エピローグ(ES) “鳥籠”と自由
(=ↀωↀ=)<八巻発売中ですよー♪
( ꒪|勅|꒪)<機嫌いいナ
(=ↀωↀ=)<僕が上機嫌な理由は挿絵レースの結果をご覧ください
□【破壊王】シュウ・スターリング
どこかから小鳥のさえずりが聞こえて、瞼を開く。
ぼやけている視界で……自分が眠っていたことに気づいた。
「……寝てたか」
かつての出来事について考えている内に、意識が落ちたらしい。
そのせいか、ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。
あいつと……最後に会ったときの夢だ。
「へくしっ……」
寝惚けていた意識が覚醒するにつれて体の感覚が戻り、少しの肌寒さを覚えた。
温暖なギデオンの夜だが、着ぐるみすら着ていないのは失敗だった。
「考え事は部屋に戻ってからにすりゃ良かったかな……」
四桁以上のENDはあるため、一晩屋外にいたくらいで病気になるほどやわではないが、それでも体は冷えていた。
《瞬間装着》でいつもの着ぐるみを着こむ。
そうする間に空も白み始め、日が昇ろうとしていた。
『ん?』
ふと闘技場に視線を落とすと、舞台への出入り口から玲二とルークが現れた。
それも全身武装のフル装備だ。
今日の“トーナメント”のための最後の調整をするため、早朝から闘技場設備を使うつもりらしい。
ルークはそのスパーリングパートナーなのだろう。
現時点でも、ルークは《ユニオン・ジャック》を使用すればステータスとスキルの数は一線級だ。
それも融合相手を高筋力高耐久のマリリン、飛翔能力のオードリー、物理無効高速攻撃のリズの三種から選択できる。“トーナメント”で戦う猛者の仮想敵として十分だ。
二人は闘技場の結界の中で、模擬戦を始めた。
『……ふぅむ』
結界機能を使った早回しの戦闘だが、竜魔人のルークとそれに対抗する玲二の姿がよく見える。
ルークが竜魔人を選んだのは順番にやるから一つ目にそれを選んだだけか。
それとも勝つつもりでやっているので、固定ダメージや炎を使う玲二に対してリズの鋼魔人では相性が悪いと踏んだからか。
ステータスの差ははっきりしているが、それでもギリギリまで食らいついている。
最初は状態異常対策の《逆転》を使いながら受けに回り、ダメージカウンターを溜めたら《追跡者》の対象をAGIに絞って反撃に出ている。
双剣でルークの槍に対抗しているが、単純なステータスでは竜魔人になったルークにダメージを与えられない。
攻撃手段は【瘴焔手甲】と《復讐》に絞られる。
いや、ここで玲二があの斧をアイテムボックスから《瞬間装備》した。
『装備しないっつってただろうに。ま、結界内での試しってとこか』
“トーナメント”での使用を前に、ここで試す心算か。
装備してもまだ異常は見えない。突き込んできたルークの槍撃に対し、盾代わりに使って防ぎもしている。
だが、俺の予想が正しければ……。
『あ』
――瞬間、轟音が響く。
結界を透過するほどの爆発音が聞こえると同時に、あの斧はクルクルと宙を舞っていた。
それを持っていたはずのあいつの右腕は……粉々に吹っ飛んでいた。
防御から転じて、斧を攻撃に使おうとしたのだろう。
しかし振り下ろすことすらできず、振り上げただけで右腕が砕け散っている。
『……ま、呪いの武器ってのは本来そういうもんだからな』
使用にリスクが伴って当然。
中でもあの斧は俺がこれまで見てきた中で一番やばい奴だろう。
大別すれば俺の【グローリアγ】も呪いの装備だが、あれよりもヤバい気がする。
……少なくとも、“トーナメント”までに使えるようにはならない。
「「…………」」
右腕の破裂に二人とも驚いた様子だったが……それでもルークは追撃して首を刎ねた。
容赦ない。……鍛えたのは俺だけどな。
それで一セット目は終了して結界も解除された。
結界内ではHPがゼロになれば試合終了。【死兵】の《ラストコマンド》が発動することもない。発動しても首を刎ねられれば体は動かせないけどな。
……それも踏まえてルークも首を刎ねたのか?。
「……まーけーたー!」
「あはは。今のは事故みたいなものですよ」
玲二は右腕も戻って五体満足になっている。
……あの斧は結界内での傷でも治らない類かと思ったが、そこは治るのか。
「……これ、暫く封印だな」
『うむ。もう少し解呪を進めるまで、危なっかしくてこれにレイの片手は預けられぬ』
玲二はあの斧を恐る恐るアイテムボックスに仕舞った後、
「……よし! もう一回だな」
気を取り直してあっさりと二セット目を始めた。
模擬戦でも、普通は腕が吹っ飛んだらもうちょっと思うことがありそうなものだ。
……ま、慣れたんだろうな。
これまでもフィガ公やランカーと模擬戦でやり合ってきたらしい。
その結果だろうか。
『…………違うか』
玲二がこっちに来てから、どれくらいの時間が過ぎたか。
リアルでも一ヶ月以上が経ち、あいつもルーキーという範疇からは脱したように思える。
数々の強敵に遭遇し、乗り越えて、あるいは敗れても折れず、あいつは今まで続けている。
そうする度に経験を積んで強くなっていった。
レベルが上がり、技術も向上した。
それでも、心は……きっと昔から変わっちゃいないだろう。
昔から、あいつは心が強かった。
弱さを抱えながら、傷つきながら、それでも強いのがあいつだった。
ゼクスは俺が『強い正しさ』を持っていると言っていた。
だが、俺に言わせれば……『強い心』はあいつのものだ。
それはここでも変わらず。
心に合わせて、<エンブリオ>という力も得た。
『……それでも、まだだな』
それでも……まだ早い。
今はまだ、その時じゃない。
『……ゼクスの奴もこんな気持ちだったのかね?』
俺が上級職で燻っていたとき、あいつも同じようなことを想ったのだろうか。
『…………』
あいつの待ち望んだ戦いがあの時だったのなら、俺の望みはいつ叶うのか。
そんなことを思いながら、俺は二人の模擬戦を眺め続けた。
◆◆◆
■“監獄”
その日の朝、“監獄”はとても静かだった。
【疫病王】キャンディ・カーネイジによって“監獄”内の都市に散布された細菌によって、ほぼ全ての<マスター>が死に絶えたからだ。
そして例外的に生き残っていた者も、ガーベラによって始末されている。
この街で生きているのは、<IF>に属する者だけである。
そうして今、彼らの住居でもある喫茶店<ダイス>にはゼクスの姿だけがある。
他の二人の姿はなく、煌玉人であるアプリルもアイテムボックスに仕舞われているため、本当に一人きりだ。
「…………」
ゼクスは、店内の椅子の上で目を閉じ……眠っている。
昨晩は一人で喫茶店を店仕舞いしていた。
“監獄”を出ると決めた以上、もはやここに戻ってくることはない。
だから、それなりに思い出のあった店を片付けていたのだ。
テーブルも椅子も、ゼクスが今使っているもの以外はアイテムボックスに仕舞われている。
立つ鳥が跡を濁さないように、食器や家具もアイテムボックスに仕舞われている。
唯一、壁に掛かったままの時計を除いて。
「……朝、ですか」
壁の時計が六時を指し示し、夜明けの光が差し込むと共にゼクスは目覚めた。
“監獄”内は夜明けも夕暮れもあり、天候も変わる。
まるでSFの移民船のように、人工的に制御された環境を持っている。
それはレドキングだけではなく、他の管理AIの力も借りているのだろう。
だが、ゼクスのこれからなそうとすることに対しては、レドキング以外の管理AIは関与しない。
彼らにしてみれば、それもまた自由であるから。
『可能ならばすればいい』と言っているのだ。
「……懐かしい夢を見ましたね」
それはこの“監獄”に落ちる直前の記憶。
最後にシュウと会ったときの……戦ったときの思い出だ。
その夢の感覚の残滓に、ゼクスは我知らず微笑む。
あの戦いで、ゼクスは『自分』を得られると思っていた。
自分とまるで違うシュウと全てを……魂をぶつけ合えば、誰でもない自分にも『自分』が生まれるのではないかと思っていた。
だが、そうではないのだと……シュウ自身の口から諭された。
実際、『自分』を得た感覚などゼクスにはない。
あったとしても、きっと分からない。
彼にとって、彼自身は変わらない。
けれど、少しだけ変わったこと……変えたこともある。
あの戦いの後から、己の定めた方針――『悪』以外に目を向けた。
シュウの言っていたようにこれまでやってこなかったことを始めた。
その結果がこの喫茶店だ。
コーヒーの淹れ方を学び、ガラス細工に手を出し、店を開いた。
模範囚らしく、レドキングの企画したイベントにも参加した。本を読んで、感想文を書いてみたこともある。
皮肉にも、この“監獄”での日々がゼクスにとって最も真っ当に生きた時間だっただろう。
それは、リアルを含めても、だ。
日々を送り、知人と話し、仲間と過ごし、時折起きる傍迷惑な騒動に向き合う。
それはまるで……シュウのような生き方だったかもしれない。
そして、『自分』というものはそうして生きていく中で少しずつできるものであったかもしれない。
あるいは……ここでずっと過ごしていれば、いずれゼクスは気づかぬうちに『自分』を得られたのかもしれない。
されどここでの日々は……もう終わりを迎える。
「さてと……」
ゼクスは壁に掛けたままの時計を見る。
六時を少し過ぎた時刻を見て。
「あと六時間足らずで、ここともお別れですね」
ゼクスは椅子から立ち上がり、歩いて店の外に出る。
外に出てから軽く跳躍して……背中に翼を生やした。
それは収監される前からストックしていた、ジュリエットのフレーズヴェルクの翼。
この“監獄”で幾度かの入れ替えを行って、それでも残し続けた一つ。
「…………」
そのまま黒い翼で羽ばたいて、ゼクスは“監獄”の空へと上がる。
どこまでも飛んでいけそうな晴れ渡る空。
しかしゼクスは知っている。この空は、高度一〇〇〇メテル程度に壁がある。
結局は檻であり、籠に過ぎないのだと知っている。
刑期を終えるまで誰も出ることのできない、出たこともない脱獄不可能の檻。
かつて、“鳥籠の化身”と呼ばれた<エンブリオ>の作り出した亜空間の籠。
そんな小世界を見下ろしながら、ゼクスは呟く。
「小さくも、全てが揃っていましたね」
大罪を犯した<マスター>を隔離できる仕様、それが“監獄”だ。
それは罪を犯した<マスター>との戦いで、罪なき<マスター>を育てるため。
そして“監獄”に収監されまいとする、罪を犯した<マスター>を育てるため。
そのどちらもの奮闘と、成長を促すための仕組み。
それゆえに、敗れて隔離した地であるここにも全てが揃っている。
街がある。
ダンジョンがある。
希少なアイテムもある。
ジョブクリスタルも各国のものを揃えている。
ティアンはいなくとも<マスター>はいる。
仲間も作れるだろう。
あるいは、囚人同士での闘争もあるだろう。
それゆえに、成長もあるだろう。
“監獄”に落とすための成長。
“監獄”に落ちないための成長。
そして、“監獄”に落ちた後の成長。
ここもまた、一〇〇の<超級エンブリオ>を揃えるためのシステムの一つ。
事実、この“監獄”で<超級>へと至った<マスター>が二人いる。
ここは隔離のための“檻”であり、隔離した上で成長させるための“鳥籠”である。
囚人達の全ては、レドキングにとっては雛鳥――<無限>未満の<エンブリオ>に過ぎない。
自由にさせるのも、決して出られぬという確信あってのもの。
「…………」
そんな、“鳥籠”の天辺で。
誰もいない無人の街と化した“監獄”を、ゼクスは静かに見下ろして……。
「……今日で、お別れですね」
いまだ数百年でも足りない刑期を残した男はそう呟いた。
彼が正攻法で出る日ははるかに遠い。
ゆえに、彼の告げる別れの手段は……邪道にして罪。
「レドキング」
ゼクスは天井のある空を……、その先で自分も含めた全てを見下ろしているだろう相手を見上げて。
「――今日、脱獄ていきますね」
――脱獄を宣言した。
彼がなぜ、翼を背負って飛んだのか。
それは、己のいた小世界の姿を、二度と戻る気のない場所を最後に目に焼き付けるため。
そして、“鳥籠”の中の雛鳥が、自由を求めて「出ていく」と伝えるため。
既に、翼は得ている。
“鳥籠”は不要と、雛鳥は告げた。
◆
ギデオンでの“トーナメント”開催初日。
“監獄”で、不可能と言われた大罪への挑戦が始まった。
To be Continued
(=ↀωↀ=)<今回は前半エピローグです
(=ↀωↀ=)<本編とES混ざってる6.5章ですが、ESとしてのエピローグです
(=ↀωↀ=)<後半は……物凄く考えましたが蒼白Ⅲの後にします
(=ↀωↀ=)<頑張って進めます