第十九話 斯くて黄昏と混沌は黎明に消える
(=ↀωↀ=)<先に言っておきます……
(=ↀωↀ=)<今回頑張りすぎたので……
(=ↀωↀ=)<次回更新お休みさせてください……
)=ↀωↀ=(<ぶにゃあ……(疲れ猫)
)=ↀωↀ=(<あ……でもツイッターキャンペーンのSS書かなきゃ……
)=ↀωↀ=(<今月中には書いて送るので……
)=ↀωↀ=(<十月一日の八巻発売日やキャンペーンには間に合うはず……
□バルドルについて
バルドルとは北欧神話における光の神である。
そして、世界最大の巨船であるフリングホルニの所有者でもあった。
そうしたモチーフは、シュウの<エンブリオ>であるバルドルにも顕れている。
第一形態が光弾を射出するものであったこと。
第五から第七の形態がいずれも船舶であったこと。
あるいは最初からその終着点を目指して進化を続けたような存在だった。
それは<マスター>であるシュウの本質を、バルドル自身が生まれる前に理解していた……理解させられていたからかもしれない。
だが、バルドルというモチーフにはあと二つ……特徴的な側面がある。
一つ目は、悪神ロキの姦計によって弟である盲目の神ヘズに殺されたこと。
二つ目は、光の神である彼の死による光の喪失を端緒として、北欧神話の終焉である神々の黄昏……ラグナロクが始まるということ。
終わりの始まり。
大破壊の前兆。
それこそが北欧神話におけるバルドルという神の立ち位置である。
だが、<エンブリオ>としてのバルドルにその側面はなかった。
そう。なかった、だ。
今は――在る。
かつて相対した最大最強の魔竜、【三極竜 グローリア】。
その討伐によって得たものこそ、【臨終機関 グローリアγ】。
バルドル内部に搭載された第二エンジン。
それは普段は稼働せず、ただのデッドウェイトとして存在する。
稼働した時に全てが終わるからこそ、普段は動かない。
一度稼働すれば、その姿は熱量の赤と……魔竜の黄金に染まる。
そしてそうなれば……全ては終わる。
相対する敵も。
そして……。
◇◆◇
□■黄昏と混沌
赤と黄金に染まった巨神……黄昏の巨神が地に立つ。
ゼクスはその姿を生み出したモノが何であるかを知らない。
<エンブリオ>のスキルか、ジョブの奥義か、あるいは特典武具か。
いずれにしても、それはゼクスの知らないシュウ。
ゼクスが全てを賭して引き出した、シュウの切り札。
正真正銘、本気でゼクスを倒すために全てを用いたシュウ。
だが、それだけでは足りない。
『まだ……』
引き出しただけでは足りない。
本気のシュウと戦い、彼を理解し、そして彼の彼たる理由をゼクスが得なければならない。
それができると、それをしなければと、考えてゼクスはこの戦いに至ったのだから。
『まだ……!』
まだ、ここでは終わらせない。
まだ、ゼクスは何も得ていないのだから。
『――――』
黄昏の巨神が動く。
その動きは、元は同じ速度であるはずの黒い巨神よりも明らかに速い。
ステータス上昇型の変身スキルの一種であることは明らか。
特典武具であればコピーは出来ず、ジョブか<エンブリオ>であっても今のゼクスには発動条件が分からない。
ゆえに、このままぶつかる。
あちらにステータスの上昇があっても、ゼクスにはスライムとしての形状復元の特性もある。多少の手傷を負っても、相手の情報を知れるならば高くはない。
相手の攻撃を受けることで理解する。それもゼクスのスタイルの一種だ。
ゆえに、次の行動と結果は必然だった。
黄昏の巨神が撃ちこんできた拳に、黒い巨神は遅れながらも拳を合わせる形で応じ、
――その右腕を跡形もなく失った。
『……!?』
ゼクスは、驚愕した。
彼としては珍しいほどに、生の感情が黒い巨神……ヌンの全身を波打たせる。
それほどの、予想外。
相殺するどころか、交錯した右腕の全てを原子レベルで砕かれた。
【破壊王】の《破壊権限》の効果、だけではない。
あまりにも隔絶した彼我の攻撃力の差が、その結果を生み出している。
多少の速度上昇など、ただの余禄。
黄昏の巨神の真骨頂は、この何物も及ばない攻撃力。
黒い巨神は、今のゼクスは、必殺スキルを用いたバルドルと同じステータス……いや、それ以上の力を持っているはずだった。
だが、黄昏の巨神の力は……それすらも勝負になっていない。
『シュウ、君は……!』
シュウの力を得るために、ゼクスは五〇〇レベルという対価を支払った。
ならばそれすら凌駕する今のシュウは……何を支払っているのか。
「――捻花」
返された言葉は答えではなく、黄昏の巨神は追撃の右掌を振るった。
黒い巨神が咄嗟にガードを上げてしまった左腕の肘から先が消し飛び、その先の頭部までも抉られたように原子粉砕される。
『……!』
頭部を失う攻撃も、本来は黒い巨神にとって致命傷ではない。
TYPE:ボディであるヌンに、急所という概念は存在しない。
総体積に余裕ある限り、頭や心臓にダメージを受けようが掠り傷でしかない。
だが、黄昏の巨神の二度の攻撃は、その体積を大きく削り取っている。
『シュウの切り札は……これほど、ですか』
絶大な物理攻撃力を有する黄昏の巨神。
シュウの、【破壊王】の《破壊権限》が組み合わさり……その手足は振るうだけで相手の全てがこの世から消し飛ぶ最強の武器である。
少なくとも、元のバルドルをコピーした黒い巨神の防御力ではガードすらできない。
神話級金属を超える金属ならば防げるのか?
“無敵”と言われる<超級>ならば防げるのか?
どちらも不明だが、少なくとも……。
(この私のストックに、これを防ぐ術はない……)
元より物理防御に関しては隔絶したスライムの体。苦手なエネルギー攻撃に対しても、《熱量吸収》のヨツンヘイムなどを揃えている。
だが、その上で……黄昏の巨神の攻撃力はもはやどうしようもない。
技量で勝るシュウに速度でさえも上回られては、回避もできようはずがない。
今も少し逸らすのが限界であり、端から体積を削られている。
(【スピンドル】も、無意味)
触れた端から原子分解で消滅しているのだ。先刻のように、砕かれた体を分体として張り付かせることもできない。
ゼクスの耐性も、講じた戦術も、今のシュウは全て力で貫いている。
(……ノーリスクではないのでしょうが)
黄昏の巨神が振るう手足が反動で砕けていないところを見れば、STRではなく攻撃力の最終発揮値を上げる類のスキル。
しかしそれでも、機体表面には罅が増え続けている。
今の黄昏の巨神は高めすぎた攻撃力が空間を伝い、余波だけで機体を傷つけている。
それはスキル使用のデメリットではなく、ただの現象。
だが、いずれにしても長期戦などできようはずもない。
(短期決戦型のスキル。ならば……)
そうであるならば……本来はゼクスが優位だった。
五〇〇レベルを賭した必殺スキルが三〇分しか持たないことも、今も総体積を削られ続けていることも関係ない。
ゼクスの有する超級武具、【再誕器官 グローリアδ】は短期決戦の相手にならば確実に勝てる。
正確に言えば、最終的に勝てる。そういう武具だ。
倒す、倒されるという勝負の前提から、覆してしまう。
この<Infinite Dendrogram>の仕様そのものへの大叛逆であり、今この場で猛威を振るう【グローリアγ】にも決して劣らない超級武具だ。
だが、今のゼクスには『使えない武具』であり、持ち主と合わせて考えれば『史上最も意味のない超級武具』でしかない。
(……ラスカルさんは、それも踏まえて『待て』と言っていたのでしょうが)
ゼクスにとって【グローリアδ】が使える時が来るまで待てば、<IF>の目的を達成させたならば、ゼクスは誰と戦っても勝利できるようになる。
(けれど……)
しかしそもそも……。
『シュウとの闘争の勝敗は……私には要らない』
戦いの勝ち負けなど、ゼクスにとっては重要でない。
だから、シュウと戦っても勝てる時期まで待つことに意味はない。
彼にとって、真に重要なのは……。
『彼を、私とはまるで違う彼を、理解できるか……それだけなんだ!』
本気を出しきった彼との、正真正銘全てを曝け出した――魂のぶつけ合い。
求めているのは、その結果だけ。
そしてその結果が得られるのはきっと……互いに最後まで戦い尽くした時だけなのだろうと、ゼクスは考えている。
『だから……!』
まだ彼は答えを得ていない。
だから……終われるわけがない。
『まだ、この時間を終わらせない……! 終われないんだッ……!』
そして焦燥と魂の絶叫を、黒い巨神が咆哮し……。
『――《スプリット・スピリット》ォォ‼』
――自身が有する最後の手札を使用する。
瞬間――黒い巨神は六体に分裂した。
混沌としか言えぬ有り様は、超級進化によってヌンが獲得した最終スキルによるもの。
スライムとしての特性の一つである分裂を発展させたスキル、《スプリット・スピリット》。
変形後の力を維持したまま、最大六体まで分裂するスキル。
それぞれで異なる対象への変形を行うことはできず、HPは元の残量を分裂した分だけ分割される。
加えて、デメリットとして……スキル終了後に最大HPが削れる。
スキル使用後に分身は残らず、最大HPは分割した状態で固定され、デスペナルティから回復するまで戻らない。
総体積を生命とするヌンにとって、そして死して“監獄”に落ちれば半永久的な刑期を受けるだろう【犯罪王】にとって、そのリスクは計り知れない。
それでも、ゼクスは使う。
レベルを捧げたように、生命を捧げる。
――この時間を続けるために。
『『『『『『――――シュウ――――』』』』』』
混沌……六体の黒い巨神が叫びながら、黄昏の巨神に迫る。
駆け、跳び、回り込み、這い寄って、決して一度の攻撃軌道では仕留められない連携を……全てが本人ゆえの一糸乱れぬ動きで肉薄する。
《スプリット・スピリット》を必殺スキルより後に使用したのはデメリットゆえではない。
このスキルが最も効果を発揮するのは、必殺スキルで圧倒的強者に変形した状態。
即ち、黄昏の巨神を取り囲むのは六体の鋼の巨神に等しい。
「――疾ッ」
黄昏の巨神は、左の正拳を正面から突撃してきた一体目に繰り出し、一撃でその胸部を……胸部を中心とした上半身全てを消滅させる。
HPの六分割により、分身した六体は黄昏の巨神の一撃で砕け散る状態だ。
逆に言えば――六回まで受けられるということだ。
『――シュウ!』
跳躍し、真上から飛び掛かってきた二体目は、叩き潰すように両手を組んで振り下ろしてくる。
対し、黄昏の巨神は右足を蹴り上げる。
速度で勝るその蹴撃は、鉄槌の如き両腕を肘から先から消し飛ばす。
そして、蹴り上げた軌道を加速させながら降下――踵落としで二体目を両断、消滅させる。
その間に、残る四体の攻撃が黄昏の巨神に炸裂した。
全身の装甲がさらに砕け……黄昏の巨神の左腕が脱落する。
その有様に、四体は「やはり」と思考する。
《最終神滅形態》は、攻撃力ほど速度は上がっていない。同様に、防御力に関しても攻撃力より劣る上昇に留まるのだろう。
むしろ攻撃の度に反動でダメージを負っている以上、より脆くなっている可能性もある。
ゆえに、当たればダメージは徹る。
そうであるならば……。
『――シュウ』
三体目が黄昏の巨神の前に立つ。
熊の如く、王の如く、両腕を大きく広げ……まるで「力比べでもしようか」と言っているようだった。
黄昏の巨神は、シュウは、その挑発に乗る。
いずれにしても一体ずつ殴り倒し、消し飛ばすしかないのだから。
広域殲滅火力に、《最終神滅形態》の強化は乗らない。
ゆえに、鋼の巨神と同等以上の分身を相手にするならば、その手足で叩き潰すより他に道はない。
黄昏の巨神は地を蹴り、三体目に肉薄する。
速度と技術で劣る三体目に、抗う技などありはせず、広げた両手で相手と組み合う暇もない。
そして黄昏の巨神は右拳を放ち、一体目同様に三体目の上半身を消し飛ばす。
瞬間、胴体を失った三体目が……三体目の広げた両腕が眩く発光した。
「……ッ」
その光を……網膜を灼き焦がして視力を奪う兵器を、シュウは知っている。
「【F弾頭】か!」
バルドルの放つ弾頭の一つであり、光によって視界を塗り潰す目潰しのミサイルだ。
かつて、【グローリア】との戦いでも使用している。
「チィ……!」
黒い巨神が同じ力を持つならば、ステータスだけでなくこうした特殊弾頭も当然使用可能であるはずだと分かってはいたが、両腕からの発光は想定の外。
本来は胸部から発射するミサイルであり、その胸部は初撃で消滅している。
だが、すぐに理解する。
鋼の巨神を模していても、その正体はヌン。
ならば、胸部に収められた【F弾頭】を、液化した体内を通して両腕まで運ぶ、くらいの芸当は出来るだろう。
その戦術は正しく、シュウの視界を一時的に奪い取った。
バルドルが灼けついた視覚センサーを切り替えるよりも早く、衝撃が黄昏の巨神を揺らす。
『シュウゥ!』
それは四体目。
視覚を失った隙に、両腕と両足で黄昏の巨神にしがみついている。
黄昏の巨神が態勢を崩しかけるが、その状態では四体目もまともな攻撃などできない。
対して、零距離であっても黄昏の巨神の攻撃力は、六分割の分身など容易く撃破可能。
拳を当てて、粉砕するのみ。
「……!」
だが、シュウのその判断は一瞬で覆される、――物理的に。
視覚センサーが回復しない状態で、コクピットのシュウは天地がひっくり返るような感覚を受けた。
そしてその理由は、全く以てそのままだ。
天地がひっくり返っているのである。
「これ、は……!」
四体目とそれにしがみつかれた黄昏の巨神は、諸共に空中でその全身を回転させていた。
それをなしえるものを、シュウは既に知っている。
「またあの特典武具かよ……!」
【螺身帯 スピンドル】、ゼクスの体を回転させる特典武具。
それは通常の分体程度のサイズでは多少態勢を崩す程度であり、黄昏の巨神相手では付着させることも困難だ。
だが、今は違う。
黄昏の巨神と全く同じサイズの四体目がしがみつき、密着している。
この状態ならば諸共に空中で高速回転し、動きを完全に封じることすらできる。
莫大なステータスも、地に足をつけばこそ。
黒い巨神が出現した当初の、真逆だった。
だが、違うことが二つある。
一つは、高速回転状態であるために拳を振り下ろす先が定まらないこと。下手をすれば四体目ではなく自身を叩き、ダメージを負いかねない。
そしてもう一つは――まだ五体目と六体目がいるということだ。
高速回転する状態で、回復し始めたセンサーが二体の姿を捉える。
二体の黒い巨神は、共に同じ構えを取っていた。
「……!」
その構えを、シュウは当然知っている。
「《破界の鉄槌》かッ!」
【破壊王】の最終奥義、《破界の鉄槌》は高めた攻撃力と《破壊権限》でも普段は封じられている空間破壊の合わせ技。
空間の破断によって自身諸共全てを破壊する。
それを、空中拘束された黄昏の巨神に二体が同時に撃ち放つ構え。
直撃すれば、黄昏の巨神であっても確実に破壊される。
「…………」
ゼクスがこれで勝負を決める算段であることを、シュウも理解した。
ここが最終局面。
だが、今のシュウに四体目の拘束から脱する手段はない。
空中に浮かせられてステータスは発揮できず、内蔵火器は全損している。
「地に足も着かず、身動きも取れない状態、か」
しかし、それでも……。
「――空は叩ける」
シュウの言葉と共に、黄昏の巨神が右拳を握る。
四体目を狙うのではない。
五体目と六体目を迎え撃つのではない。
ただ、そこにある空間を叩くのみ。
それだけで……黄昏の巨神には十分だ。
『『――シュウ――』』
空中拘束された黄昏の巨神に、五体目と六体目が駆け出し、
「――《破界の鉄槌》」
先んじて、黄昏の巨神の右拳が空を叩いた。
その瞬間に――全ては終わる。
黄昏の巨神の攻撃力で放つ最終奥義。
極大の空間破壊の衝撃が……その場の全てを飲み込んだのである。
◇◆
<ノヴェスト峡谷>は、死んだ土地だった。
<超級>と<SUBM>の死闘で地形は変わり、交易路は失われ、《絶死結界》で生命すらも消え失せた。
だが、それでも<峡谷>ではあっただろう。
けれど今の<ノヴェスト峡谷>は、もはや違う。
――全てが消え失せていた。
すり鉢のように半球に抉れた地形は、元が峡谷であったことなど想像もつかない。
今度こそこの地はかつての名残すらもなく、終わったのだ。
それでも、この地の全てが終わっても。
「……ラス一、だな」
『ええ……』
まだ、立っている者達がいる。
一人目は、【破壊王】シュウ・スターリング。
黄昏の巨神は脱落した左腕に続いて、《破界の鉄槌》を放った右腕が消滅していた。
全身の装甲もほぼ残っておらず、砕けかけた両足で辛うじて立っている。
史上最大の威力で放たれた最終奥義に耐えたのは、攻撃力の余禄で多少でも上がっていた防御力の効果か。あるいは「使えば死ぬ」と同義の最終奥義でも、使用者への最低限の加減があったのか、それは分からない。
二人目は、【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェル。
黒い巨神は、もはや六体目を残すのみ。
それとて《破界の鉄槌》が炸裂する直前に五体目が庇わなければ、消滅していただろう。より爆心地の近くにいた四体目は言わずもがなだ。
だが、唯一残った六体目も……その中身は既にないに等しく、辛うじて形を維持している。
六体分裂の《スプリット・スピリット》に、体積が減じても形とサイズを維持できる付加効果がなければもうこの姿ではいられないほどだ。
共に、相手の攻撃をあと一度でも受ければ死ぬだろう。
もっとも、ゼクスはこうなる前からそうだったが。
いずれにしても、すぐに終わる。
「それで、理解はできたか?」
『…………』
何を、とは聞き返すまでもない。
このもう間もなく終わる戦い、殺し合いの中で……ゼクスはシュウを理解できたのか、ということだ。
答えは……。
『……いいえ』
否、だ。
『シュウが掴めそうで、掴めない。どうしても、分からない。分かると思ったのに、どうして……』
「ああ。そりゃそうだろうよ。分かる訳がない」
理解できないことが分からないと言うゼクスに、シュウはそう言った。
『なぜ?』
「なぜもクソも……」
そしてシュウは嘆息をして、
「――俺は戦うだけの人間じゃないし、お前とも殺し合うだけの関係じゃないからだ」
『…………』
シュウは様々なトラブルに巻き込まれる人間だ。
戦いによって、多くを解決してきた人間だ。
それでも、彼の日常の全てが戦いであったわけではない。
この<Infinite Dendrogram>で、彼は彼として生きてきた。
着ぐるみを着て、子供にお菓子を配った。
たまに料理を作っては、城の中の友人に届けもした。
友人知人の誘いにつき合って、遊びにも行った。
戦うだけが、この世界の生き方ではなかった。
戦わない日常もまた、彼の構成要素。
その日常の中では、ゼクスと過ごした時間もある。
「だったら、殺し合うだけで俺の全部を理解なんて、できるわけねえだろ」
『……………………』
正論だった。
むしろ、ゼクスの抱いていた『全てを出し尽くし、魂をぶつけ合うことで理解できる』という手法が、論理的に破綻していたとも言える。
『……どうして?』
「その『どうして』が、『どうして自分は気づかなかったのか』って意味なら想像はできるぞ」
『それは?』
「お前は地球でもこっちでも、命のやりとりが人と関わるベースになってるからだ」
先刻、自ら明かした臓器移植用クローンという出生。
オリジナルに命を渡すためだけに作られた命。
オリジナルが死んだあとは遺伝子を、命を繋ぐだけのリアル。
そしてこの地に於いても、自らの生き方を決める自由の賽で選んだのは悪の道。
必然、命のやりとりは常となる。
「お前は、命の奪い奪われが前提の生き方しかしてこなかった。だから、根っこの部分で考え方が相違してるんだよ」
『…………はは』
その笑いは、二つの色を含んでいた。
一つは、自らが手法を間違えたことに対する落胆の乾いた笑い。
もう一つは、喜びだった。
(シュウは……私のことを、よく分かってますね……)
自分では分からない自分という在り方。
そんな自分でも、誰かに理解してもらえたことが……嬉しかった。
涙が、零れるほどに。
(私は、まだシュウを理解できない。けれど、それでも……きっと私を知る術はシュウとの関わりの先にある。そして何より……)
この手法が間違っていることは分かっても、ゼクスは自分の在り方は曲げない。
シュウを理解することを諦める気はないし、自らが選んだ『悪』を止める気もない。
そこで自分を曲げていては、今度こそ理解なんてできないだろうから。
誰よりも曲がらない男を、理解したいのだから。
「ま、今後は犯罪以外もやってみることだ。例えば、料理作り、とかな」
『犯罪を止めろ、とは言わないんですね』
「言葉でも拳でも、お前はそこを曲げたりしないだろ?」
『……ふふ』
本当によく理解している、とゼクスは嬉しさで笑った。
『さて……』
「おう」
そして、シュウとゼクス……黄昏の巨神と黒い巨神は向かい合って……。
『決着を、つけましょう』
「ああ。これで終いだ」
互いに向けて、真っすぐに駆けだした。
もはや戦術などはない。
駆け引きもない。
崩れそうな体で、吹けば飛ぶような生命で突き進み、先に相手を打つのみ。
強いて言えば、両手足のある黒い巨神が有利であっただろう。
黄昏の巨神の速度の優位も両足が砕けかけていては発揮できようはずもない。
『――シュウゥゥゥゥゥ‼』
そして、黒い巨神がその拳を振るい、
「――ゼクスゥゥゥゥゥ‼」
黄昏の巨神が、砕けかけた右足を蹴り上げた。
そして、朝陽が昇る空に……最後の衝撃音が木霊する。
両者の攻撃は――どちらもが命中していた。
黒い巨神の拳は……黄昏の巨神の頭部を千切り飛ばし。
黄昏の巨神の足は……黒い巨神の胴体を逆袈裟に両断していた。
共に、人であれば致命の一撃。
だが……。
『…………シュウ』
「何だ?」
黒い巨神の両断された断面から少しずつ罅が全身へと広がる。
そして黒い巨神は全身を砕け散らせ、光の塵へと変わりはじめた。
『また、会いましょう』
「……ああ」
消えゆくその姿を、シュウはバルドルを出て直接その目に映す。
『それと……また戦いましょう』
「……懲りないな」
『ええ』
「……ま、いいぜ。だが、今回みたいな脅迫紛いの果たし状はなしだ。……昔、ハンプティの奴にもこんなことを言った気がするな」
『ふふ……そうですね、今度は別の形で……リベンジをしましょう』
「いや、今回は引き分けだ」
『……?』
黒い巨神の最後に残った頭部が、自力で首を傾げたのか、それとも砕けて転がったのか、どちらにしても疑問を呈すように傾いて。
同時に、黄昏の巨神の全身が光を失って灰色に染まり……砂のように崩れ始めた。
「こっちも、もう時間切れだ」
見れば、シュウの体も光の塵へと変じていく。
その有り様に、ゼクスはやはり強い反動のある力であったのだろうと理解した。
『……それでもこの結果は私の敗北ですよ』
「頑固だな」
『ふふ』
小さな雫となり消え去る寸前のゼクスは、シュウの言葉に笑って……。
『きっと、それも……“私”ですから……』
――跡形もなく、消え去った。
王国最悪の犯罪者。
<IF>のクランオーナー。
【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルは……こうして“監獄”に収監された。
「お前なら俺という鏡に映さなくても……いずれ自分で自分を見つけられるだろうよ」
消え去った強敵の、友人の、鏡写しの自分の姿に、シュウはそう呟いた。
「さて、……この後はどうなるかね」
シュウもまた全身を光の塵へと変じさせながら、天を仰ぐ。
「戻ってくるまでに、王国が残ってりゃいいんだが。最悪、テレジアのあれこれで全部駄目になっちまうか。……ま、そこはドーマウスが何とかするだろう」
その言葉はまるで、自分が暫くいなくなるかのようで。
「……一ヶ月後の世界は、神のみぞ知るってか。笑えねえ」
そんな言葉を呟いて、彼と彼の<エンブリオ>も……ゼクスとヌン同様に消え去った。
◇◆◇
□バルドルについて
北欧神話のバルドルに関して、もう一つ逸話がある。
ロキの姦計で死したバルドルは、『もしも全世界の者が彼のために泣いたならば、生き返ることができる』という蘇生の機会を与えられた。
しかし、その蘇生もまた、ロキの姦計によって妨げられた。
そうして、バルドルは蘇らぬまま……長き時を経る。
バルドルが蘇ったのは、ラグナロクによって世界が滅び、新たな世界が始まってからだったという。
そんな逸話になぞらえたわけではないだろうが……超級武具【臨終機関】のスキル、《既死壊世》には二つのデメリットがある。
一つは発動から五分後の確定デスペナルティ。
機関を搭載したバルドルだけでなく、シュウ自身も確実にデスペナルティとなる。
だが、こちらのデメリットはまだ軽い。
もう一つのデメリットは、より重い。
それは――デスペナルティの一〇倍化。
地球の時間で二四時間を経て蘇るはずのアバター。
しかし、このデメリットにより、シュウは復活に二四〇時間を要する。
<Infinite Dendrogram>の時間で言えば三〇日、丸一ヶ月だ。
そんなデメリットのあるスキルを<戦争>の最中に使うことの意味を、シュウは当然知っていた。
だからこそ、使うにはゼクスとの戦い以外の全てを捨てる覚悟が必要だった。
◇◆
【破壊王】シュウ・スターリングのアバターが蘇り、再び<Infinite Dendrogram>の地に立ったのはこの世界の時間で一ヶ月後。
<第一次騎鋼戦争>と呼ばれた戦いは……全てが終わっていた。
王や近衛騎士団長をはじめとした……多くの犠牲と共に。
◇◆
そうして、この戦いの全てが終わった。
シュウはゼクスを倒し、ゼクスはシュウに倒された。
しかしゼクスを倒したシュウは<戦争>に駆け付けることができず、何も出来なかった。
望み通り魂をぶつけ合ったゼクスも、シュウを理解しきることはなかった。
ゼクスは自身の敗北であると言い、シュウは引き分けだと言った。
答えはきっと、両方の言葉の通りなのだろう。
そうして<第一次騎鋼戦争>と、その裏で起きた勝者なき戦いは終わった。
けれど、また始まる。
どちらの戦いも。
To be continued
(=ↀωↀ=)<過去編
(=ↀωↀ=)<決着
○《既死壊世》
【臨終機関 グローリアγ】の有する超デメリット&超強化スキル。
発動時は上昇した出力による全身が赤熱化し、さらには元となった【グローリア】の影響か黄金に染まる。通称、黄昏の巨神。
スキルの効果時間は三〇〇秒。
発動時点で全ステータスの最終発揮値が倍加。
加えて、攻撃力に至っては十倍以上の上昇率を誇る。
絶大な攻撃力を誇っていたバルドル(シュウ)からさらに引き上げるため、その攻撃力は比類なきものとなっている。
ただし、デメリットは非常に重い。
スキル使用後の確定デスペナルティ。
そして、デスペナルティ解除時間……アバターの再構成時間までも十倍化する。
アリスの領分にまで踏み込む、魔竜の呪い。
他に類を見ない特殊デメリットをコストとしているとも言える。
なお、シュウも未だに一度しか発動していないスキルであるため、不明な点も多い。
ゼクス戦での力がその全てであったのかは、シュウでも検証しきれてはいない。
( ̄(エ) ̄)<ちなみにデスペナ後の俺は
一月下旬
次の<戦争>までの修行兼ねて居所が知れていた天地の神話級倒しに行く
↓
二月某日
【キムンカムイ】ゲットするも数日後に天地を追われる(“技巧最強”とも遭遇)
※ちなみにこの時期の玲二はT大受験(新作ラノベ総選挙記念SS)
↓
二月末~三月頭
<南海>で事件に巻き込まれる(通称<南海>編。作業の合間に細々と執筆中)
↓
三月中旬
本編開始
( ̄(エ) ̄)<って感じクマ
( ꒪|勅|꒪)<そっちの過去編はいつやるんダ?
( ̄(エ) ̄)<ま、追々クマ
○《スプリット・スピリット》
変形状態の能力そのままで六体に分裂するヌンの最終スキル。
通常時の分体はスライムとしてならば活動できるが、変形能力はほぼ機能していない。そのため、完全変形しながら分裂する唯一の手段。
ただし、この状態では他の五体が消える、又は自ら消さない限りさらなる変形はできない。
HPは残存量を六分割している。
デメリットとして、使用後はHPの最大値が六分の一に低下したまま戻らない。レベルアップによるHP成長も六分の一である。
デスペナルティで解除され、その際は成長分も本来の数値になる。
(=ↀωↀ=)<基本的には僕の《猫八色》の劣化版です
(=ↀωↀ=)<再分裂もできないし、デメリット重いし
(=ↀωↀ=)<というかコスト的にこれが限界だったと思われる
(=ↀωↀ=)<でも必殺スキルとの併用でクマニーサン×6とかになる
(=ↀωↀ=)<普通なら絶望的だけど、それ以上のデメリット背負ったパゥワーに負けた
何故六体なのか。
ゼクスが選ぶかもしれなかった生き方が六種(英雄、魔王、王、奴隷、善人、悪人)であったこととの関係は不明である。
だが、一体目は正面から突撃し、二体目は上方から強襲、三体目は光を放ち、四体目は捨て身で攻撃の機会を作り、五体目は六体目を庇い、そして六体目が最後に残っている。
その在り方は、あるいは偶然ではなかったのかもしれない。




