第十七話 【犯罪王】
(=ↀωↀ=)<ちょっと直前にミスに気付いて修正作業していたら遅れました
(=ↀωↀ=)<ごめんなさい
□■【破壊王】と【犯罪王】
これまで、シュウとゼクスは幾たびも戦ってきた。
出会ってからの四年以上、戦った回数はお互いの両手の指でも数え足りない。
それゆえに、お互いの戦闘スタイルのほぼ全てを両者は理解している。
シュウの戦闘スタイルは、ツープラトンと巨神迫撃。
人型とは思えぬ規格外のSTRと耐性無効攻撃、そして格闘技術を持つ本人による近接格闘戦と、シュウの周囲を除く全域をカバーするバルドルによる大規模砲撃。
そして巨大・強大な敵に対する巨神形態バルドルによる迫撃戦が切り札である。
破壊の力を多様に叩きつけるようなシュウの戦闘スタイル。
そして、ゼクスの戦闘スタイルは……無貌と呼ばれている。
◇◆
「羅ァ‼」
シュウが強く息を吐くと同時に踏み込み、ゼクスに右拳を突きこむ。
「《シェイプシフト》――【破壊王】の右腕!」
それに対応してゼクスも楽しげに笑いながら――自身もまた右拳をシュウに振りぬいた。
両者の拳が激突し――その威力を相殺し合った。
まるで同量の力をぶつけたかのように、二人の体は揺るがない。
しかし激突の衝撃で周囲の地面に無数の亀裂が入り、極僅かな時を置いてゼクスの右拳が砕けかけ……。
「バルドル!」
その一瞬に、シュウが己の脚部筋力で大きく後ろに飛び退く。
直後、後方の空間からミサイルの雨――バルドルの《七十七連装誘導飛翔体発射機構》から発射された焼夷弾頭ミサイルがゼクスへと降り注ぐ。
「《シェイプシフト》――氷の盾」
スライムであろうと焼き尽くす高熱のミサイル群。
しかしその渦中で、スライムであるゼクスは焼かれずに残っている。
ゼクスの左手には――氷の盾が装着されている。
加えてそれを装着している左腕はゼクス本来のものとは異なる黒色の肌だ。
その意味を、シュウはすぐに察した。
「――《熱量吸収》スキル持ちの<エンブリオ>か! どこでストックしやがった!」
「カルディナの方で少々」
ゼクスは炎の中で、涼しげにそう言った。
◆
ゼクスの<超級エンブリオ>、ヌン。
その能力特性は、変形。
他人に変形できる力であり、それで模倣できる力は相手のジョブや、<マスター>と一心同体と言える<エンブリオ>も含まれる。自らの体の一部を<マスター>の体と共に他の<エンブリオ>に変じさせることができるということだ。
先刻は自らの腕をシュウの右腕に変形させて相殺した。
続く焼夷弾頭ミサイルは《熱量吸収》の<エンブリオ>であり、かつて相対した敵が使っていたヨツンヘイムという盾型の<エンブリオ>に変形させて防いだのである。
変形対象のストックを増やせば増やすほど、いくらでも手札を増やせる。
それがゼクスの戦闘スタイル、“無貌”である。
無論、欠点はある。
彼の<エンブリオ>であるヌンのステータス補正は、マイナス。
決して戦闘用超級職の域ではない【犯罪王】のステータスすら半減している。
加えて、ヌンの変形スキルである《シェイプシフト》は幾つかの制限を持つ。
第一の制限は、体細胞の取り込み。
対象の<マスター>、ティアンの体細胞を摂取しなければ、ヌンは変形対象としてストックできない。
第二の制限は、実体を持つ者に限られること。
霊体型のアンデッドのような体には変形できず、<エンブリオ>に変形する場合もテリトリーは対象外となる。
第三の制限は、情報まではストックされないこと。
相手のスキルがどのようなもので、どのように使うのか。その情報まではストックしただけでは得られず、使い方は不明なまま。十全に使うには、ゼクス自身が相手から知る必要がある。
そして、第四の制限。
それは、『半分の相手にしか変形できない』ということ。
<エンブリオ>であれば自身の到達形態の半分、それも端数切捨てまで。
即ち、ヌンが<超級エンブリオ>である今は、第三形態までの完全変身となる。
人間に変わる場合も、相手のジョブレベルの合計がゼクスの合計レベルの半分以下の相手に限られる。
ゆえに、合計レベルが一〇〇〇を優に超える一線級の<マスター>……シュウに変ずる場合は、ゼクス自身に二〇〇〇以上の合計レベルが必要である。
ゼクス自身のレベルが相手の倍以上でないならば、変形の精度やステータス、スキルの威力は数値の比率よりも激しく落ちる。
さらに、複数人からパーツ取りをして変わる場合はそれらを合計しての計算となるが、こちらは限度から溢れた状態ではキメラ的な変形はできない。
加えて、変形対象としてストックしておける変形対象の合計レベルにも限度がある。
ストックはゼクスの合計レベルの十倍までしか保存できない。
それが溢れれば、新たなストックを追加することはできず、既存のストックを整理して削除する必要もあり、ストックから削除した場合は再び体細胞を摂取するまでは変形対象にできない。
変形とストック。
ヌンの《シェイプシフト》は、どちらの仕様も前提として莫大なレベルを必要とする。
それゆえ、万能にしてキメラ的なコピー能力は机上の空論であり、実現は不可能である。
ただしそれはゼクスが――【犯罪王】でなければの話だ。
◆
「……第三形態でこれだけの熱量を吸い取るか。良い<エンブリオ>仕入れやがったな」
「単機能特化型の<エンブリオ>は、下級でも出力はかなり高いですから」
「器用貧乏なうちのバルドルへの当てつけかよ、器用富豪!」
シュウが吼えると共に、後方のバルドルが《両舷五連装自在砲塔》を斉射する。
ゼクスはそれに対応して体をスライムに戻し、先ほどの激突で地面に生じた亀裂の中に潜り込んだ。
「《シェイプシフト》――《折れた刃》」
直後、地中から刃が伸びる。
それは刃を伸長するスキルを持った剣の<エンブリオ>、ネイリングのコピー。
そして、それを握る右腕は――。
「チィッ……!」
「――《ソード・アヴァランチ》」
――【剣王】フォルテスラの物。
間合いに収まった全てを斬断する剣線の雪崩。
それは地を切り裂き、そして間合いの端に捉えたシュウの足の一部を削り取った。
「ッ!」
脹脛の腱を切られ、足の動作に不自由が生じ掛けるが、脚部に装着した装備がサポーターとなってその動作を補う。
シュウが今装備している装備は、様々な環境やコンディションで力を発揮することを主軸に設計されている。
ゼクスとの戦いに関してシュウは様々な想定を行ってきたが、それでもなお意図しない攻撃によって自らが重傷を負うことを想定していたためだ。
「何時の間にフォルテスラをストックしていやがったんだ!」
「彼がいなくなる前に、こっそりと」
地中から飛び出したゼクスの右腕は既にフォルテスラのものではない。
その右腕は、まるで老人のように変わっていた。
シュウはその腕を知らなかったが、腕の先に灯った焔には見覚えがあった。
「てめ……!」
それは、かの【大賢者】も使っていた強大な魔法だからだ。
「――《恒星》」
――それはティアン屈指の魔法使い、【炎王】フュエル・ラズバーンの奥義。
最高クラスの火属性魔法であり、単体火力においては最高峰の一撃である。
放たれた火球は命中すればシュウを跡形もなく熔解させるだろう。
「ォラァ‼」
シュウは雄叫びを上げると共に、自身の足元を蹴り上げた。
彼の膨大な力によって岩盤ごと捲れ上がり、シュウに向けて飛来する火球に激突する。
それでも火球は岩盤を熔解しながら突き進むが、それを突破するより早く岩盤にバルドルのミサイルが突き刺さる。
岩盤が木っ端みじんに爆裂し、岩盤の溶解で少なからず火勢を落とした火球もまた爆発の中で消えていた。
その爆発の中で、既にシュウとゼクスは動いている。
ゼクスはボディをとある<マスター>――当時決闘ランカーに入ったばかりのジュリエットに切り替え、背中にフレーズヴェルクの翼を生やして空に上がる。
シュウは戦闘用装備のスキルの一つ、《空中跳躍》でそれを追う。
(……俺の知らないストックばかり使ってきやがる!)
切り替えながらであるが、最初に変わったシュウも含めて超級職が少なくとも三人。
氷の盾の持ち主も超級職であれば四人である。
ストックだけでも、五〇〇〇レベル分は枠を消費している。
そう、問題はむしろストックだ。
同時使用のレベル制限よりも、どれだけ溜め込んでおけるかのレベル制限の方が、ゼクスのスタイルには重要極まる。
だが、ここまで手札を晒しながら、ゼクスにはまだまだ手札を隠し持っているだろう気配があった。
(あいつ今……何レベルだ?)
少なくとも自身の倍以上であることは確実。
それはそうだろう。
かつて聞いた時点で、二〇〇〇は越えていたのだから。
その異常なレベルの全ては、【犯罪王】という超級職がなすものである。
◆
【犯罪王】とは、犯罪の積み重ねによって解禁される超級職である。
多種多様な犯罪を膨大に積み重ねた結果として、就けるジョブ。
殺害人数に由来する【殺人姫】よりも露骨に、犯罪者でなければ就けないジョブだ。
そんな【犯罪王】の奥義にして唯一のスキルが、《犯罪史》。
複数の効果を内包したスキルであり、その中にはスキルレベルに応じたステータス補正もあるが……それはさほど強い効果ではなく、主軸でもない。
《犯罪史》の効果の主軸は……犯罪行為に応じた経験値の獲得である。
他の生物の討伐やジョブクエストの達成によるリソース取得ではなく、犯罪行為の実行によって経験値を得る。重大犯罪であるほどに――『この世界の住人が重大な罪と考えている』ほど大量の経験値を得る。
どこからリソースを得ているか、何を以て重大犯罪とするかも含めて謎が多いスキルである。(一説には、犯罪によって他者から忌まれること。つまりは放出された悪感情をリソースに変換しているともされる)
そして【犯罪王】のスキルとは、これしかない。
レベルが上がるだけのスキルがあるのみだ。
無論、レベルの上昇に応じてステータスも上がるが、それは戦闘系の超級職ほどの伸び率ではない。
同じく膨大なレベルを有する【龍帝】などと比べれば、天と地の差である。
レベルの数字だけが上がる虚栄の超級職。
まるで『犯罪者などそんなものだ』と神が定めでもしたかのような、そんなジョブだ。
ゆえに、【犯罪王】に就いた者は……いつの世もすぐに死んでいった。
多少ステータスがあっても、戦闘系超級職には敵うべくもないのだから。
ただし、ゼクス・ヴュルフェルに限っては事情が異なる。
彼は【犯罪王】であり……恐らくは歴代の【犯罪王】の中で最も罪を重ねている。
誰よりも、《犯罪史》で経験値を得てきた。
ゆえに、ゼクスの合計レベルは――現時点で二八九〇。
すなわち彼は一四四五レベルまでの相手ならば、自由に変身できる。
そして、合計で二八九〇〇レベルまでは変形対象をストックできる。
対象外となるほどにレベルが高い【獣王】、【地神】、【龍帝】といった者達を除けば、ゼクスは誰の代わりにでもなれる。
それこそが、知る者には無貌とさえ謳われる彼の戦闘スタイルの正体である。
◆
(……次はどんな手を打ってくる?)
これまでゼクスはシュウの知らないストックを部分変形で使ってきた。
だが、それにも欠点はある。
キメラ的な変形は多種多様な能力を発揮できる反面、ステータスのバランスが悪い。
そう、部分変形は変形部位ごとにステータスが違うのである。
ゆえに、これまでのように一撃放って切り替えるだけならば支障はないが、続ければどこかでバランスを崩す。
その事実をシュウが知っていることを、ゼクスもまた知っている。
ゆえに、このまま未知の手札を使い続けるか、それともバランスの取れた組み合わせになるか、それを考えなければならない。
(超級職になってレベルを上げた俺に変身できている時点で、ゼクスのレベルは俺が知るより増えている。だが、いくら膨大でも超級職の複合変身はできない程度だろう。さっきから腕をチェンジし続けているのはそのためだ)
ゼクスを追いながら、シュウは冷静に分析する。
(部分変形をどこまで続けるかは分からないが、それが通じないと悟れば、どこかで全身変形を使ってくる)
ゼクスが一人の人物に全身を変形させた場合、<エンブリオ>の到達形態を除けばステータスは完全に同一となる。
その上で、スライムゆえの物理攻撃無効や分体攻撃、余剰レベル分の変形からのスキル使用といった小技を絡めてくる。
仮にシュウに変われば、ゼクスの変じたシュウは同一のステータスに耐性、加えて第三形態までのバルドルが使用可能となり、スペックの上では優位に立てる。
しかし、それは悪手だと双方が知っている。
完全に自分自身の体を相手にするくらいならば、シュウは恐れない。
同じ性能の体を使えば、扱い方で確実に自分が勝つと知っている。
スライムゆえの利点も、【破壊王】の《破壊権限》を有するシュウは多くを無力化できる。
加えて、装備によるステータス上昇が乗らない。
ゼクスの衣服や装備は本人の擬態か彼自身の装備であり、シュウの装備とは性能が違う。
先刻、拳をぶつけ合った時も、装備によるステータス上昇分だけシュウの拳撃の威力が勝っていた。ゼクス側にも《犯罪史》による強化もあったので、一撃で砕ききるまでには至らなかったが……それでも差は歴然である。
それに第三形態までコピーできる程度では、バルドルは強者との戦いでは扱いづらい。
シュウ自身、全力戦闘で用いるのは第一形態と第七形態だけなのだから。
第二形態は純粋な攻撃力不足。
第三形態は固定のトーチカで機動力不足。
第四から第六は第七より小回りは利くが、逆を言えば第七の劣化版だ。
それゆえ、シュウも強敵との戦いでは第七と、切り札になりうる第一のみを使う。
そして、第一はこの状況ではまず当たらない。
シュウになるという選択肢は、ない。
ならば、誰になるのか。
誰の力とスライムの特性を組み合わせて使うのか。
【剣王】フォルテスラか。
【炎王】フュエル・ラズバーンか。
それともまだ見ぬ超級職、<超級>か。
その答えは――今。
「《シェイプシフト》――」
この瞬間、ゼクスはその全身を――
「――【破壊王】」
――シュウへと変じさせた。
「!」
それはないと思っていた選択肢。
同キャラ戦ならば、ゼクスが勝つ可能性は低い。
あるいは身動きが取れない空中でバルドル第一形態の《ストレングス・キャノン》を叩き込むつもりか。
しかしそれは悪手だ。変形を切り替えても、変形ごとのデメリットは消えない。
一度使って外せば、ゼクスはもう《ストレングス・キャノン》は使えない。
そして、足場のない空中であっても、今のシュウは《空中跳躍》である程度の機動性を担保されている。
自身と同じAGIで動く相手の遠距離攻撃を、避ける程度は造作もない。
だからこそ、シュウもそれはないと考えていた。
それを自覚しているからこそ。
ゼクスもまたその程度は理解していると悟っているからこそ。
「――――」
シュウは全身全霊でゼクスの次の一手を警戒した。
「フフ……」
そして、シュウの姿となったゼクスは、シュウの顔で笑い、
「《我は万姿に値する》――――」
自らの必殺スキルを宣言し――――、
「――――黒血戦神」
――――その身を、漆黒の巨神へと変じさせた。
To be continued
( ꒪|勅|꒪)<……第三形態までだったんじゃねーノ?
(=ↀωↀ=)<そうだよ
(=ↀωↀ=)<……《シェイプシフト》はね
(=ↀωↀ=)<詳細次回
・余談
○《犯罪史》
犯罪行為を重ねるほどに経験値を得る常時発動型の奥義。
どの犯罪行為によってどの程度の経験値を得るかは、ゼクスにも不明。(同じ犯罪行為であっても、なぜかその時々によって取得値が異なるため)
ゼクスは《犯罪史》で積み重ねた膨大なレベルによって、ステータス上昇半減というヌンのマイナス補正をカバーしている。上昇が半減ならばレベルを二倍上げればいいという理屈である。
ただし【犯罪王】自体のステータス上昇があまり高くはないため、レベルが半分に満たない戦闘系超級職にもステータスでは競り負ける。
また、作中でも描写されているように、ゼクスはステータスやスキルを他者のものに切り替える戦闘スタイルである。
そのため、ゼクス本来のステータスは実はそこまで重要ではない。
そしてゼクスの能力を知る者は、「ステータスの多寡はあれの脅威の指標にはならない」と言う。




