第十八話 鏡写しの巨神
(=ↀωↀ=)<漫画版もコミックファイアで本日更新
(=ↀωↀ=)<今井神先生の漫画力で某牛頭さんが超強キャラに見えます
※元々強キャラです
(=ↀωↀ=)<「お前こんなに強そうだったのか……」とは作者の談
(=ↀωↀ=)<ちなみにティアンの前衛に限れば
(=ↀωↀ=)<本当に当時の王国で五指に入ります
(=ↀωↀ=)<後衛込みだと入ったり入らなかったりする
(=ↀωↀ=)<戦争と【グローリア】で有力ティアン亡くなった後ってのもあるけど
(=ↀωↀ=)<ちなみに作者は今夜からTGSに出発
(=ↀωↀ=)<今年も遊び……げふん、取材に行きます
(=ↀωↀ=)<VRの展示見たり新作ゲーム試遊したりスクエニミュージックのCD買いに行ったりする模様
(=ↀωↀ=)<なので誤字あっても修正遅れるかもしれませぬ
□■???
<マスター>とティアン、そしてモンスターまでも含めた最上位に言えることだが、己の手の内の全てを晒す者は少ない。
手札を不用心に晒す者は、自己顕示欲が敵への警戒を上回るごく一部のみである。
<超級>以上の実力者ならば、真の切り札は明かさない。
特に、死が永久離脱に繋がらない<マスター>相手には隠している。
“魔法最強”の【地神】を例に挙げれば、編み出した四大魔法で世間に晒しているのは二つのみであり、そもそも大魔法が五種以上存在する可能性もある。
“物理最強”の【獣王】にしても、最大最強の戦闘形態である必殺スキルと超級武具の合わせ技は誰にも見せたことがない。
そして、“最強”に比肩する【破壊王】シュウ・スターリングと【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルもまた、“最強”と同様に切り札を持っている。
これまでお互いの両手の指で数えても足りないほどに闘ってきたシュウとゼクス。
しかし、ゼクスがシュウに対して自らの必殺スキルを使用したのは……この時が初めてだった。
◇◆
空中で、シュウは自らの切り札と対峙していた。
「……ま、そういうタイプだろうな。テメエの必殺スキルは」
今のゼクスの姿は、必殺スキルを使用したバルドルに酷似している。
だが、その巨神は……エジプト神話に伝わる原初の黒水の如く漆黒に染まっていた。
「ブラック・バルドルってところか? シュバルツ・バルドルじゃ語呂が悪いだろ。何でもドイツ語にすりゃいいってもんじゃない」
シュウは『ああ、バルドルは元々北欧神話の出典だからシュバルツでもいいのか?』と内心で考えながら――後方に跳んだ。
《空中跳躍》スキルを、自身のSTRを全開にしながら、黒い巨神から距離を取る。
それを追うように――黒い巨神の開いた胸部から無数のミサイルが発射された。
「空中に飛んだのは、俺とバルドルを引き離すためかよ!」
ゼクスはシュウと本気で、最後まで戦うことが目的だ。
それには、勝つために全力を尽くすことも含まれる。
今、シュウとバルドルには距離がある。
遠距離から支援砲撃を行うには問題ないが、必殺スキルは使用できない状態だ。
そして、オリジナル同様に莫大なステータスを持つだろう黒い巨神に対抗するには、シュウも必殺スキルを使わねばならない。
先刻までは使えなかった。
仮に使っても、ゼクスに内部へと潜り込まれる恐れがあった。
実際、かつて協力して戦った<UBM>はその手口で死んでいる。
だが今は、一刻も早く使わねばならない。
まだ両者が空中にある間はいい。
飛行能力を持たない巨神は、空中ではそのステータスを発揮できない。シュウに対してミサイルを撃ってきたのはそのためだ。
だが、一度地に足が着けば……巨神のステータスを発揮したゼクスによってシュウは一瞬で殺される。
「普段はコストがひどいくせに敵に回すとろくでもないな」
『心外です』
そんな言葉をバルドルと交わすシュウだが、ゼクスがこうした手段を使ってくる可能性を考慮していなかった訳ではない。
それでも想定の範囲内と言えば嘘になる。
ヌンの本質が他者への変形である以上。必殺スキルもそれに類するものであるのは当然。
加えて、通常のスキルより強力であるならば、『必殺スキル使用時は<超級エンブリオ>にも変われる』という可能性も考えてはいた。
だが、一点だけ想定外がある。
「おまけに、そのコストまで踏み倒してるじゃねえか」
今、ゼクスは必殺スキル使用形態のバルドルに変じた。
だが、本来のバルドルが必殺スキルである《無双之戦神》を使用する際は、バルドル内で生成したエネルギーセルを消耗する。
そのエネルギーセルを生成するために、バルドルは非戦闘状態のまま一定時間待たねばならない条件がある。
だからこそ、仮に<超級エンブリオ>をコピーできても、条件付き必殺スキルである《無双之戦神》は使えないと踏んでいた。
だが、ゼクスはそんな前提を無視して《無双之戦神》を使用している。
さらに言えば、生産と備蓄が必要なミサイルも即座に放っていた。
ここからシュウが推察する。
(……別の形でコストを払ってるのか?)
オリジナル同様のエネルギーセルではなく、ヌンの必殺スキルを使用するために別種のコストを支払っている。
そうでなければ実現不可能だと判断する。
(MPやSPは莫大量が必要だから恐らくない。バルドルのエネルギーセルのように、一定時間ごとにストック生産されるコスト? いや、バルドルは時間だけでなく、素材も要する。ゼクスのヌンはバルドルと違ってアイテム加工能力はデフォルトでは持ってないはずだ)
何らかの形での莫大なコスト。
それによって、『変形する相手の発揮しうる力を最大限引き出す』スキル。
あるいは、『自らの知る限り引き出す』スキルか。
だが、ゼクスとシュウの関係からすれば、後者でも前者と同じことだ。
(コストは何だ? 強力な効果に見合うコスト。……特典武具?)
皇国の決闘王者である【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトが、特典武具を贄として神話級悪魔を召喚することはシュウも知っている。
ゼクスならば、捧げる特典武具など大量に持っているだろう。
だが、必殺スキルを使う直前のゼクスが、何らかの物品を捧げた様子はなかった。
(だったら時間制限か? 例えば、一ヶ月に一度しか使えない?)
そうした長期スパンの必殺スキルも存在する。
カルディナ最強クラン<セフィロト>のクランオーナーの必殺スキルがそれであるし、この時点のシュウは知らないが皇国の【大教授】Mr.フランクリンの必殺スキルもその類だ。
そうしたタイプは長期間己の内に少しずつリソースを溜め込み、必殺スキルで解放する仕様だ。
(近い気はするが、違和感がある。ヌンはリソースを溜め込むタイプじゃない。むしろヌンが使ってきたのは……、……!)
そのとき、シュウの脳裏に浮かんだものは二つ。
一つは、ヌンの《シェイプシフト》の仕様。
合計レベルを参照しての変形能力。
もう一つは、彼が雌狐と呼ぶ一人の<マスター>……扶桑月夜。
彼女のジョブ、【女教皇】の最終奥義――《聖者の帰還》。
「……分かったぞ」
シュウは、確信と共に呟く。
迫りくるミサイルの軌道を予測し、掻い潜りながら、それでも黒いバルドルを睨む。
「――レベルを捧げたな、ゼクス」
◆
<超級エンブリオ>、【始原万変 ヌン】の必殺スキル――《我は万姿に値する》。
それはスキル名のままに……姿と引き換えにして自分を捧げるスキル。
ストックした変形対象から一つを指定し、三〇分間だけその力の全てを使うことができる。
<超級エンブリオ>であろうと、スキルの行使に特殊なアイテムが必要であろうと、使えるようになる。
ただし、一度の使用毎に……五〇〇のレベルを失う。
ティアンであれば、生涯を賭しても得られないかもしれないレベル。
コストの多寡で言えば、自爆と同義の最終奥義にも匹敵する。
《犯罪史》でレベルを上げられるゼクスとはいえ、このコストは決して軽くない。
現時点でゼクスのレベルは二三九〇に減じている。使用に際してのレベル制限は《シェイプシフト》と変わらないため、次に使ったときにはシュウになることすらできない。
そも、このスキルを使いすぎればゼクスは……誰にも、何にも、なれなくなる。
彼自身であるヌンの存在意義の消滅。
諸刃の剣、としか言いようのないスキルだ。
これまで一度もシュウに対して使わなかったことも道理である。
それでも今、ゼクスは使ったのだ。
◆
「…………」
<戦争>に乗じてこの戦いを仕掛けてきたが、それまでにもずっと備えてきたのだろう。
戦いのためにストックを集め、対価となるレベルを上げたのだ。
己の全身全霊で、シュウと最後まで戦うために。
お互いの全てを出し尽くした上で勝利し、理解するために。
「……分かったよ」
そして、そこまでを出し尽くしたゼクスに対し、シュウは……。
「こっちも、切り札を切る覚悟を決めてやる」
シュウにはこの戦いに際して二つの目的があった。
第一に、ゼクスを倒し、彼による王国への凶行を止めること。
第二に、この戦いの後に王国と皇国の<戦争>に急行し、戦力となること。
メッセージを送り、自分に期待しないようには言っていた。
<戦争>には十中八九参加できないだろうと考えていた。
それでも、まだ諦めてはいなかった。
ゼクスを倒し、<戦争>に駆けつけ、王国の窮状を救う可能性はゼロではなかったから。
可能性がゼロでないのならば、小数点の彼方にでもそれがあるならば……掴むために動くのがシュウ……椋鳥修一という男だからだ。
だが、彼は第二の目的を……この瞬間に切り捨てる。
それは諦めたのではない。
全てを賭して向かってくるゼクス……好敵手であり、大敵であり、友人であり、鏡写しである相手に対して……己も余念や余力を考えることを止めたのだ。
己もまた、全てを賭けてこの相手と戦うことこそが……今の自分がすべきことだと覚悟したからだ。
「俺も全てを使ってやる。だが、さっき言った言葉は繰り返すぜ」
空中を落下するように駆けながら、シュウは黒い巨神を指差した。
「殺し合った程度で――俺を理解できると思うなよ」
――お前も目的が叶わぬことを覚悟しろ、という意味を込めて……彼は再び宣言した。
『――――』
空中で黒い巨神が吼える。
その身の内にはオリジナルのバルドル同様に、シュウの姿をしたゼクスがいるはずだ。
だが、その黒い巨神もまた全てがゼクス。
内なる似姿は総体積のごく一部であり、黒い巨神の咆哮は機関音の唸りではなく……ゼクス自身の叫びである。
空を揺るがす音と共に、黒い巨神は胸部から、両手の指から、脚部から、全身のスリットから、数多の武装を行使した。
無差別の大蹂躙。
あたかも破壊の神の如く、黒い巨神は既に荒廃しきったはずの峡谷を更なる破壊で染め上げる。
降り注ぐ砲弾と爆炎の嵐の中でシュウはバルドルに向かい、バルドルもまたシュウへと向かう。
共に全ての攻撃を避けること能わず、被弾し、装備と装甲を砕け散らせ、血とエネルギーを飛散させながら、しかしすべきことを続行する。
やがて、黒い巨神が地に降り立つと同時に、シュウはバルドルに降り立ち、
黒い巨神が音速を凌駕して地を蹴ると共に、シュウはバルドルへと入り、
黒い巨神が必殺の拳を振り被った瞬間に、バルドルはその身を巨神へと変じ、
――再び、両者の拳が激突する。
下から直線で放たれた鋼の巨神の拳が、弧を描く黒い巨神の拳を迎え撃つ。
衝撃は、共に人の姿であったときの比ではなく。
一度の激突の余波で、二柱の巨神の周囲に壁の如くあった峡谷が……消し飛んだ。
「…………」
『…………』
それでも巨神達は揺るぎもせずに立っている。
同じ姿……鏡写しの巨神達は向かい合い、互いを見る。
巨神は、鋼色と黒色の二色に染まっている。
己を曲げず、ただ己自身として在り続けた鋼。
己を得るべく、数多の色を得た混沌の黒。
その色はまるで、両者の在り方そのものであるかのように。
そんな巨神達に、もはや言葉は不要だった。
鋼の巨神が地を蹴って跳ぶ。
放つ技の名は『捻花』。
突き出した右の掌底が描く螺旋の回転は、己の力を相手に捻じり込むためのもの。
対して、黒い巨神も己の右腕を突き出す。
同時に――その右手が超高速で回転を始める。
『ッ!』
鋼の巨神の用いた武術による螺旋ではない物理的な回転。あたかも螺旋衝角の如く手首から先が回っている。
そして廻る二つの右手が接触し、鋼の巨神の右手は黒い巨神の右手を粉砕した
だが、巨神の力と噛み合った回転によって、鋼の巨神の右手からも二本の指が砕けて脱落する。
(……アレの特典武具か)
その回転が何を理由として起きたのか、シュウはすぐに察した。
シュウしか持たぬ装備があるように、ゼクスしか持たぬ装備がある。
かつて共闘して倒し、そして特典武具はゼクスが持っていった回転の<UBM>。
その特典武具が有するスキルの一端であるとあたりをつけた。
(手首から先を強引に回転させて、俺の捻花を模倣したのか? 体を回転させるスキル……だけだとアレの特典武具にしては弱い。まだ何かあると見た方が良い)
考察の間に、黒い巨神は砕けた手首から先を体から生やしている。
(……体がスライムなのは変わってない。そのくらいのことはやってくるか)
黒い巨神は鋼の巨神と同じ力を持ちながら、スライムゆえに物理的な損壊の一切を無視できる。
物理破壊を可能とする《破壊権限》を持つシュウによる打撃でも、破壊した部位の再構築までも防げる訳ではない。
だが、ダメージの分だけゼクスの総体積……HP減少までは無効化されず、確実に削れている。
(ゼクスもある程度はコンディションを保ちながら戦えるが、本来の体積が変形対象を下回ったとき、どこかに限界が生じる。やることは変わらない)
このまま黒い巨神に攻撃を続け、ゼクスのHPを削り、撃破する。
それ以外に道はない。
だが……。
(……削り合いの泥仕合はこっちが不利だな)
機械である鋼の巨神と違い、正体はスライムである黒い巨神はその気になればHP回復手段がある。
持久戦の勝ち目の薄さを、シュウは理解した。
選ぶべきは短期決戦。
それゆえに己の切るべき切り札を、切る。
覚悟は既に決めているのだから。
「……⁉」
だが、シュウがそれを実行する寸前。
鋼の巨神は、足元を掬われた。
まるで足払いでも受けたように、軸としていた右足が地を離れ、バランスを崩して倒れこむ。
「こいつは……!」
見れば、右足には先刻砕け散った黒い巨神の破片が……ヌンの分体がこびりついていた。
だが、少量の分体だけで鋼の巨神を転倒させる程のパワーは出せない。
それを為すには他の要因が必要であり、
「特典武具の主目的はこれか!」
その要因を、シュウは既に察していた。
古代伝説級武具、【螺身帯 スピンドル】。
かつて相対した回転の<UBM>の有していた力を、『ゼクスの体を回転させる』ことに集束させた特典武具である。
しかしその効果はただの回転ではない。
物理的な軸は不要であり、空中にあっても自由なベクトルに回転させることができる。
さらに言えば自転だけでなく、空間の一点を中心として公転させることもできる。
生前の《空間回転》に起因する回転能力。
そしてこの特典武具の力は手首から先を回転させるに留まらず、飛散したゼクスの分体一つ一つに及ぶ。
それゆえ分体を付着させた相手ごと公転させることも可能である。
回転させる体積によって効果が増減するため、付着した分体だけでは回転させるには足りないが……それでも相手の動作に狂いを起こし、転倒させるには十分。
分体が付着している限り、正常な動作は不可能となる。
これもまた、武術においてシュウに劣るゼクスが同じ体を用いてシュウを上回るための戦術の一つ。
『――――』
体勢を崩した鋼の巨神に、黒い巨神が鉄槌の如く拳を振り下ろす。
咄嗟にそれを防ごうとシュウは右手を上げようとする。
だが、右手に付着していた分体の公転によってその防御はズラされ、黒い巨神の拳は胸部に直撃した。
『クッ……!』
一撃でシュウのいるコクピットまでも衝撃が走り、内部のコンソールが火花を上げ、フレームの軋みが聴覚と視覚で伝わってくる。
続く二撃目も振り下ろされ、胸部装甲が破壊された。
「バルドル!」
その一言で彼の<エンブリオ>は主の意図を察した。
――直後、鋼の巨神の胸部が爆裂する。
歪み、砕けた装甲版の内部で、発射口も開かぬままに《七十七連装誘導飛翔体発射機構》が作動。
自身の内部機構と胸部装甲ごと……黒い巨神を爆発に巻き込んだ。
『……!』
弾頭種別はいまだ焼夷弾。
ゼクスもある程度は装備によってカバーしているとはいえ、スライムとしての弱点の一つである高熱によって黒い巨神の表面が融解しかけ、咄嗟にその場を飛び退いた。
だが、ダメージで言うならば鋼の巨神がより深刻である。
胸部装甲は全損。他の部位にまでダメージは伝播し、焼夷弾頭の熱は機体表面を覆ってしまっている。
だがむしろ、それこそがシュウの狙いの主眼だ。
全身を包み込む高熱によって、全身にこびりついた分体は全て焼けて、熔け落ちた。
自らも傷つくことを選択し、動きを制限する要因を排除したのだ。
だが、代償は大きい。
『――トータルダメージ、四〇%を超過。全装甲破損。胸部内部機構ダメージ甚大。胸部の《七十七連装誘導飛翔体発射機構》、及び全装甲スリットの《光学斬式近接防御網》使用不可』
「だろうな」
バルドルの報告に、シュウはそう応えた。
巨神の力が二度も胸部を直撃し、挙句に装甲内部での自爆紛いのミサイル発射。むしろ半分も壊れていないことが奇跡である。
しかし、これで泥仕合の持久戦の目は皆無となった。
仮に相手に回復能力がなくとも、この状況で競り合えば負けるだろう。あるのだから、尚更だ。
「ま、もうやることは変わらねえがな」
だが、元より泥仕合も、持久戦も、する気はない。
ゼクスがこれまで使わなかった必殺スキルを使い、特典武具を使い、全ての手札を晒してきた。
「なら、こっちも切り札を晒すぜ」
今、ゼクスはシュウの持つジョブの力も、<エンブリオ>の力も有している。
だが、シュウの全てを得たわけではない。
ゼクスは人や<エンブリオ>に変じることはできても、モノに変形することはできない。
それはヌンの能力制限であり、恐らくはゼクス自身の本質から生じたもの。
人や<エンブリオ>になれることに比べれば、小さな不可。
しかしだからこそ、シュウにとっては重要だ。
コンディションと保有スキル両面でオリジナルを上回ったゼクスを、超えられる唯一の可能性がそこに在る。
「バルドル、【γ】を起こせ」
『了解。【臨終機関 グローリアγ】、稼働開始』
ソレは砕けた胸部装甲の隙間、心臓の位置に見えるモノ。
鋼の巨神の他の内部機構と異なる由来を示すように、どこか生物的な機関。
ソレこそは【破壊王】シュウ・スターリングにとって……文字通り“最後の”切り札。
――魔竜の遺した呪いそのもの。
胸の内に封印されていたそれは今、鋼の巨神よりエネルギーを通され、地に響くような唸り声を上げ始める。
目覚めた呪いは、対価を求める。
シュウがこれを“最後の”切り札とするのは、対価ゆえ。
「…………」
それでもシュウは、既に覚悟を決めている。
後の<戦争>に関することも、余力や余念も、既に彼にはない。
この戦いに、ゼクスとの戦いに全てを尽くすと決めていた。
だからこそ、彼は宣言する。
最強の魔竜が遺した超級武具、【臨終機関 グローリアγ】の力の名を。
「――《既死壊世》」
『コード、確認』
彼が宣言し、バルドルが答えたその瞬間。
鋼の巨神の全身は、
『戦神艦――最終神滅形態』
――黄昏の如き赤と黄金に染まった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回
(=ↀωↀ=)<過去編決着
・余談
○《我は万姿に値する》
ストックした変形対象から一人を選び、その力の全てを得る。
代償は五〇〇レベルダウン。
特殊なコストが必要なスキルでも、ある程度(支払ったリソース分)までなら行使可能。
ゼクス自身も検証したわけではないが、感覚的により高レベルの時に捧げた五〇〇レベルの方がリソース量は多いらしい。(【グローリア】戦での使用時と、シュウ戦での使用時の比較)
能力は完全にコピーするが、色はヌンとしてのカラーである黒が主となる。
色、及び行使する力の上限がほぼ撤廃されたこと以外は《シェイプシフト》と同じスキル。
そのため、シェイプシフト同様に高レベルゆえに対象外の相手はまともに変形できず、実体のない相手には変形不可。
実体のない相手に変われない仕様の要因は、そもそも形のないものであってもさらに形のないものになることを拒むゼクスの心理の具現である。
同様に、モノにもなれない。
モノになっているように見えるときは、往々にしてTYPE:アームズ等の<エンブリオ>である。
・蛇足
○【螺身帯 スピンドル】
端的に言えばゼクス限定自在回転。
体を好きに回転させられるという、スライムじゃなければ自傷するだけの能力。
作中でやったように腕ドリルや分体を相手に引っ付けて足払いとかできるのもゼクスだけである。
なお、後に喫茶店<ダイス>を経営するゼクスであるが、店に並べるガラス製の容器の作成で、ガラスを加熱しながらクルクル回すときにもこの特典武具を重宝した。
むしろ戦闘での使用が今のところこの過去編だけなので、そっちでの使用が多い。
装備分類はアクセサリー。三ツ輪のミサンガ。
 




