第十二話 無銘の斧と紹介物件
(=ↀωↀ=)<お知らせですー
(=ↀωↀ=)<ただいま著者校と八巻SS、その他作業で忙しなくなっております
(=ↀωↀ=)<そのため、申し訳ありませんが次の更新日はお休みさせていただきます
(=ↀωↀ=)<ご了承ください
□【聖騎士】レイ・スターリング
一つ目の報酬に【大小喚の輪】を選んでから、さらに一時間が経った。
俺の髪と頭の皮を齧っていた極小ガルドランダ、通称チビガルは既に召喚を解除している。本人は不満そうだったが、後で翻訳アイテムを購入したらまた呼ぶと言って納得させた。
それにしても血が出るくらい齧られたが、俺程度の回復魔法でも頭皮と髪が治ったのは幸いだ。当然と言えば当然だが、腕の欠損よりはかなり軽度だったらしい。
……今度呼ぶときは「齧るな」とは言わないから加減を覚えてもらおう。
さて、武具の選別は既に決めていたイオ以外にルークとふじのんも選び終わり、後は俺の二つ目と霞の分だけとなった。
「霞さんは【高位召喚師】ですし、やはりレイさんのように召喚に由来するアクセサリーが良いのではないでしょうか?」
「え……でもオーナーがこれまで選んでないってことはそういうのはないんじゃ……?」
「いや、俺がガルドランダの召喚スキルを得たのはバイトをある程度やった後だから、それ以前は対象外で見落としてるかもしれない」
「そもそも召喚スキルよりガード固めなきゃ! 今の霞だとアタシでもワンパンだよ!」
「……イオの一撃を喰らったら同レベル帯の後衛は普通死ぬのだけど?」
そんな風にあれこれと話しながら、霞の武具を探している。
「レイさんの二つ目は大丈夫ですか?」
「んー、解呪しながら探してたけど、さっきから解呪作業そのものが進まないからな」
【大小喚の輪】を解呪してから二つ目か三つ目の武器の解呪をしていたのだが、なぜかこれが解呪されない。
長くても五分かそこらで解呪できていたのに、もう一時間も同じ武具からの怨念吸収を続けている。
最初は「もしかして【紫怨走甲】の容量が満杯になってもう吸えなくなったんだろうか?」とも考えたが、試しにその武器を後回しにして他の武器の解呪を行ったら一分もかからずに終わった。
つまりはその武器――刃の部分を真っ黒な布でグルグル巻きにした大型の片手斧らしきもの――だけ解呪が終わらないのである。
放置しても良かったが、なんとなく気になって解呪を続けている。
ちなみにこれの解呪は床に置いたまま行っている。いくつかの武具のように呪いのオーラが周囲に漏れ出すようなことはないのだが、その分……濃密に武器そのものに凝り固まっているような感覚を受ける。
そして吸えば吸っただけ怨念を得られ、それでも呪いが解ける様子はない。
明らかに他の武器とは怨念の総量が違う。
「そんなに呪いが濃いってことなのか?」
「そうかもしれませんね」
「……いっそ怨念の供給源としてこれ選ぶのもありかな」
相当量を溜め込んだ怨念だが、これからの戦いで使い切ることも十分考えられる。
【大小喚の輪】の《極大》側でガルドランダを呼ぶこともあるだろうし。
……MPコストが膨れ上がるのはいいけど、デメリットの時間や効果まで増大したら三種のどれが出てもデスペナルティ一直線だな。
「この片手斧か……。解呪しきった時に何が出てくるか分からぬから、ガチャみたいなものだのぅ。まぁ、御主らしいし、それを選ぶのも手ではあるがな」
「?」
ネメシスの発言に、少しの疑問を覚えた。
「武器なのに駄目って言わないんだな」
これまで武器に関しては恐ろしく厳しい判断基準を持ち、この解呪報酬に限らずどこの店でも一つの武器もOKを出さなかったネメシスが、だ。
ネメシスは俺の言葉に『自分も今気づいた』という風に目をパチクリさせて、解呪中の片手斧を見た。
「そういえば、そうだのぅ。……しかし何と言うかな、感覚的にそれはアリだと思えるのだ」
「感覚的に?」
「これでも私の半分は武器。そして武器だから分かることもあるのだ」
メイデンwithアームズであるネメシスはしゃがみこんで、片手斧を見下ろす。
「これは凄い武器なのだろう。それに……どこかで似たものを見たような気がする……」
「ね、ネメシスさんの第二形態じゃないですか? 黒いし……斧ですよね?」
「違うな、霞。私ではないと思う。しかし、私が間近で見た武器の一つではあると思うのだが……」
「じゃあアタシのゴリンですね!」
「明らかにサイズ違いすぎるのぅ。というか、形ではなく、……雰囲気? しかし、何と似て……」
ネメシスはああでもないこうでもないと思い出そうとしている様子だった。
俺の方も考えてみたが、分からない。
しかしネメシスのOKも出たし、現状でも供給源として有用なのは確かなので、俺の二つ目はこの片手斧になりそうだ。
「……そういやこの斧の銘は?」
俺は《鑑定眼》の虫眼鏡を近づける。
呪われた物品であってもあの《CBRアーマー》のように呪われたモノとしての名前を持つモノは多いので、ひとまずそれを見てみようと思ったのだが…………。
・【】
『名づけられなかった斧。
■に■ばれなかった斧。
■■で■に■れた斧。
■も■く、■も■わりに■き斧』
《鑑定眼》が示した情報は、それだけだった。
名称は空白で……いや空白すらない。
説明文も虫食いだらけだ。【大小喚の輪】のように《鑑定眼》のレベルが足りないどころの状態じゃない。感覚的に近いのは……始めたばかりの頃に兄の隠蔽されたステータスを見たときか?
「……まぁ、昔の生産アイテムで打った職人に銘をつけられなかった、ってとこかな?」
唯一まともに読める文言が『名づけられなかった斧』、だからな。
作った職人は、この斧に対して何か不満があったのかもしれない。
見れば柄の一部が欠けていたりもする。
それに、随分と昔のもののようだ。ここで解呪してきたどの装備よりも古いかもしれない。
「<デス・ピリオド>の皆さんはこちらにいらっしゃいますか?」
俺達が片手斧を前に悩んでいると保管庫の扉が開き、そのような声をかけられた。
声の主は、目の下の隈が目立つ青年……この保管庫の管理者であるギデオン伯爵だった。
伯爵は年齢こそ俺よりも年下だが、王国の重要地域であるギデオン伯爵領を治めている人物だ。
……同時に、ギデオンを襲ったあれやこれやの災難によって被害を受け続けた人物でもある。山賊団とか、白衣とか、ハンニャさんの最大の被害者と言える。
目の下の隈は多分そのせい。
「伯爵、どうしてここに?」
「<デス・ピリオド>の方々にご相談があったので、足を運んだ次第です……。何かお気に召すものはありましたか?」
「はい。三人はもう選び終わって、あとは俺と彼女だけですね」
伯爵は俺のバイトの依頼主でもあるため、自然と敬語で話している。
『……不思議なものだのぅ』
何が?
『いや、第一王女で国王代行のアズライトとはタメ口であるのに、騎士のリリアーナや伯爵には敬語というのが、なんともちぐはぐだのぅ』
……まぁ、アズライトはプライベートではタメ口でいいって言ってくれてるしな。
というか、アズライトにしてもリリアーナにしても、最初に話したときの言葉遣いがそのまま続いてるだけだと思うぞ。
『そういうものかのぅ』
そういうものだ。
「ああ、そうだ。伯爵はこの斧が何だかご存知ですか?」
「斧……ですか?」
伯爵は床に置かれた斧を見て、しかし首を傾げた。
「……いえ、存じませんね。君、資料記録はどうなっていますか?」
部屋の外にいた職員の人に伯爵が話しかける。
俺達が選んだ装備を記録していた人だが、その人も紙束を見つつ首を振った。
「それが……記録が残っていません。台帳の番号からすると建国の頃に保管されたものであるようです」
「……ここにある物品の多くは【邪神】討伐で得られたもの。それらは性能の詳細も由来も一緒くたで、呪いが解けて初めて機能が判明したケースも多い……。そうしたものの一つということしか分からないか……。他にもありそうだ……“トーナメント”での配布後にまた資料のチェックを……いや配布前の方が……ああ、すみません」
「いえ……」
呪われた武具を呪われたまま使うのはリスクが高く、《鑑定眼》でもさっきのように正確に鑑定されないのなら仕方のない話だ。
ただ、伯爵は何か負担を感じたのか、胃のあたりを抑えていた。
……フランクリンの事件前後に見掛けたときはもっと溌溂としていたんだが。
「それで……その斧がどうしました?」
「俺の二つ目の報酬、これを呪われたまま貰ってもいいですか?」
俺がそう言うと、伯爵は少し驚いた顔をしたがすぐに頷いた。
「こちらとしては構いませんよ。保管庫にあるものから自由に選んでいただくことになっていましたから。ですが、……よろしいのですか?」
「俺の場合は呪われていることにも意味があるので」
「なるほど。分かりました。そのように、手続きをしておきましょう」
そのようなやりとりを経て、俺の二つ目の報酬は名前のない片手斧に決まった。
俺は直接に手で触れないように気をつけながら、斧を盗難防止のアイテムボックスに仕舞いこんだ。
「それで、伯爵。俺達への用事って何でしょう?」
「ええ。実は……<デス・ピリオド>がギデオンで本拠地を探すという話を小耳に挟みまして」
……どっから挟んだんだろう。
ギデオンではもうお馴染みの忍者諜報網だろうか?
「先ほど復帰の挨拶に来られたフィガロ氏からお聞きしました」
あ、そっちか。
「えっと、まぁ。王都の方では色々と問題があって見つからなかったもので……」
「ええ、存じています。ギデオンとしては有力なクランに本拠地を置き、ホームタウンとしていただけるのはありがたい話なのです。心強いですし……」
あの【グローリア】の事件でも、ホームタウンを守るために戦った巨大クランがあったとは聞いたことがある。
伯爵の言葉は、それも踏まえているのだろう。
「用件はそのことについてですか? それなら後で俺達の方から挨拶に行くつもりで……」
「いえ、挨拶より一歩進んだ話ですよ」
一歩進んだ話?
それが何か分からず、俺が内心で首を傾げていると……。
「ギデオンに本拠地を置くことを考えておられる<デス・ピリオド>の皆様に、……ご紹介したい物件があります」
伯爵はそう言って本題を……俺達の本拠地として勧めたい物件があると切り出した。
◇
それから、俺達は伯爵に案内されてその物件を見に行くことになった。
態々伯爵自ら案内しなくてもとは思ったが……何やら事情があるらしい。
物件に向かう馬車に乗る直前にも、伯爵はドアにもたれかかりながら、無意識によるものか『胃が痛い……。明日からの“トーナメント”大丈夫だろうか。またテロを起こされないだろうか……。ちょっと他の仕事で逃避したい……』という呻きを口から漏らしていた。
……短期間に何度も壊滅の危機が来たせいか、かなりメンタルに来ているようだ。
俺よりも若いのに、髪に白いものが混じり始めている。
“トーナメント”が済み、皇国とのあれこれも一段落したらゆっくり静養してほしい。
ちなみに、伯爵は俺達とは違う前部のコンパートメントに座っている。車中で仮眠をとるのかもしれないし、あるいはそちらでも仕事をしているのかもしれない。
……大変だな。
なお、伯爵の馬車で物件を見に行くのは俺とふじのんとイオ、それと【テレパシーカフス】で連絡がついた兄だ。
霞がまだ選び終わっていなかったので、ルークはそちらを手伝っている。
『ふじのんとイオは手伝わなくていいのか?』と思ったが、二人とも霞にサムズアップしながらこっちについてきた。
……まぁ、友人の背中を押したということなのだろう。そのくらいは俺にも分かる。
『物件……か』
ふと、俺の隣に座っている兄が外を見ながら呟いた。
「どうしたんだよ、兄貴」
『いや、物件紹介って話だが、「この辺にそんな良い物件あったか?」と思っただけクマ』
言われて、窓の外を見る。
馬車は大通りを走っているが、しかしその大通りに面する建物もどこか雰囲気が暗く見える。テレビなどで見た先進国大都市のスラム街を連想してしまう。
しかし同時にどこか猥雑な盛り上がりも見え、いかがわしい看板の店も立ち並んでいた。
また、何となく道行く人の人相……というか目つきが悪い。
「ここってたしか……」
『八番街。盗賊ギルドや女衒ギルドもあるし、このギデオンで一番治安の悪い地域クマ』
「…………」
ああ、うん。よく行く一番街や四番街とは空気が違う訳だ。
ルーク達は女衒ギルドがあるから通い慣れているだろうけど。
「ねえねえふじのん! すごいよ! すっげーエロい下着の看板ある! あとモザイクで見えない看板もあるよ! これが噂の視覚年齢制、ぐぇん……!?」
「……婦女子として最低限のTPOは維持しなさい」
イオは街の雰囲気にテンションが上がっているようだった。
上がりすぎてまたふじのんに制裁されているけど。
「……大丈夫かよ、こんな豪華な馬車で通って」
『ま、治安が悪いっつっても伯爵家の紋章入った馬車に手を出すアホは流石にいないから、むしろ安全クマ』
……今はもしも手を出すと伯爵どころか<超級>が飛び出すしな。
「ふぅむ。しかし、こんな治安の悪い地域でどんな物件があるというのだ?」
「それだな。伯爵自ら紹介したいって言うんだから良い物件だと思うんだけど」
「あ! アタシわかりましたよ!」
イオはえっへんと胸を張り、自信満々にそう言った。
「イオはどんな物件だと思うんだ?」
「きっと殺人事件のあった物件ですよ! マフィア同士の抗争で住人皆殺し! それ以来幽霊が憑いて引き取り手がいないんです! だからオーナーの特典武具やアンデッド退治スキルで除霊してもらってから格安で引き渡す算段なんですよ!」
「…………なるほど」
……どうしよう、わりと本気でありそう。
「イオ、それは思いきり事故物件じゃないですか」
『ま、王国自体が最大級の事故物件だから今さらって気も……おっと』
「兄貴、今なんて?」
『何でもないクマー』
……まぁ、俺も『呪われてんのか?』とはアズライトに言ったけどさ。
「ともかく、態々案内するのですから事故物件ではないと思いますよ」
「えー? じゃあふじのんの予想はー?」
「廃屋に不法占拠した住人を立ち退かせて、そこに本拠地を新築するのではないでしょうか。立ち退きに<デス・ピリオド>の武力を使う形で」
「……発想が怖い」
後も先も地元住民とトラブルの連続になりそうで御免蒙る。
……どっちもないと思いたい。
「本当、どんな物件に案内されるんだろう……」
◇
馬車が八番街の大通りを通り抜けると、そこにはあるものが建っていた。
それはこのギデオンに十三棟ある闘技場の一つ、八番街の第八闘技場である。
「八番街の闘技場を見たのは初めてだな」
各闘技場はギデオンの中央大闘技場から各番街に伸びた大通りの先に建てられている。
各闘技場は基本構造は同じ作りであり、この第八闘技場も決闘のための設備は備えているはずだ。
しかし、模擬戦で使用した他の闘技場よりもどこか寂れているように見えるのは気のせいだろうか?
「着きました」
馬車が停車して、前部コンパーメントからかけられたギデオン伯爵の言葉でこの近辺が終着点だと分かった。
しかし馬車から降りて周囲を見ても、目に映る建物は商店や酒場がほとんどで……屋敷のようなものは見えない。
「伯爵。俺達に紹介したい物件というのはどれですか?」
「こちらです」
そう言って手で指し示されても、見当たらない。
『第八闘技場を挟んで向こう側にあるのか?』と、俺が考えていると。
「<デス・ピリオド>のオーナー、レイ・スターリング殿」
目の下に隈を浮かべた伯爵は、俺を真っすぐに見ながら……。
「この第八闘技場を本拠地として買いませんか?」
――俺が想像もしていなかった提案をしてきた。
To be continued
( ̄(エ) ̄)<…………
(=ↀωↀ=)<どしたのクマニーサン?
( ̄(エ) ̄)<これを買うと
( ̄(エ) ̄)<『スラムの闘技場を根城にする<デス・ピリオド>』
( ̄(エ) ̄)<ってひどい字面になると思っただけクマ
(=ↀωↀ=)<溢れ出る世紀末無法集団感……!