど残っているので、少しばかり余談をいたしましょう」


 社会のニーナ先生はそう言った後、私達を順に見ていく。


「先週と今週の授業では気候や地政学によって各地で異なる産業が育ち、交易してきた歴史についても解説しました。ですが、環境によって異なる育ち方をするのは産業だけではありません」


 ニーナ先生はそう言ってプロジェクターに映されているパソコンの画面を切り替え、ペイントソフトで何かの絵を描いていく。

 それは……大きなクマと小さなクマだった。


「極寒の北極圏に生息するホッキョクグマは発熱量を増やすために体が大型化し、さらに厚い毛皮に覆われています。反面、温暖な南国に生息するマレーグマは体が小型化し、体毛も短くなっています」


 『なぜ今クマの話を?』と思わないでもないけれど、それは特徴を捉えたファンシーな絵だったのでわたしはとてもかわいいと思った。多分、クラスメート達もそうだと思う。

 けどソーニャがボソリと「ア□ーラのすがた」と呟いたので、つられたクラスメートが何人か吹き出していた。


「このように、野生動物が生育環境によって異なる特徴を獲得していったことは貴女達も知っているでしょう。ですが、これは人間にも二重に当てはまります。それぞれの人種が自然環境の中で長い時間を経てきた結果である人種的特徴。そして……個人が置かれた社会環境による人格的特徴です」


 社会環境と人格的特徴。

 多分、ニーナ先生の本題はこれかな。


「現代社会は多くの場合、身を置く社会環境に応じた人格が求められます。教師には教師の、シスターにはシスターの、最低限必要な人格・品格というものがあります。そして本校の生徒に求められるハードルは、世間の同年代の少年少女よりもかなり高く設定されています」


 前世紀より緩くなったと言われているとはいえ、ニーナ先生はここが由緒ある厳格なお嬢様学校であることを思い出させるように言った。


「先週、本校の生徒が寮を抜け出し、他校の男子生徒と深夜徘徊に及びました。幸いにして不純異性交遊には至りませんでしたが、それでも本校の寮規則を逸脱しており、該当生徒は現在重い罰を受けています」


 朝食の時にソーニャと話していた噂だ。

 非常に回りくどい始まり方をしたけれど、注意喚起とお説教が目的だったということ。

 姉さんなら『イラストや雑談で興味を引いて聞く姿勢を作らせてから、お説教に入るテクニックだねぇ』とか言いそうだけど。

 あ、これ姉さんっていうかロールしてるフランクリンの方だった。

 ……最近、頭の中で姉さんの印象があっちに寄ってきてる気がする。


「『朱に交われば赤くなる』という東洋のイディオムがありますが、貴女達の置かれた環境がここロレーヌ女学院であり、社会的立場がこの学園の生徒であることを忘れてはなりません。決して、交わるべき朱は外部の不良学生ではないのです。節度と礼節、貞淑さを胸に生きることを心掛けてください」


 そう言って再びわたし達を……特にソーニャを見ながらニーナ先生はそう言った。

 丁度そのタイミングで、予鈴本鈴に使われている学園内教会の鐘が鳴った。


「時間ですね。これで本日の授業を終わります」


 測ったような正確さでお説教を終わらせて、ニーナ先生は授業を締めくくった。


 ◇


「……おわったー」


 自室に戻ったわたしはベッドの上にダイブした。

 制服に皺がついちゃうけれど、どうせこの後クリーニングに出すから気にしない。

 明日からまた連休だし。

 今日は金曜日。一週間分の授業が終わって、ようやく気を抜ける。

 ベッドの横の犬のぬいぐるみを手に取って、抱きしめながらしばしゴロゴロした。


「朱に交われば赤くなる、かぁ……」


 一週間分の学園の疲れをベッドに吐き出したわたしの口から出たのは、ニーナ先生の言葉。

 次いで思い出すのは……デンドロにおける私の今の環境。

 節度、礼節、貞淑、いずれとも無縁な極大の朱。

 ……要するに、師匠のことだけど。


「……まだ染まってないと思うけど」


 格好いいところもあるし尊敬できるところもある師匠だけど、そっち方面だけは絶対見習わないようにしよう。

 うん、反面教師。


「……まぁ、師匠とはしばらく別行動なんだけどね」


 師匠は急に別件の仕事が入ってしまったから、この連休中はわたしと一緒に動けないらしい。

 代わりに、わたしにアルバイトをしないかと誘われた。

 師匠の仲間が仕事をするのに人手が足りないらしく、勉強も兼ねて手伝ってみたらどうか、という話。


「『人格と見た目は問題あるけど、金払いはいいから』……って言ってたっけ」


 あの師匠に『人格に問題がある』と言われるのが気になるところ。

 ソーニャと違ってデンドロでお金に困っているわけではないけれど、姉さんの造った【ホワイト・ローズ】は維持費も【マーシャルⅡ】よりかかるし、資金があるに越したことはない。

 アルバイトはとある砂上豪華客船での仕事らしいから、そういう意味でも気になるところだったから、結局引き受けたけど。


「客船の名前は【エルトラーム号】。雇い主は……マニゴルドさんかぁ……」


 【放蕩王】マニゴルド。

 師匠と同じ、最強クラン<セフィロト>に属する<超級>の一人。

 この連休、わたしはそんなマニゴルドさんの下で人生初のアルバイトをすることになったのだった。


 ……ニーナ先生のお説教は忘れないようにしておこう。


 To be Continued プロローグB

(=ↀωↀ=)<ソーニャとそのパーティメンバーの話は


(=ↀωↀ=)<Book Walker様の期間限定特装版六巻収録の<童話分隊>で描かれました


(=ↀωↀ=)<期間限定なのでもう買えませぬが


(=ↀωↀ=)<二話以降の構想もあるのでそのうち何らかの形で出せたらいいな、とは思ってます

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― 新着の感想 ―
なんか共和制になった国の話どっかで見た気がするけど誰やったか思い出せん
[気になる点] グリムズって【地神】の兄弟か?
[気になる点] 旧友ではなく級友だと思います。冒頭のシーンです。
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