第十三話 本拠地
(=ↀωↀ=)<九月一日
(=ↀωↀ=)<気づけば今年も三分の二が終わっていた
(=ↀωↀ=)<今年も色々あったなぁ……
(=ↀωↀ=)<あ。八巻の発売まであと一ヶ月ですー
□【聖騎士】レイ・スターリング
このギデオンにおいて、中央大闘技場と十二の各闘技場は言うまでもないほどに重要なものだ。
決闘都市の名の由来であるし、一つの都市に合計で十三もの決闘用結界施設があるというケースは他に存在しないらしい。
ギデオンという都市そのものの屋台骨。普通ならば、領主がこれを手放すことはありえない。
しかし伯爵は言う。「第八闘技場に関しては二つの理由が重なった結果、手放しても構わなくなってしまったのです」、と。
第一の理由は、やはり立地の悪さ。
このギデオンが都市国家であった頃や建国後の数百年は問題もなかった。
しかし時を経るにつれて、この八番街は治安悪化地域となっていた。何代か前の伯爵が気づいたときには自然とそうなっていたらしい。
そうして一般人はこの八番街を忌避し、街にはアウトローやグレーゾーンの人間(女衒ギルドや盗賊ギルドもこれに該当する)が集まり、第八闘技場は閑古鳥が鳴くようになった。
八番街の雰囲気に染まらず、第八闘技場が公営のクリーンな施設であり続けたこともその要因だ。八番街の住人はより過激な地下賭博を好むようになり、結果として八番街の内外から客足は遠のき、無観客試合も珍しくなくなった。
だというのに、定期的に行われる結界設備の点検や補修などの維持費は専門家に要請する必要もあって非常に高額。施設の補修や清掃も含め、収益は赤字もいいところだ。
それでも、これだけなら辛うじて赤字程度で済んでいたと言える。他の闘技場で十分ペイできる範囲だったのだから。
しかし、そこに第二の理由が襲い掛かる。
第二の理由は、闘技場で試合を行う選手、そしてギデオン全体での観客の激減だ。
あの【グローリア】事件や先の戦争によって、ティアンも<マスター>問わず闘技場で戦う者は数を減らした。以前聞いたランカーの流出も理由の一つ。
闘技場の興行を回す選手が減れば、自然と興行は減る。さらに裕福な住人の他国への亡命、そして王国経済全体も冷え込み始めている。
日々の興行も、<超級激突>という破格の大イベントや上位ランカー同士の戦いでもなければ客は満員にはならない。
模擬戦用のレンタルを含めても闘技場の使用率は下がり、中でも第八闘技場は輪をかけて利用者がいない。
全体の収入減も重なった上で、第八闘技場の経営赤字は最悪を記録した。
この時点で、伯爵は第八闘技場を手放すことを考え始めた。
現時点ではこれまでにギデオン伯爵家が溜め込んできた財貨で問題なく回せるが、それも無限ではない。<マスター>への報酬などでの消費もある。赤字は減らしたいのだ。
そこで興行に使えない第八闘技場は王家に寄進し、騎士団の訓練施設として活用してもらうことも考えた。だが……流石に王家に『悪徳街』などと揶揄される八番街の物件を譲ることは躊躇われた。
ならば売却先を探そうと考えた。立地は悪くとも、闘技場は闘技場。有力なクランや団体ならば喉から手が出るほど欲しいはず。
しかし、一位のクランである<月世の会>は論外だった。
王家とのやりとりは伯爵も知っている。悪徳の八番街から根を生やし、ギデオン全体を乗っ取られるかもしれないという懸念が伯爵にはあった。
ならば決闘ランカーも在籍する<K&R>はと考えて、……そもそもPKクランに売却するのは宗教団体への売却以上に倫理的にどうなのかという結論に至った。
かつての巨大クランである<バビロニア戦闘団>は既に活動を縮小しているし、ファンクラブの集合体である<AETL連合>は王女達のいる王都から離れない。
第八闘技場は持っていても負債にしかならず、売り渡す相手も見つからない。
途方に暮れていた伯爵に、しかし新たな売却先候補が見つかった。
まぁ、要するに俺達である。
<デス・ピリオド>がギデオンで本拠地探しを始めたことは、伯爵にとって契機だった。
伯爵曰く、王国第二位の有力クランであり、信頼できる相手であり、この八番街でも問題ない戦闘力を持ち、むしろ畏怖されることで浄化作用もあるかもしれず、そして決闘王者であるフィガロさんも在籍するので訓練用の闘技場設備があって困ることもない。
そして<超級>が四人も在籍している王国では前代未聞のクランならば、購入予算も間違いなくあるし、維持費もクリアできるだろうという見積もり。
要するに伯爵から見てこれ以上ない売却先だったわけだ。
ちなみに提示されたお値段は購入なら一五〇億リル、賃貸なら年間五億リルである。
「『……意外と安い』」
「「えぇ!?」」
俺と兄の言葉がハモり、そこにさらにイオとふじのんの言葉がハモった。
……だが、思わず口から出た「意外と安い」の言葉に、己の金銭感覚の狂いを実感した。
それもこれも俺が今着ている鎧だけでも二億リルすることと、兄が一戦闘で何十億リルも散財するからだろう。
しかしそれでも流石に購入はきつい。兄やフィガロさんの資産が万全ならともかく、今は流石にクランでも購入できないだろう。
逆に、レンタルなら初年度は俺のポケットマネー(八億リル)だけでも借りられる。
ちなみに、提示価格は伯爵側もかなり安く抑えている。
歴史的・機能的な価値は桁違いに高いが、やはり立地は悪いし、老朽化した物件であることも折り紙付きだからだ。
だが、俺達の本拠地としてはかなり良い。求めている条件に加えて+αも整っている。
まず、『個室』はある。この第八闘技場にもボックス席があり、空調も含めて設備は整っている。家具などを置けば高級ホテルに近い部屋が出来上がる。
第八闘技場のボックス席のブース数は一二。フィガロさんとハンニャさんがフィガロさんの家で暮らすことを考えても、十二分に揃っている。
後からメンバーが増えると足りないが、そのときは控室など他の部屋を使えばいいし、改装してもいいというのが伯爵の弁。敷金礼金も不要だそうだ。
女性陣が希望した『大浴場』もある。闘技場……曲がりなりにもスポーツ施設ゆえか、大人数が一度に使用し、汗を流せる浴場はある。しかもちゃんと男女で分かれていた。
イオ達曰く「掃除すれば合格です!」だそうだ。
それから『会議室』も普通に会議室として存在した。闘技場のスタッフがミーティングを行うための部屋だったらしい。
ルークと霞の希望した『モンスターのためのスペース』は言うまでもない。バトルロイヤル競技にも対応する闘技場の広さは折り紙付きである。
ネメシスが主張しまくった『食堂』も当然ある。しかし、コックさんはいないので雇うか自炊が必要になる。
そして意外なことに……『プール』もあった。
ローマのコロッセオのように、オプションとして闘技場の舞台を水上競技用に変更させる仕組みがこの第八闘技場にもあったのである。
無論、水を溜めるのにもコストはかかるが、排水設備もしっかりあるとのこと。(閑古鳥が鳴いて暫く使ってなかったのでまず整備点検する必要はあるそうだが)
そのような俺達の条件を全てクリアした上で(『ポップコーン工場』は無視)、さらなる+αとして結界設備がある。
自分達の本拠地に、決闘の結界がある。
このアドバンテージは凄まじい。様々な戦闘技術や新スキルを自由にテストできるし、時間を気にせずに模擬戦が可能となる。
他者の目がなくそれが可能。この利点は俺が考えているよりも大きいかもしれない。
ゆえに、ギデオンで本拠地を探すならばこれ以上の物件は恐らく存在しない。売りに出ていることが奇跡と言えた。
問題は、金額だけだ。
「賃貸三〇年分で購入金額と同額か……どう思う?」
『三倍時間考慮で約一〇年。離れない可能性は高いから、買った方が安上がりクマ。でも今は購入資金を捻出するのは難しいクマ』
「だよなー……。大きな買い物だし、一回持ち帰って今はいないみんなとも話した方が良いか……」
昨日の打ち合わせの時点で俺に一任されてはいるけど、やっぱり重要な事だしな……。
「えー? 初年度は賃貸費を払って、翌年以降の購入を目指したらええんやない?」
ああ。そういう手もあるよな。
戦闘準備にしか資金を回せない兄も、金銭が枯渇気味のフィガロさんも、皇国とのゴタゴタが終わり、時間さえできれば何十億と稼ぐことは可能だろうし。
「頑張って購入して一年以内に王国が消えたら目も当てられへんしなー。一年レンタルならそうなってもあんまり懐も痛まなくてええんやない」
「シャレにならないし笑えねえよ。……………………っておい」
そこまで話してから、聞き覚えのある声に俺は振り向く。
「てへっ♪」
気づけば……背後に妖怪がいて会話に挟まっていた。
ご存知、女化生先輩である。
『……出たな雌狐』
「出たでー雄熊」
……初遭遇のときもこんな感じだったな。
本当にどうやって…………あ、分かった。
「…………」
俺は左手の【瘴焔手甲】を……自分の影に向けた。
すると、俺の影からピョイっと人影が飛び出した。
陰から飛び出した人影は、着地するとすぐに姿勢を正し、俺に向けて一礼した。
「……月影先輩」
こちらもご存知。女化生先輩の懐刀、月影先輩だ。
「こんにちは。察しが早くなりましたね」
察したよ。いつからかは分からないけど、また俺の影に月影先輩が潜っていたわけだ。
それも、今回は女化生先輩も一緒に。
あるいは初めて会ったときもそうだったのかもしれない。
「……で、何で二人がここに?」
「レイやん達を見かけたから尾行しただけやけど?」
「見かけたからなんて理由で人の影に潜るなよ! そもそもどうしてギデオンにいるんだよ!」
「んー? そんなん、“トーナメント”に参加するためにギデオンに来たに決まとるわー。<月世の会>からも希望者募ってみんなで来たんよー」
「!」
……たしかに。考えてみれば、<月世の会>だって当然参加資格は持っている。
だけど……。
「……参加するには、契約書にサインしなきゃならないぜ?」
ようやく外れた軛に、また嵌りに来る手合いではないだろうに。
「そんなん、副賞要らんかったら戦争参加はしなくてええやん。で、犯罪しないんは条件つけられるまでもなく当然やん。<月世の会>はクリーンな宗教団体なんよ?」
「……前に俺を誘拐したじゃねえか。それにアズライトからも『テロを仄めかされた』とか聞いてるぞ」
「えー? レイやんも知っとるように<マスター>相手は犯罪にならへんしー? 仄めかしてもやっとらへんもーん」
……すごくむかつく顔でそんなこと言われた。
なんか知らんがいつもより上機嫌で口調がふわふわしてるのも腹立つ。
「……まぁ、いいか。これで<月世の会>が王国内部からやらかすことを防げるなら……」
「え? 戦闘メンバーで連れてきたの三分の一もおらへんから、三分の二は縛られへんよ? 影やんも出えへんからまだ交渉カード保持やー」
「…………」
そういうことするよな、この人。
そりゃアズライトも寄生虫連呼するわ。
「ところでところで? レイやん達、この闘技場買うん?」
「そのつもりだけど……それがどうしたんだよ?」
俺が尋ねると、女化生先輩はニマニマと笑ってこう言った。
「買わへんのやったら<月世の会>がゲットしよかと思たんやけど。あの手この手で伯爵を脅迫&交渉して……」
「伯爵。とりあえず一年賃貸でお願いします。賃貸費はすぐ払うんで」
「あ、はい。ありがとうございます」
妖怪にこの施設をやってはならないと強く思い、俺はすぐに伯爵との賃貸契約に移ったのだった。
こうして、めでたくも<デス・ピリオド>の本拠地は第八闘技場に決定したのである。
ちなみに、女化生先輩は「“トーナメント”ではおぼえとれよー」と捨て台詞を吐いて退散した。
……本当に何しに来たんだ、あの人。
◇◇◇
□【破壊王】シュウ・スターリング
雌狐が発破をかけてすぐに、玲二は伯爵との契約を詰め始めた。
しかし考えれば分かることだが、雌狐が本当にその気ならば俺達に言わずに実行していたはずだ。
単に玲二をからかい、煽り、賃貸を決断する背中を押したかっただけって訳だ。
“トーナメント”にしても、月影は出ないと言っていたが……要するに雌狐自身は出るということだ。
雌狐にはこの王国で犯罪を起こす気はないと、遠回しに宣言していた訳だ。
『ともあれ、これで本拠地も決まりだな』
思えば、クランに入って本拠地を持つなんてことを……俺はここに来てから一度もしていなかった。
仲の良い友人には事欠かなかったし、誘われたこともあった。
それでも結局、弟の玲二がクランを立ち上げるまではどこにも入らなかった。
なぜそうしてこなかったか。理由はきっと時期が悪かったとしか言いようがない。
<Infinite Dendrogram>が始まってからある程度の時が経ち、世の<マスター>が仲間とクランを立ち上げるのが常となるより早く……俺はアイツらと会っていたからだ。
ハンプティと会い、テレジアと会い、そしてアイツと会った。
アイツらとの出会いで、随分と早いうちに俺にとってここはただのゲームではなくなっていたのだろう。
だから、きっとどのクランにも入ってこなかった。
玲二のクランだけは、例外だったが。
『……あれから大分経ったな』
随分と前に、ハンプティに三つの仮説を投げかけた。
この世界が最初からそのように作られたものであること。
時間加速によってシミュレートされた結果であること。
そして、もう一つ。
――ああ、イイ線いってるわ。この三つじゃ足りないけれど。
ハンプティはそう答えた。
ハンプティは俺を散々トラブルに誘導したし、真実をはぐらかすが、嘘は言わない。
この時点で、ここが普通でないことは明らかだった。
その後にこの世界を終わらせる仕組みを持つ【邪神】のテレジアと出会って、確信も得た。
それでも俺はここに居続けたし、玲二を誘いもした。
どうしても、叶えたいことがあったからだ。
俺が昔からずっと考えていたこと。
それを為せるのは、きっとここだけなのだろう。
だからこそ……俺と似た願いを、俺自身に向けられもしたが。
『…………』
――この私と、最後まで戦ってください。
――この私の姿こそ、私の在り様。
――器によって有り様を変える、代替品。
――血肉の雫でしかない私の、本質そのもの。
――だからこそ、私が私を生きるためには……。
――この私と、私という存在と、正反対のシュウでなければなりません。
――理解するために。
――仮初の命ですが、殺し合いましょう。
――最後まで。
『……アイツ、どうしてるかな』
最悪の敵で、友人で、理解者で、鏡写し。
そんなアイツのことを、最近は何故か頻繁に思い出す。
虫の報せ、という奴かもしれない。
ハンニャはああ言っていたが、アイツなら“監獄”から出てきても不思議はない。
アイツは、何でもできるのだから。
……リアルの俺のように。
『……ベヘモットだけでなく、アイツまで相手にするのは流石にキツいんだがな』
命懸けでも、一人が限度だ。
……仮初の命、だが。
「兄貴、契約済んだぜ。これからみんなで家具とか買いに行くんだけど、兄貴はどうする?」
『おおう、了解クマー』
物思いに耽っている内に、段取りは済んだらしい。
『ふっふっふ、荷物運びなら任せろクマー。溢れ出るSTRが唸るクマー』
「いや、アイテムボックスあるから」
そうして、いつものように玲二と話しながら……俺は玲二やその仲間達の中に混ざり込んだ。
To be continued
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<クマニーサンの一人称ってわりとシリアスなこと多いよね
( ̄(ヱ) ̄)←シリアス